一-五 四カ国の四人
夕月の気配が消えたと同時に、重苦しかった空気がまるで外から新たな空気が入り込んだように一気に清浄化した。呼吸が楽だと、嶺炎は無意識のうちに大きく息を吸う。ユーリアも似たようなもので、カストなどその場にへたり込んでいた。
だがそれも、三人ではない声がするまでだった。
「ん……あっ……」
不意に寝台の上から、くぐもった呻き声が漏れた。弛緩させられていたはずのシュリオのまぶたが、小刻みに痙攣する。
そのまぶたがゆっくり上がり、翠水晶の美しい瞳が見えてきた。
先ほどまで見ていたはずの瞳は、だがまったく別人のように見える。昏く澱んだ感じはなく、どちからと言えば穏やかな風が吹く空のよう。
「……だ……れ?」
うつろな視線が、覗き込む三人を巡る。記憶はあると夕月は言っていたが、いきなりの覚醒に意識が混乱しているのか。
「お久しぶりです、シュリオ殿下。いや、今は〝南の国〟の王とお呼びすべきでしょうか。〝北の国〟第三王子嶺炎にございます」
その名をシュリオは口の中で呟きつつ、瞬きを繰り返す。
どこかぼんやりとしていた表情が、だが不意に硬直した。
身体が寝台の上で跳ね、離れようとばかりに、嶺炎とは反対方向に転がろうとしたが。
「ぐっ」
三人が持つ鎖がピンと強く張り、シュリオの身体は反転することもなく、再び先ほどの同様にあお向けに転がった。
「な、何?」
動かせぬ四肢に視線が向かう。上げた手首にしっかりと嵌まる革の枷と鎖に、激しい動揺が浮かんでいた。
夕月が手ずから嵌めたのだから記憶にあるかと思っていたが、この動揺を見る限り何も覚えていないのだろう。
「夕月閣下は残す記憶を選択できるのではないでしょうか」
シュリオの様子を見てとったユーリアがそう断じた。
「そうか。ならば確認せねばならぬな。シュリオ陛下に問わせていただくが、貴殿はその御力によって魔王の封印を解いたと聞いたがそれは誠か? さらにこの国の王として君臨していることは?」
「そ、それは……ああ、確かにそうだ、ボクが魔王を解放し、今はこの国の王となった。そう願ったのは確かだよ」
一瞬戸惑うように視線を走らせたシュリオだが、すぐにその顔を上げて問いかけた嶺炎をにらみつけた。
黙って静かにたたずんでいたときは、確かに清純なる神子と称賛されるような美があったが、こうして見れば我の強い意志の力がその瞳には宿っている。
「よりによって魔王などを」
「魔王しか助けてくれなかったからさ」
そう吐き捨てたシュリオは、憎々しげにつぶやく。
「この国の王や王子どもはね、ボクにこの国の安寧を神に願えと言った。だけど、ボクにとったらこんな国なんかどうでもいい、特に王とか貴族とかボクにとっては殺したいほど憎いやつらだよ。もちろん最初は神に祈ったよ、ボクを助けてって。けどさ何にも起こらない、神子なんて言いつつ、ボクにはなんの力もないんだ。だから祭壇につれていかれるたびに、神に祈るふりをしてボクはボクを解放してくれるモノが来てくれることをお願いした。それが魔王だったっていうだけだ」
当然のことだと胸を張るシュリオの声音に含まれる憎しみは強い。
「だがそれで魔王に支配されているのだから意味はないな」
「そ、それは……」
嶺炎の指摘にシュリオが口ごもる。
確かにシュリオの境遇は同情を禁じ得ないものだ。
だがそれで共鳴してしまった力は封印に亀裂を入れた。そのことを考えると安易な同情はやはりできず、しかもその後のことを考えればシュリオの罪は重い。それこそどんな過去があろうともだ。
三者三様の視線に怯えを見せるシュリオに、嶺炎は意識して冷たい視線を送った。彼に同情して手を抜けば、嶺炎の背にある数多の〝北の国〟の民がきつい目に遭うのだ。
〝南の国〟から仕入れている薬が入らなければ、治らぬ病に死ぬものは多くなる。魔水晶がなければ冬を越すだけの暖房が使えなくなる。
〝北の国〟ではこれらの二種の余分が多く手に入ればそれだけ民に回せるというのもあった。何より、三百年という期限付きとは言え、それでも魔王との不可侵契約は大きい。
そのためにも、今は魔王の望むままに動くしかない。
「三人同時にやるか?」
怯えて震えるシュリオをよそに、嶺炎はシュリオを挟んで向かいに移動したユーリア、足下にいるカストに声をかけた。
