【水砂 訓練】(1)

【水砂 訓練】(1)

 リジン国第三王子 水砂(みずさ)は幼少時から神童の誉れ高き子であった。他の誰よりも学問に優れ、体技にも才を顕した。
 だが、それ故か彼が感情を露わにすることは少なく、常に冷静沈着で、何を考えているか判らないという言う者もいた。
 だが、そんな性格も、いずれ皇太子である海音を補佐するための存在としてふさわしい──と、重鎮達は王家を讃え、水砂を讃えた。
 実際、その冷静さ、頭の回転の良さは、海音を上回ることすらあり、口さがない貴族の中には、水砂こそが王にふさわしい──と言っていた輩もいたほどだが、水砂はそんな言葉に耳を貸さず、ただ勉学と鍛錬に励み続けていた。その真面目ぶりがまた重鎮達を感心させ、謀反の疑惑が立ち消えたのはすぐだ。
 実際、水砂自身、誰かに取って代わろうなどと考えたことなど無かった。
 なぜなら、彼はすぐに今のままではリジンは滅びる──という事に、気が付いたからだ。
 滅びる国を支配して、何になる。
 水砂を推す言葉を初めて耳にしたとき、内心そんな思いが充ち満ちていた。
 汚れ無き美しい国──リジンは、あちらこちらに悪性の病巣を蓄え、すでに表層まで膿を滲ませているというのに。
 それに気が付かない王、貴族……そして兄弟達。
 皆が口にする、神の子の国は不可侵、何人たりとも犯すものはいない──という純血の理(ことわり)以上にそんな根拠のない理に縛られ続ける支配者達につける薬はすでに無い。
 だが、そんな連中ばかりの中で「リジンが滅亡する」という言葉を言い出すのは愚かさなことだ。そんなことを一言でも言えば、誰も耳を貸すことなく幽閉されてしまうだろう。
 過去、幾度か歴史からも抹消された王や王子の存在を、水砂は知っていた。
 古い書庫に埋もれた、幽閉された人々とその理由を書かれた書物は、もうボロボロで解読は難しかったけれど、水砂だからこそ読むことができて。
 彼らが辿った悲惨な運命と同じになるのは厭だった。
 廃嫡させられ幽閉させられて、何も学べずただ空だけを見て過ごすことになるよりは、滅びの道を一緒に辿るのも一興。
 そんな退廃的な考えを持つに至ったのは、水砂の立場にもあった。
 しょせん、水砂は、リジンにおいては第三王子。
 長兄である海音が健在で、たとえ海音に何かあったとしても上の兄の樹香、下には風南に嶺江と三人も後釜はいる。いてもいなくても一緒なのだ。
 リジンではどんなに優れた頭脳を持っていても、生まれが何よりも優先する。それは王族であっても同じ事で、水砂には海音を補佐することのみを求められていて、好きなように学問を探究することも、騎士として現場に出ることも許されていない。
 ほんとうに、王子としてしか生きていられない現状で、未来に何も期待できなかった。
 滅びの道が加速し始めても、ラカンの軍隊が城の傍まで来ても、それでも水砂は何もできない。王や長兄が折れることがないのだから、水砂の言葉はたとえ言ったとしても通じない。
 王族だからと戦うことも許されない立場で、兄弟達と共に城に閉じこもり、助けてくれるはずもない神への祈りばかりをして過ごす。そんな愚かな行為に、いつも浮かぶ笑みは自嘲そのものだが、周りの誰も気が付かなかった。
 諦めていた。だから黙し続けていた。
 城が崩れ落ちても、海音が連れ去られても、水砂はただ受け入れた。
 レイメイに引き合わされ、彼の性奴隷になることを命令された時も、動じた様子は見せずに、ただ長い嘆息を零しただけだ。
 それが行き着く先なのであれば、国の滅びを黙して受け入れた自分にはお似合いだ、とすら思っていたからだ。
 だが、レイメイが「性奴隷などいらない……」とぼやいた言葉を聞き取って、「ここでも私は不要なのだ」と無意識の内に口の中で呟いたその時。
 その言葉に、頭の奥底にあった厚い殻がピシッと音を立て、静かな湖面のごとく落ち着いていた感情が震え出した。
 諦めは、その何も無い感情から生まれてきたものだったのだけど。
 ──自分は何のために生まれてきたのだろう?
