【楼寿 淫鬼の僕(しもべ)】後編

【楼寿 淫鬼の僕(しもべ)】後編

 静かな山奥にバイクの音が響き、ほとんど朽ちた小屋のところで止まった。
 ヘルメットを取った隆紀は、バイクをそこに止めたまま、その小屋の中に入り込む。
 一年使われなかった小屋は、埃が積もり、新たに破れた壁からたくさんの枯れ葉が入り込んでいた。
 けれど、それ以外は記憶にある場所と同じだ。
 この小屋で、この場所で。
 隆紀はうっとりと微笑みながら、漆黒のライダースーツのファスナーをおろした。
 覗くのは、あちらこちらに線条痕や打撲痕を残す肌だ。
 まだ赤いものから、青黒く、そして黄色になったものもある。
 身体にぴったりとしたスーツを脱ぐごとに、縄目のような拘束の痕も現れ、火傷の痕も現れた。
 その痛々しい姿を外気に晒した隆紀の瞳は、何かを期待するように中空を見つめたままだ。
 しかも、スーツとブーツを脱げば、下には服と呼べるモノは何一つ身に付けていなかった。
 ただ。
 両の乳首は太いピアスが貫いており、小さなはずの乳首はえぐり出されて女のように大きくなっていた。しかも、熟したサクランボウのように赤黒く、白い肌に淫らに映えているのだ。その乳首から伸びた鎖は、亀頭にあるピアスと短く繋がり、勃起していなくとも、常に上向きに固定されていた。そのせいで乳首は下に伸び、鈴口の穴は上へと伸びて広がってしまっている。
 さらに、アナルには黒々とした5cm型の円形状のものが見えた。
 それがブルブルと小さいながらも激しく震えているのだ。
「はあ……」
 熱い吐息を零す隆紀は、そうやって身体を慰めながら、淫らに勃起したままここまでやってきたのだった。
 それもこれも。
「ああ、……お約束の通りに……」
 薄汚れた床に跪く。
 あの時のもこんなふうに汚れていた。
「300の、違う雄のザーメンを喰ろうて、参りました」
 期待に淫らに尻が揺れる。
 勃起しきったペニスの先からたらたらと卑猥な淫臭を漂わせながら、粘液が溢れて零れる。
 このペニスは、あの日から一度も射精をすることはなかった。
「ああ、どうか……俺に、施しを……」
 どんなペニスを擦っても、尻穴を肉棒で抉られても。
 あれ以上の快感を得られなかった。
 あの日から、痛みすら快感になる身体になってしまい、たくさんの雄に犯されて。
 暴力的な男達に激しい陵辱をしてもらっても、逞しい犬達にも犯してもらっても。
 気持ち良いけれど、快感としては物足りなくて。
 達けないのだ。
 射精も、絶頂も。
 堪らなく気持ちよいと言うのに、それだけしか味わえない身体は、いつもたいそう餓えた状態だった。
 生きて、またあの快感を味わいたい。
 あの日、理性が覚醒した後、どうにか形になったズボンの部分とブーツだけ履いて、なんとか帰宅したのだけど。たった一晩休んだだけで、もう激しい餓えに襲われてただ男が欲しくて堪らなくなったのだ。
 本当に欲しいのは、あの男のモノだったけれど、背に腹は代えられなくて、街中に立った。
 それに、あの男が言ったのだ。300の違う雄の精をこの身に受けろ、と。
 ならば、と、隆紀はこの身体を男達に投げ出した。
 最初は、夜の街で男を漁った。
 路地裏で男を誘って、尻を出して強請った。金なんかいらなくて、ただ、精液を注いで欲しくて。
 そんな淫乱に誘う隆紀に馴染みの客が付くのは早かったけれど、餓えた身体は満足などしないどころかますます欲しがった。
