【してあげたい】3  ?敬吾?

【してあげたい】3  ?敬吾?

「おや、ただいま」
 屈託のない笑みがどんなにくせ者か知っている。
 リビングに座り込んで、帰ってきた穂波幸人を迎えた敬吾は、「おかえり」と小さく返した。
「久しぶりだな」
「そうだね」

 一週間ぶりに相対した相手は、前と変わらないように見えた。隠そうとしない笑み、自信に満ちた態度。敬吾が来ることを見越した態度がシャクに障る。
 せめて、もう少し嬉しそうにしてくれたら──と思う。
 が、似合わない。
 堪らずに喉が鳴る様子を、幸人がじっと見つめているのは判っていた。
「上着を」
 ため息を吐いて、いつまでも動かない幸人に脱ぐように促す。
「今日は泊まるのか?」
「……さあ、どうでしょうね」
 上着を受け取って立ち上がり、ハンガーに掛けた。衣擦れの音と共に仄かにタバコの臭いが漂う。
 タバコの臭いは好きでもないけれど、嫌いでもない。なのに、敬吾は思わず顔を顰めた。
 気になる時には何もが不快に感じる。
 タバコは、穂波が他の男の近くにいた証拠。その相手が営業先の相手だったとしても、気になる時には気になってしまう。
 ったく……。
 この男のたらしっぷりのせいで、なんでこんなにも気に病まなくてはいけないのか?
 それが気になって、だからあんなメールを寄越したバカの所にこんなふうにのこのことやってきてしまう。
 ……バカだよな。
 幸人もバカだけど、自分はもっとバカだ。
 喧嘩していたはずなのに、我慢できなくなったのは自分の方。
「これも」
 差し出されたネクタイを黙って受け取って、ハンガーにかけた。シワになった部分が気になって、手を伸ばそうとして。
「敬吾……」
 いきなり耳元で囁かれて、びくりと体が跳ねた。そんな態度を取った後悔より先に、逃れようと体を捻る。だが、回り込んできた手が敬吾を拘束した。
「離せよ」
 確信犯の男は、耳元で甘く囁きかけてくる。たらしの手管に負けるつもりなど無いのに、どうして声が震えるのか。
「嫌だね」
 ぎりと奥歯を強く噛みしめてみても、掴まれた腕から熱が広がっていく。
「嫌なら、帰るか?」
「……嫌だ」
 ここで帰れば、来た甲斐がない。こんなところで頷くほど、天の邪鬼でもないと、敬吾は喘ぐように息を吐き出した。喉が焼けるように熱い。
「人を呼びつけておいて、その言いぐさはないだろう?」
 睨み付ければ、嬉しそうに微笑まれる。
「だったら、もう少し機嫌良くしろよ」
「……つけあがらせたくはないし」
「そうか?」
 すでに十分つけあがっている男が、耳元で笑う。吐息を吹き込むように、唇で擽るように。
「はな、れろ……よ……」
「やだ」
 子供の拒絶のように拗ねた物言いを零して、幸人がますますきつく抱きしめる。
「うん、敬吾の匂いだな」
「う……もう、いい加減に……」
「それにソープの匂いもする」
 くんくんと嗅ぎながら、鼻先で首筋を突かれる。
「ってことは準備完了?」
 指摘されて、かあっと体が熱くなった。
「そんなつもりじゃ……」
 なかったけれど。
「じゃ、どういうつもりだ?」
 言い訳の言葉は出てこない。
 幸人に抱きしめられたまま誘導されて、敬吾の体は呆気なくベッドに沈んだ。軽いバウンドに浮いた体が、幸人の体重で押さえ込まれる。
「ああ、もう……汗くさっ」
 本当は嫌いじゃない。タバコの臭いよりはよっぽど好きだ。けれど、敬吾は目の前の幸人を睨み付けて、ドアの方を指さした。
「シャワーぐらいは浴びろよな」
「我慢できない」
 たかだか数分離れるのが嫌だと言われて、顔を顰めるほどに体の芯が疼いた。
 感じる熱が、さらに体を痺れさせる。はあっと大きく体内の空気を吐き出して、必死になって熱を逃した。それでも消え去らない熱に、さらに顔を顰めて。
 堪えきれない欲が、体内で膨らんでいく。
「いいだろ? 久しぶりなんだし」
「やだっ!」
 それでもこのまま流されるのもシャクに障って、敬吾は幸人の胸を強く押し上げた。
「だって……口でして欲しいんだろ? だったら、シャワーぐらい浴びろよっ!」
