柊と薊 番外編 ONI追う柊

柊と薊 番外編 ONI追う柊

柊と薊の賛歌、ONI GOKKO?誰が鬼?? 必読です。

 柊と薊の賛歌より
  穂波幸人と付き合うかどうかのデートの最中に喧嘩別れした緑山敬吾は、その時に二人連れの男達に恐喝され、しかも連れ込まれ場所でフェラチオをさせられた。それに傷ついた敬吾を穂波は彼を癒し、結ばれる。

 ONI GOKKO?誰が鬼??より
 新入社員 隅埜啓輔は、研修中に逢った緑山敬吾を見て驚いた。彼は、3ヶ月前に手に入らないと判る一目惚れをなんとかしたくて襲ってしまった相手だったのだ。それを隠していたのに新人歓迎会に飲み過ぎたアルコールのせいでぽろりと敬吾に謝ってしまう。そのせいで敬吾は、彼の事に気付いてしまった。

 ———————- 
 電話で呼び出されて、穂波幸人は急いで指定された居酒屋の2階に駆けつけた。
 たまたま穂波も宴会があって、繁華街に出ていたからそう時間はかからなかったはずだ。
 カラオケと店員のオーダーを取る声、酔っぱらいの歓声、あまりの喧噪さに最初はただ敬吾が酔っぱらって踞っているのだと思った。それに寄り添うように跪いて様子を窺っている家城がひどく親しげで、ムッとさえしたのだが……。
「敬吾……」
 敬吾は肩を震わせ泣いていた。
 縋り付くように家城の腕を掴み、唇をきつく噛み締めている。それが赤黒く腫れていた。
 血が出るほどきつく噛んでいたのだと気づき、眉間の皺を深くする。
「何があった?」
 穂波の苛立った口調に滝本が家城を見、そして首を振った。
 判らない……そんな筈は無いだろう。
 ぎりっと奥歯が嫌な音を立てる。
 滝本が困ったように、その落ちていた前髪を掻き上げた。ひどく困惑した表情で敬吾を見ている。それすらも苛つく。
 まして、こうして穂波が話をしているのに敬吾が家城から離れようとしない。いや、穂波に気付いていないのだ。
 まるで何かを恐れるようにきつく目を瞑っている。その目から涙がにじみ出ている。
 こんな敬吾を見るなんていつ以来だろう。
 子供のように頼りなげに縋り付く。
 あれは……。
 ……。
「穂波さん、あなたは隅埜啓輔という子を知っていますか?」
 家城が穂波を見上げ、静かに問いかける。
 すみのけいすけ?
 心の中で反復する。
「いや」
「今年、うちに入った高卒の子なんですけど、彼が酔いつぶれる寸前に緑山君に謝ったんです。そうしたら、急に緑山君が暴れて……ひとしきり怒鳴って暴れて、それを押さえつけていたらこんな状態に……」
 暴れた?
 敬吾は酒はそう強くないが、だからこそペース配分を考えて飲むタイプだ。こんな所では酔っぱらわないように言ってあるし……敬吾は酔いすぎると、他人に抱き付く。それを自覚しているから飲み過ぎることは無いはずだ。それなのに、この体たらくは?
 穂波の眉間のしわがなお一層深くなる。
 それにしても、敬吾はいつになったら俺に気付く?
 俺がいるのに気付かない程錯乱しているのか?
 一体、そのすみのけいすけとは何者だ?
