ONIは鬼

ONIは鬼

 やったっ!やったっ!
 待ちに待った日だよおっ!
 隅埜啓輔は、その日一日をうきうきとした気分で過ごしていた。
 金曜日。
 この日は恋人である家城純哉と約束した日なのだ。
 
 度重なる啓輔の懇願が功を奏したのか、家城が渋々次回は受けになることを約束したその約束の日。
 別に今日と決めていたわけではないが、今日は家城の家に行くことにしている。ついでにお泊まりすることも決定事項。
 ということは、当然最後までいくシチュエーション。
 ただそれだけの約束なのだが、それほど浮かれるのも理由があった。
 実は啓輔は、どうしても家城とする時は入れたい。
 だが、ここのところずっと家城に主導権を握られ、さんざん啼かされ続ける立場にあった。
 だからこそ。
 今日は絶対にその約束を振りかざし、ぜひとも家城を啼かせてみようと、もう朝からそれしか頭にない。で、朝から啓輔はハイテンションで、先輩の服部の訝しげな視線もケアレスミスのお小言も、何ら啓輔を現実に引き戻すことができなかった。
 幸いにして残業も無く、定時で帰れるとなると速攻で家城のいる品質保証部へ向かう。
 と。
 どことなくピンと張りつめた空気が部屋に入った途端に伝わってきた。
 家城や他の品質保証部の面々が、神妙な面持ちで顔をつきあわせている。
 その中に生産技術部の安佐の姿もあった。
 しかも、その手の中にあるのは、通称「赤紙」と呼ばれる不具合票。
 実質はピンクに近い色なのだが、それが複数枚その手の中にあった。
──不具合かな?
 生産中の検査で、何らかの規格品外が発生、またはトラブルが発生して報告された問題というのは、安佐がいるから予想がついた。
──どうしよう……。
 声をかけづらい雰囲気がそこにはあった。
 真剣に赤紙に見入っている家城は、その眉間に深いシワを寄せ、口元に握られた拳を当てて考え込んでいる。
 いつもなら、啓輔が行くと即座に気が付くのに、今日はさすがにそれどころではないようだ。
 だが、躊躇している啓輔に、安佐が気が付いた。
 家城をつつき、啓輔の方を指さす。
「あれ……家城さん」
「え?」
 家城がふっと顔を上げた。
 その瞳に啓輔を写した途端、僅かにその頬の強ばりが緩んだように啓輔には見えた。
「ちょっと失礼」
 家城が安佐と周りのメンバーに声をかけ、啓輔の方に歩いてくる。
「ごめん……忙しかったみたいだね」
「先ほど、不具合が上がりまして……ちょっと生産がストップしていますし、至急対応が必要なんです。すみませんが、先に帰っていてもらえますか?」
「ああ、いいよ。ずいぶんとかかりそう?」
「そうですね……たぶん……」
 ちらりと家城の視線が背後の安佐達に向けられた。
 珍しく歯切れの悪い言葉は、未だ原因がわかっていないことを啓輔にも教えてくれた。
「判った。どっか暇つぶしでもしてから行くから」
「すみません……約束……してたのに」
 ふっと家城の声が小さく、聞き取りにくいものになった。
──あ……。
 はっと気が付いて家城を窺えば、その頬が僅かに朱に染まっているのが見て取れた。
「あははは……ほんと、早く終わること、祈ってるわ」
 こんなところで見られるとは思っていなかった家城の照れた顔に、啓輔も下半身に性的な興奮を味わってしまう。
 ずりずりと後ずさる啓輔に、家城は苦笑を浮かべて僅かに手を挙げただけだった。
 その様子に、先ほどの照れた様子などみじんもない。
 この後、踵を返してみんなのところに戻る家城は、相変わらずの鉄仮面に戻っていることは想像に難くない。
──相変わらず器用な奴。
