【海音の弱み】

【海音の弱み】

 リジンの第一王位継承者であった海音(カイネ)が、ラカンに囚われから6ヶ月。
 その間、快感を与えられなかった日は一日としてない。
 最初の内は、一部屋に閉じこめられて調教を受ける日々だったが、最近では城全体が海音の調教の場となっていた。
 薄暗くじめじめした地下室も、明るい陽光の下で清らかな滴を降らす噴水の傍らも。
 海音の快楽は、どこにいても与えられた。
 そんな海音のために揃えられた調教師は三人。それぞれが特徴を持っていて、一週間ごとに交代していた。
 今週は、媚薬入りの浣腸液をたっぷりと注ぐのが大好きな、海音がもっとも苦手とする男だ。
 胸と腰、下腹を締め付ける革ベルトで作られた拘束衣。そして手枷、足枷で四つん這いに固定された海音に、腹が膨れあがるほどの浣腸液を注ぎ込む。
 その苦しさに海音は弱い。
 十分も経たないうちに、自由にならない身体で腹を抱えるようにして身悶え始める。
 己より低い立場の人間に、しかも、それを愉しむような輩に、排泄という汚物を出す行為など見られたくない。
 そう思って、必死になって我慢を続ける。
 だが、声はかろうじて抑えられても、全身が震えるのも、腹を庇う格好も止められない。
 そのうちに身体が勝手に息み始める。
 荒く忙しない吐息を零しながら、不意に息が止まる。ふるふると大腿の筋肉が震え、身体がきゅうっと丸くなる。知らぬうちに突きだした尻の狭間から生えた歪な棒がびくびくと震えている。
 持ちやすい取っ手のついた棒は、海音の肉の入り口で歪に膨れあがっていてすぐに深い溝を作っていた。その溝に肉壁が深く食い込んでいる。そして体内に入ったその先は、空気を送り込まれたゴムが膨らんで取っ手よりはるかに太くなって腸壁を限界まで引き延ばしているのだ。
 それは、腹が膨れるほどの浣腸液が激しい蠕動運動を起こさせても、決して抜けないようになっていた。
 その上取っ手には紐が付いていて、しっかりと海音の拘束衣に結びつけられていた。
 身体を起こせば、紐はきつく棒を身体へと押しつける。
 丸まっても同様。
 紐は、どんな格好をしても尻の狭間に食い込むほどにきつく海音を苛むように付けられていた。
 最初は、大きな波をやり過ごせば楽になった。
 だが、その感覚がどんどん短くなる。
 鈍痛から鋭い痛みに変わり、激痛になっていく。その移り変わりが、海音は早い──と調教師はいつも楽しく言う。
 たかだか十分で、全身を蒼白にしておこりのように震え始める。奥歯を噛み締めて歪む唇の、僅かな隙間からのみ零れる荒い息。その唇が力無く緩んで、舌がたらりと落ち、流れ出す唾液が床まで零れていく。
 その苦痛に喘ぐ顔を覗き込んで、調教師は海音が嫌う下卑た笑みを見せてくる。
 海音にとって嫌悪でしかないその表情は、同時に新たな苦痛と快楽が訪れることを意味していた。
 男はいつも焦らない。
 海音に何も欲求しない。
 ただ、淡々と物事を進め、時間が経つと否応なく次の行為に移る。
 男の手が四肢の枷を外し、拘束衣の継ぎ手に鎖が付けられ、海音が蹲っていようがどうしようが、力任せに引っ張るのだ。
「ひぃ、うあっ……」
 無理に動かされ、ひねった体内の奥深くに、得も言われぬ快感がひた走る。
 体内に埋め込まれた膨らんだゴムの棒は、その表面にたくさんの突起を持っていた。女の乳首のようなそれが、腸壁を押し広げ、そして押し戻される。歪んだゴムの塊は、元の形に戻ろうとして腸壁をずるりと押し伸ばす。
「あ、ああぁっ──いぃ……いあっ──」
 びくびくと全身が痙攣する。
 目の前が何度も弾け、絶え間ない絶頂が繰り返される。快楽の泉が波立ち、甘い毒を自ら海音の全神経に染み通していく。腹痛すら、その波とともに快感を連れてくる。
 そこは排泄の場所であると同時に、海音にとってすでに性器だった。
