【居場所】

【居場所】



 四つん這いで廊下を歩かされる。
 腰を曲げて両手をついて尻を振りながら進むのは、きっと辛いだろうと思っていたが、意外にもそれほど苦に思うことはなかった。
 不自然な姿勢だというのに大腿筋や背筋が、しっかりと姿勢を保持している。その他の場所にも適度に筋肉がついていて、丸みを帯びて柔らかな風南の体とはまったく違っていた。
 乳を出し、卵を産み続ける風南から奪われた男としての体。
 たとえペニスが残っていたとしても、今の風南を見て誰も男だとは思わない。
 これが男の本来の体なのだ。
 そう思うほどに、本当の自分の体を思い出して、情けなくなる。
 女陰はいつだってマサラのためだけの物だけど、膨れあがった乳房を揉みしだかれ、乳首に吸い付かれながら達かされるのは、女性相手のそれとかわりやしない。
 そんな風南を求めて来る客は、風南を男として見ていない。女にペニスが付いていると、ペニスが有ることがおかしいとばかりに責め立てられる。
 女性器と同じく濡れてペニスを銜え込むアナルの締め付けを楽しんで、乳房を無茶苦茶に揉みしだき、嬌声を上げさせて狂わされる。
 そんな情けない己と比べるまでもなく、樹香の体は男らしい。
 羨ましい、と、浮き上がる筋肉を見つめてしまう。

 だが、そんな感傷も中庭へ着くまでの間だけだった。
 城の奥深くにある王族専用の空間に作られた中庭の、その異様な光景に体の芯が冷えていく。
 小刻みに震え出した体を抱きしめるように、その場から動けなくなった。
 風南がこの中庭に降りたことはなかった。
 けれど、一つ高いところにある部屋から、窓越しに見たことはあった。
 部屋は王族の憩いの場で、風南も召使いとしてマサラに連れられたことがあったのだ。
 そこで、樹香の姿を何度も見た。
 向こうの木立の選定された枝は、いろいろな姿勢に体を拘束することができる。
 飾りのように置かれたごつごつとした岩は、俯せにされれば尻穴がちょうど人の腰の高さになる。
 転がる飾り石は楕円のような形が多く、短いながらペニスのように丸く太い。
 噴水の中にあるたくさんの透明な水晶玉は、何個まで体内に押し込まれるのか。
 東家の梁からぶら下がる鎖は男の体を軽々と吊り上げて固定し、低雑木に紛れて伸びる蔓は、性欲増強薬になる淫靡な汁を蓄えているのだ。
 ここは、キスカがペットで遊ぶために作り替えた場所だった。
 見せつけられてきたこの庭で催される数々の宴を思い出し、体がぶるぶると震える。
 拘束され鞭や狂気のような責め具による陰惨な調教が行われ、たくさんの客が性奴相手に思う様に戯れ、巨大で歪な二足歩行の獣が股間の凶器を振りかざして際限のない性欲を解放していた。
 そのいずれの時でも、中心にいたのは樹香で。
 ここは、樹香にとって激しい陵辱を受ける場であるのだ。
「あ、あっ……いや……」
 怖い、堪らなく怖い。
 ブルブルと全身が小刻みに震え、血の気が失せて蒼白になっていく。
 男して嬲られるのが良いことなのか?
 羨ましく思ったことを激しく後悔した。
 たとえ男として扱われていても、性奴である以上何の救いにもならないのだ、と、気が付いたのだ。
 陰嚢から陰茎に至るまで戒められたままのペニス。
 それは、風南も樹香も変わらない。
 達けない辛さは同じで、けれど、キスカとマサラの調教の仕方を考えると、どう考えても陵辱の度合いは樹香の方が激しい。
「い、いやあぁっ!、やあっ!」
 叫ぶな、と言われても、心が勝手に悲鳴を上げる。
 動くな、と叱られても、心に引きずられた体が勝手に逃げを打つ。
 暴れる体をキスカが舌打ちをして取り押さえる。
「一体どうしたって言うんだ」
 呻くような物言いがさらに恐怖を呼ぶ。
 けれど、剥き出しのペニスを乱暴に掴み上げられ締め付けられたとたんに、激しい痛みに襲われた。
 ぎりぎりと食い込むのは、傍にあった低木の枝だ。それを掴んだまま握り冷められて、食い込む痛みに涙さえ浮かぶ。
 食いしばった歯から押し殺した悲鳴が漏れた。
「動くな」
 強い口調で命令され、抗う間もなく岩の根元の枷に足を固定される。つづいて、岩にうつぶせにされてそのまま両手も固定された。
 固い岩が、肌に食い込み、先とは違う苦痛に喘ぐ。
 中庭に吹き抜ける風が、汗ばんだ肌から瞬く間に体温を奪っていった。