 あそこまで完璧に表情をコントロールできる奴がどうして啓輔相手にそれができないのかが不思議でいつも思う。だが、今はそんな疑問より、家城が約束を覚えていてくれたということの方が、啓輔を舞い上がらせていた。
 とにかく今日はできる。
 そうなると、家城が遅くなることもそんなに気にならなかった。


 けたたましい電子音が鳴り響き、そのたびに店内に放送がかかる。
 じゃらじゃらと絶え間なく鳴り響く音は、耳をも麻痺させてしまいそうだ。その上、タバコの煙が空調施設の許容限界を越えているのか、どことなく白い。
 定時で終わった啓輔が、暇つぶしに選んだところは、そんな喧噪が渦巻くところだった。
 先ほどから確変がかかり、回り続ける中央のデジタル表示は、後僅かというところで滑っていく。
「ちっ、またかよ……」
 来そうで来ない。
 リーチはかかるのだが、それが大当たりに結びつかない。
 だが。
 デジタル画面がでキャラ達がにぎやかに踊り始めた。
 途端にじゃらじゃらと勢いよく玉が放出される。
「よし、来たっ!」
 深く刻まれていた眉間のシワが一気になくなった。
 家城を待つための時間をつぶすため入ったパチンコ店。
 別に家で待っていても良かったのだが、ああいう閉鎖された空間で一人で待っていると今日のその後のお楽しみを想像して、あらぬ行為をしそうな気がしたのだ。
 まだまだ啓輔のそこは、欲望と妄想に忠実だった。
 だから、そんなもったいないことはできないと、ふと目についたパチンコ店に入ってすでに2時間。つぎ込んだお金はこの間に3万円。
 この大当たりで取り戻そうと、啓輔の目の色が変わった。


「げっ」
 啓輔がそのメールに気づいたのは、パチンコ店の駐車場でだった。
 相変わらず車の免許を取る暇もない啓輔は、原付で家城の家に向かおうとした途端に、初めて携帯が着信音を鳴らしたことに気が付いたのだ。
 よくよく見ると、他にも何件もメールが入っているのみならず、伝言メモも入っている。
 それらが全て家城の携帯のナンバーであることを携帯の液晶表示は啓輔に教えてくれた。
『もう帰っています』
 最新のメールの内容は、ただそれだけのもの。
 遡っていけば、家城が8時30分の時点で自宅に着いているのが判った。
「そんなあ。もっとかかるのかと思っていた……」
 確かに不具合の対応だから、残業で遅くなるとは言っていたが、実は、啓輔ははまりすぎて抜けられなくなっていたのだ。
 それこそ、時計を見る暇を惜しむほどに。
 伝言メモを再生すれば、留守録だというのに、家城の声音の冷たさが啓輔にははっきりと判った。
──怒ってるよお……。
 それはそうだろう。
 先に帰っているはずの啓輔がいくら経ってもこない。
 その上、携帯にも出ない。
 パチンコ店の騒音と熱中していたせいで携帯の着信音が聞こえなかったのと、ゆったりとした服のポケットに入れていたせいでバイブレーションが感じられなかったことが原因だった。
 


「あの……ごめん……」
「どこで遊びほうけていたんです?」
 啓輔を迎え入れた家城は、お気に入りのソファの上で腕組みをしながら啓輔を迎えていた。
 家城が怒るとよく無視してくるのだが、今回は責める事にしたらしい。
 その視線は、啓輔の頬をひくつかせるほど冷たいものだった。
「ちょっと……暇つぶしに……」
「暇つぶしに?」
「パチンコしてたんだけど……」
「ほお」
 家城の片眉がぴくりと上がった。
「こんなに純哉が早く終わると思っていなかったし……」
「それで、携帯の呼び出しに気づかないほど熱中していたと?」
「うん……ごめん……」
 しおらしく項垂れると、途端に大きなため息が聞こえた。
