【してあげたい】 2 ?櫂?

【してあげたい】 2 ?櫂?

 金曜日だと言っても、二人の時間が合うことは少ない。
 里山櫂は製造で交代勤務が多いし、高山彰は深夜までの残業や出張などがあるからだ。
 それでも、今日は櫂は一勤だったし、高山もあまり遅くはならなかったから、待ち合わせて一緒に帰ることにしたのだ。
「高山さん、ごめん、気付かなかった」
「いや、そんなには。楽しそうだったね」
「うん」

 明るい櫂とどちからと言えば暗いイメージがある高山が並んでいると、最初のうちは皆が不思議そうに見つめていたけれど、さすがにこの頃にはそれも無くなった。
 エレベーターで一緒になった同僚が、口元に笑みを浮かべてしまうほどに、この二人はまるで親子のように見える。微笑ましくて、取っつきにくいと言われていた高山の人気が上がっているのも事実だ。
「今日は、晩ご飯どうする?」
「……寄るか?」
「うんっ!」
 嬉しそうに弾む返事に、高山が困ったように苦笑した。背後で、別の人間の含み笑いが聞こえたからだ。
「俺、今日は肉食べたい」
「ん……」
 けれど、背後の人達もそれだけで意思疎通が全て済んでいるとは思わないだろう。短い会話は、全てを把握するには物足りない。
 だが、二人はそれ以上の会話をすることなく、観客の好奇心から意識せずに逃れていた。

 
「んでね、啓輔が言うんだ。家城さんが疲れている時はね、放っといてあげるんだって」
「そう……」
 並んだステーキセットは、櫂の方はもう大半が空になっていた。反して、黙々と食べ続ける高山は、櫂よりは小さいサイズにかかわらず、まだ半分以上残っている。
 それを見た櫂は苦笑して、自分のお皿を差し出した。
「高山さん、肉、少し貰って良い?」
「いいよ」
 躊躇いもなく、櫂の皿に残っていた半分の肉が移る。
「でも、食べる量増えたね」
「櫂と一緒だから……」
 恥ずかしそうな声音に櫂は嬉しそうに微笑む。
 少なくとも野菜サラダやスープ、ご飯など付いてきた分は全て食べられるようになったのだ。前は、それらも残っていたというのに。
 最近、少しだけふっくらとした高山に、櫂も嬉しかった。
「肉の量も増えれば良いんだけどね」
「ああ」
 とぎれとぎれの返答しかないことも、前は物足りなかったけれど。今はそれが高山なのだと思うと、十分だと思っていた。
 可愛いんだよな。
 普段はずっとストイックで、こんなふうに赤らむことも少ない。会議になると、ちゃんと意見を言って相手をへこませることだって有るという。だが、今の高山の方が本当の高山なのだ。櫂といる時だけ高山は本音を見せてくれる。
 感情表現がヘタなだけの恋人の事を知るのは、楽しくて嬉しい。
「今日さ、泊まって良い?」
「え……」
 泊まるんじゃなかったのか、と目が言っていた。えへへ、と笑い返して、「確認してなかったもん」と言えば、高山は俯いて口の中の肉をもぐもぐと飲み込んでから、こくりと頷く。
「いいよ」
 彼の返事は端的で、けれど内心の葛藤はすさまじいものだろう。一緒に泊まれば、その先に何があるか高山だって判っている。外見はストイックでも、高山だって人並みに性欲はあるのだ。ただ、自分から手が出せないだけ。
 視線を合わせない高山に、櫂が無邪気にくすくすと笑う。
 今日こそは。
 櫂がそんな事を思っているなど、さすがに高山も気付いていない。
 滅多にない僥倖なのだ。櫂が虎視眈々と狙っているなどと気付かないで、高山は懸命に目の前の食料を片づけていた。


