【樹香の狂宴】

【樹香の狂宴】

 絹糸のようにきらめく銀の髪が、肩の上でざっくりと切られていた。
 生まれてからずっと切られることのなかった長い髪。
 それは今、色とりどりの細い絹のリボンと組み合わされて、他人の髪を飾る飾り紐に加工されていた。
 その深みのある青みを持つ銀色で店頭ではとても高い値が付いていると言う。
 それは樹香(ジュカ)から奪われた物の一つだ。
 数ヶ月前まで『原初の民の国?リジン』の第二王子であった彼は、齢25にして何もかも失った。
 その地位も、財産も、自慢の髪とて例外ではなかった。そして——。
「おいで、ジュカ。仕事だ」
 笑みの含んだ声音に反応して、樹香から涼やかな鈴の音が鳴り響く。
 樹香の四肢に嵌められた白銀の細い鎖。
 何よりも固く丈夫な材質であるそれは、樹香の力ではびくりともしない。その鎖が、樹香の右手首と右足首、左手首と左足首、そして、両の足首を繋いでいるのだ。
「ジュカ」
「はい」
 短い長さの戒めに、樹香は思うように立てない。
 立てば、手をだらりと下ろしても膝と腰を曲げた姿勢になってしまう。結局、四つん這いになり、鎖の長さで身体を動かすしかないのだ。
 リンリンと鳴る鈴が、彼のせわしない動きを教える。
 鈴は、手足の戒めを止める金具等に付けられていて、彼が手足を動かせばもっと高く鳴り響く。
「ジュカ」
 呼ぶ声音に苛つきが滲む。
 途端に顔を青ざめた樹香が、手足をさらに早く動かした。
 ピンッと鎖が突っ張り、手首に細い鎖が食い込む。だが、その痛みより、樹香は男を怒らせる方が怖かった。
 アトリエに付随する瀟洒な中庭にいる茶褐色の髪の涼やかな顔立ちの男——『深淵の国?ラカン』の第二王子キスカは、待たされるのが嫌いだ。
 樹香は捕虜となった後、この国の王の名において、性奴としてキスカに下げ渡された。
 ラカン国において、奴隷は罪人が堕とされるもっとも身分の低い存在だ。世襲されることはなく、一代限り。ただし、主人となった者に絶対服従し、一生その地位から逃れることはない。また、人として扱われることもない。
 丈夫な体格の者は重労働で危険な仕事に従事させられることもあるが、ラカン国の奴隷の主たる需要先は性奴だ。
 格安の手間賃と交換に最低の売春宿に供されて、一生を薄暗い穴蔵から出ることなく性の捌け口として扱われる。だから、奴隷に堕とされる事は、死より最低の罰だと言われていた。
 樹香も、キスカに下げ渡された時、額とペニスに奴隷の刻印を記された。
 額の刻印は特殊な朱墨で描かれていて、さらに奴隷の正気保持と逃亡防止の効果があるチップを埋め込んでいて、一生消せないし、取り出す術もない。さらに、ペニスの方は目に見えない程の小さなカプセルを埋め込むことによって模様化しているのだ。そのカプセルは、ゆっくりと一つずつ溶け出してペニスの中に薬液を染みこませるようになっている。
 薬液は、奴隷の身体を敏感にする効果を持っていた。
 肌を嬲る風にすら甘い疼きが全身を襲うように作り替えられた身体。 
 この国の手で施されたそれを、樹香は甘んじて受け入れた訳ではなかった。
 最初の内は、目一杯反抗し、逃亡も謀った。
 だがそのたびに捕まり、前はもっと長かった鎖は、歩くことも苦労するほどに短くなった。
 鈴も、前は一つだけだった。それが今は手足以外にも付けられて、7つにもなっている。
 不調和音を嫌うキスカは、樹香が暴れて鈴の音が乱雑に鳴り響く事を嫌う。四つん這いでの移動は非常に疲れる。それに剥き出しの尻や股間が人前に晒されるのだ。どうしても、身体は萎縮し、思うように動けなかった。
 それが判っていて、キスカは楽しげに樹香の鈴を増やし続けた。
 罰だ、と言って。
 さらに樹香を貶めるために。
 さらなる戒めを増やすために。
 今の樹香の鈴は7つ。