「あなたがどんなに今日を楽しみにしていたか知っていましたから、私としても早々に切り上げて帰ってきたというのに……。帰ってもいないし、携帯にかけても出てくれないし……もう今日は来ないのかと思いましたよ」
「んなわけねーじゃん。今日は約束の日だろ」
 さすがにムッとして言い返したが、より以上の冷たい視線に啓輔もそれ以上言い返すことはできなかった。
「それにしては、その約束よりパチンコの方が楽しかったんでしょう?臭いが染みつくほど、楽しんできたようですし」
「臭い?」
 言われてくんくんと嗅いでみるが、自分ではとんと臭わない。
「何?」
「タバコの臭いですよ。ここからでもぷんぷん臭います」
 言われてはたと気づく。
 確かに、隣のおっさんも吸っていたタバコ。店内はそのせいで白い箇所が合ったくらいだ。
「あ……そっか。染みついちゃっているんだ」
「私は、その臭いは嫌いです。さっさと風呂にでも入って臭いを消してきなさい」
 本当に不快そうに顔をしかめられては、啓輔も反論できずに速攻で浴室へと逃げていった。


 家城に嫌いと言われては、啓輔も逆らえない。
 それで約束を反故にされてはかなわないとばかりに、髪から爪の先まで念入りに磨き上げる。それこそここまでしたことないぞ、とばかりの磨き上げようだった。
 くんくんと腕を鼻につけて嗅いでみるが、とりあえず石けんの香料の匂いしかしない。もっとも麻痺していた鼻は、タバコの臭いを一つも感じなかったのだがら、その行為が役に立つのかは疑問だった。
 浴室を出ると、大きめのバスタオルで頭をごしごしとこする。
 ぱらぱらと滴り落ちる滴が、床を濡らすのも気にしなかった。
──機嫌治るのだろうか?
 気かがりはそれだ。
 機嫌の悪い家城を相手にすることは、かなりの神経を使う。
 ましてや、今日は本来家城がその行為をあまり望まない事をさせて貰おうとしているのだ。
 そんなときに、家城の機嫌を損ねたのは痛恨の一撃、としか言いようがない。
「ま……なるようになるか……」
 慌てて浴室に来たので、着替えを持ってこなかったことに気づいた啓輔は、パスタオルを腰に巻いてそろそろとリビングへと戻った。
「あはは……着替え忘れちゃってさ……」
 そこまで言って、ぴたりと啓輔の歩みが止まった。
 啓輔をじっと見つめる家城の手にあるグラス。
 カランと音を立てて動く氷の塊が浮いているそれ。
 傾けられたそのグラスの琥珀色の液体が、家城の口の中に消えていく。
「純哉……酒呑んでんだ……」
「待ちくたびれて、啓輔が来る前から呑んでたけど。気づかなかった?」
 ぶんぶんと大きく横に首を振る。
──気づきませんでしたっ!
 先ほどは家城が怒っていることに気をとられていたのと、テーブル上が若干死角になっていたせいもある。
 よくよく見れば、確かに家城お気に入りのウイスキーが、そこにでんと置かれていた。
「あ、あのさ……どのくらい呑んでる?」
 できるだけ平静に……とは思っては見たものの、どことなく震えた声は完全には抑えきれなかった。
「そうですね……グラスで4杯目……5杯目だったかな?とにかく、帰ってこないし、連絡もしてこないしね……ったく、薄情な恋人を持ったものだと儚んでいたところだよ」
「あ……そうなんだ…」
 あははは
 乾いた笑いが口もとに乗るのだが、その声が喉から掠れたようにしか出てこない。
 なにより家城の口調が砕けていた。
 酔っぱらっているよ……。
 ぞくりと背筋を走ったのは、掛け値なしの恐怖。
 酔った家城がまだ口調がかわらなければ対処のしようがある。
 だが、言葉遣いまで崩れてしまった家城に、啓輔が勝てる見込みは……。
