【諦観した先の未来-1】詳細Ver

【諦観した先の未来-1】詳細Ver

同タイトル短編の詳細バージョン。少し内容が変わっています。

獣人の世界。
灰色狼種で雑貨屋店主トゥーリンは、ある日いきなり稀少樹種と言われる黒豹のダーバリアに拉致された。その日から呪で縛られ、快楽の中で支配される。
積み重なる呪は子を孕まされるまでになったが。

愛があり、終盤コメディ風味のハッピーエンド。
本編4話+ダーバリア視点2話

「ムーンライトノベルズ」にも投稿

————————–

 爽やかで甘い、だが冷たさすら感じる匂いが敏感な鼻をくすぐった。
 雑多なものの匂いが混じる場末の市場には似合わないその匂いに、俺は誘われるように視線を向けた。
 どこから匂うのかまでは特定できないほどの微細な匂い。
 だが俺は向けた視線の先で、漆黒の長い髪を一つに結わえた高貴な姿に気が付いた。
 漆黒の髪に豹の尾と耳。
「稀少獣種……って、マジかよ」
 こんな場末では似合わぬほどに、見るからに高価な衣装を身につけている男は、俺たち獣人の中でも特に優れた種と言われる色を持っていた。
 数多の獣種の中で突然変異的に生まれる黒か白の大型獣種が稀少獣種と呼ばれるのは、こんな下町にいる人でも誰でも知ってる。
 生みの親どころか他の獣種よりはるかに高い知性と優れた体格、潤沢な魔力、体力を兼ね備えた神に選ばれた種。だがその出生率は低く、この国でも一人か二人、いるかいないかだ
「豹族の稀少獣種って、この国にいたっけ?」
 それこそ、先ほど香った匂いのことなど忘れて、珍しい姿に魅入ってしまう。
 それは俺だけでなく、俺の雑貨屋に訪れていた客も同様だった。
「いや、あれは南の国の大店の主だぜ、確か」
「ああ、なんでも捜し物があるとかで問い合わせがあったとかって、そんな大店と取り引きできるかもって元締めが興奮してぶっ倒れたって聞いたな」
「へえ、あんなすげえ人が探すモンなんて、こんなところにあるのかねえ?」
 稀少獣種は長ずればたいてい支配階級に据えられる。
 望めばなんでも手に入り、彼らの言葉に従えば国は繁栄するとすら言われるのだ。
 基本的に王家に生まれると言われており、そういう種を生みやすい何かがあるのだろうけれど。
「伴侶探しって聞いたけどなあ、おいらは」
 元締めの店で働くやつがしたり顔で教えてくれた内容に、皆興味津々だ。
「ってことは、探してんのは白の稀少獣種か?」
「聞いたことねえよ、白なんての」
 俺の言葉もみんなも「そうだなあ」と頷いた。
 黒と白の稀少獣種は国に繁栄をもたらすと象徴だ。特に黒白の番がいれば、その栄華は百年は続くとさえ言われていた。
 だが不思議なことに一つの国に双方が揃うことは非常に珍しい。というより、最近ではどちらも男しか生まれていない。
「じゃあさ、真なる番(つがい)とか?」
「そっちもありえねぇぐらい揃う確率が低いぞ」
 真なる番は、俺たち獣人の伝説的な番のことで、神に愛されている番のことだ。
 この世界では獣種ごとに獣神と呼ばれる神がいるのだが、そんな神が認めた番で、一万組に一組いるかいないか。
 関わる獣神の神殿において互いが真なる番として祝福された二人は一生離れることはなく、その幸せは周りの人々に伝播するとすら言われている。
 だからこの世界では、黒白の稀少獣種同士の真なる番を求めて止まない。おとぎ話でも神殿の伝承でも、連綿と語り継がれている伝説級の番だ。
「トゥーリン、おまえもなあ、結構白いと思うけど。瞳も赤色っぽいし」
 不意に俺の白が混じった頭髪を摘ままれ、その手を払う。
「俺のは若白髪。これでも気にしてんのよ。目は茶色。光加減でそう見えるだけって、神官のお墨付き」
 昔からそれでからかわれたので、しっかりと神官に鑑定してもらったのだ。
