【風南の奉仕】

【風南の奉仕】

「おはようございます」
 ドアが開く微かな音に続いて、細く震えた声が室内に響いた。小さな声は、決して主を慮った者ではないことを、この部屋の主は知っていた。何しろ、この時間この部屋に入ってくるのはただ一人。それ以外を許していない。
 その命を覆す事ができるのは、ここでは王である兄だけだ。この『深淵の国 ラカン』の第四王子マサラの命を、破れるものなどいないに等しい。
 だからこそ、入ってきたのがこの部屋への立ち入りを許した者だと言うことが良く判っていた。
 マサラはこの後の楽しみを期待して、すでに目覚めていた目蓋を閉じ、眠ったふりをする。
「……おはよう、ございます。起床の時間で、ございます……」
 二ヶ月も経てばいい加減慣れてもおかしくないのに、それでも入ってきたメイドは俯いて小さな声でしか喋らない。
 そんな声音ではベッドまで届くのも難しく、主は目覚めないといい加減学習しているはずなのだが、いつもこうだ。
 羞恥だけではなく震えている姿が見えなくても判るから、起きる気など無い。
「ご、ご主人様……」
 声が少しだけ大きくなる。
 できるだけ腰を動かさず、大きな胸を揺らさないように摺り足で歩く姿は、さすがにここでは見ることができない。
 広い部屋だから、近づくには時間がかかる。
 カチャカチャと鳴る音は、メイドが持つ盆の上のガラスコップの音。
 その音に混じって遠くても聞こえる忙しない呼吸音に、時折混じる息を詰める音は、メイドの身体がそろそろ限界だと教えてくれた。
 なんて可愛い声を出す……。
 押し殺した笑い声が零れそうになって、慌てて口元をぎゅっと引き締めた。
 メイドが時間をかけて近づく先は、天蓋付きのベッドだ。
 寝るためだけの部屋で、こんな楽しみが生まれるなんて思ってもみなかったが、その期待も含めてじっと身動ぎしないようにするのはなかなかに困難だった。それでも他のことに気を取られているメイドには判りづらいのだろう。それでなくてもたっぷりの特上の羽毛で膨らんだ絹の寝具は、中の振動など伝えにくい。
 その寝具の隙間から窺えば、ようやく辿り着いたメイド姿の風南(カザナ)が荒い呼吸に肩を揺らしていた。
 胸の前で、空の大きめのガラスコップが二つと、やはり空の深皿が一つ乗った盆を掲げている。
 風南が持つ美しい青の瞳は切なげに伏せられ、汗ばんだ白い肌に結い上げている髪からほつれた銀の一筋が貼り付いていた。
 数ヶ月前、兄の手で滅んだ『原初の民』の純血の一族——その直系の第四王子だ。
 身に付いた気品に加えて、風南の兄弟の中でももっとも中世的な容貌は非常に自分好みだ。
 何しろ、こうやって薄青の短衣に白い帯を巻いて背にチョウの羽のように膨らまして垂らしたメイドの格好をさせていたら女性にしか見えない。短い服の裾から伸びる脚も、もともとが筋肉質でないから脱毛処理によって女性の脚にしか見えなかった。
 それに加えてマサラの手により造られた、襟ぐりの広い胸元に谷間を作る豊かな乳房。
 数多の女性が羨む大きさと形のそれを見れば、誰も彼が男だとは思わない。いや——女としか思わないだろう……。
 くっ——とマサラが肩を震わせる。
 風南が改造後の自分の裸体を初めて見て、泣き喚いた時の事を思いだしたのだ。
 自ら引きちぎろうとしてその痛みに負け、今度は喉も裂けよとばかりに泣き喚いた。その度にふるふると震える乳房は、あまりにも扇情的で。
 マサラは自分の仕事に言いしれぬ満足感を得たのだった。
 もともと、マサラの性に対する好みは女性のみだ。男など、たとえ奴隷でもいらない。
 だが、兄王がくれるという言葉を拒絶などできない。
 しかも、『何をしても良い。ただし壊すな』などと言われては、実験材料にもできない。
 どうしよう——と思案しながら、引き連れてこられた風南を確認すると、風南はたいそう中性的な容姿をしていて、慎ましく座っていれば女にも見える事に気が付いた。
 ならば、とマサラ自ら手を加えてみたら、驚くほどマサラ好みに化けてくれたのだった。
 

「ご主人様」
 繰り返される呼びかけ。
「起床の時間です……」 
