【水砂 虜囚】(6)

【水砂 虜囚】(6)

 この地では「色魔猫」は禁忌のモノだ。
 はるか昔、王都であったこの街をここまで衰退させる原因となった魔女の使い魔。もしその烙印を押された者が出れば、街をあげての処刑が行われるのが常だ。
「あぁぁぁぁっ!!」
 祭壇上に座らされたミズサは、頭から浴びせられた水に、激しい悲鳴を上げた。
 肌が焼かれたように痛い。のたうち回る身体に、二度目の水が浴びせられる。
「おお……」
「聖水をかけられただけなのに、あのように暴れて」
「全身が真っ赤にただれたように……あれはまさしく、色魔猫に間違いない」
 ミズサは何も知らされることなく、連れてこられて。
 何も聞かされることなく、祭壇上に上げられて。
 抗う間も無く、聖水と言われた水を浴びせられて。
「ひっ……な、あっ……、や、ゴホッ、ひっ」
 口の中に入った水が喉を焼く。
 水なのに急速に水分を奪ううえに、あまりの塩辛さに喉が痺れた。全身の擦り傷にも浸みて、傷口が真っ赤になって痛みを訴える。
「間違いないだろう、これは色魔猫だ。聖なる水で痛みを訴える。これこそが色魔猫の証よ」
 傍らの男が宣言した。
 途端に、激しいどよめきが湧き起こった。
 この建物は、祭壇を中心にして周りをぐるりと階段状の観客席が設置されていた。その席が全てむくつけき男達で埋めつくされている。その大半が、昨日あの路地裏でミズサを見かけた男達だとは、ミズサは知らない。
 傷だらけの身体にかけられた今までになく濃い塩水が与える痛みと乾きに暴れた。どんなに健康な肌を持っていても何らかの異常を与えそうな濃い塩水を聖水を何度も何度も振りかけられて、ミズサは幼子のように泣き喚いた。
 その姿には、リジンにいた頃の聡明で寡黙な水砂王子の面影も、ラカンで戦士としての訓練をこなして認められたミズサの面影もなかった。もとより、感情を制御すべき理性自体が潰えているのだ。
「やぁぁあ──ぁぁ」
 叫べば口内に入り、喉を焼く。目も開けていられない。ボロボロと涙を溢れさせても、なかなか痛みは消えなかった。
 ここから逃げ出したい、水が無いところに行きたい。
 それだけで暴れる身体は、けれどすぐに捕まえられた。
「それでは、本日ただいまより、この色魔猫の処刑を行う」
 冷たい物言いのそれが誰なのか、暴れるミズサの身体を掴んだのが誰なのか、判らない。
 ずりずりと引きずられて、首輪の鎖が土台へと短い距離で結わえられた。そうなるともう立てない。せいぜいが四つん這いにしかなれないミズサの傍らに跪いた男がいた。
「色魔猫の処刑ってのは、そう判定されたものが死ぬまで、何日も続けられるんだ。基本的に三日で一回。それを延々とな。たいてい、死ぬ前に狂うらしいが、お前は狂えねぇよなあ」
 指先が、ミズサの額をなぞった。
 そこにあるのは性奴の印で、その奥には性奴が狂わない効果もあるチップが埋められている。
 そのせいで、ミズサは狂えない。
 それを指摘するルクザンはたいそう楽しそうだ。
「ヒックぅ……こんな、聖水ぃ……じゃ、なぃ……」
 明らかに塩水で、しかも他にも何か入っていたはずだ。痛くて痺れて、傷が腫れ上がっている。泣きじゃくる水砂の瞳に僅かに戻った光を、ルクザンが覗き込んできた。
 痛みが薬の効果を凌駕したのだろうけれど。
 それはそれで楽しいことだ、とルクザンが嗤う。
「まっ、たまにはこういう茶番でもしねえとうっぷんがたまるからなあ。有名なんだせ、この街の闇の名物行事はよお。効くだろ、ここの塩湖名物の”聖”水は。なんせ、食べ物を保存するにはうってつけな水だからな。わざわざ浴びるヤツなんていねえけど、こういう時には重宝するって訳よ」
「ま、さか……」
 おどけたように、けれど、冷たく見下ろすルクザンの言葉に、ミズサは凍り付いたように動けなくなった。
 理性を失っても聡明さは失われていない。麻痺したような部分はあっても、それでも気付いてしまう今の状況に、全身が小刻みに震えた。
「リジンの純血の淫乱さは、性奴隷市場を持つこの街の連中はよっく知っている。いつもより参加者が多いからこの処刑も人手が足りねぇってことはないな。ああ、今日から媚薬は止めて置いてやる。まあ、一週間保てば薬が抜けるだろうけどよ、保つかなあ」
 言い捨てて立ちあがるルクザンに、引き留めようと手を伸ばしたけれど、鎖に遮られてがくっと地に伏した。
「それでは、これより一日目の処刑『精液責め』を始める」
