【水砂 虜囚】(3)

【水砂 虜囚】(3)

 入り口から現れたのは、味方ではなかった。
 半身に血を纏い、抜き身の大ぶりの剣をぶら下げたルクザンは、悪鬼のごとく形相をして、ずかずかとミズサに近寄った。
 その手が、ミズサがその場に固定していた枷を外す。
 連れて行こうとしてると気付いて、慌てて暴れるが、ルクザンはびくりともしない。話もしない。
 ただ、黙々とミズサを床から引き剥がす。
「や、離せっ!!」
 抗う動きなど難なく封じ込められて抱え上げられた。
 そのまま大股で狭い通路を駆け抜ける。目の前を岩の壁が擦り抜ける。慌てて頭を竦めることしかできないままに、喧噪が遠くなる。慌てて声を上げようとしたけれど、抱えられた鳩尾を強く押されて、苦しさに呻く声しか出ない。
 結局、一度外に出た後にどこか別の洞窟に連れ込まれて。
「貴様のせいだな」
 たった一言。
 それに返事などする間はなかった。
 振り上げられた拳が顔面に落ち、蹴り上げた爪先が腹に食い込む。
 脳しんとうと嘔吐にえづくミズサに、第二打、第三打が落とされ、腕が捻り上げられ、足が踏みつけられる。
 もとより、手首の枷は外れていなかった。避けることも抗うこともできぬままに、暴行が続く。
 数度壁に叩きつけられて、揺さぶられた脳から血の気が失せる。
 目の前が真っ暗になりながらも、痛みはあちこちから襲ってきて。
 いつ気を失ったのか、全く覚えていなかった。 
 全身の痛みはひっきり無しに襲い、そのせいで意識が浮上する。なのに、覚醒とまではいかなくて、また闇に落ちていく。
 その間に、あの夢も見た。
 甘い香りの中で、彼の悲鳴が途絶えない。いつまでもいつまでも気が狂いそうになるほどな悲鳴に、身体が引き千切られそうに苦しい。
 目が覚めれば、と思うのに、いつまでたっても目が覚めない。
 夢と現の狭間をいったりきたりして、辺りが明るくなったと思ったら、また甘い匂いの中で闇に落ちていった。
 その間も、ひっきりなしに身体に受ける暴行を感じる。
 痛くて、辛くて、怪我よりも、胸の痛みにぜいぜいと喘ぐ。
 それが眠り香と呼ばれる薬によるものだと知ったのはずいぶん後だ。身体から力を奪い、意識をもうろうとさせる効果がある。「眠り」とあるが、本当に眠れるわけではなく、半睡眠状態で、量を加減すれば記憶が残ることも多い。だからこそ、強姦には最適の薬で、故に認められた医者以外には出回っていないはずの薬だった。
 幾度かかなり意識が覚醒して、それでもぼんやりと霞がかかった中にいるミズサの目の前で、ルクザンは逃げる算段を行っていたのを知っている。それが判るけれど、どうして良いのかが判らない。
 ダマス達の包囲網が手薄だったとは思わない。だが、ルクザンは怒りに捕らわれながらも、わずかな機会を決して逃さなかった。
 騒ぎが大きい間洞窟の一つに閉じこもり、息をこらえてじっと待ち、その間ミズサは眠り香を使われ続けた。
 だから、あの日から何日経っているのか判らない。
 受けた傷の痛みと激しい空腹状態から、少なくとも2?3日は経っているようだったけれど。 
 ある日、ルクザンはミズサを野菜が入っていた汚れた麻袋に押し込めて肩に担ぎ、物のように運び出した。月のない闇夜に、獣のように走り抜ける。
 どんなに危険でも、ルクザンはミズサを放置しなかった。いっそのこと殺してくれれば良いのに、と思うけれど、殺されなかった。
 麓のどこかで小屋の床下に詰め込まれて、そのまま数日を過ごす間も、定期的に食事を与えられ、合間にルクザンは消える。
 逃れる力も持たない体に与えられた薬と、きつく両足を縛られているせいで、思考もまともに動かない。
 動けないままに三日が経った日、ルクザンがたくましい馬を一頭連れてきた。


 ペニスと陰嚢をまとめて括られた。
 元々外されていなかった枷の上からさらに厳重に縛られて、さらに陰嚢を体から引き剥がすように革紐で太股に括り付けられた。
 逆らう気力など、もとより無い。一週間以上寝かされたせいで筋力が衰え始めていた。さらに薬はまだ効いている。ひどく身体が怠いのは、過剰投与の副作用の一つなのだと嗤いながら教えられた。
 その利かない身体の、両方の手首を揃えて余裕無く荒縄で縛られて、首輪のような首枷から伸びた鎖に結わえられた。何重にも厳重に結わえられたそれは、最後には鎖にも巻かれてしまう。
 首と手首の間の鎖はたいそう短くて、常に手が首の下にあるような状態だ。
