【淫欲騎士 忠誠】

【淫欲騎士 忠誠】

 皇国の王との謁見の場には、皇国の大臣達、さらに聖騎士団の団長以下主立ったものも臨席していた。
 我が国からは、王たる私と親衛隊長、そして当の本人であるモリオン、否トリアーデだけだ。
 今日は前々からの打ち合わせ通り、私が下手に出ることが決まっている。
 だからこそ他の隊員達は別室に控えさせ、少人数で皇王からソレを貰い受ける約束を取り付ける算段だ。
 もっとも、すでに書簡では了承を貰っている出来レース。単なる儀式ではあるけれど、正式に聖騎士の一人が我が国の親衛隊に移籍させるには、大切な茶番だ。
 ましてこれが成功すれば、モリオンはもう決して私から逃げられない。逃げても帰るところなど無くなるのだ。
 実際、難なく皇王の了承は正式に渡されようとしたけれど。当然のように、一部の貴族と聖騎士達は反論した。
 特に、聖騎士団の団長の怒りは凄まじく、それは、どちらかというと聖騎士の使命をないがしろにするモリオンに向けられていた。
 その団長からの責め苦に、皇王の面前の赤い絨毯の上で片膝をつき、深く頭を垂れたソレの肩が震えている。
 まあ、針のむしろにいるようなものだろう。
 本人が意図していないことは明白な事柄をひどく責め立てられても、否定できない立場としては為す術など一つも無いのだから。
 仕方なく、少しは助けてやろうと口を開こうとした時。
 ソレが顔を上げた。
「私を育てて頂いた団長の怒りはごもっともでございます……」
 その悲壮な決意に彩られた瞳と震える言葉に、怒り狂っていた団長もその口を噤んだ。
「私に取りまして皇国は生まれた地で有り……皇王には、その恩恵に対し我が命を持って報いる所存ではありました。……しかし、わ、私は……任務中に、領土侵犯をして捕らえられたにも関わらず、彼の王に……助けられ、……さらにその政務を間近で見る機会にも恵まれて……。尊敬し、彼の王に親衛隊に請われましたときに、悦びを抱いてしまいました。さらに、先ほど進言されましたとおり、私が彼の王にお仕えすることにより……皇国との結びつきがますます強くなり、架け橋になるのであれば……。私はそのためにも彼の王に仕えたいと……思う次第でございます。そして、決して……あり得ぬ事ではございますが、もしこの身に皇国に仇なす任務が課せられた時には、私は……自らこの命を絶つ所存にございます」
 途切れ途切れの言葉は、緊張していると思われたのだろう。震えすら伝わるその言葉は、真摯さを孕み、その場の心に染みこんでいった。
 聖騎士の戒律に従えば、他国の王に忠誠を誓うなど言語道断なことだ。けれど、そう決断するにいたった理由を説明する彼の表情は強ばり、その固い決意に対する悲壮さすら伝わっていた。そのせいか、表だって糾弾するものはいなくて、どうしたものかと、ただ顔を見合わせるだけだ。
 実際、彼が領土侵犯をしたカドで捕らえられたのは確かだし、元々の皇王への忠誠心が高かったのもここにいる者は皆良く知っているはずだ。
 それなのに、こうやって表だって宣言して、しかも私自らが出向いてきて皇国に許しを願ったのだ。
 その言葉の裏に隠された事柄を想像したとして、その真実に誰が気付くだろうか。たとえ疑っていたとしても、その真実を聖騎士が想像できようはずも無い。
「良い。誰が何を言おうとも、余がそなたが移籍することを許そう」
 まして、皇王自らが許しを与えたのだ。
「トリアーデよ。余は、そなたの献身を知っておる。また、そなたが余に向ける並ぶ者無き忠誠心の高さも知っておる。故に隣国にて彼の王に仕えたとしても、そなたの忠誠は決して揺らがぬと信じておる。そして、その忠誠心で彼の王にも仕えてくれることも。どうか、我が皇国と隣国との共存のために、そなたの力を貸して欲しい」
