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式典に続いて行われた宴の挨拶を終えたカルキスが自室に戻ってきたとき、海音はその部屋の柔らかな敷き布の上にぺたりと座り込んでいた。
扉の開閉の音にびくりと背筋を震わせた海音が、怯えたような視線をカルキスに送ってくる。
その尻が、身体を抱きしめるように回された腕が、食い込む指が、真っ赤に塗れた唇が震えて必死で何かに堪えていた。
もじもじと擦り寄せられる太股が何を刺激しているか、赤みを帯びた濡れた瞳の奥で欲しているのが何か、カルキスにはあまりに明白で。
けれど。
「立て、悪魔の末裔の新たな門出を祝おうではないか」
と、冷たく言い放つ。
螺鈿細工の小さな丸机に、芸術的な切り込みが入ったグラスが二つ並べ、カルキスの手により注がれる真紅の酒が、芳しい芳香を立てた。
けれど、波打つその揺らぎにすら海音の視線は己の足に落とされていて動かない。
「さあ、グラスを取れ」
うかつに動けないのだと知っていても、わざとらしい気付かないふりを見せつけながら、再度のそれは命令だ。
そんなカルキスに、その場で初めて海音が泣きそうにまつげを震わせた。けれど、すぐに堪えたように詰めていた息を吐き出して、ふらりと立ち上がり。
「っ! あっぅぅっ」
いきなりびくりと硬直した身体が、ついでガクガクと小刻みに痙攣して、がくりと手を着く。
「誰が座れと言った?」
アルコールの芳しい香りの中にかすかに漂い続ける淫臭を嗅ぐまでもなく、何が起きたか知っていてなお責め立てる。
「立て」
カルキスの命令は絶対。
それは海音にとっては神の言葉にも等しい絶対の言葉だ。
「も、しわけ……あ、ません……」
力が入らないのか、上半身を揺らしながら震える下肢に力を込めて立ちあがろうとはしているけれど、そのたびに浅ましく喘ぎ、腕を掴む指がきつく衣服にしわをつける。
白目はすでに欲情に染まって赤く、空色の瞳にまで朱色が浸食していき始めていた。
なんとか立ちあがったものの明らかな淫欲に囚われた浅ましい姿を晒した海音の、ゆったりと裾の広い礼服が風も無いのに揺れる。
物欲しげに揺らぐ腰を止めることもできない海音の様子に、カルキスは深く笑みを刻んだ表情でグラスの酒を口に含み、引き寄せた海音に口づけた。
「んっ、くっ」
白い服に、真紅の色が散る。
戸惑ったのも束の間、海音はおとなしく口を開けて注がれるままに飲み続けたけれど。
一度、二度。
二つのグラスがすべて空になるまで続けられ、喉を焼くアルコールに咳き込んだ拍子に、多量に溢れ、喉を伝った。
注がれたアルコールが海音の血流を早くして、こみ上げる熱が枷を外そうと暴れ出す。
溢れた酒が、襟の袷から肌を伝い滑り込み肌や衣服を染め、熱の上がった身体がしっとりと汗ばみ、その瞳をさらに蕩けさす。
「あっ……」
手を離せば、しなやかな身体が床に崩れ落ち、小さく震え、細い指が絶え入るように身体をかき抱き、カルキスを見上げた潤み蕩けた瞳は透き通る紫色になっていた。
それは、純血の祖である悪魔の色だ。
狩りの間に弄ばれた後にカルキスに甘い飴を与えられて、それに縋るようになった頃から、海音の瞳は変化するようになっていたのだ。
その色は、海音が理性を完全に失い淫欲に狂った証となる。
声に、身体に、明らかに欲情を滲ませる海音に、カルキスの口角が上がる。伸ばした手で酒瓶を掴んだのは無意識だったけれど。
「ひっ……ぃ」
頭上から流れた真紅の酒を、銀糸に絡ませ、白い肌に滲ませる姿に、ゴクリと息をのむ。
紅に塗れた海音は、床に手をついたまま、それでもカルキスを見上げていた。
その瞳が浮かべているのは、期待、だ。
この悪魔の末裔は、男とみれば誰であろうと欲するほどに淫乱で浅ましい。
「脱げ」
「はい、カルキス、さ、ま……」
嘲笑を含む命令に、海音が返した言葉に喜色が混じっているのは明らかだ。
礼服を締め付ける帯に手を伸ばす動きが遅いのは、それは焦がれるほどの欲求に疼いて仕方がないからだ。
