【海音の懇願】

【海音の懇願】


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 机に置いたグラスに接がれた酒を飲み干して、ゆったりと柔らかな椅子にその身体を投げだす。
 久しぶりの海音の身体はたいそう美味で、昨日さんざん犯された後とは思えぬほどに、カルキスを愉しませた。
 淫乱な娼婦よりも淫猥な身体は、それこそが原初の民の証だと言えるだろう。
 あの盗賊狩りどもから得た情報を元に調べた事は、門外不出として口外を禁じてはいるが、何ら罰則を決めている訳でも無し、噂して広まることまでは止めてはいない。
 もとより、性奴隷を扱う者達の中では、詳細は知らずとも暗黙の事実という形で伝わっており、だからこそ、尾ひれが付いてとんでもない話となっている場合も多い。
 その原初の民の純血の血筋、さらに言えば生粋の直系である海音相手に満足しないわけが無いだろう。
 純血であれば大なり小なりその傾向のある奴隷達を下げ渡した何人かの者達は、その身体に溺れ政務を疎かにしたかどで奴隷とともにその職を取り上げるはめになった者もいる。
 もっとも、そういう輩はもともとこのラカンにも必要の無い者達だ。
 最初から目論んだとおりの結末を迎えた輩の代替わりはいくらでもいて、最近のラカン国家は少々のことでは揺るがない盤石の構えと言っても良いほどになっていた。
 そんな性奴隷達の中でも最たる海音の身体は、麻薬と言って良いだろう。だが、この麻薬のような身体に際限なく溺れるほどカルキスは愚かでは無かった。
 さすがに今日はもう打ち止めだと思っても、それでも離れがたく感じるそれから離れるだけの強い意志は揺るがない。
 それにそろそろ頃合いだと言うことも判っていて。
 仕込んだ仕掛けが働くのがそろそろなのだ。
 そのために身体を休めもせずに、離れて椅子に座って休んでいるところだった。
 その視線の先の海音は、ずっとカルキスに犯されていたせいでその白磁の身体のあちらこちらに朱色の花びらのような痕を散らし、全身をどちらのともつかぬ体液で汚して、意識が無いにもかかわらずひくひくと痙攣し続けていた。
 その姿に、海音が吐精の度に淫靡に蠢き、悶え、歓喜の啼き声を上げ続けてたことを思い出して、くつくつと笑みがこぼれる。
 と、その時。
「あう……うっ、くっ! ぐう!!!」
 意識の無いはずの身体が大きく跳ねた。
 見開かれた瞳の焦点はあっていない。
 ただ、内部から爆発したようにかっと全身が硬直し、見開いた目はそのままに、喉の奥から獣の呻き声が零れた。
「ほお……」
 その人ならざる動きに、覚えず感嘆の声を発する。
 ガクンガクンと、それだけが跳ねる腰で萎えきったペニスが踊っている。そのさらに下、アナルから噴き出すどろどろの白く濁った液体が、その振動の度にビュッビュッと吹き出していたのだ。
「や、あっ……、あっ、あっ!」
 だらだらと溢れるそれは、トウの果汁だ。それに混じる黒い楕円の粒が種で、回りに粘性の高い果肉をまとわりつかせている。
 ようやく体内のトウの実が弾け、その衝撃に快楽の泉が多数の種で刺激を受けたせいでの、痙攣だった。多量の水分を吸収したそれは、果実内の圧力が高まり、割れるときにその隙間から果肉や果汁が噴き出すのだ。それに限界まで伸びきっていた敏感な腸壁が受けた刺激に、奴隷はたいていその激しい刺激に悶絶する。
 まだ調教が済んでいない奴隷は痛みに泣き喚き、調教済みの奴隷は爆発的な快楽に咽び泣く。
 もっともそれだけでないのがトウの実だ。
 痙攣が落ち着けば、海音がしきりに息み、体内の異物をひり出そうとし始めた。そのたびにアナルからブチュブチュと出てきた果肉は、べとりと肌に付着し、垂れていかない。
 その付着した肌が、じわりと赤くなっていき。
「ひっ、いっ! か、痒いっ、かゆっ」
 もう意識などもうろうだったはずの海音が意思ある言葉をわめき、身悶えていた。
 トウの蔓と同様に、実も痒み成分が多い。まして、果汁は水に容易に流れるが、果肉はその粘性でもって簡単には流れないのだ。川の流れの中で、付着した苔むした石や枯れ木などの根を張れる場所から流されないようになっているからで、故に、これが腸内で弾けてしまえば、水で洗ってもなかなか取り出すことなどできない。布で強く擦ればとれるが、腸内ではなかなかに難しいのだ。
 その痒みはグイナほどではないが、簡単に洗い流せない故に長く続くトウの方がより奴隷にはきつい。
 この果肉が持つ痒み成分は、半日もすれば効果がなくなるから、擦り取れ無ければそのまま治まるまで待つしか無かった。
 そんなことなど知らない海音が、まともに動かない手で掻きむしろうと動くけれど、そんなことでは癒やせやしないのだ。
「ひっ、た、たすけっ……てぇ、ああぁっ、痒い、いいっ」
 海音の目線がカルキスを追う。
 この場で、唯一助けを得ることのできるだろうという認識くらいはあるのだろう。
 アナルからは砕けた果皮や種が交ざった果肉がまだまだ生み出されていた。寝具にも染みこんだそれが、海音の全身に広がっていく。
 その手指にも付着した粘液は見やり、それでもカルキスは椅子から立ちあがることもせずに肩を竦めただけだった。