 両手足の戒めに1つずつ、胸の乳首を際だたせるように穿たれたピアスには鎖付きの重みのある鈴が1つずつ。そして、犯されながら、泣き喚いて拒絶する樹香に施されたペニスの鬼頭部のピアスには特大の鈴。
 それらが樹香が動けば、鳴り響く。
 リンリンリン。
 それは宴の開始の合図でもあった。


 キスカの足下に辿り着いた樹香は、前もって躾けられた体勢を取った。
 すなわち、背を向け肘を曲げて上体を下げ、代わりに腰を高く掲げる姿を。そして脚は、鎖が許すだけ広げるように言われている。
 鎖と鈴とペニスのベルト以外、隠す物を何一つ身に纏っていない樹香の、艶やかな白い双丘が明るい日差しに晒された。
 そこにいるのは、キスカだけではない。
 キスカの身の回りの世話をする召使いも、警備の兵も——そして、類い希な装飾技術を持つキスカの作品を買い付けに来た客達も。
 彼らの視線が全て樹香の尻と股間に集まっていた。
 ごくりと喉が鳴る音が大きく響く。
 樹香の身体が羞恥に一気に熱を帯び、今すぐにでも逃げ出したい衝動に襲われた。
 けれど、逃げ出すにはその身に与えられた記憶が邪魔をする。
 逃げられない。逃げれば、どんな責め苦が待っているか。
 額のチップは、狂ってしまいたい程の陵辱の記憶全てを忘れさせないし、逃げようと思うと、その記憶を呼び覚まさせる。そして、キスカの手元にある淫猥な形の張り型。あれが、チップを介して樹香に繋がっている限り、逃げることは叶わない。
 樹香のペニスを摸して作られたそれと樹香の脳はチップによって繋がっていて、それに加えられた全ての感覚がそのまま樹香のペニスに与えられるのだ。しかも張り型にあるスイッチによって、伝えるレベルは幾らでも変更できて、最大値だと一舐めされるだけで達してしまうほどだった。
 これは、性奴となった奴隷には全て埋め込まれた。
 何しろ、性奴を調教するのにも便利だが、何より逃亡防止になるのだ。
 一晩中その張り型が別の奴隷の身体を陵辱していた時は、樹香自身は何もされていないにも関わらず、狂おしい快感の中で何度も射精した。触れてもいないのに体の芯から湧き起こる快感は、逃亡どころか立つことも叶わなかった。
 それに張り型が与えるのは、快感だけではない。
 最初の頃に隙を見て逃げている最中、ペニスに激痛が走って蹲った樹香の元にやって来たのは、その張り型に牙を立てた番犬だった。
 その犬が好む肉汁をたっぷりと塗られたそれは、番犬にとってはおやつのようなもの。ひたすら囓るその犬の傍で、鋭い牙が張り型に食い込む痛みに白目を剥いて悶絶する樹香を、キスカは笑いながら思う様に一晩中犯した。
 次の日、ろくに歩けないほどに疲れ切った樹香は、陵辱の証の白濁を垂れ流すアナルを日の光に晒すように、大きな庭石に俯せに括り付けられた。
 その足下にキスカによって連れてこられたのは、樹香の張り型に牙を立てていたあの番犬だ。
 その犬に、キスカは「褒美だ」と樹香を与えたのだった。
 

 それら全ての苦しみは、樹香から王子としてはおろか、人としての矜恃を奪い、反抗心を奪った。
「踊れ」
 キスカの命に、樹香はぎゅっと固く目を瞑り、額を地面に押しつけて、掲げた腰を振り始めた。
 シャリン、リンッ、リリンッ
 鈴が鳴る。
 腰を動かすたびに、鬼頭に穿たれたピアスに付けられた鈴が、淫らな音楽を奏でる。
 リン、リリンッ、りっ、りっ、リリンッ
 教えられたリズムで鳴り響く音。
 それに重なるように、くすくすと零れる嘲笑が耳に届く。
 全ての音から逃れたいのに、手は顔の横が定位置。塞ぎたい耳の傍でぎゅっと白くなるほどに固く握られていた。
 突き刺さる視線は尻と、そしてその狭間から見えるペニスに集中しているのが判る。
