風変わりな鬼が見つけた淫魔は今いる淫魔とは別の特別な存在だった。
鬼の瀬乃と淫魔の終の出会いは、偶然だった。
このシリーズで甘い恋人同士になれるのは鬼しだい。
−−−−−−−−−−−
口の中を埋め尽くす、己より一回りも二回りも大きな陰茎を銜えて、息苦しさに知らず涙が浮かんでしまう。
しっかりと銜えようとすると舌を舐め動かすくらいしかできず、きゅうと吸い込むように口内をすぼめて刺激を与えていく。
「んぐっ、んんっ……んぐぅ……」
それに加えて、入りきらない陰茎の根元に指を絡めて、唾液にまみれたそれで擦り上げた。
血管が浮き、グロテスクにエラが張った亀頭部は、柔らかいけれど芯のある固さだ。喉の奥まで入り込もうとするそれを迎え入れ、教え込まれた通りに締め付ければ、己の唾液とは違う液がじわりと奥に流れ、生臭い淫臭が鼻の奥を抜けていった。
感じてくれているのだと、ホッとするとともに、さらに強く口の中の陰茎を刺激する。
「また吸い付いくのが上手くなった」
指が髪の中に入り込み、頭皮を撫で擦ってきた。それは男が満足している証拠で、少なくとも彼の癇癪を刺激していないようだ。
気が長いようで実は短い彼の怒りを買えば、おあずけが長引いてしまう。それに今は時間が無い。わずかに残る休憩時間を気にしながら、喉の奥を狭め、ちゅうちゅうと吸い付いて太い肉の熱を口内全体で、それを刺激する。
けれど、脳が痺れるような声も無視できずに、応えるように目線だけを上げれば楽しげに歪んだ口元だけが目に入った。
立っていても見上げる位置にある精悍な男らしい顔は、座っている腰に縋り付いている体勢では、その顔を見ることも叶わない。
それでも目だけで頷いてみせれば、クツクツと震える振動で、彼が笑ったのが判った。
「ほんとに好きだな、咥えるのが」
幼子をあやすように撫でられるのは気持ちいい。
自分の二つ下の年齢となっていても、その体格と、何より地位の違いが大きくて、逆らえない立場としては機嫌良くいてくれると嬉しい。
数ヶ月前までは互いに同じ会社に属していて、部署は違えど同僚であったにもかかわらず。
今や、彼は主で、己は奴隷。
鬼の血を引く者と、淫魔の種から造られたモノだと判ったその日、すべてが変わってしまった。
ふと、そんなことを思いつき、再び滲み始めた涙は、生理的なものだけでは無い。
惨めだと思う感情は、すでに捨て去ってしまっていたはずなのに、この身の奥でいつもくすぶっているようで、ふとしたおりに出てきてしまう。
けれど、それすらも男の機嫌を良くしたようで、楽しげに髪を掻き回し、流れる涙を指で掬い上げ味わっていた。
機嫌が良いとこちらも気持ちいい。
優しい彼は、好きだ。
早く終わらせてあげようと、再び視線を落として間近に男のペニスと硬い陰毛を見つめながら、今度は少しだけ抽挿を始めて見た。
「ん、ぐっ……うっ……ぐっ」
幸いに喉の奥がそれほど敏感では無かったおかげで刺激にえづくことは少なくて、奥まで使った口戯は彼も認めるほどだ。
ジュッ、ヂュポッ、クジュッ。
濡れた淫らな音に、舌で耳を犯されてる時のようで、身体が熱くなる。男の長い舌が耳腔をなぶる時の刺激は好きな方だったからだ。
男が感じている証拠の馴染んだ味が奥に広がる。
量が増え、濃厚な性の臭いが増してきていた。目の前の腰も震えて、感じていることを伝えてくる。
同時に、己の身体の奥がジワリと重苦しくなってきて、飲み込んだ液が酒のように細胞へと染み込んで行くのを感じた。
己を狂わせる鬼の精液が入ってきたのだ。
心拍数が上がり、全身が熱を帯び、希求心が強くなる。
先走りに微妙に含まれる段階でも、麻薬のごとく支配してくるそれに、淫魔の身体は逆らえない。
口内を溢れる唾液が量を増し、股間のそれが熱く疼く。
スラックスの前を押し上げ、窮屈さに悶え、けれどその苦しさにすら感じていって。
「旨そうだな、俺のタネが欲しいのか」
嘲笑が滲む言葉に、今度は本能で逆らえない。
コクコクと、反射的に頷いて、動きを早くする。
何で……。
いつだって浮かぶ問いに答えはでない。
どうしてこんなにも彼に犯されることを期待して、思うさまに蹂躙されてしまうことを悦んでしまうのか。
淫魔だから、という答えで納得するしかないのだと理解はしているのだけど、それでも人として生きてきた生がそれを否定しようとする。
