【風南の仕事 卵売り娘】

【風南の仕事 卵売り娘】

 風南がグラネーデに来てから、すでに四日が経っていた。
 毎日毎日どんなに頑張っても、1万エニー──宿泊費を貯めるのがやっとだ。
 しかも、日が経つにつれ物珍しさが無くなってきたのか、人もなかなか集まらなくなっていた。
「このままじゃあ、一週間たっても貯まりゃあしねえな」
 自分がどうやって帰ってきたのか覚えていない。小突かれて身体をひっくり返された痛みに目覚めた視界の中に、この男がいた。
 御館(おやかた)と呼ばれているマサラが風南を預けた男だ。
 いつも、動けない風南から稼いだ金を取っていく男。今日もまた、風南の稼いだ金を数えて、うっそうと嗤っている。その姿を、身動ぎ一つできないままに見上げることしかできない。
 そんな風南の乳房は傷だらけになって完全にしぼみ、乳首にもいくつもの噛み痕が残っていた。力無く投げ出された足の付け根は、白濁した液体がべっとりとこびり付いている。その奥では土手のように盛り上がった肉壁が、真っ赤になってひくひくと喘いでいた。そこからも、たらたらと誰のものとも判らぬ精液が流れ落ちている。
 元気なのは、革紐で拘束された陰茎だけだった。
 敏感な身体は激しい陵辱でも反応し、絶え間ない射精感に襲われ続ける。それなのに陰茎の拘束は決して外されることがなく、風南はもう四日間射精が許されていない。
 苦しくて辛くて、外してくれるのであれば、どんなことだって厭うことなく受け入れられるというのに。
 ただそれだけを浅ましく願う風南を、群がった男達は皆嘲笑う。
 浅ましい憐れな淫売。
 淫魔よりもイヤらしい、と蔑みの言葉と共に嗤われ、かすかに残る理性は悲鳴を上げ続けていた。それでも、堪えきれない衝動に、腰は勝手に動き、欲に満ちた視線が男達を誘う。
 今でも、疲れ果てているのに、風南の視線は御館の股間の膨らみを追っていた。
 服地の上からでも判る存在感。
 あれが欲しい──と喉がごくりと鳴る。けれど、次の瞬間にはそんな己に気が付いて、深く恥じ入って目を閉じた。
 だが、目を閉じたことで、よりはっきりとその形を想像してしまう。
 慌てて目を開けた途端に、ニヤリと口角を上げて嗤う御館と視線が合ってしまった。
「出してぇか?」
 手が伸びてくる。指先が震えるペニスにほんの僅か触れる。
「ひあぁぁ?っ」
 背筋に甘酸っぱい刺激が走り、固く結んでいた筈の唇が割れて、甘い嬌声が零れた。
 すぐに離れた指に、ペニスが追いすがる。
「目標分の金を稼げば、出せる、かもよ? マサラ様が許せばな」
 意味深な物言いに、風南は気が付かない。ただ、「……だ、せる?」と、御館の言葉に縋る。
「ああ、金があればな。金を稼ぎたいか?」
「……かせ、ぎた、けほっ、ごほっ……」
 続けようとして喉に精液がひっかかり、咳き込んだ。それだけでなけなしの体力を奪われて、ぜいぜいと喘ぐ。
「そうだ。目標金額を稼げば、お前は飼い主の元に帰ることができる」
 そう。最初に決められた金額さえ稼げば、すぐに帰ることができるはず。
「……か、……る……、マサ……ラ様……、帰り、た……」