 その状態の身体は、もともと全裸だ。それに、先の麻袋に首が通るだけの穴が開けて着せられた。首の穴しかないから、そこから一緒に手の先を出さされて。その格好で馬に乗せられる。しかもまたいで足をひろげたせいで、周囲に余裕のない袋は太股より上に上がり、尻タブも、鞍の上に垂れた萎えたペニスの先も見えてしまっていた。
 馬の轡に、首輪から伸びた鎖を繋がれて、勝手には降りれない。
 袋状の麻の服は下衣も下着なども無い。そのまま馬の背をまたがらされれば、堅い鞍の刺激が、直接会陰やペニスに触れて身震いした。否──そこにあったのは鞍だけではなかった。
「ぐっ……な、に……」
 会陰に何かが当たっていた。尖ってはいないけれど、盛り上がっている。
「芋だ。巧い具合に固定できているだろう?」
 クツクツと嗤うルクザンがくいくいっとそれを動かす。細い縄で器用に取り付けられた半分に切られた野菜は、腰を下ろしたミズサの会陰に食い込んでいた。
「な……んで……」
 嫌な予感がする。実際、会陰から伝わるのは望まぬ快感だ。
 さらに、一度は降ろして鐙に乗せていた片足ずつ抱え上げられて、臑と太股を折り曲げた状態で括られてしまう。それを両方されれば、足が鐙に届かない。そうなると体重を支えるのは太股と股間と尻だ。
 それに気付いて、ぞくりと背筋が震えた。
 不安定な身体を、背後に乗ったルクザンが支えているけれど。
「しっかり持ってろよ」
 嘲笑と共に手綱を不自由な手に持たされる。後ろから伸びた手が、やはり手綱を掴み。
「あ……っ、やっ、待っ──ひぃっ!」
 制止する間はなかった。
 ルクザンの足が馬の腹を蹴り馬が勢いよく走り出したとたん、ずんっと会陰に衝撃が走った。
「ひっ、あっ、がっ!」
 駆ける馬の体は激しく上下する。たくましい馬は、二人分の男の体重も、荷物の重さもまったく気にせずに勢いが良い。
「なんだ、こんなんまで気持ちええのか」
 風を切る音の中に嘲笑が混じる。
「もう濡れてるぜ」
「あ、あぁぁっ」
 剥き出しのペニスの先端をルクザンが悪戯に嬲っていた。敏感な亀頭を指が食い込むほどに捻られ、カリ首を爪で引っ掻かれる。けれど、いびつになるほど戒められたペニスへの刺激は、革紐が食い込んでひどく痛い。なのに、会陰からの突き上げも相まって訪れる射精衝動にペニスはさらにいきり立ち、背筋に快感が走る。
 一週間触られなかった。
 その分、淫乱な身体は餓えていた。ルクザンのそんな悪戯な触り方でも、痺れるほどに感じてしまう。そのせいで、よけいに会陰の奥にある前立腺が芋に押し上げられるのに反応した。盛り上がっているからこそ、全体重がそこに乗るのだ。
 肛門内を刺激されるよりも弱い。けれど繰り返されれば、敏感なその器官はいつものように快楽を貪り、ミズサの身体を淫らに開花させる。
 射精の衝動に上がろうとした陰嚢は、括られているせいで動かず、射精できないままに鈍い痛みだけが襲った。
「ひっ、い──っ、ぎぃぃっ」
 悲鳴なのに、その声に混じる快感の色は隠せない。紅潮した身体を捩りながら、開けた口からは涎がだらだらと流れた。
「あっ、うっ……くっ……はな……あうっ」
 不安定な姿勢に、きつすぎる衝撃は、快楽に陥ることもできない。玩具のようにガクガクと揺れる身体は、時折ルクザンの手と舌が嬲ってくる。そんな些細なことにも感じてしまい、馬上で淫らに悶えた。
「ははっ、淫乱っ、もっと良い物もやるぜ」
 嗤う男がそう言って喉の奥まで押し込んだ異物を、衝撃のままに飲みこんだ。飲んでから、飲んだことに気付く。
「な、に……っ、ひぃぃ!」
 嫌な予感に問いかけようとして、けれど衝撃に浮いた尻の間に入ってきた指が、アナルへと食い込んだ。
「い、痛ぁぁっ!」
 濡れていない場所に食い込む指は二本、けれど、それはすぐに抜けて。
「処女を淫乱に変える常習性のある媚薬だ。これから上と下と、毎日飲ませてやるよ。この媚薬を飲めば、いつでも発情して、チンポ見たら涎を垂らして欲しがる淫乱ができあがる。だが、チンポはやんねえよ、満足なんかぜってえにさせねえ。そのまんま、毎日、切れないように飲ませてやるよ」
 暗い、呪いの言葉がミズサを襲う。
「あの眠り香も特別製で、飲み続けると常習性が出てくるって代物だ。そうなると飲まねぇと眠れなくなる。でもあの薬は、眠らせる効果は薄い。はは、もう、その身をもって知っているだろう? 一週間だ、てめぇは