 冷えた体がぶるりと身震いする。
「寒いか?」
 キスカが問いかけながら嗤う。
「だが、すぐに温まる」
 その言葉と同時に聞こえたのは、はっはっと気ぜわしく繰り返される呼吸音だ。
 その早いリズムに、ぎくりと全身を強張らせ、視線がおろおろと泳いだ。
 生臭い臭いが、近くでする。
 間隔の短い吐息が、剥き出しの尻たぶをくすぐった。
 寒さとは違う震えが、全身を襲う。
 リンリンと、暴れる四肢の鈴が激しく鳴り響いた。
「その鈴が鳴ると寄ってくるように躾けていると教えていたはずだが? もっともちょうど発情期だから、どちらにせよおまえに処理してもらおうと思っていたのだがね」
 視界に入る黒い塊。
 侵入者を一噛みで殺すこともあるという短毛種の大型犬が、荒い息を吐いていた。
 その瞳が、赤く血走っている。
「だ、ひ──っ、やあっ、無理ぃぃっ」
 それが二匹。
 内股に、ざらりとした感触が走った。
 やたらに長い舌が、膝裏から会陰をぬめぬめと動く。
「何を今更。今までこいつらが発情期になる度に、おまえが抜いてやっていただろう?」
 笑みの含んだ声音が、大きく首を振る。
 それは、自分では無い。
 のしかかれて、その長く太いペニスを受け入れて、たくさんの精液を注がれていたのは、樹香だ。
「ちがっ……、わ、わたし……、違──っ」
「何か違うって、ジュカ?」
 いきなり髪の毛を上に引っ張られて、痛みに顔をしかめる。
 目の前に迫ってきたキスカが、眇めた視線で睨み付けてきた。
「ジュカ……私に逆らうつもりか?」
 その低い声音に、ひくっと喉が震えた。
「最近、たいそう良い子になったと思っていたが、私をだましていたのか?」
「ひっ……」
 伝わる怒気に、慌てて首を振る。
 だって、違うのに。
 自分は樹香でなくて風南なのに。
 けれど、この体は樹香の物で、どう見たって樹香の物で。
「ご、ごめ……さい……、わ、私……」
 戦慄く唇で必死に謝罪を紡ぐ。
 もしこれ以上怒らせたら、一体何が起きるのか。
 前に見たように、異形の化け物に何日も続けて嬲られ続けるのか? それとも薬を盛られて、自ら腰をふりたくり、ペニスを扱きながら卑猥な言葉を叫んで客達を追いかけ回すはめになるのか?
 そのどれもが、風南には受け入れがたい。
 マサラならしないことを、キスカは平気で強要する。
 調教風景を見かけたマサラが、苦笑しながら諫めるほどにひどい。
 そんなキスカを怒らせたくなくて、風南は必死で首を振った。
「ならば、おとなしく良い子にするんだな」
 それに、ただ頷く。
 何をどうすれば良いのか、未だに判らなかったけれど、それでも、ただ頷くしかなかった。