 けれど、一日一人では時間がかかり過ぎる。しかも、馴染みだけ相手にはしていてはダメで、けれど、街中で男を買うような人は少なくて、限りがあった。そのせいで、一週間で二種類ということもあって、進まない日も多かったのだ。
 そのうちに、なりふり構わずに男を漁るせいで、ヤクザ者に目を付けられて。
 捕まえられた時には、ラッキーだと思ったのは、彼らが逞しい雄だったからだ。
 胸ぐらを掴む、雄の匂いに、餓えた身体が浅ましく悶えて、誘った。
『淫乱な俺の身体を自由にして良いから……ザーメンを……ください』
 金なんかいらない。
 逞しい雄をいっぱい。
 痛めつけられて、乱暴でも、何でも良いから。
 そんな隆紀は、ヤクザにとって格好の金づるとなった。
 非合法のSMクラブのM役は、慢性人手不足なのだと、放り込まれて。
 ただ痛めつけるだけが悦びの客に与えられてもよがり狂う隆紀は、その身体がボロボロになっても男を欲しがる淫乱狂いのマゾとして、重宝がられた。
 輪姦も、受け容れた。
 ヤクザの客の手下達数十人に輪姦されたこともある。
 新しい雄のザーメンをくれるのなら、ピアスも喜んで受けいれた。
 鞭でもロウソクでも、フィストでも、なんでも良かった。
 頭の中でカウントする雄の数。
 犬も、何十匹相手をしたことか。
 そうしなければ、300なんて数の雄をこの身に受けることなんてできなかったのだ。
 300回ではなくて、300種。必要なのは300種類の精液。
 そうやって、身を削って雄を受けいれて、ようやく。


「あ、ああああぁぁぁっっっ!」
 四つん這いの背後から激しい衝撃が全身を襲った。
 ほんの一瞬、空虚な感覚があったと気付く間も無い衝撃に、背を仰け反らせ、喉も裂けよとばかりに上げたのは、歓喜に満ちた嬌声だ。
「なるほど、確かに300の異種の香りよ。なんとも芳しき芳香。しかもこの袋には凝縮した精がたっぷり詰まっているようだな」
「ひっぃぃぃ」
 ぎりと握られて、張り詰めた陰嚢から激しい痛みが湧き起こる。
 どんなに犯されても出なかった精液。そこで確かに生産されていると感じていた場所は、いつだって凝り固まったようにその存在だけを重苦しく感じていた。
 それを遠慮呵責無く握られて、さすがの痛みに涙がこぼれ落ちる。
 けれど。
「あ、ぁぁぁぁ、欲しかったぁあ……すごっ」
 熟れきった肉筒を埋め尽くす巨大な陰茎に、その痛みも忘れる。
 ぐちゅ、ぐちゃ、と抜き差しされる度に、泡立った白濁が溢れるのは、300種目の精液を受けた途端に、淫具でフタをしてここに来たからだ。
 太くて、熱い。
 肉壁をめくり、肉を抉り、腹の奥底まで犯す、この肉棒を待ち望んでいた。
 身体が激しく痙攣し、感涙の涙が滴り落ちる。
 一年間、あれだけ出なかった精液がペニスから滴り落ち、長らく感じていなかった射精の快感に、全身が強張り、咽び泣いた。
「ふふ、出せ。この中にあるもの全て吐き出せ」
 背後で男が嗤う。
 吊られたように背後を振り返れば、薄く掠れた視界の中で、二本の角を持つ男が嗤っていた。
「お、に?」
 ずっと気になっていたことだ。
 この世のモノとは思えぬ快楽を与える存在は、けれど、その禍々しい姿からして、神では無いだろうと思っていたけれど。
「我は淫魔の王よ」
 嗤う男の妖艶な舌なめずりに、ぞくりと脊髄から脳髄までが痺れてしまう。
 零れる熱い吐息は、その瞳に魅入られたせいか。
 この男が悪魔であろうと、鬼であろうと、どうでも良いことだと、己の問いへ答えが、耳を素通りして行く。
