【来訪者】 1

【来訪者】 1

 明石雅人が恋人増山浩二と住む部屋は、普段あまり客など来ない。
 チャイムが鳴れば、たいていそれぞれの兄たち。やはり恋人同士の二人は、いつも喧嘩ばかりで、何事かあるとこの家にトラブルのネタを運び込んでいた。
 しかも、そういう時はまず事前連絡など無い。つまりは、逃げようがないのだ。
 そんなことが繰り返されるうちに、雅人は予定のないチャイムの音が鳴るたびに、びくりと背筋に怯えが走るようになってしまった。
 今日もまたそんな予定のないチャイムが、この部屋に鳴り響いていた。


 年末も押し迫った師走の休日の心地よい午睡の刻。
 けれど、チャイムのせいでそれは一瞬にして崩壊した。
 寝そべっていた腹から落ちたのは、クリスマス特集の雑誌だ。
 クリスマスを含んだ三連休。けれど、浩二の休みは最終日の日曜だけ。残りは仕事が入っていて、二人っきりの甘い夜など期待できそうにない。
 仕方なく、あさっての日曜日を期待して今日という日をぼんやりと過ごしていたというのに。
 時計を見上げて、ため息を零した。
 三時すぎとくれば、彼らがよく訪れる時間だった。
 無視したい、と切に願うけれど、居留守がバレたらバレたで、後のフォローが大変だ。
 陰々滅々とした気分の中、眉間にシワを寄せ、はい、と暗い声音で出たけれど。
『よっ、久しぶりぃ』
 そんな気分をぶっ飛ばすほどに明るく弾む声が響いた。
──今の……声は?
 絶句して、唖然とインターホンを凝視する。
 少なくとも想像した招かれざる客ではない。
 だが、嫌と言うほど聞き覚えのあるその声音。
『お?い、まーさちゃん?、聞こえないのか?っ! いるんだろう、まーさちゃん』
 それでも、聞き間違いかと思った。そうであって欲しいとも思った。
 だが、この独特の間延びした声。
 雅人にとっては嫌がらせでしかない、子供の頃の呼び名を連呼するクセ。
『あきにいちゃんだよ?』
 マンションのエントランスで叫んでいるだろう音量。
 きっと今頃警備員が何事かと監視カメラを見つめているだろう。
 だが呼ばれる側にはとてつもなくはた迷惑な行為は、本人は全く無自覚だ。
 この全く予測の範疇から外れていた、けれど最悪の招かれざる客に、雅人は震える手でロック解除のボタンを押した。
「判ったから……入って」
『なんだ?、聞いてんじゃないか。心配した?』
「いいから、さっさと入れっ!」
 堪らずに怒鳴って、がくりと肩を落とす。
「ああ、もう……」
 僅か数分で一日分の体力を使い果たした気がした。
 だが、まだこれからがあるのだ。 
 疲れる果てるにはまだ早い。とは思うけれど。
 幾つになってんだよ……。すこしは成長したかと思えば……。
 こつんと額を壁に当て、訳の判らぬ自己嫌悪に陥る。自分が悪い訳ではない。けれど、落ち込むしかないのだ。
 あんな男でも血の繋がった、兄なのだから。