 根元をきつく戒められたペニスは、いつでも人前に晒すよう言われていた。もとより衣服も満足に与えられていない。こうやって客の前に出される時は、股を閉じることは許されなかった。
 そのペニスに突き刺さるような視線。動くたびに伝わってくる振動も、敏感な亀頭を刺激する。
 ペニスの先の鈴は、身体に付けられた中でも一番大きい。鳴り響く音も大きく、振動ははっきりと亀頭にまで伝わった。
「……っ」
 苦しい姿勢以上に吐息が荒くなる。
 その吐息に、いくら我慢しても呻き声が混じりだした。
 鈴の振動が、堪らなく感じるのだ。
 それでなくても、ここ何日も射精の許可を貰っていない。
 毎日のように何らかの性的行為を与えられ続けている身体は、ちょっとした刺激でも発情する。
 それに、ペニスに埋め込まれたカプセルからまた薬液を染みだしたようで、どくどくと早くなった鼓動と呼応するかのように、ペニスの血管が脈動していた。
 まして、客が来る前にキスカは言ったのだ。
『今日の客を満足させたら、射精を許可してやる』
 その時は、射精などどうでも良い——と思ったけれど。
 発情した身体が貪欲に快感を貪り始めると、ただ射精への欲求ばかりが高まっていく。
 白くなる拳と相反するように全身の肌が仄かな朱に染まっていた。
「おやおや……」
「なんとまあ……」
 嘲笑は言葉となり、樹香を蔑む。
 人の輪が縮まり、中には傍らに座り込んで股間を覗き込む者まで出てきた。
 固く瞑った目尻から、透明な滴が流れ落ちた。
 恥ずかしさは消えない。けれど、達きたい。
 鈴が鳴る度に、微かな振動が敏感な鬼頭を刺激する。それが、だんだん物足りなくなってきた。
 もっと強い刺激が欲しくて、腰の振り方が大きくなる。
 アナルに当たる風に、ざわりと肌がざわめく。
 もっと強い刺激が——欲しい。
 もっと——。
「ひぃっ」
 突然、樹香の身体が大きく跳ねた。
 地に着いていた額が空を向き、背が反り返る。
「あ、あぁっ——ぁっ」
 鈴の振動、だけでない感触。
 根元から亀頭にかけて、やわやわと駆け上がる刺激。
 滑らかな軟体が纏わりつき、充血しきった亀頭の肉を押し広げる。
「い、あっ——っ、やっ」
 先端の割れ目に入り込んでくる柔らかな異物。痛いのに、他の快感に誤魔化される。
 ぎゅっと握った拳が口を押さえる。甘い声など上げたくないのに、零れてしまう。
 掲げられた尻がびくっびくっと震え、止められない。
 視界の片隅で、キスカが樹香の張り型を口に含んでいた。張り型を通して、舌に尿道を犯されているのだ。
 目を剥き、涙と涎で顔を汚しながら髪を振り乱す樹香を、周りの観客がやんやと囃し立てた。
「凄いぜ、あれ。先からダラダラと零してやがる」
「よっぽど良いらしい。ほら、尻穴がひくひくと震えて、物欲しそうだ」
 肌に直接触れてきた手が、キスカの制止が無いと判ると、もっと大胆に触れてきた。
「ほら、ここも鳴らすんだよ」
「ひぐぅっ」
 乳首にも付けられた鈴を引っ張られる。
 敏感な乳首を貫く金具が穴を広げ、鋭い痛みを産んだ。いつも嬲られるそこは、いつまで立っても傷口が完全に塞がない。
 くぐもった悲鳴は、さらに引っ張られてさらに大きく迸った。
「痛——っ、ああっ、や、止め、御願、いっ、おねが——いしまっ、止めぇ——あああっ」
 身体を揺すられ、引っ張られた鎖を勢いよく放された。
 弧を描いた鈴が、胸板に強く当たる。そのまま跳ね返って。
 遠心力が乳首を引っ張り、鈴が大きく鳴った。
 乳首の鈴は、小降りだが10センチほどの鎖の下に付けられていて、しかも重い。
 動かすたびに激しく揺れて刺激を与えられ、乳首はいつだって充血しているのだ。触れられるだけで痛い。
 なのに。
 揺らされて、樹香はかろうじて手を振りほどいて胸を庇うように身体を丸めた。
 だが、手はすぐに樹香の肩を捕まえる。手足を戒める鎖を掴まれれば、樹香にはなすすべもない。
