【嶺江の教育 一ヶ月目】

【嶺江の教育 一ヶ月目】

 嶺江が暮らす部屋には二つの扉があった。その一つは外の廊下へと続いているらしいが、もう一つは、隣室のガジェの部屋へ繋がっていた。
 その扉は普段は鍵がかかっている。だが、毎朝嶺江が起きる頃に開放されて行き来が可能になるのだ。
 それもこれも、嶺江の挙動を確認するがためだけに。
 目覚めて衣服を着替える間も無く、嶺江はガジェに挨拶するよう言われていた。
 平たい布を簡単に縫い合わせて作られるこの国の寝間着は、紐がなければ前がはだけてしまう代物だ。しかも嶺江に比べて大きなそれは、簡単に寝崩れてしまう。だが起きてすぐにガジェの元に向かう必要がある嶺江には、その崩れを直す暇さえ無いのだ。
 今も、肩から半分以上ずり落ちて長い裾を引きずっている。
 前ははだけて、下着をつけていない股間がちらちらと袷から覗いていた。
「おはようございます」
「おはようございます、嶺江様」
 嶺江の名を正しく発音するガジェは、いつも優しい笑顔で答えてくれる。
 けれど。
「それでは、準備を」
 続く言葉に、嶺江は唇を噛み締めて俯いた。どんなに眠くても、その言葉で嶺江の頭はいつも完全に目覚めてしまう。
「……はい」
 否──など言えない。
 言えば、嫌な時間が増えていく。
 嫌がる嶺江に対する罰は、剥き出しの尻に振り下ろされる容赦ない平手であったり、回数の増えた浣腸であったりとその時によって違う。だがどれも、嶺江にとっては堪えられないものばかりだった。
 言うことを聞けば、すぐに終わる。
 打算が嶺江の手を動かす。けれど、それでも緩慢な動きで、手が前開きの寝間着を止めていた腰ひもを解き、寝間着を肩から落とした。
 これから行う屈辱の行為は、一ヶ月経っても嫌なのものは嫌だった。
 行為自体は慣れてはきたけれど、その度にガジェが揶揄の言葉を浴びせるのだ。
 民に奉られて過ごしてきた嶺江にとっては屈辱でしか無い行為だと、ガジェの言葉はその度に認識させる。
 嫌なことは他にもあった。
 この明るいガジェの部屋で、一糸纏わぬ裸体をガジェの目に晒し、直立不動の姿勢を保持しなければならないことだ。
 この部屋は、窓を塞がれた嶺江の部屋とは違い、燦々と朝日が降り注いで朝のざわめきすら漏れ聞こえのだ。
 そんな中でガジェは、嶺江の健康観察だと、裸を強要する。
 今までも他人の前で裸になることは多かった。着替えも風呂で身体を洗うのも、召使いがして当然だったのだから。
 だが、ガジェの前で裸になるのは、それとは違う。
 ガジェの視線は冷たい。
 微笑んでいても優しさの欠片も感じられない視線が、嶺江の肌を這う。特に股間や胸の辺りは何度も往復し、それが焦れったいほどに長いのだ。
 特に股間のペニスは、一週間ほど前から朝起きると勃起しているようになっていた。
「今朝も勃起していますね。どんな夢を見たんですか?」
 その口元に浮かぶのは嘲笑。
 勃起するようになってから、いつもこうやって責められる。
「夢は……何も見ていません」
 俯いて小さな声で返す。
 どうして朝からこんなことになるのか、知識に乏しい嶺江には判らない。
 勃起自体は幼少でもしていたから、おかしな事ではないと思っていた。だがガジェは、勃起するのは性行為をしたいと考えているからだ、という。清廉潔白なものであれば、通常は考えもしないことだと。
 性行為のなんたるかくらいは、嶺江でも知っている。
 もっともその知識もかしましい召使い達のうわさ話くらい程度だ。
 暇ができた召使い達のうわさ話は、理解できないことも多々あったけれど、それでも知らない何かがいっぱいあってとても興味があった。
 男との逢い引きでどんな事をしたのだとか、ひそひそと恥ずかしそうな割には大声で言って、召使い頭に慎みが無いと怒られていた。
 聞かれたと知った召使い達が真っ赤になって、嫌だ、と騒いでいたことも。だから、人に知られてはならないことなのだと漠然と知っていた。
 つまりそういう性にまつわる事は、他人に知られてはならないことなのだ──と。
「そうですか? だが、勃起するということは厭らしい夢を見たということですが。恥ずかしくも勃起しているのですから」
 ただ、ガジェの言葉だけが白紙の脳細胞に擦り込まれていく。
「そうでなければ、もともとが淫乱な性質なのでしょう。そういえば、最近は浣腸していても勃起しますからね」
 否定できない嶺江は、ただ小さく頭を横に振るだけだ。
 淫乱──という言葉は、きっと違うとは思うのだけど、否定するための言葉を知らない。
 それに、浣腸されて勃起してしまうのは事実なのだ。苦しいのに、身体の奥深くでむずむずと奇妙な感覚が生まれてペニスが敏感になっていき、指摘されて視線をやれば、いつも普段より大きくなって上を向いていた。
「まあ、淫乱なら淫乱らしい教育をすれば良いだけのことですが」
 淫乱だと何度繰り返し言われただろう。
 否定できないままに、言葉が積み重なっていく。
「さあ、まずは浣腸を済ませましょう」
 視線で促されて、嶺江は俯いたまま羞恥に肌を染めた身体を動かした。
 その脚の動きは遅い。
 辛くて苦しい浣腸。
 一ヶ月間、朝と晩ずっと、繰り返しかかさずに実施されてきた行為。
 けれど。


