【嶺江の教育 六ヶ月目】

【嶺江の教育 六ヶ月目】

 嶺江にとって、ガジェの言葉は絶対だ。
 ガジェの数多の躾が、本来ならば行われるはずのないほどに淫猥なものだと気が付いていたとしても、だ。
 6ヶ月間浣腸され続けてきた身体は、もう浣腸しないと排泄できない。
 極太の糞便やペニスの形を模した浣腸用のノズルで快感を得てしまう身体になっている。
 最近ではガジェは何でも嶺江自身にさせるから、嶺江の手はどこをどうアナルに突き刺して抉れば、自分が一番感じるか知っている。
 ダメだと思いながらも、それでもノズルを持つだけで身体がざわざわと歓喜に震えるようになっていた。
 ノズルの太さは毎日のように太くなって、今ではもう自分の手首くらいに太い。それをぺろぺろと舐めて唾液で滴るように濡らして、自ら差し込んでいく。
 壁を押し開く引きつる感触にすら、全身の肌が快感に粟立つ。
 浣腸液をふいごのようなポンプでたっぷりと入れて、栓を膨らませるのも自分でやる。
 きりきりとアナルのシワがなくなるほどに膨らましたら、今度はすでに腹を打つほどに反り返ったペニスの先から棒を入れることもある。
 初めての時には痛くて泣き叫んだそれも、今では小指の太さと変わらない。
 液体以外の刺激を受けた粘膜は痛みを訴えるけれど、今ではその痛みも心地よくしか感じない。
 女を知らない身体。それどころか、嶺江の身体は男すら知らない。
 未だその身体を犯したことのあるのは、ガジェが用意した数々の道具だけなのだ。 
 なのに、どこまでも性的快感を求めて疼く身体。そんな身体が普通でないことは、判っている。
 こんな身体にしたのはガジェだ。だが、嶺江にはガジェしかいない。
 敵地ともいうべきこのラカンにおいて、嶺江を相手にしてくれるのはガジェだけだ。
 掃除や食事の用意をする使用人達も、嶺江が何を言っても反応してくれない。完全に無視して、必要最小限の仕事をしてしまうと、さっさと去っていく。部屋から出ることを許されていない嶺江にとって、そこを通れるというだけで羨望の対象なのに、彼らは無情なほど呆気なく扉を閉めていってしまう。
 まるで塵芥のように無視される。
 いや、塵芥なら掃除して貰えるが、嶺江はそんなこともされない。
 だからガジェに嫌われると嶺江はたった一人になってしまう。
 ガシェは厳しいけれど、ごく稀に優しい。侮蔑の言葉を何度も繰り返すけれど、嶺江と会話はしてくれる。
 逆らえば罰があるが、そうでない時はごく普通に接して貰えるから……。
 先月からは勉強も教えて貰えるようになった。
 たくさんの本が部屋に運び込まれて、自由に読めるようになった。
 ガジェの教えは厳しいけれど、嶺江はそれでも嬉しかったのだ。何かをしたくてしようがなかったから、勉強ができることがしてつもなく幸せだと感じた。だから、リジンの頃よりはずっと熱心にまじめに勉強をしていたのだが。
 ところが一週間前から、ガジェの躾がたいそう厳しくなったのだ。
 ほんの僅かな、嶺江の注意ではどうしようもないと判るような失敗すら見逃してくれなくなった。