 今のところと3連敗か4連敗か……。
 正気の時でも勝てない家城に、輪をかけて勝てなくなるのだ。
「それにしても、ずいぶんといい格好だな……したいわけ?」
「げっ」
 その言葉とアルコールが入ったせいの壮絶な流し目が、下半身にダイレクトに来た。
 啓輔は、見る間に立ち上がる自らのモノを感じて慌てて後ろを向いた。
 腰のバスタオルを押しのけようとする勢いのそれ。
「あ、いや……その……着替えを忘れただけだから……」
 慌てて足を進めるが立ち上がる兆しを見せているそれが邪魔で、なんとも歩きがたい。
 家城と視線を合わせないようにのろのろと進む啓輔は、だから着替えを置かして貰っている寝室にあるクローゼットへと向かったときに、その後ろに家城が着いて生きているのに気が付かなかった。
「ひっ」
 ふっとむき出しの肩にかけられた熱い吐息。
 慌てて振り向くまもなく、家城の体に背後から抱きしめられた。
「じゅ、純哉っ!」
「色っぽい格好で目の前をうろうろされて……どうしてくれる?」
 ぐいっと押しつけられた腰は、はっきりと判るほど形を変えていた。
「きょ、今日は駄目だぞ。約束の日だから、俺が入れるんだっ!」
 首筋に落とされるキスに身もだえながらも、必死で家城を制する。
 だが、家城はそんな啓輔を薄ら笑いを浮かべながら、さらに激しくむき出しの体をまさぐりだした。
「約束?何のこと?」
──ああ、やっぱり……。
 がくりと項垂れた拍子に、ぱさりと乾いた音を立てて、腰のパスタオルが床に落ちる。
「啓輔だって、こんなに元気になって……」
 股間を隠す暇もなかった。
 伸びた家城の手によって絡められるそれは、すでに天を仰いでいる。
「あ……ちょっと……いらうな……」
 先端のむき出された所を、指の腹で擦られるとぞくぞくとした快感が背筋を走る。
 首筋を舌で舐め上げられ、背後から這わされたもう一つの手が、胸の突起を弄ぶ。
「やあ……はあ……あっ……っ!」
 酔っぱらった家城の積極的な愛撫は、あっという間に啓輔を高めていく。
 ぞくぞくと繰り返す襲ってくる快感は、腰を含めた下肢を直撃し、啓輔はすでに自分の力で立っていることもできなくなっていた。
 全裸の体を服を着たままの家城に抱きしめられ、弄ばれている。
 頭の片隅によぎる羞恥心が、余計に体の熱を高めていた。
「ん……ふっ……純哉……ぁぁっ」
 すぐ目の前にベッドがある。
 なのに、家城はクローゼットの前で執拗に啓輔をいたぶっていた。
「あ……もうさ……ベッド行こうよ……」
 足に力が入らず、ぐったりともたれた状態なのに、立たされたまま愛撫を受けるのは結構辛い。
 なのに家城は、そちらに向かうどころか、いっこうに啓輔を解放しなかった。
「んああっ…………なあ……たのむよ……俺……我慢…できない……」
 だがその懇願とも言える言葉は、くすりと喉の奥で笑い飛ばされた。
 なおかつ、冷たく宣告される。
「ここですればいい。手で受けとめてやるから」
 途端に激しく上下に扱くように動き始める家城の手に、腰が跳ねる。
「あん、やあっ……じゅ…や……あぁ……」
 ぴくぴくと跳ねる体は家城の腕で体に押さえつけられていた。
 全てを任せたい。
 思う存分、達かせて貰いたい。
 それを実現するベッドが目の前にあるというのに。
 不自然な体勢で達くことを強要された啓輔は、それでも最初の精を家城の手の中に放っていた。


 脱力感に襲われて家城に体を預けていた啓輔はいきなりの浮遊感に慌てて家城の首に縋り付いた。
「何?」
「ベッドに行くんでしょう?」
 言われた途端に、ドンとベッドに投げ出された。
