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狩人として雇われたのは、盗賊狩りを生業とする傭兵──狗乱(くらん)と名乗る男が頭を務める四人組だった。
身軽さと狭い場所での乱戦を得意とする彼らは、山奥深く隠れる盗賊団を探し出すコツを得ていて、多数のお尋ね者を捕らえていた。
そんな狗乱らにとって、城内という限られた空間で海音を見つけることなど、子供の遊びのごとく容易いことだ。
何しろ隠れる気も無く、音を立てて動き回り、居所を自ら知らせてくれているのだ。しかも、銀の長髪は光に反射して、軌跡のように視界の片隅に残りやすい。
それに、その辺の子供の方がまだ筋力があるだろうと思えるほどに弱い。たいして力をいれずとも容易に組み伏せた身体を眺め、狗乱は舌なめずりをした。
「何をしても良いって?」
一番小柄な朱理(シュリ)がそれの背に乗って、後ろ手に縛り上げあげながら呟く。とたんに、獲物の綺麗な顔立ちがひくりと強張り、怯えを孕んだ瞳が宙を泳いだ。
何をされるのか?
きっとそう言いたかったに違いない。
だが、口が開いた瞬間を狙って、礼円(レイエン)の手が口輪を含ませ、素早く後頭部で括り付けた。
「でっきあがり」
「あ──あぁぁ」
何かを言おうとしているが、奥歯の噛み合わせに金具を噛ませる口輪のせいで、言葉になっていない。
罵声が悲鳴に、拒絶が嘆願に変わるのを聞くのも愉しいが、早々に舌を噛まれては困る。
もっとも、そんな玉ではないとは聞いていたけれど。
リジンの王族だという獲物は、確かに生粋の純血の血を引いていると思わせる容姿をしていた。
力仕事などとは無縁の身体、神に愛されるだろう美しい顔立ち。空の澄んだ色よりさらに澄み切った空色の瞳に、手のひらにしっとりと吸い付くような白い肌、そして陽光に輝く銀の髪。
混血の自分たちとは違う、紛れもなくリジンの純血に姿に、狗乱の脳裏に激しい感情が湧き起こった。それは、怒りや狂喜といった相反するものがごちゃ混ぜになっていて、その身体をどこかに叩きつけて痛めつけたいという衝動に追い立てられ、けれど簡単には許さないと嬲り尽くす算段がいくつも脳裏を駆け巡る。
下腹部の奥がひどく熱くなっていた。
覚えずごくりと喉が鳴り、乾いた唇を舐める。
「こりゃあ、遊びがいがあるかもな」
同様に、嬉々として舌舐めずりをしているのは、狗乱の右腕とも言うべき突撃担当の晴栄(せいえい)だ。
体格の良い狗乱ですら負ける筋肉で覆われた身体は、盗賊の身体ですら片腕で引き回すほどの力を持っている。その晴栄にとって海音が暴れる様など幼子のむずかり程度にしかならなくて、難なく片腕で持ち上げて奥のベッドに運んでいった。
この部屋は、本日の遊戯のためにあらかじめ用意されていた部屋だ。海音の出発地点からそう遠くなく、いかにも何かがありそうにいくつもの戸棚が置いてあった。他はほとんどが空き部屋だから、あまり隠すような場所はなったが、ここにはたくさんある。だからこそ、海音は自分からその罠に入り込んできたのだ。
狗乱達は待っていさえすれば良かった。
その部屋の奥にある寝具は天蓋付きの豪勢なモノだが、それだけではない。
広い寝具は大の男が五人載っても広く、天蓋を支える柱は太く丈夫だ。しかも、普通の天蓋にはついていないはずの中程や上部にある輪が何のためなのか、狗乱にはすぐに想像がついた。
頭の中で駆け巡る算段に、その瞳の奥にゆらりとどす黒い炎が浮かび上がり、口角がすうっと持ち上がる。
天蓋付きの寝具など王侯貴族にしか縁が無い代物だ。
その下で、自分たちのような下賤なものに犯される気分はどんなものだろう。
だが、このラカンの天蓋はまだ落ち着いた色合いの物で、派手さはない。それよりもリジンの王侯貴族の持ち物であった物の方が、より豪勢で贅沢三昧な物だったというのは有名な話だ。
しかも全てが搾り取れるだけ搾り取った国民の血税なのだ。
絹の寝具や衣服は使い捨て、食事は贅をこらした内容で、その大半が手も付けられずに廃棄されている。
汚物と混じるその廃棄物の山に群がる飢えた民がたくさんいるのに、目も向けない。その民の中から見目の良いモノを攫ってきて売り払う奴隷商がたくさんいても取り締まりもしない。
