【託された想い】1

【託された想い】1

託された想い

ファンタジー 甘め (一区切りはつけていますが、続く、と思います)
竜から進化した竜人族と、耳の長い獣から進化した耳長族のお話。
卵生と胎生の交わり、托卵、強制性交

試用版ePUBデータ / 試用版Kindleデータ  
(電子書籍用データは試用版です。他人の目に触れないことを条件にダウンロードしてご利用ください) 
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 二つの大陸が流れの強い海峡を挟んで存在していた。
 最短距離の部分では天気の良い日に互いが視認できるほどの距離ではあったけれど、荒れた海域を渡るのが難しく、通常はごく僅かな交流しか行われていない。
 しかも、大陸間を渡ることができる船は全て北の竜人族の持ち物で、当然ながらわずかな貿易も全て彼らが取り仕切っていた。
 もっとも南に住まう獣人の耳長族は、大陸間を渡る大型船など製造できなかったし、それを操る航海術も持っていない。それだけの技術力の差が歴然と二種族の間にはあって、力関係にしても、その文字通りの意味も合わせて竜人族のほうに分があった。
 その二種族がこの世界の大半を占めているのは間違いない。
 耳長族というのは、その名の通り頭の両脇に毛を持った長い耳を持ち、器用な手とすらりとした俊敏な足を持つことを特徴とする温厚な農耕民族だ。
 一つの国にまとまってはいるが、住まう場所によって多数の部族が点在している。
 もっとも、今は混血が進んでいるためか、どの部族に行ってもさまざまな色合いに出会うことができる。特に多いのが、茶色の髪に焦げ茶の瞳を持つ普通種と呼ばれる者たちだが、黒色種、灰白種や、それらが混在する種など、親子、兄弟でもさまざまな色の子がいるのが常だ。髪も直毛だけでなく巻き毛などいろいろだ。
 中には、貴種と呼ばれる王族特有の真っ白な髪に深紅の瞳という色を持つ者もいるけれど、どちらかというと明るい色を持つ者のほうが少なかった。
 そんな中で、南の大陸にある唯一の北との玄関口である港町で育ったアイルの毛色は目立つものだった。
 彼の色は珍しく、薄桃色という明るい色でまとまっていたのだ。
 近親者に同色のものはいなかった。同時期に生まれた兄弟姉妹とて、色が違う。
 明るい薄桃色の肩まで届く髪とそれより少し濃い、それでも薄桃色でしかない瞳。
 それでなくても人目を惹く色を持つ彼の耳はすらりと長く、形が良い。明るい色のせいか陽光にも映えて、成人したばかりの瑞々しい肌は、日々の肉体労働にも負けずに煌めいて見える。
 平均身長が170cmくらいの耳長族において、アイルの身長は160cmしかない。だが、アイルはいつも前向きで明るく、仕事熱心さが判る十二分に備えた筋肉も相まって、いつもはつらつとした躍動感を見る者に与える人気者でもあった。
 そんなアイルだから。
 だから、あの日彼の目に留まってしまったのかもしれないのだろう。
 北の船団を率いた竜人族の第二王子である紫紺(しこん)が、ふらりと港に降りたその時に。


 その日到着した三隻の大型船は、一年に一度訪れる北の王国直轄の貿易船だった。
 それらの船は、100年程前に国家間で交わされた契約の品を、積んで北へ帰るためのものだ。
 荒れ狂う海峡を渡るために、荷物の量よりも大きな船で渡ってくるそれは、南では決して見られない威風堂々としたものだ。
 そんな船で働くのは、耳長族より一回り以上筋骨逞しい竜人族ばかりだが、彼らは港に着いていても滅多に船外には出てこない。
 竜人族と耳長族の外観上の造作の違いは、耳と尾と瞳と毛にあった。