 それに加えて、直腸から大腸まで満たした浣腸液の中には、たっぷりと媚薬が混ぜられていた。
 海音の身体が排泄の限界を訴える頃に、効果を発揮し始める媚薬は、調教師が海音のために調合したものだ。
 調教師が違えば、使われる媚薬も変わる。この男のそれは、遅効性でじわじわと効力が高まり、なおかつ持続性をも持っていた。
 一度は絶え間ない腹痛に蒼白になっていた全身も、今は張り型と媚薬の効果で、ほんのりと甘い桜色に色づいていた。
 どこか虚ろな瞳が、一筋の涙を零す。
 口から零れる吐息は荒いままなのに、唇が誘うように赤く染まっていた。
 重くなった腹を抱え、ゆらゆらと力無く引っ張られるままに進む。
 苦しさに喘ぎ、絶頂感に喘ぎ。
 苦悶の表情を浮かべながら、瞳がしっとりと潤み、零れる吐息が甘く切なく響く。
 そんな海音が、裸体を淫らに彩る拘束衣だけという姿で、城の中を歩かされる。
 一歩、一歩。
 足が上がらない海音の歩みは、亀のごとく遅い。
「あっ……んあ……、はあっ……ああっ……」
 一歩足を踏み出せば、海音に合わせて設計されたそれは、前立腺から外れることなくごりごりと擦り、突起がうにょうにょと踊りながら突き上げる。
 ペニスがだらだらと涎を流し、床まで粘液が落ちて糸を引く。
 海音を苛むために作られた拘束衣の、乳首を挟む二本の細紐が、すでに固くしこって熟れた実のような乳首を絶え間なく擦り上げた。熟した乳首は、別の調教師の手によって、快楽を生む性器の一つだ。
 挟まれ痛いほどに擦られるたびにペニスに触られるより激しい快感が、四肢の先まで走り抜ける。
 いや、そこだけではない。
 風がそよりと吹き髪をたなびかせるだけで、甘酸っぱい快感が脳を襲う。
 いたずらな風が肌に纏い付くだけで、甘い吐息が零れる。
 絶え間なく繰り返された調教によって、すでに全身全てが性感帯なのだ。その上に施された張り型と媚薬。
 一歩足を踏み出すだけで、乾いた絶頂に晒される。
 腹痛すら、今の海音には快感へのスパイスだ。
 痛みがあるからこそ、快感が増幅される。
 出したい──と願うのは、後か前か。
 海音自身にももう判っていなかった。
 ただ、出したくて。
 入り交じる二つの排泄欲に、身体は目的地に向かう。
 調教師が連れてきたのは、古城の空中庭園だった。左右の尖塔の間にある5階の高さ屋上を庭園にしたものだ。その広々とした庭園は、常であれば城で働く者達の憩いの場なのだが。
 その中央付近に、小さな樽が置かれていた。
 それは、庭師が使う肥だめ用の桶だった。半分朽ちかけたそれは、もう長いこと使われずに放置されていたようだ。
 変色した底には、ひからびた糞の後が残っていた。
 それを調教師が指さす。
「お前の便器だ」
 天上どころか、壁すら無い。
 そんな場所に、人が集まってきていた。輪を描き、海音の到着を待っていた。
「どうした? しないのか?」
「あ……」
 口を開けた拍子に、涎がたらりと顎を伝って落ちた。
 ぜいぜいと喘ぐ海音は、のろのろと身体を動かした。
 快楽の渦の中、排泄欲は限界まできていた。
 我慢などできない。だいたいこんなことに我慢などしたことがなかった。
「うっ──あっ……」
 桶に尻を向け四つん這いになって息む。
 衆目の場だとか、恥ずかしいとか──そんなことは考えることもできなかった。
 ただ、出したい。
「あっ──くうっ、ぅぅ」
 何度も息む。
 その度に、尻穴から張り型が出てこようと蠢く。だが、張り型を押さえる紐は未だしっかりと掛かっているし、張り型は中で膨らんだままだ。
 だが、どんなに苦しくても、理性を失っていても、出したい──と海音は今まで口にしたことはなかった。
 カルキス以外、海音は弱音を口にはしなかった。
 それがさらに他人を煽るとも気づかずに。
 だがたとえ口にはしていなくても、その態度が海音が堕ちていることは十分皆に知らしめていた。