 結果灰色狼種ってことで落ち着いた。
 灰色狼種は今は数が減った珍しい種で大型狼種の中でも原種に近いらしく、白に近い体毛と赤に近い瞳を持つ狼だ。確かに色だけ見れば白の稀少獣種に近い種とは言えるが、白でないことに変わりはない。
「トゥーリンはちっさいころはもっと黒っぽかったもんなあ。魔力だけは強かったし」
「付け払いにする客が多くて、もうじり貧、苦労が絶えないのよ」
 笑い飛ばしてはみたが、結構切実な悩みだ。
 色が濃いほどにその身に蓄えられる魔力は多いが、白っぽいにも関わらず俺の魔力は結構強い。これも灰色狼種の特殊性だ。元々の色が灰色であるため、魔力の色が表に出にくい種らしい。
 だが成人前から急速に髪の色が薄くなり始めて、マジで白っぽい灰色になってしまったとにきは、魔力が潰えたかと思ってしまったほどだ。
 この世界、魔力が無いと日々の暮らしも苦しくなるが、幸いになんとか維持はできている。
 うん、まだ髪以外の体毛は……色が濃いし。
 人前にさらせない場所の色を思い出すが、それも少し情けない。
 せめてこれ以上色が抜けないでくれたら……なんて思いながら前髪を摘まんだとき、不意に背中に突き刺さるような何かを感じて振り返った。
 視界には入ったのは、黒い豹の彼とその取り巻き。
 だが彼はどこか別のところを見ていて、誰も俺を見ているわけではなかった。
 気のせいかと首を傾げたとき、再びあの香りがふわりと漂ってきた。
 爽やかで甘い、柑橘系とも林檎系とも違う香り。だけれどどこか冷たくて……寂しい。
 雑踏に消えた彼らを追いながら、これはあの人の匂いだ……と漠然と考えていた。



 雑貨屋の裏にすんでいる俺は、いつものように表に戸板を立てて片付け、簡単な食事をして床についた、はずだった。
 狭くて大柄な俺が横たわるといっぱいになる小さな部屋。それでも、ようやく手に入れた店と住まいに不満なんてない。
 真面目なコツコツと頑張ってきたおかげで固定客もつき、市場でもそこそこに知名度が上がってきた。と言っても、赤字を出さない程度に商えている真面目な店、という程度だが。
 薄い布団に潜り込めば、一日働いた身体はたまった疲労を自覚する。
 戸板の隙間から風が吹き込んで暖を取る炉の灰を飛ばす中、俺は目を閉じた。
 そう、いつものように俺は、眠ったはすだった。
 なのに。
「あ、つっ……ぃっ……」
 温度の高い温泉に浸かり続けたように、身体が熱くて朦朧としていた。
 早く出ないとと手を延ばすと、やたらに柔らかい布地に触れる。
 湯の中にいるのかと思って目を凝らせば、見えたのは白いもの。震える手で掴んだそれは布地で、触ったことなどないほどに柔らかい。
「な……、こ、れはっ、んんっ、熱いっ、なんでこんなっ」
 熱いのは身体の中だ。
 喘ぎ零す吐息が喉を焼くように熱い。下腹が張って、重苦しい熱の塊が俺の敏感なところで暴れていた。
 目を閉じたままでも自分の陰茎が張り詰めているのが判る。
「んあっ、……ああっ……」
 出したい、たぎっている中の液を出したい……。
 無意識のまま、いつものようにそこへ手を延ばそうとしたのに、途中でその手が止まってしまった。何かに遮られて、股間へと届かない。
 その理由がわからないままに手を延ばそうと何度も繰り返したが、いたずらに手首を痛めただけで。
「な、に……これ……」
 痛む場所へと視線を向ければ、無骨な金属の塊が俺の手首に絡みついていた。
 呟く間も込み上げる衝動は止まらない。これは明らかな性的欲求だと、しかも尋常ではないほどに激しい。
 それこそ腰が勝手に動き、手が駄目なら少しでも刺激が欲しいと寝具に擦りつけてしまっていた。
「い、あっ、何が……って、お、れ……裸っ……」
 全身の肌が、服など介さずに寝具に触れていた。
 なんで、どうして?