それを一週間飲んだ。もう十分だろう? 眠りたいだろう? 熟睡したいだろう? だが、もう無理だ。薬は飲ませてやるよ。目的地に着くまではな。眠れないままに発情し続けろよ」
「ひぎっ」
 耳朶に走った鋭い痛みに固く目を瞑る。ねとりと舐められ、その後吹きかけられた吐息から血の臭いがした。
 どこに連れて行かれるのか、いつまで嬲られるのか。
 熟睡できないままに、媚薬に発情した身体を弄ばれるのか。硬く結わえられたペニスは、色を変えるほどに粘液を垂らし、てらてらと輝いている。鞍が滑って、その上でペニスが上下に踊る。その刺激に熱い吐息を零す。
 熱くて、狂おしい。
 怠くて、疼く。
 欲しくて、欲しくて堪らない。
 会陰を付け上げるその芋でも良いから、アナルに突っ込んで欲しい。
「あっひっ……くっう、ああっ……」
 零れる甘い吐息にあわせて、腰が踊る。
 身体の芯が熱くて、堪えられない。苦しいのに、疼く。望んでいないのに熱が全身を襲い、肌を虫が這いずるようなむず痒さが走った。神経が直接弄られているように、全てが鋭敏になっている。
 馬が駆け揺れる度に、会陰からの衝撃に乾いた絶頂が襲う。
 不自由な姿勢な上に、元からの薬と媚薬が効き始めた体には力が入らない。馬に縋ることもできず、ぐらりと倒れそうになれば、ルクザンが支えた。けれど、それは決して親切心ではなくて。
「ひっ、ああっ──、やあ……」 
 体が起きれば、会陰や陰嚢に体重がかかる。痛みは快感と紙一重だということを知った。涎が溢れ、顎から喉へとだらりと垂れ落ちた。
「色っぽい顔だ。チンポもビンビンで、涎を垂らしてんのが丸見えだ」
 その笑い声に誘われるように視線を落とせば、まくれあがった袋の端から陰茎全体どころか陰毛までもが露わになっていた。
 尻から腰までも冷たい空気が触れている。
 その布の下から、ルクザンの腕がするりと入ってきた。
「もだえろよ、ずっとずっと、もだえてろ。これから一ヶ月、絶え間無くもだえさせてやる。チンポの戒めはぜってぇに外さねぇ。町に出たら、ごっつい棒を乳首につけてやらあ。ただし、尻にはぜってぇ、チンポをやらねぇ。きつく処女のように塞がるまで、玩具だってやらねぇよ」
 それは犯されないということだけど。突き上げられる衝撃、ルクザンの手が乳首やペニスを虐める痛みと快感は、この先に待っているのは地獄だということだ。
「あっ……、ひっ!」
 逃げなければ、と思うのに、その方法を考える間も無く、意識が逸れていく。
 こみ上げる射精欲はますます激しく、けれど全てが痛みにしかならない。苦しいのは酸欠なのか、解放を求めているからか判断できない。澱んだ熱が下腹部にわだかまり、脳まで浸食していく。
 はあはあと喘ぐ耳元に、嗤い声が響く。
 馬が駆けるのは街道から外れた場所なのだろう。人通りなど無い場所で、淫らな格好のミズサを身咎める者などいなかった。
 朦朧とした頭でも、これが続けばいずれ狂うだろうということは判っていた。浅ましく強請って強請って、聖なる牢屋に閉じこめられた淫魔のごとく、飢えて飢えてそれしか考えられなくなってしまうだろう。
 それほどまでに、ルクザンの恨みは強い。
 ミズサの痴態に欲情し、剛直を剥き出しの尻に擦り付けて自慰をしても、決してミズサを犯そうとしない。
「ゆ、許…っひく…、たすけ……うっ」
 大きく馬が跳ねた時の衝撃に、その痛みに意識が覚醒する。
 思わず漏らした掠れた悲鳴に、けれど答えるものはいなかった。いるはずもなかった。
 使い捨ての奴隷を誰が助けに来るだろう。
 死んだと考えられて、あるいは逃げられたかと考えても、しょせんミズサは奴隷だ。だから、この作戦に囮役として任命されたのだから。
 愚かなリジンの王族の末裔として。その性質を色濃くその身に宿した淫魔のごとくに殺される。
 流されるまま生きてきたミズサには、それに抗う力はもとより無かった。
「色魔猫を殺す方法を知っているか? 聖水をかけるんだが、それだけじゃねぇ」
 どこかで聞いた話が耳元でされる。
 けれど、それも膨れあがった快感の渦に巻き込まれたミズサの脳には伝わらなかった。
 胸までまくれあがった袋の服から露わになった乳首が赤く熟し、流れた涎が胸から臍まで水痕を残す。
 ミズサの支配者は今や、ルクザンであった。そんな支配者が与える行為に、ミズサはただ悲鳴と嬌声を繰り返し、餓えた獣のように涎を垂らして喘ぎ続けることしかできなかった。

 NEXT