自分は淫魔なんかではない、と、熱に浮かされながらも否定して、けれどいつでもそれは手酷く自分自身に裏切られるのだ。
口蓋をエラで擦られて、ぞわりと背筋を這い上がる快感に、腰が勝手に揺れる。
堪らず見上げる潤んだ視界の中で、見慣れてしまった顔を寄せてきていて、その朱く染まった瞳から目を離せない。
「終(シュウ)……」
彼の掠れた、色欲を孕んだ低い声音が、脳髄を痺れさせる。
たらりと口角から流れた唾液をも掬われて、その指を美味そうに舐められて。
「んあぁぁ……」
ゾクゾクッと背筋を駆け上がる衝撃に、全身が硬直した。
意識が白く染まっている。
「……はは、舐めてるだけでイったか、淫乱」
じわりと滲む股間の刺激にぶるりと身震いしたけれど、その量は少なく、射精には至っていないのは自覚していた。
「自分だけで楽しんでないで、な」
「んぐっ」
髪を掴まれ、腰を突き込まれて。
剛直を増したそれが、喉の奥まで入り込む。
顎が外れそうになるほどに彼の陰茎は太くて、銜えきれない部分が片手の幅分ほどにあるそれが、彼の意思で動き出してしまえば、もうなされるがままに受け入れるしか無くて。
「んがぁっ、あぁっ、ぐぁっ!」
喉奥を突かれるたびにビクビクと痙攣して、悲鳴にも似た音で喉を震わせて、新たな刺激を堪能する男のものに舌を這わせることだけは忘れずに必死に奉仕する。
それが、己の役目だから。
「しっかり飲めよ。お前のエサだ」
興奮しているのに、声だけは冷静さを漂わせて、彼が命じた。
とたんに、喉の奥に多量の熱い迸りが流れ落ちていく。
「ぐ……う……ぅ……」
ごくり、ごくりと喉が鳴る。
最初は生臭く、苦く、絡まるそれ。
けれど、すぐに何よりも熱くて甘い、至高の甘露として身体が認識する。
胃が歓喜を持って迎え入れ、全身の細胞がその栄養を寄越せと暴れ出す。
きゅっと尻タブに力が入ったのは、そちらからも欲しいと身体が訴えているからだ。
それでも、気まぐれな主が施す奴隷へのエサを、一滴たりとも逃すまいとするのが先と、必死になって口が、喉が動いて啜り尽くす。
「んぐっ、んん、んぐっ……」
人より旺盛な性欲を持つ鬼は、精液の量も人よりは多い。
と言っても一回で満足するほどもらえるはずも無く、こんな量ではよりいっそうの飢えを促すだけだ。
だから、さらに奉仕をしようとして。
「終わりだ」
額に置かれた手に呆気なく引き剥がされ、目の前に茹だった彼の陰茎が現れ、離れていった。
「ああ……」
零れた落胆の声音に、彼が喉の奥で笑い。
「仕事の時間ですって、柊(しゅう)さん」
穏やかな声音で、呼びかけてきた。
そのとたん、淫靡な空気がかき消えて、静かな世界が帰ってくる。
閉じられていた空間が広がり、明るい日差しが差し込む窓が、隣のビルを写していた。
「もう出掛ける準備をしないと。お客さんのところ、間に合わなくなりますって」
クスクスと零す笑い声まで先とは違い、指先でピンと額を弾かれて、その痛みに少し意識が引き戻された。
上げた視界に入るのは、さきまで銜えていたものが隠されたダークグレイのスラックスに、会議机と椅子。
「あーあ、飢えちゃって。ほら、早く正気に戻ってくださいよ」
社内でも人気者の好青年の顔が、視界の中に入り込んできて、力無く床に座り込んでいた身体を引き上げられた。
「……あ、ありがと……」
無意識には返せたけど、意識が今を認識できなくて、すぐに戻ってこない。
一度淫猥な空気に浸った意識と身体は、目の前の彼ほどに簡単に戻すことができないのだ。
手を放されるとぐらりと傾いで、テーブルに手をついて身体を支えた。
がたりと音がしたそれの上から、彼が弁当の空容器を取り上げてポリ袋に放り込んでいる。
そう……だ。
午後の客からのための、ランチミーティングをここでしていたんだ。
ようやく寸前までの出来事を思い出した頭は、まだ動きが鈍い。
けれど、示された時計が意味することは理解できて、のろのろと片付けを手伝った。
神崎柊(かんざき しゅう)と、五木瀬乃(いつき せの)は柊のほうが二年ほど早く入社して、三ヶ月前に柊の異動によって同じチームでペアを組むことになった。
以前から営業一課の優秀な営業員として社内でも名が売れていた瀬乃のことを知らなかった訳では無いが、直接話をすることはあまり無く、緊張の中で挨拶をしたのだけど。
