【宴の夜】前編

【宴の夜】前編

 押し倒された時、ただの悪ふざけだと思った。
 力強い指が痛いほどに手首を鷲づかみにして、テーブルに押しつけられてもなお、やりすぎだろう、と思っただけだった。
 かちゃ、と、金属がかみ合う音がして、じゃらじゃらと細いけれど丈夫な鎖が肌の上を這った時には、さすがに「あれ?」と思ったけれど。
 それでもその瞬間までは、本当に悪ふざけだと思っていたのだ。
「なっ! ひぁっ!」
 勢いよく引っ張られて、堪らずに漏れた悲鳴が、一気に大きくなった。
 視界いっぱいに、知った顔が笑っていた。
 けれど、これは誰だろう?
「愉しいこと、しようぜ」
 数ヶ月の付き合いの間、一度も見たことのないかった笑みに、ぞくりと全身が総毛立つ。悪寒が全身を走り、身体が小刻みに震えた。
「瀬能……」
 新入社員仲間の中でも特に親しかった男が笑みを浮かべて見下ろしている。
 震える声で縋るように名を呼んでも、返された視線に、悪寒が激しくなった。 
 その隣にいるのは、教育係の先輩の室崎で。
 足を捕まえて押さえつけているのは、会社のテニスサークルで親しくなった同僚の香我美。
 そして、四肢の動きを封じる鎖を握っているのは、今日の飲み会を主催した役員で。
「さあ、歓迎会を始めようかね、久能木(くのき)くん」
 この場にいる4人の名前は、みんな知っているけれど。
 みんな別人の誰かのように恐ろしい笑顔を浮かべていて、久能木の恐怖を激しく煽る。
「や、やめっ、何でっ、こんなっ!」
 制止の声を聞く者は、誰もいなかった。


 あっという間に衣服を脱がされ、剥き出しになった肌を大気に晒す。
 四肢はテーブルの四方の足にそれぞれ括り付けられて、閉じることは適わない。
 悲鳴と怒声を浴びせ続けた口は、大きな口輪を嵌められて、限界まで広げられている。そのせいで、悲鳴すらまともに発せられない。
 溢れた唾液が、ごぶっこぼっと喉で音を立てるのを何度も何度も飲み込んで、寒いだけでなく震える身体を必死になって捩るけれど、四肢を止める手錠はびくりともしなかった。
 同僚だ、仲間だと思っていた男達のぎらぎらとした視線が怖い。
 男の欲望を知らないわけではなかった。
 もとよりそういう性癖で、多少は遊んでもいて男相手のセックスの経験はある。だが、それにのめり込むことはなくて、自分は淡泊なのだとさえ思っていた。実際、その界隈に遊びに行っても、一緒に飲んで、だけの方が格段に多い。
 だから、こんな激しい欲望に晒されたことはなかった。何より、会社では自分の性癖はひた隠しているから、こんな事をされる謂われなどないはずなのに。
 なのに、明らかな性対象として、しかも嗜虐性を隠しもしない男達に迫られている。
 彼らの浮かべてる笑みの卑猥さに、逃げだしたいほどの恐怖に襲われるのに、逃げられない。
 誰も久能木を人として見ていない。そのことがよけいに恐怖を煽った。
 指が、乳首に触れる。
 冷たいそれに、びくりと必要以上に反応してしまう。
「君は今日から我々の奴隷だよ」
 乳首に触れた手の持ち主が、優しく言う。
 一部上場企業でもある会社の10人近くいる執行役員の一人だ。佐々木という、経理担当常務の太い指が、縮こまった右の乳首を摘み上げ、指先でやわやわと揉み扱く。
「あ──っ、あぁぁっ」
 奴隷という嫌な響きの単語は理解不能な代物で、しかも、何をされるか判らない行為は、ただ痛いだけだった。
 痛みに身を竦ませ、イヤだと胴体をくねらせて少しでも逃れようとするけれど。
「踊っている」
「ああ、イヤらしい踊りだ」
 同期の瀬能とテニス仲間の香我美が嗤いながら指さす場所が、己の股間だと気が付いて、動きが止まる。
 腰が左右に動くたびに、剥き出しの萎えたペニスがぺしぺしと両の太ももを叩いていたのだ。
「可愛らしいチンポだ。踊って俺たちを誘ってやがる」
「あ、あぁぁっ、うああぁっ」
 違うと言いたいけれど、悲鳴に混じった音しか漏れていかない。
「もっと踊れよ。ああ、なんか音楽でもいるかな?」
 先輩の室崎がつんつんと指先で恐怖に縮こまった亀頭を突く。
「音楽か……そうだな」
 乳首を弄りながらも首を傾げた佐々木が、一瞬後にはくすりと愉しげに口角を歪ませた。


