【嶺江の教育 2年目の変革】

【嶺江の教育 2年目の変革】

 月日が経つのが早かった。
 嶺江がラカンに捕らわれてから二度目の誕生日が過ぎ去った。ラオールが嶺江と共に暮らすようになってからだと1年半だ。
 最初はともに学ぶだけだった暮らしが、次第に教師の代わりに教えることも多くなっていった。
 嶺江がリジンの王になるのだと教えられたのは、最初の時。
 ラカンに逆らうことなど許されぬ傀儡の王を望まれているのだということは判っていた。
 けれど、教育係のガジェは嶺江に帝王学の全てを教え込んでいる。
 ──王としての振る舞い、治世の仕方、歴史や地形の成り立ち、人の考え方。
 それは傀儡の王には不要ではないかと思われるような事まであって、本当の王にさせるのだろうか、という錯覚すら覚えたけれど。
 それもまた嶺江には必要なことなのだと理解するのもすぐだった。
 正しい道徳心は、淫らな行為に激しい恥辱を覚える。
 学ぶに連れて、己が行う行為が恥ずべき事だと気づいた嶺江は、与えられる躾を隠そうとする。
 耐えようとする。
 その姿がよけいに人の目には淫らに映ると知らずに。
 幼さがある頃には同情的な目も少なからずあったけれど、最近ではすっかり成長して背も伸びた。
 一年ほど前から加わった剣技や馬術を含む鍛錬のおかげで、華奢な体つきなのは変わらないけれど、日に焼けた肌に浮きあがる筋肉、そして伸びた背は、嶺江を青年と呼べるにふさわしい姿にしている。
 童顔故にラカンの同い年よりは幼く見えるけれど、立ち居振る舞いはもう大人のそれと大差なかった。
 だからこそ、向けられた視線には、同情よりは好奇の色が濃く混じる。
 さらに、リジンの色をまとう嶺江は、ここ最近その美にも拍車がかかってきていた。耐える表情も、平静を保とうとする姿も、美しい故に、よけいに淫らに見えてしまうのだ。
 そんな嶺江とラオール、リオージュがガジェと共に住まうのは、リジンの元王都からほど近いところにあった元貴族の館だった。
 大きな屋敷の半分以上を占領下の政府の要にしていて、残りの一角が要人の住まいだ。
 嶺江が来て最初の一年と半年は、その館から一歩も出ることは許されなかった。だが、今ではラオール達と一緒であれば、街に出ることも許されている。
 外に出ることでしか学べないことがいっぱいあるからで、そういう時の教育はラオールとリオージュが担当した。 
 確かに嶺江は、外でたくさんのことを学んだ。
 昔ならば決して目にすることなど無かった、リジンの王都の頃からあったという貧民窟の様子も知った。
 純血がしてきた行為、犯した罪。
 混血の人たちの今の幸せそうな姿と、何もできない元貴族達の末路。
 受けていた教育がどれほど現実に即していなかったかを、その身に驚愕とともに刻み込む。受けた衝撃が激しければ激しいほど、深く嶺江の心に傷を作るのだ。
 嶺江が、己がリジンの民であるということに、罪悪感を持つようになったのはすぐのことだった。
 蝶よ花よと、痛みを与えられずに育った嶺江の心は、学友達の手によってガジェがもくろんだとおりに染まっていっていた。

「やあ──っ!」
 振り下ろされた細身の模造剣を、難なく受けて弾き返す。
 その音は、半年前のそれとは似ても似つかぬ大きな音だ。
「まだですよ」
 けれど、ぜいぜいと息を切らしている嶺江とは裏腹に、相手をするラオールは余裕綽々だった。
「はああっ」
 それでも諦めきれずに下段から上段に振り上げてきた剣を、返す切っ先で受け流して。
 次の瞬間、嶺江の剣は弧を描いて背後に飛んでいった。
「まだまだですね。勢いばかりでは勝てませんよ」
 初めて会った時よりさらに伸びたラオールの身長は、成長期にある嶺江よりもまだまだ高く、いつも見下ろす形になる。
