【水砂 虜囚】(5)

【水砂 虜囚】(5)

 塩の大地にいる間、ペニスを強請るミズサにルクザンが与えたのは鞭だった。
 薬を与えられ続けられたミズサは完全に中毒症状を起こしていた。特に媚薬は、薬が切れたら切れたでいくら絶頂を迎えても満足できなくなるという症状を起こし、媚薬を飲んでいた時以上に理性を飛ばしてペニスを欲しがらせる。飲んでも欲しがる、飲まなくてもより欲しがる。違いは、飲んでいるときは飢えてはいるけれど与えられれば悦びがある。飲んでいないときは、飢えて飢えて、たとえペニスを喰らっても飢えが治まらない。そこにあるのは焦燥感と悲壮感で、欲情に身を焦がしながら楽しみなど一欠片もないのだ。そんな、まさに淫売をつくるためだけの薬に、ミズサはもう完全に冒されていた。
 時折、ルクザンはわざと飲ませない。半日飲ませないと、一回に上下で二錠という通常の倍も与えられていたミズサはすぐに薬が切れる。
 そうなると、馬上にいても背後のルクザンに襲いかからんばかりに暴れて欲しがるのだ。そんなミズサにルクザンは容赦なく鞭を打った。ミズサの上体を馬の首に押しつけ、すでにボロ屑になった袋をめくり上げ、その素肌を短い乗馬鞭で何度も打つのだ。
 それは軽々と皮膚を裂き、血を滲ませるほどに強いもので、何度も叩かれればさすがにミズサも理性を取り戻す。
 けれど、落ち着いたらまたペニスを見せつけて、馬上では尻の狭間を先端でぬるぬると擦りつけて煽る。
 それだけで欲情してしまうミズサに、また鞭を与えて。
 さんざん鞭を与えてから、ようやく薬を与えられ、今度は薬のせいで欲情して、同じ事を繰り返した。
 この五日間はそればかりで、剥き出しの皮膚はどこもかしこも赤い線条痕があって、いつまでも痛む。まして、ここは塩の大地で、空気ですら塩分を含んでいた。過敏になった肌に浸みるそれは、傷跡に激しい痛みを与えてくる。
 蟻に噛まれた痕も、ルクザンが悪戯に岩塩で擦りまくるせいで、いつまでも治らない。乳首は念入りに擦られるせいで、真っ赤を通り越して無様に腫れ上がっていた。
「ひっ……許して……っ、あひっ」
 昼間に野営を取る時は、弱々しく縋るミズサを裸に剥いて塩の大地に乱暴に転がした。その身を塩でまぶしてから、立てた杭に鎖を繋ぎ、たっぷり日光浴をさせてから日陰に連れ込むのだ。
 今や白かったミズサの肌は強い日差しにやけどをしたように赤く焼けて、それに何筋も鞭の痕が走り、蟻の噛み痕がまだらに膨れあがり、怪しい病気にかかったような状態になっている。
 何故かルクザンはミズサに傷をつけてはそれに塩を擦り込んだ。ある意味徹底的にだ。そのせいで、傷はいっこうに治らない。
 痛みは、それでなくても眠れなくなっているミズサを苦しめた。薬の副作用で熟睡できないのに、うつらうつらすることもできない。
 日が経つにつれ、睡眠不足に朦朧とし、そのせいでよけに理性を手放しやすくなって。まるで嬲られるためだけに動く人形のように、ミズサは動く。
 そして、五日目。
「抜けたぞ、あれが目的地の街だ」
 睡眠不足と疲労と色欲に冒されたミズサの朦朧と表情が抜け落ちた目が、それでも促されるままに指された街を見やる。
「あれが、彼の昔、色魔猫に支配された王都のなれの果てだ」
 どこかで聞いた話だった。
 前にも、ルクザンはそれを口にした。
 すでに、聡明さなど欠けらも無いミズサの頭では、何故、彼がそれを言うのか判らない。ただ、燻る熱と全身を走る痛みに、ぼんやりと示される方向をみるだけだ。
「あの街で、お前を生き地獄に落としてやるよ」
 嗤いながら言い捨てたルクザンのその言葉も、どこか遠くに流れた意味のないものでしかなかった。


 連れて行かれた店は、裏通りの一番奥にあった。
 見るからに胡散臭げなそれは、ミズサの視界に入っていたけれど、反応は無い。
 そんなミズサが声を上げたのは、水風呂に頭から放り込まれた時だった。
「がっ、ひっ……くっ」
 水を飲んで、けれど、それが真水だと気が付いて、意識する間も無く飲み込んでいた。
 ずっと喉が渇いていた。
 塩の大地では最低限の水しか与えられず、肌に塩をなすられるせいで皮膚は水分を失い、シワだらけになっていた。
 そんな肌に触れた真水に、身体が歓喜する。傷には浸みたけれど、塩で嬲られた時に比べれば段違いにマシだ。
「はっ、ザーメンカスまみれの水でも飲むか、さすが淫売」
 けれど、頭上からした酷薄な言葉に、ぎくりと身体が強張る。
 見上げたそこにいたルクザンがひどく大きく見えた。
「まずは汚れを落とせ、髪も洗え」
 命令のままに、石けんが投げつけられる。触れた皮膚が痛んだけれど、ルクザンに逆らう恐怖は身に染みこんでいた。
 それに、汚れが剥がれ落ちるのが気持ち良い。
 ふうっと零れる吐息に熱が籠もったけれど、欲情するより前に冷たい水が熱を冷ました。
 今まで、特に後半虚ろに過ごしていた。
 自分がどんなに淫らで浅ましい態度をとり続けているか判っていたけれど、理性は心の奥底に沈み込んで、感情の赴くままでしか動けなかったのだ。
 それが、冷たい水で、少しだけ元に戻ったようだった。
 もっとも、薬の効果が消えたわけではなかった。とろんとした瞳と気怠い身体は、眠り香のせい。立ちっぱなしのペニスも、尻の奥が疼いて剛直を欲しがっているのも、媚薬のせい。
 目の前の高さのルクザンの衣服の下のペニスが欲しい、という欲求はどうにも消えない。
 それでも、今は。
 なけなしの理性を総動員して、身体を洗う。
 もう何日洗っていなかったのか判らない。着たきり雀の、服とも言えぬ袋に身を包まれ、汚れと塩とを身に纏い過ごしてきたのが、解放されて、嬉しさのあまり涙が溢れた。
 人として、最低限の扱いを与えられるのが、こんなにも嬉しい。
 せっかく与えられた機会を逃すまいと、動きの悪い手で髪を洗い、身体を洗った。石けんが身体に浸みたけれど、塩の痛みに比べればマシだった。


