【水砂 捕獲】(2)

【水砂 捕獲】(2)

 ミズサの目的地でもあった場所は確かに洞窟の入り口で、そこから入ってしばらく狭い道を歩かされた。後ろ手に拘束され、足首に半歩程度の幅で縄が掛けられているために、狭い歩幅でしか歩けない。そのせいで、引っ張られるままに何度も転びかけた。その度に、手首につけられた引き縄で引き上げられ、痛みに顔をしかめる姿を囃される。
「お嬢ちゃん、さっきからおケツをフリフリして誘うのが巧いねぇ」
「物欲しそうに、舌なめずりしてさ。お口がずいぶんと寂しそうだ」
「おっぱいも突き出してるし、ケツは振ってるし。まあ待ちなって、すぐにアンアン言わせてやらぁ」
 かけられる卑猥な揶揄に、この先に何が待っているか否応無く判ってしまう。
 奴隷商が、貴重な商品となるミズサを使うかどうかは、二つに一つ。
 だが、男達の視線に宿る卑猥な期待はあまりにも露骨で、全員の中に充ち満ちているのが判ってしまう。彼らは、手に入れた商品を売る前に使っているのだ。
 そんな彼らに連れてこられたのは、洞窟の中の特に広い空間のようだった。だが天井が低いせいか圧迫感はある。
 そんな空間に、視界に入っただけでも10人以上の男達がいた。
 まだ若い10代くらいの男もいれば、60代近い老人のような男もいる。そんな連中が、皆連れてこられたミズサに気付いて目を丸くする。
 ほんの一瞬、広間の外まで聞こえていた喧噪が消えてしまったほどだ。けれど、その喧噪はすぐに復活し、ミズサはその内容に気が付いて、顔を顰めた。
 広間には酒の匂いが充満し、熱が籠もっている。悲鳴と嬌声が入り交じり、肉打つ音や卑猥な音が幾つも響いてうるさいほどだ。
 その騒音源にいたのは、無残な裸体を晒した男女だった。
 淫蕩な空気は、悪酔いしそうなほどに濃厚に空間を満たしていて、他人が犯されている姿に慣れていないミズサの血の気を奪う。
「やああぁぁっ! もう抜いてぇぇっ」
 いきなり上がった若い女性の悲鳴に、ぎくりと体が強張った。堪らず視線をやれば、大人というにはまだ早い娘が、男にのしかかられていた。
 銀のように見える灰青色の髪が、おざなりに床に敷かれたポロ布の上で舞っている。白い足が衣服をまとったままの男の背より高くにょきりと伸びていて、それが男の律動とともにゆらゆらと揺れていた。その動きと連動して、パンパンと力強い音がしている。
 泣きわめきながら男から逃れようとしているようだが、力強い腕から逃れる術もなく結局思うさまに貪られている。
 その向こうでは、先の娘よりまだ幼い少女が、グロテスクなペニスを銜えさせられて、えづいていた。その横には、四つん這いで尻を犯されている青年もいて。
 もう声も出ないのか、ただ声なく喘ぎ、揺すられているだけの者もいる。一体どれだれの間嬲られ続けているのか判らないほどに、彼女たちに生気は感じられない。銀に近い髪はいるけれど、銀の髪だけはいなかった。
 厄介だ……。
 その悲惨な光景に零れそうになった唸り声が零れぬように、歯が軋むほどに食い縛る。
 この奴隷商達は、最悪なことに、手に入れた商品となるべきものを使い倒して、ボロボロになるまで遊んでいるのだ。高く売るならば、初々しい、性行為など知らない方が良いはずなのに。
 多量に仕入れているから少々ダメにしても元が取れるのか、それとも、自分たちが遊ぶことを目的に扱っているのかは判らない。商品を調教という名で使いまくる奴隷商もいることはいるのだ。元がタダの代物だから、相場より安価に売れてもかなりの儲けになる。
 そんな奴隷商なのだろう、彼らは。