「ラオールが強すぎるんだ」
 口惜しげに呟く嶺江に、ラオールは堪らずに微笑みを浮かべた。
 そんな慣れた様子を見せてくれるのが堪らなく嬉しい、と感じ始めたのはいつからだったろう。
 いずれ嶺江直属の副官兼護衛となるよう鍛錬を積んでいるラオールに、お遊び程度の剣技しか教えられていない嶺江が敵うはずが無くて。
「そう簡単にレイエ様に負けるようでは、私が怒られます」
 事実を告げれば、不服そうに唇を尖らせる。
 初めて会ってしばらくは、緊張のあまり口を利くどころか笑みすら浮かべることもなかったけれど。
 ここでの暮らしの中で、嶺江のひ弱な心もある程度は強くなったようだ。
 それもまた好ましい姿だと思う。
 最初の頃には考えもしなかった、愛情にも近い感情を抱く己に、最初は戸惑ったけれど。
 今では、こんな関係を与えてくれたガジェに感謝すらしてしまう。
 愛らしい、可愛いと思う──からこそ、その心や身体が貶められていく姿に、精神がひどく昂ぶる自分もまたいるのだから。
 ラオールの精神は、欲望に浸ることと役割を果たすこととをきっちりと分けることができていた。
 だからこそ、嶺江の相手として選ばれたのだと理解している。
 ガジェが望む嶺江を作り上げるために、ラオールは手を抜くつもりはない。
 けれど、この愛らしい王子と親しくなりたいと思う自分もまた存在して、そのためにできることはするつもりだ。
 冷酷で計算高いガジェであれば、そんなことも念頭に置いてのラオールの選抜だったろう。
 そして、ラオールが嶺江を気に入れば気に入るほど、リオージュの嫉妬心が激しくなるとも計算していて。
 そんな諸々の背景が判っていて、ラオールはガジェに従う。
 従わない理由など、どこにもなかった。

「さあ、次の時間ですね」
 ラオールの呟きが、嶺江の耳に入ったのだろう。途端に、不服げな表情に困惑が浮かび、おろおろと視線がさまよい始めた。
 鍛錬もマジメにする。けれど、たくさんある鍛錬の半分は、本来の腕力や武術などを鍛える意味とは違う意味で使われている。
 その時間がやってきたのだ。
「今日も三回とも勝てませんでしたね」
 耳元で囁いた言葉に、嶺江の表情が変わる。運動により紅潮していた頬が、すうっと色を失っていくことに、心が躍った。
「や……」
 先までの元気良さなど微塵も無く、力無く零された言葉は、誰の耳にも届かない。その姿に、ラオールの口元に隠しきれない笑みが浮かぶ。
「それとも、ここで次の鍛錬を始めたいのですか?」
 ゆっくりと見回す剣技場の内部は、他にも訓練に来ている何人もの人間がいる。嶺江が住まわされている館のすぐ隣にあって、外から来た客の目にも触れるところなのだ。
「あ、すぐに戻る……。戻る……から、ここでは……」
 震える唇が頼りなげな懇願を紡ぐと、慌てて立ち上がった。
「そうですか? けれど、レイエ様は見られるのが大好きですから、こちらの方が良いと思いますが?」
「ちが……」
 首を振る拍子に、襟からのぞいた首筋が真っ赤に染まっていた。
 耳朶のすぐ下にある濃い朱の斑点が、きらびやかな銀の髪の間から零れ見える。
「ああ、レイエ様。今日は髪を結い上げてくださいね」
 ガジェにつけられた飾りは、きっと嶺江の身体を淫らに彩っているだろう。先日の誕生日以来、新たに加わったガジェの躾は、毎夜のように行われているはずだ。
 いっそのこと、決して消えない入れ墨で記してしまえばよいのに。
 そう考えるほど日ごとに増えていく印に指先で触れると、嶺江はひどく身悶える。
 吸われ続けることで敏感になった皮膚は、触れられるだけで体内を貫く快感を生む場所なのだ。
 昨夜もたいそう激しく吸い付かれたのだろう。
