【海音の願望】

【海音の願望】

 城が燃えさかる姿を、海音は忘れられない。
 ガラガラと絶叫のような音を立て崩れ落ちる姿が、目に焼き付いている。
 あれではもう城は瓦礫でしか残っていない。
 判っていても、夢に見るのは美しかった城とその姿を映す湖。
 その城で、海音はリジンの世継ぎとして純血の血筋を絶やさないためにすべき事を徹底的に教育されてきた。
 王侯貴族であれば誰でも受ける教育よりも、さらに強烈なそれは、海音が幼い頃からずっと繰り返し施されてきたのだ。
 だから、カルキスの原初の民の純血をないがしろにする言葉に、頷くことなどできなかった。──できようはずもなかった。
 海音には原初の民の純血を否定する世界など、考えられなかったのだ。


「う……、くぅ……」
 呻き声が、零れてしまう。
 無様な声など誰にも聞かせたくない。そう思うのに、止められない。
「ふはっ……、くっ」
 誇り高き原初の民の王を継ぐ者として、それ以外の民には威厳を持って接しなければならないのに。
 だが、王位継承者として大切に育てられた身体は、海音の想像以上に筋力も耐久力も無く、そして刺激に弱かった。
「くうっ」
 腕の力を振り絞る。
 ずるりと胎内に入りかけていた異物が移動する様をまざまざと感じながら、それでも抜け落ちていく感触にほっと息を吐く。
 だが、それも僅かな間だ。
 滑車を介しているとはいえ、海音の腕は自身の身体を長時間支えられるほどには強くなかった。
「いっ! ひぃっ」
 汗にまみれた手の中で、太いロープがずるりと滑った。とたんに、抜けかけていた棒が、ずぷりと音を立てて中に入っていく。いや、海音の身体が棒に向かって落ちていったのだ。
「あっ、はあっ、あぁ」
 慌てて、滑りかけたロープを握り絞める。悲鳴を上げている筋肉がふるふると震えるのをなんとか抑え、再び紐を引っ張った。
「痛ぅ……」
 ロープを引っ張れば、膝下と大腿の付け根の革紐がぎりりと食い込んでいて、擦過傷を作った。その傷から血が滲み始めている。
 その革紐は、海音の腰や胸、脇にも取り付けられていて、そこからロープが天上の滑車に伸びていた。その先を海音は必死になって両手で掴んでいるのだ。
 それを引っ張れば、海音の身体は椅子から浮く。
 股を大きく割り広げられ、足を高く掲げた状態で固定された身体は、自分で立つことはできない。
 尻を椅子の上に乗せてしまえば、食い込んだ革紐も楽になると知っている。だが、そうすれば椅子の上には禍々しい張り型が固定されていた。
「う、うぅぅっっ」
 全身の筋肉が限界を訴えて、痙攣していた。
 それでも、離せない。
 離してはならない。
 ロープを離せば身体が落ちる。それは同時に、椅子の座面に設置されたペニスの形を誇張した張り型が、アナルに突き刺してしまうことになるのだ。
 ぬらぬらとたっぷりと表面に塗られた潤滑油に、海音の理性を狂わせる媚薬が入っていると知っているからこそ、よけいに手を離すことはできない。
 城が落ちた夜、海音はカルキスにラカンの民の運命を──そして海音の立場も知らさせた。
 一糸纏わぬ姿で四肢を結わえられ、俯せで尻を高く掲げた姿で。
 カルキスは終始嗤っていた。
 海音の剥き出しのアナルを弄くりながら、最初は指で、ついで淫具で。
 最初は指一本でもきつく、羞恥と嫌悪と屈辱、そして異物感しかなかった海音が、カルキスの指三本を難なく銜えることができるようになるまで、嘲笑を浮かべながらも決して無茶はしなかった。
 ますばペニスを模した淫具が難なく入るようにアナルを解し、そして、次に激しい快感を覚える場所を教え込んだ。
 前立腺──と教えられた場所を押さえられるたびに身体が跳ね、ペニスから排尿するかのように粘液が噴き出すようになるまで。それを知らされ、信じられないと首を振る。
 だが、確かに快感がある。
 女相手よりも激しい快感が。
 はあはあと熱くなった息を吐き、猛りきったペニスの先端を寝具に擦るように腰が揺れる。
 王族である故に、海音の女性経験は多い。
 性的快感がどんなものであるかも知っているし、嫌いなものでもなかった。
 正妃はまだであったが、側室はすでに二人持っていた。性欲を感じれば我慢などすることなく側室を抱き、子作りに励むことを厭うこともなかった。
 だが、こんな尻を弄られただけで感じてしまうなどと……。
 厭らしい身体──とカルキスの嘲笑が、海音を貶める。
「知っているか? 奴隷商、特に性奴を扱う者にとって原初の民は最高級品ということを。美しい肌と髪、そしてその瞳。外観だけでも上等品だが、それ以上に価値を高めているのが、その淫乱な身体だということだ。眉唾物かと思ったが、どうやらその通りだったらしい」
「い、いや……ぁ……。違う……」
 そんなはずは無い。
 原初の民は高潔な民。
 そんな淫乱だとは思わない。
「何が違う? こんなに簡単にだらだらと涎を垂らして腰を揺らして悦んでいて。私の指をもっとと締め付けて離さないくせに」
「ひっ、あああ──っ」
 ひときわ強く中を弄られて、目の前が白く弾けた。
 いまだかつてないほどの解放感を伴う激しい快感に、全身がびくびくと痙攣する。
 女性の中以外で出したことのなかった精液が、シーツに散らばった。それを認識することなく、下腹の奥深くから生まれる快感に、意識が犯される。
 もっと──と欲張って、貪ろうとする。
 気持ち──良い……。もっと……。
「もっと欲しいか?」
 カルキスの言葉が聞こえた瞬間、海音は無意識のうちに頷いた。
 けれど。
 くくっと背に落ちてきた嘲笑、そして胎内の指が震えた。
 明らかに嘲笑と判る振動が、快感に溺れていた海音に冷水を浴びせかける効果をもたらした。
「ち、違うっ。──離せっ」
 自分が何をしたか──何故カルキスが嗤っているのか。
 無意識化だった筈なのに、記憶に残っている。
 全身で拒絶しようと暴れる海音に、カルキスが楽しそうに言い放った。
「淫乱さにもっと磨きをかけてやるぞ。指先で触れられるだけで射精する身体に。男に嬲られて悦ぶ身体に。男なしではいられない身体に。淫らな……娼婦よりも淫らな王……。くくっ、美しくも淫乱なお前には、相応しい姿だ……」
 与えられた言葉を拒絶する間はなかった。
「あああぁ──っっ」
 引き裂かれるような痛みは僅かだった。けれど、それ以上の衝撃が、海音を襲っていた。
 弾ける快感とたぎる熱が海音の身体をぐずぐずと犯していく。
 目の前が幾度も弾け、開ききった肉壁がびくびくと痙攣した。
 戦争で意識することなく禁欲を強いられていた身体のせいか、もとから素質があったのか。
 カルキスの調教が始まった夜、海音は初めて男を受け入れた身体で、アナルの刺激だけで射精してしまった。