 俯き気味で視線を巡らせば、広間の一角で他と雰囲気が違う数人がいるのに気が付いた。
 とろんと濁った瞳の少年が、男が吐き出した白くねっとりとした精液を、ぺろぺろと舐めていた。
 犬のように四つん這いになって、首輪まで付けられて。こちらに剥いた尻の狭間には、腕並みに太い酒瓶が突き刺さっていて、まるで尻尾が生えているように見えた。淡い朱に染まった尻が揺れる度に、瓶の中でまだたくさんの液体がゆらゆらと揺れていた。
 その隣で、歓喜の声をあげているのは、15?6の少女だ。
「おいおい、なんなんだこのユルユルの穴は。しっかり締め付けねぇと縫いあわせちまうぞ」
「ひっ、ィィィっ、ああぁぁんっ、だめぇぇ、縫、たらチンポ入らなくなるぅ」
「だったら代わりにこうしてやるわっ」
「ひ、いぎっぃぃぃぃぃっ! い、やぁぁっ、きっつぅぅぅぃぃぃ」
 悲鳴かと思った。だが、そこには明らかに歓喜の声音がにじんでいて。けれど、その娘の股間に入り込んでいるのはペニスと、そして──たぶん五本全ての指が根元まで、だ。
「ひ……」
 ミズサの喉が鳴った。
 まだその指が入っていく。己のペニスを握りしめた指はもう見えない。それどころか手の甲ももう見えなくなっていて。
 娘は限界までまだ広げていて、その部分がミズサにもはっきりと見える。
 腕すら入り始めた豊かな乳房を持つ娘は、天井を見上げたまま硬直していた。
「どうした? おまえも二本刺しされてぇのか?」
 耳朶で囁かれて、反射的に首を横に振っていた。
「まさかっ」
 想像するだけでも恐ろしい。
 あの部隊にいた時でもでも、さすがにあそこまではやられていない。ペニス二本は経験があるけれど、腕だけなら入れられたこともあるけれど、けれど、今あそこに入っているのはペニスと腕なのだ。
 あり得ない……。
 あんなことをされたら、壊れてしまう。
 考えたくもないのに、両方が自分のアナルに入り込んだ時を考えてしまう。女陰よりも狭いアナルに入るはずのない体積のそれは、容易に尻を裂くだろう。
 メリメリと裂けていくアナルと壮絶な痛みは、きっと堪えられない。
「……っ……」
 ぞくぞくと走る激しい悪寒に何度も首を振った。多少の痛みなら快楽に結びつく体だが、それでも堪えられる限度はある。
「そうかあ?」
 心底感じた怯えを隠せなかったミズサを、男が楽しそうに見やってくる。見たくないと顔を背けているのに、顎を掴まれて引き戻される。ちらりと見えた男の瞳の奥にある凶器のような焔に、違う意味で体が震えた。
「あれはあれで病みつきになるぜ。ほら見てみなよ、あの姉ちゃんを。自分で尻振ってずいぶんと嬉しそうだ」
 顎を掴んだ指は太く、硬い。ぎりっと音がしそうなほどの力に逃れるすべはなく、視線を逸らすことしかできない。
 淫媚な物音と卑猥な揶揄と叫び声しかしない広間。その中で、悲鳴よりも大きく嬌声が響き出していた。
「あはははっ、あぁぁっすっごぉぉぉっ、あんぅぅっ、うはぁっ、壊れるぅぅ、コワレるぅぅっ」
 あの娘が笑って、下になった男を血塗れにして、腰を振っていた。
 狂気の中で腕とペニスを銜えた娘は、今度は隣で酒盛りをしている男の腰に手を伸ばしていて。
「ち、ちょーだぁぁぃぃぃ、チンポ、欲しいぃぃ」
 体内のペニスだけでは足りないとばかりに、強請り始めている。
「あの姉ちゃんは処女だったから高値で売るつもりで大事にしてやったら図に乗って、あげくに逃げだそうとしてな。だから、逃げた罰を受けるところを品物達にも見せてやったのさ」
「罰……」
 まさか、あれが罰なのか?