 痛みに浮かんだ涙が流れる顔を引き起こされ、にこりと笑う顔に見つめられたまま、勢いよく乳首の鎖を引っ張られた。
「あっ、いたぁっぁ——っ、止めっ、痛——っ」
「何言ってる。気持ちいいんだろ? こんなに涎をだらだら流して悦んでいるくせに。ほら、揺らせ」
 肩を掴んで強く揺すられて。
 揺れる鈴が、複雑な音色を奏でて、乳首を刺激する。
 痛い、痛くて気持ちよくなんて無い——はずなのに。
 ペニスがびくびくと震えていた。
「あ、あ……あっ」
 三ヶ月前までは淡い桃色で米粒よりも小さかった乳首。それが、今では黒イチゴのように赤黒く肥大していた。その乳首を、客の指がぐりぐりと摘む。
「ひぃっっ」
 激しい痛みに頭を振る。
「元気なペニスだ。こんなにも涎を垂らして悦んでいる」
 笑う客がさらに乳首をいたぶった。
 潰され、引っ張られ、ピアスの穴を広げるように金具を動かされる。じわりと滲んだ体液は、滑りを帯びててらてらと乳首を光らせた。
 流れる涙が顎を伝い、胸元を濡らす。
「ん、んあっ——い、いやっ」
 その最中、張り型が別の客に渡された。
 舐め上げられ、十指と歯によって、丹念に愛撫される。スイッチを切り替えたのか先より増幅された刺激が、痛みを凌駕する快感で樹香を追い落とす。
 乳首をいたぶる客と張り型でペニスを愛撫する客。そして、全身はペニスの薬の効果によってそよぐ風にすら感じてしまう。
 もう乳首から来るのが痛みなのか快楽なのか判らない。
「いや、——痛ぁ——あぁぁんっ、んっくうっ——」
 痛いと言いながら、その声音が甘い。
「ああ、こんなことをされても嬉しそうだ」
「ひぃ、ああっんっ——やあっ」
「へへ、熟れているな、もう。ほら欲しそうだ」
 乳首のピアスを強く引っ張られながらも零れた嬌声に、警備兵が樹香の身体に手を伸ばした。
「王子、穴が寂しそうですよ」
「あ、ぁぁんっ、——っ、」
 いきなりアナルに指が突き立てられて、待ち望んだ感触にアラレもない嬌声が漏れた。
 太いそれは、体格の良い警備兵の物だ。
 ぐいっと押し入れられたそこが、慣れ親しんだ前立腺を押し上げる。
「あああっ——」
 戒められて達けないペニスがびくんびくんと震える。
 突っ張った身体が、しっとりと汗ばんで淫猥な匂いをまき散らしていた。
 樹香を下げ渡されたのはキスカだが、性奴は本来誰のものでもない。誰の相手でもする——しなければならないのが性奴だ。だからキスカは、警備兵や召使いにも樹香を自由にして良いと言っていた。
 客をも悦ばせる術を知っている兵がキスカを促せば、キスカがくっと口角を上げて、持っていた張り型を放り投げた。
「ぎゃっ!」
 届かずに地に落ちた瞬間、樹香が全身を激しく硬直させた。
 ピンと伸びた鎖が四肢に食い込むのも構わずに、白目を剥いて倒れ伏した身体がわなわなと震えている。
「王子、スイッチを切られなかったようですね?」
 苦笑して取り上げる警備兵に、キスカも「すまぬ」と悪気の欠片も無い笑みで返す。
 高い位置から放り投げられた張り型が地に落ちた時、亀頭部が庭の飾り石にぶつかったのだ。その衝撃は、直接石を投げつけられた衝撃に等しい。
「ふふ、折れたとでも思ったでしょうかね。痙攣してますよ」
 意識すら失ったか、どさりと倒れた身体はいっこうに立ち上がる気配が無い。
「どうしましょうか?」
 酷薄な笑みが深まる中、客達の期待が高まる。視線がキスカに集まって。
「ガガが待っている。繋げ」
 間髪を容れずに返された言葉に、兵はにやりと笑みを浮かべた。


 この中庭は、樹香が性奴に墜ちた日を境に、樹香で遊ぶために作り替えられた。
 しかも王族専用の広間からも見渡せる位置で、声も届くようにマイクやスピーカーも埋め込まれている。