 その乱暴な扱いに、ひっと身が竦む。
「あ……純哉?」
 見据えられる目が怖い。
 ぞくりと走る悪寒に襲われ、啓輔は呆然と家城を見上げた。
「どうした?」
 その口元に浮かぶシニカルな笑みが何かを企んでいるような気がする。
「あの…さ……怒ってるんだ?」
 窺うように上目遣いをする啓輔に家城は、僅かに目を見開いた。
「なぜ、私が怒る?」
 すうっと細められた目が啓輔を射抜く。
 ああ、もう……それを怒っていると言わなくてなんて言うんだ……。
 冷たくて何者の反論も許さないとばかりの強い口調。
 はっきり言ってこういう時ほど、彼が品質の鬼と呼ばれる由縁が判る。
 啓輔は小さく息を吐き出すと、再度家城に視線を向けた。
 逸らしたら、負けだ。
 強い視線に逸らしたくなる目を必死で固定する。
 体の芯からこみ上げる恐怖に、啓輔は身震いしながらもそれでも家城と対峙していた。
「俺が返事をしなかったから、それでイライラして呑んでたんだろう?そんなにも……酔っぱらってしまうほど」
「私は酔ってなんかいない」
「……それを酔っていないっていうんなら……世間一般の酔っぱらいはみな酔ってなんかいねーよ……」
 口調が違う。
 言葉遣いが違う。
 もうそれだけで、この男が酔っていないなどという者はいないだろう。
 と、くくっと微かな声がした。
 ベッドサイドに立っていた家城が口元を綻ばせていた。
 聞こえた声はその喉からしていたのだ。
「じゅ…んや?」
 ぞくりと……全身を激しく押そう震えに啓輔はその頬を引きつらせた。
「そう……イライラしているというのならそれを解消しないとね」
 ずりっと家城の体が啓輔に迫ってきた。
 為す術もなくベッドに身を埋めている啓輔の右手首を掴んだ家城が、その甲にそっと口づける。
「あ……」
 たったそれだけのことなのに、啓輔の背筋に走った疼きは、逆らう気力を萎えさせた。
「悪いのは啓輔なんだから、啓輔が私を待たせるのが悪いんだから……判ってるよね」
「んなこ……んくっ……」
 指先を丹念に舐められ、焦らすように口の中で転がされる。
 今日は……こっちの番……だったのに……。
 だが、とてもじゃないが、そんな事を言い出せる状態ではなかった。
 一度達かされたせいで熱を持っていた体が、そんな些細な刺激にすら反応する。
「今日は、たっぷりと啓輔でストレスを解消しようかな?もう、ここのところの赤紙の連発は尋常じゃないし、ね」
「お、お手柔らかに……してくれ…よなっ」
 嗤っている家城が怖い。
 俺……俺……何でそこまで怒られなくっちゃいけねーんだよお……。
 叫びたかった言葉は、家城の口に吸い取られた。


「ん……ああ、もう……しつこいぃ!」
 何度目だろう。
 バックから穿かれ、ざわりと押ししよせてくる快感の波に翻弄されながら、啓輔はシーツを固く握りしめていた。
 下半身を抱えられ、必然的に上半身がベッドに押しつけれる形で腰を打ち付けられる。生理的な涙が溢れ、押しつけられた顔をぐしゃぐしゃに濡らしていた。
「ひあぁぁ……ああっ……な、なあ……もう……」
 喘ぐ言葉の合間に制止する言葉を発しようとするが、そのたびにきつく突き上げられ、言葉が言葉にならない。
 二人の全身はシャワーを浴びたかのように汗でまみれ、蒸気すら立ち上っているようだ。
「あっ、あああっ」
 何かもが熱い。
 エアコンがフル回転しているというのに、いっこうにこの暑さは消えない。
 いや、胎内の熱が、暑さを助長しているのだ。
 すっかり馴染んでしまった家城のモノが、ぐいっと奥を抉るたびに、体の熱が上がる。