 ここは辛い。誰からも守られない。射精も、決して許しては貰えない。なぜなら、この男はこの街での最高権力者ではあるけれど、風南の飼い主ではなくて。そして、彼はマサラに従う存在であって。
 そんな男が、マサラの許可無くして風南に射精の自由など決して与えないだろう。
「帰りたい、か……」
 くつくつと嗤われて、視線を上げた。
「飼い主が良いか? おまえをそんな身体にして、ここで金を稼げと放置していった飼い主が」
 皮肉げな言葉に、風南は目を細めた。その眦が透明な滴がたらりとこめかみに向かって落ちていく。美しかった銀の髪は、今やぐしゃぐしゃにもつれ、その輝きを失っていた。その髪が土にまみれても、今の風南にはふるう気力もない。
 そこまで風南を追い詰めたのは、確かにマサラの命令だ。そして、この体も。マサラが手ずから風南の身体を改造して、男としても女としても男達に嬲られる存在に仕上げたのだから。
 マサラが憎い。
 堪らなく憎くて、逃げ出したいと何度思ったことか。
 不安定な精神に揺らぐ瞳の間近に、御館の顔があった。楽しげな表情は、風南の屈辱と絶望をおかずに、さらに深くなっていく。
「金儲けは諦めて俺のところに残れ。おまえなら部下も悦ぶ。女絡みのいざこざも解消できる。もともと金が堪らなかったら、おまえは捨てられるんだ。だったら、俺が拾ってやる」
「捨て……」
 途端に、ぞくりと全身が震えた。小刻みな震え、すぐにガタガタと傍目から見ても判るほどに大きく震える。先より蒼白になった風南の瞳にあるのは、激しい怯えた。
「……や、イヤ……」
 堪らなく憎いのに──けれど。
 捨てられたくない。捨てられるなんて、イヤだ。
「か、えりた……い。捨て──るな……」
 ぶわっと涙が溢れ出て、こめかみを伝って地面に流れ落ちた。
 怖くて、マサラがいなくなることが耐えられなかった。そんな、どこから来るのか判らない恐怖に、風南は震え泣いて懇願していた。
「イヤだ……捨てるなんて……、助けて……帰りたい」
 どこにいても陵辱されるのなら、マサラが良い。こんなところで、誰とも判らぬ者達に犯されるなら、まだマサラの監視下にあるあの館の方が良い。
「マサラ……様……」
 それに、マサラなら……。
 とたんに激しい渇望が湧いてきて、声が震えた。力が入らなかったはずの内股がきつくあわさり、嵌められたままの淫具をきつく締め付ける。
 マサラだけの場所。
 屈辱でしかない女の場所を征服するのはマサラだけ。マサラの伯父であっても、一度だけしか許されていない場所だ。
 そこが堪らなくうずき出す。
「飼い主を思い出して欲情したか。よく躾けられている」
 御館の笑い声が大きくなる。
 その言葉を苦く感じながら、それでも腰がもぞもぞと動くのを止められなかった。
「確かにマサラ殿のペニスは女泣かせの逸物だからな。あれに犯されて感じた女は、他の男の物ではもの足りないというし」
 それは違う──と首を振る。
 決して欲情しただけではない。もっと何か──そう何かが風南を帰らせたがる。
「……かえ……りた……」
 マサラの事を思うと熱くなる身体を持てあましながら、それだけでないと願うのは、浅ましい身体を認めたくないからだろうか?