 って……この口は一体何を言っているのか……。
 自分でも信じられないけれど言ってしまったことはもう消せない。込み上げる羞恥の熱からも、幸人の熱い視線からも逃れるように顔を背けた。
 横目で窺う先で幸人の口元が笑みを浮かべていた。
「何だよ……」
「ほんとに……可愛い口だ」
 指が唇を辿っていく。
 おいで、と誘っているように、指が動く。
「……シャワー……」
 何が何でも逆いたかった。だが、短い単語を呟くだけでも、息が上がる。震える声をこれ以上抑えつけられないと、口を閉ざした。
 その時点で負けだと判っていたけれど。
「判ったよ」
 苦笑を浮かべて、幸人が離れていく。
「……」
 ベッドから降り立ち、ドアへと向かう。その後ろ姿を視線でずっと追った。シャワーへ行くことを固執した悔いが、胸中に広がっていくのを感じて、眉根を寄せる。胸の上に置かれた拳がさらにきつく握りしめられ、気付けば深いため息が零れていた。
「あ……」
 たったあれだけのことに、自分のモノが昂ぶり始めていた。
 幸人の重み、熱、匂い、そして言葉。
『可愛い口だ』
 その先を望む言葉。幸人が送ってきたメールの内容が、頭の中に甦る。
『可愛いお口で慰めて』
 最初の頃から変わらない幸人のメール。
 初めてメールを貰ったのは、出会ってしばらくしてからだったけれど。その頃から、赤面ものの内容を平気で送ってきた。
 口説き続けられて、いつの間にか惹かれていた。あんな事件が起きなくても、いつしか幸人を選んでいただろう。
「5分……いや、3分かな?」
 幸人がシャワーを終えて出てくるまでの時間を推測する。だが、敬吾の推測など簡単に逆らってくれるのも幸人だ。
 焦らすようにゆっくりと浴びてくることも考えられる。
 いつだって、敬吾をからかって──けれど、誰よりも深く愛してくれる。
「よっと」
 そんな幸人にいつかは勝ちたいとは思う。
 力も知識も、そして愛する強さも。
 指をTシャツの裾にかけ、服ごと腕が高く上がる。
 剥き出しになった肌の下には、昔とは比べものにならないほどの筋肉が付いた。盛り上がる力こぶは、けれど、それでも幸人には敵わない。もともと肉の付きにくい体だから、これ以上は無理だと判っている。
 それでも、トレーニングはかかさなかった。
 幸人が誘ってくれたジムは機器も揃っていて、年度会員になるとメニューも作って貰える。専任のインストラクターが付くほどの会員ではないが、それでも気軽に相談にのって貰えるところが気に入っていた。
 その中の敬吾と同年齢のインストラクターも筋肉が付きにくい体だと言っていたから、余計に仲良くなっただけだったのに。普段忙しい幸人がたまたまやってきた時も、普通に世間話をしながらトレーニングメニューを決めていただけなのに。
 邪推したのは幸人の方だ。
 わざとらしくいちゃつかれて、さらに衆目の場でキスしそうになって。思わず殴りつけて……。
 だが、敬吾が怒ったのはそれだけじゃなかった。
 あの時、そんな様子を見ていたインストラクターの一人が、ぽつりと呟いたのだ。
「相変わらずだねえ、穂波さんは」
 友達になった彼ではなく、別の人だった。敬吾より少し上、けれど幸人ほどではない。長身の細身ながらもしっかりとした筋肉が付いているのが判る男らしい男。
 その彼が敬吾を見て、くすりと笑った。
「大変だね、君も」
 どこまで知っているのか、というより、幸人のことを良く知っている様子が、敬吾の癇に障った。幸人の好みは把握している。彼の方がその好みに合っていることもすぐに判った。
 怒りは一気に臨界点に達しそうになった。それでも、感情を吐露するほどに敬吾も迂闊ではない。代わりに、バカをやっている幸人を無視するように帰ったけれど。
 爆発しそうな怒りは、日が経つにつれて薄まっていく。電話を無視するたびに、メールを無視するたびに、胸中を支配する怒りが後悔へと変わっていった。
 こうして、無視している間に、幸人が誰か他の相手を見つけるんじゃないか?