「あ──っ、ああ゛──っ、があ゛ぁぁぁっ!」
 堪えられない悲鳴が、喉を痛めるほどに迸る。
 踊っていると揶揄されて、動かすつもりなどなかった身体が、腰を中心にくねくねと上下左右に捻れ、跳ねていた。
 踊るつもりなど無い。
 だが、身体と同様に暴れているペニスに伝わる振動とむず痒さにじっとしていられないのだ。
 ぺちぺちと大腿や腹を叩く音に重なるのは、ブーブーとランダムにリズムを変えるバイブ音だ。
 それが大きくなれば、激しい快感がペニスを襲う。
 大腿を叩く振動に、痒みが僅かに解消され妙なる感覚に襲われる。
 見なくても、自分のペニスがビンビンに立ち上がっているのが判っていた。
 そんなペニスに伝わる振動が変わるたびに、別方向に身体が跳ねて、激しく身を捩り、叫ぶ。
「汁が飛び散ってるぜ」
「あ゛──っ、あっ、あぁぁっ」
 傍らの室崎に、止めてくれと視線で訴えるけれど、涙が浮かび溢れる瞳を誰も見てくれない。彼らの視線は、勃起して鈴口から透明な粘液をだらだらと流している久能木のペニスに向かっていた。
 濡れそぼったペニスは、ねっとりとした粘性の高いジェルに覆われていた。その上に三つのローターが肉に食い込むように、ペニスバンドで止められている。
 そのローターのリモコンは、乳首弄りに専念している佐々木以外の三人の手に握られていて。
「いあぁぁっ、──ああぁっ」
 塗られた直後から熱くなり始めたペニスが、バラバラに動くローターに翻弄され始めたのはすぐだった。
 熱くてむず痒くて。
 そこに伝わる振動は、瞬く間にペニスを勃起させた。体温にとろけてきたジェルが、会陰からさらに狭間の奥まで流れた途端に、今度は尻穴がひどく痒くなって。じっとしていられない痒さに、身を捩る。
 がくんがくんと上体が上下し、腰をテーブルに打ち付ける。その振動で僅かでも痒みが癒えると、さらに激しく身体が動いた。
「おやおや、これでは乳首が堪能できないね」
「でしたら、これでどうです?」
 優しかったはずの室崎が差し出した道具が視界に入り、とろけた頭でもそれがどんなものか判って。
「あ──っ、あ──っ」
 必死になって首を振って拒絶しようとしたけれど。 
 パチンと軽い音をたてて、牙が小さな粒に噛みついた。
「ひあぁぁぁっ」。
 四肢と頭でブリッジするほどに仰け反った胸。その左胸に赤いゴム付きのワニ口クリップがピンと立っていた。そこからコードが伸びて、佐々木の手に握られている。
「こっちも」
「あ゛ぁぁ゛──っ!!」
 小さな乳首に食い込む今度は緑のワニ口クリップに、激しい痛みが倍増されて飛散する。
 こちらもコードが伸びていて、それもまた佐々木の手に渡ったのを、見えていなかった。それを知ったのは、笑みを孕んだ佐々木の言葉が耳に届いたからだ。
「これは良い。もうどんなに暴れてもずっと苛められる」
 低く落ち着き払った声音は、さすがこの大企業の役員だと思っていたけれど。
 今は久能木を恐怖のどん底に貶めていく。
 助けて──と叫びたいのに、封じられた言葉は、どんな意味も相手には伝えない。
 ぽろぽろと流れる涙など、四人の心に何の感慨も起こさせないのだろう。
 彼らの視界は、牙が食い込み先より充血した乳首と、鈴口をパクパクと開閉させているペニスと、そして、痒みにひくひくと震えるアナルに向けられていた。
 それがどんな意味を持つのか、判らないほどウブではない。
 だからこそ、待ちかまえている未来に恐怖する。
「それでは、こちらも良い子になる薬をあげよう」
 佐々木がコードを片手にまとめて持って、瓶を持ち上げた。それは、室崎がペニスの上に振り回した代物だ。
 その瓶が傾く。その真下にあるのは、牙が食い込み歪に歪んだ乳首だ。
 まさか、と久能木が目を見開く。
 視界の中で粘性の高いそれが瓶の縁に大きく溜まり、そして、一筋の線がたらりと落ちていった。




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