【してあげたい】 4 ?竹井? 

【してあげたい】 4 ?竹井? 

 雨が降っているせいか、春だというのに身震いするほどの冷たさがあった。
 竹井は安佐のアパートのドアの前で、数度手を上げてはまた下ろす、という動作を繰り返していた。
 勢いでここまで来たものの、どうしても消えない想像が竹井を躊躇わせる。
 喧嘩の仲直りをするのは、きっと相手が悦ぶことをすれば良いのだろう。素直に謝罪を口に出せない竹井にとって、それは一つの手段ではあった。けれど、それもまた堪らなく恥ずかしいもので。

 そう、竹井は、今まで口でしたことなど無かったのだ。
 男である自分が男の股間に顔を埋める姿など、今だって想像したくない。今まで幾度も安佐にはされたことはあるけれど、それを自分がするなんて論外の事だ。
 けれど、と竹井は情けなく顔を歪めて目の前のドアを見つめた。
 喧嘩、なんてしたくはなかったのだ。
 約束だったから安佐の部屋には行ったけれど、疲れていたのは事実。それでも安佐がしたがったから、絶対に嫌だと逆らった。いつもはそれで止めてくれるのに、なんだか安佐はとても強引で止めてくれなくて。かあっとなって、拳骨で思いっきり殴って、部屋を飛び出して……。
 気が付けば、自分の部屋に帰って布団に突っ伏していた。
「……だって、いつものことじゃん……」
 安佐の強引さに竹井が怒るのも、それで喧嘩になるのも。けれど今回はなんたが安佐が元気が無くて、謝ることもしてこない。だいたい、今日一日二人とも事務所にいたのに、安佐は何も言ってこなかった。
 誰かが邪魔をしようとした訳ではない。
 なのに……。
「悪いって判ってんだけど……」
 安佐がいつも先に謝ってくれたから、竹井も謝ることができたのだ。なのに、そのきっかけが今回ばかりは無い。
 冷気が体を冷やして、竹井は「寒い……」と呟いて、ジャケットのあわせを手繰り寄せた。吐息が白くなるほどではないが、呼吸をする度に体温が奪われているような気がする。
 そろそろ限界。
 深いため息を零して手をあげる。ドアを叩こうとして、それでも数度躊躇って。
「安佐……」
 小さく呟いてから、意を決したようにドアを叩いた。


 ドアが勢いよく開いて、中から驚いて目を見開いている安佐が出てきた時、思わず笑ってしまった。
「なんて顔してんだよ」
 くつくつと堪えても止まらない笑いで喉の奥を鳴らす。
「だ、だって……竹井さん、何で?」
 そんなに不思議そうにされるとは思わなかった。
 愉快な気分が少しだけ下降して、竹井は口元を拳で覆ったまま俯いた。
「何だ、来ちゃマズかったか?」
 そんな筈はないと思っているのに、それでも声が震えそうになった。
 竹井の自信なんてこんなものなのだ。
 いつだって安佐が立ててくれるから、平気で言い返していたけれど。
「じゃ、帰ろうかな」
 押さえ込んだ声音が低く響く。踵を返して、車に戻ろうとして──ふわりと肩から手を回された。
 首に回された手が酷く温かい。
「竹井さん……冷たい」
 首筋に触れる吐息が暖かく擽る。
「中、入ってください」
 優しい声にほっと体の力が抜けていく。途端にぶるりと大きく身震いするほどに、寒さを感じた。
「寒かった……」
「みたいですね」
 拗ねた口調が情けないと思うけれど、安佐は笑わない。
 促されるがままに招き入れられて、ほんわかと暖かい室内に座らされる。隣の部屋から引っ張ってきた毛布が肩からかけられて、その心地よさと安佐の匂いに長い吐息を零した。
「お前、毛布まだしまっていなかったのか?」
「だって、まだ寒い時あるでしょう?」
 蹴飛ばしてしまう程に暑い日もあって、竹井は早々にしまっていたのに。
「寒い時に無かったら、竹井さん嫌がるでしょう?」
 くすりと零れた笑みに、かあっと体が熱くなった。
 何でだろう?
