体が沸騰しているかのように熱くて、何かが肌に触れる度に弾けそうになる。
びくりと震える体がそれでも柔らかく包み込まれ、敬吾はほっと息を吐いた。なのに、すぐさま疼いて刺激を欲する体がもっと触れて欲しいと願う。
だから、敬吾は肌に触れるそれを逃さないように両手を伸ばしていた。
「……もっと……」
朦朧とした意識下で、喘ぐように請う。
触れてくれるそれは少し冷たくて、体に籠もる熱をなんとかしてくれそうだった。
「……凄いね」
そんな言葉が聞こえて、誰だろう……と閉じていた瞼を開ける。
「な……に……?」
「君は薬がよく効くんだね。こんなに乱れた子を見たのは初めてだよ」
「く……すり?」
言っていることは判るのだが、何故そんなことを言うのかが判らない。
それよりも、飢えて切なく震える体を何とかして欲しかった。
もっと……もっと……。
敬吾は、堪らずに相手に縋り付く。
「もっと……」
首に抱きつき、相手の耳元で囁き、背に回した指先で、そっと相手の肌をなぞっていく。
「んっ……悪い子だ……」
その言葉に自然に笑みが浮かんで、下から相手を見上げていた。
それはいつもしている行為だと、判ってはいるのだけど。
「ふむ……もしかして?」
相手が唇に触れるだけのキスをしてきた。だが、それだけでは物足りない。
敬吾は離れていこうとする相手を抱き寄せるように腕に力を込めていた。
「ね……もっと……」
こんな軽いキスじゃ、もの足りない。もっともっとして欲しいよ……。
ゆきと……。
いつも敬吾を快感で屈服させて、なおも煽る穂波が今日は大人しいと、敬吾は堪らずに首を振っていた。
もっとして欲しいから、と自らその首筋に舌を這わせる。
「なるほど……恋人と勘違いしているようだな」
妙に落ち着いた声に、おかしい?とは思うのだが、途端に触れられた股間の雄から吐き出したいほどの欲求が湧き起こって、何もかもが頭から飛んでいってしまう。
「んああっ……ああ……幸人……っ」
「ふ?ん、ゆきと……ね」
ふと止まった手に、腰をすり寄せる。そんな敬吾を見下ろす槻山の口の端が微かに上がったことにも気付かない。
ただ、快感だけを欲して。そして、いつものように相手を達かせることに集中する。
穂波を達かせてあげたいと切に願って──疼いて仕方がない体を達かせたいと願って。
「……達きたいのかい?」
それにこくりと頷いて。
いつものように穂波に貫かれたいと願って、彼を受け入れやすいように体を開く。
「なんか……変だから……もう……熱くて……」
「そうだろうね」
くすくすと笑い声が降ってくるのがなんだか悔しいと思うのだが、それでも今は挿れて欲しいから、深くは考えない。
本当は今日はなんだか変だな……とは思っていたのだが、それも穂波が何か仕掛けたのだろうと思ってしまう。
ああ……薬とか言っていた……。
そろそろバイブも飽きてきたようなことをいっていたから……。
だから……。
でも……。
いつ……使われたんだろう?
ふと浮かんだ疑問に、敬吾は虚ろな視線を周囲に彷徨わせた。
どことなく見覚えのない部屋のような気がした。
だが、いつここに来たのかよく思い出せない。
「……こ……こ……は?」
伸ばした手が触れていた肌が、僅かに震えた。
それを不思議に思って、その腕の先を見上げる。
「あれ……?」
何故だかものすごい違和感を感じた。
そこにいるのは穂波だと思っていた敬吾にとって、どうしても馴染みのない体つきがそこにいるという存在。
これは……誰だ?