 庭石もほとんどが樹香の身体を載せて嬲るのにちょうど良いサイズだ。そのどれもに四肢を繋ぐための金具が埋められている。またどこでも思う様に繋げられるようにいろいろな枝振りの樹木が幾本も植えられた。
 東屋の椅子は、脚を高く掲げて繋ぐのにちょうど良いものになり、屋根からはいくつもの紐が常に下げられている。
 また、常に数頭いる番犬は性奴専用の躾をされていて、樹香のアナルを犯すのが大好きなのだ。 
 その庭の中程の木まで、意識を失ったままの樹香は引き摺られた。
 肌に幾筋も細かい傷が入る。その傷すら、今の樹香には艶めかしさを助長するものでしかない。
 白い肌は茶褐色の木の肌に映える。幾ら炎天下で遊んでも、ほとんど日に焼けない身体。焼けても、すぐに元の色を戻すのだ。
 警備兵が手袋をして、そこにあった蔓を使い樹香の身体を丸めるように縛り上げていく。
 足首と手首は身体の横でそれぞれきつく結わえられ、そのまま転がされれば尻もアナルもペニスも全て剥き出しで隠すこともできない。
 そのアナルが空に向くように地面の杭に固定し、さらに、蔓を幾重にも巻き付けた。
 緑の蔓は、表面に粘つく繊毛を生やしており、しかも鋭角に折れたところでは切れないまでも白い樹液を溢れさせた。その樹液が、樹香の身体の上流れるほどに垂れていく。
 それを掬い上げ、警備兵は樹香のアナルの中にもそれをたっぷりと流し込んだ。
「おうおう、ずいぶんとたくさんの樹液を出すね」
 客の一人の感嘆の声に、召使いが慇懃に頭を下げた。
「十分な肥料を与え、池からたっぷりの水分を吸い上げています故、幾らでも甘い樹液を出しますよ」
 くんっと蔓を引っ張った先は、非常に太い幹が有り、なおかつそれは四方八方に太い根を地中へと伸ばしているのが見える。
 すぐ傍らには池が有り、確かに水分には不自由はしていない。
「おう、確かに。ここまで甘い匂いがしてくるわ。良かったなあ、こんなにも貰えて」
 くすくすと羨ましげに言いつつも、客はゆっくりと後ずさった。
 ちょうど樹香の身体を中心に、2メートルほどの円ができあがった。
 風下になった客の中には、ハンカチで口元を押さえているものもいる。
「ジュカ、起きろ」
 キスカが持っていた果物を、ジュカの顔に投げつけた。
 ぺしゃと濡れた音を立てて、果汁が飛び散る。
 目の縁に散ったそれが染みたのか、樹香がびくりと反応した。
「ジュカっ」
 再度呼ぶ声に、はっとしたように目を開く。
 だが、次の瞬間、その瞳が驚愕に大きく見開かれた。
「いつまで寝ている。まだ仕事は残っている」
 そんなキスカの言葉も耳に入っていないように、何度も自分の状態を確かめていた。
 視線が上下して、なんとか自由にならないとかばかりに身体を動かしている。
 その度に、甘い匂いは強くなり、白い樹液がさらに増えた。
「……っ、これ、は……あっ、嫌だ、いやだあっ——」
 虚ろに現状を確認していた言葉が、激しい悲鳴になった。
 試すように動いていた身体が、今は恐慌状態となり激しく暴れている。
「嬉しそうだな」
「ああ、あんなに悦んで。ほら、早く連れてきてあげたら」
「そうとも、欲しかったんだろう? たくさん貰いなさい」
 観客の言葉にさらに拒絶を露わにした樹香は、この場所の恐怖を良く知っていた。
 キスカから逃げてこの中庭で捕まった時、与えられた罰がこれだったのだ。
 甘い匂いが連れてくる恐怖。
 それがしっかりと、樹香の記憶に染みついている。
「あの映像は、いつ見ても興奮しましたが、それを生で見られるとは」
「本当に。王子には感謝しますよ」
 王子であった頃の凛とした立ち姿等も盛り込まれた樹香の全て収めた映像は、数多の欲する相手に格安で配布されていた。
 その中でも特に人気の高い映像は、何もかも初めての樹香が薬を盛られて、自ら腰をふりたくり男を欲して狂っているシーン。