「経験がある者として言わせてもらえば、本来男は受け入れられるようにはできていない。故に前戯が必要だろう。夕月閣下が快楽漬けとおっしゃっていたことを思えば、いきなり苦痛ばかりを与えるわけにはいかないと思う」
「同意します。私も男は経験がありますのでその辺りのことはわかります」
「わたくしは経験はございませんが知識はございます。そこから考えても愛撫からとわたくしも考えます。三人同時ならそれだけ快楽も強く与えられるかと」
「ならば俺は顔からでよいか?」
「かまいません。ならば私は胸から下腹部へと」
「わたくしは足から上に向かいます」
「うっ、あんたら、何言ってんだよっ。魔族なんかの言うことを聞くなんてどうかしてんじゃねえのっ!!」
切羽詰まったせいか、シュリオの言葉使いが乱れた。いや、もともとが下町育ちだから、こちらが本来の彼か。
嶺炎の記憶ではおとなしい、しゃべらない神子だったが、本来がこれなら意に沿わぬ状態に置かれての生活は確かに苦痛だったろう。だが今さらそんなことを言われてもどうしようもない。
すでに賽は投げられており、起きたことは何をしても戻らない。
「黙れ、魔王を自由にしたそなたが悪いのだ」
喚くシュリオの口を嶺炎の手が塞ぐ。うーうー呻き、暴れようとするが、願うだけで短くなった鎖は、すでに寝台の柱へとつながっている。この寝台も一見〝北の国〟でも見られた普通の寝台様式だが、天蓋を支える柱は太く、あからさまなくぼみがいくつもあって、そこに触れただけで鎖の端にある金具を止められたのだ。
今や大の字で貼りつけにされたシュリオの襟へと手をかける。
だがどうやって脱がそうかと考えたのと、見上げる涙目のシュリオの表情に躊躇した嶺炎だったのだが。
「貸せ」
ユーリアの手が伸びてシュリオの服を奪いとったかと思えば、ビリビリビリと悲鳴のような音を立てて、その服が左右に引き裂かれた。
「ひぎっ!」
痛みが走ったのか無様な声を上げたシュリオの瞳が見開かれ、呆然とそのさまを見つめている。
「丁寧にしてやる必要はないと考えます。私たちには一ヶ月しか時間がないですからね。夕月閣下が気に入るようにこれを変えることを考えれば、これの都合に合わせる必要などないでしょう」
嶺炎に対してはそれでもまだ丁寧な口調を崩さない。だがシュリオを見つめる視線には、あからさまな侮蔑がのっており、憤りを隠しもせずに乱暴な手つきでシュリオの質の良い絹の衣を引き裂いた。
「ひどいな、これではもうこの服は」
「これに服は不要。いや、一ヶ月後には服などいらぬと自分で言っているほどになっていなければなりません……、言うようになっていないと夕月閣下の好まれる身体にはならないかと」
ぎらつく視線は強くシュリオに向けられていた。
同じ戦う武人ではあるが嶺炎は戦士でありユーリアは騎士であって、そこには明確な違いがある。勇敢であることを求められる戦士と違い、騎士はその生活態度も他の見本となるように教育される。それこそ人々の見本のような品性が求められるものだ。実際先ほどまで感情をあらしてはいたが、これほどまでに感情的になってはいなかった。
いや、それだけ今回の理不尽な命令が腹立たしいのだろう。
――人の心はその中に枷を作り、本心を隠しているものよ。
つい先ほど聞いたばかりの言葉だ。
憤りのままに乱暴な手つきで、悲鳴を上げて拒絶するシュリオから嬲るように布きれ一枚残さずに剥ぎ取っていく。
「カスト殿、ロープを取ってほしいのだが」
なのに、カストにかける言葉は丁寧だ。
「は、はい。えっと、これでいいですか?」
赤色のロープをカストから受け取ったユーリアは、褐色の肌にそのロープを食い込ませ、きりきりと締め付けた。
「い、痛いっ、離せっ、こんなの嫌だっ!」
右の足首と右の手首、左の足首と左の手首。まとめて結わえられた後に、首にも巻かれたロープが天蓋の柱へと結びつけられた。鎖の長さが調整されれば、足を限界まで開脚した姿で暴れる動きも少なくなる。
もとより鎖が拘束はされていたが、上半身の動きは自由だった。だが首のロープもあって、拘束はより強くなった。
「動けば動くほどに首が絞まるようになっている」