 
 その日から一ヶ月ずっと、調教を受けなかった日は無い。
 カルキスは意外なほど気が長く、丁寧なほどの愛撫を施してから調教を始める。
 おかげで海音は痛みを感じたことなどほとんどないくらいだ。その分、徹底的に快感ばかりを与えられる。 そのせいか、元からの素質か、海音は早々に射精せずに達くことも覚えてしまった。
 城の敷地の中でも特に奥まった山の中にある古城。
 海音はその中の一室に閉じこめられ、来る日も来る日も性的な快感ばかりを与えられていた。
 カルキスが相手をする時は、射精しすぎて身体が辛くて、止めてくれと懇願しても止めてもらえない。
 カルキスが忙しくて来られない日は、調教師が来て淫具を埋め込んだ。そのときには、達きたいと懇願しても、射精無しでしか達かせてもらえない。
 調教師は、いつも射精できないようにペニスから陰嚢まで戒めてから淫具と媚薬を仕込んで放置する。
 徹底的に快感のみを与えられた身体に媚薬が作用すれば、海音の矜持も理性も呆気なく崩壊した。自ら埋め込まれた淫具を使って快感を貪って。達きたいと情けなく懇願する姿を鏡で見せつけられたり、使用人達に晒したり。
 嘲笑の中で腰を振り、けれど決して射精することが許されない身体が達かせてもらえるのは、カルキスに犯された時だけ。
 先週一週間は、毎日のように後ろ手に固定された手が淫具の取っ手にかかる状態で固定され、芋虫のように身悶えながら自らアナルを犯し続けるようにし向けられた。
 射精できないままに薬の効果が切れるまで続いた調教の後、ペニスの戒めは外されることがない。それを外すことができるのは、カルキスだけなのだ。
 そしてカルキスが来るのはせいぜい週に一度。
 昨日のカルキス来訪時、一週間分の海音の情けない姿は壁面に大きく映し続けられた。
 その姿をカルキスにバカにされ、情けなさに涙しながら犯された。陰嚢にたっぷりと溜め込んだ精液を全て出し尽くし、最後には許してくれと懇願しながら意識を失った。


 吊され続けた身体はもう限界だった。薄暗い視界の中で、汗で濡れたロープがぶれて見える。
 その向こうでまだ明るい空が見えた。
 逃げたい、逆らいたい、殺したい──と何度も思った。
 だが、海音が逃げ出したり自ら死を選べば、ただ一つの希望である嶺江に害が及ぶ。
 いつか嶺江がリジンの王となる日まで、あの男に従うしかないのだ。そういう契約だから、だから……甘んじて受け入れるしかない。あの男の命令全てを。
「んんっ!」
 ずるりと手が滑った。
 もう……無理だ……。
 指にも、腕にも、どんなに頑張っても力が入らない。
「あ、あぁぁ」
 手が滑っていくと同時に、張り型が痛みもなく奥までずぐずぐと入り込んでいく。
 とんと尻が椅子の座面についた。
 すぐに媚薬が粘膜を通し、体内に浸透していく。
 熱くなっていく身体は、すぐに奥深く銜え込んだ淫具を揺り動かしたくて仕方なくさせる。いや、否定できないほどに自覚した敏感で淫らな身体は、張り型を銜え込んだだけで快感を感じ、射精なしの快感を味わい続ける。
 そして、今日はカルキスは来ない。次に来るのは早くても一週間先。
「カ……カル……カルキス……」
 調教師相手より、まだカルキス相手の方が良い。
 カルキスは、自分を犯す。
 調教師は、海音自身の手で自ら貪るように自身を犯すように仕向け、それを他人に見せつける。
 なら、せめて無理矢理犯されるほうが良い。カルキスの時は、二人だけしかいないから。その方が、まだマシ……。快感と欲求不満と羞恥心に狂い続ける一週間よりも、カルキスに犯される一日の方がよっぽどマシだから。
「カルキス……ん……カル…キ……ス……」
 虚ろに憎むべき男の名を呟く呟く海音の頬に、涙が一筋流れ落ちていった。
 
【了】