【水砂 訓練】(2)

【水砂 訓練】(2)

 王の従兄弟レイメイの直轄部隊副隊長ダマスは、供与された性奴隷の管理も行っていた。
 ダマスが持つ血気盛んな部下10人は、性欲も有り余っているから、その解消にちょうど良い道具として喜んで貰ったのは2年前。
 冷静沈着という言葉が実に似合う元王子様は、物珍しさもあって使い始めたけれど、さほどの調教をせぬうちにその淫靡な体を開花させたのは嬉しい誤算だった。
 聞くところによると、これがリジンの純血の民の特徴だというが、それでもあまりの乱れっぷりに最初は驚いたくらいだ。
 何しろ、少しでも快楽に晒されると、娼婦もかくやというほど淫らに乱れて、イヤらしい表情で男を誘ってくれるのだ。もっとも、本人はそんなつもりはないようで、最初はずいぶんと自分の反応に戸惑っていた。それもまた、普段の冷静沈着さとはかけ離れたところがあって、これがまた面白い。さらに、孔の具合も最高に良かったから、たいそう楽しんでいるのも事実だ。
 実際、最初の1年くらいは、賭事で順番を決める必要があったし、使いすぎて壊しかけたことも多々あったほどだったけれど。
 1年半を過ぎたあたりから少しずつ落ち着いていて、2年経った辺りから、その使用頻度はかなり落ちているようか……気がしてならない。
 そんなことを、ダマスは格闘技の鍛錬に精を出す部下達を見やりながら、考え続けている。
 なにしろ、あれは性奴隷として貰っているのだ。
 こんなふうに訓練ばかりさせていては本末転倒……とも言えるのだが。だがその結果、今では部隊員達と遜色無い技能を持っている状態なのだ。
 ダマス自身、技能に優れた強い男は好きだ。
 細身でひ弱な雰囲気を持つミズサは、最初はダマスにとって、性奴隷以外利用価値などなかったが、今のミズサは部隊員として十分役に立つ。こうやって訓練を見ていると、あれだけの技量ならば作戦中にどう使えば役に立つかを考えてしまう。
 そんな己にふと気づき、その口元に浮かぶ苦笑を手のひらで誤魔化しはするけれど、自分がミズサを認めていることまでは否定できない。
 ──まったく……。
 どうしたものか、と胡座をかいた膝に片肘を突いて唸ってしまう。
 レイメイからは、飽きたら傭兵にでも預けて遊ばせても良い──という許可は貰っているのだが、そんな気はさらさら起きなかった。
「確かに、飽きてきたってぇのはある、か?」
 ダマス自身、あれを使う回数が減ってきている。けれど、飽きた、というには違うような気がする。
 ミズサを犯したときの、熱い肉を深く穿つ感覚を思い出せば、こんな時でも股間に熱が集まっていく。知らず沸き出す唾を飲み込み舌なめずりしてしまうのは、どれだけミズサが旨いか本能で知ってしまっているからだ。
 今すぐにでも喰らいたい──なのに、喰らわずに済ましてしまうのは、飽きた、というのとは違う。 
「……まったく……」
 わからねぇ……、と続けたくなる言葉を飲み込んだのは、傍らの男に突っ込まれそうだからだ。
 その男、参謀のカランもまた、格闘戦をしているミズサの動きをじっと見つめている。
 その視線は真剣で、欲情とは無縁の代物だ。その瞳にも、ダマスの瞳にも、きらめく銀糸が優美に舞うのが映っていた。
 銀の髪に白い肌、空色の瞳が、リジンの純血の証だ。その印を色濃く持つミズサは、他の連中の中でも一回りは細く、どこかひ弱な印象は否めない。けれど、その細い体に秘められた敏捷性は、今や部隊一と言って過言ではない。
 今では、その敏捷性を生かして相手の急所に武器を突きつけることすらできるようになっている。
 最初は、あのリジンの王族だから何もできない奴だと思っていた。だが、ミズサには根性があって、学ぶ技量を持つ相手には、謙虚に教えを請うことができる。訓練に参加する度に、食い入るように強い隊員を見つめている。強くなりたい、優れた者に学びたい──という気持ちがはっきりと伝わってくる。
 今も、短く刈った銀色の髪が陽光に煌めく度に場所を変えて、部隊の中でも大柄なクドルスを翻弄している。持っているのは彼の体に合わせた細身の短剣。対してクドルスは両刃の長刀を手にしている。その長刀が宙を舞うその間合いの中で、銀の煌めきは決して乱れることなく抜けていく。
 ここに来た頃は、30分の訓練で倒れ伏すほどにバテていた体も、毎夜の追加訓練と躾で今ではダマスを含めた誰よりも体力があるだろう。
 それは、誤算とも言える成果だったけれど。それどころか──部隊としては強い奴は喉から手が出るほどに欲しい状態だから、嬉しいと言えるほどの誤算だったかも知れないけれど。
「ま、まいったっ!!」
 聞き慣れた野太い声が、悔しさを滲ませた宣言を行うに至っては、苦渋に額を押さえて唸るしかない。
 性奴隷が一番強いってぇのは、どうすりゃいいんだ?
