臣下の礼
「何だって?」 穂波は今聞いた言葉が理解できないと、目の前で立っている敬吾を見上げた。 朝も早くから穂波の部屋を訪れて、何かを探るように部屋を見渡して。 いつもと同じ会話もそこそこに、敬吾が何かを言い出した。だが、 …
「何だって?」 穂波は今聞いた言葉が理解できないと、目の前で立っている敬吾を見上げた。 朝も早くから穂波の部屋を訪れて、何かを探るように部屋を見渡して。 いつもと同じ会話もそこそこに、敬吾が何かを言い出した。だが、 …
車が滑り込むように入ったのは、穂波のマンションの駐車場だった。 きっとそうなるだろう、とは思っていた敬吾ではあったが。 「俺……帰りたい……」 なぜだか胸中を襲うのは、ここにきたことへの後悔だ。 見慣れたはずの建 …
槻山が敬吾達を連れてきたのは古ぼけたマンションの一室の前だった。 「ここか?」 敬吾ですら、いや、敬吾だからこそ滅多にみたことのないほどに穂波の瞳が剣呑な光を宿す。 その友好的でない視線に、槻山は肩を竦め、おもむろ …
腕の中で震える敬吾が、哀れで堪らない。 が、同時に穂波の胸に込み上げるのは怒りだ。 こんなことになるとは思わずに、あの時はただ本当に帰ってきてくれた安堵の方が強かった。 だからこそ、穂波は敬吾に問わなかったのだ。 …
『体は……大丈夫?』 どこで電話をしているのか? 毎朝恒例のラジオ体操の音楽をBGMに、啓輔の低い押し殺した声が携帯を通して耳に響く。 「ああ、大丈夫。ただ……ちょっと疲れが取れてなくて……ね。それでもう休むことにし …
力が入らない体に槻山が手を触れる。 「やめろ……」 力無い言葉とその手をはね除ける気配に目を向ければ、敬吾が啓輔を守るようにその体を割り込ませてきていた。 「俺が……相手をする……から……彼には手を出すな」
体が沸騰しているかのように熱くて、何かが肌に触れる度に弾けそうになる。 びくりと震える体がそれでも柔らかく包み込まれ、敬吾はほっと息を吐いた。なのに、すぐさま疼いて刺激を欲する体がもっと触れて欲しいと願う。 だから …
男が手にし小瓶から、一粒の錠剤を取り出した。 見たところ何の変哲もない錠剤だったが、この場で取り出すのだからただの薬ということはないだろう。 いろいろとおもちゃで遊ぼうとする穂波ではあったが、その手の物は今まで使わ …
「やっぱり、あの色似合いますよね」 「隅埜君こそ……。試着した時にさ、女の子が見惚れていたよ」 上背があって細身の啓輔が少し着崩したようにシャツを着て出てきたとたん、敬吾の視界の隅にいた女の子が確かに啓輔を見つめていた …
「え、休み?」 東京の本社を訪れた開発部工業材料2チームの緑山敬吾は茫然と目前の笹木秀也を見つめた。 「そうなんだ、さっき電話があってインフルエンザらしいよ。さすがに動けないって……」 苦笑を浮かべ肩を竦める笹木。工 …
柊と薊の賛歌、ONI GOKKO?誰が鬼?? 必読です。 柊と薊の賛歌より 穂波幸人と付き合うかどうかのデートの最中に喧嘩別れした緑山敬吾は、その時に二人連れの男達に恐喝され、しかも連れ込まれ場所でフェラチオをさせ …
秘密のひいらぎ(1) 滝本は旅行に行くと言っていた。 木曜日と金曜日に休みを取っている。 あの喜びようからして、愛おしい恋人と行くのだとは容易に想像できる。 空いている席を穂波幸人は頬杖をつきながら見ていた。自ら …
ABC:活動基準原価計算(activity based costing)の略称。 部門ごとにではなく,製造活動ごとに原価を発生させる要因を識別し,これを基準として製品に配賦して原価を計算する方式。 なんて大層な略語を出 …
『再送:5S活動のお知らせ』 そんなタイトルのメールが来て、だが来生平(きすぎ たいら)は気にもとめずにすっとばかして、次のメールを開いた。 それは工場サイドからの連絡で、試作品の仕様に関する詳細な確認のメールだった …
仕事始めの日、と言っても、毎年代わり映えのしない社長の訓辞以外は、いつもと変わらない。 と思っていたけれど……。 営業工材二チームの部屋の片隅で、本日最後の電話をおいた来生ははふっと小さくため息を吐いた。 年始の …
ひどく忙しかった。 基本的に年度初めが一番忙しいのがこの会社の特徴だが、今年はそれからこの夏までずっと忙しい。もう、てんてこ舞い、と言って良い程だ。 生産技術部に所属する竹井拓也もここ数日が特に酷かった。特に今日は …
雨が降っているせいか、春だというのに身震いするほどの冷たさがあった。 竹井は安佐のアパートのドアの前で、数度手を上げてはまた下ろす、という動作を繰り返していた。 勢いでここまで来たものの、どうしても消えない想像が竹 …
たとえば、啓輔が口でするのと純哉が口でするのとどっちが巧いかと言うと……。 「う?ん……純哉も巧いしなあ……でも、俺だって前よりはずっと良くなっていると思うし」 今更口で云々に新鮮みは無いと思うし。 最初っから別に …
「おや、ただいま」 屈託のない笑みがどんなにくせ者か知っている。 リビングに座り込んで、帰ってきた穂波幸人を迎えた敬吾は、「おかえり」と小さく返した。 「久しぶりだな」 「そうだね」