【淫魔 狂(きょう) 収穫】(3)

【淫魔 狂(きょう) 収穫】(3)

「じゃあ、会計をお願いします」
 京の口を犯しながら、幹事役の先輩が料亭の女将にカードを渡す。
 淫猥な空気に満たされた空間で、女将のいるそこだけが清涼だった。
「う、むむ、ふぐ……んあ」
 濡れた音に、明るい声がまざる。
「ありがとうございます」
 にこやかに頭を下げる女将の視界には、全身から畳に至るまで、誰のともつかぬ体液にまみれた京が入っているはずだ。
 淫らな喘ぎ声も交合の音も、あたりかまわず響いているだろう。
 だが、だれもそのことを気にしない。
 長い宴の終焉を迎えても、みな元気いっぱいで京から離れようとしなかった。
 だが、どこかうつろな表情の先輩が清算を終え、振り返り、皆に声をかけたとたんに、彼からが離れた。
 抱え上げられていた両足が、音を立てて畳に落ちる。
 体液にまみれた体は解放されてもぴくりとも動かず、ただ荒い吐息を繰り返す胸の動きが目立つ。そんな中、ぺニスだけが勃起して、その存在を主張していた。
「はあ……あ、ぁ……」
 意識など、とうに朧だった。黄勝が、この場にいないことなど気がついてもいない。
「それでは、お疲れ」
「お疲れさまでした」
 まずは部長と課長が。忘れ物の確認をした残りの二人が帰って、しんと部屋が静まり返った。
 しばらく、京の荒い吐息ばかりが響いていた──が。
「あ……はぁ……は……。あ──、何で……」
 呆けていた京の瞳が、いきなり焦点を結んだ。
 相変わらず手足はびくりともしないけれど、視線だけがきょろきょろと動く。意識もやたらに鮮明で、何が起きたのか詳細すべてが思い出せた。
「う、そ──ぐふっ」
 口を動かした拍子に、喉に絡まって咳こんだ。
 口の端からどろりと白濁混じりの唾液が溢れて、流れ落ちる。鼻に抜けた臭いに、胃の中にある汚濁を意識した。
 動かない四肢も、胴体も、顔も、全身の肌が汚れに引きつった。
 一体どれだけの回数男達に遊ばれたのか、考えたくもなかった。
 けれど、そのどれもが記憶に残っていて、しかも、ペニスを突っ込まれたのべ回数や、射精回数まではっきりと覚えていたのだ。数えた覚えが無いそれを、身体がカウントしていた事実に、自分がほんとうに化け物にでもなったような気がする。
 いっそ、このまま死んでしまいたい。
 男に犯され、快感しか感じない体など。淫魔──などと言われて蔑まされるなら、いっそこの場で……。
 死がもたらす解放を意識する。甘美なそれに、うっとりと縋り、方法を考えようとして。
 畳から伝わった振動に、ひくりとぺニスが震えた。
「あ、んあぁ」
 治まっていたはずなのに、熾火だったそれに油を注がれたごとく、快感が燃え上がった。
 溢れだした欲求に、腰が僅かにくねる。
 もっともっと。激しく踊り出したい欲求を、身体は疲れ果てて動かない。
 熱い、苦しい、もっと激しく……。
 足音の振動がもどかしく、がらりと大きく開いた襖の動きに甘い嬌声が零れた。
 どかどかと入ってきた従業員たちは、彼らの動きに身悶える京の存在が目に入っていないようだ。片付けの邪魔なはずなのに、するりするりと避けて行く。
 助けてくれ、動かないでくれ。
 戻っている理性が訴える。
 もっと、もっと揺らして、触って──犯してっ!