 竜人族の頭頂部を覆う髪は直毛ばかりで、耳は丸くたいてい髪に隠れている。髪の色も黒っぽい色が多く、瞳だけは明るい色もあるが、その瞳孔に縦に細長かった。
 人によっては腕の先まで鱗に覆われていたり、長く逞しいしっぽに棘のような鱗を持つ物がいる。色は耳長族ほど多様ではないが、その分その鱗にさまざまな種類があると言われていた。
 だが、港で働く耳長族の者でも彼らの姿は滅多に目にすることができなかった。
 竜人族は出ていても船上までで、たいてい船内で待機し続けるのが常だったのだ。
 そんな彼が待つ積み荷は、夜間のうちに耳長族の労働者の手によって船内に積み込まれる。そんな時すら、出てくるのは監視役の一人か二人。全て耳長族の作業とされているのだ。
 その積み荷が何であるのか、なぜ竜人族が何もしないのか、その辺りのことは100年前に決められたというだけで、耳長族も知るものは少ない。実際、今港で働いている責任者ですらよく知らず、前任者が残した手順書通りにすることが厳命されていた。
 それもこれも耳長族の寿命は実のところ四十年ほどのせいもあった。そうなると100年前となると数世代ほど前になる。つまりは耳長族にとって契約の時ははるか過去の話で、その詳細を知るものは長命種である王家であってもごく限られた者達だけが現状だった。
 その積み荷は、当日の昼から夕方にかけてたくさんの荷馬車で運ばれてくる。
 どこで箱詰めされているのかも不明なそれは、長さが二m弱、幅と高さが五十cmくらいの長方形の木箱だった。それらは一度倉庫に降ろされて、そこからの運搬に耳長族の労働者達が関わる。夜間のうちに揃えられた彼らによって一気に船へと運ばれるのだ。
 もっとも技術力のある竜人族の船には、ベルトコンベアと呼ばれるものが付いていて、それに乗せてしまえば、後はレバーを二人がかりで手動で回転させれば、船内へと木箱が運ばれていくので、きつく狭いはしご段を昇る必要が無いだけ楽だった。
 労働者が行うのは、ベルトの上まで木箱を運ぶこと、レバーを回転させること、そして船内の倉庫に大切に降ろして並べることだけだ。
 大切に取り扱い、落としたりぶつけたりしないことだけはきつく言い含められているので、どちらかといえば精神的に辛いというのが皆の言い分だ。
 何しろ耳長族達は誰もその中身が何かは判らない。
 判らないからこそ、どう大事に扱えば良いものか判らないから、とにかく注意するしかないというのが実情だったのだ。
 噂では、南の大陸のさらに南部で採取される貴重な胡椒や珈琲豆なのだとか。
 珍しい動物の死骸だとか、薬だとか。
 唸り声のようなものを聞いた者がいて、生きている動物が閉じ込められているという噂も一時期立ったけれど、たいへんどう猛な動物も運んでいると言われて、よけいに気をつけるようになっただけだった。
 いずれも竜人族の嗜好に合う貴重品で、それらを北に売ることで南の王国に貴重な財を得ることができるのは間違いなかった。
 だから、痛めないように、迅速な作業が求められており、もともと勤勉でまじめな耳長族はいつもその荷物を丁寧に扱っていた。
 その中で薄桃色のアイルも元気に働いていた。
 夜更けに始まった作業も、日が変わる頃には終わりを迎え、終わった者からてんでに港を離れていく。
 アイルも最後の荷である木箱を仲間とともにベルトに乗せたところで、ほおっと息を吐いて肩の力を抜いた。
 夜半過ぎともナルト冷気漂う空気の中で、たらりと流れた額の汗を右腕で拭う。
 撥水性のある腕の外側の短毛が水滴を作って、すぐ乾いた地面へと落とした。
 この港町で育ったアイルは十二人兄弟の次男で、前年に成人を迎えたばかりだ。