 自分が判らないけれど、帰れないのは怖くて堪らないのも事実。
「ふふ、帰りたいか」
 それに、この御館という男は、なぜだか堪らなく怖い。
 嗤いながら人を殺すと聞いたことがあるからだろうか? 荒くれの男達を従わせるに足る威圧感は間違いない。けれどそれだけではない、もっと深いところが怖い。
 その点が、マサラとは違う。
 風南の身体をこんなふうにしたけれど、マサラは故意に命を奪わない。彼が倫理的にも優れた医者であることを、風南は知っていた。患者に見せる彼の笑顔が優しいことも、知っている。
「帰りたい……」
 ここにはいたくない。
「帰りたい、帰らせてくれ……」
 たとえ奴隷として物としてしか扱われなくても、ここよりはマシだ。女として扱われるにしても、ここではイヤだ。
「逃げたくないのか?」
「……にげる?」
 言葉の意味がよく判らなくて、御館を見つめ直した。
「マサラ殿から、このラカンから……奴隷という身分から逃げ出したいと思わないのか?」
「逃げたい……けど……」
 逃げられるなら、逃げたい、けれど。
「私は、何も……できない……」
 ラカンに来て知った。自分は一人では生きていけない。生きる力をもたない。この憐れな身体を使うしか、金儲けもできない。
 この地区に来て思い知らされた事実があるから、逃げても無様に朽ち果てるか、誰かに捕まって弄ばれるだけだろう。
 死ぬことは怖くないけれど、無様に生かされ続ける生き様が怖かった。
「そうか……、つまりどうあっても帰りたいと。だが、帰るには明日朝までに二万エニー集める必要がある。今のままではとうてい無理だろうよ。女みてぇに股をおっ広げときゃあ客も集まるが、その前に身体が保たなくなるだろう。つうかもう限界だろうが」
 言われて無くても判っていた。濡れた肌に外気が心地よい。色がないほどに青ざめた肌なのに、頬だけが熱かった。欲情しているせいだけではない。忙しない吐息が白く曇っているのは、それが熱い証拠だろう。
 傷と身体と精神へのダメージのせいで、発熱もしていた。
 いくら緑の石付きの紋章をつけていても、黄や赤のように完全には庇護されない。この街でこんな商売をしながらうろうろすれば、今の姿は当然の結果だった。
 緑の石では、最終的に生きていて狂っていなければ問題ない。
「マサラ殿の言いつけは、宿泊費をきちんと払ってそれ以外に一万エニー集めること。それができねぇと帰ることはできねぇ。たとえ帰っても捨てられるだけだ。あんた知ってるだろ、捨てられた奴隷ってのは狂いやすい。なんせ、精神を守る装置が壊れても誰も直してくれねぇ。たいていすぐに狂っちまうんだわ。そうなったら人形になって処分される」
 その言葉に、風南が激しく首を振った。
 知らないからではない。知っているからこその拒絶だ。戦慄く唇が、音のない言葉を紡いだ。
 イヤだ、と、たとえ聞こえなくても判る言葉を、風南は何度も繰り返していた。


 狂った奴隷に与えられる「人形」という呼び名は、死が決定したという意味だ。だがその死は、決して安易な死ではない。
 風南は、人形の処刑を一度だけ映像で見せられたことがあった。
 その人形は、女性達を犯し殺し続けて捕まり、性奴隷となった男だ。もともとの主人は男が殺した娘の父親で、父親は奴隷を場末の凶悪な性的倒錯者が集まる店に預けて自由に扱わせていたのだ。その店で、乱暴に犯され続けた奴隷は一年で壊れ、人形になった。
 彼は、激しい痒みをもたらすというグイナの果汁製の強力な媚薬を体内の穴という穴に注入され、四肢をきつく拘束されて放置された。薬は定期的に追加され、栄養剤も身体の中に入れられて、簡単には死なないようになっていた。
 媚薬の効果で痒み以上に興奮した身体。
 触れもせずに立ち上がった陰茎は、色が変わるほどにきつく戒められている。
 腫れ上がった舌をだらりと口外に伸ばし、目玉が飛び出そうなほどに見開いて、犯してくれ、突っ込んでくれ、と叫び続けた男の身体は、強壮薬のせいで、長い間元気だった。
 風南は、その映像を朝から晩までマサラや家来達に犯されながら、見せられた。狂うかと思うほどに、その嬌声を聞かされた。
 それは、性奴隷という立場からすれば、逃げる気力など費えるほどに恐ろしい映像で、風南はしばらく眠ることすらできないほどに恐怖し続けたほどだった。
 その記憶が、御館の言葉に呼び戻される。
 イヤだった。
 あんな死に方だけは、イヤだった。