 突き上げられるたびに下肢の間で揺れる啓輔のモノは、それ自身が汗を吹いたたように濡れそぼっていた。
「あ、純哉……なあ…もう、俺……」
 息も絶え絶えに訴える啓輔に、家城が嗤いかける。
「何?まだしたい?」
 いっこうにアルコールの抜ける気配のない家城は、相変わらずの意地悪さで啓輔を責め苛む。
「ちがっ……もう、俺……体力もたねーっ!」
「まだ若いんでしょ」
 必死の訴えもむなしく、家城の動きが激しくなる。
「ひっ……あっ……あぁ……」
「それにここは、元気ですよ」
 暴発寸前のそれは、家城の指が絡まった途端にその限界を超えた。
「あ、ああっ!」
 喉の奥から絞り出すような悲鳴が啓輔の口から溢れ、途端にびくびくと全身が大きく震えた。
「あ……もう……」
 抉られながらの解放は、全身を激しく震わせ、息すら止まる。
 落ち着けば、襲ってくるのは息苦しさに伴う激しい呼吸だ。
 解放の余韻とともに打ち震える体が激しく酸素を求める。
「あ……はあっ……はあっ……はあっ……」
 動く気力は完全にない。
 啓輔は四肢を投げ出して体を深くシーツに埋めていた。
 そのシーツは、ほとんどベッドから外れかけ、二人の行為の激しさを主張している。
 だが。
 ぐぐっと胎内でうごくそれに、啓輔はひくりと口元がひくついた。
「じゅ、じゅん…や?」
 そっと後を振り返ると、まだ啓輔の腰を抱えている家城の姿が目に入る。
 ぐるっと胎内でうごくそれは、まだまだ固く硬度を保っている。
「あ、の……まだ?」
「まだ」
 あ……ああ……もう……。
 もう下肢も何もかもべたべただというのに、拭うこともできなくて、啓輔は再び家城が与える快感の渦に巻き込まれていった。


「私……そんなに酔ってました?」
 啓輔から事の顛末を聞かされた家城が、僅かに頬を赤らめながら、啓輔に問いかける。
「酔ってた。俺がもう止めてくれっていうのに、何度も何度も……だから、俺、うごけんもん……」
「そんなに?」
「そんなに!」

 翌朝、目覚めた家城は自分の昨夜の行動をほとんど覚えていなかった。
 眉間に指を当てて眉をひそめている様は、二日酔いの頭痛にたいしてなのか、覚えていない記憶を思い出そうとしているのか、検討はつかない。
 ただはっきりしていることは、啓輔が今動くに動けない状態だということだ。
 昨夜、あのまま寝てしまった二人は、当然のように全裸でシーツは互いに出したのでばりばり。
 啓輔に至っては顔にまで出されたので、髪から何からその残滓が張り付いている。
「俺、嫌だって言ったのにぃ。純哉って受け止めろって、顔にかけるんだから……」
 絡みついて束になってしまった髪を一房持ち上げて、家城に詰め寄る。
「それに……ほんと動かないんだよ、腰から下。なんとかしてよ」
「あの……ちょっと薬、飲んできます……その後でいいですか?」
 どこか情けない声と、その顔色が悪いことに気づいた啓輔が仕方なく頷く。
「でも……早くしてよな。俺、マジで気持ち悪い……」
 たらりとあふれ出す胎内のモノにぶるりと体を震わせる。
 ああ、もう……。
 ほんとなら、逆の立場だったはずなのに……。
 さらりとシャツだけ纏った家城がリビングの方へと消えていく。
 それを見送りながら、啓輔ははあっとため息をついた。
 もう……何が何でどうなって……。
 確かに、遅れたのもまずかったし、携帯の着信に気づかなかったの啓輔が悪いとは思っている。
 だが、だからと言って、この仕打ちは無いんじゃないか?
 酔っぱらった家城が手に負えないことくらいは知っていたが、自分でもそれは自覚しているはずだ。
 だとすると……もしかしてわざと呑んだのだろうか?