 今日は高山の部屋だと、前に会った時から決めていた。
 食欲は満たされ、順番に風呂まで浸かれば、後は寝るだけ。会話の少ない相手といると、どうしてもそうなるのだけど。
「えっと……」
 ここまで来て躊躇う高山の手を、櫂は引っ張った。
「ねえ、今日はなんだか寒くない?」
「そう……毛布を出すから……」
 櫂の言葉に慌てて押し入れへと向かう高山を櫂は、笑いながら引き留めた。
「いらないよ。高山さんが温めてくれるんでしょ?」
「え……」
 高い位置から布団に座り込んだ櫂を見下ろす高山の視線が戸惑いを露わにしていた。うろうろと彷徨う視線はいつまでたっても落ち着かない。
 そんな高山を知っているから、櫂は恥ずかしさを心の奥底に押し込めて、言葉にする。
「高山さんの熱を……俺にちょうだい?」
 しっかり着込んだパジャマのズボンにそっと手を這わせる。
「か、櫂っ」
 逃れようとする高山の足を掴まえて、一気にズボンを引き下ろす。ふらついて尻餅をつく高山の上に乗り上げた櫂は、「欲しいんだ」と呟いた。
 その視線の先は、少しだけ形を変え始めた高山の逸物。
 それを見た途端、櫂はごくりと息を飲んだ。
『口で慰めて……』
 あのメールの意味。あの時は呆けてみせたけれど、本当は知っていた。
 それは、なかなかその気にならない高山のために、いろんなその手のサイトを巡って知った知識の一つだ。
 その前の『相手を悦ばせる云々』も、本当言うとセックスの事だったのだが、みんながあまりに驚いたので、つい別の意味を提示してしまっただけ。
 最近すっかり耳年増状態の櫂にとって、できれば経験豊富な仲間達の意見を聞きたかったのだ。
 だが、それも叶わなく、どうしようかと思った矢先の敬吾のメール。
『口で……』
 そういえばやったことが無かったな。
 あまりに少ない経験で、そこまでやる機会は無かったけれど。
 それで高山がその気になってくれるのなら、幾らでもしたいと思う。
「高山さん……俺……したいんだ。だから、逃げないで」
 消せない羞恥が櫂の目元を色づかせる。
 揺らぐ瞳は情欲に濡れ、そんな瞳で見つめられて高山はただこくこくと頷くだけ。
 びくんと震えた逸物は、さらに大きく固くなっていた。
 高山とて、知識だけは豊富だ。
 櫂のサイト巡りの先は、何しろ高山のブックマークから探し出したもの。家にないパソコンを、櫂は高山がいない時にやってきては使っていた。同じサイトで仕入れているのだから、二人の知識はほぼ同レベル。
「で、でも……そんな……こと……」
 何をされようとしているのか、はっきり判っている高山に、櫂はにっこりと微笑んだ。それは子供のように無邪気な笑みなのに、瞳の奥でちろちろと燃えるのは激しい情欲で高山を圧倒した。
「したいんだよ。高山さんに」
 言葉と共に、震える先端に口付けが落とされる。
「っ」
 たったそれだけの事に、高山が敏感に反応する。苦痛でも与えられたかのように顔を歪め、固く目を閉じていた。
 その様子に、くすりと櫂は笑って、本格的に高山の物を舐め始めた。
 最初は、陰茎を這うように舌を動かして。ついで先端のくぼみまで舐め上げてから、軽く噛むような刺激を与えた。
 途端に、高山の腰が跳ねる。
「か、櫂っ」
「ん、これが良い?」
 高山の悲鳴に的を射たとばかりに、櫂が先端を徹底的に攻める。前から、気付いてはいたけれど、やはり高山はここが弱い。
 楽しい玩具を見つけたような昂揚感が襲ってきて、櫂は嬉しそうにそれを口に銜えた。
「あっ……んんっ……」
 必死になって体を支えようとしているが、零れる嬌声は甘く長く響く。高山にとって初めてであろう行為は、かなりの刺激を与えているようで、何度も首を振って快感を逃そうとしていた。
 けれど、櫂も負けてはいられない。
 こうして銜えているだけでも、体が先を期待する。
 10代のやりたい盛りに知ってしまった快感に体がもう欲しいと訴えているのだ。
 ねっとりと唾液が滴る逸物は、まじまじと見ると綺麗な色をしていた。それが自らを貫く様を想像して、櫂はぞくりと全身を震わせた。
 欲しい……。