 樹香自身も犯されながら何度も見せられた。
 そのたびに流れる涙すらからかわれて、そのうちに薬を使っていない状態で同じ言葉を言うように命令された。嫌だと言えば折檻され、無理矢理に言わされた言葉。
 あの時、樹香の中にあった何かがガラガラと崩れ落ちた。
 過去の栄光と今の淫乱性奴の姿が交錯する映像は、男達の嗜虐心を煽るらしく、続編の予約が山のように入っている。
 そんな人気映像の中でも破瓜の次に人気が高いシーンが、今繰り返されるのだ。



 空を向いて大きく広げられた尻の狭間。
 度重なる陵辱にも負けず慎ましやかだった筈のアナルは、今や目一杯広げられ、大人の腕程の太さの丸太を銜え込んでいた——否、丸太ではない。一見丸太に良く似ているが、その片端は巨大な体躯に繋がっていた。
 丈夫な四肢で樹香の上の身体を支え、さっきから激しく身体を上下させているのは、人の姿はしていたけれど。
 盛り上がった筋肉に覆われた身体も、全身を覆う濃灰色の鱗状の皮膚も、理性を感じさせないどう猛な黒の瞳も、そしてその長大なペニスも、全て人であるとの印象はもたらさない。
 実際、それは人ではなかった。だが、単純な獣でも無い。
 ガガの全身を覆う肌は蛇の鱗だ。
 その丈夫な四肢と体躯は、類人猿のもの。
 知性も人よりはるかに劣り、理性など無い。だが、体力と精力だけは腐るほどある。
 そして、樹香を翻弄するペニスは太いながらもどんな穴でも突っ込めるように固い芯の周りに柔らかな表層を厚く持っていた。だが、弾力性の強いそれは、狭い穴を潜り込めば解放された途端にその反発力でもって今度はさらに体積を増す。相手の肉壁を限界まで広げるそれは、表面の鱗のせいもあって一度入り込むと今度は中の壁を引きずり出そうとするのだ。その痛みに、犯される相手は堪ったものではない。
 こんな獣は、他にはいない。
 何しろガガは、キスカの弟王子が作り上げたキメラだ。
 『深淵の民?ラカン』の優れた医療技術によって生まれたそれは、キスカの26の誕生日に、下の弟から贈られた。
 キスカだけに懐くそれは、今までは単なる番犬も兼ねるペットだったけれど。
「どうだ、嬉しいだろう、ガガ」
 キスカが笑いながらお気に入りのペットに声をかける。
 ガガは、ぐううっとその表情を歪ませて唸り声で答えた。けれど、身体の動きは止まらず、下では樹香がひっきりなしに悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げている。
 自身が持つ粘液と樹液を絡ませたペニスが、ぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てながら、樹香のアナルを壁が薄くなるほどに押し開き、今度は肉壁をも引きずり出す勢いで引っ張り出される。
 白く美しい樹香と異相の獣のガガが交わる姿は、映像よりも生で見るのが一番だろう。
 周りの観客もさすが興奮してきたのか、荒々しい吐息を繰り返し、樹香の痴態を凝視する。その股間が衣服の布を持ち上げている。
「では、みなさんにはこちらを」
 目配せしたキスカに気付いた召使いが、傍らで控えさせていた奴隷達を前へと進ませた。
 皆一様に銀の髪と青い瞳、そして白い肌を持っている。この奴隷達は、皆樹香と同じ国の民。
 蒼白な面持ちで、けれど諦めの色も濃く大人しく引き出される彼らは、『原初の民』貴族の子弟——当然、純粋なる血の持ち主だ。
 全て性奴扱いの奴隷に堕とされ、その中でも見目麗しい貴族の者が男女を問わずこうして王城で飼われている。
「おお、これはすばらしい」
 舌なめずりした客が、手近な奴隷を引き寄せた。
 腰紐で結わえられただけの尻の下までしか無い短衣の下は、何も身につけていない。
 垂れたペニスの先が服の裾から覗いていた。
