【託された想い】3

【託された想い】3

 第二王子、しかも王位継承の最優先候補とされる紫紺は王城の敷地の一角に専用の館を持っている。
 その館に急遽しつらえられた抱卵部屋では、アイルの苦しげな呻き声が響いていた。それに被さるように紫紺の叱咤の声が鋭くかけられる。
「しっかり足を広げろ。これではいつまでも卵が入らぬ」
「んくっ、む、無理っですっ、これ以上はっ」
 いくらなんでももう無理だと、泣き喚きたいのを堪えて紫紺に懇願する。
 広く明るい部屋で浴室や厠まで備え付けられてはいるけれど、窓には鉄格子が嵌められ、扉は外からのみ鍵の解除が可能な、高級旅館のような部屋ではあるけれど、アイルにとっては牢獄であることは変わりない。寝具を含むいくつかの家具も全て作り付けられていて、アイルの力では動かすことなどできず、また身を傷つけるようなものも置かれていなかった。
 逃亡防止、自殺防止だと言うけれど、そんなことなどできようはずもない。
 アイルの傍仕えだと言われた年老いた竜人二人は、紫紺が決めた通りに世話をするだけで、アイルの言葉も聞こうとしない。
 用事が無いときはたいてい黙したまま隣の控え室にいるけれど、出入り口にはドアは無く、さらに互いの部屋を仕切る壁には大きな格子付の窓があって、常にアイルを監視していた。
 王子の大切な卵が健やかに育つためだけに準備された彼らにとって、アイルの世話はそのための付随作業に過ぎないのだ。
 紫紺が部屋にいる間は、王子付の侍従が隣室で待機している。
 いつも途切れぬ他人の気配を感じていても紫紺との性交は変わらず、もう羞恥することすら無意味だと深く認識していたけれど、理解していても感情が消えるものではなかった。
 今とて、腰を座面より前に突き出すようにして椅子に浅く腰掛け、手首と膝下を肘掛けに固定されている姿が恥ずかしくないわけではないけれど、紫紺の下す命令は絶対で。
 言われたままに大きく股間を割り開く。
 けれど、開脚した股間を襲う圧迫感にたまらず足を閉じかけそうになり、「開け」という命令だと意識して広げ直そうとするけれど。もう限界まで開いてなお広げろと言われてはなす術がない。
 未だ処女の穴がぱっくりと口を開けるほどに広げた膣口にグリグリと押しつけられているのは、紫紺の卵だ。
 竜人族も耳長族も二足歩行で、手を器用に使い、知恵を持って、言葉を操るという点では似ているが、その外見と同様に子の成し方、育て方、考え方は違う。
 何より胎生の耳長族と違い、竜人族は 7cmくらいの径の真円に近い卵を産み、温めて子を育てるのだ。
 産んだ卵は直後から1日ほどは、外殻が柔らかくて弾力があって、けれど中身を傷つけるほどには凹まず、少々のことでは割れないようになってる。この期間に胎内に入れてしまうのが一番馴染むらしい。
 そのためにさっきからその卵を胎内にいれようと紫紺が押しつけているのだけど。
「んっ、くっ、痛ぁ……きつっ……」
 そこでの快楽を与えられておらず、未だ陰茎を受け入れたこともない場所には大きすぎる卵に、アイルは苦しげに呻いた。
 捕らえられてから一週間、何度も紫紺の陰茎を銜えてきた肛門ならば、なんとか入るかもしれないだろうけれど。
「お、お願い……しますっ、ひくっ、うっ」
 涙を零して、遊技のごとく卵を肉襞の上で転がす紫紺に懇願する。
「く、薬を……、あの薬を……」
 紫紺の巨大な陰茎を受け入れるために、準備段階で施される弛緩剤は痛みを和らげ、狭い肛門を大きく広げる効果があって。
 あれがあればきっと楽に入るだろうと、嗚咽混じりで希う。
 もとより、卵など入れられたくなかったけれど、紫紺が一度決めたことは撤回しないことは、この一週間で身に染みて判っていた。
 逆らえば戒めの楔を穿つと言われたが、紫紺はその言葉を違わずに、小さく細い金の三角錐型の楔を陰茎のかさの裏側に穿ったのだ。