「啓輔……水、飲みます?」
 ドアから顔を出した家城に啓輔は頷いた。
「飲む」
「今、風呂に湯を入れていますから、もうちょっと待っていてください」
 差し出されたコップを受け取ろうとして、体が動かないことに気が付いた。
「うう……起きれん……」
「ああ、そうですね」
 すうっと家城の手が啓輔の体の下に回され、それの助けを借りてなんとか上半身を起こす。
「なあ、飲ませてよ……」
 上目遣いに家城を見遣れば、ぴくとり明らかに家城が狼狽えた。
 啓輔の訴える意味に気が付いたのだ。
「もう、全身綿のよう……。だからさ?」
 再度おねだりすると、微かなため息が聞こえた。
 コップが家城の口に引き寄せられる様をじっと見つめる。
 膨れた頬の分だけ、コップの水が減る。
 そして、冷たく濡れた唇が、啓輔の口を塞いできた。
 僅かにぬるまった水が、口内に流れ込んでくる。
「んくっ……」
 ごくごくと喉を鳴らして飲み込む啓輔に、家城は何度も何度も水を含んでは口づける。
 啓輔の口に入りきらなかった水が、頬を伝って流れ落ちシーツに新しいシミを作った。
「ん、……もう……」
 さすがに満足して、家城の口が離れた時を狙って制止の言葉を投げかけようとした。が、伸ばした啓輔の手を家城がするりと絡め取る。
 指と指が絡まり、そのままぐいっとシーツに押しつけられた。
「お、おいっ!」
 目の前にある家城の顔が、欲情にまみれている、と感じた啓輔はとっさに足を蹴り上げようとした。
 これ以上されて堪るかっ……。
「ってえ……」
 が、途端に鈍い痛みが腰から体全体に広がって、上げかけた足は為す術もなくぱたりとベッドに落ちてしまう。
「記憶がね……ないんですよ」
 はああっとわざとらしいため息が顔にかかり、啓輔は家城を睨め付けた。
「飲み過ぎは俺のせいじゃねーっ」
「で、体は満足しているんですけど、どうもしたという記憶が曖昧で……、だからもう一回しましょうね」
「はあ?」
 何を言っているこいつは?
 二日酔いじゃないのか?
 さっき薬を飲みにいくって……。
 なのに、まだ?
「お、俺……もう動かない…だけど……」
「私がしますよ。動けなくても大丈夫」
「あ、あの……さ、俺……駄目だってっ!!あぁぁぁ──っ」
 あれよあれよという間に足を掲げられ、すでに猛っていたそれをぐいっと押しつけられる。
 あろうことか、ほとんど堰き止められることなく入っていくそれに、啓輔の体はぞくぞくと新たな快感を呼び覚まされた。
「あ……う……何でぇ……」
「啓輔が甘えるから……ですよ。こんな可愛い啓輔を見て、私が我慢できるわけ無いでしょう?」
「な、に……言って……んああっ」
 ぐちゅぐちゅと濡れた音が接合部から漏れる。
 何も使わずにそれだけすんなり入ったと言うことは、そこがそれだけ広げられ残滓が残っていると言うことだ。
 それが余計に啓輔の羞恥を煽った。
「んあ……もうやだ……か、からだ……もたね──っ!」
「そんな、色っぽくない言葉より、イイ声を聞かせてください」
「うっ……あっ……純哉……てめっ……んああぁ」
 罵倒しようにも、家城が腰を動かせば、啓輔の口から漏れるのは喘ぎ声ばかり。
「昨日はね……ほんと、覚悟していたんですよ。……なのに……あなたはいないし、……帰ってこない。しかも呼び出しても返事はこない……なんか、急に腹が立ってきたんですよ」
「ああ……はあっ…………あんっ……」
「呑まずにはいられないっていう気分でしたから。なのに……それでも帰ってこない……あなたにとって、私を抱くことなんか、どうでもいいのかな、なんて思ったりもして……」
 体の上で、家城が啓輔の顔を見ながらずっと喋っていた。
 その言葉の半分しか耳に入らない。
 それでもかろうじて家城の言いたいことが啓輔にも判ってきた。
 ようするに、怒っているのだ。
 啓輔がさっさと帰ってこなかったことに。
 そして……。
「ごめん……寂しかった……?」
 途端に家城の動きがはたと止まった。
 戸惑うような瞳が啓輔を見下ろしている。