子供の頃、狗乱はそこで一緒に捨てられた妹を見失った。
晴栄は、そこに捨てられていた捨て子だ。赤子が生き延びたのは奇跡に近かったが、10の時に逃げ出すまで食べ物を探しては大人達に渡し、僅かな食料にありつけていた。
朱理は、そこで攫われて売り物として運ばれている最中に山賊に奪われて、慰み者になっていた。
礼円の両親は、犬畜生のように嬲られて殺されて、自身は幼少の頃から端金で体を売らされてきて、死にそうな目に何度も遭っていた。
血が混じってるというだけで王侯貴族どもは彼らを庇護しないうえに、人として扱わない。だからこそ、自分の身は自分で守らなければならず、親しい者が殺されても、捕らわれても、何をされても何もできなかった。
この四人は、多少の差はあれリジンで生まれ育ってそういう経験をしてきた混血児で、そんな四人だから、いずれの瞳もどう猛な輝きを放ち、待ちに待った獲物を逃がすまいと一様に激しい興奮に鼻息が荒かった。
時計は、まだ5時間以上残っている事を示している。
彼らを呼んだ王の依頼は、開始時刻から6時間後に、海音を王の元に連れて行くこと。その時、海音を殺していてはならないこと。また瀕死状態にすることも、必要以上の流血、それに四肢や身体の一部を欠損させるようなことも許されていない。
だが、それだけだ。
微妙に曖昧な表現は解釈に苦しむが、要は緊急で医者を呼ばなければならないような状態にせずに連れていけば良いということだろう。
それまで、何をどうしようと、王もこの城の連中も関与しない。
カルキスの真意がどこにあるかなど判らないが、それでも、彼の王は狗乱達の評判を知っていて、この仕事を与えたのははっきりしている。
なぜなら、狗乱とカルキスが会ったのはこれが初めてではなかった。
『淫魔獣団と呼ばれるほどのそなた達の仕事ぶり、とくと見せて貰おうか』
その名を知り、その意味を知っていて。
狗乱達が何を憎んでいるかも知っての依頼。
盗賊狩りを生業とする狗乱達は、盗賊を捕らえた時、すぐには憲兵には渡さない。太い木につり下げ、その身を鞭でたっぷりと打ち据えるのは前座にしか過ぎない。
その後、四人で代わる代わる盗賊を徹底的に陵辱して。
自分たちが飽きてしまってから、瀕死状態の盗賊を憲兵に引き渡していたのだ。
狗乱達の凶行は、有名だ。
指さされ、忌み嫌われる所行だと判っていても、弱者を慰み者にしている輩をたいそう嫌う彼らにとって、そんな奴らが憎くてしようが無くて。
止まらない。
本当は、リジンの王侯貴族に手を出したかったのに、それらに手を出す危険性を承知しているから、その分その憎しみが盗賊達に向けられた。
もっとも、いつか、と思っているうちに、ラカンがリジンを滅ぼしてしまったのだけど。
昔、縁あってカルキスは狗乱の憎しみを知った。
家族を奪われた哀しみと憎しみに、地獄に落ちることすら厭わないと言い切る狗乱を知ってなお、リジンの王族相手に遊べ、と言う。
ならば、答えねばならないだろう。
寝具の上で転がされて身悶え足掻く海音の姿に、狗乱の、仲間達の表情に、狂気の色が濃くなっていく。
自分たちが狂っていると言われるのは平気だ。そう言われた時、彼らが返す言葉はいつも一緒。
『原初の民の血を引いているんだよ、俺たちは。神と淫魔の合いの子のね』
同時に、原初の民が白き輝ける神の子といわれる伝説の裏に流れる闇の伝説も話すのだ。
誰も信じてくれない、戯れ言だと嗤う物語を、何度でも。
『神から見捨てられた淫魔の慣れの果てが原初の神。だから、性に貪欲で、残酷なんだ』
まだ朱理がいなくて、狗乱達三人だけの頃、盗賊を追っかけて分け入ったリジンの国教近い山奥で、誰からも忘れられた村を見つけた。
その村は、異端の神を信仰する人たちが寄り添うように暮らしていたのだが、そこに追っていた盗賊が逃げ込んだのだ。
暴れ、人質すら取って逃れようとする盗賊を隙を見て捕らえ、怪我をした村人に薬を分け与えたことで、警戒されながらも泊まることを許された。
もちろん、この村のことは誰にも言わないと約束してのことだ。
狗乱は彼らがリジンから逃れたという話を聞いた時点で、もとよりそんなつもりは無いと訴え。