途端に朦朧としていた意識に、冷たい風が走り抜ける。
その僅かな同様に槻山も気付いて、くすっと楽しげに喉を鳴らした。
「素直にしてくれるのも嬉しいけれど……少しは、今の自分を自覚して欲しいよね」
そんな物言いは……どこか穂波に通じるところはあったが……だが、どう聞いてもそれは穂波の声でなくて。
「あ……な…んで……?」
「なんだっていいさ。それより、楽しもう」
「あっ!!」
その時、敬吾ははっきりと思い出した。
今ここにいるのは穂波ではない。
そして、ベッドとおぼしき場所で組み伏せられて、足を抱えられたこの体勢は……。
「や、止めろっ!!」
「何を言っているんだい?さっきまで、もっとって喘いでいたくせに」
嗤いながら、だが、その押さえつける手は緩まない。
敬吾も、思った以上に四肢に力が入らなくて、槻山をはねのけられなかった。しかも、肌は槻山が押さえつけるために触れただけで、甘く疼くのだ。
それはさきほど後孔に入れられた薬のせいだと気が付いて、敬吾は唇を噛みしめた。こんなにも薬に酔うとは思ってもいなかったのだ。
今の今まで、ここにいるのが穂波だと思っていたほどに、敬吾の記憶はかなり混乱していた。それこそ、いつ縛られていた紐を解かれたのかも記憶にない。今とて、事態を深く考えようとすると、体を駆けめぐる快感に邪魔されて、全く整理がつかなった。油断すると、快感の渦に巻き込まれそうになる。
それこそ……先ほどまでのように。
だが。
「離せっ!!」
最後の力を振り絞って、敬吾は槻山を押しのけようとした。ついでに足を蹴り上げようとするが。
「やっぱりこの方が楽しいねえ」
「ひあっ!」
難なく敬吾の攻撃をやり過ごした槻山の手が敬吾の股間を撫で上げた。
たったそれだけで、意識が強い欲望に引きずられていく。
もっとして欲しいと、体が勝手に動くほどで、それを押さえることもできない。
「さて……」
ぐっと足を高く掲げられ、太股の内側に重みが加わってきた。その行為の意味することが咄嗟に脳裏に浮かぶ。途端に、さあっと全身から血の気が引いた。
しかも後孔に確かに感じる異物の存在に気付いて、びくりと何もかもが硬直して。
「んああっ……」
ずぶずぶと広げながら入るその感触に、あらん限りの声で叫んでいた。
はるか昔に感じた恐怖が、全身をがんじがらめに縛り付けていく。その中を、槻山の逸物がさらに奥を目指して入っているのだ。
途端に、全身を使って槻山を押しのけようとした。
「いやあっっ……!」
掠れかけた悲鳴が漏れる。
と。
『ちくしょっおおお!!やめろおおおおっ!!』
それは啓輔の声だった。途端にぼやけていた意識がはっきりとする。
「あ……隅埜君……」
槻山に貫かれながら、敬吾はそれでも声のした方へと視線を向けた。そこには一枚のドアがあって、敬吾の頭の中に、部屋の構造が浮かび上がる。
「おやおや……すっかり正気に戻っちゃって……。彼のことがそんなに気になるのかい?」
「んっくっ……」
ぐりぐりと嫌みのように奥深くを抉られ、息を詰まらせる。それでも片目を細めて睨み付けるようにしてこくこくと頷いた。
一人で向こうの部屋にいるのだろうか?
薬はどうなったのだろうか?
疼く体はもうどうしようもなく力が入らなく、それでも啓輔がそこにいるという事実が、敬吾の正気を維持し続けさせていた。
啓輔があんな悲痛な声を上げるのは、初めて聞いたから。
「う?ん……君は薬が一気にきいたと思ったら醒めるのも早かったねえ」
「はな……れろ…………んくっ……う……」
苦笑混じりの言葉に、視線を移して、自分の体位も再確認してしまう。
穂波でない男に貫かれている己が情けなくて、悔しい。薬ごときで理性を失っていたという事実が悔しくて堪らない。
それでもこれ以上淫らな声を発したくなくて、必死で押さえた。
その間、啓輔がどんなに辛い思いをしていたかと思うと、いかに体が快感を求めていたとしても、もうそれに狂いたくはなかったからだ。
「しょうがないね」
ふと、槻山の動きが止まった。
堪える快感に潤んだ視界で槻山が、肩を竦めている様子が写っている。
何だ?