 雌雄同体である耳長族は夫婦どちらも妊娠が可能な上に、多産系で一回に複数子が産まれる。受胎できる発情期は限られているけれど、そのせいか受胎率が高い。故に性交渉自体は少なくても、十人近い兄弟がいる家がほとんどだっだ。
 時には兄弟でも産み親違いの同い年の子達がいるのも普通で、子達は成人前から家族の手伝いで農作業を行い、農閑期となると外に働きに出て食い扶持を稼ぐ。その中で成人した兄弟から何人かは外に出稼ぎに出て行くのが普通だった。
 そのくらい一生懸命働かないと、余裕のある生活はできないのだ。
 アイルもご多分に漏れず、成人した時からこの港町に出稼ぎに来ていて、この運搬作業には今回始めて参加していた。
 他より高い賃金が得られるとはいえ、王家の紋章が入った木箱は、もうその印だけで畏敬の念を沸き起こさせ、常に無く緊張を強いられた。
 まして、アイルは初めての参加で、粗相をしたら数ヶ月分の給金が無くなるほどの罰金が科せられるかもという話を聞いてしまってからずっと、緊張しっぱなしだった。
「ああ、終わったぁ……」
 解散のかけ声とともに、よろよろと波止場から出て行こうとして。
 他の者達以上に味わった疲労感に、膝がガクガクと震えているのに気が付いた。
 手も震えていて、もう歩くのも億劫になっていて、アイルは堪らず荷物を積み込んだばかりの船が繋がれている係船柱に腰を下ろしてしまった。
 それでなくても最後のだったアイル以外の労働者は、もうてんでに去っていて、辺りはひどく静かだ。もともと深夜帯の時間なのもあるけれど、認められた作業員以外は立ち入り禁止になっているせいもあった。
 だから、アイル達も終わったらさっさと去るようにと言われていたのだけど。
 ほんの少しだけでも、と、降ろした腰はなかなか上げることができない。
 ふと見渡せば、未だ残る灯火に、船や荷物の影がやけに濃く目立っていた。
 何より、普段目にすることの無い巨大な船は、すぐ近くにいるアイルにまるでのしかかってくるような圧迫感があって、奇妙な恐怖心が湧き起こる。
 その圧迫と静けさに思わずぶるっと身を震わせ、それに追い立てられるように、アイルは息を吐くと立ち上がった。
 今日の収入で、兄弟達に最近流行のお菓子を少しは買ってあげられるかも。
 そんなことを考えながら、静かな波止場を足早に立ち去ろうとしたけれど。
「待て」
 いきなり背後から呼びかけられ、びくりと文字通り跳ね上がる。
 強い人の気配に跳ね上がつた身体が生存本能で反転し、その影が視界に入った。
「あ……」
 灯火によって逆光にはなっていたけれど、その背の高さといい、丸い頭上に見当たらない耳といい。何よりも、その腰の背後あたりから覗く伸びたその尾が、竜人族としての彼の正体を如実に現していた。
「あ、も、申しわけございませんっ。すぐに出て行きますっ」
 大陸を渡ってくる竜人族は、皆、王家の賓客だ。
 出会うことがあれば最敬礼で対応するように、幼い頃から懇々と大人達に言い聞かされて育ってきているせいで、冷や汗とともに跪くほどに深く頭を垂れた。
「顔を見せろ」
 けれど、アイルの詫びの言葉など耳に入っていないがごとく、竜人族の彼はツカツカと歩み寄り、アイルの顎を痛いほどに掴んで持ち上げた。
「ひぃっ」
 もともと竜人族はみな2m近い。それは彼も例外ではなく、間近で観察するがごとく持ち上げられ、堪らずつま先立ちになってしまう。不安定な身体はまるで首つり寸前のように揺らぎ、息苦しさが生理的な涙を浮かばせた。
 しかも、背後の灯火の影響もあってか、彼がどんな顔をしているのかよく判らない。ただ、やたらに煌めく髪を持っているのは確かで、そればかりが意識を支配する。
「ふむ、この毛色は珍しい。貴種とはまた違うようだな、このような毛色は始めて見た」