「そいつは今どこに?」
「中で酔いつぶれて眠ってると思います。穂波さん、彼を」
 家城が敬吾から離れようとするとが、敬吾がその腕を離そうとしない。
 離さないとばかりにぎゅっときつく縋り付く敬吾の姿が哀れで胸を打つ。だがそれだけではない想いも沸き起こる。
 敬吾、お前、恋人を前にしてその醜態は?。
 ふつふつと沸き起こる怒りそのままに、敬吾の手を無理矢理ひっぺ剥がした。
「あ、ああっ……」
 途端にぶるぶると震え出す躰を抱き締める。
 店員が胡散くさげにじろじろと見るのはこの際無視だ。
「あれ……ほな、み…さん?」
 ようやく気付いたか。
 内心の苛立ちを押さえ込み、笑いかける。
「そうだ、俺だ」
「穂波さん……っ」
 穂波を認識した途端、敬吾必死でになって穂波に縋り付いてきた。
「穂波さん、穂波さん、穂波さん……」
 何度も何度も呼びかける敬吾の様子に、穂波はデジャブを感じた。
 これは、前にもあった。
 混乱して、自分を見失った敬吾が、穂波に助けを求めたのは、ただあの時だけ。
 基本的に負けん気の強い敬吾が穂波に助けを求めたのはただの一回だけ。
 そして、今、普通なら名前で呼んでくれるはずの敬吾が、穂波と呼ぶのも、あの時と一緒。
「穂波さん……。この子が隅埜啓輔です」
 家城がぐったりとした男を連れてきた。
 途端に、合点がいった。
「彼がすみのけいすけ……」
 何てこった!
「ご存じですか?」
 その言葉に大きく頷く。
 忘れるものか。髪を黒くし、短く切ってはいても、人の顔を覚えるのに馴れている穂波にとって、その程度で誤魔化せるような物ではなかった。
「敬吾が荒れるのも無理はないな。しかし、今まで気付かなかったのか、こいつは?」
 啓輔に対して怒りを覚えるより前に敬吾に呆れた。
 こんな間違えようもないこと、どうして気付かんのだ?
 しっかりしているのに妙に抜けているんだな、こいつは……。
 しかし。
 穂波は再度、啓輔の顔を窺う。
 ほんとに信じられん……これはマジで偶然か?
 その顔に苦渋に満ちた表情が浮かぶ。
「教えて貰えますか」
 家城が問いかける。その手の中の啓輔を抱きかかえ直し、穂波を見る。その瞳に浮かぶ真剣な表情に穂波は口を開きかけ、しかし首を振った。
 言うつもりはなかった。
 敬吾がそれを望まないことは判っている。
 他人に知られたくないことだとは判っているから。
 滝本がずっとそこに立ち竦んでいた。ただならぬ状況に、動くに動けないといった感じだ。
 そんな彼を一瞥した穂波は、家城に視線を戻した。家城は跪き、その腕に啓輔を抱き込むようにしてその顔を肩に埋めさせていた。
 まさか……。
 その愛おしげな表情にごくりと息を飲む。
 前に見たとき、あまり表情を変えない男だという認識はあった。
 その顔のまま、何かを仕掛け楽しむタイプだろうとは見抜いていた。彼の周りの人間の態度がそれを十分匂わせていた。その彼が、その子……確かにあの時より随分と子供っぽく見える彼を優しく見つめている。
 穂波のそんな視線に気付いたのか、家城が顔を上げた。
「穂波さん……私は、彼が気になるんです……」
 僅かに顔を赤らめて、再び俯いた家城はまるで初な少女のようで、敬吾が腕の中にいるというのに、穂波の下半身をもろに直撃した。
 なんて、色っぽい奴なんだ……。
 もともと冷たいまでに整っている顔立ちをしている。そんな彼が見せる今みたいな表情は、はっきり言って罪だ。滝本がそんな家城の様子に目を見張っている。その顔が実はうっすらと染まっているのに気づき、穂波は内心苦笑を浮かべた。
 くそっ、敬吾と付き合う前だったら速攻ホテルにでも連れて行っていたな。
 今は敬吾一筋とはいえ、昔の遊び癖がむくむくと沸き起こる。
 それを慌てて押さえつけた。
 それにしても問題は、そのすみのけいすけだ。
 この家城を虜にしたとは、一体どういう奴なんだ?
 穂波の知っている啓輔は、ひどくすさんだ目をして、荒れていた。だが、今の彼はあの時よりひどく幼く見える。
 ぐったりと家城に寄り添って眠りこけている様子は十分年相応だ。
「高卒……だって?」
「ええ」
 見えなかった。あの時は。
「どうして、彼の事を?」
 啓輔が憎くないかと言えばそれは嘘だとしか言えない。憎い。未だに敬吾を縛っているそいつが憎い。時折怯えたように見せる瞳は一瞬だけれど、それでも我慢をして自分のを銜えてくれる。それでも銜えて欲しくて、強要してしまう自分がいい加減情けないとは思う時だってある位だ。
 その度に、もっと痛めつけてやれば良かったと思っていることは敬吾は知らないだろう。
 だが、実際に今目の前に連れて来れても、その決意は見事に揺らいでいた。
 どう見ても子供にしか見えないからか?
