【海音の懇願】

【海音の懇願】

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 最後の一滴まで搾り取られ、鳴き喚く声が掠れても徹底的に性感帯を嬲られ続ける。溢れるほどのカルキスの精液が注がれ、溢れれば、また押し込められた。上の口にも注がれたカルキスの精液は、一滴たりとも零すことなど許されずに、その体を冒していく。
 体内に残されても腹を下さない身体。それを知ったカルキスは、海音の口にもアナルにもたくさんの白濁を流し込み、終われば栓をした。海音自身が噴き出した精液も、海音の肌に丹念に塗り込められて、拭き取ることは許さなかった。
 カルキスが満足して解放される頃には、海音の意識はいつも無い。最後には正気でいることすらままならなくて、いつもいつ終わったか判らないままだった。
 海音の体は、カルキスと調教師以外は触れることはない。
 リジンにいた頃は全てがお付きの女官にやらせていた肌や髪の手入れは全て、海音自身がしなければならなかった。もとより衣服は与えられていないから、それはする必要もなかったけれど。
 だから、目覚めた時にはいつもカルキスに犯された時そのままだ。
 この状態で良く寝られたものだと思うほどに、乱れ絡まった髪にまでついた粘液に、肌は乾いた精液で引きつっている。起きれ上がれば栓をされたアナルがむず痒く、違和感に唸った。
 衣服は無いとはいえ、それでも寝具のような大きめの薄衣一枚は与えられていた。それを体に巻いてから、召使いを呼んで湯を頼む。
 風呂など望むべくも無い身で、隣室に用意された桶二杯の湯で何度も何度も体を拭いてから、アナルの栓を手ずから外した。最初に栓を抜いてアナル周辺を拭くと湯がひどく汚れてしまうからこそ、最後にしている行為だった。
「ん……ふぅ……ぅっ」
 抜いた途端に、その刺激にペニスがひくひくと震え出す。
 小さな栓だ。
 カルキスのペニスに比べればたいそう短く、細い。前立腺にすら届かないそれは、自慰の道具としてもあまり役に立たない。だからこそこの場に残されるそれを、海音は外すときにはいつも疎ましく思うのだけど、けれど、最近ではそれを捨てることができなくなっていた。
 こんなものでも、アナルには刺激になる。いずれ欲して欲して仕方が無くなる体は、指を入れるよりマシなような気がして、いつも残しておかなかったことに後悔しているからだ。
 けれど、それを自ら残すこともまた受け容れがたくて、逡巡が酷くなる。
 震える手が、それに伸びて。
 残り湯で洗ったアナルに再度入れたくなっている自分に気が付いて、首を振って、手を戻した。
 ため息を吐いて、桶の中に放り込んで。それでも、後ろ髪を引かれる思いを、意思の力で振り切った。
 浅ましいことまではしたくないという矜持が、海音を突き動かす。
 何より、今は足りるほどに射精して身も心も軽い。そのことに思いを馳せれば、また重いため息が零れる。
 ようやく綺麗になった体に、湯ととともに届いていた敷布サイズの布きれ一枚を身に纏い、寝室に戻った。
 召使いが整えてくれた寝具は、転がればさらりとした感触でひどく気持ち良い。伸ばした手足が薄布から覗く。それに構わず、海音は寝具の上で四肢を伸ばした。
 最初の頃は目覚めても指一本動かすこともできずに、排尿感に襲われても動けなかった。召使いを呼ぶ呼び鈴にも手が届かず、どんなに叫んでも誰も来なくて、そのまま失禁してしまったほどだった。
 だが最近は、一晩休めばひどく怠くても身体は動く。
 日にちの感覚は曖昧だけど、それでも季節の移り変わりからもうすぐ二年が経つのだと気付いていた。その間繰り返された調教は、蝶よ花よと育てられた海音からすれば十分重労働だったが、カルキスの暴虐とも言える性行為が繰り返された結果、体も慣れてきたとしか言いようがない。