「やっ、久しぶりぃ」
 よく言えば朗らか。
 だが、雅人にしてみれば、脳天気という言葉がしっくり来る。
 長兄 彰人のにこやかな笑顔は、雅人の気力をがくんと萎えさせる効果を持っていた。
「いいから入れよ」
「なんだなんだ、まーさちゃんは冷たいねぇ」
「だから、それは止めてくれって何度も言っているだろうっ!!」
 黙って立っていればそこそこに女性の目を惹く顔立ちをしている。何しろ、次兄の悠人に一卵性かと間違われるほどにそっくりなのだ。
 口を開けば、その全てが台無しになるところまで、悠人とそっくりの長兄。だが性格は、まったく逆だ。
 性格を足して二で割ってくれていたら、ちょうどよっかたのに。
 兄たちを見ると、『ほどほど』という言葉についてついつい考えてしまう。
 今更、どうしようもないのだと判っていてもだ。
 そんな雅人の苦悩をよそに、悠人そっくりの彰人は、きょろきょろと物珍しげに室内を見渡していた。
「結構広いなぁ。東京のど真ん中にしちゃ、安かったんだろう?」
「言ったろ? 兄貴んとこの会社の物件だって。いろいろと手を打って貰ったんだよ」
「ふ?ん、ゆうちゃんのかあ……」
 ふむふむと満足げに頷くこの男が、一体何を考えているのか?
 実のところ、悠人よりも把握しにくいのだ。
 だいたい、ここに彰人がいること自体が未だよく理解できない。
「で……何の用?」
「ん?と、暇だったから」
「は?」
 にっこりと邪気のない笑顔で返されて、唖然と彰人を見つめる。
「で、まーさちゃんが何をしているかなあって思ったら、こっちに来てた」
「は……あ?」
「ほんとはゆうちゃんとこ行こうかなあって思ったんだけど、あいついきなり行くとむっちゃ怒るだろ?」
「……」
 それだけは同意できるけれど。
「で、何で暇だったら、俺んとこ?」
 関東圏内とはいえ片田舎の実家に両親と住んでいる兄。
 ちょっと、といきなりやってきたのは初めてだ。
 というより、この兄はこのこの明るい性格の割に自ら連絡することはあまり無い。
 面倒くさいから、とあっけらかんと言う彰人は、雅人からかける電話に便乗して用件を言ってくる男だった。
 そう言えば、最近実家には連絡を入れていなかった。
 あれはいつだったろうか? と眉間のシワを寄せて考え込んでいると、彰人がひょいひょいっと手招きして。
「何?」
「暇だなあって思ってたら、まーさちゃん達に贈り物があるんだって思いついてさ。んで、明日はクリスマスイブだし。ちょうど良いって思ってさ」
 促されて対面に座った雅人に、彰人が一冊の冊子を差し出した。
 それは、どう見ても写真。
「何、これ?」
 丁寧な装丁がされたそれに、何故かいや?な予感がしてならない。けれど、見ないわけにも行かなくて。
 広げたそれには、正装をした一人の女性の姿。
 優しそうな笑みを向けている女性はまだ若そう。
「これ……何?」
 恐る恐る尋ねれば、満面の笑顔で返された。
「これは?見合い写真だよ?、綺麗だろ??」
 幸せなその笑顔。
 けれど。
「そんなんっ、いらねえよっ!!」
 今の雅人にとって浩二以外の相手など考えられない。
 大好きなのは、浩二だけ。
 そんな雅人にとって、見合いなど論外。
 その想いが怒りとなって噴き出す。
「兄貴もこんなん持って来んなよっ!! 親父達が何にも言わないから、そっちらか来ることなんて無いって思っていたのに?」
 最近は落ち着いてきたが、そこそこの容姿を持ち性格も良い雅人に、一時期見合い写真が持ち込まれることが多かったのだ。
 それをなんとか交わしてきたというのに。
 いきなり激高した雅人に、彰人が呆然と見つめていた。
 その様子に、この兄に言っても仕方がないのだと、湧き起こった怒りを何とか胸の内に静めて、大きく息を衝く。
「とにかく……そんなもん持って帰れよ」
 今まで実家から何も言われていなかった方が不思議なくらいなのだ。
 そろそろ来るモノが来たか、と胸の奥が痛くなる。
 浩二……。
 お守りのようにその名を呼んで、息を整えた。
「とにかく、俺はいらないから、そんな話持ってこないでくれ」
 きっぱりと言い切った雅人は、けれど、目の前の兄の呆然とした様子に息を飲んだ。
「あに……き?」
「まーさちゃん……いらないのか?」
 ひどく哀しそうなその表情。
 今にも泣き出しそうなそれに、雅人の口の端がぎくりと強張った。
「俺……まーさちゃんも悦んでくれるって……そう思って……写真……」
「いや、だから、俺は間に合ってんのっ、そんなつもりなんか無くてさ?」
 予想以上に彰人が衝撃を受けている様子に、雅人もどうして良いのか判らなくなった。
 この兄のここまで落ち込んだ様子は、悠人が笑っている所を見るくらいに難しいことなのに。
「あのさ、兄貴? だからさ……その……」
「……良い娘だから……なんかまーさちゃんにも気に入って貰えるって思ったんだけど……ごめんね。まーさちゃんにはまーさちゃんの好みがあるもんね。そっか……ダメかあ……。へへ……なんか俺、舞い上がってて……、んで……」
 笑っているのに、今にも泣き出しそうだ。
「あの……兄貴。だから……何でそんな泣きそうな……?」
「ん、だって、まーさちゃんに気に入って貰えないんだろ? だったらさあ、悠人も無理だし……。だから──うん、もう帰るね。なんか、報告しなきゃなんないし、その……」
 おろおろと狼狽え、えへへと笑うその様は、あまりにも哀しそうで。
 彰人らしくない姿に雅人が呆然としている間に、当の本人はそそくさと申し訳なさそうに写真をしまって、立ち上がった。
「ごめんね、休みにいきなり来ちゃってさ。んと、また来るよ。んじゃね」
 えへへ、と笑いながら、出て行く様子は、さらにらしくなくて。
 パタンと玄関のドアが閉まってしまっても、雅人の頭は事態を巧く飲み込めなくて、どうすることも思いつかなかった。