 首筋のそれは、遠目にみてもはっきり判るほどに色づいていた。



 剣技の鍛錬で、三回のうち一回でもラオールに勝つことができたら、次の時間に予定されている鍛錬は免除される。
 そう言われ続けて半年間だが、未だかつて嶺江はラオールに勝てた試しが無い。
「ひっ、──うぅぅぅぅっ」
 身体の中に黒光りするねじれた太い棒が入ってくる。
 慎ましげに閉じていた括約筋を引き延ばし、螺旋に切られた深い溝に薄い皮膚を絡ませて、奥へ奥へと生き物のように潜り込むのを助けるのは、嶺江自身の手だ。
「腰が落ちていますね」
 ぴしりと尻タブを叩かれて、赤い筋が走る。鋭い痛みは、ラオールが手にした乗馬鞭からで、嶺江は崩れそうになった腰に慌てて力を入れた。
「んぐぅ」
 毎日のように鍛えられた尻や大腿の筋肉は、嶺江の思う以上に体内の異物を締め付ける。
 敏感な肉壁が隙間無く異物に絡みつく。肉がまくれ、擦られ、抉られていく様を、まざまざと感じてしまい、ぞくぞくと肌が粟立った。
 固い棒は、ねじれて膨らんだ瘤をいくつも持っている。その瘤が、柔らかな肉壁を押し上げて、壁に隠れた敏感な器官を刺激するのだ。
「ひぐっ!」
 目の前が白く弾けた。堪らずに止まった手から外れた取っ手がひくひくと震えていた。
 ひくりと尻タブに力が入り、途端に、声のない悲鳴が零れる。
「──っ、あっ、はぁぁ──っ」
 見開いた瞳が妖しく揺れて、虚ろに天井を映していた。
 嶺江のもっとも敏感な快感の泉が一気に溢れ出したのだ。
 全身ががくがくと震える。
 その振動に棒が動いて、馴染み始めた場所を勢いよく叩けば、さらなる衝撃に襲われる。
 快感は快感を呼び、敏感な身体をさらに敏感にして、空気がそよぐ感触にすら欲情するようになった。
 何にも触れていないのに、肌のすぐ下まで何かが入り込んでいるように感じる。
 ひどくむず痒く、けれど触れても何も無い。対応しようのない疼きが全身に走り、いてもたってもいられなくなる。
「あっ、ひっ、も──っ、もう……やあぁぁ」
 自由になった棒が、身悶えるたびに暴れる。
 制御できない身体の動きに合わせて、体内の瘤がゴツゴツと不規則に前立腺を叩き、さらに激しく身悶える嶺江の様は、さながら淫猥な腰振り踊りでも踊っているようだ。
 涙と汗が嶺江を飾り、卑猥な性器の臭いが辺りに立ちこめる。
「今は踊りの時間ではないのですけどね。まあ、そんなに踊りたいのなら、踊って頂いてもかまいませんよ。王となるものであれば、どんな踊りも踊る必要がありますから」
 冷ややかな嘲笑とともにかけられた言葉に、快感と絶え間ない疼きに狂わされながらも、力無く首を振るけれど。
「踊りなさい」
 容赦ない命令は、逆らえない嶺江の脳に刻み込まれる。
「胸の飾りを弄りながら、腰を大きく振って。ああ、足を広げて少し腰を落として」
 一体どんな踊りだというのか。
 嶺江には理解できない指示は、だが、身体の方が従順に反応する。
 知らず腰をつきだして、尻の狭間から奇怪な棒をのぞかせて。
「もっと腰を振るのです」
「いっ、ああ──っ、はあっ」
 がくがくと腰を振る。
 崩れ落ちそうになるたびに、ラオールの手が振り上げられ、嶺江の白い尻タブに真っ赤な痕が残された。
 鋭い痛みに身体に力が入れば、それは体内の棒を締め付ける羽目になって。
「ひぐっ、ああっ、イくっ、イくぅぅっ」
 爆発寸前の塊が迫り上がってくる。
「手が止まっていますよ。それに棒が落ちそうです」
 乳首を鞭の先で突かれると同時にかけられた声音の冷たさに、とっさに手が動く。
 螺旋をえがく棒を背後に回した手で、捻り込むように押しこんで。がくがくと震えながら、最後まで銜え込んだ。残るのは、取っ手の部分だけだ。まるで、短い尻尾が生えているように見える尻の動きは止まらない。止められない。