 その言葉に、自分の珍しい色合いに見入っているのだと気がついた。
「おまえ、この色は家族全てか?」
 かろうじて認識できた問いに、ふるふると小さく首を横に振る。
 もっとも顎を捕まえられているせいでほとんど動かなかったけれど、感じた振動で気がついたのだろう。
「おまえだけか?」
 確認のようにかけられた再度の問いとともに不意に身体が離されて、踏みとどまることもできずにがくりと地面に崩れ落ちる。なんとか手で支えて座り込み、げほげほと数回咳をして、呼吸を整えようとしていたのだけど。
「おまえだけがその色か?」
 目の前のある革靴を履いた足が、答えぬアイルに業を煮やしたかのごとく、アイルの肩を押し倒した。
「ひ、あっ」
 もともと竜人族の力は耳長族よりたいそう強く、乱暴にされては逆らいようもない。石ころや腐った木片が転がる地面に背から転がったところに、そのまま足がぐっと載せられる。
 その容赦ない力に声なき悲鳴が、静かな波止場に暗く響くけれど、それは誰の耳にも入らなかった。
「答えよ」
 痛みに呻いて答えられぬ間に、肩の重みが強くなる。
 沈黙が続くほどに、踏みつける力が強くなると気がついて。
「ぼ、ぼくだけっ。他のみんなはもっと色が濃くてっ、ぼ、ぼくのは、先祖返りかも、って言われて……っ、うっくっ……」
 父は普通種の茶だし、母は黒色種だった。もっとも母の両親は白灰種と黒色種だから、その白灰種が微妙に出たのか、それともはるか昔に耳長族が一つの種類しかいなかった頃の色に近いから、ごく稀に見られる先祖返りなのだろうと言われた頃はあるけれど、それが本当かどうかは判らないと、なんとか言葉を紡ぐ。
 白に近くても薄桃色のその色は王家が持つ貴種である白色ではないし、貴種の色は混じり合うことがないから、外孫に出てくることはない色だ。
 同じ時に産まれた兄弟たちも、他の兄弟も、もっと濃い茶だったり、まだらだったり。少なくとも、アイルと同じく薄桃色は、この近辺では誰もいないけれど、大陸全てではまったくいない訳では無いと言うことを伝えた。
 それらの答えに、ようやく竜人族の足が肩から離れ、和らいだ痛みにはあっと息を吐く。
 それでも未だに肩はじんじんとした痛みが残っているし、異物があった背中もヒリヒリとする。
 痛みを庇いながらもなんとか身体を起こして、アイルは地面に手を突いた。
 けれど、そのまま立とうとしても、なぜか足に力が入らない。四つん這いの体勢から起こせないほどに、慣れぬ身体が怯えてしまっているのだ。
 そんなアイルの肩で一つに括っていた薄桃色の髪が、長い耳とともに掴まれ、引っ張り上げられる。
「あ、やっ、離せっ、やぁっ」
 もう相手に対する礼儀など、消えていた。あるのは激しい恐怖ばかりだ。
 鷲掴みにされた痛みと乱暴に引きずり起こされる恐怖に、頬を滂沱のごとく涙が溢れた。
 いったい何が起こっているのか、何でこんな目に遭うのか。
 判らぬ事に混乱が湧き起こり、とにかく逃れたいと髪を掴む手に縋り付くけれど、竜人族の力には勝てるはずも無く、ただ必死に力の入らぬ指でその手をひっかく。
「色も音も気に入ったぞ」
 だから、何を言われているか、理解できなかった。もとより理解できるほどの情報を持ってもいなかったのだけど。
「おまえにしよう」
 髪を掴まれたまま、引きずられる。
 かろうじて立ち上がり、引っ張られるままにはしご段を歩かされて。
 ブチブチと切れた髪の毛が顔にかかる。
 涙に濡れた瞳が、育った街並みをどこか遠く見せ、奇妙な悪い予感に捕らわれる。
「い、いやっ……何で……ぇ」
 どうして引きずられているのか。どうして、船に運ばれているのか。