 その言葉に、一体誰が逆らえようか。
 それに皇国の大臣の誰かが言った言葉も加わって。
「我が国の聖騎士を彼の王自ら来訪されて要望されるなど、これは我が国の聖騎士の名声を高めるものであり、素晴らしいことではありませんか」
「二国のために」
「平和共存のために」
 その言葉がきっかけとなって場の雰囲気も変わり。
 結局、満場一致でモリオンの移籍が決まり、盛り上がる場の中心で、片膝をついて深く頭を垂れたソレは、感動のあまり肩を震わせていた。



 その夜皇王の身内だけの晩餐に出た後、宛がわれた城の一室で私と親衛隊員達はゆったりとくつろいでいた。
 皇国の酒は少し酸味が強いが、美味いものが多い。後味も良く飲み過ぎがちになるのを気をつければ、後にも残らないので旅立ち前夜には最適な酒だ。
 無事大事を終えた安堵感から隊員達が和やかなのも喜ばしく、私は隣に控えていた親衛隊長とグラスを合わせた。
 そんな私たちがくつろぐ長椅子に囲まれた中央には大きな寝台があって。
 その上で、今日の主人公であるモリオンがしなやかな身体を朱に染めて、淫らに喘いでいた。
「あぅっ、うぅ——っ、お、お許しっ、そ、そこっ、だめぇぇ——っ」
 赤絨毯の上で震えて掠れていた声は、今や明らかな艶を含み淫らにその熱を振りまいている。
 四つん這いになった腰をぶよぶよと肉のついた指に掴まれながら、ソレよりは一回りはある腰を打ち付けられて、ヌラヌラと濡れそぼった肉棒がその狭間で見え隠れしていた。
「おうおう、確かにモリオンの名にふさわしい名器よ。そちがこれほどまでの名器を持っているとは知らなかっぞ。そちは聖騎士でありながら、このような淫蕩の身体を隠し持って追ったのかっ、なんと、恥知らずなっ」
「あひっぃぃぃ、お、お許しをっ、ああっ! 皇王様っ、あああっ」
 唸り、蔑みの言葉と共に腰を打ち付けるのは、この皇国の王その人だ。
 私よりはるかに年上だがその精力は目を瞠るものが有り、この部屋に現れてからずっとモリオンを犯しているのだ。
「どうです、皇王殿。素晴らしい名器でしょう」
 グラスを掲げ話しかければ、ニヤリと口角を上げて返された。
「交換条件が悪ければ、何としてでも奪い戻すところよ」
 その言葉に苦笑して。
「そう言われると思ったからこその条件ですよ」
 ここに来る前のやり取りで、我が国のカラクリ人形とその対である技術士を一組進呈することにしており、今回連れてきていた。
 我が国特産のカラクリと呪術でできた人形だ。と言ってもその形態は一概には言えず、人の形をしているものから、単なる機械の塊のようなモノもあった。そして、それは人を犯すことができるのだ。
 その人形に与えられた人は、最終的にはたいそう淫乱な、それだけしか考えない狂った性奴隷にしてしまえた。
 それは、調教師である技術士の力に寄るところも大きいが、カラクリが生む様々な快楽に人の身が逆らえないからだろう。何しろその人形は獲物を固定させて動き始めると一日止まること無く動き続け、様々な技で獲物を責め立てる。それがどんな責めかは技術士しだいなのだが、その責めはたいそう激しいのが常だ。
 何しろ我が国でも人形を使う場合は、それの精神を壊しても良い場合に限っているからだ。
 つまりは淫具であって、それを欲しがっていた皇王に、秘術の塊である人形を渡すのはなかなか問題があったのだが、まあ、同好の士というか、互いの利益がかち合ったというか。
 それに、皇王が実はたいそうな色好きなのはこの国でもごく一部の人間しか知らない極秘事項なため、人形を渡すこともまた極秘に行われていた。
 その昔、皇王の趣味を知った時からその趣味に合うモノを提供し、こちらも提供して貰うという、実に良い関係を築いていた。