 家城が啓輔の肩をとんとあやすように叩き、そして穂波を見つめて言った。
「寂しそうなんです。笑っているときも。隅埜君……いつだって緑山君を見ているのに、ひどく辛そうで……それを見ていたら、気が付いたら気になってしようがなくなっていたんです」
「辛そう?」
 では、後悔しているのか。敬吾を襲ったことを。
 こうやって会社に入って歓迎会にまで出ている。1ヶ月敬吾に見破られなかった。
 こうして見ると、真面目そうにしか見えない。
 彼は、変わったのか?
「穂波さん……私は彼のことが知りたい。彼が何をして、緑山君をこんな状態にまで追い込んでしまったのか……」
 穂波の視線と家城の視線が絡まる。
 聞いて後悔しないか?
 穂波の無言の問いに、家城がすうっと口元に笑みを浮かべた。
 穂波は決心した。
「……彼は敬吾を恐喝した。無理矢理に、敬吾を辱めた。銜えさせ、飲みこませた、判るか?」
「……まさか……」
 家城がふるふると首を振った。信じたくはないだろう。だが、それは事実だ。
「そんなこと……」
 滝本がぽつりと呟き、敬吾を見下ろす。
 ああ、こいつがいたんだ。関係ないのに聞かせてしまった後悔は、滝本の存在感の無さが悪いと思うことにして帳消しにする。まあ、この滝本なら下手に言いふらしたりはしないだろう。
 人の良い、どこか間の抜けている兄貴。
 穂波の部下でもあるこの滝本の弟の批評だ。それに間違いはなさそうだ。
「いつですか?それは」
「12月の終わりのことだ。4ヶ月か……敬吾の記憶からまだあの事は消えていない。もっともその事件のお陰で俺達の仲は進展したが……そういうことだ。敬吾にとって二度と見たくない奴に会ってしまったんだ。それも同じ会社の新人としてな。こんなショックなことはないだろう」
 穂波は敬吾をそっと引き寄せた。
「帰ろう」
 その耳元でそっと囁く。そして、家城を見る。
「後は頼む」
 一刻も早く敬吾を何とかしないといけない。
 こんな姿の敬吾はもう見たくない。
 俺をすぐに俺と認識してくれなかった敬吾など……。
「穂波さん……明日、10時に家に来て貰えませんか?」
「え?」
 家城の背中越しの言葉にびくりと立ち止まる。
 何で?
「このままでは、二人とも不幸です。ちゃんと直面させないと……。だから、二人に決着をつけさせたいです。彼は、後悔していると思います。ずっと見ていたから、彼が緑山君のことを気にかけていたことは判っています。彼はたぶん緑山君のことが好きなんです。だけどそんな事をしてしまったから、どうしようもなくなっているから、あんなに辛そうだったんです。ちゃんと話をすればなんとか出来るんではないかと……どうにかしないと二人とも同じ会社では勤められない……」
 ぶつける。
 それは荒療治だ。
 だが、いつかはしなければならない。
 同じ会社に勤め続けるので在れば、それは避けて通れない道。ならばさっさと嫌なことは済ませてしまった方が得策だ。
「確かにな」
 あいつのことはどうでもいいが、敬吾には立ち直って貰わなければならない。
「篠山さんのマンションの隣がうちのマンションです」
「判った。行くよ」
 穂波は家城に頷き返した。


 タクシーで帰ったことも、穂波のマンションに連れ帰ったことも、今の敬吾はどこまで認識しているのだろう。
 疲れたのか、ぐったりとベッドで寝っ転がり膝を抱えて丸まっている敬吾は上着もそのままだ。
 脱がせようとすると、ひどく抗ったから、そのままにしていた。
「敬吾」
 呼びかけながら、頭を撫でる。
「ん」
 呼びかければ返事はする。
 だが、それだけだ。