前袷の着物を何枚も重ねたそれは、帯と紐を解くだけで、するりするりと肩から落ちていく。薄衣の着物は奥まで真紅に塗れ、中のそれは白い肌まで染めていた。
最後の一枚がするりと落ちたと同時に、結っていた髪を掴み立ち上がらせる。下着など望むべくも無い海音にとって、衣服を脱げば、そこは一糸も纏わぬ姿──。いや、その可憐なペニスの亀頭の真下には、敏感な肉を貫く黒々とした棒状ピアスがあって、異彩をはなっていた。それは、その重さに勃起したペニスが下へと垂れるほどに太く、唯一海音を飾るものだ。
その下に向かった先端から、たらりと長い滴が落ちていく。
「太い、厭らしい飾りだな。どうだ、ずっと付けていた感想は?」
「ん、くっ」
肌を濡らした酒の痕を舌で辿りながら、震える身体を捉え、胸元に咲く淫らな真紅の飾りを弄ぶ。
徹底的に育てられた乳首は、淫らな色で卑猥に膨れ上がり、どこよりも敏感に鋭い快感をわかせる場所だ。
「あっ、んあっぁ…イぃ……」
「それに、そよぐ風にすら感じて勃起するおまえのことだ、式典の間中突っ込まれたいと疼きまっくていたのだろう? 賓客の前で、ようもこの衣を剥ぎ取らずに我慢できたものよ」
終始固い表情も、振る舞った柔順な態度も、震え弱々しい声音も、すべては己の欲情を隠すため。
肌に塗り込められた薬の効果は完全に定着し、ずっと裸体で過ごさせてきた身体に被せるように纏わせた衣服が全身を擦る度に、海音の身体を浅ましく萌え立たせていたのだ。
それこそ、緊張の糸が切れた瞬間に、あっけなく理性を吹き飛ばしてしまうほどに。
飢えきった身体をもてあまし、この部屋で立ちあがろうとしただけで、乾いた絶頂を味わってしまうほどに。
己が動くだけで快感を味わう淫乱なこれは、今や理性があるときの方が少ない。一度淫欲に狂えば、後はもうそれが解消されるまでずっとカルキスの絶対服従な忠実な性奴隷だ。
「申してみよ、式典の間、何を考えていた?」
その言葉に、海音はうっとりと微笑んだ。
「……はぃ、そうですぅ……海音は欲情しておりました……ぁ、ずっと……ぉ」
人の視線が気持ちよかったと告白する海音の乳首をしゃぶり、頭上から響く艶めかしい喘ぎ声に歓喜の疼きがカルキスを襲う。
この淫らな生き物が式典の間保ったのは、カルキスの命令があったからだ。客には決して欲情した顔を見せないままに、衣擦れに嬲られ、勃起したペニスをもてあましていたのだ。
三年間の調教の賜を見せた海音に、カルキスはたいそう満足だった。
特にここ数ヶ月は、カルキス以外に欲情した顔を見せるたびに、罰として鞭を与え、さらに快楽地獄の中での射精制限、蛇責め、淫具責めと徹底的に無表情を強要した。
その集大成が今日の式典であったけれど。
今のように一度性的刺激を与えられると、もう駄目だ。肌を晒すだけでもその淫らな衝動が押さえられなくなる。
「欲しいか?」
「ああ、はいぃ。我慢できない海音をお許しください……」
ぶくりと膨れ上がった乳首も、先よりますます勃起したペニスも。
太股を卑猥な匂いの雫が伝うのは、濡れたアナルがオスを欲しがっているせい。
この浅ましい身体の出来具合は、カルキスが想像していた以上だった。
今の海音は日常的に欲情し、嬲られる想像をするだけで、絶頂を迎えることができるのだから。
「ふふ、褒美だ、達け」
とんとその身体を突き飛ばし、濡れた服の上に力無く崩れた身体が、途端にびくビクッと痙攣した。
「あ、あっ、あっ」
呆けたように口を開け、舌を出して喘ぐ海音の下腹に、床に、ぴしゃ、ピシャと濃い精液が飛び散った。
震えるペニスに触れたものはない。
アナルはひくつき物欲しげではあるけれど、何も入っていない。ただ許しを与える言葉だけ。それだけでも、今の海音には達けるのだ。
調教の果てに海音には僅かな刺激も媚薬と大差ない効果がある。
一滴一滴は少なくとも、過ぎれば効果は激しくなり。理性を吹き飛ばすカルキスの言葉一つで狂ってしまう。
「綺麗にしろ」
「ん、あ……はい……」
白い裸体が、のろりと動き、手をついて尻を上げ、ピシャピシャと己の舌で汚した床を舐めていた。