 さまざまな疑問が頭に浮かぶ。
 ここはどこ? 俺の店じゃない。
 見慣れぬ部屋、高価な天蓋付きの寝具、そして漂う甘ったるい匂い。
 身体の熱はますます上がり、込み上げる射精衝動はたまらなく強い。
「んくっ、ああっ」
 触りたい、触りたい……。
 本能が求める衝動を遮られている辛さに涙を流し、俺はただ救いを求めて辺りを見渡した。
「あ……」
 人がいた。
 いつからそこにいたのか、ベッドの傍らで俺をじっと見下ろしていた。
 漆黒の髪が顔の輪郭を多い、闇の色のような黒い尻尾がゆるく彼の太ももに巻き付いている。
 その瞳もまた黒だと、俺は初めて知った。
 その冷たい瞳が、俺を見つめているのだ。
「あ、んた……は……」
 気を取られて少しだけ感じる熱が薄れた。
 手をつき、上半身を少しだけ起こして、彼を見上げる。
 黒に褐色の肌の美丈夫。
 まだ若いながらに、彼の姿がもたらす気配は支配階級のそれだ。
 黒いスーツが禁欲的で、そんな彼の前で痴態を晒していることにようやく思い至る。
「み、見ないで……くれ……」
 慌てて掛布がないか探したが、広いベッドの上に、それらしきものはない。
「なんか……服……。それと、なんで俺は、」
「服など必要ない。生まれた姿のままでいろ」
 問いかけはばっさとり切り捨てられた。
 低く、有無を言わせぬ命令にひくりと身体が硬直する。
「おまえは私のものだ。今後私が望むことだけをすれば良い」
「え? はっ?」
『その身を快楽に浸し、私の欲望のみをその身で受けて生きるがいい』
「は、何?」
 一体男は何を言っているのか?
 戸惑う俺の反応など全く無視をして、男は俺を指さした。
「私の名は、ダーバリア・テグ・コン・グルトリア。この国の習わしで言えば、グルトリア国第三王子ダーバリアだ。そしておまえは私のものだ」
 それは質問の答えのようで、だが全く意味不明だった。
「ど、どういう意味だよっ、なんで俺がおまえのものなんだよっ」
 俺は俺だ。俺のものだ。
 震える声音で言葉を紡ぐ。
「俺はおまえなんか知らねえっ、黒の稀少獣種かなんか知らねえが、無茶ぶりもいい加減にいろっ」
 幾ら貴重な稀少獣種とはいえ、法を犯せば罰せられる。
 幸いの象徴とはいえ、その辺りは暴走を防ぐためにもきっちりと管理されているということは、俺の頭の中にもあった。
 だが。
「知らない、など、そのような不快な言葉、二度と言わせぬ」
 ぶわっとやつの尻尾の毛が膨れ上がった。
 やつから感じる明らかな怒りの波動に、俺の心臓が激しく鳴り響く。
『私が命じた言葉以外、発することを禁じる』
 見えない何かが重い圧力となって俺の身体に絡みついた。
「うっぐっ!」
 締め付けられ、呼吸すらままならない中でざわりとその何かが全身を這い回るのを感じる。
「がっ、はっ!」
『おまえは私のもの、私が命じるままに私を受け入れ、私のために生きるものとなれ』
 言葉が重ねられるたびに、重さが増した。
 全身を嬲るように動いたそれが首へと集まる。そこに重たい何かがあるのは判っていたが、それに這い回る何かが集まっていく。
『魔力を封じ、溢れる魔力を体内の熱とし、熱を吐き出す唯一の場所を封じる』
「ひぐぅっ」
 それでなくても昂っていた身体がさらに熱を増した。重苦しい熱塊が、下腹部の奥で暴れている。
『私を常に求めろ、飢餓を感じるほどに、私を欲して狂え』
 鼓動が激しくなり、やつを求め始めた。
 欲しい、欲しい。
 飢えた身体が、何よりもやつを欲しがった。
「ひ、こ、こんなっ、ああっ」
 尻の奥がひくつく。
 なんで、な、んで……こんなに、欲しい?