その瞬間、全ての時間が止まったように周りから動きが消えて、ただ柊だけが激しい恐怖と自分が捕まってしまったことを理解した。
別に何かを言われたわけではない。
何をされたわけでもない。
ただ、目の前でにやりと口角を上げられただけだ。
けれど、ただそれだけで瀬乃は、誰にでも愛想の良い柊が知っている好青年ではなくなっていた。そこにいたのは完全に支配者の姿だったのだ。
その意味を、その理由を。
知らなかった世界と変えられない力関係を知ったのは、そのすぐ後のことだ。
まだ昼前だというのに、二人とも帰宅してしまうことに誰も咎める者はいなかった。引きずられるように会社の玄関先に待機していた運転手付きの重厚な車に乗せられて、瀬乃が何をいうでもなく、柊の力無い抗議など無視されて、彼の自宅に連れて行かれた。
奇妙な雰囲気のマンション内部にゾクリと寒気を覚えたのも束の間、明るい室内が冷たく暗い空間に変わり、渦巻く薄闇の中で瀬乃がその本性を顕わにした。
姿自体が変化したわけではない。
ただ、その気配が先ほどの会社でのように変化した。
その瞳に滲む濃い血の色が迫り、その爪はたやすく
服を切り裂いていく。
自分が淫魔だと教えられたのはその時だ。
『人としての生は終わり、これからは淫魔として生きろ。故に淫魔の名を与えよう。”終”と』
そんなことを言われても、受け入れられるはずもなく、何より理解の範疇を超えていた。けれど、戸惑う余裕など無く、抗議の声は封じられ、組み伏せ、逃れられぬままに剛直に貫かれた。
前戯も何もない。
慣らされるどころか、渇いた場所への無理やりの侵入に、柊の身体が受け入れられるはずもなかった。
激痛と恐怖に彩られた、喉が裂けそうなほどの絶叫を聞き取るものはいなかった。
まざまざと感じる身体の中の熱杭を、泣き喚きながら拒絶しようとしても、瀬乃の力は人のそれではなく、柊の身体など片手で振り回される。
食らい付かれるような口づけに、舌を引きずり出され、唾液を流し込まれる。乳首は指ですり潰され、痛みに硬直する中で噛みつかれた。
何もかもが痛みと恐怖でしかなかった行為に意識を半ば飛ばしながら、ただ揺すられるだけになった時。
不意に、身体の奥で微かな熱が産まれた。
いつからそこにあったのか、小さな熾火のような微かなそれが、全身に広がるのは一瞬だった。
何が起こったのかも判らずに、狂おしいほどに暴れる熱塊に喚き、全身が燃えたぎるよううな疼きに身悶え、打ち込まれる剛直に仰け反り、唯一縋れる逞しい身体を引き寄せる。
激しく弾ける意識の中で、最奥で迸る何かを感じたとき、全てが白く弾け飛んだことは覚えている。
その後の記憶は無い。
ただ身体が、精神が、至上の喜びを感じ続けていたことだけが、空白の記憶の中に残っていた。
その日から一週間。
瀬乃と共に閉じ込められた空間で、柊は終として、淫魔であることを自覚させられた。
男に犯されて悦ぶ身体を持ち、男に犯されることが至福の極みであり、鬼の精液がないと飢えてしまう存在だということを。
瀬乃は絶対の主であり、終は鬼の性欲解消のための奴隷だということを。
逃げることなどできずに、追い詰められた精神は、瀬乃の前に屈服した。
それから三ヶ月。
今はいつでも瀬乃と一緒にいる。
仕事はその業務上一緒に行動することが多いうえに、生活の場も瀬乃の棲まうマンションに移された。
仕事中は「柊」と呼ばれて同僚として扱われるが、二人だけになれば別だ。
瀬乃は鬼の主で、終は淫魔の奴隷。
その命令には決して逆らえず、瀬乃が望むままにこの身体で喜ばせる。
それが淫魔の役割で、しかもそうしないと飢えてしまうのは己自身のほうなのだ。しかもその飢えは、性欲なのに食欲のような欲で、飢餓状態になれば力が抜けて、意識すら曖昧になってしまうのだ。
いくら我慢しようと思っても、飢餓状態になってしまえば、生存本能ゆえか理性など半壊してしまう。
そこが公衆の場であっても、ほんの少しでもその手のことを匂わされたとたんに、瀬乃の股間にむしゃぶりつきそうになったことは一度や二度では無い。
鬼の精液を糧とする淫魔として、その身に焼き付いた習性は、理性ごときでは逆らえるものでは無かったのだ。
それを知った時の絶望は、そのまま死んでしまいたいと思ったほどだったけれど、それは瀬乃が許さなかった。