 
(2)


 呆然自失の雅人がようやく我に返って追いかけた時には、彰人の姿は廊下にはなくて。はるか先の道路にいるのがかろうじて見えた。しかも、ちょうどやってきたタクシーに乗り込んでいるところ。
「な……んだったんだ?」
 あの悠人の怒りを喰らってもいつも笑っていたのが彰人だった。
 なのに、雅人の激高を一回受けたくらいであんなにも落ち込むなんて……。
 見合いはしたくないけれど。
 あの彰人にあんな顔をさせたと思うと、胸を貫かれたような痛みを感じる。
「あに、き……何なんだよ?」
 訳が判らなくて混乱して、髪の毛を掻きむしる。
 あのままふらふらと自殺でもするんじゃないかと、バカなことを考える。だが、それだけは無い、と理性はきっぱり言う。あの彰人に限って、そこまで思い悩むことは無いはずなのだ。
 だが、考えていると頭の中がごちゃごちゃになって、ろくなことが思いつかない。
 大丈夫だと思う反面、気になってしょうがないのだ。
「畜生っ!」
 結局、悪態を吐き捨てて、携帯を取り上げる。
 アドレス帳の中を探して、自分からは滅多にかけることのない電話番号を選んだ。
 今は家にいる筈だけど。
「あ、俺、雅人」
 名乗った途端に、不機嫌そうな声音が返ってきたが、それに臆している場合ではなかった。
「だからさ、彰人兄さんがいきなりやってきて、話をしたら思いっきり落ち込んだ顔して出て行ったんだよっ」
『はあ? あいつが?』
 信じられないことでも聞いたというように、悠人の呆気に取られた声音が届く。
「そう思うだろ? でもさ、事実なんだよ。タクシー乗ってどっか入ったみたいだけど、どうしよう?」
『どうしようったって、あいつならちゃんと帰るだろう? 子供でもあるまいし』
「でも、言動はあいかわらずぽかったけど」
『……変わっても驚く』
「うん……けどさ……、あの彰人兄さんの落ち込んだ姿なんて、あんまりにも意外で……なんか不安でさ」
『……』
 悠人にも想像できないのだろう。
 未だに雅人でも信じられないのだ。
 何故雅人が見合いを断ったくらいで、あんなふうに泣きそうにならないといけないのか?
『判った……』
 ため息交じりの返答に、雅人の携帯を握る手にも力が入る。
『とりあえずそっちに行く』
「今、家?」
 だったら、30分くらいだろうか?
 頭の中で計算していたら、いや、と不機嫌な声で返された。
「え?」
『……出かけてんだよっ、四の五の言わずに待ってろっ!!』
 予期せぬ怒声に、思わず携帯から耳を離した。
 じんじんと痛む鼓膜に顔を顰め、あっという間に切れてしまった携帯を見つめる。
「え?と……出かけてるって……。って……まさか?」
 もしかしてデート中だった?
 不機嫌な理由がそれしか思いつかなくて。
 そうだとしたら、とっても厄介な時に電話をしたってことで。
 しかも、こっちに来るって言うことはそのデートを中断させたって事で。
「嘘だろ……」
 壁に背をつけたまま、ずりずりとずり落ちる。
 悠人は恋人とのデートをとても楽しみにしている。けれど、素直でない分、恋人からの誘いには簡単に承諾できないのだ。そんな貴重なデートを邪魔されたとしたら、悠人の怒りは並大抵では収まらない。
「厄日だ。疫病神だ」
 崩れ落ちて肩を落とした雅人は、譫言のように呟きながら、何度も深いため息を落としたのだった。
 