 なんで、こんなに……貫かれたい、犯されたい、欲しい、あれが……欲しい。
 腰が勝手に揺らいだ。
 張り詰めた陰茎が、だらだらと体液を溢れさせ、濡れそぼる。
 そんな滴が流れる刺激にすら腰が跳ねた。
「い、いやっだっ、くっ、なんで、……なんでこんなっ!」
 苦しかった。
 触れた喉に重くはまる金属質の首輪の存在に気が付いて、指を差し込むが、頑丈なそれはびくりともしない。
「こ、これは……、なんだっ、あぁっ、くっ」
「それは私の呪(しゅ)を刻むもの」
「呪……、ま、さか、呪術っ!」
 国民の全員が学ぶ初等教育の必須科目で学ぶ、禁呪とされた呪術の存在。
 人を支配するための、悪魔の呪。
「は、外せっ、んぐっ、ああんっ、んっ、くっ、あっ」
 人を人でなくし、自在に操る呪術など、恐怖の対象でしかない。
 俺は必死になって首輪を外そうとするが、込み上げる性衝動に力が入らないうえに、視界に入れにくく継ぎ目すら判らない。
『望まぬ言葉の罰はさらなる欲』
「ひっ、いいっ!」
 新たな呪が魔力で刻まれる。
 性器の神経を直接愛撫されているような感触に、声がひっきりなしに上がった。普通だったらもう何回もイッているはずなのに。
「そんなに悩ましく腰を振って、私を欲しがるんだね。ああ、可愛いよ。もっともっと欲しがりなさい、私の大切なもの」
 胸くそ悪いにやけ声で、憎たらしい言葉を吐いた男を睨み付ける。
 苦しさと熱に潤んだ視界の中で見上げれば、確かにあの市場で見かけた男だ。
 ダーバリア……と名乗ったこいつは、あのときの……、あの……。
 何かが頭の中で囁いた。
 だがその言葉を理解するより前に、やつが俺の前に小さな鍵を示してきた。
「これはその首輪の鍵、だがもう不要だ」
 その意味に瞠目した。
 慌てて伸ばした指から遠い先で、鍵が零れ落ちていった。
「か、ぎ……っ、くっ」
 音を立てて石畳みの床に落ちて数度跳ねる音がして。
『消えろ』
「ひっ!」
 かろうじて視界に捕らえた鍵が、瞬く間に光の粒子へと変化し霧散する。
 止めようと伸ばした手をすり抜けて広がっていく光は、あっという間に空中に消えていった。
「あ、あっ……」
 熱い吐息を零しながら、俺は絶望の中でその名残を見つめた。
 物質を消滅する魔法など初めて見た。
 いや、あれは光へと転換する魔法といえば違いない。木を火に変化させるように、物質変化は同量の別のものに変える魔法だが、金属と光という全く異質のものに変える魔法など見たことがない。
 それを一言でなしたダーバリアは、俺の驚愕など気にもしていない。
 呪術だけでない。
 何もかもが、違う。
 これが、黒の稀少獣種の力……。
『悶えろ』
 呆然とする間もなく、冷たく抑揚のない力が込められた言葉が降り注ぐ。
「んぐっ、ああっ、駄目っ、ひうっ」
「もっと……おまえが悶える様は、なんともそそられる。もっと……」
 魔力がこもった呪と普通の言葉と、区別がつかないほどに自然に発せられるほどの術者。 その強大な力に絡め取られて、全てを奪われていく。
 身の回りの全て、自分の中に確かあった矜持も何もかも。
 男が俺に施したのは悪魔の呪。
 証しの首輪が仰け反った拍子に食い込んで、その存在をまざまざと感じさせる。
「私が欲しいだろう?」
「あ、ちがっ、ううっぁっ!」
 否定しようとして、男の瞳がすがめられると同時に、下腹部から頭の頂点まで電撃のごとくすさまじい快感が駆け抜けた。
 目を見開き、仰け反る俺の傍らで「素晴らしい、淫乱がまたイった」と嘲笑が響く。
「う、あっ、あっ、ま、またっ、駄目だっ、ひぃぃぃっ!」
 何度も何度も、魔力によって神経を狂わされた俺は何度もイかされた。