「お呼びでございますか」
 海音の悲鳴ばかりが響く部屋に、昨夜海音の身体を洗った調教師が現れた。直接呼んではいないが、海音の悲鳴を聞きつけて出番だと気付いたのだろう。
 聡い男の出現にカルキスはほくそ笑み、椅子からゆっくりと身を起こした。
「むやみに掻きむしり、肌を傷つけさせないようにしておけ。後はいつものように」
 一言命令を下し、そのまま部屋を出て行こうとする。
 昨日からの遊びのために無理矢理時間は作ったが、今日は城に戻って政務をこなさねばならなかったのだ。
「かしこまりました」
 王の言葉の裏の裏まで読み、望む調教が何かを正確に判断した調教師は、それ以上問おうともせずに、頷き頭を下げた。
 己の意思で動くことは決して許されぬ海音にとって、痒みを癒すことすら自由では無いのだ。
 主たるカルキスが掻かせるなというならば、その状態にするのが調教師の仕事だった。さらに、この次にカルキスが訪れるまで、その身をより淫乱にすれば良いだけだ。
「ひ、っあっ、待っ……っ、待ってっ、かゆ、いっ、痒いっ、たすけっ」
 立ち去るカルキスの後を追おうと海音の身体が寝具よりずり落ちた。
 その身体を捕らえたのは、調教師だ。
「さてっと、そのイヤらしい手は、使えないようにしてっと。ついでに変なもの突っ込まれないようにしとこうぜ。あんな賞金稼ぎに尻を振るような淫乱雌犬は、そのへんの野良犬にも尻を振ってチンポ欲しがりそうだしよお」
 手際よく腕を縛り上げ、その両足を開脚して固定して。
 赤く爛れたアナルに、栓を埋めて転がっていた貞操帯をきつく嵌める。
「この状態じゃあ、誘われて突っ込んだ犬のチンポが可哀想なことになるからな。ははっ」
「い、あぁっ、取ってぇ、とってえっ」
 そこまできっちり塞がれて、調教師が洗ってくれる気もないことに気付いたのだろう。
 海音が痒みに顔を歪ませながらも、助けを請うようにカルキスを見つめている。
 その視線に、カルキスは笑いかけ。
「今のお前では、私の性処理にすら使えぬ。満足に使えるようになったら来てやろう」
「あ、……あっ、お、おねが……。洗って……助けて。ああ、どうか、助けてぇ」
 助けを請う懇願は、カルキスの精神に悦びを与えてくれる。
 ふっと振り返り、海音の元に歩み寄ったのは、そんな悦びをもっと味わいたかったからだ。
「約束を覚えているか? もし……そなたが私の子を孕めば……というやつだ」
 戒められた身体に近づき問いかければ、海音の瞳がきょときょとと考えるように動き。
 その答えは、躊躇いがちな頷きによって返された。
 精神に植え付けるように囁き続けた言葉は、あれだけ理性を飛ばし快楽に溺れていたとしても、海音自身の記憶力の良さと相まって残っていたのだ。
 確信的な企ては、こと海音に限って言えばその目論見が外れたことなどない。
「ほお、どんな約束か覚えていると? それは何だ?」
「……私が……孕めば……、優しく……してくれる……と」
 蒼白な中にも縋りを見せる瞳はしっかりとカルキスを捕らえていて、確かな理性があるのが見て取れる。
 それでも、口にした言葉は不本意なのだろう。震える唇を何度も噛み締めていた。
 だが、助けて欲しくて、そんな言葉に縋りたいと願う海音の心情が、カルキスにはよく判った。
 よく判るからこそ。
「その通りだ。お前が孕めば優しくしてやろう。だが、孕めば、だ。それまでは、お前は私の性奴隷で、この国で法により任命された性奴隷の言葉を聞く主人などいない」
 約束はまだ履行されることはない、と冷たく言い放つ。
「それは……」
 不意に海音の瞳からぽろぽろと涙が溢れ、流れ落ちる。
「い、いや……助けて……、。もう、やあっ、子を孕むからっ、孕むからぁ、どうか、私に子種をっ、陛下の聖なる子種をくださいっ」
 そんなあり得ない事を望み、淫欲に狂ったときしか言葉にしなかった懇願を口にした海音。
 もうそろそろか?
 浮かんだ疑問に、カルキスは「まだまだだ」と一人呟き、それでも次の言葉が口を吐いて出たのは、無意識のうちだった。
「ならば、今宵来てやろう。そなたが我が子を孕むほどに、その身にたっぷりと私の子種を注ぐ故に、準備をして待っておれ」
 その瞬間、海音の肌が一気に朱に染まった。
 思わず見つめたその表情は、歓喜と困惑が入り混じったような複雑なもので。さらに、恥ずかしげに視線を逸らした海音は、自分の行動もよく判っていないようだ。
 痒みなど飛んだのか、震える唇が言葉を紡ごうとするけれど、閉じては開き、また閉じる。
 結局、喉の奥が微かに唸っただけで、また痒みを自覚したのか身悶え始める。
 恥じらう姿は、もう長いこと見ていない。
 それよりも、今のその表情と態度にカルキスは目を瞠り、それがとても良く見知った表情に似ているのだと気が付いて、知らず口元がひくりと震えた。
 それは、カルキスが己の子を産まそうとしている愛妾の表情にとてもよく似て。



「ふふ、昼間たっぷり休んでおけ。夜は寝かせぬ故に」
 言い残した言葉の冷たさは、自信あった。
 けれど、その心中は歓喜の嵐がかけずり回っていて、長年の帝王学故に感情を表さないカルキスですら、その口元が緩むのを止められなかった。
 あの海音が。
 理性のある状態でのあの言葉で縋り、そして心底嬉しいと態度で表したのだから。
 それが判ったのは、あまり表情の変えぬ何をしてもあまり悦ばぬ愛妾が、心底嬉しいときにだけあんなふうに挙動不審になって奇妙な表情を浮かべると知っていたからだった。

【了】