自分たちもまたリジンから逃れたモノだと素性を言えば、彼らは半信半疑ながらも、三人を受け容れた。
その村からさらに奥に入った洞穴の奥にあったのが、崩れかけた神殿だ。
異端の神──と言っても、リジンに神の子が来る前から奉られていた土地神で、神には違いないのだけど。リジンでは、神の子──すなわち王族以外は崇めるに足らずと、ないがしろにされ、朽ち果てさせたのだ。
その神殿で、狗乱は見つけたのが古い神話の壁画だ。
神殿の奥底に半ば砕け、大半が地に埋もれた壁画は、古い言葉ではあったけれど。その絵から十分内容が読み取れた。
村人に話し、その壁画を絵の巧い村人に書き写して貰い、それを、狗乱はなんとかつなぎを取って、カルキスにその絵を献上したのだ。
それは、国教沿いの憲兵から、王がリジンに関する有益な情報をもたらしたものには、金封を与えると聞いていたからだ。
その、カルキスに渡るよう手配して、実際手にしたその絵は、リジン創世記の話だった。
それは、リジン建国の頃の神の子の降臨の風景が描かれていたのだ。
だが、有名なリジン建国の絵巻物と同じ風景なのに、その中にいる神の子は、絵巻物とは全く違う姿で。
神の子に寄り添う性器も露わな淫靡な悪魔の絵。
膨らみきった腹を抱えた神の子の、苦しげに野原を渡り歩く絵。
たくさんの全裸の女達がうずくまる中央にいるのは、神の子なのに。
女達の傍らに産み落とされているのは、その悪魔そっくりの子供達。
薄くなって、はっきりとしない部分はあったけれど、それでもおかしな絵だと、狗乱は気づいた。
カルキスは、巧みに写された、古代の文字を読み解いた。
そこには歴代のリジン王家がひた隠ししてきた真実が、遺されていたのだ。
悪魔である淫魔が美の化身である神の子を犯し、腹に淫魔の子を宿させた。
魅了の技と奇跡と呼ばれる神技で人の心を支配することができた神の子は、両生体のであり、元来、優しい子であった。
だが、淫魔の子を孕んだ子を神はたいそう憎み、神の証である翼をもぎ取り、人として大地につき堕とした。
すでに、淫魔の力を持つ胎児の力がその身に染み渡り、心までをも冒されかけていた神の子は、その苦行の中で残っていた僅かな光りをも失い、ついに闇に堕ちてしまった。
もっとも、生きる糧を得なければならぬ事も知らず、野生から身を守らなければならぬこともできかった子は、そのままであれば朽ち果て、子を産むことなく死んでいただろう。
淫魔の子は強力ではあったけれど、母なる神の子の身体を生きながらえさせるだけの力は持っていなかったからだ。
だが、幸か不幸か、彼は救われてしまったのだ。
清純無垢な神に仕える人達によって。
神の子の容姿は苦行の果てに衰えてはいたけれど、魅了の力が残っていた。さらに、狂気の中でも、胎内の子を守ろうとし、胎児自身も自分を守ろうとした。
結果、人々はその美しき容姿と神と淫魔の力に囚われた。彼の美しい言葉に惑わされ、進んで彼を中心に国を作り上げ、彼を初代の王とし、尽くした。
その国では、王に従わない者は殺され、土着の神は追いやられ、王が神となった。さらに、力を持つ子を増やすために、近隣諸国から美しい女を攫ってきて王の相手をさせ、淫魔に侵食された神の子の力を受け継いだ子を多く産ませた。
神の子を支配した淫魔の力は、胎児であってもたいそう強力で。親である神の子の種に自らの力を潜り込ませることができたのだ。
犯された者達は淫魔の子を産み落とし、神の子から産まれた淫魔は王を継ぎ、さらに自分の化身を増やし、強固に支配し、強大な国を作り上げた。。
『純血の神の子は、すなわち悪魔たる淫魔の子だ』と、リジンの執拗な取り締まりに逃れに逃れて流れ着いたであろう土着の神の神官の言葉が、神殿の壁に深く刻まれていた。
その解読した内容を、狗乱はカルキスからの文で知った。
狗乱がカルキスから情報を得たのはその一度きりだ。
それが誠かどうか、信じられないという気持ちはあった。
実際、淫魔の存在が、神話の世界の中だけだという話もある。だが、リジンの特に血族間での婚姻を繰り返した血の濃い貴族達に、淫魔の本質と言われる淫欲と嗜虐性の発現が多いのも事実だ。
それに、リジンの民は性奴隷として最高級品であるというのは疑いようのない事実でもあった。