 どう見ても狂ってしまっている娘の精神。
 あんなもの、罰というより処刑のようなもので……。
「ああ、違う」
 けれど、そんなミズサの想像に気がついたのか、男が軽く笑い飛ばした。
「品物入れてる牢屋の前で両手両足を広げて固定してな。うちで性処理用に飼ってる狂人のペニスによる処女喪失ショーを披露したのさ。そいつのペニスは、薬の使いすぎと玩具を入れたせいでブヨブヨでナマコみてぇにグロテスクな形なんだわ。そのぶってぇチンポを奥までつっこまれて、中にザーメンどころか小便までされて、ひいひいわめいてやがったぜ」
 それが逃げ出した罰だと。
 男は笑う。
「それとは別に、連れ帰るのに俺たちの手を煩わせたからな、その手間分は連中の子種を空っぽするまで奉仕するってことにしたのさ。そしたら、一昼夜たっぷりとかかってな。最後には、尻降りダンスを踊って強請るほどになったぜ。なんせ、俺たちの仲間はデカマラ揃いに底なしの性欲持ちが多いからなぁ。そうしたら他の品物どもがすっかりおとなしくなってな。で、今度は褒美にたっぷりと薬を注いでやったんだよ。あれは、その褒美に喜んでるところさ」
 溢れるほどに飲まされたそれは、常習性の強い強力な麻薬だと、男が楽しそうに続けた。
「男と見りゃあ欲しくなる。突っ込んで貰えるなら何でもするようになる薬だ。淫乱なメス奴隷には、格好の薬だろう?」
 そんな薬を与えられた娘は、もう男無しではいられなくなる。たとえ餌が貰えずに飢えたとしても、飯よりも先にペニスを欲しがるほどに。
「あんなんでも見せ物にするとけっこう金になる。ってことで、あれは見せ物用に飼うことにして、今は調教中だな」
 それがどんな見せ物なのか、今の扱われ方だけでも相当酷いものだと想像できた。
 あの娘はもうきっと元には戻れない。戻ったとしても、心に深い傷を持ってしまうだろう。何もかも判っていて受け入れたミズサとは違う。
「おまえも俺たちに逆らえば、ああなる」
 その言葉に、ミズサは震える唇をきつく噛みしめた。
 あの部隊でも辛い目にはたくさんあったけれど、ここよりははるかにマシだった。
 性奴隷ではあったけれど、全員で使われても、ここの人数より少ない。それに、薬もその場限りの物ばかりだった。
 だいたい性奴隷として供されたミズサと違い、あの娘達は本来奴隷でもない。
『捕まったら何をされるか判らねぇぞ、人攫いで奴隷を集めようとする奴隷商なんざ、壊れたら次を攫ってくれば良いって考えの、一番厄介な存在だ』
 目の前の狂気から目を逸らす同時に、脳裏にダマスの言葉が甦った。あの言葉は正しかった。
 狂った娘も、向こうで男達に言いようにされている少女も青年も、すべて攫われた者達で。この先に待つのは、先日までの平穏な暮らしから懸け離れた見知らぬ土地での奴隷としての生活なのだ。
『銀髪に近い髪の色で、白い肌か青い瞳ばかりを狙っている。ついでに他の色目の子もさらっているようだが、目的はリジンの純血に似た者だ。となれば、性奴隷用だ』
 リジンの純血に近い姿ほど、奴隷商の中では高価に取り引きされる。最近頻発している誘拐事件・行方不明に共通する被害者の特徴に、その犯人に気付くのは早かった。
 特に今回の犯人が重要視されたのは、被害者の中には子供が多かったことだ。ラカンでは子供は庇護する立場であって、それは国王ですら厳守すべきこと。だからこそ、国が動き、そしてレイメイにまで話が行ったのだ。
 となれば動くのは、彼の手足であるダマス配下の突撃部隊だ。何より、その部隊には格好の囮役がいたことも、選ばれた理由の一つだろう。
 レイメイからの手紙には、ミズサを使う許可が、ダマスが知るより早く記述されていた。
「あーぁ、真っ青じゃねぇか? まあ、よい子にしてれば、大事な商品として扱ってやるよ。だが逆らえば……判るな」
 最後の言葉が孕む脅しに、ミズサは色が変わるほどに唇を噛みながら頷いた。ここで逆らうような愚かなことはできなかった。
 父王達に逆らうことができなかったのは、逆らうことの愚かさを知っていたからだ。けれど今の愚かさと、その愚かさは違う。ここで逆らうことは、何もかも台無しにすることだ。
 何より、これを成功させなければ、ミズサも楽になれないのだから。
 そのためにも薬を使われることだけは避けたかった。そんなことになれば、何もできなくなる。さすがに武器など持ってきていないし、たとえ持っていたとしても取り上げられるから、今のミズサが持ちうるものは己の頭脳だけだ。それが働かなくなる事態は避けなくてはならなかった。
 だから。
「脱げ、品定めだ」
「は、い……」
 その品定めが何をするか判っていても、ミズサはただ頷くことしかできなかった。
 何より、この展開は最初から想像できていたことだった。

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