「死なせるかよ、四肢欠損しようとも、その頭と身体だけは救ってやる。我らの技術と力を舐めるな。バラバラになっても快楽系の神経を脳に直接繋いで、動けぬ身体が犯され続ける様を見せ続けてやろう。もし死んだらクローンを作り上げてお前の記憶を植え付け、その後は淫魔より劣る道具として同様に使い続けてやろう」
その状況を精神に直接投影されながら告げられたうえに、鬼の持つ様々な技術と技を見せられて、その言葉が冗談でもなんでも無いのだと信じ込まされた終は、死すらも解放では無いのだとすぐに理解した。
淫魔よりもよりいっそう惨めな立場に追い込まされるのだと判って、どうして自ら死を選べるだろうか。
それが判る頃には、終は瀬乃から離れることはできなくなっていた。
たとえ、鬼に犯される度に、この身体は淫魔として成熟していくのが判っていても。
淫魔は鬼にとって奴隷でしか無いのだと教え込まれても。
すでに人として生きていくことは無理な終にとって、生きるためには瀬乃と一緒にいるしかなかった。
会社の中では、瀬乃は終を同僚として扱った。
淫魔の終も気に入っているが、もともと気に入ったのが人としての柊だったからだ。
鬼にしては甘い感情を、なぜか柊に抱くことを、瀬乃はそんな自身をおもしろがって受け入れている。
長い生の中、そういうこともあるだろうと、たいして深く考えていない。
もともと、一族の中でも高位にいても、一人ブラブラするほうが好きなタイプで、滅多に本家を訪れることは無い。
それが許されているのは、瀬乃がいくつもの資金源となる会社を本家に提供してきたからだ。
瀬乃は見込みのありそうな会社を見つけると、単身入り込み、成長させたところで乗っ取って、その利益を本家へと提供していた。その功績が認められていたからだ。
そんな中で見つけ気に入った終が淫魔だったのは、偶然の産物だ。
終を手に入れてすぐ、終を完全に己のモノにするために、瀬乃は本家の淫魔の管理をしている黄勝に願い出た。
高位とは言え、それでも黄勝よりは格下で、未だ貴重な淫魔を独占しようなど許されるはずも無いことは判っていた。
それでも、欲しいと思ったのだ。
稀に、使い古されても生きていた淫魔が、功績のあったものに下げ渡されることがある。
けれど、それではいつ手に入るか判らなかったし、どれが来るか判らない。もとより、瀬乃が欲しいのは終だけだ。
だからこそ、瀬乃は、終を手に入れるためならどんな難題でもこなすつもりで、黄勝に頭を下げたのだが。
『その淫魔はおもしろい代物だ』
終を調べた黄勝は、楽しげに瀬乃へと一枚の紙を放って寄越した。
そこには何かのデータがたくさん記載されていたが、あいにく瀬乃の知識ではそれを読み解くことはできない。
『祖としている狂の系列ではない。狂よりはるか先でどこかで分かれた傍系のタネだ。だが、近縁を確認しても他には淫魔の力はまったく出ていない。そいつだけが淫魔の性が色濃く出たようだな』
あぐらをかき、ほおづえを突いて、不審そうにデータを見つめる瀬乃を見やった黄勝が、楽しげに『つまり』と続けた。
『今のところ淫魔は近親相姦でしか増えていない。そのせいで、弊害も出ているのが事実だ。だが、その淫魔のおかげで今後は別の血を入れることができるということだな』
『はあ……』
言われる意味は理解できて頷く瀬乃に、黄勝は提案してきた。
『鬼の精気、しかも高位の力を常に注いでいる淫魔は、淫魔の中でも強い力を持つ。どんな陵辱ですら快感を拾い、際限なく交わる力を持ち、狂わない。さらに次世代を残す力も強い。たとえば狂や憂などの祖と言われる淫魔や、憐がそうだ。そんな淫魔の種から作った次世代は、他の淫魔の子よりも総じて適性が高いのが判っている。故に力を維持するために高位の者があれらに数多の快感とエサをやっている。それができるか?』
『は、い?』
『次代のための種の採取を行うために、徹底的にそいつを育てろ。お前の力なら十分だろう。力を注ぎ、快感を与え、育てろ。淫魔は数多の刺激を受け入れ、快感として学んでいく。優秀な淫魔の種が採取できるとなれば、それの管理はお前に託そう』
愉しげに言われた言葉は、すぐに理解できた。
狂や憂のように。
高位の鬼に管理された淫魔として、終も選ばれたということに。