 船倉以外立ち入ることを許されなかった船の甲板の広さを見て取って、たまらない不安と恐怖に苛まれた。
 どうして。
 浮かぶ埒のあかない疑問は、言葉にすらできなくて。
 狭いはしご段で時折海上に墜ちそうになるアイルに、竜人は面倒くさそうに吐息を吐くと、ひょいっと横抱えして身軽に甲板に飛び降りていった。


 耳長族を抱えた彼の帰還に、家来も船員も驚愕のままに呼びかけてくる。
「お、王子?」
 そんな彼らを身振りで下がらせて、王子でありこの船団の最高責任者でもある紫紺は、まっすぐに自分に与えられた船室へと移動した。
 誰も紫紺の行動を制することはできない、というより制しようとは思わない。
 竜人族は己よりより強い者、優れた者を敬う。
 より上だと認めた者には頭を垂れて、その命令に従うことを厭わない。故に、竜人族は実力主義だ。力や才がなければすぐにその地位は追われ、下だった者に傅くことになる。
 そんな竜人族の中でも王族は別格だった。
 一般の民では超えられない別格の強さを持つ一族が王族で、王はその王族の中でももっとも優れた者が選ばれるのだ。だからこそ、彼らは王を唯一無比の存在としてあがめ、付き従う。
 王族でも、他の貴族や一般の民の間でも継ぐ者を決めるときでも彼らの考え方は簡単だ。
 より強い者へ。
 より優れた者へ。
 故に竜人族は恋愛というものに対する意識は少なく、婚姻とは強い子を成す相手は得ることが最優先された。
 竜人族も耳長族と同様に雌雄同体で、夫婦どちらも子を成すことができるのは同じだ。だが多産系の耳長族と違い、竜人族は一度に一人しか生まれず、子は生涯で多くて二人か三人。何より、一度の性交で子を成す確率はかなり低いのが特徴だった。故に彼らに発情期という決まった期間はなく、何度も繰り返して性交してはじめて子を得ることができるのが常で、そのせいか本能的にも彼らの性欲はたいそう強かった。
 そして何よりも違うのが、耳長族は胎生で、竜人族は卵生だということだ。
 竜人族の子は受精後二ヶ月ほどで卵を産み、一年の抱卵期間を経て幼体が生まれ出る。
 生まれた子は、一年の授乳期間および三歳になるまでは親とともにいるが、その後は各街で一堂に集められて徹底的に教育されて、強くなること、優れていることを求められて成長する。
 そんな竜人族の平均寿命は100才前後。
 耳長族の優に二倍は生きる彼らの知識や技術は、耳長族のそれをはるかに凌駕しているのも道理だったのだ。
 そして第二王子たる紫紺もそんな風習の元に産まれたため、他の者たちより一回り大きいりっぱな体格をしており、政務の才や商才もありながら、剣の腕も護衛の騎士たちよりも優れているほどだ。
 故にまだ二十一という若さにもかかわらず、今回の大切な品物の運搬を任されたのだ。
 竜人族の先代の王がもう何世代も前の耳長族の王と行った契約の遂行を求めるにふさわしい技量を持つ彼は、冷酷無比にして苛烈。
 王に託された任務を最優先に遂行し、邪魔をする者がいれば屍を積んでも突き進むだけだと豪語する。
 そんな紫紺が、いきなり任務から離れて耳長族の作業員を連れて帰ったのだから、皆が当惑するのも無理がないことは判っていた。
 判っていたが、紫紺は見つけたその色がとにかく気に入ってしまったのだ。だから連れ帰った。
 そして、それをとやかく言える者は、今ここには誰もいない。
 自室の寝具に放り投げ、痛みに呻く身体を、道中命じて用意させた縄で縛り上げる。
「な、何でっ、いやだっ」
 怯え、イヤだとしか言えず、かわいいとしか言いようのない力で暴れる身体など、紫紺にとっては幼子の遊戯にも等しい。
 うつぶせにさせ肘から先を合わせて後ろ手で縛り、転がして仰向けにして。