「は、はいっ……た──ぁっ、あぅっ」
 腰から下に力が入らない。
 がくがくと降り続ける下肢の中央で、嶺江のペニスが天をもつく勢いで立ち上がり、ぶらぶらと揺れていた。
 根元に一つ、茎に何個もの輪が付けられている。
 それは、ガジェにしか外せない戒めだ。それがある限り、嶺江に射精の自由は無い。
「ようやく入りましたね、準備にこんなに時間がかかっては鍛錬の時間が足りなくなります」
 大きなため息に、かろうじて残った理性の下で泣きながら首を振る。
 自分で摘んで引っ張った乳首がゴムのように伸びて真っ赤に腫れていた。
 そこも激しい快感を生む性器となった嶺江にとって、それだけでも射精したくて堪らないほどなのに。
 腰を大きく揺るたびに、棒が前立腺を叩き、目も眩む絶頂に襲われる。なのに、射精できない。
 若い性は、多量の精液を生産し陰嚢に蓄える。毎日のように性的興奮を与えられる嶺江の身体には、そんな精液がたっぷり溜まっているはずだ。けれど、固く勃起したペニスの先から出るのは、粘液ばかりだ。
 もう何日も、そこから白濁を吐き出していない。
「あっ、んっ、あつ──っ、出した……いっ」
 揺らいでいた腰の動きが、いつの間にか突き出すような仕草に変わっていた。
 ずんずんと天空を貫くかのように動く腰。
 その先端にある鈴口から、僅かに白く濁った粘液が吹き出している。
 びゅっびゅっと、腰の動きに合わせて弧を描いて、床を何カ所も汚していた。、



「いい加減、踊るのをやめてください」
 呆れた口調で言われた時にはもう嶺江の瞳は濁りきっていて、言葉も理解できていないようだった。
 ただがくがくと腰を振り、絶え間なく喘ぎ声を出しながら、「出したい──イかせて」と繰り返す。
「ったく……」
 舌打ちしたラオールが、肩を竦めて腕を動かした拍子に、甲高い音が鋭く響く。
「ひぐぅっ」
 無様な悲鳴が嶺江の喉が迸ると同時に、その身体の動きが止まった。
 奥に隠れていた理性が、何事かと顔を出すと同時に、再び激しい痛みが走った。
「いい加減にしてください」
 鞭が嶺江の尻に落ちる。何度も落ちる。
「ぎぃ、あぁぁっ」
 痛みの場所に視線が向かい、白い肌に数本の真っ赤な線条痕があるのが見て取れた。
 さらに一本増えたところで、声にならない悲鳴が迸って。
「ご、ごめ……なさ……、もう、やめ……、ごめ、なさい、ラ、ラオー……ルぅ……あぁ、もう……」
 痛みに我を忘れて懇願する。
「ごめ……、もう、しない……から……、ゆる……て」
「王になるものが、臣下に詫びるとはどういうことですか。あなたはいつも堂々とした態度でいなければなりません」
「あ……」
 詫びることすら許されず、けれど、ラオールの怒りはおさまっていない。ならばどうしたら良いのだと、正気に戻った嶺江は震える身体を起こして、縋るように相手を見つめた。
「今は鍛錬の時。時間が少なくなりましたから、効率良く進めましょう。レイエ様は何をどうすれば良いかご存じでしょう?」
「は、い……」
 狂うほどに感じた身体は、まだ力が入らない。尻に力を入れると、鞭の痕がぴりりと痛んだ。
 それでも、時間をかけてなんとか立ち上がる。
「しっかりと奥に入っていなければ鍛錬になりません」
「ひ──っ、は、はぃっ」
 慌てて、抜けかけた棒を元のように差し込んだ。
 すっかり熟れたアナルが、なんなく棒を銜え込む。ぞくぞくとした快感にまた引きずられそうになるけれど、さすがにラオールの冷たい視線を意識して、なんとか堪えた。
「では立ちなさい」
「は……ぁ、い……」
 尻からのぞく取っ手には、嶺江のアナルから流れ出た粘液で、ぬらぬらと滑り、余った粘液が糸をひいて滴り落ちていた。螺旋の溝に掻き回された肉壁は、真っ赤に充血し、ひどく艶めかしくひくついている。