「どうした? もういいのか? ならば『言え』」
 過ぎた快楽は苦痛となり、堪えきれなくて俺は。
「……ダー、バリア……を、俺は……生涯……愛、し続けます……」
 脳裏に浮かんだ言葉を口にする。
 とたんに首輪から全身にかけて蔦のようなものが伸びて絡まった。
「ひぐっうっ!!」
「あははははっ、素晴らしいっ! 我が支配の呪が完成したぞっ。これでおまえは我のものだっ!」
「な、に……をっ、そんなっ!!」
 蔓は一気に消え去り、同時に狂おしい快感の嵐は急速に衰えた。
 確かに俺に快感を与えていたはずの呪が消えたのは俺でも気が付いた。だがその後のダーバリアの言葉に、それが救いではないと気付かされる。
 消えたのは最初の呪、『その身を快楽に浸し、私の欲望のみをその身で受けて生きるがいい』だけ。
 それよりさらに強力な呪が、今俺の身体を支配していた。
 狂おしい快楽の中で、犯されて解放されるならと安易に考えたわけではない。ただもう耐えきれなかった、それだけだ。
 平時の俺なら口にしない、うその言葉を脳裏に浮かぶままに発して。それは確かに快楽地獄に落とす悪魔の呪の解除の言葉ではあったのは違いない。
 だが、男がなした支配の呪の意味に気が付いた俺は、絶望に青ざめた。
 そんな俺にやつは嗤っていた。
「愛しい番。二度と私たちは離れることはない」
 嗤いながら、俺にのしかかってくる。
 俺が口にしたのは神の前で誓う愛の言葉、本来なら神殿で行う儀式の言葉と誓い、正式な手順。
 それら全てを凝縮して言霊の中に封じ込めていたのだ、ダーバリアは。普通の力ではできるはずがない、やるはずもない番の誓いを使った呪。
 それをこともなげにダーバリアはやった。
 男女であろうと同性であろうと、この誓いにより俺たちはつながる。
 互いの魔力が絡まり、溶け合い、どこにいてもどんなに離れていても、通じ合う。
 それは互いが互いを思い至って初めて成り立つ神聖なる儀式だ。
 真なる番と出会うことなど考えられないほどにまれだからこそ、その代わりに見つけた相手と大切に番うための儀式。
 それを、こいつは……。
「無効だっ! ぐっぅっ」
 叫んだとたんに、身体が欲情した。
 落ち着いたはずの熱がぶり返し、性衝動が暴れ出す。
「ひ、あっ、ぁっ」
『もう逃げられない、私のために、その淫乱な身体の全てを捧げよ』
 なんてことだ……、呪がどんどん追加されていく。
 ベッドに押しつけられ、割り込んできた身体から生々しいものが突き出している。
「ひぃっ!」
 それを目にしたとたん、喉から悲鳴が迸ったが。
「う、あっ、ぁぁっ!」
 静止の言葉を発することできず、ただ太く熱い、凶器のような異物が俺の中にめり込んでいく。
 狭い入り口を犯す巨大な肉の塊は、熱く、激しい。
 引き裂かれる痛みと焼け付く熱と、肩に食い込むダーバリアの鋭い牙を、俺は絶叫の中で受け入れた。
 受け入れることしかできなかった。




 上質な衣服を身に纏い、気品ある立ち姿は凜々しく、その高貴なる姿は見るものの目を惹きつけると言われる男は、確かに以前の俺でもそう思うだろう。
 何より、その身が持つ漆黒の艶やかな髪の合間から覗く丸みを帯びた黒い耳に、漆黒なのに縁が真紅だと近くで見ればわかる虹彩、光沢のある毛に覆われた自在に動く細く長い尾の組み合わせは、稀少獣種と呼ばれる黒豹以外にはない。
 なぜそんな南国のやんごとなき方がこんな僻地の小さな国にいるのかと問えば、どうやら真なる番探しにのめり込みすぎて、仕事としている商売をおろそかにしすぎたらしい。目減りした財産の回復にこっちの国まで商売ネタを探しにきたら、俺が見つかったということだ。