 はあはあと熱い吐息を漏らして、虚ろな視線を彷徨わせる。
 目の前に細かな文字がぴっしりと書き込まれた書物があった。
 それを読まなければ、と思うのだけど、下腹から伝わる甘い刺激に意識がすぐに持って行かれる。
 それでも、必死になって読んでいたけれど、いつの間にか同じところばかり読んでいたようだ。
「どうしました?」
 思わず止まってしまっていた手を指摘されて、びくりと肩が揺れた。
 トントンとさっきから進まない書籍を棒の先で叩かれ、慌てて頁をめくる。
 ラカンの歴史を勉強している最中だったのだ。
「呆けている暇は無いはずですよ。すぐさぼるのは悪い癖です。新しい罰が必要ですか?」
「も、申し……わ、け、っ……、ありませっ」
 そんなつもりは全くない。だが、思った以上に奥深くの微弱な振動が身体を熱くして、文字に集中できない。
 これも罰の一つなのだ。
 だがガジェが施す罰は嶺江の次の失敗を誘うものが多い。
 陰茎と陰嚢の根元のベルトは、数日前に夢精してしまった罰として付けられた。黒い革ベルトで幾重にも戒められているせいで、射精ができなくなっている。
 さらに今日付け加えられた罰は、いつになく厳しいもので、アナルとペニス両方への栓だった。
 朝の浣腸時に許可無く排泄してしまったせいで付けるように言われたそれらは、自ら付ける時にも苦しんだが、今も嶺江を間断なく苦しめている。
 ペニスの栓は、正確には管だ。外壁は深い螺旋状の溝が刻まれていて尿道を刺激し、細い内側の穴は排尿に時間がかかるうえに、鈴口が開いた状態になるため奥から常に粘液が流れ出る。その粘液が止まらないのは、アナルに施された栓のせいだ。
 棒の先に直径が5cmはあろうかという金属の球がついているそれは、ラカンの民族楽器と同じ仕組みになっている。
 小さな中空の球の周りに次の球、さらに次の球、と五層になっているうえに、一層ずつは自由に動く。その各層が複雑に当たっては音を出す楽器で、きれいな音を出すには熟練が必要だと言われていた。
 慣れなければ、絶えず音が出てしまって、不協和音でしかないからだ。
 それが、今嶺江の中でずっと音を奏でていた。
「落ち着きもないようですし」
 球の効果に気づいてからは、動かないようにしていたけれど。僅かな動きでも球が揺れて金属壁を振動させる。
 淫らな不協和音は、朝から止まることがなかい。
 はあっと大仰なほどにため息を付かれ、嶺江は言葉もなく首を横に振る──と。
「ひっ、あうっ」
 たったそれだけの動きで、新しい振動が加わった。
 嶺江の人並み外れて敏感になっている肉壁には、ささやかな振動も十分な刺激だ。堪らずに本の上に突っ伏して喘ぐ背のしなやかな筋肉がびくびくと震えた。口の端からは、飲み込めなかった唾液がたらりと机の上に流れ落ちる。
 その机の下では、ペニスがぴくぴくと震えていた。
 もう一つ平行して課せられているのが、着衣禁止令だ。食事中に水を零した時に課せられて、未だ解除されていない。
 それぞれの罰がいつ終わるのかは、ガジェにしか判らない。
 けれど、嶺江の方もそろそろ限界だった。
 長い射精禁止に、今日加わったアナルと尿道への刺激が一気に限界まで持ってきたのだ。
 陰嚢に重たいほどに溜まっている精液が、いますぐにでも出たいと煮えたぎっている。
 突っ伏した視線の先で、鈴口から覗いている管からたらりたらりと蜘蛛の糸のように細い粘液の糸が伸びていた。
 午前中の間にずっと溢れていたそれは、今や大腿を濡らして膝下まで垂れている。
 椅子の足に股を広げるようにして足首を括り付けられている嶺江にはその淫猥な証拠を隠す術は無い。
 机は透明度の高いガラスでできた天板だから、その様子はガジェには丸見えだ。
「いやらしい汁を……我慢しなさい」
 鼻を鳴らしてバカにされ、できない命令に頬に涙が流れる。
 ガジェの命令には従わなければならない。
 従わないと、次の罰が加わってしまう。それだけは、避けたかった。
 けれど……。
 もう……もう無理……。
 我慢は限界だった。
 欲望に犯されて沸騰した血流が、脳すら犯す。
 もとより粉々に砕けている矜持が、さらに塵と化すのは一瞬だった。
「ゆ、許し……さい……」
 涙目で見つめても顔色一つ変えないガジェに、嶺江は縋るように歎願する。
「わ、私は……い、いやらしい、から、だ、だから……、だから、いつも、飢え、てて……、あっ、達きたくて……」
 自らを貶める言葉を繰り出して、願う。
「達、きた……い、いやら……しい汁、いっぱい……だしたい……」
 ずるりと椅子から崩れ落ちる。
 足首は繋がれているから、四つんばいにしかなれない。そのままの姿勢で、上半身をさらに低くして目の前にきたガジェの靴先に口づけた。
 乳首が床に擦れて、「ああ」と甘ったるく鳴いてびくびくと震えると、その動きに、楽器が妙なる音を奏でた。
 アナルから僅かに飛び出た柄が、びくりと震える。
「あ、ああんっ、んふぅっ、イいっ……」
 体内の振動が堪らない。
 向きが変わったことと、我慢できなくなった腰の動きのせいだ。
 けれど、それを止めようという意識など、今の嶺江にはもうなかった。
 残り少なかった理性が、茹だった脳から吹き飛んでしまったのだ。
 そうなると、嶺江は6ヶ月の間に躾けられたとおりに動く。
 ガジェは絶対のご主人様。彼に許しを貰わないと、嶺江は息すらしてはならないのだ。
 その許しを貰うには、ガジェに服従の証を見せなければならない。
「あっ、あくっ……ガ、ガジェ、さま……」
 ずりずりと胸を床に這わして身体を伸ばす嶺江は、とてもリジンの王族とは思えない──場末の娼婦でもそんな態度は取らないだろうというほど浅ましい姿だった。
「達きた……達きたい……な、何でも……言うこと聞きますからぁ……」
 ぺろぺろと舌先を出して靴を舐め続ける。
 獣が絶対服従の飼い主に媚びへつらうようなその姿に、ガジェが口の片端を上げて嘲笑を浮かべた。
 自らが施した調教の結果にたいそう満足しているのだが、嶺江はそれに気付かない。
「んっ、もうっ」
 さらに腰を振りたくり、妙なる音色を部屋中に響かせている。
 そんな嶺江をしばらく見下ろしていたガジェが、ふと思い出したように声をかけてきた。
「そろそろ客が来ます。彼らの前で射精したいと言うのであれば、許可いたします」
「……客?」
 聞き慣れない言葉に、ぼんやりとした視線を返した嶺江に、ガジェが頷いて返した。
「そうです、明日からあなたと共に勉強する者達です。ですので服を着ることは許可します」
 その言葉に、嶺江が数度瞬いた。
「いずれ、あなたがリジンを治める時の補佐官の候補者達です」
 信じられないと大きな目がさらに見開かれる。
 飛んでいた理性が、一気に戻ってきたのだ。
「同じ年の者は手配できなかったのですが、年上とはいえその者達と学び交流することで、民を統べる力と部下を上手に遣う術を学ぶことができるでしょう」
「交流……共に勉強できるのですか?」
 ここに来てからガジェ以外と触れあうことのできなかった嶺江にとって、誰かとともにいることができるということは、ずっと渇望し続けてきたことだった。
「今日は顔合わせだけですが、愚かな態度は取らないように。不愉快な態度で気分を害してしまうと、彼らはあなたと学ぶことを拒絶するでしょう」
「判った──判りました」
 大きく頷く嶺江の表情に、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「きっとみなさんに気に入られるように行動します」
 今この瞬間、確かに嶺江は身体の熱を忘れていた。
 それだけ、誰かに出会えて、しかも共に学ぶことができることへの嬉しさが勝っていたのだ。
 だから、その時は気づかなかった。
 嬉しくて、嬉しくて。
「約束の時間は後10分ほどですね。足枷は外してよろしいです。すぐに服を着て、出迎えの準備をしましょう」
「はいっ」
 喜び勇んで返事をし、足を椅子に括り付けていた戒めを外して立ち上がった時。
「あ……」
 嶺江は、ようやく悦んでばかりいられないことに気が付いた。
 思わず自分の身体を見下ろす。
 下肢から足を淫らに濡らしているのは粘着質の液体。
 戒められたペニスに突き刺さる棒。
 アナルにも太い戒めが刺さったまま。
 悦びに僅かながら冷めた身体の熱は、今少し動いただけでまた高まってきた。
「あ、あの……」
 見上げる先にあるのは、相変わらずの冷たい色の瞳。
「服を着ることは許可しましたが、着ずに迎えるつもりですか?」
 その言葉に、嶺江の顔が強張る。
 どう聞いても、ガジェの言葉が表す意味はただ一つ。
「服……を、着ます……」
 応えて、のろのろと踵を返す。その動きだけで、アナルの栓が肉壁を突き上げる。
 ガジェが口にしたのは、ただ二つ──足の枷を外すことと服を着ることだけ。
「時間より早めに来るかもしれません。急ぎなさい」
 追い打ちをかける言葉に、嶺江は「はい」と小さく返した。