「鬼の気が満ちた空間で、生粋の雄の淫魔と、その母親との交配により生まれた雌に、父親である淫魔を交配し子を産ませ、さらにその子に、祖父で有り父でもある淫魔を交配した。その血を濃縮すること五代目に、我が生まれたのだ」
 禁忌の実験の果てに鬼として生まれた子は、鬼らしく母たる雌淫魔の腹を食い破って生まれた。それは、新たな力を持つ鬼の誕生でもあったのだ。けれど、生粋の鬼とは違ったのは、その母たる淫魔に鬼の力が無い故に、成長に時間がかかったことだ。もっとも、その存在を面白がった主により、優れた鬼の子を産み落とす役目のものに与える淫魔から得た体液を惜しみ無く与えられたせいか、その力は成長するにつれ増大し。
 主とて予期せぬ力が備わったのだ。
「我は、淫魔を再生する。増やすこともできる。我が名は、我が主黄勝(きしょう)様より賜った、淫鬼(いんき)の楼寿(ロウジュ)よ」
 機嫌良く喋る楼寿は、あぐらをかき、隆紀の身体を抱きかかえて降ろした。
「ひあっ!」
 奥深く銜え込んだ肉棒が太くなり、ミシミシと身体を裂かんばかりに埋め尽くしながら、快感を絶え間なく与える。
「ああ……」
 それこそが、隆紀がずっと欲しかったものだ。
「はぁぁ……、すごぉぉ、あつぃっ」
 太くなる。
 隆紀のアナルがその大きさになれると、肉棒はさらに大きくなり、長くなる。
 直腸どころかその先まで埋め尽くすこの感覚は、腕を入れられても得られることなど無かった。
「それまで、淫魔どうしでしか生まれず、さらにその中でも稀にしか生まれぬのが淫魔の雌だった。それ故、番いを作るのも難しい故に貴重な淫魔が、どの雌であろうと我が犯して種が根付けば確実に淫魔として生まれるようになったのだ。さらに、雄を犯せばその体機能が変化して、他の雄どもの精を蓄えることができるようになる。中でも300以上蓄えた精は淫魔の若返りの薬となり、我のみがそれを取り出すことができるのだ。こうやって」
「ひっ、あ、うっ、くぁぁぁぁっ」
 誇らしげな声音ととともに、ずるり、と何かが鈴口から引きずり出される。
 射精がゆっくりと続くような、尿道を中から擦られる感覚に、全身が小刻みに痙攣し、激しい絶頂感が続いた。
 視界が真っ白に弾け、細胞の一編までもが爆発しているようで。
 それが全て快感しか与えないのだ。
 楼寿の手の中に、ずるずると引きずり出され、落ちたそれが小さく丸く固まっていくのにも気付かず、ただ快感に咽び泣き、嬌声を上げながら、意識を爆発させ続ける。
 それは、一年前の記憶よりも、さらに激しい快感だった。
「この玉を多く、くたびれた淫魔に与えれば若返りの妙薬として働き、その淫魔は復活とも言える再生を果たし、我らが主に再びその長きにわたる新しい人生を捧げることができるのだ」
「あ、あっ、あっ、あぁぁ」
「喜べ、そなたの働きにより、黄勝様お気に入りの最初の淫魔である狂がまた新しい生を得ることができるのだ」
 太く逞しい肉棒に犯される隆紀には、嬉々とした男の——否、淫鬼と冠されたそれの言葉など耳には入っていなかった。
 淫魔は元が人間だったせいか、寿命が鬼に比べれば短いのだ。
 まして鬼のように再生しないし、その扱いの雑さから、中には早々に使い物にならなくなる者もいた。
 だが、生粋の淫魔と呼ばれる狂や憂、それに憐を含めた幾人かは失う訳にはいかないと、それぞれの主が言い始め。
 そんな矢先のこの薬の発見は、主である鬼達を狂喜させ、どんなことをしてでも作れという厳命が下っていた。
「あはぁぁ、すごぉぉ、ああっ」
 その贄に選ばれた隆紀は、己の運命など知らず、ただ、ずぼすぼと太い肉棒を埋められ、肉をえぐれられ、弾ける快楽に溺れるだけだ。
