【淫魔 憂 DVD】 その後

【淫魔 憂 DVD】 その後

 こんなに急いた気分になったのは初めてだ。
 関根は自分のパソコンを立ち上げる、その僅かな待ち時間にすら、苛付くのを抑えられなかった。
 そのキーボードとディスプレイの間に置かれたメモ用紙には、さっき見ていたDVDの最後に記載されていたURLとパスワードが書かれている。
 ブラウザを立ち上げ、URLを慎重に入力する時にも、これがトラップだとは考えもしなかった。
 どこか憑かれたような自分の行動が変だと考える余裕はある。だが、あの憂に会えるのならそれも構わないとすら思っていた。
 アルファベットの羅列のような、意味のなさぬ綴りを打ちこんで、画面の変遷を魅入られたように凝視する。
 『憂』
 その一文字が、真っ黒な画面に浮かび上がるのに、ごくりと息を飲んだ。
 間違いない。
 これが、あの「憂」のサイトなのだ。
 けれど、他に何も文字も記号も無くて、憂の文字も、通常サイズのフォントで何の変哲も無い。それでも、関根がマウスを使うと、カーソルが文字にかかった途端その形状が指に変化した。
 ためらわずクリックした関根に、いつもの慎重さは無い。
 本名とユーザー名、メールアドレスとパスワード、登録ボタンだけのシンプルな画面は、今度は憂の文字など一つも無い。
 それでも、関根はためらい無くすべてを入力した。
 本名を入れることにためらいは無い。DVD固有のパスワードを入れる時点で、誰かはバレるからだった。


 見知ったアダルトサイトに比べて地味だ、というのが、第一印象だった。
 だが、左に並ぶメニューの一つをクリックした途端。
「憂……」
 あの憂が、こちらを見ていた。
 泣きそうに顔をしかめて、まっすぐ視線をよこす憂は全裸だ。
 四つん這いなのか、顔の背後に背から尻までの滑らかなラインが見える。その尻には深く食い込む無骨な指があり、背後には黒々とした陰毛を茂らせた男の裸体があった。
 まさに犯されている最中の写真で、画像の下には「淫乱メス犬シリーズ Vol.1 いっぱい犯して」という文字と、日付があった。
「発売予定日は……もうすぐじゃないかっ!」
 後一週間も無いその日付に、慌てて「詳細」と書かれた文字をクリックすると、今度は動画があって。
 さっきの画像は、この動画の最初のシーンだったようだ。
 苦しげな憂を見ながらスタートを押せば、いきなり憂の艶めかしい嬌声がスピーカーを突き抜けてきた。
「んあ……、ああっ、き、きつ……う──」
 苦しそうな、けれど明らかに快感に彩られた声音に、感じていることが良く判る。
 憂の頭はひっきりなしに前後に揺れ、その尻にかかる無骨な手も、体も同じく揺れていた。
 はあはあと開きっぱなしの口から、飲み込めない涎がだらだらと流れている。
 とろんと濁った瞳が、時折細く細められ、びくびくと体を痙攣させて。
 感極まったように啼いている。
 よほど良いのだ、男に犯されることが。
 あのDVDを撮られた日から、どのくらい経っているのだろうか?
 すっかり淫乱メス犬らしくなった憂は、それでもどこか初々しさもあって。
 若々しい彼が性への虜になる様は、やたらに関根の琴線に触れまくる。
 動画は、しばらく憂が犯される様子を続けていたが。
「報告の時間だ」
 突然割り込んできた声に、憂の表情がぴりっと強張った。
「この……声……」
 関根もまた、茫然と呟いた後硬直する。
 聞いたことのある声だった。
 けれど、いつもはもっと礼儀正しくて、落ち着いた物言いだったはずだ。
「何本目のチンポで、何回達った?」
 だが、憂に話し掛ける声はドスが聞いていて、芯が震える恐怖があった。
「言え、このザーメンを出させてもらったチンポに感謝しながら、報告しろ」
 画面の外から入ってきた指が、憂の唇をなぞり、その指にまといついた白い粘液を塗りつけながら、命令する。
「あ、や……、い、やめ……」
 さらに頭上からもその粘液が滴ってくる。
「お前の出したザーメンだ。まだまだたっぷりあるぞ」
 だらだらと流れるそれは、確かに一回で出したとは到底思えない量で。
「ほら、言え」
 逃れようとする顔を固定して、精液を塗りたくりながら促すそれは、有無を言わせぬ強さがあった。
 それに逆らえないのだろう。
 憂の顔が歪んで、口を開いたときにはその表情に諦めがにじんでいた。
「ああ……じゅ……15本……。のべ、15本、で、30回……達きました……」
「ほお、いつから数えてだ?」
「……き、きの……」
「ああ、そうだな。昨日だなあ」
 男の声が、思いだしたように笑う。
「あさましくも公共の電車の中で裸になって。初めてのチンポを尻で味わって、ザーメンを噴き上げたんだよな。人前で」
 からからと声を上げて笑われて。
 憂の涙が、ぽろりと流れ落ちた。


 そこで、動画は終了した。
 けれど、関根は画面に見入ったまま動けなかった。
「あれは、綱紀(こうき)さん……」
 憂に命令していたのは、あの店のオーナーである綱紀だった。
 ということは、やはり憂は、あの組のものなのだ。
 そう考えた関根の表情が、満面の笑みになる。
 そうだろうな、とは思っていたけれど、これで確信が持てた。
 非道なことも平気でこなすあの組に捕われた憂がどうなるのか、想像するだけでも楽しい。しかも、その期待は絶対に裏切られないだろう。
 それに。
 関根の手が、止まった動画を見ながら、次回作の予約ボタンをクリックする。
 本当に15本ものチンポを銜えたというのか?
 30回も達ったというのか?
 しかも、あのDVDの、電車の中で犯された日から一日で?
 動画を見て浮かんだ疑問はたくさんあったけれど、その疑問はこのDVDが来れば解消されるだろう。
 50万円という高額の値段を見ても、関根の手は止まらなくて。
 申し込みを完了してから現れた予約特典を見て取って、関根は子供のような喝采を上げた。



≪お申し込みが完了しました≫


「お申し込みありがとうございます。
 今回の予約特典は、憂との3時間限定デートか、撮影風景のメイキングビデオになります。ご希望の項目にチェックを入れていただき、送信をお願いいたします。
 なお、デートを選択のお客さまは、次ページにて日時選択がありますので、ご希望の日時を選択してください。日時は、先着順になります。
 ただし、応募者多数の場合は、憂の休憩時間はほとんど取れない状態での連続デートになります。また、時間を有効に活用するために、場所も固定になりますので、そのあたりはご容赦くださいますようお願いいたします。
 それでは、『淫乱メス犬シリーズ』を、今後もよろしくお願いいたします」

 
【了】