 そんな我々の仲で、聖騎士の一人を自由にすることぐらい容易であって。
 こんなふうに貸し出すのも、まあ、想定の範囲だったから驚きはしない。
「ひ、ああぁっ、——ああっ、いやぁぁぁ」
「イヤらしい、おお、何と卑しい身体よ、中が蠢いてっ、搾り取られるわっ。余の貴重なる子種を搾り取りおって、このっ、恥をしれっ」
「も、申し訳っ、ありませっ……あぁぁっ、わ、私っ、ああっ、お許しくださっ——ひあぁぁっ!!」
 ペシッと鋭い音共に、白い尻に赤い手形が幾つもつく。
 皇王が犯す様を初めて見たが、どうやら罵り、蔑み、その身に痛みを与えて、精神を殺すように犯すのが大好きなようだ。
 可哀想なことに、そんな皇王の本性を今初めて知ったモリオンは、絶望の色を浮かべて泣き叫んでいる。
 今日のあの場での素晴らしい演技は、全て真に敬愛する皇王のためと頑張っていたのだから。裏切られた気分でいっぱいなのだろう。
 あの場に行く前にしっかりと言い聞かせておいた我らの言葉を信じ、懸命に意に沿わぬ言葉を紡いだというのに。
 もしあの場で醜態を晒し、巧く事を運ぶような説明ができないようであれば、「実は」と、我らが偽装した恥ずべき行為を赤裸々に訴え、皇国の名誉を重んじるためにも、聖騎士を廃させるように仕向けるのだと。
 そうなれば、聖騎士の誇りなど吹き飛び、それを従える皇王の名誉も傷つけられるのだ、と。
 繰り返し諭して納得させて。
 最後に泣いていたのは、無事終わった安堵感と、敬愛する皇王の言葉に絶望したからだが。
 もっとも、あの時の泣く姿より、今の泣き喚く姿の方が私は好きだ。
 皇王の辱めに泣き叫びながら、けれどその身体は与えられる快感に悦び、涎を垂らして、幾度も絶頂を迎えている浅ましい今の姿こそが私に悦びを与えるのだ。
「皇王殿、今後季節ごとの儀礼の際には、ソレを我が国代表の騎士として行かせますので、その時にはご自由にお使い下さい」
「おお、おお、なんという素晴らしい提案をして頂く事よ。ならば、余としても、相応の返しをせねばのう……」
 ぐちょぐちょの肉壺を堪能しながらも、思案してくれる皇王に、ならばと私が口にしたのは。
「こちらの国にはたいそう腕の良い彫り物師がおると聞いております。それを貸していただけませんか?」
 生きているような彫り物を肌に埋め込む彫り物師と有名な男の名を伝え。
「ああ、アレのことか。アレは素晴らしい。私も気に入りのモノの肌に彫らしたが、まこと生きているように蠢き、我が目を楽しませてくれるが……もしや、これの肌に?」
「もちろん。その白い肌に、見る者が一目で欲情するような淫らな絵を彫りたいのです」
「それならば、余の望む事でもある。悦んで貸しだそう」
 相変わらず皇王とは意見が合って愉しい事だ。
 とんとん拍子に交わす約束事は、本当に楽しみなことばかりで。
「さて、我らは休むことにしよう。モリオンは皇王殿としばらく離れる故に、その身の忠誠心をたっぷりと示すが良い」
 明日早朝には旅立つ我々は早めに休む必要があったが、名残惜しいとばかりに離さない皇王の御心のために、モリオンはきっちりと仕えるべきだ。
 モリオンは、私にも皇王にも忠誠を誓っている。忠誠する相手が求めるのであれば、それに全身全霊を持って仕えることが、聖騎士としても親衛隊にしても重要なことだからだ。
 そう命令すれば、モリオンの喉から悲痛な悲鳴が迸り、皇王は楽しげに返してきた。
「お心遣いには感謝する。明日の馬車には確かに放り込んでおく故、今宵はゆっくりとお休みになられるが良い」
「あっ、ひっ、待ってぇぇっ、ひぃぃぃ」
 我らに伸びた手を無視し、名残惜しげにさらにますます激しくなる律動を見やって。
「それではお休みなさい。ああ、お前は私と共に」