 それは、ごく稀に自分の脳裏をよぎる疑問だった。
 優れた頭脳も技能も、滅びの行く末を見いだしただけで、全てを諦めるしかなかった自分は、どうしてこの世に生を得たのか?
 父王を諫めることも、兄弟達の心を民に向かわせることも、いっそのこと、本当に謀反を企てて、リジンを造り替えることもせずに、ただ、現状だけを受け入れて。
 受け入れるしかないのだと、最初から諦めて。
「っ……」
 不意に、脳裏に育った城が燃え落ちる様が浮かび上がった。
 人が大勢死んだ様を思い出した。
 カルキス王が高らかに宣言した言葉がはっきりと甦った。
 その全てを黙って観察していた自分は、ほんとうに、何のために生きているのだろうか。
 そんなことが次々に浮かんできて止まらない。
 それは、諦めていたからこそ、考えないようにしてきたことなのに。考え出してしまえば、諦めることしか考えられなかった自分がひどく愚かで、惨めで。
 ああ……。
 と、封じ込めていた感情が、むくりと顔を出してきた。
「不要なら、殺してください」
 空色の瞳が潤み、溢れ出した涙をぽろぽろと流しながら、水砂は嗤いながら呟いた。その涙が、物心ついた時から始めての涙だとレイメイは知らないし、水砂自身も覚えていなかった。
「何もかも知っていて、何もできなかった私が、一番愚かで罪深い」
 歴代の王よりも、父王よりも、長兄よりも。
 埋もれた幽閉の記録にあった人々よりも情けない存在。
 愚かな自分を嗤って、蔑んで。
「私は不要なものなのです」
 そんな水砂の瞳を、レイメイは何かに気が付いたように覗き込む。
「お前の瞳には、光がないな。死んでいる者の瞳だ」
「死んでいましたから、ずっと。殺されても何も変わらない」
 黙して語らず、ただ日が過ぎるのを待っていただけ。息をしなくなっても、何も変わりやしない。
「それは無理だ。純血に拘ったお前達王族へのカルキス王の怒りは闇よりも暗く地獄よりも深い。王は最低の位をお前に授けた。それは、死すらお前の希望通りにはならないということだ。故にお前は他人にその生死を握られて、生き続けるしかないのだ」
 ──屈辱の中で、生き続けろ。
 新たな立場は、ひどく残酷なものだとつきつけられて。
 それでも水砂は嗤っていた。
「カルキス王の怒りをもっとも受けるべき者は、私なのかも知れませんね」
 何かができたはずなのに、何もしなかった。それは、怒りに晒されるに十分な行為だ。
「だったら、生き続けましょうか。王の望むがままに。性奴隷としてあなたに仕えましょう」
 性奴隷として、目の前のこの男に全てを握られて、朽ち果てるまで生き続ける。それがどんなことなのか、聡明な水砂でも把握できるものではなかったけれど、相当に辛い事なのは確かだろう。
「私は性奴隷はいらぬ。だが、性奴隷以外の立場をお前に与えることはできぬ」
 水砂の顎を捉えて俯く顔を上げさせて、瞳を再度覗き込んできた。
「生きたくないというのなら、死ぬ機会をやろう。だが、役に立たない屑が混じっていれば、隊全体に悪影響を与える。お前が強くなり、簡単に死なないと判るまで、死地には赴けない。それまでは、屈辱の中で生き続けているが良い」
 その言葉の意味は、郊外のレイメイ直轄の部隊が暮らす隊舎に連れて行かれた時に、理解した。
 屈強な突撃部隊の隊員数は、指揮を取る副隊長を含めて11人。
 誰もが水砂より大きく、立派な体格をしていて。
「死なさなければ、何をしても良い」
 その一言だけで、水砂は餓えてぎらつく瞳をした11人の男達の中に置き去りにされた。



 性奴隷がどんなものか、知らなかった訳ではない。