 王子様がなんで商売とか気にしてんのかと思ったら、その性格故に王位継承権自体はすでに剥奪されていて、生きていくために始めた商売が大当たりしたらしい。
 その辺りも稀少獣種様々なのか。
 平民出の灰色狼族である俺と稀少獣種である黒豹とでは体力も魔力も知能も、何もかもがレベルが違う。
 実際ダーバリアは商売人という顔だけでなく、希代の魔術師と二つ名を持つほどに優れた力を持っているらしい。
 俺がそれを聞いたのは全部本人からだが、実際に使われている身としてはその力は決して偽物ではないということを理解せざるを得なかった。
 だが王子であるには違いなく、だいたい黒の稀少獣種を見放す国などいるはずもない。
 にしても、王位継承権を剥奪されるほどの性格って、考えるまでもなかった。
 じわじわとどころか一気に俺の外堀どころか内堀までをも埋め尽くし、ずかずかと土足で踏み込んで、嗤いながら大事な中心を足蹴にするようなやつなのだ、このアホ王子は。
 こんなやつが王位についたら国なんてあっという間に滅んでしまうぐらい、誰だってわかる。
 実際に、人並みの生活を送っていた善良な一市民の俺を捕まえ、魔術の力により神殿を介さず強制的に神聖なる番の誓いを勝手に負わせ、俺を性奴隷として飼っているのだ。もうそれだけでも、性格破綻者だと言えるだろう。
「う……あっ……く、くそっ……」
 俺はそんなやつが望むときに犯され、貫かれ、弄ばれている。
 重ねて重ねて一体幾つの呪がされているのか判らぬほどにダーバリアに支配されている。
 だが俺はまだ納得なんてしていない。できるはずもない。
 だいたいなんで請われておとなしく従わなければならないのか。
「おお、素晴らしい。なんとこの穴は私を心地よく締め付けてくれるのだ。まさしく、私のための穴、世界一の、おお、おおっ」
「う、るせ……ぐうっ、ああっ」
 聞くに堪えない賛辞から耳を塞ぎたい。
 だが縛り付けられた腕は尾の根元から伸びた縄でくくられて頭上にすら届かず、自慢の三角の耳を必死になって垂らしても、くそったれダーバリアの声は俺の脳を穢していく。
「この尾も良い。触り心地も良いが、何よりここは……なんと敏感なことか」
「ひ、い、や、やめっ、そこはっ!」
 根元をくくる縄を引っ張られ、悲鳴を上げた。
 狼族の尾は毛が多く太く見える。だが根元は細く、引っ張られると痛い。
 しかも体内まで重く響いて、嫌なところを刺激する。
 ふわっと逆立つ毛並みがおもしろいらしく、何度も繰り返されて、嫌な疼きが背筋を這い上がった。
「さ、触んなっ、ひっ」
「敏感に反応したご褒美だよ」
「ひああっ」
 バチッと音がしたと思ったら、全身に激しい疼きが走った。
 今までになく強い刺激を尾の根元に感じる。溢れた涙が滴となって散る中で、俺の澱んだ視界は、そこに着けられた鈍色の輪を捕らえた。
「な、んだ……よ、それ……」
 全身が痺れたように動けない。なのに、全身が今まで以上に何かを感じ取っている。
「飾りだよ、単なる」
「ちがっ、くっ」
 そんなところに飾りなんかつけるやつはいない。
 女ならともかく。
 いや、女でも根元には着けない。せいぜいが尾の先に飾りをつけるぐらい。
 何しろそこは……。
「は、外せっ!」
 身を捩り、仰け反って口でくわえようとするが、届くはずもなかった。
「悦んでくれてうれしい。ほら」
「う、あっ、あっ」
 全身が総毛立ち、尾がぶわっと広がった。
 信じられないほどの快感が俺を襲う。
 敏感なのだ、そこは。
 それこそ、人によっては性感帯だというぐらいに。だが俺は、そこまでではなかったはずだ。いや、知らなかっただけなのか。