 休まなければならないと思いつつ、それでもモリオンの痴態に煽られたのか欲はしっかり滾っていて。
 挨拶もそこそこに、私は一番若い親衛隊員の手を引いて、宛がわれた自室に戻っていった。



 出発しようと馬車を覗き、思わず苦笑を浮かべた。
 隣から中を覗き見た最初に同席する予定の隊員も呆れたように肩を竦めている。
「なんともまあ、悪趣味な御仁だ」
 犯され尽くされたのであろう身体は清められてはいたけれど。
 その身体には、肌に散らされた痕全てに花びらの形をした朱金の箔が貼られていた。この小ささで一枚数万円はする価値ある朱金は一体何枚貼られているのだろうか。
 皇王の餞別の渡し方には思わず呆れ果てるが、実は驚いたのはそれだけではない。、
 昨夜から朝にかけて可愛がられたモリオンは、まるで極悪人の犯罪者のごとく自ら動けぬように両足は太股と足首を一纏めにされ、両腕は背中で緩まないようにかしっかりと固定され、動けぬ身体の代わりの運搬具でも喩えているのか、馬車の中に固定された木馬にまたがらせていたのだ。さらに腕や足を繋いだ縄が馬車の四隅にも繋げられていて、よほどの事があっても木馬からは落ちないようになっていた。
 その腹に張り紙がしてあり、剥がして読むと。
『聖騎士の戒律を破ったことは公にはできぬ。故に余が直々に罰を与える。しかしながら本来ならその位を剥奪すべきところ、それはできぬ故に、今回は特別な罰を与えることとする。
 なお、此度の罰は次の五個である。
 ・淫らに性交渉を繰り返す、色欲への罰
 ・複数の相手を望み、途絶えることなく求める強欲への罰
 ・余の欲を高めてさらに喰らおうとする暴食への罰
 ・余を満足させる努力を怠る、怠惰への罰
 ・余や彼の王を淫らに誘い、我が物にしようとした強欲への罰
 この五つの罰に対し、モリオンには可動木馬による旅を命ずる。なお、期間は彼の王に委ね、追加の罰に関しても特に制限を設けないこととする』
 皇王の正式な花押まで押された張り紙は、もし正式な場で公開されても、必ず実施されるであろう絶対の効力を持っているものだ。
 その紙を押し頂き、すでに課せられている罰の様子を観察する。
「可動木馬、か」
 その名の通り木馬の背は動くようになっていて、馬車が揺れると、ゆったりといつまでもゆらゆらとその背が揺れていた。そのたびに、口枷を銜えさせられたモリオンが苦しげに呻き、その拘束されたままのペニスはたらたらと粘性の高い汁を零している。
 よくよく見れば、尻に僅かに見える太い棒がある。
 それは木馬の背に開いた穴から覗いていて。
「これは動かないのか?」
 思わず木馬の背を押してみれば、ぐらりと揺れた身体に被さる音の無い悲鳴に、思わず笑いが零れる。
 太そうな棒はぴくりともせずに木馬の背とモリオンの身体だけが揺れる仕組みに、きっと見えない部分もたいそう悪趣味にできているのだろうと想像できた。
「これは、帰りの長旅も楽しめそうですね」
 他にも乗せられていた箱を開けて、隊員が楽しそうに呟く。
 追加の罰は、どうやらこれらの玩具で責め立てろと言う意味なのだろう。
 この楽しい文章を見る限り、今回の旅は皇王にも満足して頂けるほどに楽しいものだったと推測できた。そのおかげで木馬も含めてたくさんのお土産を貰ってしまったようだ。これもそれも、二つの国の王にその心身共に忠誠を誓ったモリオンのおかげだろうけれど。
 今以上に皇国と良好な関係を築くためにも、モリオンを如何に扱うかは重要だと、新しい難問に私の頬は緩み、口元は楽しげに歪んでいて。
 いつもは退屈な長旅も、ひどく楽しく短く感じたのだった。


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