 懇願にも似た声音に少なからず熱を感じて、思わずくすりと笑みが零れた。その拍子に、風南の眉間のしわが深くなる。
「起きて……ますね……」
 ほんの僅かな苛立ちは、すぐに諦めの色に立ち消える。
 何しろ風南には怒る権利すら無い。マサラに何を言われても、何をされても——決して逆らうことは許されない。
 たとえマサラがどんな理不尽な命令をしようとも、風南は黙して従う以外許されていないのだ。でなければ、厳しい折檻と罰が待っている。
 さすがに2ヶ月も経つとそれを学習した風南にしょうしょう残念に思いながら、マサラは伸びをしながら起きあがった。
 ベッドサイドに立った風南の憂いを帯びた表情が近くなる。
 濡れた唇が微かに開き、時折喘ぐように吐息を零し、決して視線を合わせない瞳も端から見ても熱を帯びて濡れている。
 もっともっと焦らしてやるつもりだったが、どうやら結構できあがっているようだ。
「……おはよう、ございます」
 掠れた声音と共にぎこちなく下がる頭。
 そのいつまで経っても慣れない様子に、マサラは楽しげに口角を上げた。
 王子として生まれ育ち、22年間ほとんど頭など下げたことなど無かったのは、マサラ自身がそうだから判る。
 だが、風南はマサラが驚くほど身の回りのことが一つもできなかった。
 どれだけ蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢でも、このラカンでは自分だけでも服くらい着れる。地に落ちた物は拾える。ひげを剃ることも、髪を整えることも、自分でできない男などいない。
 お茶を入れることも王侯貴族であればあるほど、最低限の躾として教えられた。
 だが、どうやら『原初の国 リジン』の王族は、手を差し出せば召使いが必要なものを手渡し、服は着せ掛けて帯まで締めて貰い、茶は座って待てば勝手に出るもの、落ちた物など決して拾わない。
 ただ楽しく遊んで暮らす、というのが王族の仕事らしい。
 生まれて死ぬまで、誰かの助けがいる存在なのに、その自覚が無い。
 そんな王族など、滅んで当然だ。
 ラカンでは、王族であろうと持てる技を磨き、職を持つというのに。
 健康であるのに働く意欲のない者は、喰うべからず——という程に、徹底しているというのに。
 だから、他の誰もできない、風南にしかできない仕事を与えた。
 それができないなら、風南はただの人形でしかない。
 人形と認定された性奴がどんな末路を辿るのか、一度見せてやったらずいぶんと大人しくなったものだ。
 こうやって大人しく頭を下げるほどに。
 頭を下げた拍子に性奴の刻印が前髪の隙間から見える。
 性奴の印にもいろいろあるが、風南には女性奴である印——しかも色情狂や淫売と呼ばれるクラスである印をつけさせた。
 いつでも欲情していて、常に男に突っ込んで貰わないと堪らない身体に改造された証であるそれを。
 その刻印を見られるのを嫌ってああやって前髪で隠そうとするが、くっきりとした色は白い肌に良く映えて、銀の髪の間からも判りやすかった。
 隠せば隠すほどそれが目立つから、好きなようにさせている。
 もっとも、風南の様子を見れば刻印など無くても、男はすぐさま襲いたくなるだろう。
 マサラの改造は完璧だ。
 優秀な医師でもあるマサラの手によって、この国の遺伝学と再生学は格段にその技術を進歩させた。
 数年前に完成させた遺伝子レベルによる小動物のキメラの製造術は、今では人サイズまで成功させることができるようになっている。
 最近では、人の体格にゴリラの筋肉、蛇の鱗と力と精力を混ぜた生物を作り上げた。キメラ特有の一代限りで短命という短所はあるが、すぐ上の兄であるキスカのペットとなってずいぶんとお気に入りとなっている。
 また遺伝子を操作しなくても、特殊融合細胞を製造し、欠損した身体に、やはり特殊な再生専用細胞から欠損部を作り上げて身体に接合する技術も作り上げた。免疫反応を起こさない技術により、移植術は成功率をぐんと上げた。
 その前者と後者の技術の集大成とも言えるのが、風南だった。


「さて、おいで」
 風南に与えた仕事はいろいろあるけれど。
 くいっと顎をしゃくると、びくりと風南の身体が震えた。