 悠人はなかなか来なかった。
 30分どころか一時間経っても来ない。
 待ちきれないのと、『もう良いよ』と言いたいのとで、何度も携帯に電話するが、電源が切れているか電波が届かないのか──聞き慣れたメッセージしか流れてこない。
「もう……何してんだよ」
 一度来ると口にした以上、悠人が約束を反故にするとは思えない。
 だが、デートだとしたら、来て貰うのにはあまりにも酷と言うもの。
 あまりにもらしくない彰人に動揺して電話したことを後悔してしまう。
 悠人の恋人である健一郎は、きっと悠人のために、念には念を入れてセッティングしているに違いない。そんな健一郎でも気に入らなければ手が出る悠人に、よくもまあつきあえると尊敬すらしていた。
 そんな健一郎のことを悠人も好きなのは知っている。今日のデートだって、文句を言いつつもきっと幸せそうにしているだろう。
「健一郎さんと一緒かあ……いいなあ……」
 幸せそうな二人を想像すると、自分が今一人でいるのが寂しくなってきた。
 医者である浩二の勤務時間は雅人のバイトの時間より不規則で、なかなか一緒に過ごすことができかった。それが当たり前だと思うくらいには長く一緒にいるのだが、それでも時々こんな風に寂しくなる。
 それでも、次の土日は珍しく二人の休みが合致したのだ。
 その日何をするか?
 久しぶりに街にでも出てみようかと、時季はずれになるとはいえ楽しく見ていた雑誌だったが、今はそれは床に転がって放置されていた。
 だが気になるモノはどうしようもない。
 彰人の携帯にも何度も電話したが、長い呼び出し音の後、ようやく出たのは実家の母。
 持ち主は、携帯の存在をしょっちゅう忘れて移動するのだと聞いて、雅人は深いため息を吐いた。
 そのあまりにも彰人らしい行為に。
 しかも、母親は『さあ、どこかに行くか聞いていないんだけど?』のひと言で、それで彰人の件は終わったとばかりに「雅人は次はいつ帰ってくるの?」ときたものだ。
 確かに昔から、放っといても問題なかった兄ではある。あの性格も子供の頃は可愛いし、元気だ、で済んでいた。
 もっとも、彰人ももういい大人なのだから、放っといても大丈夫だとは思うけれど。
「ああ、もうっ」
 どうしようもない苛立ちに、うろうろと部屋を歩き回る。
 大丈夫だとは思うのだが、やはりあの泣きそうな顔が忘れられない。
 思い起こせば、彰人はいつだって笑顔だった。
 喧嘩をしても、理不尽な怒りをぶつけても、返ってくるのは「しょうがないね」という言葉と笑顔。
 暖簾に腕押しという言葉を初めて聞いた時、あまりにも彰人にぴったりだと思って一発で覚えたくらいだ。
「そういえば、兄貴って俺たちに心配なんか掛けたことの無いような……」
 子供の頃から生活態度も悪くなく、平凡そのものの学生時代を送って、無難に公務員になって。
 考えれば考えるほど、不安は増し、何度も携帯を操作した。
 けれど、悠人とも彰人とも連絡は付かなくて。
 窓の外は、すっかり夜のとばりが降りていた。