「んくっ!」
浮かんだ疑問とほぼ同時に、後孔からずぼりと槻山の逸物が抜かれて、その感触にぞわりと鳥肌が立った。
「あの子も連れてくるからね。三人で楽しもう」
「えっ!!」
驚愕の声を発するまもなく槻山がドアへと向かう。
その動きは、無駄のない体つきに似合ってひどくスムーズであっという間にドアの向こうへと消えていく。その素早さに、敬吾は拒否の言葉を発する暇すらなかった。
閉まっていたドアが音を立てて開いて、啓輔は俯いていた顔を慌てて上げた。その頬には、為す術もないふがいなさに浮いた涙が流れている。
だが、ドアの前にいる槻山の全裸の姿に、そんなことなど頭の中から吹っ飛んでしまった。
筋骨たくましいその体がしっとりと汗ばみ、体躯にあった雄は雄々しく勃ちあがって、なおかつ滑るように灯りを反射していた。
それこそ、そんな状態を家城相手に何度も見ている啓輔には、槻山が今の今までしていた行為がすっと頭の中に浮かび上がる。
途端に、激しい怒りとともに、だが、確かにリズム良く刻んでいた鼓動が一気に早くなったのも確かだ。
「っ……」
ずくっ、と何もしていないのに啓輔の雄が震える。その先端にぷくりと浮いた滴は興奮している証だ。
「君もできあがったようだね」
槻山が笑みのままに啓輔の体から紐を外していく。
今だ。
と思う心もあるのに、肌を擦る紐のその心地よさに陶酔しかける。ぶるりと震える肌を槻山の大きな手が優しく撫でると、全身を甘い疼きが走って堪らずに槻山にしがみついてしまった。
「ん……あっ……」
それはもう自分の意志ではどうにもならないほど激しく、一気に全身が脱力する。
縋っていた手も爪の先だけが相手の皮膚に引っかかっている状態だ。
「な……に……?」
相手は家城でないのに。
敬吾をあんな目に遭わせて、なおかつ薬で朦朧とした状態で抱いたであろう槻山なのに。
なのにどうしてこんなに反応してしまうんだろう?
槻山の手が啓輔を抱き上げる。それなのに、逆らえない。
イヤなのに、浮遊感に縋ってしまうのは槻山の腕しかなくて、啓輔は見たくないと固く瞑っていた目尻から涙を流した。
「君はほどよく薬が効いたようだ」
楽しそうな声音も、肌をくすぐる吐息にかまけてしまって気にならない。
触れられるたびに、話しかけられるたびに、心と体が槻山に流されていく。
それはイヤだと思っているというのに。
「可愛いね」
「ん……」
口づけが頬に落とされて、もうそれが拒否できなかった。
ドアを通り抜けて、背後で閉まる音がする。
「すみ…の……くん……」
力の入らない声に、啓輔は瞑っていた瞼をこじ開けるように開いた。
「あ……」
ぼんやりとした頭が、一気に晴れそうになる。
そこにいたのは、ベッドにしどけなく横たわって腕の力で上半身を支えている敬吾だった。そのどうみても行為の後だと知れる染まった体と快感に潤んだ瞳とは対照的にその表情は悔しそうに歪んでいる。
「彼に……手を出す…な……」
抗議の声も掠れていて、余計な艶やかさを醸し出す。
「でも、このまま放置しておくのもケースケ君にとっては辛いだけだからね」
くすりと笑う吐息が頬をくすぐって、また口づけられた。
イヤなのに気持ちよくて、もう快感を欲する体が掴んでいた腕を引き寄せようとする。
だが。
「やめろっ……彼は。彼には……」
何かを言いかけて、だが悔しそうに口を閉ざした敬吾が、ベッドにそのきつい視線を落とした。だが、すぐに槻山へとそれを移動させる。
「彼をここへ……俺が助ける……」
途端に槻山がびくっと震えたのが判った。
それは確かに驚きからで、啓輔もその言葉に一瞬我に返る。
「……君がするというのかね?」
しばらくして槻山がどこか楽しげに敬吾へと声をかけていた。その顔が悔しそうに歪んで、色を失うほどに唇が噛みしめられている。