 起きあがれない辛さと羞恥は嫌だったが、こんなことに慣れたくはなかった。
 男として、強い者には憧れたこともあるが、こんな強さなど屈辱以外の何物でもなかった。
 しかも、寝具の上を転がるだけで肌が疼き、零す吐息は甘い。調教は、確実に海音の体を淫乱なものに変えていて、アナルはどんなに卑猥で凶悪な淫具も受け入れられ、しかもそのどれもを悦ぶようになって。
 繰り返される調教は、海音が何かをクリアする度に、前より高いレベルを要求されていた。
 乳首だけで射精してしまったら、次は口淫だけで射精するように強要されて。それをクリアしたら、男の裸体を見ただけで射精しろという。
 アナルに常時三本の指が入るように躾けられた後は、四本になり、五本になり……。
 精液を一滴残らず飲み干せば、尿管の中のものまで吸い出すように言われ、美味そうに口の中で唾液と掻き混ぜてから飲み干すように言われて。
 一体いつまでその要求が高くなるのか、もう判らない。
 ただこの二年で、海音は何を見ても、何が触れても欲情するようになったのは確かだ。
 そよそよと優しく吹き込む風が、剥き出しの肌を嬲る。日々薬を塗り込まれて、たいそう敏感になった肌は、それすらも刺激として取るのだ。
「は……あぁぁ……」
 産毛が僅かに揺らいだだけで痺れるような快感が生まれ、ひくひくとアナルがひくつき、綺麗にしたばかりのペニスがじわりと涎を滲ませる。
 どんなに綺麗にしても、体に纏う薄衣や寝具が夜には淫らな染みを作るほどに、海音の体は涎を垂らした。
 気絶するほどに犯され射精させられても意味がないほどに。そんな海音の体を慰められるのは、カルキスだけだ。
 我慢に我慢を重ねて解放される瞬間の快感は、アナルだけでの絶頂感とはまた違う。
 高みを極める瞬間は、海音は何物にも縛られない。あの解放感は何物にも代え難く、気が狂いそうになるほどの快感なのだ。
 それを味あわされ続けては、射精の無い絶頂感だけでは満足できなくなっていた。だが、カルキスが持つ鍵がないと射精はできなくて、ということは、カルキスだけがあの解放感を味あわせてくれるということで。
 犯されるのは嫌だけど、カルキスが与えてくれるあの究極の快楽があるならば……。
 と、ふと思って、慌てて首を横に振る。
 カルキスだからこそ、嫌なのだ。
 リジンを滅ぼした男なのだから、あれは。
 あれに、屈することこそが、海音にとって屈辱以外の何物でもなかった。


 
「狩りを行う」
 ラカンの若き王カルキスは、力無く絨毯の上に座り込んだ海音を見下ろし、そう言い放った。
 そんなカルキスを、海音は敬意など元から向けるつもりが無いままに、日に焼け精悍な顔つきを不躾に見上げる。
 その先で、海音のそれより若干青みの強い瞳が、笑みを孕んだ。
 とたんに、ぞくりと肌が粟立つ。むず痒さと微弱な快感がない交ぜになって表皮と神経を伝わり、下腹に集まった。
 その笑みが何を示すか。海音の身体の方がよっぽど理解しているのだ。
 そんな己への羞恥と屈辱に、下唇を噛み、絨毯へと視線を落とす。力無く落とした指が、かりっと上質な絨毯を引っ掻いた。
 今回は二週間放置された。
 その間、毎日のように調教師によって無理矢理欲情させられ、全ての性感帯を徹底的に嬲られた。
 使われ続けている効果の高い媚薬は、海音の高い矜持など微塵に吹き飛ばし、あられもない痴態を人目に晒させる。全身にたっぷりと塗り込められた油は、白い肌を艶やかにする効果もあったが、それ以上に肌を過敏にした。特に過敏に躾けられ、いつでも腫れ上がったように膨れている乳首は、僅かな刺激でも全身を震わせるほどの快感を生み、ペニスへ熱を送ってしまう。
 そんな身体を、調教師達は情け容赦なく追いつめる。
 決して射精は許さずに。
 乾いた絶頂だけを与え続けて、放置する。