 立ち上がれば、なおさら前立腺を押し上げる構造のそれに、背を伸ばすことも苦しい。
 ふらふらとした足は、生まれたての子馬より弱々しかった。
「それでは、これを」
「……ぁ……い、っ、あぁぁっ、ひぁぁっ」
 取っ手には丸い輪がついていて、そこに鎖が取り付けられる。
 じゃらじゃらと金属質の音が鳴る鎖は重い。長くなった尻尾のような鎖の先が、床に擦れるほどだ。その鎖にたらりと粘液が流れ落ちていく。
「それでは、歩きましょう」
「ひっ、は、はい……」
 剣技の次の時間の勉強に何をするのかは、いつも変わる。
 けれど共通しているのは、その間服を着ることは許されていないこと。
 毎夜のガジェの口づけの痕で彩られた身体を晒して行われる鍛錬は、下半身の筋力を上げるために行われ、裸体で行うのは王たるものにふさわしい堂々とした態度を取るために必要なのだと言われていた。
 素晴らしい王様には必要なことですよ。
 誰もが言う言葉を、鵜呑みにしている訳ではないけれど。
「さあ、この程度の刺激に堪えられないようでは、立派な王にはなれませんよ」
 反論など許されるはずもなく、言われるがままに歩き始める。
 すでに激しい踊りで足腰にはまともに力は入らない。さらに、足を動かすたびに狂おしいほどの快感が全身を駆けめぐるのだ。
 快感は、若い身体の中でたやすく射精衝動に変わる。
 アナルへの刺激だけで、乳首への刺激だけで──それこそ、どこを刺激されても絶頂を迎える身体ではあるけれど、射精による絶頂感はまた別物だ。
 敏感になった身体は、僅かな休息などでは冷めることなど無い。
 射精の快感を知っている身体が、すぐにまた欲望を吐き出したいと求めだした。
 けれど、ペニスには戒めがしてあるのだ。その日の夜、ガジェが嶺江の勉強や鍛錬の進行状況を確認して、満足しなければ外して貰えないそれは、もう何日も外されていない。
 狂おしいほどの射精衝動を、鞭の痛みでも抑えきれない。
「抜けないように締め付けて歩きなさい」
「……い……」
 もう言葉を発するのも難しい。もっとも、言われるまでもなく、嶺江の身体は体内の異物を締め付けていた。
 条件反射になるほどに、徹底的に躾けられた結果だ。
 性欲に狂う。
 このままでは犬畜生より劣る存在になる。
 僅かな理性が、必死で我慢するように、と叫んでいる。
 けれど。
 もう苦しくて苦しくて。ただ白く濁る世界の中に全てを投げ出したくて。
「あ……はっ」
 天に向かって小さく喘ぐ。
 その表情が、ゆったりと快楽だけに染まるのを、ラオールは気が付いた。
「んあっ、ああっ」
 堪えていた喘ぎ声が、ひっきり無しに零れ始める。手が、己の身体をまさぐり、腫れ上がった乳首を愉しそうに弄り始めた。
「レイエ様、どうかたっぷりと鍛錬をお積みください」
 傍らで呟くラオールの言葉が、どこか遠くで響いていた。



 淫らに紅潮した身体の中心で、勃起しきったペニスが揺れている。
 根元から亀頭に向かってあるのは、刺激も与えるよう内側にいくつもの瘤を作ったペニスバンドだ。
 陰嚢の動きを抑え、締め付けにより尿管を締め付けて。射精を許さぬその戒めは、快感以上の苦痛を嶺江に与えるはずの代物だ。けれど、その苦痛すら、今の嶺江には快感にも似た刺激になっているようで、その表情に苦痛の色は無い。
 そんな嶺江の足下に伝うのは、亀頭から糸を引いて落ちていく粘液。
 アナルから溢れる粘液と混じり合い、たらり、たらりと流れるそれが、裸足の足を汚して、大理石の床に足跡をつける。
 ぺた、ぺた、と淫らな足跡は、右にいったり左にいったり、まるで散歩を愉しんでいるようにあちらこちらに残された。