淫欲に狂う海音は、主人であるカルキスの命令すべてに従順だ。イヌのように舐める様に嘲笑を零し、言い放つ。
「本日ただ今から、お前の居室は余の寝室の隣にある部屋だ」
「……はい」
何を言われたか、是と答えたにもかかわらず海音はすぐに判っていないようで、その視線が不思議そうに泳いだ。
皇太子として学んできた頃の海音は聡くあったと聞いているけれど。最近では、理性とともに思考力もまた減退しているようであった。
ただ、カルキスの命令にはきちんと従うし、そこに込められた意思を感じるとのも巧いから、馬鹿では無いのだとは十二分に思わせた。
「来い」
その命令に服を着ろというのは無い。けれど何ら疑問を挟むこと無く、海音は何一つ纏わずにカルキスの後をついてきた。
「あ……」
「懐かしいだろう?」
嗤うカルキスの言葉など耳に入らないかのように、海音は隣室に繋がる入り口で呆然と立ち尽くしていた。
それは、欲に狂った思考に、理性を戻させるだけの衝撃があったようで、海音の瞳が透き通り空色となっていた。
最近の海音の精神は不安定だ。
狂いやすく、けれど戻るときは一気に戻る。
ならば、狂い続けさせたらどうなるか、理性のさなかに一気に狂わせたらどうなるか。
カルキスは、海音をもっと雁字搦めに縛り付けて、支配していくつもりなのだ。そこに解放という文字は一欠片も入る余地はなかった。
実際のところ、この部屋を用意したのも親切心では無かった。
「昔、お前が暮らしていたという部屋はかように豪勢であったらしいな」
確かに、その構成、内装から家具の形から配置、飾られた絵や色合いまで、その昔、リジンで海音が過ごしていた部屋——その中の寝室と全く同じだったのだ。
一言で言えば、きらびやか。
中央にある天蓋付きの寝具は大きく、絹織物でできた柔らかな布に覆われている。足が沈むほどの絨毯は、カルキスの部屋と同等以上の代物だ。
だが。
「ただし、金銀も玉も偽物の安物だがな。お前のように」
言葉通り、きらびやかな飾りも、見る者が見れば即座に判別できるほどに程度の低い偽物だ。ここは、過去の偽りの栄光と同じであって、けれど、全てが紛い物だと見せつける部屋だった。
「この扉は、余の部屋に繋がっているが、お前の手で開けることは許さぬ。また、呼びかけることも許さぬ」
呆然と立ち尽くす全裸の海音の傍らで、カルキスがほくそ笑みながら扉を指し示す。
「鍵はかかっておらぬが、この扉を開けることができるのは余のみ。余が扉を開き、呼んだ時のみここを越えることを許す」
繰り返された言葉の意味を、海音は呆然としていても、理解して。
「は、い……。承知、しました……」
衝撃を薄めた海音の心は、主たるカルキスの言葉に無条件で頷いた。
「余の仕事は多忙だ。公私共々補佐が必要で、何人も秘書官はいるが、私室付きおらぬ。お前にできるかどうか試してみよう」
その視線が向けられたのは、海音の部屋のもう一つの扉だ。
「あれは外の通路に出る扉だ。呼び鈴で呼ばれた時は、通路から出で余の執務室に来い。警備兵に呼ばれた旨伝えれば、入ることができよう。余の命に従い、任せた仕事を違うこと無く済ませられるようなら、正式に秘書官として任命してやる。ふふ、性奴隷としては破格の扱いだが、私は道を示すと言った。お前にも道は示してやろう。ただし、一回だけだ」
「そ、それは……」
このまま性奴隷としての道しかないと思われた道の先が二つに分かれた瞬間だった。
愕然とした海音が、カルキスを見上げる。
どう返事したら良いのか判らないと言いたげに、口元が震えている。
「このまま余の性奴隷としてその淫らな身体で奉仕することだけを望むならばそれで良い。だが、人として生きたいというのであれば、秘書官の役に就いて見せろ」
カルキスが望むときに望む対応をするのが秘書官の仕事。それが新たな海音の仕事だと、カルキスは繰り返し。
その言葉に海音は瞠目し、けれど、すぐにその言葉の正確な意味を理解したのだろう。
「はい、務めさせていただきます」