それもこれも、全て啓輔のためだと知ったから、啓輔はふるふると首を横に振った。
「お、俺は……いいから……」
敬吾にこのどうしようもない体を慰めて貰えるのなら、という歓喜の心と、そんなことをさせたら駄目だという、拒絶の心がせめぎ合っていて、啓輔はその争いを裁ち切るように固く目を瞑った。
これ以上敬吾を見ていたら、その言葉に縋りたくなりそうで、目を閉じれば槻山だけを感じていればいい。
敬吾にされるより、槻山に抱かれる方がまだマシだと思って、その腕に力を込めた。
「いい……俺は……この人に抱かれるから……」
それでなくても恋人以外の男に抱かれてしまった彼を、これ以上追いつめたくなくて、それは本心だったのだが。
その体がいきなりふわりとベッドに落とされた。
「うわっ」
縋っていた腕のせいで落下の速度は遅い。
それでもどすんと音を立てた途端に、啓輔は怯えた色を浮かべた瞳を見開いた。その視界に入ったのは、心配そうに啓輔を見やる敬吾に、笑い顔の槻山。その槻山が、啓輔の上半身を背後から支えて座らせる。そして目の前には横たわった敬吾が啓輔を見上げていた。
「彼はまともに薬が効いているから、そう簡単には慰められないよ。……まあお手並み拝見と行こうか」
槻山が背後からふたりを見下ろして言う。
「君だって、意識の方はかなり醒めているけれど体はまだ疼いているだろう?」
「うっあ……」
その手が啓輔を押しのけるように伸びて敬吾の胸の突起を摘んだ途端、その全身が大きく震えた。身悶えるように離れるその仕草が、見る者を劣情に駆り立てるほどに艶っぽい。
「そんなふたりの絡み合いか……。これはイイね」
「……お前を……楽しませる訳じゃない……」
口調はきついが、はあっと熱を吐き出す敬吾の肢体は、息を飲むほどに扇情的な眺めだった。
だが、それでも敬吾はかなり薬の影響から覚めているように見えた。
「……みどり…やまさん……。俺は……いいから。だから……」
逃げて。
そう続けたかった啓輔の言葉は、優しい笑みを浮かべた敬吾の表情に遮られた。
今なら、力は入らなくても槻山を止められる。そして敬吾が隣の部屋にいく間くらいはできるから……。それは無きに等しい勝算の賭だったけれど、それでもこれ以上敬吾を苦しめたくなくて、啓輔は近づく敬吾の体を押しのけようとした。なのに。
「俺に任せて……。このままだと辛いだろ……。な、俺は大丈夫だから……」
辛いはずなのに、啓輔を安心させるようにふわりと優しく笑いかけられて。途端に抗う気力も何もかもが消え失せた。
嬉しい、とそれか心の大半を占めてしまう。
そうなると、もうなけなしの理性は為す術もない。しかも。
「ああっ」
薬だけでなく煽られ続けて、それだけで限界がきていた雄がすっぽりと熱く柔らかなモノに包まれて、啓輔はあられもない悲鳴にも似た声を上げていた。
慌てて身動ごうとして、だがその体は槻山がしっかりと背後から抱え込んでいる。
見開いた視界の中で、股間に蠢くのは敬吾の頭だ。その艶やかな髪が乱れて汗でうなじに張り付いていた。
「んあっ……やめ……ああっ」
途端に脳裏をあの時がフラッシュバックする。
忘れることなどできなくて、家城に出会う前までのネタであった敬吾との行為。今は啓輔の悲しい汚点だったその記憶が、今と重なって、そして明らかに前よりは確実に啓輔を追い上げる。
逃れなければ、と思うのだが、槻山に押さえられている以上に、体が快感に溺れていた。
ぞくぞくと背筋を這い上がる痺れに、肌が何度も細かく震える。全身が鳥肌がたって、エアコンの風すら肌を刺激するほどに敏感になっていた。
何もかもが、啓輔を狂わせて、快感の虜にしていく。
「んっ……んくあっ……やめて……ああっ」
誰も制止の声など聞いてくれなかった。啓輔自身も、それがもう口先だけだと判ってはいた。銜えられた敬吾の口腔にさらに深くと蠢く腰が止められない。