「隆紀よ、褒美が終われば、次の妙薬を作れ。まだ、憂も、他にもいる。一つでは効果が薄い。たくさんいる故、貴様らにはたくさん生産して貰わねばならぬ」
 弾け暴れる快感の渦が身の内から溢れ出る。
 この快楽を得るためなら、どんなことでも従うしかない。
「ひっいっ、はじけ……って、あふれ……ぁぁぁぁっ」
 奔流する熱は暴れて意識までをも犯し、全てをどろどろに崩して。
 二度と逃れ得ぬ闇に捕らわれたことにも気付かずに。
 隆紀は一時の快楽を夢中になって貪っていた。
 


 倉庫のような薄暗いただっ広い空間で、『輪姦演舞』の垂れ幕の影にいる黒服が、くすくすと嗤う。
 裸の男達の群れが襲うのは、たった一人の青年、隆紀だった。
「ザーメン、ください……ざー、めん……」
 ふらつく身体は傷だらけで、その下肢は流れ出た白濁が筋を作っていた。
 もう十人近くを相手にした輪姦ショーは、男達が満足するまで終わることは無い。
 それらをたった一人で受けいれる隆紀の身体は、限界を迎えていたけれど。
 勃起したペニスを変色するまできつく縛られたまま、休む間も無く次の男に押し倒されても、上がるのは強請る声だけだ。
 ピアスにアナルバイブ、尿道バイブはデフォルトで使われて、隆紀の体を苛むオモチャはどれもが体液にまみれ、山と転がっていた。
 ペニスの紐も、どうせ出ないと判っていても、瑣末な小細工でも男達は煽られるから緩められることは無かった。まして、会場内には淫欲を誘い、獣心を増加される香も炊かれていて、男達の嗜虐欲を煽り続けていた。
 そんな中にいる隆紀は、けれど、上げるのは悲鳴では無くて嬌声ばかりだった。
「あはぁぁっ、すっごぉぉっ」
 何をされても喜ぶ隆紀は、もう意思などない。理性などとっくの昔に意識の奥底に沈み込み、暗闇の中で咽び泣き続けるだけだ。
 ただ犯される事だけ望み、たくさんの精を受けることだけを欲していた。
 そうすれば、最高のご褒美が貰えるのだ。
 ただ、それだけ。
 隆紀の理性は、三回目の薬を取り出した時から戻らなくなっていた。
 その姿を窺いながら、手持ち無沙汰の黒服の男は今日手に入れた金の勘定を頭の中でしていた。
 主演者に金はいらない。逃げる心配も調教する必要もない。自ら進んで足を広げて、どんな陵辱でも受けてくれるのだから、楽といえば楽だろう。
 飼う手間はいるけれど、収益からすれば端金とも言える。
 まあ、こんな薄利多売のショーに、生産しやすくなったとはいえ貴重品の淫魔を使うにはもったいないから、ちょうど良い。
 淫魔の、あの何をしても壊れない身体は特殊なショー用であり、出し惜しみするからこそ高い価値がある。こんな芸の無いショーにはもったいなさ過ぎたのだ。
 もちろん、来場者、参加者からも金を取っているし、淫魔のための妙薬は実は人にも少しは効果があって、非常に高く売れるということも判って。
 たっぷりと生産してもらう必要があるが、そのための輪姦ショーでも儲けが出るのは嬉しいことだった。
 疲れて倒れれば、淫魔特性の栄養剤と催淫剤で復活させた。
 元手いらずの商品は、壊れても損はないけれど。
 まあ、薬を出してからくたばって欲しいもんだね、と呟く声は、アダルトビデオも顔負けの嬌声に紛れてしまって誰にも届かず消えて行く。
 もっとも、淫魔の性を持つあの新しい鬼の眷属は、今日もどこかで新たな僕を作っているだろうから、あれが壊れようが構わないのだが。

 こんな美味い商売はそう無いな、と、金庫番の責を預かる鬼の笑みはいつまでも止まらなかった。


【了】