 そのうちにぴたりと止まってしまうんじゃないだろうか?
 全てが後悔へと変わる頃に、あのメールが届いて。
 みんなの前で晒したのは、せめてもの嫌がらせだった。
 それでも……メールが届いたことは嬉しかったのだ。 
 ぱさりと腕からTシャツが床に滑り落ちる。廊下に出て浴室へと向かえば、水音が微かに聞こえた。
 焦らそうとでも思っているのか、念入りにシャワーを浴びているようだ。あの逞しい体を湯が流れ落ちていく。どんなに頑張っても追いつけない体。 
 敬吾の手がウエストにかかった。ズボンを下着ごと下ろしてしまえば、身を隠す物は何一つ無い。
 後はもう目の前のドアを開けるだけ。
 敬吾は窓の向こうに微かに見える肌色の塊を見つめて、大きく息を吸った。続けてゆっくりと吐き出して。
 ゆっくりとドアを開けた。


 髪を洗っていたようで、頭から水滴を滴らせた幸人が振り返ってきた。その表情には驚愕は無く、それどころか口元は微かに歪んでいるように見えた。
「敬吾、どうした?」
 その口調も落ち着いていて、敬吾は小さくため息を吐いた。
 しょせん、この男の考えることからは逸脱できないのだろうか?
「ちょっと待ってろ。すぐ洗い終わる」
「ん……」
 先ほどまで想像の中にあった体が目の前にある。
 ジムに思うように行けないほど忙しいのに、鍛えられた体は少々のことでは衰えない。
 幸人の髪に付いた泡が流れ落ちていき、泡は、背を辿り腰骨から股間へと回っていった。その先にある物は……。
 知らずごくりと息を飲んだ。その音がやけに大きく響いたような気がしたけれど、シャワーの水音が大きくて幸人は気付かない。
 思わず口元に手を当てた敬吾の頬が、淡く朱に染まっていた。
 考えついたことの淫猥さに虜になる。もっとも、今までしたことが無かったわけではない。今更という気はしたのに、恥ずかしさは消せない。
「ふう」
 髪を洗い終えた幸人がシャワーを止め、軽く頭を振った途端に敬吾まで水滴が飛んできた。
「つめた……」
「ああ、すまない。かかったか?」
「ん、少し」
 目の近くに散った水滴を腕で拭っていると、頬に指が触れた。ついで頬を包まれる。
「したいのか?」
 問いかけているくせに答える間はなかった。啄まれた唇が、すぐに深く合わせられる。奥深くに入ってきた舌が、敬吾の舌を難なく吸い出して、強く絡んだ。
「っあ……」
 口内の敏感な所からじんわりとした疼きが広がっていく。濡れた体と乾いた体が触れあい、しっとりと馴染んだ。シャワーを浴びた体は敬吾よりは温かく、心地よさを伝えてくれる。
「敬吾……」
「ん……」
「何しに来た?」
 口付けから解放されてそんな事を言われて。
 ゆっくりと目蓋を開くと、視界いっぱいに幸人の顔があった。
「何って……」
 腰に回された指先がやわやわとマッサージするように動いている。そのたびにうずうずと肌がざわめく。
「ゆ……きと……」
 何のつもりできたかなんて、判っているだろうに。
 意地悪い笑みの男を潤む瞳で睨み付けて、小さくため息を吐く。途端にどくんと腰の近くで固いモノが震えて、よりいっそうそれを意識した。
 視線をゆっくりと落として、元気なそれを目の当たりにして。
 メールの言葉は誘い文句。
 して欲しいって……。
 いずれ自分を貫く逸物に、ごくりと息を飲んだ。
「敬吾」
 促すように幸人が囁く。耳朶に口付けられ、ほんの少し頭を押さえられる。どんどん近づくそれを、敬吾の目は愛おしげに見つめ、手を伸ばしてそっとふれた。
 逞しい体に似合っただけの大きさと固さが実感できて、くっと口の端が上がった。