 毎日毎日快楽を主として調教され続けてきた身体は日を追うごとに貪欲に、さらに過敏になって、どんどん射精への欲求を高めていく。
 達きたい──と何度訴えても許されないままに日を過ごし、結局、唯一許してくれる、いつ訪れるか判らない相手を待ち続ける。
 不定期に訪れるカルキスが持つ鍵。
 それだけが、海音のペニスの戒めを取り払うことができるのだ。
 だが、そんなカルキスを目の前にして、海音は決して従順にはなれなかった。
 毎度毎度打ち砕かれる矜持はそれでも正気に戻れば健在で、今も熱くなる身体をねじ伏せてカルキスに従うことを許さない。
「狩り、とは? 鹿でも狩るのか?」
 不敬な態度で返しても、カルキスは鼻で嗤うだけだ。決して海音に恭順することを強要しない。
 海音に好きなように態度を取らせるその胸の内が何なのか、海音には判らない。よほどの反抗的な態度や言葉でないと、カルキスは怒らない。不愉快さは露わにしても、怒り狂う様は見たことがなかった。
「いや、この城の中だけで行う」
「この城?」
 海音が幽閉されているのは、王城の敷地の端、山際に立てられた古い城だった。昔は避暑用に使われていたこの城は、先端の技術で整えられた王城とは違い、何もかもが古い。城の機能を維持するのに必要な最小限の人間しかいない。そんな彼らは、海音の調教中には嘲笑いながら見物しているが、基本的に海音の前には現れないように言われているらしい。
「そうだ、十分な広さはある」
 確かに、調教中に連れて行かれる空中庭園から見る姿は、かなり大きい。
 けれど、城の中で何を狩るというのか?
 従順に会話をする気は無かったが、興味をそそられた。
「ならば、何を?」
「お前を」
「え……?」
 愕然と目の前の男を見上げると、冷ややかな笑みが振ってきた。
「お前を狩る。狩人は、連れてきた」
「な、何、どういう……?」
 脳裏に嫌な情景が浮かび上がる。逃げまどう己に襲いかかる弓矢や剣。追われる恐怖と殺される恐怖。
 二年の間、犯されるばかりで他のことは何もなかったから、忘れていた感情だ。一気に襲いかかってきた恐怖に血の気が失せ、ごくりと鳴りそうになった喉を、それでもなんとか堪えて、揺れる瞳がカルキスを見つめる。
 負けてはならない。こんなことで……。
 とうとう男である自分を嬲るのに飽きて処分しようとしているのだとしても。
 無様な真似などできない。
 かろうじて取り戻した矜持が、海音を奮い立たせる。
 そんな海音の様子が判るのか、ふっとカルキスは口角を上げて言葉を継いだ。
「狩り場はこの城の中のみ。狩りの時間は6時間。そのうち1時間は、お前は自由に逃げればよい。1時間後から狩りは始まり、日没をもって終了だ。それだけの遊びだ」
「遊び? だが、狩人に捕まったら私はどうなる? 殺されるのだろう? 狩りとはそういうものだ」
 カルキスにとっては退屈しのぎの遊びかもしれないが、追われる立場の海音にしてみれば、遊びではない。
 適当に聞き流すことなどできない内容に、海音は姿勢を正した。
 きつくカルキスを睨み、全ての情報を明け渡せと迫る。
 たとえ、反論などできる立場ではないにしても、むざむざ従うことなどできない。こんなところで遊びにつきあって朽ち果てることなど、原初の直系として許されることではないのだから。
 二人の間にぴんと空気が張り詰めたが、カルキスは呆気なく首を振る。
「殺しなどしない。捕まえた獲物をどうしようが狩人の権利だが、それも日没まで。その後は生かして私の元に連れてくるよう言ってある」
 その言葉に悦んで良いのか、どうなのか。
 どこか不穏な空気を孕む台詞に、海音は頭の中で必死に考えていた。
 何かがある。
 そんな甘い遊びではない、これは。だが、狩人の権利……云々という台詞に行き着く寸前、カルキスが新たな条件を提示してきたのだ。
「だがその6時間の間にお前が私の花押を見つけることができれば、そこで狩りは終わりお前の勝ちとなる」