 荒い息が大きく開いた股間に感じる。
 犬はたいそう興奮しているようで、お互いがお互いに牽制し合っているようだ。
 だが、不意にその均衡が破れた。
「ひっ、ひあっ」
 ペニスに、熱くざらついた舌が絡みついてきたのだ。同時に、冷たい鼻先がアナルを押し広げ食い込んできた。
 二匹が同時に股間へと集中したのだ。
「ぐぅ、んあ──っ」
 アナルの中に、荒い鼻息が入り込んだ。
 内股を短い体毛が撫で上げる。
 鼻先が抜けたと思ったら、今度は肉厚で長い舌が入り込んで暴れていく。
 未だかつて経験したことのない予測の付かない動きに、翻弄される。
「あ、はあっ──ぁぁ」
 声が止まらない。
 無駄吠えするな──と遠くで聞こえるけれど、声は勝手に溢れ出た。
 はっ、はっ
 荒い吐息が耳元に迫ってきた。
 生臭い臭いが、鼻孔をくすぐった──と。
「や、やめっ、──ああぁっ」
 固い先端がアナルに触れたと思う間もなく、ずぶずぶと音をたてて太いペニスが入り込んできた。
 人とは違う。
 棒のようなペニスは、あっという間に杭のように肉筒を貫き、奥深くを抉り上げる。
 慣れているとはいえ解し切れていない肉壁が、犬のペニスに絡みつく。
 すぐに噴き出し始めた獣の淫液が粘膜の隅々にまで浸透し始めた。
 犬の腰が素早く動く。
 ジュポジュポと液体が入った壺の中を激しく掻き混ぜる音がする。
 粘膜がペニスに擦られるだけではない。
 多量の液体が、狭い肉壁を押し広げ、濁流のような流れがさらに別の刺激を肉壁に与えた。
 そのどれもが、信じられないことに快感となって体を駆けめぐる。
 嫌悪感と恐怖に悲鳴を上げる心とは裏腹に、体は歓喜し、犬のペニスをうまそうに締め付けた。
 それが判る。
 抜けそうになると、肉壁がきゅっと締まる。
 奥深くを抉られる時は、ちょうど良い位置になるように腰が勝手に動く。
 この体は……。
 泣き喚き、嬌声と悲鳴を交互に上げながら、悟ってしまう。
 この体は、犬に犯される事を悦ぶようになっているのだ。
 それだけではない。
 突き上げられるたびに、うねる快感に翻弄されながら、それでもまだ細い、と感じている自分がいる。
 足りないと、激しい餓えに襲われながら、さらに貪ろうとする体がある。
「いやっ、苦し──ぃぃぃぃ──っ」
 熱いペニスは、いくらでも液体を吐き出す。
 尻の中が焼けそうなほどに熱い。
 腸から溢れ出た液体が、出口を失って暴れ出している。
 たくさんの液体は、けれど、これが精液ではないことを、風南は知識として教えられていた。
 これは、まだ始まりだなのだ。


「ひあぁぁ──!!」
 ズンと、腸壁を破られそうな勢いで最奥を抉られた。
 今や最大サイズとなったペニスと多量の液体が、腸を限界まで押し広げ、さらにペニスの根元にできた瘤が、液体の逆流を防ぐ。
「ひっ、ひぐぅっ、苦し……、ぇ──ひぐぅ」
 苦しくて堪らない。
 泣き喚く風南に、キスカが嗤う。
「まるで初めてこいつらに犯して貰った時のようだ。うるさいが、こういう初々しさも捨てがたいものがあるね。これは客も喜んでくれるだろう」
 庭のあちらこちらに設置されたカメラが、痴態全て撮ろうと働いていた。
 括り付けられた石の上にも、まっすぐ風南を捉えているカメラがある。
「さあ、愛想を振りまいてごらん」
 そんなことを言われて、反射的に笑っていた。
 涙をぼろぼろこぼしながら、唾液が溢れた口元を歪めて、カメラに向かって笑いかける。
 きりきりと腹が締め付けられるように痛い。
 同時に、さっきから目の前が白く弾けて、何度も空達きしている。
 肉壁が薄くなるほどに引き延ばされて鋭い痛みすら感じるアナルに入り込んだ瘤は、もうどんなに息んでも抜ける物ではない。
 圧迫されて、戒められた細くなった尿道から、びゅびゅっと細く精液が噴出していた。
 達きたいのに、完全には達けないせいで、僅かな快感が倍増されて感じる。
 苦しさと快楽がない交ぜになって、だんだん意識がもうろうとしてきたところに、もういっぱいだと思っていた腹が、さらに膨らみ始めたのだ。
「い、いやぁぁ──っ」
 前立腺が圧迫されていた。
 目の前を星が瞬き、堪りきった精液を吐き出そうと腰ががくがくと動く。
 けれど大きな犬に押さえつけられた腰は、たいして動きもしなくて、自らのペニスを岩に擦りつけるだけだ。
「あ、あぁぁぁぁぁ──っ」
 熱い奔流に腸壁が掻き回される。
 犬の多量の射精が始まったのだ。もう限界だと思うほどの腸の中に、これからまだたっぷりと注がれる精液。
 膨れあがった腸が、前立腺をさらに圧迫し、渦巻く液体の動きをダイレクトに伝える。
 神経が激しく震え、快楽中枢が爆発していた。
 もう止まらない。
 過ぎた快感から逃れるように体が暴れ、リンリンと鈴の音が鳴り響いていた。
「その音がキレイになるまで、しっかりと躾けて貰え」
 音に被さり、別の音が聞こえる。
 目の前がぼやれ、意識が掠れていく。
 何が耳に入っても、意味の無い音にしかならなくなっていた。
 判るのは、痛みとそれ以上の快感。
 揺さぶられて擦れる己のペニスが、ひくひくと震えている。
 激しい排泄欲は、便意だけではなかった。
 出したくて達きたくて、射精したくて堪らない。
 だから、犯してくれ。
 この体に精液を注ぎ、もう飽きてしまうほどに犯してくれ。
 慣れた体の欲求に心が引きずられる。
 達けるのなら、何をされても良いのだから。
 もう一匹の犬が、顔の前にやってきた。
 フンフンと鼻息荒く、顔の辺りを嗅いだ後、後ろ足で立ち上がり、肩に手をかけて腰を振り始める。
 目の前で勃起したペニスが揺れていた。
 先端から前立腺液を垂れ流しながら、待ちきれないと顔にペニスを擦りつける。
 それを朦朧とした視界の中に捉えて。
 口を開けていた。
「はぐっ、んぐぁ」
 長いペニスが喉の奥を刺激する。
 激しい抽挿に、胃の中の物が逆流してしまいそうな苦しさを耐えて、それでも抜けないように口をすぼめて銜えた。
 何のペニスでも、ペニスであればそれは銜えるもの、だと、この体が記憶していた。