「やだ……やめ……っ……」
堪らずに固く瞑った目尻から溢れた涙が、槻山の指で掬われる。その濡れた指が敏感な肌をまさぐって、ゆっくりと身体を下りていった。その肌に残る濡れた後を、今度は口づけられて舐められる。
「いあ……ああっ……」
その触れられる感覚も耳に聞こえる濡れた音もそれすらも啓輔を煽って、高めて、狂わせて。
「あ……もう……」
限界だと叫ぶ体に、啓輔は堪らずに敬吾の頭を押しのけようとした。
あの時の、泣き顔が視界に広がって。
なのに。
啓輔の高ぶりを感じた敬吾が、一気に唇と舌を使って扱き上げた。
「あああっ!」
我慢なんかできなかった。
びくんっと全身を硬直させ、吐き出す快感に身を震わせる。
「んあ……あぁぁ……」
それは確かに快感で、歓喜の悲鳴を上げるほどの快楽の海に浸ることができたけれど。
啓輔は弛緩した体を槻山に預け、泣きそうになりながら股間にいる敬吾を見下ろした。そこには何事もなかったように離れる敬吾がいて、その喉が数度ごくごくと上下する。
「……ごめん……」
夢にまで見ていた行為は、決して実現がしないから夢だった。
そして、それを夢でとどませなければならない事も、誰よりも判っていたというのに。
なのに。
「大丈夫だから、ね」
敬吾が啓輔を見つめて、笑う。
だけど、その瞳が僅かに揺らいでいた。
「ごめん……ごめんなさい……」
もう啓輔は、それだけしか言えなかった。
なのに。
男同士の行為に慣れている体は、まだまだ続きを求めて強く疼いていた。
口の中に広がる独特の味に歪みそうになる顔を、啓輔に気付かれないように笑みに隠した。
目の前の啓輔の体が弛緩して、槻山にもたれかかっていく。
達ったばかりだというのに、辛そうに歪められた顔に胸が痛んで、気にするなと言いたかった。
啓輔相手にするのは躊躇いがなかったわけではない。もし敬吾が率先してしたのだと穂波に知られたら怒られるで済まないだろうことも思ったが、それでも槻山にさせる訳にはいかなかった。
涙の浮かんだ啓輔の頬に手を伸ばして触れて、覗き込んで。
「大丈夫?」
その言葉に啓輔の虚ろな瞳が焦点を合わせた。そこにうつる自分の顔が笑っている。
「……ごめんな…さい……」
消え入りそうな小さな声に、ほんの少し首を傾げて、敬吾は頬に添えていた手で前髪を梳き上げた。
「俺は大丈夫だから」
嘘でない証拠にもう一度笑いかけて、槻山にもたれていた体を抱き寄せる。
可愛い、と何のてらいもなくそう思った。
大事にしたい。
それは恋人でなく、小さな子を守るような父性愛だと判ってもいた。
彼を助けたいのだと思って、だから今は何の後悔もしていない。
「本当に大丈夫だから」
「……ごめん……」
可愛くて強く抱きしめて、だがその胸を啓輔が強く押し返してきた。
「離れて……」
切なそうに声が震えているのに気付く。
「隅埜君?」
それに訝しげに問い返すと、啓輔の背後の槻山がおかしそうに喉を震わせた。
「まだ薬が抜けていないからね。いくらでも欲情するよ、彼は。……君もだろ?」
指さされて、敬吾は自分の股間に気が付いた。
確かにまだ完全とは言えないまでも勃起しているそれ。
そして、それより確かにはっきりと勃起しているのは啓輔のモノ。きっと触れられるだけで、体が欲望に負けそうになっているはずで、その震える体が必死でそれに堪えているのだと知らしめた。それが判るのは、敬吾とて似たような状況だからだ。
「ふたりとも、まだまだ、だろ?」
「うるさい……」
あえて気にしないようにしていたから。
だが確かに体はずっと疼いている。もっと性欲に溺れたいと欲している。だが、自分がそれに負けたなら、敬吾は啓輔を助けられない。
この男から……ふたりとも逃れられない。