 到着した次の日、ミズサは久しぶりといもいうべき十分な睡眠が取れていた。
 もっとも、薬で強制的に眠らされたそれは、寝起きは最悪だ。一刻近く吐き気を催して、起き上がることができなかったミズサが寝具から降りた時には、もう太陽は空高く昇っていた。
 それでも、昼を過ぎれば吐き気も収まり、一晩とは言え休んだ脳は昨日よりはきはっきりしている。そのおかげで、広い街ではあるけれど、どこか荒んでいるのは、荒くれた男達が多いからだと言うことを推測できるだけになった。
 久しぶりにその滑らかな肌を晒したミズサではあったけれど、その肌は傷だらけだった。もつれた髪は、滑らかに輝いていたけれど、前よりさらに細くなった身体は、歩くのもままならないほどに筋肉が萎えている。
 その身体に腰布だけを巻かれ、首輪に繋がれた引き紐で引っ張られながらミズサは路地裏を歩かされた。相変わらず手首と首輪を繋ぐ鎖は外れていないから、身体を隠すこともできない。
 ふらふらと歩く足は頼りない。
 体力も落ちているのだろう、僅かに歩いただけで、息が切れた。
 はあはあと喘ぎ俯いて歩くミズサを、そこにいた男達が物珍しく視線を寄越す。
 そこは、酒と汚物の臭いが混じったような饐えた臭いがするところのそこかしこで男達がたむろしているところがあって、その中を通らされる。
 男達が纏う薄汚れた衣服はすり切れて、袖から覗く腕も指も太く逞しい。力仕事を生業にしている男達の下卑た視線は、蔓にミズサの身体に絡み、突き刺すように嬲る。
 視線に嬲られていると知ってしまうと、それだけでざわざわともどかしい刺激を感じてしまう。
 もとより、媚薬に犯され尽くした身体だ。
 圧力もないそれに嬲られて、熾火のように燻る熱が発火し始めた。小さな火種は、瞬く間に燃え広がり、全身へと広がる。意識を逸らそうとしても、肌に触手のように絡む視線から意識が外せない。
「ボタボタと零してるぜ」
 ルクザンが振り返り、ニヤリと口角を上げた。
 指摘されるまでもなく、内股を伝う二筋の粘液の痕は、その刺激でさらにミズサを煽る代物だ。
 前と後と、たらたらと流れ落ち、路地裏の乾いた砂の地面にミズサが歩いた痕を残す。イヤらしい痕跡に、そこにいる男達が小さな腰布すら見とおさんとばかりに凝視していた。
 その視線に、ますます身体が熱くなり、ざわめく疼きが治まらない。
 犯して、挿れて。
 男達の服の下に隠れているペニスを想像して、涎が溢れる。
 ほんの少しの理性の回復などあっという間に元の木阿弥になって、激しい飢餓感ばかりに襲われた。
「昼間は暑いからな、作業は夕方から始まる。その間、あいつらは暇なんだよ。だから、今のうちにしっかりとお披露目しとかねえとな」
「くっ……」
 引き綱を引っ張られ、勢い、もつれる足を踏み出した。
 靴すら履かされていない素足に小石が食い込んで痛みをもたらすけれど、ルクザンの速度は変わらない。
 引きずられるように歩き続けていくうちに、疲労と貧血が重なって、視界が狭くなる。薄闇の中、急速に視界が狭くなり、身体から全ての力が抜けていく。
「はっ、限界か」
 崩れた身体に回った太い腕が小刻みに揺れていた。腕に抱え上げられても、起き上がる気力も無いままに、嘲笑う男の声を聞く。
「お披露目したからな、明日からはたっぷりと犯してもらえるぜ」
 地獄に突き落としてやる。
 そう宣う男の声が脳には届いていたけれど、もうミズサの脳は、それを正しく理解することはできていなくて。
「ほし……い……。おか、して……」
 譫言のように呟く小さな声を掻き消すようにルクザンが叫ぶ。
「明日、朝からこの色魔猫の処刑を行う。暇なヤツは処刑場に集まれっ」
 ざわりとざわめく男達の目の色が変わる。
 空気が一気に赤い闇を孕んだようにうごめき、悪意の塊のようなざわめきが広がった。
 けれど、耳元でのルクザンの大声にも、男達のざわめきにも、もうミズサは何一つ反応せずに、ただ誰の耳にも届かない言葉をブツブツと呟き続けていた。

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