『もちろん、黄勝様の望まれるままに、この身の力を持って、あれを最高の淫魔に育てましょう』
返した言葉は違えるつもりなどなく、瀬乃は深々と黄勝に頭を下げたのだった。
「瀬乃さま……」
出先から直接帰宅した瀬乃を、その場で動けぬままに迎えた終は、玄関の上がりかまちで力無く彼を見上げた。
昼の行為のせいで自身の熱は上がったままだったし、何より僅かな精液が飢えを助長させてしまって、力が入らないのだ。
瀬乃はあれからすぐに客先に行ってしまっていて、アシスタント担当の終はわだかまる熱を我慢しながら仕事をこなし、さっきようやく家まで帰り着いて待っていたのだけど。
「ただいま、柊さん」
ニコリと笑みを見せられて、いまだ仕事モードの彼にあからさまに落胆する。
言葉遣い、表情が違う。何より「柊さん」と呼ぶのは仕事モードの時だけで、淫魔の時は「終」と呼ぶ。漢字の違いしかない名ではあっても、明らかに違いがあるのは、その声音のせいもあった。
「瀬乃……」
仕事モードの時のように呼んで、のろのとろ立ち上がる。
トタンと床に倒れたカバンは、手より早く瀬乃が取り上げた。
「今日は巧くいきましたよ。柊さんの作った資料は判りやすくて、評判が良くて」
上機嫌の瀬乃の言葉に、終も曖昧な笑みを浮かべて、「それは良かった」と呟いた。
先に進む瀬乃は振り返らず、そのままリビングルームに入るのを、終も追いかける。
仕事上では年上の終を立てる瀬乃だが、基本的に瀬乃が全てを取り仕切る。
「食事はした?」
「まだ」
「俺も。なんか食べるものあったっけ?」
「冷凍だけど……牛丼くらいなら」
「じゃ、それでも食べようか」
そんな食事より欲しい物があったけれど、鬼の食事は人のそれと変わらない。ただ、ちょっと量が多いだけだ。
瀬乃を前にして、彼の薫りに身体は先を期待していた。さらに熱が上がった身体は重く、どこか怠い。けれど、それでも彼が言うがままに冷凍庫から牛丼を取り出し、料理を始める。
普段の食事はどちらかと言えば瀬乃が作ることが多い。
ただ今日は、瀬乃が動かないから終が作る。無言の命令に従うのはいつものことだ。
飢えている終を焦らして遊んでいるのだと判っていても、奴隷である終には何も言えずに従うしか無い。
解凍したレトルトの牛丼をご飯にかけるとともに卵を取り出し、添えて差し出すのを瀬乃の視線がずっと追っている。その刺すような視線にすら、ぞわぞわと感じていた。肌に走る甘い疼きに、膝の力すら抜けそうになるのを必死になって堪え、溢れる唾液を飲み込み耐える。
どうして、こんなにも。
こんな事態になる度に、何度も考えたことだ。
美味しい匂いが胃を活発に動かしている。目と鼻に伝わる食物を食べたいと食欲は十分に感じている。
けれどそれより先に、瀬乃の視線に、その肉体に、そして敏感に感じる雄の匂いが、違う欲を駆り立てている。食物を食べるより先に、そちらが欲しくて堪らない。
こんな厭うべき性質が惨めで、嫌だ。
淫魔などなぜ存在するのか。
鬼のために作られた存在に、何故自分がなったのか。
その惨めさを考えているのに、そんなことにでもこの身体は欲を感じるという事実。
考えても詮無いことなのに、一度考えだすと止まらなくて、箸を握りしめたまま動けない。
「食べないのか?」
揶揄を含む物言いに、ほんの少しの鬼の気配を感じることに、窺うように視線を向ける。
それに期待が満ちてしまうのに、瀬乃はいつもはぐらかす。
「卵を追加するだけで味、変わるよな」
片手で器用に割った卵の殻は等分で、二つ分がきっちり重なり置かれるさまは、子供の戯れのようだ。
伸びた手が、柊の分の卵を掴み、丼の上で綺麗に割れる。
ぽたりと落ちた黄身の周りの粘液状の白身に、あらぬものを想像してしまい、ごくりと唾液を飲んだのは無意識だ。
「食べろよ」
進められるがままに箸を動かしたけれど、知らず追った瀬乃の手の中で殻がくしゃりとつぶれ、指に流れた白身を舌を出して舐めているさまに、どうしようもなく身体が熱くなった。
「……あ……」
息が熱い。
両方の太股がもぞもぞと椅子の上で蠢くのを止められない。
こみ上げる淫臭は、牛丼の湯気よりも強く、鼻孔をくすぐった。
「我慢できないのか?」
二人前が瞬く間にその口の中に消えていく瀬乃と違い、ほとんど箸が進まない柊は、結局その手からぽとりと箸を落とした。
「お、お願い……します……」