 告げられた狩りの条件に、海音は大きく目を見開いた。
「え? 勝ち? 花押?」
「そうだ。この城のどこかに私の花押を隠している。それを見つけることができれば、奴隷となったリジンの民どもを解放してやろう」
「解放……、解放っ?」
 言葉が持つ意味が、ゆっくりと脳に染みこんでいく。
 リジンの民の解放。花押が見つかれば。
「解放、される?」
「そうだ。お前も含めて、全て。お前の弟達も、貴族どもも全て、だ」
 全て。
 全ての民が救われる。純血の民が、生き残る。
 嶺江以外の他の弟たちも無事で有れば、子々孫々、生粋の純血が続いていく可能性はもっと高くなる。
「どうする? するか、しないのか?」
 目の前で、カルキスの筋肉が盛り上がる腕が上がり、手のひらの上で漆黒の六角柱の花押がことりと転がった。
 もう一方の手には、丈夫な紙に記された契約の書。
『リジン国民を、奴隷の地位から解放する』
 すでにカルキスの記名がされたその書類は、後はラカン王の花押が押されれば正式な書類として発行される。
 その記された文字が、王の言葉としてラカン全土に伝われば、誰も逆らうことなど許されない。
「それを見つければ良いのか?」
「そうだ。この契約の書とともに、隠しておくことにしよう」
 それは、つまり。
「私が押しても効果がある、のか?」
「もちろんだ。契約の書は私の直筆だから何ら問題はない。後はこの花押が押されれば──誰が押したとしてもその効果はその時に発揮する」
「……その後、取り上げられて無かったことには……」
「くどい。我が名にかけてそのようなことはせぬ。それに、ラカンの契約の書は、簡単には破られたり燃やされたりしないように特別な紙を用いている。花押を押しさえすれば、お前の勝ちよ」
 全身が戦慄く。
 ごくりと今度ははっきりと喉が鳴った。
 欲しい。
 今すぐに欲しい。
 飼われることに慣れてきた獣の瞳が闘争心を取り戻したように、海音の瞳に一気に生気が甦る。その様に、カルキスは楽しそうに笑みを浮かべた。
「狩人は4人。楽しみなことだ」
 小さな呟きは、海音の耳にも届いていた。
 だが、すでに花押が気になって仕方がなかった海音には、その言葉の意味がはしっかりとは判っていなかった。
 城は隠れる所などいくらでもある。
 6時間くらい逃げ延びて、必ず見つけてみせる──と、ただそれだけを考えていた。

 

 開始後1時間が経った印の鐘の音が鳴り響いていた。
 外の明るさでしか時間の感覚が取れない海音にとって、今が何分経っているのかが判らない。それよりも、必死になって花押を探し求めて、部屋から部屋を渡り歩いていた。
 古い城だからこその複雑怪奇に入り組んだ構造に手間取っている内に、与えられた猶予は瞬く間に過ぎ去っていて、これからは狩人の心配をしなければならない。
 逃げるか、探すか。
 二者択一に、海音は探す方を選んだ。見つけさえすれば勝ちなのであって、逃げていてはいつまで経っても終わらない。だから、手当たり次第部屋に入り込んでは、調度品の中を物色し続けていたのだけど。
 使われていない灯りの無い部屋に入り込んだ瞬間、目の前が白く弾けた。
 目の奥が痛むほどの衝撃に、くらりと身体が傾ぐ。そんな海音の腕に痛いほどの指が食い込み、悲鳴を上げるより先に、床に引きずり倒された。
「うっ、くう──っ」
 強かに背を打ち付け、息が詰まる。それでも、何が起きたのか必死で探ろうと、眩んだ瞳を必死で瞬かせて辺りを探った。
 その視界に、ぼんやりとした色が戻って来て。
 瞬間、海音の表情が恐怖へと変化し、血の気が音を立てて下がった。
 目の前、一番近いところにあったのが、鋭く光を反射した刃の切っ先だったのだ。
 その切っ先を凝視して、身動ぎ一つできない海音の耳に、「捕まえた」と嬉々とした声音が響き渡ったのはすぐのことだった。