それは、叶えられる確率の低い事ではあったけれど、啓輔をこれ以上槻山の目に晒したくなかった。
「もう……俺達を帰してくれ」
叶わない願いを口にすること。
それがどんなに苦しいことか。
目が知らずに見つめているのは、槻山の体。そしてその欲望の証。決して萎えていないそれは、まだまだ臨戦態勢だった。
無理矢理の筈だった。
薬のせいの筈だった。
だけど、今欲しているのは間違いなく、目の前の男のそれなのだ。
それを目にしてしまうと一度貫かれたそこがはっきりと疼き出す。だから慌てて目を逸らして。
なのに、縋りたいと思う啓輔の体にすら触れると、敬吾の体が痺れるような快感に身を震わせた。
「満足したら、って言っておいたはずだが……?」
その言葉には、槻山がまだまだ帰すつもりがないと知って、目の前が暗くなる。
なのに、体は確かに悦んで、あろうことかずくんと背筋を伝って脳髄まで快感が走っていった。
「さあ……やろう」
「やっ……」
怯えたように啓輔が身を捩る。
それを抱きしめて。
だが、敬吾も迫る槻山に為す術がない。
と、はあっと啓輔が熱い息を吐き出した。途端に震える体に、啓輔が気が付いたのか視線を上げる。
その瞳が潤んで、明らかに欲情していると気が付いて、敬吾はびくりと体を硬直させた。
それを槻山が見逃すわけがない。
「ふ?ん。ケースケ君は……したい訳だ」
言葉が、手が、啓輔を煽っていた。
「止めろっ!」
慌ててその間に割り込んで、結果、敬吾の体が槻山の目に晒される。
啓輔を背後に庇うようにしたのは、自然の成り行きだった。
「でも、しないと辛いと思うけどねえ。君も……彼も。ね、ケースケ君」
槻山が手を伸ばして、敬吾の顎に手をかける。
近づく顔に意図を察して逃れようとしたが、もう一方の手が後頭部を押さえつけて逃げられない。
「んっ……」
触れただけなのに、じんわりと甘く疼く。顎を掴まれていた手が離されて肩から背後へと回っていた。
イヤだ。
イヤだ、イヤだ、イヤだ。
頭の中で何度も叫ぶ。
なのに、体から力が抜けて、結局為す術もなくて、一瞬背後の啓輔の存在を敬吾は忘れていた。
「……んん……ん……」
気が付いたら、槻山の肩に手をかけて縋っていた。
それに答えるように槻山が抱いていた腕に力を込めて、背後に回した腕も寄ってくる。が。
「んっ!」
裸の背に大きな温もりが密着する。
そのどう考えても槻山の腕でないそれが、啓輔の胸を抱きしめてきた。
「す、隅埜君っ!」
慌てて身動ぐが、前と背後に大きなふたりの男に挟まれて逃れようがない。
「ごめん……」
何度も呟かれていた啓輔の言葉に隠された欲情が、恐い、と初めて敬吾を恐れさせる。
「いいんだよ。君がしたいようにすれば」
槻山の言葉に、驚いて見上げれば確信的な笑みを見せた表情があった。慌ててその手を辿れば、槻山の手がふたりまとめて抱きしめていた。
先ほど離された手が啓輔を抱き寄せたのだと今更気が付いて、悔いに唇を噛みしめる。
腰に当たる啓輔のモノは、先ほど口に含んだ時より固いくらいだ。
そして、それを欲しいと……気付けば願っている敬吾自身もいたのも事実。しかも、槻山がやんわりと敬吾の雄を揉みしだく。その結果、もう駄目だと心の全てが白旗を揚げて。
「あっ……」
甘い喘ぎ声が喉を震わて、何かを捜すように胸をまさぐる啓輔の腕に身を任してしまう。
その時。
敬吾も、そして啓輔も──全ての理性を投げ捨てていた。
「ごめんなさい……」
それでも口癖のように何度も何度も、耳に届く啓輔の謝罪の言葉。
それに僅かに理性が揺り動かされて、だが4本の手が与えてくれる快感にそれは瞬く間に闇のそこに沈んでいってしまう。
我慢する事を放棄してしまえば、ただ快楽を欲する体は淫らに萌えて、敬吾はあられもなく身悶えた。
「やっぱり、敏感だね。凄くそそられる」