浅ましい、とは判っている。
主である瀬乃に願うことすら許されぬ奴隷の身で、けれど、願ってしまう己の愚かさが怒りを買うのだと判っていても。
欲を我慢できない己の弱さを絶望しながらも、期待していた。
「ほ、しい……です。どうか……」
震える声は熱を孕み、濡れた瞳が劣情に染まっているのを感じながら、ずるりと椅子からずり落ちて、瀬乃の足下に這い進む。
そんな終を気にとめずに、瀬乃は自分の食事に専念していた。
犬のように座り、待ての姿勢で見上げる終を無視して、ほんの数分で食べ終える。
それからようやく。
見下ろす瞳は、鬼の赤になっていて、その口角がニヤリと上がる。
形は何ら変わっていないのに、鬼の本性が露わになっていて、恐怖と共に浅ましい期待がこみ上げた。
「待てもできぬか。はっ、色欲しか頭に無い淫魔らしい」
「も、うしわけ……ありません」
蔑まされて惨めな気分にはなっているのに、股間は痛いほどに張り詰めていた。
昼から濡れ始めたそこは、もう表の生地までビショビショだ。
「人として扱ってやってんのに、お前はいつも我慢が効かない」
「うぐっ」
大きな足が、開いた股間に押しつけられる。張り詰めた場所への圧迫感に鈍い痛みが走り、倒れそうになった身体は、けれど必死になって堪えた。
ぐいぐいと緩急付けて刺激され、痛みよりも快感が走り出すのはいつものことだ。
「ドMだよな、淫魔ってのは。痛みすら快感に変わる」
「うぐぅぅっ」
つぶれそうなほどの圧力に呻いているのに、陰茎から脳髄まで電流のように快感が走り抜けている。たらりと口角から涎が垂れ落ち、だらしなく開いた口から、熱い吐息が何度も零れた。
「突っ込まれるのが大好きで、精液が無ければ生きていけぬ。男とみれば欲情し、どんな太いモノでも銜え込んで離さない。淫魔ってのはほんと性欲だけだなあ。そんな淫魔でいたいのか、お前は。人でいたくないのか? 我慢ができたら人として扱ってやってるって……」
問われる内容も、もう頭にきちんと入ってこない。
何度も問われた内容だということは判っているのに、けれど、答えられないのだ。正気な時なら、即座に頷く答えが、答えられない。
それよりも、もっとこんな刺激が欲しい。
目の前にある、逞しいペニスを取り出して、銜えたい。
溢れる唾液をたらたらと零し、舌なめずりをして、熱い視線を瀬乃に送る。
「瀬乃、さま……。どうか……逞しいペニス、食べさせて……」
太い太股に擦り寄って、淫魔の性も露わに、男を誘う。
もう自分が纏う服すらうっとうしい。
早く、直接この肌に触れて、熱を感じたい。
「淫魔は、最初に喰ろうた体液が何よりもご馳走になると言っていたな。雄の精液なら、もう精液でしか満足しない。しかも、高位の鬼のものであれば、低位のモノには満足しない。満足できないモノをいくら喰らうても、その身は飢えを解消できない」
瀬乃の手が肌に触れたとたん、堪らない疼きが駆け巡り、ビクビクと全身が痙攣する。
「あ、あぁぁ……あぁ」
床に崩れ落ちようとした身体を、瀬乃の腕が抱きかかえた。
「欲しいか?」
片手で膝の上に抱え上げ、鋭い爪がスラックスの尻の縫い目を切り裂く音が響いた。
ひやりと体液に濡れた股間が、室温に震える。
「欲しい、欲しいです、瀬乃さま……」
自ら足を上げて、大きく股を開いて、願う。
「どうか……ください、私の、ただ一人の……主……」
力あるモノとしての存在感、そして溢れる精気。
今まで誰に出逢っても、瀬乃ほどの存在はいなかった。
ただ一人、鬼の一族を束ねる鬼以外には。
「終、俺だけの、」
「いああっ、あぁぁぁぁぁっ!!!!」
「俺のもの」
剛直が、一気に体内深く押し入ってきた。
慣らされることなく受け入れるにはあまりにも巨大な陰茎が、尻を裂き、肉壁を押し広げ、内臓を押さえつける。
「ひっ、ひっ……ぎぃ……!」
身体を引き裂かれるような衝撃はすさまじく、喉を晒し、白目を剥いて、意味のなさぬ悲鳴が零れる。
瀬乃の足をまたぐように垂れた太股に、幾筋もの赤い液体が流れると同時に、ポタポタと白い粘液が床へと落ちていった。
「はは、相変わらず美味そうに銜える」
力の抜けた身体を両手で揺すり、さらに奥まで銜えさせていく。
向かい合ったその顔は、呆けたように口を半開きに、白目を剥いたままだ。