 凄く安佐が自信ありげで、格好良くて。見惚れてしまいそうになる。
「どうぞ、飲んだら暖まりますよ」
 出されたコーヒーを口にすると、胃の中から温もりが広がっていく。
「それにしても、ずいぶん冷たいですよ。外をうろうろしていたんですか?」
「ん……」
 まさかドアの前で右往左往していたなどとは言えなくて、毛布に顔を埋めた。
「風邪、ひかないでくださいね」
 なんだかいつもの安佐と違う気がする。
「安佐?」
「はい?」
「何か……さ」
 格好良い、と言いかけて言い淀んだ。そんな事を言ったら、安佐をつけ上がらせるだけ。
「何です、竹井さん?」
 微かな笑みを浮かべた安佐は、ずいぶん余裕があるようで、落ち着いた視線でじっと竹井を見つめている。
「お、お前……」
 そうなると、竹井の方が戸惑って言葉が紡げなくなる。
 どうして……。
 そういえば、喧嘩してからずっと安佐の態度は今までとは違っていた。
 いつだってすぐに折れていたのに。竹井の機嫌ばかりを取りに来ていたのに。あんなふうに無視するなんて事無かったのに。
「竹井さん、どうしたんです?」
 慌てることなく、擦り寄って毛布ごと抱きしめ、優しく囁きかけてくる。
 これは、誰だ、誰なんだ?
 いつもと違う安佐に、竹井の心臓はどんどんと激しく高鳴っていった。
 何を言われても、返事ができない。
 そんな自分が恥ずかしくて、体温がどんどんと上がっていく。冷たかった体は瞬く間に温まり、毛布の下は汗が吹き出していた。
「竹井さん?」
 安佐の吐息で前髪が揺れる。
「あ、あのさ、お前さ……」
 何で、どうしよう……。
 パニクった頭が、いろんな打開策を浮かばせて、けれど相応しくないと瞬く間にそれらは消えていった。
 反則だ。
 格好良い安佐なんて……。
 いつだってこうあって欲しいという願望は有り続けた。ご機嫌伺いのような目をするんじゃなくて、もっと堂々として欲しいと思っていた。
 けれど。
「反則……」
 思わず呟くほどに、願望通りになった安佐は格好良すぎて、竹井の心をかき乱す。
「反則って……何が?」
「だって、お前……何でそんな堂々としているんだよ」
「え?」
 きょとんと首を傾げた安佐は、今まで通りだったけれど、それでも慌てることはしていない。
「堂々って……。別にいつもと同じだと思うけど……?」
「嘘吐け、いつもだったら、俺の機嫌取ろうと右往左往しているくせに」
「え……ああ」
 訝しげな表情が、合点がいったとばかりに笑みを作った。横目で窺うその先で、安佐がくすくすと笑い出す。
「だって……さすがに俺も慣れたんで」
「慣れた?」
「竹井さんがこんなふうに来てくれるって事は、仲直りしたいんだって。黙ってしまうのは、言葉が見つからないから、照れているからだって……。さすがにね……判ったから」
「そんなの……」
 違うと言いたかったけれど、竹井はますます毛布に顔を埋めることしかできなかった。
 確かにその通りだったけれど、図星をさされると人間腹が立つ。埋めた竹井の眉間に深いシワが寄ったのも無理からぬ事だ。
 そうやって、いつも安佐は竹井の怒りを買うのだが……。
「嬉しいです、竹井さんがそういうふうになるの俺の前だけだから」
 静かで優しさを含有していると判る声音が、竹井の怒りを静めていく。
「竹井さん、俺が開けた時、寒いって怒鳴らなかった。なのにあんなに冷たくなっていて……。そんなふうに我慢してくれなくて良いんですよ。俺、竹井さんに何言われても嫌いになんかなりません。それも竹井さんだし、今みたいに泣いているのも竹井さんだから。どの竹井さんも大好きなんですから」
 どうして……。
 どうしてこんな時に限ってこいつはこんなにも察しが良くて、優しいのだろう。
 これがいつもの安佐みたいにドジで疎い奴なら、こんなことになったのはお前のせいだって怒鳴れるのに。
 震える肩を抱きしめられて、竹井は微かに逃れるように身動いだ。けれど、その分だけきつく抱きかかえられる。