「あっ、あぁぁぁぁ────っ、あっ、はあっ──、ぁぁぁ」
 ぶちゅ、びちゃっ。
 タイルを叩く水音に喘ぎ声が混じる。
 端から見ても腹が膨れあがるほどに湯を注がれ、すぐにでも出したい状態で栓をされていたのだ。
 ノズルの周りに取り付けられていて、中に入れてから空気でアナルが裂けそうなほどに大きく膨らませるそれは、空気を抜かない限り排泄することは敵わない。
 我慢できない嶺江のためにいつも挿入されてしまう。そのせいで、どんなに苦しくてもガジェが許さない限り、排泄はできないのだ。 
 脂汗が出るほどに苦しくて辛い時間は15分間。
 意識すらもうろうとする時が終わったとたんに、栓は空気を抜かれるかどうかの時に内壁を擦りながら勢いよく引き抜かれた。
 激しい勢いで出て行く液体と固体。
 解放に、心も身体も歓喜する。
「あ、あぁぁ──あん……」
 絶え入るような喘ぎ声に、大きく肩が揺れた。ぶちゅ、ぶちゅ、と名残の糞便が嶺江の白い尻の狭間から噴き出していく。
 浣腸は嫌だけれど、この解放感は嶺江にとってご褒美のようなものだ。
 安堵感からか嶺江の口元が綻び、甘い吐息が零れる。
 ──気持ち良い……。
 本気でそう思ったその瞬間、ガジェが嗤った。
「嬉しそうですね。浣腸が、好きでたまらないと言った感じです」
「え?」
「嬉しそうに微笑んで、排泄の最中ずっと勃起させて。ほら、まだ上を向いています。それにもう悩ましい声を上げて。まるで、私を誘っているかのようでした、場末の娼婦のように」
「ち、違うっ」
 何も知らないけれど、娼婦が何かは知っている。
 漏れ聞こえたうわさ話の一つにあったのだ。売女に寝取られたとか、娼婦のようだ、とか、誰がののしっていただろうか。慰める声に、同情する声。
 不思議に思って実家が市井にある学友にこっそり聞いたら、教えてくれた。
 身体で金を稼ぐ淫らな女。
「娼婦なんかじゃ……」
「おやおや、否定しますか? けれど、そんなふうに勃起して、悩ましげに誘う表情をして、腰を振っているじゃありませんか。娼婦もかくや、ですよ、そんなふうにしていると」
「違…い…」
「まだ否定しますか? ならば、その姿を人前に晒して見て貰いますか? そうやって浣腸して勃起している姿を見て貰えば、はっきりするでしょう?」
 その言葉に、嶺江は崩れ落ちていた身体を跳ね起こした。
「い、嫌です、こんなの……見られるのは……」
 ガジェだけでも嫌なのに、人前なんて考えられない。
 冗談でも聞きたくない言葉で──しかも、ガジェは今まで言ったこと全て実行してきた。
 逆らえば、罰となって降り注いだ。
「ですが、嶺江様が否定されるので、私は証明したいのですが……」
「あ……」
 見上げた視線が絡んだ。
 嗤いながら、けれど冷たい視線が嶺江を縛り付ける。
「ちょうど広場で催し物をするとかで、たくさんの人がいますからちょうど良いでしょう。踊りを披露するとかで舞台も設置していますから、たくさん人がいてもとても良く見えます」
 ガジェの視線が窓へと向かう。それを知らず追いかけて。
 その言葉が表す情景が頭に浮かんだ。
「い、嫌──嫌ですっ、そんな、人前で……」
 たくさんの人前で排泄するなど。
 こんなふうに噴き出す様を見られるなど。
「しかし……」
「わ、私は淫乱です、間違い有りません。私は、淫乱で……娼婦のようにガジェ様を誘っていました。私は──淫乱です……」
 頬を湯でない滴が流れ落ちた。
 潤んだ視界の中で、ガジェの顔が歪んでいた。
「それに、浣腸も大好きですよね」
「は、はい。浣腸も……」
 嫌で苦しいけれど。
 嶺江は言われるがままに言葉を継いだ。
「大好きです……」
「素直なことは良いことです。娼婦のように男を誘い、大好きな浣腸で厭らしく勃起する淫乱な嶺江様。素直な嶺江様にはご褒美を差し上げます」
 くつくつと笑い声が響く。
「大好きな浣腸をもう一回。それに、こちらのノズルも少し大きくしましょうね。これでもっと早くたくさんの湯が入りますから」
 差し出されたノズルは、径が倍で30mm近くあった。
 それを嶺江の前に付きだして、湯を出してくる。
 ぼとぼとと勢いよく溢れるそれに血の気が引いた。
 ゆっくりと入っている時でも苦しかったのに、こんなに勢いよく入ってきたら。
 それに、こんな太いもの……。
「あ、い、や……」
「さあ、入れましょう」
 恐怖に竦む嶺江の身体をガジェがひっくり返す。
 もとより拒絶できない身体は、動きもしない。
「あ、やぁぁぁ──」
 せっかく空になった中に、太いノズルが湯を出しながら入っていく。
 ごりごりと肉壁を広げ、噴き出した湯が腸を広げて押し入っていく。
「ひっ、も──やぁぁぁ」
「嬉しいでしょう? 気に入って頂けて私も嬉しいですよ。それにこんな太いノズルでも美味しそうに飲み込んで。良かったですね」
 あっという間に腹いっぱいに満たされた湯に、腸が活発に動く。
 我慢できずにノズルの端から噴き出す湯は、膨れだした栓がせき止めてしまった。
「では、15分。愉しんでくださいね」
 苦しさに堪える嶺江には、まるで悪魔のような宣告だった。
   
【了】