 ひどいショックと興奮に晒された後の脱力感に襲われて、何をする気も考える気も起きないんだろう。
 ここまでひどくなるとは思わなかった。
 それほど深層に残っていたということか。残っていた棘が、啓輔に逢ったことでそこに亀裂を生じさせた。それが、敬吾の中の弱い部分を引っ張り出した。
 さて……。
 敬吾の柔らかな髪の感触を掌に感じながら、穂波は首を傾げた。
 どうしたものか……。
 ここにいるのは敬吾ではない。
 少なくとも私が好きになった敬吾ではない。
 まあ、敬吾のことだからいずれ放っておいてもいつかは自我を取り戻す。
 しかし。
 それまで待つというのはこの状況では、結構苦しいモノがあるな。
 敬吾の弱々しい姿は、いい加減穂波の嗜虐心をさっきから煽りっぱなしだった。
 髪を弄んでいた手を、敬吾の頬に滑らせその唇をゆっくりとなぞる。
 噛み締めすぎて傷ついた唇はまだ血の痕が残っていた。
 その痕を指で擦る。
「ん、っつ」
 痛みに顔をしかめた敬吾がゆるゆると穂波に抗議の視線を向ける。
 泣き濡れて赤く腫れた敬吾の瞳をまともに見た穂波は、込み上げる劣情そのままに敬吾の上に覆い被さった。
 敬吾の目は男の劣情を誘う。
 前に穂波がそう言ったとき、敬吾は「まさか」と笑い飛ばしていたが、今がまさにその時だ。
「あっ、やめっ」
 性急にまさぐり、前をはだけられた敬吾の顔に恐怖の色が浮かぶ。
 がたがたと震え始めたその躰を優しく包み込む。
「いやだっ!」
「幸人だ、敬吾。今、ここにいるのは俺だ」
 過去の記憶に縛られた敬吾を、ここに取り戻す。
 そのためならと穂波は何度でも呼びかける。
「幸人。ここにいるのは私だ、幸人だ。敬吾、俺を呼べ」
「嫌っ!やめろっ!」
 過去の恐怖がその時以上に甦っている敬吾の躰は、穂波の愛撫に一向に反応しなかった。ただ怯え、萎縮してしまっている。
 落ち着いてきたときには穂波を認識していたのに、今は敬吾にとって自分はあいつに見えているんだろうか。
 それがひどく悔しい。
 自分を認識しない敬吾に腹が立つ。
「敬吾っ!いい加減にしろ!」
 ぱんっ!
 乾いた音が2度3度と部屋に響いた。
「敬吾!」
 一際高い音が響くとそれまで怯えたように震えていた敬吾の躰がすうっと落ち着いた。
「痛い……」
 漏れた言葉が力無く届く。
 叩いた方も叩かれた方も、お互いを凝視していた。
 じんじんと軽い痺れを感じる掌を再度その頬にあてると、敬吾がびくりと躰を震わした。
「敬吾、しっかりしろ」
「ほ…なみ…さん?」
 虚ろだった瞳が今は穂波の顔で焦点を結んでいる。
「馬鹿。幸人とよべって言っているだろうが、いつも」
 苦笑混じりに揶揄する言葉に敬吾がふっと眉をひそめた。
「俺、何を?」
 きょろきょろと周りを見渡す。
「私が嫌だ、と言っていたぞ」
「俺が?」
 驚きに見開かれた瞳を覗き込む。
「俺に触れられるのが嫌か?俺は、お前を抱きたい」
 その言葉に敬吾の頬がすうっと朱に染まった。
「いや、だなんて……」
「じゃあ、嫌がるな。我慢しろ」
 言いながら、その首筋に顔を埋める。触れた唇から伝わる微かな震えと筋肉の強ばり。
 ひどく緊張しているのが判ったが、穂波は諦めなかった。
 尖らせた舌先で敬吾の首のラインから肩胛骨へと向かう。左手を敬吾の指に絡めてベッドに押さえつけがら、空いた手でシャツの中を撫で上げた。
「い…やっ」
 再び込み上げてきたのであろう恐怖に捕らわれた敬吾に穂波は囁く。
「敬吾、幸人だ。幸人と呼べ」
「あ…」
 いやいやするように首を振る敬吾に何度でも自分の名前を刷り込むように囁く。
「幸人だ。私の名前を呼ぶんだ。幸人だ。敬吾、幸人だ」