「ほら」
 やつが爪で弾いた。とたんに涼やかな音が鳴る。
「ひい――っ!」
 身体の中に振動が走る。細やかで鈍いのに、まるで身体の敏感な機関を思いっきり何かで叩かれたような。
『君を楽しませる道具だ』
 言葉に込められた力が、単なる金属の輪を別ものに変えていた。
「さあ、私を楽しませろ、その身体で」
 熱いものが中に入ってくる。
「ひぃ、あ――っ、んあぁぁっ!」
 限界以上に広げられる激痛に上げるのは悲鳴のはずだ。
 だがそのとき俺の声は、それだけでなかった。


 こんなの許せない。許されるはずもない。
 狼族の身体が性的に優れているなど聞いたことなどないが、やつにとっては見目も好みで孔の具合も最高という、俺は極上の性具なのだと言う。
 今まで味わったどんな雌よりもいいと、高い金を出してまで捕獲した価値があったと、犯しながらのたまったダーバリアのクソ野郎を俺が許せるはずもない。
 だいたい俺は奴隷でも犯罪者でもなんでもなく、町の外れで慎ましやかな生活をしている一般市民だったのだ。貧しい村から流れ出てこの街で下働きから勤めて10年、なんとか金を貯めて出した小さな雑貨屋でも、俺にとってはようやく手に入れた城だったのに。
 なのにやつが雇ったやつらにさらわれ、ここに連れてこられてずっと、俺は自分の店がどうなったのかどころか、自身の自由を、尊厳を、全てを奪われ尽くされている。
 最初など、いや、それどころかあれからずっと鎖でつながれ、無理矢理押さえつけられ、戯れのようにほぐされただけで一方的に犯され続けているのだ。
 それでなくても比較的小柄な俺の身体に対してダーバリアのそれは大きい。いつも激痛の中で犯される俺を、ダーバリアは笑って愉しんでいた。
 身体が防衛本能で呼び寄せるわずかな快感を拾うしかない俺を、揶揄し、貶める。
 俺だって力仕事をこなしてきたから力だけはあると思っていたが、細身ではあったが筋肉質な身体は、俺がどんな力を込めてもびくりともしない。
 最高だ、最高の淫具だ、犯されるためにある穴だ、と蔑みながら、俺が意識を失うまで、いや、失っても犯しているのだやつは。
 あの日、初めてダーバリアに犯された日は、暗かったはずの外はすでに明るく、俺にのし掛かったままのダーバリアは俺の体液をペロペロと舐めていた。
「甘い」
と、言いながら、どこか陶然として俺の涙やら汗やら、果ては中を抉られたときに押し出された子種まで全部舐めるという変態行為をやらかしていた。
 俺はというと目は覚めたが、そんな吐き気がしそうな変態行為を甘んじて受け入れざるを得ないほどに疲弊しきっていた。
 身体の内部から軋み、痛む身体に怠くて動かない四肢。出そうとした声は出せず、首輪から伸びた鎖が視界に入り絶望が襲う。
 あの瞬間はもうダーバリアを睨み付ける気力すら残っていなかった。
 それでも、奴隷だという言葉には強い拒絶反応を起こしたのだが。
 だがそんな俺の反抗心も、やつにとっては遊びの一つでしかないのだと、実感させられたのはすぐだった。
 泣き喚く俺を嗤いながら犯す最中に『甘ったるい声で名を呼べ』なんて言われて、従えるわけがない。だが呪に縛られた俺は、ダーバリアが望むがままに甘く強請るようにその名を呼んでしまう。
 意思を捻じ曲げられ、胸くそ悪い声を放つ俺自身を、何度絞め殺したいと思ったことだろう。だがそれすらも封じられていて、ただ犯され続けながら抱く怒りと絶望は涙となって溢れ、俺は屈辱の中で嬌声を上げるしかなかった。
 だが死にたいと願うほどの屈辱ですら、ダーバリアを陶酔させるスパイスにしかならないらしい。
 俺の拒絶も反抗も何もかもをダーバリアは楽しんでいた。