 狂った本能が懇願する。
 なのに、彼らには、京が認識できていない。
「ど……て……」
 どうして。
 喘ぎながらも、ぽろぽろと両の頬に流れる涙が止まらなかった。
 嗚咽すら思うように出ない状況で、悲しみが胸の奥で熱くとぐろを巻く。涙で歪む視界の中で、賑やかな片付けが終わり、再び誰もがいなくなった。他の部屋からも終了の声かけが交わされ、次々に静かになっていく。
 人の動きがなければ刺激はなくなり、楽になるのだと思ったけれど。
「ん、くぅ……ん」
 わずかな刺激でも昂ぶった体が、射精を求め出したのだ。
 もう精液の一滴も無いというのに。
 見る間に陰嚢が重くなる。
 解放への道をつくる先走りが、たらりと流れ落ちる。
 ひくひくと震える陰茎のその先で、鈴口がぱくぱくと喘ぎ、涎のように粘液を振りまいて。
「ぃっあぁ、ああ、はぁぁ……」
 艶めかしい喘ぎ声は、男がいれば襲いかかるほど淫靡に響いたけれど、ここには誰もいない。
 触れる手も、指も、ぺニスも無い。
 意識して違うことを考えようとしても、熱は治まらずに余計に激しくなる。
 せめて腕が動けば、と力を込めるが、指一本動かせなかった。
 な、んで……。
 さすがに変だと思う。
 熱い吐息をせわしなく繰り返し、それでもクリアな意識も変なのだけど。
 きっと黄勝が関係してる。
 そう考えたときだった。
「覚醒は進んでいるようだな」
 愉しそうな声が響き、誰もいなかったはずの場所に、あの男がいた。
「お、まえ……っ」
「さて、どんな具合か」
「いぃっ!」
 伸びてきた指先が、ひくついた頬に触れる。
 かろうじて動く眼球が追う先で、指の腹が肌をなぞり上げた。そこからじわりとおぞましい疼きが広がって行く。
「あ、あ……あ」
 がくがくと、痙攣のごとく震える体に、黄勝がのしかかる。
 スーツの上からでもたくましい筋肉が判る。まだ、完全にのしかかられてもいないのに、激しい圧迫感に襲われた。
 より近づいた顔が、笑みを深くする。肉厚の唇から、やけに濃い赤に見える舌がちろりと覗き、渇いた唇を一舐めした。 
「ひ、いいっ」
 喰われる!
 黄勝の瞳に浮かぶ嬉々とした欲に、京の脳をその言葉が占めた。
 唇の隙間から見えた歯が、ひどく白く、鋭い。肉食獣のそれに、情けない悲鳴が上がる。
 鬼、という言葉が脳裏に甦る。
 その悲鳴に滲んだ恐怖に気付いたか、黄勝の顔がますます愉しげなものになる。
「怖いか?」
 笑いながらの言葉は、さらなる恐怖を起こさせる。
「い、いや……だ、た、食べな、で……くれ」
 五センチと離れていない顔から逃れようと、精一杯に顔を背けて。か細くい懇願にとともに、まなじりに浮かんだ涙がほろりと転がった。
 手首が畳に縫い付けられ、全身の圧迫感が増していく。
「喰らうのも良いが、貴重な完成品だ。まずは詳細なデータをとらないとな。人には極上品だったようだが。……怖がりながらもチンポはビンビンだな。しかもたっぷりと涎を垂らして、誘っているようだ」
 言葉が耳の下で聞こえた。
「ひゃあぁ!」
 びくんと体が跳ねる。
 背けたせいであらわになったであろう首に、生暖かい刺激が走っていた。
「あ、あぁや、やめっーー」
 か細い悲鳴が震えていた。舐められているその感触に、ぞくぞくと全身の肌がざわめく。乱れた吐息は浅く、吐き出すそれがやたらに熱い。
「ふふ、生産が早い。さすが淫魔よ」
「あ、はあ……あ、出て……」
 あれだけ搾りつくされて、枯れ果てたはずなのに、京の腹に新しい精液がこぼれていた。
「淫魔の陰嚢は無尽蔵に精液を生産するからな。この調子なら、今後枯れることなど無くなるだろう」
「ひあっ、あんんぁ」
 指先で陰嚢を転がされ、ゾクゾクとしたうずきに背をのけぞらせた。その腹に、さっきより多い精液が降り注ぐ。
 陰嚢がやたらに熱かった。血流が集まり、細胞が激しく活動している。
 熱くて苦しくて、満ち満ちたそれが、一気に迫りあがってくる。
「味は?」
「ひゃううううぅっ!」
 鬼頭が銜えられた。直後、勢い良く吸い上げられる。
「あ、あぁああっぁぁ──────」
 尿道の中を、かつてない勢いで精液が動いていた。