「あ、ゆきと……ゆき…んっ……ゆきとっ」
 その内に敬吾が、穂波の名を口に乗せ始めた。途端に、敬吾の躰が穂波の愛撫に反応し始めた。
「んんっ……あっ、ゆきと……んあっ………」
 直に触れた敬吾のモノがびくりとそれだけで反応する。
 取り戻せた。
 しがみつく敬吾を抱き締めながら、穂波はその口元に笑みを浮かべる。
「ゆ…きとっ!ゆきと!」
 そうだ、ここにいるのは私だ。
 お前を抱くのは穂波幸人だ。
 決してあいつではない。
「あ、も……」
 何度も何度も扱かれ、極限までいきり勃っている敬吾のモノはその先端から先走りの透明な液を溢れさせ、暴発寸前だった。
 くく。
 穂波の顔にふっと浮かんだ嗜虐的な笑みに、敬吾が苦しげに寄せていたその眉間の皺をさらに深くする。
 その意味に気付いている敬吾はいやいやと首を振った。
 だが、穂波はするりと敬吾のモノから手を離す。
「いや…もう……」
 懇願する瞳から無理に視線を外した穂波は敬吾をひっくり返すその双丘を高く掲げさせた。
 その狭間に埋めた舌を、鋭くとがらし敬吾の後孔の皺をゆっくりと解していく。
「あ。やだっ」
 ぴくんと仰け反る敬吾の背筋に汗が浮かんで流れる。
 愛おしい。
 穂波は敬吾をゆっくりとほぐしながら、時折所在なげにしているモノに触れる。
「んあっ……」
 気の強い敬吾がを屈服させるために、いつも穂波は敬吾をぎりぎりまで焦らす。
 張りつめた敬吾のモノが達きたくて液を漏らしていても、決して達かせようとしない。
「ああ……ゆきと…もう……」
 ぐっと突き進められた指が、きつく締め上げられる。
 まだだよ。
 穂波は顔を上げると、その仰け反った背筋に舌を這わせ、そして宣告する。
「達かせない」
「幸人っ!」
 悲痛な叫びを上げる敬吾のモノの根本をきつく握りしめる。
「私を忘れたろ。あの家城という奴の腕に縋り付いて、私に気付かなかったな。それに、私の愛撫を拒否した。それは許せない」
 それがどんな理由であろうと、私を拒否したのだから、その罰は与えないとな。
 言葉はきついがくっくと肩を震わせる穂波はひどく楽しそうだ。
 それに敬吾が心底嫌そうな表情を浮かべる。だがそれも一瞬で、施される愛撫に苦痛に満ちた表情へと変化する。
「ふぁっ!」
 胎内に入った指が突く場所が、激しい快楽を全身に飛散させる。その分、きつく戒められた所からの痛みも酷くなる。
「やあぁっ!もうっ!」
 快感と痛みの二重の責めに、敬吾があられもない嬌声を上げた。
 それを聞くとぞくぞくとした快感がまともに穂波の腰に来る。
「敬吾……」
 今すぐにでも入れたくなる。
 熱くきつく締め付ける敬吾の中を思い起こし、穂波はその期待だけで達ってしまいそうな快感に打ち震える。
 苛むとその敬吾の愛おしさが倍増する。
 いい加減サドっ気があるとは思うのだが、単純に可愛がるだけでは満足できない自分がいた。
「敬吾、どうして欲しい?」
 ぺろりとその背筋を舐め、触れたままに問いかける。
「あっ……はあっ……」
 荒い息をもらしながら、敬吾が横目で穂波を睨む。
 いい……。
 その目で睨まれるとぞくぞくとした疼きが全身を走る。
 これが見たい、といつも思う。
 これが敬吾だ。
 いつだって屈っしたりしない。
 悶え快楽に身を任せていても、いつだってその瞳が穂波を強く射る。
 それが穂波の愛した敬吾だから。
「言わないと判らないだろう?」
 くくっと含み笑いを浮かべた穂波に敬吾は諦めたように視線をベッドに落とし、その顔を赤く染めて訴える。
「もう……入れて……」
 入れないと達かせて貰えないのは重々承知している敬吾だから、何を言えばいいのかは判っていた。