 10分後、時間通りに来たのは、ラカンの貴族の子である二人だった。
 成人の儀を終えたばかりの16歳のラオールとリオージュ。
 ラカンでは、16歳を迎えた年の春に成人の儀を行う。その儀式を迎えたものは大人として扱われるのだ。
 年上とは言え、ガジェよりはるかに年が近い二人。それに二人はとても人なつっこく緊張している嶺江に話しかけてきてくれた。
 それが嬉しくて、愉しくて、もっと思うように話がしたかったのに。
 けれど。
「っ……」
 僅かな身動ぎでも身体に走る電流のような快感、衣服が敏感な肌を嬲り、嶺江を苦しめる。
 必死になって声だけは堪えているけれど、息が荒くなることまでは止められない。
 そんな嶺江の様子に、二人はやたらにめざとく気が付いて、心配してくれた。そんな彼らの気遣いが嬉しかったけれど、同時に絶対にばれたくないと必死になる。
 身体の熱が上がれば上がるほど立ち上ってくる淫猥な臭気の出所を知られたくなくて身を捩れば、アナルの奥の楽器が不協和音を奏でて、不審を買ってしまう。同時に、堪らない疼きがじわじわと内臓を犯し、全身の熱を上げていく。
 たらたらと管を通って流れ落ちる淫液が、薄い色のズボンに染みを広げていく。両手を股間に置いて、見えないようにしているけれど、彼らがガラステーブルに視線を向けるたびに、びくびくした。
 決して知られたくなどなかったから。
 嶺江は頬をひきつらせ、全身を朱色に上気させながらも、必死になって浅ましい態度を取らないように、と、二人がいる間中我慢し続けていた。