 怯えた瞳が、マサラを見やる。
「……あっ……」
 硬直したように足を竦ませている風南に目を細めると、ひくりと喉が上下に動いた。
 どんなに拒絶しようとしても、躾を叩き込まれた身体が反応する。
 奴隷は主人に——いや、他の誰にも刃向かうことができない。
 ここ二ヶ月間、それをずっと叩き込んで、骨の髄まで身に染みている筈だ。
 その風南がゆっくりと腰を屈めた。
 手を伸ばし、持っていた盆をナイトテーブルに置こうとして。
「んうっ……」
 姿勢を変えた拍子に、風南が切ない呻き声を漏らした。
 がくがくと膝が震えている。
「あん……く……」
「どうした?」
 含み笑いの問いかけに、風南は目の縁まで赤く染める。
「どうした?」
 問いかけに無言は許されない。
 風南はようようにしてその唇を開いた。
「は、張り型に、感じて……しまいました……」
「張り型? どこへ? 何で感じた?」
 判っていて問う。
 今、風南の直腸には、性奴専用の張り型が埋め込まれている。
 それを命令したのは、マサラだからだ。
 意地悪な質問に、風南は羞恥と怒りに唇を戦慄かせる。
「……私の……お尻に……入っている……張り型で、ござい、ます……。お尻が締まって……あ……」
 声が途切れる。
 何度言わせても恥ずかしがり顔を伏せるその姿が、どんなに男の欲情をそそるものか。
 毎朝の言葉責めも、最近のマサラの楽しみの一つだ。
「チ、チンポが……」
「ほお?」
「チンポが気持ち良いです……」
 わいせつな言葉に、風南の声音が小さく掠れる。
 自分で言ってよけいに意識してしまったのか、何度も息を止め、苦しそうに喘いでいた。
 今までそろそろと動いてたのは、それを締め付けないようにしていたせいだ。
 無駄な事を……。
 どんなにゆっくり動いたとしても、張り型は直腸の蠕動運動や締め付けを常時受けている。それは風南のペニスからの感触として脳に伝わるのだ。
 性奴特有の張り型は、性奴となった者に必ず施される道具の一つだ。
 額に埋め込まれた印の中にあるチップと連動し、張り型が受けた感触をそのままに性奴自身のペニスへと伝えるのだ。切り替えによってその強度も変えることができるその張り型を、この部屋に来る時は必ず挿入し、決して外れないようにベルトで固定するように言っている。
 動き方によって直腸やアナルが締まるとペニスが締め付けられる。快感を感じて身動げばまた締め付けて。
 先ほどのように体勢を変えれば、今度はベルトによって張り型が前立腺を抉るようにできていた。
 ひくひくと震える身体が、先より上気している。通常のメイド服より短く仕上げた裾辺りが染みを作り変色していた。
 ペニスは根元できつくベルトを締め付けられているが、淫液は流れ出てしまう。
 下着を許されない風南は、溢れた淫液でいつも服を汚している。明るい薄青の生地は濡れるとすぐに色を変えるのだ。
 その染みは、裾だけではない。
 ふくよかな胸を隠す辺りにも、両方に丸く染みができていた。
「早くしろ」
 再び止まってしまった風南を、鋭い声で促す。
 その声音にびくりと震え、怯えた瞳が泳ぐ。
 盆を置いた後、風南は服のポケットから漏斗のような形のガラスとそれに繋がるチューブを取り出した。二つあるそれには、それぞれにベルトのような物がついている。
 躊躇うように手が止まる。けれど、ため息を零して、そのベルトを首にかけた。
 次いで、手が襟ぐりにかかる。
 小さく息を吐いて、その後の躊躇いは一瞬だった。
 前あわせの左右の布地を止めているのは腰の帯のみ。
 広げれば簡単に緩み、胸元からふるんと豊かな乳房が零れ落ちた。
 乳房は染み一つ無く、張りのある膨らみは弛みなど無い。その白い山の頂上は大きめの乳輪がくっきりと赤く色づいていた。
 そこまでは、数多の女性が羨む物であったけれど。
 上向きの乳首は先に行くほど黒ずんでいて、大人の男の親指程も太く長かったのだ。
 その異様な形を、風南は人に晒すのを嫌がった。初めて見た時には、豊かな乳房以上に泣き叫んで嫌がった。
 そんな風南を背後から犯し、背を反らせるように抱きかかえて乳房をきつく揉みしだくと、堪らなく気持ち良い。