「ほんと言うと凄く緊張しています。また何かドジって、竹井さんを怒らすんじゃないかって」
「……嘘吐け」
 緊張している奴が、こんなに堂々としているもんか。
「嘘じゃありませんって。ほら」
 毛布から出された手のひらが、安佐の胸に押し当てられた。ドキドキと、いつもより速いリズムが伝わってくる。激しい運動でもしたようなその音は、抱きしめられた時に聞くあのリズム。
 刹那思い出した記憶に、竹井は慌てて手を引こうとしたけれど、ぎゅっと握られた手首を反対に引き寄せられて。
「竹井さん……」
 反動で上向いた竹井に安佐の唇が寄せられた。

【してあげたい】  ?竹井? 後編

 軽い口付けは、すぐに互いの舌を貪るかのような激しいキスに変わった。
 毛布を背にして竹井の体は押し倒され、安佐の大きな体がのしかかってくる。速くなったままの鼓動が、今度は胸を通して直接響く。交わる二人の鼓動は似通っていて、追いかけっこでもしているようだった。
「安佐……」
「竹井さん、汗かいてる……」
「だって……熱い……」
 暖房を入れていない部屋は、ひんやりとした冷気すら感じられるというのに、体の奥から発する熱が意識すら侵す。
 何より、安佐の体に包まれるとそれだけで汗が出てくるのだ。そんな熱い体が、竹井を狂わせる。
 竹井の肌を濡らす汗が、二人の肌をより密着させていた。一つになる前の儀式だと、安佐がゆっくりと竹井の体を愛撫する。鎖骨のくぼみからゆっくりと蠢く舌先が、胸へと移動していった。その先にあるのは、ほのかに色づき硬くなった小さな突起だ。
「あ、……ぁん……っ」
 ぴりっと鋭い痛みが走り、ぎゅっと両足が縮こまる。
 間にある安佐を挟んだままに入れた力は、安佐の体をさらに引き寄せた。その拍子に触れたのはいきり立った安佐の股間のモノ。
 服の上からでもはっきりと判る固さに、竹井は熱い吐息を零した。
 何故だろう。
 凄く欲しい。
 もう何もしなくて良いから、安佐のモノで貫いて欲しい。
 未だかつて無い程に激しい願望が、竹井の脳裏を支配する。
「あっ……安佐……安佐……」
 ぐいぐいと足に力を込めて引き寄せて、両腕は必死になってその体に縋り付く。
 耳元でくすりと笑っているような気配がして、竹井は熱い吐息を零しながら笑いの主を睨んだ。
「わ……らう……な」
「だって……竹井さん……可愛い……」
「な、にがっ……」
 必死になって言い返しても、安佐の笑みは消えなくて、却って煽ってしまったようだ。擦りつけられる腰の動きが、さらに淫猥さを増していく。
「もう……んあ……」
 安佐の重みと押しつけられる強さで竹井のモノも何度も先走りの液を垂れ流した。
 じっとりと滑る下腹が、さらに互いの動きを良くする。
「あっ……やめっ……」
 狂いそうだ。
 まだ挿れられていないのに、体の奥が疼く。
「竹井さん……そんなに強くしちゃ……」
 絡めていた足がきつすぎたのか、安佐が愛撫の手を止めてそこから抜け出そうとしていた。離れる体が口惜しい。
 それでも、快感に晒された体は今ひとつ言うことを聞かなくて、安佐はあっという間に抜け出してしまった。
「もっ──やっ……ばかっ」
 堪らずに呟いた言葉に、安佐が苦笑を浮かべて。
「相変わらず、口が悪いですよ。まあそこも可愛いけど」
 正気の時なら脳天に拳骨の一つも食らわす程に恥ずかしいセリフを臆面もなく吐いていた。
 けれど、その途端頭の中を単語がひた走って、記憶を揺さぶった。
「竹井さん?」
 急に動かなくなった竹井を訝しげな表情の安佐が見下ろしていた。
 可愛い……口……。
 安佐に縋っていた手がのろのろと上がり、自身の唇をなぞる。親指が中に入って舌先に触れ、途端に全身にぞくりと電気が走った。
「竹井さん?」
 不思議そうに安佐が見る。
 だが、竹井がぺろりと舌を出して指先を舐めた途端、痛みでも走ったかのように眉を顰めた。
 ぴちゃ。