「何を?」
 それでも穂波は敬吾をからかう。
 ううっと微かに敬吾の喉が声無き呻きで震える。
「言わないと、何を入れて欲しいか判らないだろう?」
「……幸人の……入れ、て……」
「ふ?ん、これか?」
 欲しているであろうモノを、ぐいっと入れて欲しいと訴えているところに突きつける。
「んくっ」
 触れただけで、敬吾の躰が大きく震えた。
 握りしめた手の中で、敬吾のモノがぴくりと反応する。その先端から溢れ出る液が、シーツに染みを作っていた。
「敬吾、お前を抱くのは私だ、この穂波幸人だ。それを忘れるな」
 そう、いつだって敬吾を抱くのは私だ。 
 幸人は眼下に敬吾を見下ろして、その姿をじっくりと観察する。
 肘で躰を支え、額をシーツに強く擦りつけるようにして、達くにいけない状態を必死で堪えようとしている。
「敬吾、聞いているのか?」
「……判っ…てる……」
 掠れた声が漏れる。
「俺は……くっ…幸人…以外なんかと、……こんなこと…したく…ないっ!」
「では、隅埜啓輔……彼はどうなんだ?」
「え……」
「隅埜啓輔だよ」
 繰り返しながらも浮かんだ苦笑。
 まずい。
 うっかりと彼の存在を忘れるところだった。
 頭の中でぺろっと舌を出していることなど気取られぬように、穂波は敬吾を焦らしながらも問いかける。
 だいたい、そのためにここに連れ帰ったというのに。
 その名に敬吾がはっと後ろを振り返った。
「あ……なん……で?」
 彼の名を口にした途端、敬吾の躰が強ばり、てきめんにその瞳に怯えが走る。
「同じ会社らしいな?それで、お前はどうするつもりだ?」
「そ、それ…うあっ!」
 穂波は、いきなり敬吾の後孔に自分のモノをぐいっと突き入れた。
 半端以上がいきなり入ったそこは大層きつく締め付けてくる。
 敬吾自身も苦痛を感じているのか、上げていた頭が再びシーツの上に落ちている。
 ったく。
 穂波は怒りも露わにさらに敬吾の中を突き進んだ。
 ほどなく全てが入ったそこは、切れることは無かったが、それでも敬吾には苦痛を与えているようだ。握りしめていたそこが萎え始めていた。
 怒り……そうだ、これは嫉妬だ。
 敬吾が穂波との行為の最中に他人を気にするなどあってはならない。
 敬吾が聞いたら理不尽だと怒るだろう。何しろ、その名を言い始めたのは穂波なのだから。
 だが。
 穂波はその背に舌を這わし、そして耳元まで移動する。
 苦痛に歪んだ顔に落ちた髪を掻き上げ、その顔を起こさせた。
「次の罰だな。いつになったら、その事を忘れる?」
 ぐりっと弧を描くように中で動かすと、敬吾の躰がびくんと跳ね上がった。
「んあぁ……」
 敬吾の見開かれた目尻から溢れ出す涙が、その頬を伝う。
「あいつは過去のものだ。今そいつが敬吾の前に現れても、そいつは敬吾をどうすることも出来ない。なぜなら、敬吾には私がいる。怖いのか?敬吾は、あんな奴が?」
 ぎりぎりまで引き抜き、そして強く突き上げる。
 息を吐き出し仰け反る躰を抱き締める。
 熱くうねる中で締め付けられ、穂波自身も堪えられない程昂ぶっていた。
「今のお前に敵うのは、私だけだ。私が敬吾を鍛えたんだ。あんな奴にお前が負けるわけがない。それなのに、あんな奴を恐れ、自我を忘れるなんてこんな許せないことはない。私が鍛えたというのに!」
「あっ……んあぁぁぁ……ふあっ……あっ」
 突き上げるたびに漏れる声が部屋にこだまする。
「けい…ごっ!あいつを…恐れるな。もう、あいつはお前の敵ではない。……それに…あいつは、昔のあいつでは……なさそうだ……」
 突き上げるたびに、抜きかけるたびに逃さまいと締め付けてくる敬吾。