 その亀頭に輝く紅玉は、尿道深く差し込まれた太い棒の先についている。それから伸びた鎖が、ペニスと睾丸の根元をきつく戒めた白銀のベルトに繋がれていた。
 勃起すれば、鎖がピンと伸びて棒がますます尿道を深く犯し、ベルトが射精を許さないほどに尿道を圧迫する。
 先走りすら許されないその戒めは、快感に慣れた性奴達に地獄の苦しみを与えるものだ。
 何しろ、それを外す事が許されるのは、たいていの場合客達が満足しきった宴の後なのだ。
 それに。
「ひっ、ぎゃあっ——、ああっ」
 背後で奏でられる樹香の悲鳴が、客達の興奮を高める。
 中庭のあちこちで上がり始めた悲鳴と嬌声に、キスカもまたほくそ笑みながら奴隷の一人に己のペニスを含ませていた。
 ガガの激しい行為に興奮した客達が手にする陰具は、全てキスカ自身が考案したものだ。
 性奴の快感を高めるのに射精を許さない物。
 客の性的興奮を高め、持続力を高める物。
 決して、快楽だけを与える陰具では無い。
 樹液の甘い匂いが立ちこめる中、中庭の宴が淫靡さを増していく。多少は離れていても、樹香の身体が放つ熱で蒸発したそれが拡散して客達の脳までをも冒す。
 快楽に溺れた客達を止める者はいなかった。
 奴隷が引き倒され何人もの男達が群がっている姿がそこかしこで見えた。響く悲鳴が、次の悲鳴を誘う。
 それはそれで楽しいが、何よりもキスカを愉しませているのはやはり樹香とガガの交合だ。
 樹香がその美しい声音で上げる悲鳴は、キスカの耳に酷く心地良く響く。
 お気に入りのペットが悦ぶ姿も、キスカを十分満足させた。
 客達に見せたのは久しぶりだが、ガガもそのせいかひどく興奮しているようだ。
 いつもより激しく泣き叫ぶ樹香に、ガガの興奮度が知れる。
 大好物の樹液を長い舌で舐め取っているガガには、樹液の効果が完全に現れていた。あの樹液は生き物の興奮を高める効果もあるから、普段でも一匙程度しか与えない。
 だが、今日は舐め放題だ。あれでは、精根尽き果てるまで決して離れることはないだろう。もとより、理性など無い獣だ。
 それにこの樹液は樹香にも影響を与える。
 前に一昼夜長大なガガのペニスに犯された樹香は、身体を酷く痛めていた。
 医者により絶対安静を言い渡されていたのに、目が覚めている間中欲情して自慰をしたがったから、キスカは樹香の四肢を縛り上げた。
 樹液に冒され、虚ろな瞳の樹香は、激しく疼く身体を持て余してひっきりなしにキスカに許しを請う。
 卑猥な言葉を羅列し、自ら腰を振り上げて『犯してくれ』と泣き叫んだ。
『ください——、欲しい——、太いのくださいっ——、誰か、犯してくれっ、俺の尻を犯してくれぇっ』
 そんな泣き声は一週間続き、八日目にようやく理性が戻った。
 その間の記憶は全て樹香の中にある。樹香の額のチップは、そういう記憶は絶対に忘れさせない。夢にまで見させる機能があり、何度も繰り返し思い出させる。
 だが、決して狂わせない。
 その記憶に茫然自失の樹香を、キスカは犯した。
 嫌だ——と泣き叫ぶ樹香を、『私の太いペニスをくれ、と恥も外聞も無しに叫んでいただろう?』と揶揄しながら。
 もちろんその姿も映像となって配布されていた。
「ひぃゃっ、ああっんっ、だ、や、めぇ——いやぁぁっ」
 不意に変わった樹香の悲鳴に視線を向けると、ガガが体勢を変えようとしてペニスがずるりと抜け落ちた所だった。
 勢い余って跳ねた鬼頭が、ガガの腹を打つ。長大でへそを超えるほどのペニスは、ぬらぬらと滑り光っている。
 一瞬ホッとしたような樹香の表情が、次の瞬間一気に強張った。
「ぎゃぁぁぁぁ——」
 抜けたのを惜しむように、ガガがペニスを樹香のアナルに性急に突き刺したのだ。
 ぎちぎちに広げられるアナルに、内壁。
 今度は抜けないように、けれどぎりぎりの所まで一気に引きずり出される。