 暴れる足を片手で捕らえ、抗う力を無理にねじ伏せ膝で折り曲げて太股と足首を一緒に括る。
「イヤだっ、離してっ、やだぁっ」
 だだをこねるように嘆く耳長族の彼は、成人はしているように見える。もっとも、ああいう場所で賃金を得るには、成人していなければならないのだから。確か年齢的には16才から18才前後の身体的に成熟したと見なされることが第一条件と聞いているが、外見的にはそこまで判らない。
 だが成人していなければ、連れてきた意味などなくなるけれど。
「医師を呼べ」
 傍らに黙して従う侍従に声をかけ、今回の任務のために乗船している医師の一人を呼びに行かせる。
 その間に、取り出した懐刀で、未だ身を捩って拘束から逃れようとしている彼の衣服を勢いよく切り裂いた。
「ひぃっ、いやっ、あっ、やっ」
 鋭い切っ先が肌をくすぐる様に、恐怖の悲鳴がか細く響いた。
 名工による鋭い刃は紙切れのごとく布を切り裂き、その肌を暴く。
 薄桃色は、その体毛もそうなのだろう。日に焼けていない白い肌に薄く生えるそれは、灯火に煌めき、ひときわその肌を美しく見せてくれる。
 羞恥に染まったのか、朱が走った肌は舐めればひどく甘そうに思えて、覚えず喉が鳴った。
 意識せずにぺろりと舌なめずりしてしまったのを、紫紺自身後から気がついたが、まともに見てしまった彼の震えはひときわ大きくなり、その肌から瞬く間に血の気を失せさせてしまう。
 ああ、もったいない。
 さっさと舐めれば良かったと、奥深くから湧き起こる情動をなんとか耐える。
 後ろ手で縛られているせいか、胸を突き出すようにしているそこには体毛より濃い桃色の乳輪が慎ましやかな乳首とともに飾っていた。
 それもたいそう旨そうで、摘まみ出し、思うさまに弄くりたい欲求は強い。
 さらに下衣も暴き、閉じようとする太股を強引に割り開かせた。
「ほお……」
 推測通り同様の色を持つ薄い陰毛の中で、縮こまった陰茎が揺れていた。
 体格の差から小さくは見えるが、耳長族としては標準寸法だろう。
 包皮は剥けているが、使われていないのだろう亀頭は赤みを帯びた桃色で、可愛らしいといえば可愛らしい。というか、しゃぶりつくしたい。
 いまだ敏感そうなそれが勃起して涎を垂らす想像をしたとたんに、下腹の奥がきゅうっと引き絞られた。
 竜人族は欲望に忠実なところがあって、一度火に付いた欲を消すのは難しいし、性に奔放さがある故に、我慢することもあまりない。もとより王子たる紫紺が性欲を我慢することなど、王からの任務でも無い限り無い。
 だが今は。
「医師貞宝(ていほう)。お召しにより参上いたしました」
 一礼し入室してきた貞宝に、紫紺は顎で彼を指し示した。
「使えるか確認しろ」
「御意」
 短い命令に、貞宝は何の疑いもなく答え、寝具へと近づいた。
「や、やだあっ、見るなっ、来るなあっ!」
 抗うたびに揺れる陰茎を、けれど貞宝は見向きもしない。
 彼が用があるのは、その下の。
「やあっ!! やだあっっ!!」
 その場所に貞宝の指が触れたとたんに、ひときわ甲高い悲鳴が狭い船室に響き渡る。
 竜人族のそれならばうるさいとしか思えないのに、少し高い耳長族の悲鳴は、なぜかひどく心地よい。診察のために一歩下がった紫紺は、壁に背を預け腕組みをしながら、その音色をじっくりと味わう。その間も貞宝の手元から視線は離れない。
 彼の陰茎のその下、会陰部に開いた肉色の花びらの中心に、竜人族ならではの鱗を持つ太い指が割り込んでいく。
 暴れる身体を押さえつけ、柔らかな肉を進む指は一本。
「恐れ入りますが、すこし足を押さえて頂く者が必要です」
「良かろう」
 貞宝の要請に、応えようとした侍従を制し、己の手で両膝を割り開き押さえる。
「申し訳ございませぬ」