冷え冷えとした声音と冷酷さを漂わせた視線に、シュリオの口が動きを止めた。ほんの少し動いただけで、ユーリアの言葉は証明されている。
「なるほど、これはいいですね」
カストも感心しながら、寝台の上に乗り上げてきた。
「カスト殿、それは?」
嶺炎は彼の手に細い棒の先に毛か何かが束ねられているものがあるのを見てとって首を傾げた。
「これは筆と言って、毛先に墨をつけて文字や絵を描くことに使います。〝東の国〟でもさらに東の島で使われていたものですが、ほらこうやって」
筆の先が、シュリオの足の裏をすすっと滑る。
「ひっ」
シュリオの身体が硬直し、逃れようとするが、固定された足は内側には動かず外にはもう関節の限界だった。
「い、いやぁ」
するすると足の裏を擦られるたびに、シュリオの喚く声が響き、身を捩る。
なるほどくすぐっているのだと知れたが、性技にそんなことをするとは知らなかった。
「ふふ、くすぐったいですか? ならばもっとしてあげましょう」
小さな水音が響く。
カストのもう一方の手には潤滑剤のボトルがあって、転がる蓋の花弁は一弁。
その液に筆をつけては、足の裏を撫でている。透明に近い粘性の液が、足の裏に広がっている。
魔王の前では終始おどおど怯えていたカストだが、今の彼はまるで玩具を目にした子どものようだ。実際に足の裏で絵でも描いているのか、「猫の耳はこうだっけ?」と呟いている。
「嶺炎殿下、足のほうはカスト殿に任せて、ほら、他が」
人も変わるものだとカストを見つめていれば、ユーリアに呼ばれて意識が戻された。
見ればユーリアは剣ダコのある手でシュリオの肌をまさぐっている。
「ひ、ぐっ、うっ」
掌でも、力の入らぬ撫で方をされればくすぐったい。その絶妙な力加減で肌を嬲るユーリアも、その口元に嘲笑を浮かべ楽しそうだ。
先ほどの怒りのままに突き進むかと思ったが、一応そこまで荒れていなかったらしい。
嶺炎としても、性行為では乱暴に物事を進めるのは好まない。
戦いに身を置く上では血まみれなど平気だったが、性行為のさなかに悲鳴を聞くのは御免被りたかった。
だが三対一というのは初めてで、戸惑いはありつつもほかの二人がもう進んでいる。いつまでも躊躇っている場合ではなく、嶺炎はヒイヒイとくすぐったさに身を捩って頭を振り乱すシュリオを一瞥して、その暴れる頭を押さえつけた。
真上からその目を覗き込めば、すでに泣いたのかまなじりからこめかみへと涙が流れている。
小さく喘ぐ唇は小ぶりで形良く髭も薄い。というか、〝北の国〟の民からすれば無いに等しい。すらりと整った鼻筋も、痛みの少ない肌も、まるで女のようだと頭の片隅で考えた。
ふむ、最近〝北の国〟の頑強な男ばかりを相手にしていたが、これは結構そそられるかもしれない。
そう考えながら、まずは薄く開いている唇へと自分のものを押しつけた。
それは嶺炎のいつもの手順みたいなもので、特に何も考えずに触れただけだったのだが。
「ぐっ!」
唇に走った強い痛みに身体を跳ね起こし、手の甲で痛む箇所を抑える。舌で舐めれば血の味が口内に広がり、別の意味で顔をしかめた。
「やってくれる」
眼下で挑発的に笑むシュリオに、沸き起こるのは不愉快さにまみれた怒りだ。
なるほど、これが無理矢理な行為での逆襲かと認識を改める。無理矢理なのだから相手とて反抗するのは当たり前のこと、だからこそのこの拘束が必要かと、慣れたふうだったユーリアを思い出す。ただそこに若干引くものがなきにしもあらず、だからと言って彼らにだけ任せるわけにはいかない状況だ。
「や、めっ、くそっ」
嶺炎に対し一瞬勝者の笑みを浮かべたシュリオは、だがユーリア達からの刺激にすぐに顔をしかめて身悶えた。
見ればユーリアの指がシュリオの平らな胸にある小さな突起を摘まみ上げ、こねくり回していた。小さな、爪の先ほどもない乳頭は赤みを帯びた暗褐色で、それがつぶされ、伸ばされては爪を立てられている。
「痛いっ、さ、触んなっ、くぅっ」
「痛い? 当然だろう、爪を立てているのだから痛いのは当たり前だ」
シュリオの嘆きにユーリアは当然だと言い放ち、だがその手は止まらない。与えられる苦痛に眉間のしわを深くするシュリオは、痛みを堪えて息を詰めるせいかその頬に赤みを滲ませ、濡れた瞳を向けていた。