 開いた鱗が内壁をひっかけ引きずり出す痛みに、悲鳴が繰り返された。開きっ放しの口の端から、涎がだらだらと流れる。
 樹香にとっては、そのペニスはどんな時でも凶器でしなかった。
 引きずれ出される時は痛みを、突き上げられる時は激しい快感を。
 目の前が白く弾け、絶頂に押し上げられる次の瞬間には、地獄の苦しみに堕とされる。
「あ、ああっ——、ゆ、許してぇ——もう、やだぁ——、痛い、痛い——ひぐっう」
 幼い子供のように泣きじゃくり始めた樹香を、可愛い、と客が言う。
 もっと可愛くしろ、と続く言葉が言う。
「では、これを」
 キスカが笑みを滲ませた言葉と共に、樹香の張り型をレベル最高にして奴隷のアナルに突っ込んだ。
「ああああああ——————っ」
 高らかな嬌声は、広い中庭から王族専用の広間まで響き渡った。


「やだぁ……達きたいよぉ……ああっ、ひぐっぅっ——、許してぇ——ひゃあっ——」
 悲鳴はもう無かった。
 許して、と乞う言葉は甘く擦れていて、理知的だった瞳は淫欲に濁っている。
 淫靡な宴は、もう終わっている。
 けれどガガと樹香の交合はまだ終わらない。伸ばした手で必死にガガに抱きつき、自ら腰を揺らしている樹香もまだまだ大丈夫だろう。
「ガガ、先に寝るぞ」
 キスカが怠そうに場を離れる。
 もう樹液を出す蔓は取り去ったから、一晩もすればガガも落ち着くだろう。
 長大なペニスに犯された樹香は、絶対安静だろうが、優秀な医学を持つこの国では死ぬほどではない。
 兄である王が、樹香達の直系の王族を性奴とした時に、下げ渡す皆に与えた言葉はただ一つ。
『壊すな』
 それは絶対に守らなければならないけれど。
 そう簡単に殺すつもりなど無い——と今なら兄王の言葉の意味が判る。
 こんな楽しい玩具、どうして壊してしまえようか。
 何より『原初の民』は、こうして汚され尽くさなければならない。
 それは最初の『深淵の民』のもっとも濃い血を引く王族には、特に強く植え付けられた意識。
 『深淵の民』は『原初の民』によって、楽園を追放された。
 純血でないという、ただそれだけの理由で。
 滅びるまで純血至上主義を崩さなかった『原初の民』に恨みを抱く民は多い。何より、彼の国では純血以外は奴隷と同じだ。
 そして『原初の民』と交わった他民族の人間は、全て死刑となった。
 純血を犯した罰だとして。
 純血であれば、自分から誘ったとしても、相手を無理に犯したとしても、罰は与えられない。罰せられるのは相手だけだ。
 そして生まれた子を母親は愛すことなく、混血だと忌み嫌い奴隷に供した。そういう教育しか受けていないから、それが悪だとは思わない。
 それでも相手を、子を愛してしまった場合は純血であっても逃げるしかなかった。
 そうやって流れ着いた民で、『深淵の国』は作られ、大きくなったと言っても過言ではない。
 だから、『原初の民』に純血至上主義がその身に付いてしまっているように、『深淵の民』には彼らへの恨みが身に付いていた。
 純血を望む者は、死以上の苦しみを。
 それが、兄王の下した命であり、『深淵の民』の大半の思いでもあった。


 犯され喘ぐ樹香の数々の映像を部屋にあるたくさんの画面に映しながら、キスカはほくそ笑んでいた。
 久しぶりの楽しい宴の様子はいくつものカメラを用いて全て撮っている。全ての映像には、樹香の痴態は余すことなく捕らえられていた。
 映像編集は、キスカの趣味の一つだ。
 それを見た者が、呆気なく勃起しすぐに達ってしまうほどに淫猥で——そして、樹香の淫蕩さが伝わるほどの。
 誰もが樹香を犯したくなるような、そんな映像を作りたい。
 お気に入りの性奴を他の輩に犯させる方が好きなキスカは、編集作業をしながらも次はどんな映像を撮ってやろうかと、ほくそ笑みながら考えていた。

【了】