槻山が四つんばいになった敬吾の腕を引っ張って、あぐらをかいた股間へと敬吾の顔を導く。
滑って光る大きな雄に、一瞬びくりと体が震えたが、それでも触れる寸前に口を大きく開けて銜えこんだ。
どんなに大きく開けても、入りきらないそれに喉の奥を突かれてえづきそうになったが、敬吾は一度含んでしまえば先ほどと同じようにためらうことなく自然に舌と唇を動かして、敏感なところを刺激する。
それは、いつも穂波に与える行為と同じで、ただ相手を高めることだけが頭にあった。
もう相手が誰かなんて考えていなかった。
だが。
いつもなら集中できるそれに、今は背後からのしかかる啓輔の体に邪魔される。
「んっ……んぐっ……」
いつも家城相手に受けていると思われた啓輔の指が、敬吾の双丘を慣れた手つきで割って奥へと入っていく。その巧みに動く指がなんなく敬吾の感じるところを中から刺激して口に意識を集中できない。
なのに槻山が焦れったさそうに敬吾の頭を掴んで揺するのだ。
「んぐぅっ……ぐっ……ううっ……」
頭の中を快感が走って、目の前が何度も白く瞬く。
「ケースケ君、もう緩んでいるんだから、遠慮無くいれなさい」
まるでモノのようだ。
そう思った途端に、ぐぐっと後孔を押し広げられた。
「ううあっ!」
誰とも違う啓輔の雄が、内壁を擦って中に入っていく。
「ほらほら、口がお留守だよ」
揶揄するように嗤いながら、槻山の手が頭を押さえて、敬吾は後孔から来る異物感に涙しながらそれでも槻山のモノに舌を絡めた。
「あ……凄い……凄いよ……」
譫言のように繰り返される啓輔の言葉が耳に届く頃には異物感も無くなって、突き上げられる快感だけが敬吾を支配する。
口を塞がれて、思うように声を出せないのがもどかしくて堪らない。
「んぐう……うう……」
我慢することなく打ち付ける音が、耳を犯す。
「いいぞ……もっとだ」
後ろから押しつけられ、自然に口腔も前後することになって、槻山が感極まった声で訴えた。
もう……無理に動く必要はなかった。
ただ、体が三人の快感だけを高めようとしていた。
「んくっ!」
激しい揺さぶりに煽られたのか、槻山の雄が、敬吾の口腔で一気に爆発する。どくどくと喉の奥に叩きつけられた刺激に堪らず咽せて、敬吾は槻山のそれを吐き出した。途端に、白い塊も咳とともにシーツへと飛び散った。
「げほっ……ああっ」
背後から押しつけられ、汚れたシーツへと顔を埋める。そのせいで顔になすりつけられた液が、敬吾の淫猥に惚けた顔をさらに淫らに崩れさせていた。
「あ、ああっ……ああっ……」
ただ、ただもう達きたいと、それだけを願うほどに、敬吾の雄は張りつめて──そして、先端が泣いていた。
それを脇腹の下から入り込んだ槻山の指が一気に扱きあげる。
5指がばらばらに動いて、敏感な括れを強く押して、びくりと体が跳ねた。その拍子に限界を超えた快感に、一気に解放された。
「あ、……ああ……っ!」
空気が抜ける音が敬吾の喉から漏れた。
びくびくと吐き出されるそれは、二度目であり、しかも昨夜もしたこともあって、量は少ない。だけど快感は変わることはなくて、敬吾は体をきつく強張らせていた。
「あ……」
無意識のうちに後孔をきつく締め付け、その拍子に背後の啓輔も体を震わせたのが判った。そして中に迸る啓輔のモノも。
「……緑山……さん……」
小さな声が、傍らに伏してきた啓輔の口から漏れた。
気怠げに顔を横に向ければ至近距離に啓輔がきつく眉を寄せているのが目に入って、敬吾の胸を締め付ける。
その目尻から流れた涙の痕が、啓輔が辛そうに見えたのだ。
達った後だというのに、その表情には悦びなど無い。ただ、苦しげで荒い息が繰り返されている。
今の敬吾にとって、こんな目にあっても頭の中にあるのは、啓輔が傷ついていないかという心配だけだった。
続く