 傍らのカランもまた、その口元に浮かぶのは、苦笑いの何ものでもない。
 常時日に焼けているせいで染みついた浅黒い肌の大柄な男の懐に飛び込んで、下から短剣の切っ先をのど仏に突き立てているミズサは、実際、性奴隷でしかないのだ。
 それが、ダマスが背を預けるほどの技量を持つはずのクドルスを負かしたとあっては、この部隊の面目丸つぶれだ。それはダマスにしてみれば、頭が痛いというどころではない。
 けれど、強い男がいるのは喜ばしいのも事実で。
 硬直したクドルスの体から落ちた長剣を拾う様も、まるで神に仕える騎士のごとく神々しく見えるとなればなおのこと。
「あれは性奴隷なんだけどよぉ……」
 人ではないモノ。
 人として扱ってはならないモノ。
 その全てが、人の欲望を解消するためだけに存在し、誰がどう扱おうと許されるモノで、誰にも所有権は無い。
 あれは、この部隊の指揮官であるレイメイが王より下賜されたモノであるが、彼の監視下から離れてしまえば、誰が使っても良いのだ。実際、レイメイはミズサに興味がないから、自分の部下に渡してしまっている。
 まあ、その考えからすれば、性奴隷を兵士として扱っても何の問題もないのだけど。
 だからと言って、そのまま戦場に放り込んでしまうことは今のダマスには考えられなかった。なぜなら、ミズサだけであれば、戦場では死んでしまう確率の方が高いからだ。
「……クドルス! ミズサを連れてこい」
 低い声で、ようやく硬直から解けたらしい部下を呼ぶ。
 途端に顔色を変えた二人の、その意味はそれぞれ違うだろう。
 連れてこい、とは言ったものの、クドルスの少し後ろをミズサが従順に付いていく。クドルスもそれが判っているから、歩み寄ってくるだけだ。
 これが半年以上前ならば、ミズサの体はクドルスの肩に抱え上げられ、叩き付けられた痣だらけの体で、ダマスの目の前に放り出されたはずだ。
 衣服など許さずに、全裸で訓練させたことも多々ある。
 乳首やペニスのピアスに重りをつけて走らせれば、鳴いて許しを請うていたのもまだ耳に残っていた。
 きっちりとした戦士の服を剥いでしまえば、あの頃のままの体がそこに有るはずだ。いや、あの頃よりさらに淫らに敏感な体は、ああやって服を着ることだけでも感じてしまうはず。
「何負けてんだよ、てめぇは」
 ドスの利いた声で唸れば、クドルスが「へぇ……」と情けなく頭を下げる。
 その姿にため息を吐いて、けれど、これが現実なのだと頭を切り換える。
「で、ミズサの腕はどうだ?」
 何よりも対戦したクドルスこそが判断できる事柄を確認すれば、クドルスの視線が、ちらりと背後のミズサに向けられた。
 白い──と言っても、それはダマス達に比べれば、だ。室内の奥深くで決して表に出ることのない他のリジンの奴隷達に比べれば、日に焼けている。
 そういえば、ミズサはリジンの貴族達に比べて、日に焼けることも、髪を短く切ることも厭わなかった──と今更ながらに気付いた。
 もっとも、そのせいで妙な色気が醸し出されていると思うのは、間違いではない。しかも、肌が汗ばみ、少し朱に染まった様子は、ミズサが欲情した時の朱への染まり具合にも似ていて、ダマスの貪欲な性欲をそそる。
 そんなミズサを見やったクドルスの喉がごくりと上下するのを見て取って、人ごとでなく反応しそうになった己を律するように息を吐いた。
「クドルス」