 今度は音を立てて舐め上げる。
 ぴちゃ……くちゅ……。
 親指が吸い込まれて、音を立てて引き出される。子供の指しゃぶりのような仕草だった。
「……た……けい……さん……」
 クセになった呼び方が何故か腹立たしくて、竹井はもう一度舌を出して指先を舐め上げると、囁いた。
「……俺の名……呼べよ……」
 その時、脳裏にあったのは少し前の記憶。
『何をすれば一番悦ぶって思う?』
『可愛いお口で慰めて』
『……まあ、嬉しいもんだよね、あれは』
 ただ、それだけ。
「竹井さん……って……え?」
 真っ赤になった安佐が、おろおろと視線を彷徨わせる。
 ああ、何だ、やっぱりいつもの安佐だ。
 そう思うとなんだか楽しくなって、今度は意地悪く微笑む。
「なあ、名前、呼べよ」
 唾液で濡れた親指で、安佐の唇をつつく。
 促すように何度でも。
 腰に当たった安佐の逸物がびくりと動くのが判った。
 そして。
「拓也……。拓也さんっ……」
 泣きそうな顔で呼ばれて、胸の奥がきゅっと締め付けられる。泣きたいくらいの幸せってこんなことなんだろうか? 安佐が求めてくれることが堪らなく嬉しい──だから。
「由隆……ちょっと体起こして……」
 自分が何をしようとしているか判っているのに、竹井は躊躇うことなどしなかった。
 ただ、したいと、それだけを思って安佐を押して。
 ぺたりと後ろ手に座り込んだ安佐の股間に隆々と立ち上がっているそれが愛おしい。
「た、拓也さんっ」
 驚く安佐を「拓也だ、拓也だけで良い」と睨んで、そっと口付けた。
「んっ……」
 それだけで、びくんと安佐の太股の筋肉が強張る。仰け反った体を支える腕が、ふるふると震えていた。
 竹井の舌が、ゆっくりと陰茎を辿る。
 そういえば、こんなにもまじまじと見つめることが、最近無かったような気がする。いつだって安佐のされるがままに愛撫されて、貫かれて。
 こんな大きなモノが自分の中に入っているなんて信じられない。
 竹井が舌で舐め上げるたびに、安佐の体がびくびくと震える。
「あっ……はあっ……」
 荒い呼吸音が、まるで獣のようだと笑えば、その震動すら安佐を感じさせるようで、潤んだ瞳が竹井を見つめていた。
 その視線が熱い。
 跪いて肘をついて。
 必然的に掲げられた腰の丸みに向けられた視線。安佐が何を欲しているのか、その視線で判ってしまう。
 それに気付くと、かあっと体が熱くなり、まだ触れられていない後孔がひくひくと震えるような気がした。
「たくや……たく……や……」
「んん」
 ぱくりと銜えこんで、何度も陰茎を扱く。溢れた唾液が、安佐の下肢を淫猥に濡らし、その姿が余計に竹井の芯をも熱くした。
 自分もいつもこんな姿を晒しているのだろうか?
 卑猥に顔を歪めて、腰を揺らして、もっと銜えて欲しいと願っている竹井。
 気が付けば、頭の中が真っ赤になるほどの羞恥に晒される。
 だが。
「あっ……イイ……、すご……」
 歓喜の声が、その羞恥を悦びに変える。
「イイ?」
「んあっ……喋んないで……もう……」
「ん……いいんだ」
 なんか悪戯したくなるとついつい喋ると、色づいた目で見つめられて背筋がぞくぞくと震えた。
「た、くや……」
 呼びかけられて顔を上げた途端、一際激しく全身が総毛立った。
 獣と化した鋭い視線が、竹井を襲う。
 手が伸びてきて引き寄せられると同時に、口から安佐のものが外れ腹で跳ねた。
「ゆ、たか?」
 引き上げられ、抱きしめられて、いきなりの深い口付け。
「んんっ!」
 性急に動いた手が、さっきから求めて震える後孔を探る。
「んあっ」
 先走りで濡れた指が一気に差し込まれ、仰け反った拍子に今度は胸の突起をきつく吸われた。
「あっ、あっ……」
「たくや……こんなに煽って……覚悟できてる?」
 余裕のない口調が、竹井をさらに煽り立てる。ごくりと息を飲み込み、促されるがままに腰を上げた。