 相手の悦ぶこと。
 幸人にとってのそれは、いつも判りやすい。
 赤く色づいた唇の間から舌を出して、支え持っているその先端部をちろりと舐める。途端にびくりと震えたのが堪らなく嬉しい。もっと反応して欲しくて、さらに舌を伸ばした。
 唇よりさらに赤く、滑らかに動く舌が、絡まっていく。
 追いかけるように滑る唇がキスを落としていった。
「んっ……」
 大きくて、全てを入れることなどできないけれど。
 ぴちゃ……
 すでに十分猛っていたと思ったけれど、敬吾の舌が触れるたびにさらに固くなっていく。
 その反応の良さに気を良くして、敬吾はそれに没頭した。陰茎に舌を這わせ、時折喉の奥深くまで銜える。
「うっ……敬吾……けいご……」
 うわごとのように幸人が繰り返す。
 あえぐような呼吸音が、狭い浴室に木霊した。
「敬吾……もういい」
 限界近くになったと、幸人の手が敬吾の頭を押し退けようとした。けれど、銜えた唇をぎゅっと締めてそれを許さない。
「っくっ……けいご?」
「達って」
「うっ!」
 幸人の指が、敬吾の頭皮に食い込む。そのまま強く引き寄せられ、より深く銜え込んで。
 喉の奥に流れ込む液体の感触に、咽せた。
「うっ、げほっ」
 慌てて引き剥がされた拍子に、唇の端を白い精が流れ落ちた。ねっとりとした液は、ゆっくりと顎を伝い、喉へと垂れていく。
 決して美味くはない。けれど、幸人のモノなら飲み込むことも苦にならない。
 まだ口内に残った精は溢れた唾液とともにごくりと喉の奥に流し込んだ。
「大丈夫か?」
「ん……」
 見上げて、にこりと微笑んで。萎えていない先から少し出てきたそれに舌を這わせて舐め取った。
「美味いか?」
「ううん」
「だろうな」
 苦笑を落とされて敬吾も笑みを返した。そのマズイモノを、幸人はいつでも飲んでくれるのだ。
「おいで」
 差しのばされた手を取る。
 強い力で引き上げられて、深い口付けを施された。口内にまだ残っていた粘りのある液体が、互いの舌で絡め取られ、少しずつ消えていく。もう味なんて関係なかった。
 与えられるのは甘い刺激。
 大きな手が肌を辿り、だんだんと下へと向かう。
「あっ、……んんっ……」
 かくんと膝が音を立てて崩れた。咄嗟にしがみついたけれど、力の抜けた体を支えることはできなくて、敬吾は浴室の床に跪いた。目の前にあるのは、幸人の臨戦態勢の陰茎。
 思わずと言った感じで、敬吾はそっと口付けた。
「欲しいか?」
 頭上から降り注ぐ声に、そっと持ち主を見上げて。潤む瞳を瞬かせ、口の端を上げた。それがどんなに男の心を虜にするか、敬吾はよく知っていた。そして、幸人も例外ではないことを。
 見上げる先で、幸人の瞳がすうっと細められた。その喉がごくりと上下に動く。
「欲しい?」
 先ほどと同じ言葉を今度は敬吾が口にした。
 囁くように甘く誘う。
「俺が、欲しい?」
 手を伸ばして、その腰に手を回して、再度愛すべき対象に頬ずりして。
「ゆきと……」
 名を呼んだ。


 濡れた体から流れた水滴が、シーツを濡らす。
 タオルで拭うのもそこそこに、二人の体がベッドの上で絡んだ。
「んあっ! ひっ! やあっ」
「何が嫌だ? ん?」
 お返しとばかり口に含まれて、舌先で転がされる。
 その技巧はあっという間に敬吾を高め、限界へと導く。びくびくと跳ねる体は、幸人の手によって押さえつけられ、堪えようとした嬌声はあえなく喉から迸った。
 なのに。
「あっ……」
 音を立てて出された陰茎が、腹の上で跳ねる。
 あと少しで達きそうだったのに。