 うながせば、我に返ったようにクドルスが苦笑を零し、前に向き直る。
「まあ、十分じゃあねえですか……一対一ならば、もう十分過ぎるって言えますけどね」
 強い──とは言わない。
 短剣を武器にするミズサは、間合いが狭い。どうしても敵の懐に飛び込む必要があり、戦場のような多勢の中で戦うには、いくら身軽とはいえ、僅かな間違いで一刀両断されるのがオチだ。
 けれど。
「暗殺とか、隠密行動とか、そういう闇に紛れて──ってぇのは向いているって思いますけどね。……ただ、それはウチの部隊の役目じゃねえし……」
「そうだな」
 ダマスの部隊は突撃部隊だ。
 人数は少ないが、精鋭部隊として切り込み、敵の一群を混乱させる。勇猛果敢な隊員達は、少々の傷ではびくともしない内に、敵の中枢に辿り着いて手柄を立てることも多い。
 それに、騎馬部隊としても、歩兵部隊としても、どちらでもこなせるのが売りだ。
 そのどちらもミズサは向いていない。
「ミズサ……てめぇ、長剣の訓練はどうした?」
 背後のミズサに視線を向けて問えば、さらに青ざめ方が酷くなった。
「……で、きていません……」
 男にしては少し高いけれど耳障りの良い美しい声が、ためらいがちに響く。
 短剣が得意すぎてどうしても疎かになる長剣の訓練を、「やれ」と命令したのは一週間前のことだ。
 ──短剣だけではこの部隊では生きていけない。
 そう言って、その体を穿ちながらしっかりと覚え込ませたはずだというのに。
 向上心の強いミズサのことだから訓練がしたくないわけではないだろうが、その機会が無かったのだろう。
 性奴隷の立場からすれば、他人の訓練のじゃまをしてまで、訓練はできない。特に長剣に長けている隊員は、ここ数日不在にしていた。
 覚えるならば、もっとも優れた者に教えを請うのが良いから、できなかったと言っても仕方ないと言えば仕方ない。
 はあ──と長いため息を吐き、けれど、その浮かんだできなかった理由づけを自分で考えたことに気が付いて、頭痛がしたように額を押さえる。
「ったく……それは、また夜に聞こう」
 これ以上性奴隷を強くしてどうする……と、自分がよく判らないと唸りながら、とりあえずその事は置いてこぼした言葉に、ミズサの体がごく小さく震え、わずかに視線を泳がした。
 ミズサの精神は、その肉体以上に強い。
 自ら淫らに誘い、男たちを翻弄するだけの度胸もある。だが、躾あるいは罰となれば別物だ。表面上は平気なのふりをして、内心では怯えている。
 短剣を取らせれば部隊一ではあっても、初期段階で植え付けた従属の業は、容易に抜けるものではない。もっとも、始まってしまえばどんな卑猥な躾も悦んでしまう体であるのも事実なのだが。
「クドルス、てめぇも夜のに参加するか?」
 そう言えば、少し前までなら喜んで参加していたはずの部下達。だが、最近は。
「いや、今日は遠慮しときます。それよりも、今度は負けねぇように自主鍛錬してますわ」
 そんな事を返されることが多くなった。
「そうか」
 飽きた──という訳ではない。
 今更レイメイが返せと言っても、ミズサを返す積もりはない。それくらいに、みんな執着はしている。
 なのに、どうして使いたい、という気持ちが薄れている理由がよく判らない。
 視線を伏せていたミズサが、クドルスの言葉に肩の力を抜いたのを見て、それを後悔させてやろう、と思う嗜虐心は確かに存在する。クドルスだって想像をたくましくして、卑猥な笑みを浮かべながらぺろりと唇を舐めているのだ。