静かに、深くお辞儀をする。
それは感謝の念がこもっているように見える態度ではあったが、カルキスは特に言葉を返さなかった。
どちらにせよ、海音に「否」の言葉は許されていない。式典が終わった今、新たな契約の中でも海音の支配者はカルキスなのだから。
けれど、その見上げた瞳にこもるのは、喜色であった。
そこにカルキスがいる、というそれだけで、海音は精神が悦んでいるのは、カルキスだからこそ気がついていた。
主を求める、主のそばで主の望みを叶える。そのことこそが性奴隷の喜びである、と、そう躾し続けた効果は、どんなときでも海音の精神に染みついている。
そのカルキスからの新たな道を指し示す言葉も、喜びとなるのだろう。
今や、三年前の矜持ばかりしかない海音はもういない。
ここにいるのは、カルキスがいないと何もできない奴隷なのだ。だからこそ、主に心を止めて貰ったことに悦んでいる。
けれど、視線を戻した海音は気付かなかった。
それを見たカルキスが薄く嗤っていることに。
無駄なあがきよ……と、口の中で呟いていたことにも、カルキスの意図がなんであるかも。
海音は、まだ判っていなかった。
「余はもう寝る。必要なものは全てこの部屋に準備してあるはずだ」
秘書官は、裸では勤まらぬ、と言い捨てながら自室へと向かったカルキスが、その境で海音を見やった。
「仕事は明日からだ。それまでは自由にしろ」
その言葉とともに、目の前で重厚な扉が閉じられる。
すでに深夜の時間帯で、灯りを灯されていなくても月明かりでかろうじて室内が見渡すことができた。
その閉じた扉を呆然と見つめる海音は、めまぐるしく動く現状に、どこか追いついてない思考を感じて、額に手を当てた。
とにかく、今はもう休むしか無いのだと、ふらりと今までとは段違いに高級な寝具へと身体を横たえる。
そのとたん。
「ん、くっ……」
触れた布地に、起ちあがった香りに、身体の芯が甘く疼き始めた。
一度達った陰茎が、あっという間に勃起する。乳首が布地の刺激にぷくりと膨らみ、ジンジンと胸の奥まで痛がゆく疼いた。
いつもなら自慰を禁止され、固く戒められているけれど、今はそんなものは無い。視線だけで辺りを見渡しても、朝までいた部屋にあれだけあったグロテスクな淫具など一つも見当たらなかった。あるものは、どこでどうやって手に入れたのかと思うほどに、昔の自室と同じ備品ばかりなのだ。
だからこそ、ここには自らを慰める玩具が一つも無いのが判ってしまう。
「あ、ああ……そんな……」
もはや、淫具で身体を鎮めることはできないと判っていても。
無いとなると、欲求はますます強くなる。
もともと一度で満足できる身体では無い。まして、言葉だけで達かされた身体は、激しい刺激に貪欲だ。
ああ、擦りたい。挿入したい。深く激しく抉りたい。
不安定な精神は、一度燃え上がれば、あっという間に暴れまくる。けれど、沈静化させるために必要なモノがここには何もない。
一番の薬となるカルキスを呼ぶことはできなくて、せめて己で慰めようとするけれど。
ここには何もなかった。
女神の姿をした彫像も、太い柄を持つ燭台も、瓶も、ロウソクも、棒状のモノなど何一つ。
「あ、あぁ……ほし、い……」
堪らず口にすれば、もっと欲しくなっていた。
何も身につけていないせいで、手が這うだけでも、ぞくぞくと甘い快感が全身をひた走る。ぽてんと尻をついただけで、尾てい骨から痺れるような刺激が脳髄まで昇っていく。
そうなれば、脳が思考することを麻痺していき、目の前の欲望を叶えることだけが、頭を支配していくのだ。
けれど、思考を停止しても、カルキスの禁止事項は、明確に身体を支配していた。
勝手に達くことはもうずっと許されていない。
この身体は、カルキスの命令が無いままに達くことはできない。
カルキスの言葉だけで簡単に達くことのできる身体は、海音の意思では達けないし、もとより、射精しただけでは満足などできない。
今や性器でしか無いアナルにカルキスの太い逸物を銜え込んで、悲鳴を上げてしまうほどに激しく掻き回して貰って何度も狂い果てなければ、この身体は満足できなくなっていた。