細身の身体には辛い瀬乃のペニスを受け入れて、押し広げられる刺激に射精した陰茎は、それでもまだまだ硬度を保っている。
ほのかに漂う淫臭は、雄であれば堪えることのできない媚薬の効果があって、じわりと身体の熱を上げていく。
淫魔は、その全身で対象を誘う。
男の精液を喰らう淫魔の体液は、体内に入れなくても、肌からも、呼吸器からも吸収されて雄であれば何であれ欲情させるのだ。
際限ない性欲を持つ鬼でさえも。
今は衝撃で気を失った終の身体を倒れぬように背を支え、顎を掴んで顔を引き寄せた。
「終」
我ながら甘く響く呼びかけに、答える声は無い。
意識が無いから当然だが、もとより淫魔の性が出てしまった終は、飢えが解消するまで人としての正気に戻ることは無くて、未だ鬼の精を得ていない今は、主である鬼の言葉すらまともに認識していない。
「どんどん俺の好みになってくるな。真面目なくせに淫乱で。懸命に我慢するくせに、限界を超えたらずいぶんと可愛らしく強請ってくれる」
愛おしげに口づけて、甘く囁く。
一週間放置しただけでこの様だ。昼間の僅かな精液が呼び水となって、陥落するのが早かった。
「熱いな、俺好みの穴で……堪らない」
恋する相手に囁くように、耳朶に口づけ、熱い吐息を吹き込む。
もっとも終が聞いていないと判っているからこその呼びかけだ。
人であるときから、どこかそそられていたこの唇の横のほくろ。形の良い耳に、笑うと可愛いとすら感じていた生き生きとした表情。
暇つぶしも兼ねて人として暮らしている中で出逢った終は、どこか瀬乃の心をくすぐる存在だった。
この会社を密かに支配する予定で、しばらくは人として暮らしていくつもりだったから、すぐに手は入れられぬがいつかは、と舌舐めずりして待っていたのだが。
ある日、彼が淫魔であると気がついた。
たぶん鬼である自身が傍にいたせいだろう。
部署を越えての忘年会の席で、たまたま隣に来たときに酒に酔った終が見せた色、匂い、その瞳。
隠しきれない瀬乃の鬼の気に引きずり出されたように、終の眠っていた性が綻んだ。
淫魔の種を持つモノの匂いを振りまいたのだ。
数十年前、一族の一人が作り上げた淫魔の一族の、野に放たれていた一匹だと。
淫魔が持つ独特の媚臭を知っていたからこそに気づいたそれに、瀬乃は我慢することを止めた。つまらぬ我慢をして待っていて、他の鬼に浚われでもしたら元も子もない。
淫魔の身体は一度抱けば忘れぬほど美味だから、それを知っている鬼達は自分専用の淫魔が欲しいと渇望している。もし柊が他の鬼の目にでも触れれば、あっという間にかっ攫っていくのは容易に想像できたのだ。
もともと力を使わなかったのは単なる力試しだ。使わずにどこまで食い込めるか、人の世界がどう脆いかを確認するためだけのことで禁じられていた訳では無い。
瀬乃は力を使い、人の心を操って終を異動させた。理由など無い早退を認めさせることなど、容易なことだ。
後は鬼として接し、淫魔の性を自覚させ、力関係を徹底的に教えれば良い。
もともと淫魔は鬼の奴隷として作られた存在で、鬼に対して服従することしかできない。
しかも、淫魔のエサは鬼の精気だ。
性欲と食欲が同じである淫魔は、極上のエサに逆らえるモノでは無いのだから。
しかも、鬼の一族でも高位の鬼である瀬乃に犯され支配された終は、もう大半の相手の精気では満足できなくて、こうやって、瀬乃に縋るしか生きていけないのだ。
「さあ、たっぷり注いでやろう」
ぐたりと力を失った身体を揺すってやれば、小さく呻いて、うっすらとまぶたを開けた。
「……せ、の……さま……」
「足るほどに施してやろう」
「あ、あぁっ……」
抱きしめて味わう熱い身体はお互いさまで、汗の滲んだ肌が擦れ合う中、膨れ上がった乳首に食らいつく。
「ひ、ぃぁぁぁっ、痛っ、いぃったぁぁっ」
鋭い歯先が食い込んだ乳首から甘い血を啜る。
与えるだけではない関係だ。
吸血の習慣はないが、終の血はひどく甘く嗜好に合う。はるか昔の記憶の生肉を喰らった時のことが呼び覚まされ、内なる獣性がこみ上げてきて、瀬乃の嗜虐性を高めていく。
これは俺の獲物だ。
血も肉も、零す精の一滴すら俺のモノ。
証を注ぎ、臭い付けし、誰にもやらぬ、やるものか。
「やぁぁぁっ、あぁ」
抱え上げた身体をテーブルに押しつけて高く足を掲げて、激しく腰を打ち据えた。
ぐちゃっ、ぐぢゅっ!