「とても可愛い王子だな」
「ああ」
 2時間後、嶺江の部屋を退席したラオールとリオージュがくすくすと堪えきれない笑みを浮かべながら談笑していた。
「明日からが楽しみだけど。今日はちょっと辛かったな」
「そうそう、俺もガジェ様がいなかったらすぐに押し倒していたかも」
 愉しそうな二人が思い浮かべているのは、先ほどまで一緒にいた嶺江だ。ただし、彼らの妄想の中では、嶺江は一糸纏わぬ姿をしている。
 ただし、アナルに太い栓、戒められたペニスは、実際の嶺江のまま。
 二人は、嶺江が何をされていたのか全て知っていたのだ。
 知って、知らぬフリをしていた。
 嶺江が何に喘ぎ、何に苦しんでいたか、正確に知っていた彼らは、それを教えてくれたガジェに進められるままに下肢まで隠れる長衣を着ていって正解だった。
 そうでなければ透明なガラスの机の下で、勃起しきった様子が服越しにでもばれてしまっていただろう。
 嶺江がそうであったように。
 あれだけ股間を膨らませて、判らないと思っていたのだろうか。
 真っ赤に染まった頬で、必死に笑顔を取り繕っていた様子に、二人は嗜虐心を押さえるのが大変だった。
 何度生唾を飲み込み、あの白い肌に食らいつきたいのを我慢したことだろう。
「これから一緒に勉強するんだから、いくらでも愉しむ機会はあるさ」
「そうだね、16歳までに、俺たちから離れられないようしなきゃね」
「ああ、それに補佐官としては、その時々の正しい行動ってのをたっぷりと教えてやらないと。大切なお客様の前で欲情した顔を見せるなんて言語道断だものな」
 二人で顔を見合わせて、笑い合う。
 その様子に嶺江に対する憐憫など一欠片も無かった。
「まあ、今日はガジェ様が罰を与えるだろうけれど」
「あ、それだけど、射精禁止は解かないって言われていたぜ。明日の楽しみを残してくれるって」
「そりゃあいい」
 もう限界なのは、見ていても判っていた。
 二人が出て行く時に、閉じかけた僅かな扉の隙間から崩れ落ちる嶺江の姿が見えたのだ。
 あの後どんなに浅ましく願うだろうか、あの可愛らしい奴隷王子は。
 それをガジェは意図も簡単に絶望へと落とし込み、明日と言う日を迎えさせるだろう。
 あんなにも嬉しそうに自分たちを迎えた嶺江が、明日には現実を知らされる。
 楽しみにしていた未来を絶望へと変化させ、その上で自分たちから逃さぬために調教を加えるのだ。
 ガジェに聞かされた嶺江への調教計画を反芻しながら、家柄も頭も良いが、嗜虐性も強いということで選ばれた二人が、二人で行う計画を練り込んでいった。
 
 
 ラカンでは成人の儀を迎えることができる16歳の春。
 その日に嶺江は結婚する。それが、ラカンの王とリジンの元王子との間にかわされた契約だからだ。
 嶺江は知らないその事実を、嶺江の周りにいるラカンの人間はみんな知っている。
 そのためにガジェが画策していることも全て。
 今、嶺江が棲まう館にいる者も、今後嶺江の周りで働くための教育を受けている者達も全てそのために準備されているのだ。
 遠い未来を予測して、そのための計画を立てるのがガジェは得意だ。
 先の戦では、筆頭参謀として作戦の全てに関与してきた。
 リジンがあんなに呆気なく滅んだのも、ガジェが張り巡らせた策略が功を奏したのは間違いない。
 そんなガジェの手にかかれば、何も知らない嶺江を躾けていくことなど、赤子の手をひねるより簡単なことだった。

【了】