 液体なのに固い棒でこすられているような刺激に、京は絶叫する。
 意識が白く焼け、全身がばらばらに弾けて。
 先までの快感など、ごく初歩の愛撫だったのだと思わせるほどのそれに、翻弄される。
「ふむ、濃厚で精気も十分、これは良い。苗床の糧にするにも良い」
 鬼の子をつくる苗床にはたくさんの精気がいる。しかもそれが良質であればあるほど、次代の子の力は増す。
 格下の鬼でも、この精気を与えれば、今よりはるかに強くなるだろう。
「必要な時にはいつでも採取できるからな。今後は運搬用のタンクも必要だな」
 近場にいない同朋に届けるためにも必要なそれは、けっこう大きくても良さそうだ。
 黄勝が離れてもいつまでも痙攣し続ける京は、完全に白目を剥いて意識を失っていたが。
 そのぺニスは、まだだらだらと精液を流し続けていた。


「起きろ」
 ただ呼び掛けられただけで、京の目が覚めた。
 うつろに濁った瞳が、瞬きながら正気を取り戻していく。
「あ……はぁ……」
 激しすぎる絶頂にまだ体が痙攣していた。
 整わない呼吸に大きく喘ぐ。
 頭上で、まだ何か思案している黄勝を見て取って、京は絶望に顔を歪めた。 
 夢じゃ無かった。
 夢にするには、はっきりとした痕跡がそれを許さない。
「淫魔としての設定は……、絶頂三昧の感度の良い体に、無尽蔵に生産する良質の精液……効果の高い媚薬……狂わない──というのは、どうだったかな?」
 記憶を辿るように指折り数えながら上げられたそれらが、京をさらに追い詰める。
「な、んなんだよ、それ……。それに、媚薬って……」
「性交により腸から分泌される粘液がそれだ。吸収が良いことはもう証明ずみだ」
 言いながら肌を這う指が、粘液を残す。
 アナルから流れ出した粘液での一筆書きが描き終わるより先に、ぞくぞくとした快感が生まれてきた。
「な──っ」
「セックスドラッグの何倍もの効果を持つはずだ。不感症でも達きまくり、勃起不全など考えられん。しかもぺニスから吸収すれば、よぼよぼのじじいでも、セックス三昧にできるほどの精力増強効果がある。あの連中も、半覚醒の粘液でも元気いっぱいだっただろうが。今ごろ物足りなくて、女でも襲ってるんじゃないか?」
 愉快そうに声を立てて笑う黄勝の言葉を、もう聞きたくなかった。
 けれど、己の成果に酔っているのか、やけに饒舌に畳みかけてくる。
「お前自身もこの効果から逃れることはできん。疲れたらこうやって……」
「あひっぃ、やめっ──痛っ」
 黄勝の指がアナルに潜り込んできた。太い指がぐるりと中をかき回し、たっぷりの粘液をまといつかせながら出てきて、それをぺニスの上にたらりと落とす。
「見ろ」
 言葉に逆らえない。
 促されるままに見つめた先で、勃起したままのぺニスに垂れた粘液が見る間に少なくなっていき。
「あ、あっ」
 疲れて動けなかった四肢に力が戻ってきた。曲がることを忘れた指が、くいっと曲がる。起こすことができなかった上体が、腕の支えによって起こせるようになった。
「効果抜群だろう?」
 得意満面の黄勝の言葉を聞きながら、力の戻った己の手をじっと見つめる。
 じわじわと体内に活力が戻るのを感じる。だけど──。
「ど、して……こんな……で、でも……あ、はあ、あ、熱い……」
 力が戻ると同時に、体が昂ぶってきた。
 陰嚢の細胞がさらに活発になったのか、ひどく重く張り詰めた感じだ。それに、体がうずく。
 アナルが太い杭を打たれたいとひくつく。
「い、いやぁ……ああ、あつっ……ほし……あひぃ」
 黄勝が動いた拍子に空気が動いて、その僅かな動きに肌がざわめく。
 足に触れる畳にすら欲情して、もぞもぞと足をこすりつけて、快感を貪った。
 とろりと濡れた瞳の縁が、人ならざる色である赤に染まっているのを、黄勝は気づいたけれど、京は体の熱に翻弄され始めていて、そんな変化に気づかない。
 というよりも、気づく余裕すらもう無かった。
 体力は戻っても、気力を回復するてだては無い。
 淫らに動く体を、自らを愛撫する手を、京はもう自分では止められなかった。

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