 時々、幾つもの足跡が重なり、べたべたになっているところがある。
 それは、ラオールが鞭を使い、嶺江の意識を取り戻させたところだ。何度も何度も、理性を取り戻させて、どんなに淫らに下肢を濡らしているか確認させて。
 ただの鍛錬でどうしてそんなに欲情しているのか、と責め苛む。
 恥じ入りながら小さくなって、続けるようにとの言葉のままに歩き出した嶺江は、まだすぐに理性を吹き飛ばす。
「まだまだ時間はたっぷりありますから、ゆっくりと回りましょう」
 広い館の奥の庭は、人目は少ない。けれど無い訳ではない。
 鞭を打った時だけ理性を取り戻して恥じらう姿も、快感に犯されて狂ったようになった姿も、全てを晒しながら、歩き続ける。
 その表情はとろけきっていて、視線は媚びた色を浮かべて人を誘っているように見える。半ば開いた唇の間から、真っ赤な舌がちろちろとのぞいて、唇を舐めていた。
 足腰に力が入らないせいか、腰は泳ぐように揺らぎ、手が狂おしげに身体を抱きしめて、その隙間からのぞく通常より大きな乳首を指先で弄び、淫らな吐息を零す。
 皆忙しい仕事中だ。
 にもかかわらず、嶺江が外で『鍛錬』している時間は誰も仕事にならない。
 皆がイヤらしくその姿を見つめ、はっと我に返ると慌てたように去っていく。
「まさしく淫魔でございますな。あれでまだ処女とはとても信じられません」
 通りすがりの召使い頭の男の言葉にラオールが頷く横を、理性を飛ばした嶺江が通り過ぎた。
 ガジェの方針で、嶺江の身体は男も女も知らない。
 アナルに受け入れているのは、せいぜいが指までで、後は全て玩具での調教だ。
 先日から与えられている口づけも、その肌にある性感帯を徹底的に開発するだけの行為で、それ以上の意味は無い。
 それに、その裸体に触れるのを許されているのも、ガジェ以外ではラオールとリオージュだけなのだ。
 ある意味無垢の身体は、けれど、人を堕落させる魔物のように淫らでいやらしい。
「レイエ様の鍛錬は時間がかかりますから、大変ですね」
 彼もまた、冷静なようで、実はうわずった声音を隠すことなく、急いたように離れていった。
 そんな姿を見送って、再び嶺江に視線を移す。
「レイエ様、欲望より理性が勝ることが大事なんですよ」
 くすりと浮かんだ笑みとともに、つい零した言葉。
「あなたが本当の王になれるかどうかは、そこが鍵なんです」
 その鍵こそが、嶺江が心の底から望んでいる姿になるための鍵。
 それは嶺江自身の中にあるのだけど、それを手に入れるのは今の嶺江にはとても難しいだろう。
 ガジェの手によって常に飢えている状態にさせられて、僅かな糧すら貪欲に反応してしまう。
 しかも、美しい容姿を持つ嶺江が飢える様は、淫らに男を誘ってしまう。華奢な身体の白い肌を朱に染めて、胸に真っ赤に熟した実を持つ姿は、たとえ同性に興味を持たない人間すら欲望の虜にしてくれる。
 そんな嶺江に、誰も気づくきっかけなど教えないだろう。
 ラオール自身も教えようとは思わない。
 1年以上接していて、最初は苛め尽くそうとおもっていた相手だったけれど、今では時折ひどく愛らしく感じることもある王子。けれど、だからこそ、愛らしい王子をいつまでも自分のものにしてしまいたいとすら思う。
 そのためには、ガジェに逆らうことなど考えようもなく、それよりも、彼をこの手で仕上げることができることが堪らなく嬉しい。
「レイエ様、そろそろ次の鍛錬に移りましょうか」
 ガジェのためだけでなく、自分のために。
 王としてのふさわしい知性と道徳心を持ち合わせながら、その立ち居振る舞いだけで男も女も欲情させ、犯したいと思わせるような、まさしく高級淫魔の名にふさわしい淫らな王にしたい。
 いつしか、そんな事を考えるようになっていた。

【了】