 その耳に、入ってきたのは恐ろしい言葉で。
 その言葉に、歓喜の声を上げて男達が観客席から降りてきた。持っていた半券の確認が行われ、すぐに順番に男達が並ぶ。
「な、に……」
「ここで、『精液責め』の手順の説明を行う」
 ニヤニヤ笑いながら司会者然とした男が、ミズサのすぐ側で説明を始めた。観客の様子からすれば、すでに周知の事実の事なのだろうが、それはミズサに聞かせるためだけど行われているようだった。
「通常の猫はマタタビに酔いしれ、どんな凶暴な猫でも大人しくなる。同様に色魔猫にとってのマタタビ──否、マタタビなどという安いモノではない。天上の美酒とも言える最高級の酒とも言えるモノ、それが精液なのだ。よって、色魔猫の力を削ぐためにこの精液を与え、完全に酔わせて前後不覚にするために、内臓全てに行き渡るほどに精液を注ぐ。その後、今度は身体の外も精液に浸るように、精液の池を作り沈める。全身くまなく精液まみれになった状態で、一日の残りの時間はその池に漬けておく。これが『精液責め』だ。そうすれば、その後数日間は、魔力がつかえず、理性もなくし、ただの猫と同様になる」
 伝説の色魔猫も、そうやって力を削いだ。だが、注ぎ方が足りなかったせいかその後の処刑までに魔力を回復して逃げ出してしまったのだ。一般に伝わる伝説では聖水となっているが、ここの男達はそれは精液なのだと下卑た笑いと共に伝えた。
「今から24時間、ひたすらこの猫には快楽と共に精液を注ぐ。色魔猫にとっては処刑というより褒美に近いだろうが……、二日目、三日目のために力は削いで置かなくてはならぬからな。たっぷりと注がなければならぬ」
 言葉が終わらぬうちに一番の男が、ミズサの背後に迫ってきていた。
 二番の男が、ミズサの顔の前に腰を突き出してきていた。
 どちらも猛り切ったペニスを露わにしてだ。
 いくら媚薬に冒されていても、周りの激しい熱気とは反対に、ミズサの身体は真っ青になっていた。
 欲しいとここの奥底で疼く欲望を凌駕する恐怖に、襲われていた。
「いやだ……」
 男達が、ただ精液を注ぐだけでないことは明白だった。
「精液は、色魔猫のものも有効だ」
 司会者の男の手が、戒められていたペニスの枷を断ち切った。
 ここに来るまで一ヶ月弱、決して外されたことのなかったペニスに一気に血流が入り込んだ。
「ひっ」
 それだけで、激しい射精衝動に煽られて。
「い、イクっ……うっっ────ああぁぁぁっ」
 ずっと欲しかった射精の快感にのたうち、自らの精液で身体を汚した途端。
「あっ、ぎぃぃぃぃ!!!」
 処女の締め付けを取り戻していたアナルを、並以上の猛々しい熱杭が貫いた。
「うわっ、すっげえきついっ。淫乱強欲な色魔猫のくせに、処女みてえにきっついとは思わなかったぜ」
 ゲラゲラと笑う男達の言葉など耳に入らぬように、ひくひくと痛みに震える身体がそこにあった。
 痛みは久しぶりだ。慣れた身体は快楽を捕らえるのが巧く、痛みより強い快感へと変化した。けれど、痛くない訳ではないのだ。
 まして、敏感なアナルの壁を押し広げたその一撃は、あまりにもきつい。
 ヒイヒイと震える全身に、冷たい汗が流れる。流れ出した精液と入り混じり、肌を汚していった。
 旅の間、薬の挿入以外での挿入がなかったアナルは、性奴隷としての陵辱の日々を忘れたかのように慎ましやかなモノに戻っていた。
 だから、ルクザンはミズサを犯さなかったのだ。玩具すら与えずに、アナルを回復させて。
「い、ああぁっ、待──っ、動くぅぅっ!」
 裂けはしなかったけれど、引き延ばされた激しい痛みに悶えるミズサの頬に、透明な滴が何滴も流れ落ちた。それが、辺りに飛び散るのは、遠慮呵責無い突き上げのせいだ。
 痛くて、辛くて、きつくて。
「すっげえ、中がうねって、引きずり込まれそうだ。こっちが喰われてるみたいだぜ、まさしく色魔猫」
 苦痛に血の気を失った身体を、嗤いながら男達が嬲る。
「あっ、あっ! がぁっ!!」
 自分の快感だけを追うその動きでも、稀に敏感な快楽の泉を抉られた。
 その途端に、新たな精液を噴き出す。
「すっげえ、裂けてんのに達きまくり?」
「色魔猫ってのは、そういうもんよ。とにかく男のチンポに突っ込まれてればそれで良いのさ。犯されて、その精を喰らって生気を溜める。だからいくらでも男とまぐわう。しかも、男は男で最高級品の締め付けに最上級の快感ばかりを味わい続けさせられて、一人で相手にしていたら昔の王のように虜になって、魔女に支配されちまうって訳だ。まあ、過ぎればどんな妙薬も毒になるってことで、こいつにもたっぷりと注いでやろうぜ」