 そんな雅人の元に浩二が帰ってきたのは、すでに夜の8時。
 彰人が尋ねてから、かなりの時間が経っていた。
「どうしたんです?」
 不安と心配で憔悴しきった雅人に、浩二が驚いて近寄ってきた。
 その端正な姿を目にしても、雅人は視線を動かしただけだ。その手の中には、充電アダプターをつけた携帯が握られている。
「どこかに電話していたのですか?」
「ん……。相手が捕まんなくてさ」
 あはは、と声を上げるが、それはどう見ても空笑いだ。
「雅人さん?」
 心配そうに眉間に深くシワが寄るのを見て、雅人も小さく息を吐く。
「それがさあ、一番上の兄貴、彰人ってんだけど、今日尋ねてきて……」
 事の詳細をため息交じりに伝えた。
「彰人さん……ですか?」
「ん、浩二はまだ会ったこと無いだろ?」
「はい」
 一緒に住みだしてから一年以上経ったが、彼は一度も来ていなかったのだ。
「なんつうか、出不精っつうか……。まあ、他の人間が何をしてても気にならないって人でさ、俺たちのことも元気なら良いよって感じで……」
「その彰人さんが何故?」
「それがさ、いきなり見合い写真出されてさ。贈り物だって……言われて、俺もついカッとなって。つうか、フェイント喰らってなんかつい言い返しちまったというか……」
 そんなに酷いことを言った覚えは無いが、あの表情を思い出すと自分が悪いことをしたような気にしかならないのだ。
「一応、もう悠人兄にも伝えたんだけど。来るって言った割には、ちっとも来ないし……」
「悠人さんにも?」
 先より深くなった眉間のシワに、雅人も苦笑を返した。
 彼が来れば、当然もう一人も付いてくる。
 浩二も、兄である健一郎が苦手なのだ。
「ん?、ごめんな」
「いえ、お兄さんのことですから、悠人さんにも伝えるのは当然です。それにしても、まだ実家には戻られていないんですよね」
「帰ったら連絡するよう母さんには頼んどいたからね。時間的にはもう戻っても良いはずなのになあ……」
「心当たりは無いのですか?」
「出不精っつうたろ? 彰人兄の行動範囲は実家周辺だけだからな。こっち方面に出てこられたら、俺にも良く判らない」
 ほとほと困ったとぼやく雅人を、浩二も神妙な面持ちで見つめていた。
「私の方からも兄に電話してみましょう。もしかすると繋がるかもしれませんし」
「ん……でも、もしすると……ホテルとか……?」
 苦い笑いは、邪魔してしまった時の怖さを知っているせい。
「仕方ないでしょう?」
 同じく苦笑を返して、浩二が携帯を操作する。その鮮やかな手元を見つめつつ、雅人は今日何度目かのため息を吐いた。
 気になって気になって、他の何もする気にならなかったせいか、窓の外には洗濯物が翻っている。
 台所も、今日の食材がそのまま転がっている状態だ。
「ん?と……とりあえず飯でも作ろっか……」
 けれど、買ってきた食材を一から料理する気力はすでに無い。
 冷凍庫に何かあったっけ?
 と、ふらふらと台所に向かっているその雅人を、浩二が呼び止めた。
「雅人さん、繋がりましたよ。今こちらに向かっている途中で、後10分もかからないそうです」
「ほんとっ!」
 嬉々として浩二の元に駆け寄る。
「運転中のようで、悠人さんが出てくださいました。機嫌もあまり良くは無いようですが……」
「……」
 喜色に満ちていた顔が、一気にどよ?んと暗くなる。
「機嫌……悪い?」
「というより、つっけんどんな感じでしたね」
「……どっちもどっちだと思うけど」
 彰人の泣き顔も心配だが、悠人の機嫌の悪さも気になる。
「ああ、もう何でうちの兄貴どもはっ!!」
「……そうですね」
 そこで慰めの言葉が出ないほどには、浩二も悠人のことはよく知っていた。

続く