 解放を許されなかった焦りが、恨みとなって幸人に向けられる。だが、幸人はそんな敬吾を一笑した。
「俺を誘っといて、この程度で済むと思うか?」
 獣の瞳に込められた激しい情欲。睨まれて、ぞくりと背筋に走ったのは確かな快感だ。 
「どんなふうに?」
 けれど、敬吾は震える体を抑えつけて、くすりと笑みを返した。
「この程度で、俺を屈服させられると思っている?」
「ふふっ、そうだな、この程度ではまだだな。だが……」
 唾液に濡れた唇を舌が舐める。
「お前は俺には勝てないさ」
「そんなこと……」
 判っているさ。
 言えない単語を噛みしめて、代わりに微笑んだつもりだった。だが、肌に吸い付かれてその笑みも消える。
 両手と唇が、敬吾の弱い場所をバラバラに責め立てて。
「あっ、……やっ……くうっ……」
 逆らう気力が消えていくと同時に、瞳から力が消え、情欲の炎が占めていった。
「あっ……んっ……」
 屈服を意識した途端に、抑えつけていた快感が全身を支配したのだ。そうなれば、敬吾は幸人に縋り付き、与えられる刺激に狂うしかない。
「勝たせるつもりも無いがな」
 そんな言葉すら、耳から敬吾を侵した。返事の代わりに、キスを返す。けれどすぐに主導権は幸人に奪われた。
「あっ……、ああっ……」
 深い口付けと体内の奥深くに侵入した指先によって、とろけるような快感が、全身から脳天へと集まる。
「はあっ……あ、ゆき……と……んあっ」
 慣れた体はすぐにそれだけでは物足りなくなり、無意識のうちに腰を擦り寄せた。
「欲しいのか?」
 耳元で囁かれる誘惑に、敬吾は僅かな抵抗すら捨てた。ただ、こくりと頷いて、彼が入れやすいようにと腰を上げる。
「いい子だ」
 くすりと耳朶を擽る吐息に、一瞬、『誰がいい子だ』と怒りが湧いたけれど。
「んっあぁぁぁ」
 指よりもはるかに太い塊が押しつけられて、我を失った。
 ずるずると、少しずつ押し込まれる熱。内壁を切り開き、まっすぐに快楽の泉へと向かう。
 最初の痛みは気にならない。体がその先を期待して、敬吾は奥歯を噛みしめながらも微かに微笑む、と。
「んっ」
 どくんと体が跳ねた。
 抉られ、押しつけられ、引き抜かれたと思ったらまた抉られる。
 そのたびに堪えきれない嬌声が響き、敬吾の指が幸人の背に食い込んだ。
 敬吾の爪は綺麗に整えられていたが、それでも我を忘れている敬吾の加減を知らない力に、白くひっかき傷を増やしていく。その内の何本かは、僅かではあったけれど表皮を削っていた。けれど、幸人の抽挿は決して止まない。
「はあっ……ああっ……ゆきと……あっ、ゆきとぉ」
 持久力のある幸人にかかれば、敬吾は悶え、鳴くだけだ。いつしか声を枯らし、疲れ果てて深い睡魔に襲われるまで、甘い責め苦はいつまでも続く。
 そんな幸人に揺さぶられ続け、敬吾は時折微かに笑う。
「何だ?」
 幸人が問いかければ、帰ってくるのは艶やかな嬌声だけ。情欲に満ちた瞳を向けて、止まることを許さない。
 そうなれば幸人も快感を追うことだけしか考えられなくて。
「あっ……もうイクっ……んぁぁぁ」
 敬吾が達った途端、激しく収縮した内壁が幸人を締め付ける。その動きが幸人を高みへと誘う。
 限界を越えるのは呆気ない。
「うっ、くっけ、いごっ!」
 体内に迸る感触に、弛緩していた敬吾の体がびくびくと痙攣した。
 どこかとろけるような視線が、宙を彷徨い、幸人へと向けられる。その瞬間、敬吾は再び微笑んで、手を差し伸べた。
「ゆき…と、さん……」
 甘えるように首に縋り付き、頬を擦り寄せる。
 それを許し応える幸人の顔も、至福に綻んでいた。
 
【敬吾編 了】