 いっそこのまま裸に引き剥いて、アナルに太い棒でも突き刺して、追加の訓練でもさせてやろうか──と考えて。
 それは、本当に少し前なら実行に移していたことだ。
 なのに。
「ふんっ、まあ、今日は俺一人かよ。ミズサ、クドルスに勝てた褒美だ、それまでは休んどけ」
 そんな褒美を取らせてしまう自分がよく判らない。
「ありがとうございます」
 ほっとしたように嬉しそうに微笑むミズサは確かに美しい。
 けれど、惚れた訳ではないのは確かだ。
「次は負けねぇから覚悟しとけ」
 クドルスに、どんと背をこづかれてふらつくミズサが、「でも、負けません」と返すのを聞いて、他の部隊員達がやんやと囃す。
「今度クドルスに勝ったら、短剣を新調してやるぜ」
「だったら俺は、籠手の良いのをえらんでやらあ」
「俺の野暮用も済んだことだし、明日っから本格的に長剣の鍛錬につきあうぜ。副隊長じゃねぇけど、どっちも使えりゃ鬼に金棒だからな。それだけ生き延びられる」
 当初は、如何に壊すか、ばかりを考えていた連中だが、今ではなんやかんやと貢ぎ物をしている気配がする。
 性奴隷には給金など無いから、欲しい物があっても手に入れることなどできない。私設部隊だから必要な物はレイメイから支給されるが、得意な獲物は自分で手に入れることが多い。ダマスとて得意な剣は、大枚を叩いて手に入れた物だ。それができないミズサに、皆が貢ぐ。
 それは、ミズサを仲間として見ている証のようなものだ。とは言っても。
「そういや、例のガウスの店でグイナ印の新製品が発売されたって話だぜ」
 水を向ければ、皆の目の色が変わった。
 ミズサの笑みが硬直する様を、どす黒い欲望にまみれた視線が幾つも捕らえている。
 ラカンでも最大手の淫具や薬を扱う店で、性奴隷を使うものなら誰でも知っている。そんな店のグイナ印の新製品が、普通の性交に使うモノのはずがない。精強剤であり媚薬であるそれはグイナという実から作られるのだが、グイナ印と銘打たれる薬の中には粘膜を爛れさせ、激しい痒みを与える物がある。それこそ、性奴隷を苛むためだけの薬を、ミズサは何度も使われている。
 激しい痒みと冷めない熱、何をされても感じる体に与え続けられる快感の苦しさに、泣き叫んで許しを請うミズサの姿は、美しいが故に男達の嗜虐心をさらに煽るため、部隊内でも人気商品の一つだ。
 その姿を思い出して皆が欲情しているのは、その少し引けたような腰つきにありありと判るのに。
「負けたら、残念賞ってことでどうだ?」
 クドルスの淫らな手がミズサの尻に這い、耳朶に口づけるように囁いて、それでお終いなのだ。
「だったら……絶対に負けません……」
 悲壮なほどの決意は、たぶん決して違えられないだろう。それほどまでに、一対一なら強くなっている。
「だったら、俺も訓練手伝ってやらあ」
「俺も俺も。で、負けた方にそれを使うってのはどうだ?」
「ははっ、賛成っ!!」
「なっ、俺に使うってぇのかっ! くそ、今度は絶対に負けねぇぞっ!」
 賑やかな歓声の中で、ミズサも控えめに笑っている。
 そんな連中に、ダマスは何とも言えないため息を吐いて。けれど、その口元には笑みも確かに浮かんでいた。

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