 穂波自身、言葉を発するのも苦痛を覚えて始めていた。
 張りつめたそこは、解放を訴えている。
 苦痛とそれ以上の愉悦に堪えているようなその表情に、溜まらなくそそられる。
 再び張りつめた敬吾自身のモノを固く戒めながら、穂波は自分のためだけに一気に突き上げた。
「くっ」
 短い呻きが喉から漏れ、全身が一気に解放感に満たされる。
 どくどくと波打つそれは、敬吾によってきつく締め付けられていた。その内部の震えに絞り出され、そのぬめりで締め付けられているに関わらず簡単に引き出せる。
「んんっ」
 その抜ける感触が伝わった敬吾がうっすらと目を開き、穂波を見やる。
 その恨めしげな視線に口の端を上げて答える。
「達きたいのか?」
 当然だろうとは思う。
 まだ手の中にあるそこは、いきり立ち、今にも達きそうな程だ。
 ふふん。
 穂波は敬吾の躰をくるりとひっくり返し仰向けにさせると、その先端を爪弾いた。
「ああっ!」
 止めようのない嬌声が敬吾の喉から漏れ、戒めを外そうと半身を起こしその手が伸びる。それを払いのけ、穂波は言った。
「達きたいのなら、言うんだ。もう二度と隅埜啓輔の事は気にしない。あいつが何をしてこようとも、自分に危害を加えることはない。彼はただの後輩だ」
 驚いたように目を見開いた敬吾に穂波は教え込むようにゆっくりとその言葉を繰り返す。
「隅埜啓輔は自分に危害を加えることはない。隅埜啓輔はただの後輩だ」
「な……んで……。なんで!…そんなこと、何で!」
 戸惑う敬吾に穂波は躰を伸ばし、その口元にキスをする。
 優しく、落ち着かせるように。
「彼は今頃、家城さんの家にいるだろう。彼のことは家城さんがなんとかしてくれるそうだ……その意味が判るか?」
「家城さん……あ、だけど……彼は、あの事を……」
「教えた。彼が請うたからな」
「ど、どうして!」
 狼狽え怒りを向ける敬吾に、穂波は握りしめた手に力を込める。
「くっ」
 痛みを堪え、恨めしそうな視線に穂波は可笑しそうに答える。
「恋する相手の事を知りたいのは当然のことだろう」
「え?」
「まあ、そんなことはどうでもいい。さてと、苦しそうだぞここは。いいのか、放っておいて」
 するりと撫で上げたそこは、しとどに濡れそぼっている。
「んあぁぁっ!」
 与えられた刺激に堪えかねて、敬吾が必死で穂波に縋り付く。
「言いなさい」
 有無を言わせぬ言葉と襲ってくる快感に身を委ねたくて、敬吾は口を開いた。
「す…みの…けいすけ……は、危害を…くわ…えない……。彼は、後輩だ……」
「よくできました」
 穂波がにっこりと笑う。
 そして、ぐいっとその太股を上げさせ、ひくついている後孔を露わにする。
 大丈夫だな……。
 先ほど出した白い精液がそこから僅かだが溢れている。
 穂波は再度、そこに自身で貫いた。
「はあっ!」
 途端に離され解放された敬吾のモノが激しく打ち震える。
 吐き出された白い精液が腹の上に溜まる。
 それを気にせずに、穂波はさらに敬吾を突き上げた。
「んあああぁっ」
 敬吾のいい場所を知り尽くしている穂波が巧みにそこを突き上げると、そう間をおかない内に、敬吾は二度目の放出を迎えていた。
「敬吾……お前を貫いているのは、誰だ?」
 穂波の問いに敬吾が答える。
「ゆきと……」
「お前を抱けるのは誰だ?」
「…ゆ…きと……」
「では、隅埜啓輔は?」
「あっ…んんっ……彼は……後輩……ただの……」
「OKだ」
 そして、穂波自身の解放と共に、敬吾も3度目の解放を迎えた……。

 ……。
 ぐったりとベッドに伏している敬吾の躰が僅かに身動いだ。