「そうそ、だから、一回ずつ交替だからな、……って、おい、てめぇ、言ってる先から二度目に突入すんじゃねぇっ!!」
「ぎゃっ!」
「ひああぁ──んっ」
 無理に引きずり出されるペニスの感触に、ミズサの甘い嬌声が上がった。その拍子に抉られた刺激に、ボタボタと精液を振り零している。その傍らで、次の男に引き剥がされて隆々と勃起した股間を晒して転がる男を越えて、その男がミズサの後ろに近寄った。
「すっげぇ、エロっ」
 赤く肉色に腫れたアナルがぽっこりと土手のように膨らんで、誘うように収縮していた。
「へへっ」
 欲情して血色走った眼を見開き、凝視しながら自らのペニスをごしごしと擦り上げる──否、たった一回擦ってだけで臨戦態勢になったほどに、その目からの刺激を堪えがたいもので。
 ずるりと涎をすすり、乾いた唇を舌なめずりして、痙攣してゆらゆらと揺れる尻に近づいて。
 狙い違わず届いた穴に、勢いよく腰を突き出す。
「あ、あぁぁぁぁ──っ」
 一回目と違い、最初から甘い喘ぎ声にしか聞こえないそれに、二人目の男は耳から犯された。先に目から味わった淫猥な身体は、想像に違わず、極上の締め付けと肉の柔らかさと、そして、搾り取るような動きを持っていて、ペニスの感触から一気に脳まで淫らに犯される。
「すっげえ……これが……これが……」
 譫言のように呟く男の目から、さっきまであった正気が一気に消え失せて、今や欲情ばかりがその瞳の奥で燃えたぎっていた。
「これが、最高級品の性奴隷……神の稚児の血筋……」
 うっとりと宣う欲情まみれのその言葉は、周りで待つ面々からもはっきりと聞こえた。
 とたんに、周りの男達は思い出した。
 リジンの純血の伝説を。
 リジンの純血の言い伝えは、実はリジン以外ではさまざまな話が付随していた。その中でも、性奴隷市場に携わる者達の間で伝えられたのが「神の稚児」説だった。
 リジンの神の子とは、昔この世界を支配していた神とも呼ばれる支配者に、神の業でもって身体を変えられた稚児の末裔だというものだ。
 支配者を悦ばせるためだけに、美しい姿形に色合い、そして甘い嬌声に、敏感で濡れやすい身体を持つモノ──支配者の性の玩具。
 男も女もそのために造り替えられた身体を持つ稚児として奉仕する定めの者達で、その改造された身体は子々孫々に至るまで受け継がれる性質を持っており、だからこそ純血を保つよう支配者から厳命されていた。それ故にリジンは純血を尊び、そして、最高級品の性奴隷になるだけの素晴らしい身体を持っているのだ。
 それ故に、稚児説を知っていて、その身体を味わったことのある者達は、何よりもそれが正しかったのだと口々に自慢げに語った。それわどまでに素晴らしい身体だと言いふらした。
 だから、聞いた者達に信じられていた。
 正当なる伝説からは消え失せたその付随する話は、正当な後継者達は知らない。ラカンでも知っているものは少ないだろう。他国でもそうそういない。だが、ここの人々は知っていた。
 この街は大半が塩の生産に従事する荒くれ達と彼らを相手にして商売をしている者達が住まう街だ。
 治安がひどく悪いため女子供を含む一般人達は、1kmほど離れた別の街に住んでおり、男達だけが出稼ぎに来ていた。
 そういう街だから、荒くれ達を相手にするために娼館や売春宿があちこちにあり、その宿に卸すための性奴隷市が開催されるところでもあった。
 そして、そんな荒くれ達が酒の話題にするのは、たいてい娼婦や男娼達の具合の良さだ。店の誰が良いという話はすぐに伝わり、最高級品だと聞けば誰も彼もが一度は試したいと少ない給金を呪い、その憂さを酒とケンカと娼館で晴らすような男達ばかりが揃った街だった。故にこの街の者達はその伝説を知っていた。
 その伝説の身体が、今ここにあった。
 ごく。
 ごくり、
 と、息を飲む音が幾つも響く。
 一瞬、シンっと静まりかえったその直後。
「は、早くっ、早くしろっ」
「とっとと出しやがれっ」
「く、口だ、俺は……っ、先に、いや、手でもっ」
「順番、くそっ、早くしろぉぉっ!」
 男達の怒号が一気に膨れあがった。

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