 きつく掴んだ指の間から乳首からグロテスクに飛び出し、指の股でさらにきつく挟むと、風南はあんあんと大きく鳴いて身悶えた。
 それがマサラのお気に入りの抱き方だ。
 その敏感な乳首に強ばった表情の風南が漏斗状の先を取り付けて、ベルトを背で締める。乳房に食い込む痛みに顔を顰めながら、伸びたチューブをガラスコップへと差し入れた。
 白い肌が艶やかに上気し、仄かな桃色に染まっている。
 透明なガラスの中にあるグロテスクな乳首。
 その先端からは布を濡らしていた原因である白い液体が滲み出ていた。
 ちらりと風南がマサラを窺う。
 それに頷いて返すと、風南がきゅっと唇の端を引き締めた。手が自らの乳房を覆う。指がパンパンに張った乳首に食い込んでいく。
 切なげな瞳が諦めを浮かべて伏せられる。
 だが、マサラは知っている。
 風南がこれからする行為に興奮していることを。
 たらりと滲み落ちる量が増えたのは、すでに快感を感じているせいだ。
「うっ、ふっぅっ」
 指が動く。
 乳房に食い込んだ指が、乳首に向かって絞り出すように踊る。
 堪えきれず零れる吐息に合わせて、白い液がビュッビュッと吹き出し、チューブの中を流れ落ちた。
 揉むたびに量が増えるそれは、滋養満点の乳だ。
 二ヶ月間自分で搾乳し続けているせいか、風南の手つきは慣れている。根元から絞り出すように乳首に向かって押さえれば、水鉄砲のように噴き出した。
「あっ、んあっ……はあ——っああっ」
 だんだんと表情がうつろに、開きっぱなしになった喉から甘い喘ぎが零れてくる。
 乳が噴き出すたびに、腰が揺らいでいた。服の裾を汚す染みが大きくなり、たらりと糸を引く。
 風南の乳房は、揉まれただけでも腰を振り始めるほどに感じるが、さらに乳を出すその刺激にも堪らなく感じるようにできていた。
 そういうふうに設計したのはマサラだ。
 マサラは風南の乳房を作るのに、人の遺伝子に、乳を良く出すという乳牛の遺伝子を混ぜた。なおかつ女性体型を維持する必要な女性ホルモンを生成する組織を乳房に埋め込み、妊娠していなくてもいつでも乳を生成するように、そして乳腺の中を乳が移動するだけで快感を感じるよう神経組織を含めて乳腺を加工した。
 常に乳を作成する乳房は、毎日出さないとすぐにかちかちになるまで張ってしまう。
 ただそれだけなら朝搾るだけで良いのだが、乳腺は身体に何らかの快感を感じるとさらに活動を活発化するのだ。
 最近の風南は、日に三度以上絞らなければならない程だった。
 何しろ風南は四六時中感じるようにされているのだから。
 必死に乳を搾り、快感に止まりそうになる手を動かしている風南の腰の動きが激しくなる。
 突き上げるような仕草は、射精の衝動を堪えているせいだろう。
 だが、マサラはその動きを全く無視し、乳房を揉む風南の痴態をほくそ笑みながら凝視していた。
 好みの女が淫らに乱れる姿を見るのは何よりも楽しい。
「あ、んあぁん……はあ……」
 コップが一杯になるとチューブはすぐさま次のコップに移された。
 乳の出はまだまだ衰えない。
「んっ……くっ」
 喘ぐ息が先より艶っぽさを増している。
 乳房からの快感はペニスから流れるほどの滴を生み出し、服の染みを大きくしていた。その染みが溢れるように裾から滴を垂らす。粘性のあるそれが、腰が揺れるたびに糸を引いて落ちていった。
「あ、……あぅっ——、ああん、ご、ご主、人様ぁ……あっん——」
 吐息が熱く、瞳がしっとりと濡れている。
 ずっと逸らされていた風南の瞳が、縋るようにマサラを見つめていた。
 欲しい——と目を見ているだけで判る。
 身体から噴き出すのは、乳だけではない。
 厭らしい匂いが風南の全身から噴き出している。男も女も性欲を高める香。動物にある異性を引き寄せるフェロモンを生成する器官を埋め込んでみたのだ。
 女性を引き寄せるフェロモンはペニスの淫液に混じって出る。そして、男性を引き寄せるフェロモンもまた別の場所に埋め込んでいた。
 その匂いが、マサラを刺激する。
 ぺろりと唇を舐める。
 いますぐにでも風南を押し倒し、自らの欲望を突きつけたい。
 だが——。
 まだ早い。