 その首に両手を伸ばして力を込めると、家城の体が啓輔の方に倒れてきた。
「ごめん……遅くなって……ごめん……」
 ぎゅっと抱きしめる。
 その肩が僅かに震えているような気がした。
「そんなつもりなかった……俺、一人で待っているのやだったから……純哉としたくてしたくて堪らない思いを我慢できそうになかったから……だから、だからパチンコでも打って暇つぶしって思ったんだ。そんなに早く帰れるとは思わなかったし……。ごめん」
 したかったのに、だから家城を待たせるつもりなど無かったのだと、啓輔は何度も囁いた。
「私は……」
 しばらく経ってぽつりと家城が呟いた。
「啓輔がいないと考えると……なんだかとても不安になるんです……どうしてだろう。ずっと一人暮らしで一人でいるのはなれていたはずなのに……なのに、啓輔がいるはずの日にいないというだけで……不安になる」
「純哉……」
 その耳たぶまで真っ赤に染まった家城をぎゅっと抱きしめる。
「ごめん……ほんと……俺のミス。だから……いいよ。純哉が気の済むまで俺を抱いてくれよ」
 それが罪滅ぼしになるとは思えないけど……。
 啓輔の言葉に家城がふっと微笑むと、再び腰を動かし始めた。


「……言うんじゃなかった」
 やっとのことで風呂にいれさせてもらって綺麗にしてもらい、再びベッドに突っ伏した啓輔は、もう自分の力では指一本も動かせないほど疲労しきっていた。
 気の済むまで……とは確かに言った。
 言ったけど……。
 涼しい顔をして、ベッド脇にクッションを敷いて座り込んでいる家城を睨み付ける。
 つかず離れず世話をしてくれる家城ではあったが、その原因を作ったのも家城だ。
「そういえば……」
 ふっと家城が顔を上げた。
「パチンコ……勝ったんですか?」
 その問いかけに、啓輔はあははと笑いを返す。
 その虚ろな笑い方に家城がすうっと眉間にシワを寄せた。
「負けたんですね……幾ら?」
 ため息混じりの問いに答えを誤魔化すことのできない雰囲気があった。
「……5万……」
 そのまま上掛けを頭まで被る。
「5万ね……まだ給料日前ですよね。それでどうやってこの後生活するつもりです?」
 冷ややかな声が啓輔の心を氷付けにする。
「あはは……まあ……なんとかなるかなあっ……あははは。いやあ……取り返せると思って頑張ったんだけど……」
 だってだって……取り返せると思ったんだぞ。
 あそこで確変来て、んでもって、すっげー期待させてくれる状態にまで来てたんだけど……それがこなかっただけだ。
 だけど……。
「……なんとかなる金額では無いんじゃないですか?」
 ぽつりと降ってきた言葉に啓輔は、ぐっと息を飲む。
 はっきり言って家城は、啓輔の金銭状況をよく判っている。
「……貸しますけどね。利子込みで返して貰いますからね」
「ええっ!利子付きっ?」
「はい。返せるまで、私が来て欲しいと言ったときには必ず家に来ること。それが利子の返済条件です」
「え、と……それって……」
 思わず顔を覗かせ、家城を見つめる。
「啓輔の反論は認めません。約束を破ったら、また、腰が立たないほどにしてあげましょうか?それとも私は記憶が曖昧になるので今ひとつなのですが、たっぷりとお酒を飲んであなたの相手をするというのも、結構堪えるようですし……それもありですかね」
「い、いや……それは遠慮するって……」
 怖いんだよお。
 酒を飲んだ純哉って……。
「だから……約束守ってくださいね、今度こそ」
「……はい……」
 もう頷くしかなかった。
 しかも、今度は自分が抱かせて貰うという話は完全にどっかにいっている。
 お、俺って……。
 ふと気が付くと、家城の口元に満足そうな笑みが浮かんでいる。
 もしかして……。
 俺って嵌められた?
 どこまで考えての行動か判らないけれど、少なくとも最後に関しては嵌められたのだ。
 だが、それが判ったからといって、どうして彼に文句が言えよう。
 啓輔はもうため息をつくことしかできなかった。
【了】