 犬が入れ替わった。
 二匹だけだったはずの犬が増えていて、その中央で風南の心が入った樹香の体は、戒めから解かれて転がされていた。
 惚けた表情で、ただ犬のペニスを受け入れるその瞳が、時折何かを探すように動く。
「……スカ、ま……」
 喘ぎ声の間に呟く言葉は小さく、犬の鼻息にすら紛れてしまう。
 それを繰り返して、探す。
 良い子にならなければ。
 薄れた意識の中に、それだけが呪文のように繰り返される。
「ぁ、はぁ、──はあぁっ」
 大きく口を開けて喘ぐ。
 けれど、声は掠れて、さほど響かなくなっていた。
 悲鳴や制止の声が無くなり、甘く掠れた吐息は、さざ波のように繰り返される。
 上体を落として地面に胸や顔を擦りつけ、尻だけを高くして犬のペニスを受けていれば、鳴り響くのはペニスの鈴の音色だけ。
「あはっ、──はぁ──っ」
 リン、リリッ、リリン
 突き上げられるたびに鳴る鈴の音は、虫の鳴き声のようにリズムを奏でていた。
 そこに風南の意志はない。
 風南の意識自体は消えることなく、心の奥で泣き喚いていたけれど。
 キスカに躾けられたジュカの体が意識を無視して動いていた。
 自ら犬を受け入れる苦痛は変わらないけれど、そうすることで無駄な音が出なくなる。
 自ら積極的に受け入れることで、無駄な声が無くなる。
 それは、ジュカが身につけていた僅かでも楽になる術なのだろう。
 その動きに、風南の意識は泣いていた。
 無意識に動いてしまうほどに体に染みつくまでに、どんな苦痛と屈辱を味わっただろう。
 リジンにいた頃の兄は、誇り高く頼もしい男だった。けれど、腰を振りながら、獣の陰茎を悦んで受け入れている姿には、あの頃のは面影はない。
「あ、あぁ──はぁっ、はぁ──」
 辺り一面犬の体液で濡れた地面に顔をつけて、より深く飲み込もうと尻に力を入れて。
 許しを請うように、ようやく見つけた東屋で休憩しているキスカを見つめる。
 こちらなど見向きもしないその姿が不意に歪む。
「き、キスカさま……」
 呟く言葉は、切なく囁くものだ。
 頬を流れるのは、苦痛に耐える涙とは違うもの。
「キスカさま……、キスカさま……」
 許してください。
 と、心が叫んでいた。
 もっと良い子でいます。
 無駄に鳴きません、吠えません。
 約束します、キスカ様。
 だから、だから。
「キスカさま……捨てないで……」
 届かないからこそ呟く言葉に、泣き喚きたいほどの想いが、風南の心を暗い闇に包み込む。
 ただ、絶望にも似た感情に襲われて、唐突に、帰りたい──と切に願った。
 帰りたい──自分が本来いるべき場所に。
 吸い込まれた闇が灰色に変わり、さらに白一色になり。
 白しか無い世界に、己の姿が映る。
 あそこが自分の場所だと、重い手を動かして、懸命にそちらへと手を伸ばした。 
 あれは私。
 あそこは自分の場所。
 マサラの上にまたがって、女陰深くに彼のペニスを銜えて腰を揺らしている己に。
 あれこそが自分だと、安堵の吐息を吐きながら、手を伸ばす。
 そここそが、私の場所なのだから。


 長く伸びた指先で、同じく伸びてきた指先がすれ違う。
 ふわりと動いた体の横を、同じく向かってきた体が通り過ぎる。
 戻りたい。
 帰りたい。
 違う声音の同じ願いが、すれ違い、消えていった。

【了】