これは、一年間繰り返された月一の狩による激しい陵辱と、その後のカルキスの罰で得た刺激に、精神も身体も馴染んでしまったせいだった。
過ぎる刺激を、防衛反応として対応方法を覚えて、身体に馴染ませてしまったのだ。
だからこそ、カルキスがそばにいる今の現状を悦んでしまった海音であったけれど、それを与えてくれるカルキスは扉の向こうに戻ってしまっていた。
こちらからは呼びかけることも、願うこともできない、扉の向こうに。
重厚ではあるけれど、その扉には飾りのような細い空隙があった。
質実剛健な城の扉としてはお粗末な作りのそれが、わざとだと海音は知らない。
その隙間から漏れる明かりが時折影を落とすのは、カルキスが動くせいで。明らかな存在の証がそこにあるのに、海音は請う術が無いのだ。
「そ、んな……」
ようやくカルキスの意図に気付いた海音が、唇を震わせた。
あの城ではカルキスがいないから諦めの付いていた日々が、ここではすぐそこにいるのに、もらえないのだと。
力無く座り込んで絶望に身体を震わせる海音の勃起が、解放を求めていた。
尻に力を入れるだけで欲しがるアナルが、今もひくひくと小刻みに震えて、何かを銜えたいと震えている。
落ち着かず、体液を垂れ流すそこに、指が無意識のうちに触れて。
「あ。ああぁっ」
甘く艶めかしい嬌声とともに、海音が欲情の泉の中に沈んでいくのはすぐだった。
扉のむこうの気配を敏感な身体が察知して、無駄な期待を募らせる。
溢れる生唾が、半端に広いた口角から落ちていき、美しい寝具まで垂れ落ちた。そのすぐ横にすらりとした足が伸びる。
神聖なるリジンの王子の部屋をまねた部屋で、今海音は淫らな股を大きく拡げて、自分の右手の指を全て割り開いた股間の奥へと忍び込ませる。つぷりつぷりと呆気なく入るほどに柔らかな肉が、指をぎゅうっと締め付けて、中を引っ掻くその動きを捕らえようとする。
「や、あっんっっ、ほ、しぃ——のぉっ、ああっん、なかぁ、あぁぁっ」
堪らずに零れた懇願は、壁に跳ね返るばかりだ。
その、通常ならば気付かぬはずの僅かな振動すら敏感な肌は捕らえて、快感にしてしまう。
意識が快感に引きずられ、海音は寝具に身体を伏せて尻を掲げ、飲み込んだ手を激しく掻き回していた。
「ん、ああっ、ぁぁぁっ、いれてぇぇっ、おっきいぃ、ちんぽでぇぇ、ああっんんっ」
卑猥な懇願が考える間も無く喉をついて出る。
そうやって何度も何度も己の腹の中を弄っても、歪に膨れ上がった陰茎を振りまくっても、満足なんかできない。
欲しいのはただ一つ。
あの扉の向こうにいるカルキスの逞しい身体だけ。
「ああ、おねが……しまふぅ……ください、淫乱な海音にぃ……あぁ……ほし、欲しいのぉ……」
けれど。
涙を流して、たった一つの願いを口にし続けていた、けれど。
「うるさい」
無情にも響いた扉の向こうの言葉に、海音の身体が強ばり、声も動きも止まる。
「遊ぶなら、静かにせよ。ああ、尻穴には何も挿れてはならぬぞ、余が許さぬ限りな」
待ち望んだ言葉は期待したものとは正反対のものだった。
だが、それは絶対的な命令として海音を縛る。
慌ててずぽりと音を立てて抜き去った拳は、湯気を立てた体液に濡れそぼっていて、それを突っ込む勢いで口を塞いだ。
カルキスの言葉冷や水のように海音の熱を冷めさせた。けれど、それは一瞬で、すぐに身体が熱く疼き出す。
「あひぃ……いぃ……んむっ、むっ……」
言葉を塞ぐ右手とは別の手で堪らずに抱きしめた己の身体は抑えようとしても抑えきれず、衝動のままに艶めかしくくねり、揺れた陰茎の先から寝具に滴り落ちた淫液がいくつもの染みを作っていった。
白銀の髪が蛇のように宙を舞い、紫の瞳が求めるのは、もう衣擦れの音すらしなくなった扉の向こうの唯一絶対の主だけだ。
主に近いからこそ味わう飢餓が、海音に新たな苦しみを与える。
それこそが、カルキスの目論見だったのだと今更ながらに気がついても、海音には悶える以外どうすることもできなかった。