 さらに海音の周りに人の気配が増えていった。
 くすくすと嗤う声。
 下卑た揶揄の声も聞こえる。
 早く……。
 言葉が零れそうになる。
 言ってしまえば、きっと楽になる。
 けれど。
「う、あっ……くあっ……」
 再び訪れた最大級の波。
 それは腹痛なのか、快感なのか。
 勃起しきったペニスが、何度も無理に息む事で腫れ上がり始めたアナルが、熟れた乳首も、上気した肌も、何もかもが限界を超えてわなわなと戦慄き、止まらなくなったその時。
 調教師が動いた。

 手際よく解かれた紐。同時に、空気をせき止めていた栓が抜ける。
「ひっ、ひあぁぁぁぁぁぁっ!!」
 ぶしゅ────っ!!
 悲鳴と放出音が同時だった。
 ぽーんと奇妙な音を立てて、ひしゃげたゴムの塊が取っ手と一緒に飛んでいく。その後を追うように茶色の液体が孤を描いて噴き出し、地面を叩いた。
 桶など飛び越える勢いでだ。
 僅かな衰えもなく、一気に噴き出す中、海音は地面に擦りつけていた顔を上げて、大きく目を見開いていた。
 その呆けたような口元から、獣の唸り声が延々と続く。
 ビチャビチャと排泄物が地を叩く音、それに観客の嘲笑が重なっていた。
 それすらも耳に入らない。
 びちゃんと最後の液が、液溜まりの中に落ちる。
 ぼとんと、固形物が桶の中に落ちる。
 その間もずっと海音の身体はがくがくと痙攣していた。
 激しい絶頂が、海音の中で荒れ狂っていた。
 ペニスが、僅かに白濁を混じらせた淫液を、ぽとんと落とす。
 だが、それだけだ。
 陰嚢がたっぷりと蓄えた精液を吐き出したいと震えているが、そちらの枷は緩められることがない。
 その分、いつまでも淫靡な絶頂が続く。
「あ、あぁ、ああ──ぁ」
『王はどんな行為でも感じるようにしろ、とおっしゃった』
 乾いた絶頂は、際限がない。
 澱み溜まった精液を吐き出さない限り、海音の身体は満足しないのは、もう海音自身よく判っていた。
『痛みすら快楽に。糞便を巻き散らしてさえ絶頂を迎える身体に。まだまだこんなものではないぞ。もっと激しく、もっと快楽に狂え。だが』
 ぐっと髪を引っ張り上げられた。
 朦朧とした意識に、植え付けるように男が言う。
『狂気には堕とさない。堕ちるはずもないな、原初の直系よ。誇り高き王子が、こんなことくらいで狂気に陥ることなどあってはならない。カルキス王なら堪えられる行為だ、原初の王子が保たない訳が無い。なぁ、そうだろう?』
 それは、毎日の調教の中で繰り返され、染み付けられた言葉。
 調教師が、精神力を込めて使う言霊の力。
 海音は知らない。
 樹香も風南も水砂も、そして嶺江も──皆同じ言葉に呪縛され、そしてそれを利用されていることに。
『お前は誇り高き、原初の直系。我らのような調教を生業にしているような下位の輩に屈服などしやしまいよ』
 痛みと快楽、媚薬と言葉。
 繰り返されるそれに、海音の心は縛られる。
 すでに堕ちた弟達のように。
 海音も堕ちていく。
 今や何の頼りにもならない地位と理(ことわり)に縛られて、自ら奈落の底に落ちていくのに、気づかない。


 男の手が離れると同時に海音の身体は崩れ落ちた。
 冷水を浴びせても、僅かに震えただけの身体に、今度はたっぷりの香油が落とされる。
 降り注ぐ陽光に粘性を低くしたそれが、海音の全身にたやすく広がっていった。
 浣腸時とは違う媚薬が溶け込んだその香油は、毎日塗ることによってそよぐ風にすら欲情する肌を作り上げる。
 もういい加減敏感になっている肌だが、王はまだ満足していない。
 全身くまなく、頭皮にすら塗り込む作業は、かなりの時間がかかるけれど。
 海音が意識を失っていても、調教は日が沈むまで続くのが常だった。

【了】