極太の肉が見え隠れする穴から泡立って白く体液が、噴き出している。
淫魔の穴は刺激に濡れて、どんなものでもそこは受け入れて、快感を貪る代物だ。
「あ、あんっ、んぁ……あぁぁっ、あっ、んあっ」
濡れてしまえば、裂けたはずの尻穴も快楽しか感じなくなる。
媚薬効果のある体液は精製する淫魔自身にも有効で、その身体の熱を高めると共に体内を激しく蠕動させ、中の肉棒を激しく刺激してエサを出させようとするのだ。
無意識の嬌声はすでに甘く、紅潮した肌が艶やかな色気を振りまいて、鬼を煽る。
力無く伸ばされた指が、瀬乃の腕に触れカリッとその肌をひっかいた。
そんな強さでは傷一つ付かぬ肌から、得も言われぬ甘い疼きが全身に広がり、ぶるりと全身が震えた。
「終」
呼べば、ふんわりと微笑み、淫靡なまなざしを向けてくる。
「瀬乃さま……ください……たくさん」
飢えた終は、本能に忠実だ。淫魔の持つ誘惑の技を際限なく発し、瀬乃を絡め取り、離さない。
「ああ、やろう。たっぷりと、足るほどに、な」
言葉と共に、荒い吐息が熱く長く、盛り上がった胸筋がへこむほどに大きく吐き出し、その分の空気を一気に吸い込んだ。
それが瀬乃の身体が大きく張り詰めるほどに蓄え止めて、一気に力として放出する。
「い、ぁぁっ、あぁぁっ、いやぁぁぁっ!!!」
鬼の力を全て精気として受け入れた終が絶叫を上げた。
瀬乃の身体の下で、か細い身体が暴れ回るけれど、その力から逃れることなどできない。
「ひっ!! あぁぁ、あぁ、ひっ、あぁ!」
精液より先に鬼の精気が終の身体の中を駆け回り始め、強い力は終の身体を内から破壊しようとする。
だが、この程度では終は壊れない。
ただ、精液は腹を満たす穏やかなエネルギー源だが、直接注がれた精気は人が血管に直接栄養剤を打たれた以上の効果がある。そしてろ、余分な精気は淫魔の個々の細胞の中に溜まるのだ。
淫魔の身体に鬼の精気を溜まるほどに与えるということは、それは淫魔の所有物がその鬼にあるという証だ。
強い気を持つ鬼のモノに、下位の鬼は手が出せない。
そのための注入だが、瀬乃はいつも終が蓄えられる限界を超えて注入していた。
暴れ、苦しむのは、精気を身体が全てを吸収できないままに、熱となって暴れているせいだ。この程度で壊れないことは、重々判っての放出で、判っているから苦しむ終にさらに注ぐ。
苦しさに縋り、悲鳴を上げて泣くその姿が可愛くて、愛らしくて、そそられるから。
「終、終……。良い子だ。今度はたっぷりと愛してやろう」
痙攣し、譫言のように意味のなさぬ言葉を発する終を抱きしめて、再度深く腰を進めて、熱を上げている身体に今度は精液をたっぷりと注ぎ。
激しく動く腰は、疲れ知らずで終を責め立てる。
けれど、先の精気を受け入れた淫魔の身体もまた、疲れ知らずだ。
意識は朦朧としていても、その身体は快楽を貪り、精液を絞り出すように収縮して促している。しなやかな身体はますます色気づき、瀬乃の身体に絡みつき、妖艶さすら漂わせて、精を貪り始めていた。
【了】