 リジンでも貴族達の中には奴隷を持っている者も多かったし、性奴隷のような者もいたのは知っていた。だが、その存在は欲望解消という男女の性行為代わりに使われるもので、女の奴隷ばかりだ、と思っていた。
 それに、レイメイは、強くなれば死地に赴けると言っていたのだ。
 水砂自身騎士として鍛えていた自負もあったから、その言葉を叶えることなど容易いと思っていたのだけど。
 だが、現実には水砂の学んだ知識も武術も技術も何の役にも立たなかった。
 それは、リジンがそれだけ遅れていたことと、生温い騎士団での武術が形式的なものでしなかったという事実に尽きたのだが、実戦を経験したことが無いというのが大きい。。そんな水砂が、先の戦で先鋒を努めた荒くれ者共に敵うわけが無くて。
 男達の誰の手も振り切ることができず、軽い人形よりも容易く扱われて、あっという間に欲望の対象として尻を貫かれた。その衝撃に、水砂は辺り一帯に響き渡るほどに吠えて、泣き喚いた。
 そんな大声を上げたのも初めてのことで、すぐに喉は枯れ果てて、ひいひいと掠れた悲鳴を上げることしかできなくなる。、
 だが、どんなに暴れても何の役にも立たず、暴れれば張り倒され、それでも言うことを聞かなければ、乳首にピアスをされて。
 その脳天を貫く痛みに暴れる気力を失った体を、11人は代わる代わる犯し続けた。
 それからずっと。
 水砂は、この部隊全員の性奴隷となっている。
 荒くれ者だが、猪突猛進だけが売りの部隊ではないここには、戦術に長けているもの、武器などの開発技術にも長けているもの、そして、武術に長けているものと様々だ。
 多種多様な人間をうまく纏めているのが副隊長のダマスで、そんな彼の一言で、水砂もまた部隊員の一人として訓練に参加させられた。
 もっとも、一晩中犯された体での参加は、それでなくても体力の少ない水砂にはたいそうきつい。
 言われたことも満足にこなせないうちに夜が来て、それをネタに責められる。
 最初の半年くらいは、本当にそれだけで終わっていたけれど。
 ──強くなりたい。
 死ぬためにも強くならないとダメなんだ。
 その思いが水砂を突き動かし、もともと頭脳明晰で最低限の技能もあった水砂は、少しずつ皆の技を身につけていった。
 訓練自体は真っ当な訓練だ。繰り返す内に、基礎体力もついていくるし、ミスも減ってきた。
 それに、与えられる快感に素直に反応すれば、肉体も精神もたいそう楽なのだと、気がついてしまって。
 快楽に身を任せれば、壊されそうになる恐怖心は、浅ましいほどの欲望にとって変わった。
 荒々しいペニス、腕なみに太い張り型や辱め与えるだけの淫具に犯される屈辱は、それがもたらす快感への期待に変化した。体を淫らに彩るピアスや装身具には、いつの間にか悦びを見いだすようになっていて。
 男を狂わす淫魔、チンポ好きの雌豚と貶されても、それもまた自分なのだと思えば、心が悲鳴を上げるどころか歓喜すらするようになったのはそれからすぐだった。
 今では求められるがままに、淫らに強請り、太いペニスを深く銜え込んだまま腰を揺らめかし、大量の精液を飲み込むことも辛くない。
 1年が過ぎて、2年が過ぎようとした頃、与えられる課題をクリアする日々が増え、格闘戦をやっても勝てる回数が増えてきて。
 そんな時に水砂が見せる笑みは、昔を知っている者がいれば、リジンで見せていた笑みとよく似ていると言うだろう。けれど、あれは自嘲の笑みだ。今は、強くなった自分に満足して浮かべる笑みなのだと知っているのは、水砂自身だけだ。
 けれど。
 そんな水砂の笑みと優れた技量に、実力主義の部隊員達が魅了されつつあることは、水砂自身も少しも気がついていなかった。

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