 安佐にしがみついて膝立ちのままに、後孔を解されていく。ぐちゅぐちゅと淫猥な音が鳴り響き、竹井は何度も仰け反った。
 二人の間にある陰茎は、さっきから限界を訴えるほどに硬くなっている。
「あ、もう……もっ……」
 こんなに激しく感じる自分が変だと、竹井は何度も激しく首を振った。そのたびに汗が飛び散って、毛布に滴を作る。
「すご……締め付けたら入んない、ね、緩めて?」
 言われるがままに息を吐いて、体の力を抜いた。途端に、下に引っ張られて、熱い塊がぐさりと突き刺さる。
「あ、ああっ……ああ────っ!」
 押し出されるような悲鳴。それでも止まることなく貫かれ、力を失った膝のせいで、自重も手伝って深く銜えこんだ。
「あっ……くっ……」
 いつもと違う体位。
 手をついてなんとか上半身を支えて見下ろせば、ずいぶんと嬉しそうな安佐の顔があった。
「あ、……ゆ…たか……」
「すご……、俺の上に拓也が……」
「言うなっ」
 目の前に何もかもが見えるというのが堪らなく恥ずかしかった。知らず足に力が入って、深く銜え込んだモノの形を味わってしまう。
「んくっ……」
 眼下の顰められた顔が紅潮している。ひくりと時折触れた筋肉が震えて、動くまいと思っても体が動いてしまった。
「ん……動くな……」
「そんな事言われても」
 小さな動きが、次第に大きくなっていく。
「あっ……んっ……」
「イイ……拓也……イイよ……」
 突き上げられ、今までとは違う場所を抉られる。両手を安佐の肩について必死になって体を支えるが、その体は今にも崩れてしまいそうだった。
「あっ……やあっ……んくっ」
 あまりの快感に逃げようと腰を浮かせば、自由になった安佐の動きがさらに激しくなる。突き上げられ、力を失って自ら腰を落として。
「あっ、ああっ──っ」
 そそり立つ陰茎が揺れて、下腹を叩く。それすらも快感になって、拓也は我を忘れた。
「ゆ、由隆っ! 由隆っ!」
「拓也っ……」
 ついに力尽きて倒れてきた竹井の体を安佐がきつく抱きしめる。
「好きです。愛しています。何を言われても、何をされても……。俺はあなたを愛します」
 耳元で囁かれた甘く優しい言葉に、竹井の体が大きく震えて。
「あっ、あぁぁぁっ──っ」
 全身を濁流のように快感が暴れる。
 びくびくと全身が震え、目の前が幾度も真っ白に輝いた。


「竹井さん、おはようございます」
 安佐が近づいてきて、ふわりと額に降りた前髪を梳かれたが、竹井は頑ななまでに顔を枕に埋めていた。
「朝ご飯、食べます?」
 さっきからコーヒーの良い匂いが竹井の食欲を擽ってはいる。けれど、それでもどうしても起きる気にはなれなかった。
 そんな竹井に安佐がため息を零す。
「えっと……じゃあ、食べたくなったら言ってください」
 空気が動いて、安佐の気配が離れていった。と言っても狭いアパートの一室だ。体を起こせば、隣室にいる安佐を見ることはできるだろう。
 けれど。
「……バカ安佐」
 小さく小さく呟いた竹井の肌は、起きてからずっと淡いピンクに染まっていた。
 一体何に煽られてしまったんだろう。
 仲直りしようとは思ったけれど、あんな事までしようとは思わなかった。
 なのに。
 昨夜の記憶は鮮明に残っていて、竹井の羞恥を刺激する。
 それこそ、安佐の顔を見ることができないほどだった。
 いっそのこと、いつものように崩れた顔で昨夜の感想なんか言ってくれたら、一発殴って全部安佐のせいにできるのに。
 だが、そんな理不尽な怒りを育てている竹井に気が付いているのか、安佐は何も言わない。どことなく嬉しそうだなと言うのは判るから、それが余計に腹立たしいが、その態度も限定的だ。
 昨夜の安佐は確かに格好良かった。竹井の怒りを最小限に留め、その欲情を煽ってくれた。そんな安佐も良いけれど。
「何か……こう……言ってくれよ」
 前のように呆けた安佐も良かったよな、こういう時は。と、大きな声では言えない愚痴を零して、竹井は再びため息を吐いた。

【了】