「かまわぬ、急げ」
「御意」
 そんな会話の間に彼の悲鳴はもう途切れていて、今やその口元は固く食いしばられていた。時折、堪えきれないように苦鳴をあげ、ひくりひくりとしゃくりを上げている。
「おまえ」
 ふと呼びかけていた。
「名前はなんと申す?」
 名とは個体識別のためだけのものなので、勝手に付けても良かったが。けれど、呼びかけにも答えずに、陰部に指を入れられ腹を押さえられているせいか、ただ唸るばかりだ。
 その様子に思わず苛ついて、ぐぐっと膝を広げるように押さえつける。
「ひっ、痛っ!!!」
「名を問うておるのだ。名は何と言う」
 股関節の限界に、苦痛の悲鳴を上げるのをわずかばかりに緩めてやり、再度問う。
 それにようやく理解できたのか、食いしばって血の滲んだ唇が緩み、小さく開いた。
「あ、アイル……アイル」
 掠れた声で繰り返されたその名を、口の中で転がす。
「アイル、か」
 呼びやすい名だ。
 ふとそう思ったその時。
 貞宝の手がアイルの腹が離れ、指が引き出された。
 少し粘液にまみれた指に、欲がそそられる。
「成人しておりますこと、確認できました。子宮の大きさも十分でございます故、ご使用は可能でございます」
 排卵が開始されていること。
 それが耳長族の成人の条件で、これは卵巣の仕組みが違っても竜人族も同様だ。もっとも卵生の竜人族には子宮と呼べるものは細長い管でしか無いけれど。それ以外はだいたい同じ組成なのだ。
 排卵が開始されるとその時点で身体の成長は止まり、成熟した身体は子供を産むとともに育てるための力を有するのだ。
 生理血を確認できなくとも、慣れた医師である貞宝は、子宮の大きさも粘膜も子宮口も、全てが十分だと太鼓判を押した。
「ならば、私用にはこれを使おう」
「御意。ただ王族用となれば、さらなる詳細な検査が必要でございますので、それは本国に帰還後になりますが」
「それは判っておる。だが、この身体を私のものとするための性交は可能か?」
「膣口性交でない、ならば可能でございます」
「判った」
 頷き、それが合図となって、貞宝は下がった。ついでに侍従に準備を始めるように伝える。
 膣口と違い、肛門は準備が必要で面倒だが、どうせこれから先何度もすることになる。それに今から広げておけば後々面倒が無くて良いだろう。
「せ……せい、こー?」
 舌っ足らずの声に気がついてアイルに視線をむければ、呆然といった体のその視線と絡んだ。
 その様子に、ふっと笑みがこぼれて。
「貞宝」
 退出しかけていた医師を呼び止める。
「これは処女か?」
 なんとなくの問いかけに、医師は頷いて返した。
「はい。まだ狭く、膜もありますこと確認しております。もちろん無駄に破かぬようにはしておりますが、王子ご自身で破瓜をご希望でございますか?」
「いや、処女のまま卵を孕ませてみたい」
 誰にも犯されたことのない穴が卵の寸法を受け入れるかどうか判らぬけれど、この狭い口が竜人の卵を飲み込む様を見てみたいと思ったのだ。
「ならば、検査が済んで破瓜がお済みになるまで、今後の検査は内診はなさぬようにいたしましょう」
「うむ」
 頷き返せば、深々とした一礼が戻ってきて。
 ぱたりと静かに閉められた扉に、すでに頭から医師の姿は消え失せた。
 代わりに、性交などしたことが無くても想像はできるのだろう、恐怖に青ざめ、震えているアイルの姿が、思考全てを支配する。
 耳長族を使うなど、仕様が無いこととは言え面倒だなと思っていたけれど。
 なかなかどうして、ずいぶんと楽しめそうだ。
 しゃくりを上げるアイルを見下ろしながら、侍従が戻ってくるのを待つのは、昂ぶった身体にはすこし辛かったけれど、それもまた楽しいと思えていた。