 お預けを食らっていた期間が長ければ長いほど、人はそれを満たすのに貪欲になる。今の櫂はまさしくその状態で、もう先に進むことしか考えられなかった。
 先走りの流れるそれは、いきなり放置されて辛そうで、このまま達かせて上げたいとも思うけれど。
 欲しいと想う心は、もうどうにも止まらなくなっていた。
 だから。
「高山さん、来て」
 仰け反り気味に荒い息を繰り返していた高山の腕を引っ張る。そのまま布団に転がって高山の体の下に入り込んで彼の体を抱きしめた。
「櫂……俺は……」
「ね……俺も欲しい……」
 すでに限界近くまでになった自身の逸物を高山の腰に擦りつければ、彼の瞳の情欲の色も、さらに濃く深くなっていく。
 最初は躊躇いがちに動く手が、櫂の双丘を割った。滑る液体が、体の上を流れ、くぼみへと押し寄せる。
 計算された流れは、的確に性感帯を辿り、櫂をしどけなく踊らせた。
「あっ……やっ……もっと……」
 相手を煽ったせいで、いつもより敏感になっているのか、施される焦れったいほどの愛撫に淫らに狂い、もっとと縋った。
 入ってくる指が櫂の体を広げていく。
 ゆっくりと一本ずつ。決して無理はしないそのもどかしさが、櫂を焦らせ、さらに色づかせた。
「ねっ……もっと来て……その奥……お願い……」
「櫂……か、い……」
「んあっ……イイよぉ……そこ、もっと突いてぇ」
「ここがイイ? どうすればイイ?」
「んんっ、そこ……あぁん……奥を……」
 櫂にとって初めての相手は高山で、後にも先にも彼以外にどうこうされたいとは決して思わない。だから、高山しか知らないのだけど。
 それでも高山は巧いと思う。
 的確に櫂の性感帯を開発し、次の時にはその場所を忘れてはいない。櫂を傷つけてはいけないと、それだけは守ろうとしてるから、焦らしている訳ではないのに愛撫が長い。そして、そんな高山でも自信がないのか、櫂に細かに問いかける。
「櫂……ここは?」
「うん……い、ぃよぉ……そこ……」
 言葉が耳から入って余計に櫂を狂わせるとまでは考えていないらしい。けれどもうこうなると櫂の方もうわごとのように高山の問いかけに答えていく。
 優しく響く声にも、包まれている温もりにも、全てが幸せだとしか感じられない。
 二人だけの静かな会話も、どこかに出て行って一緒に食事をするのも楽しいけれど、こうやって一つになれる瞬間を期待する今の時間が櫂は何よりも好きだった。
 だから。
「た……かやまさん……来て……」
 手を差し伸べ、その首に縋り付いて、先を乞う。
 その言葉に促されるようにようやく高山が腰を動かして、櫂の後孔へゆっくりと挿入した。
「んくっ……あぁん……」
 最初はそれでも走る痛み。けれど、それを越えれば妙なる快感に包まれる。
 高山もそれを知ってからは、途中で止めることなどしなくなった。
 貫かれ、馴染むまではさすがに止めてしまうけれど。それが終われば、高山のどこにそんな体力があるのかと思うほどに休み無い抽挿を繰り返す。
「櫂……好きだ、櫂……愛してる……」
 ずっと囁かれる愛の言葉に涙して、櫂もまた答えた。
「うん、好きだよ、高山さん……俺、高山さんのこと、大好きっ」
 幸せに涙が溢れ出る。
 その涙一滴すら流させないとでもいうように、高山が吸い付いて飲み込んでいく。
「櫂……か、い……」
「ああっ……たか……さ……んあっ……」
 弾ける意識と共に、体内深くでびくびくと激しく震えるそれを感じた。
 あ……あぁ……いっしょに……。
 弛緩する互いの体を、思わず抱きしめる。
「高山……さん……俺、嬉しい……」
「櫂……か、い……」
 余韻に震える体は、まだ僅かな動きにも敏感に反応して、櫂は大きく息を吐いた。けれど、荒い吐息が整う間もなく二人の舌が求めるように絡められる。
 まだ、欲しい。
 櫂が呟けば、高山が微かに笑って答える。
「いい……よ……」
 始めるまでが大変だけど、それを乗り越えれば二人の垣根は完全に外れる。それこそ、櫂の。
「精も根も尽き果てるまでしてみたいな」
 そんな言葉にすら、高山はそれでも応えようとは、してくれた。
 たとえそのせいで、次の日一日半病人状態になるとしても。

【櫂編 了】