 穂波はその様子をじっと見ていた。
 あれからさらに何度か責め立てると、敬吾は気を飛ばしてしまった。
 その躰から流れ出たモノの後始末だけして、そのまま寝かせていたのだが、どうやら少し覚醒してきたようだ。
 やりすぎたかな……。
 穂波自身、腰の怠さがあるのは否めない。
 どうも敬吾を目の前にすると制御が効かなくなる。
 その目で睨まれると、犯したくなる。
 これでは、敬吾を襲ったあの隅埜とかいうガキと一緒ではないかと思う。
 だからこそ、彼が敬吾を襲ったのも判るような気がした。
 ただ、隅埜と穂波の違いは、それを制御できるかどうかと言うことなのだが……。
 回を重ねる度に、それがマジでコントロールできない。
 敬吾の躰が自分にとてつもなくしっくりくる物だと知ってしまったから、そして、この愛おしい相手を離したくないと自覚しているから。
 そしてまた、抱かれて快楽に身を委ねている敬吾がとにかく愛おしいから。
 だから、敬吾を抱けるとなると、とにかく責め苛みたくて仕方がなくなる。
 普段のその意志の強さを屈服したくなる。
 だからこそ、隅埜に衝撃を受けた敬吾など見たくもなかったのだ。
 だが、もう大丈夫ではないかと思う。
 敬吾は他人に負けることを厭う。
 その彼が、隅埜啓輔に負けっぱなしというのは彼の意志に反することだ。それに行為の最中とは言え、隅埜に対抗する手段は教えておいた。
 後は、家城の元にいって最後の決着をつけるだけだ……。
「んっ」
 身じろぎ顔をこちらに向けた敬吾の目が微かに開いていた。
「起きたか?」
 その落ちた前髪を掻き上げ、その目を覗き込む。
 ああ、疲れてはいるがいつもの敬吾だ。
「動けない……」
 ぽつりと漏らされた言葉に、穂波は苦笑を浮かべた。
「まあ、久しぶりだったし、堪能はしたな」
 むすっとしている敬吾は何も言わないが、自分も自覚はあるのだろう。最後には自ら求めてきたのだから。
「9時過ぎにここを出て、家城さんのマンションに向かうぞ。それまでに動けるようになっていろ」
「家城さん?何で?」
 訝しげな敬吾に穂波はわざと笑みをつくった視線を向ける。
「直接対決だ、昨夜言ったことを本人にぶつけるんだ?」
「昨夜?本人って……」
 ますます不要領気に眉をひそめる敬吾。
「隅埜啓輔。彼が家城さんの所にいる」
「げっ!」
 驚き、狼狽える敬吾に、悪戯っぽく笑いかける。
「どうした、言えないのか?昨夜みたいに、色っぽく言ってやれよ。そしたら、そいつ骨抜きになって敬吾の奴隷にでもなるんじゃないか?」
「なっ!何言ってんですか!隅埜くんは、そんな奴隷なんて!」
 ふ?ん。
 穂波は敬吾の顎を掴んで上向かせた。
「その物言いでは、嫌いではないようだな。憎くないのか?」
「憎い!だけど……」
 その目が逡巡するかのように宙を巡った。
「だけど?」
「彼は、一生懸命仕事していた。あの彼と、昔の彼が結びつかない……」
「なるほど」
 一晩の教育の賜物があったかな?
 落ち着いて今の状況を分析できるまでに回復している敬吾に、穂波は安堵した。
 これなら逢わせても大丈夫だ。
 確信する。
「なら、大丈夫だ。あの時の言葉をぶつけてみろ。それで決着する」
「あの時って……」
 赤くなるくらいなら、よく覚えているのだろう。
 上半身を起こした敬吾の唇に口付ける。そう間をおかずに離れた穂波は、見つめ返してくる敬吾に笑いかけた。
「あっちから帰ってきたら、もう1ラウンドするか?」
 その言葉に、敬吾は諦めにも似たため息をつき、そして力無く首を振るしかできなかった。

                         FIN.