 麻酔もなく、紫紺に犯されながら医者によって穿たれたそれは、紫紺が満足するまでつけられたままで、今は開いた穴に金環が付けられていた。
 そんな楔で穿たれたのは過去4箇所。
 頭上に長く伸びた右の耳の付け根近くに一つ、陰茎のエラ下に一つ、女陰の左右の襞に一つずつ。
 耳の穴には金環の他に、紫紺の所有物を示す印が刻印された小さな板がぶら下がっていた。
 未だひりつく痛みを与える穴は傷跡も生々しく、朝昼晩と消毒薬で手当される痛みにのたうち回っていた。穿たれたときの痛みと今の痛み。それらはもう二度と味わいたくないもので、それを思えば、アイルは自らは決して逆らわないと誓っていた。
 けれど、解されもせず濡れてもいない膣口にそんな大きな卵が入るわけもなく、今度こそ裂けてしまうとなけなしの勇気でもって懇願した。
「お、王子様の、たい、大切な卵……このまま、ではっ、入りません。だからっ、どうか……薬をっ」
「ふむ、薬か。そうだな……」
 緑晶色の滲む瞳を見せて、ちろりと舌なめずりをする紫紺に、アイルは込み上げる恐怖に、小さく震えた。
「確かにこのままでは入らぬか」
 どだい無理な話ではあって、傍らのテーブルの上にはその薬も置いてある。
 けれど、問答無用でアイルを手にしたこの残虐な王子がただでアイルの願いを叶える訳もなく、愉悦に満ちた笑みを向けてきた。
「そうだな、だがこの薬は一日に一回しか使えぬ。卵のために使ったら、今宵アイルが私を楽しませてくれるときには使えぬぞ」
 思案げに、けれど明らかに喜色が滲む声音で言いながら、紫紺が卵を傍らのビロードの台の上に据えた。
 空いた手が目指すのは、昨夜もさんざん嬲られた後ろの方で、太い指がぷつりと入り込み、ひくりと痙攣する。
 ぐるりと胎内で一回転した指が目指したのは、刺激されると絶頂を迎えてしまう場所だ。
「んあっ、やあっ」
 ぐりぐりと押し込むように刺激されて、末端に走る衝動に嬌声が迸る。
「まあ、もう十分解れてはいるか」
 卵の挿入のために、日々の習慣と化した浣腸も早めに済ませていて、そこはしっとりと潤んでいた。
 熱く、柔らかく包み込む肉の動きは、今まで味わった竜人にも耳長の誰にも負けず劣らず名器だと、珍しく紫紺が褒め称えたそこは、中古品として売りに出されても、高く売られるだろうと面と向かって言われたこともある。
 その言葉はアイルを恐怖に陥れる。言われるたびに蒼白になり、全身が萎縮して、失禁してしまいそうに怯えてしまう。
 それもこれも、この館に来てすぐ紫紺によって連れられていった先で、他の耳長族を目にしてしまったからで。
 その彼は、現在城の下層の召使い達が暮らす一角で共用品として飼われていた。
 その傍らで紫紺が嘲笑混じりで「あれは七年落ちで、十以上の卵をを孕み、産んだのは八人か? 休む間もなく卵を孕んだ最高記録を未だに作っておる」と言い捨てる。
 その時のアイルの耳に、その言葉がまともに入らなかったのは、当然だろう。信じたくなかった同胞のひどい有様に、精神がぶっ飛びかけていたのだ。
 だが、紫紺は何度も言い含めた。アイルが現状を正しく理解できるまで、何度もだ。
 元は第一王子の卵を托卵するための道具だった彼は、明らかに白色種の貴種だった。真っ白な毛並みに深紅の瞳は、王族にしか出ない。
 紫紺によると王家から提供される貴種は、たいていが身分の低い妾が産んだ子で、竜人族の王族の卵のために提供されてくるのだという。
 身分が低いとは言え王族の一人として、高貴なる振る舞いも技量も身につけていたはずの彼は、托卵のための道具となった時点で、その全てが不要となった。しかし彼はその育ち故の虚栄心と傲慢さが抜けなくて、そのことが彼の未来を決定づけた。
「我が兄は、従わぬものにはたいそうきついし飽きやすい。故に卵を孕ませる前に使う間に飽きてしまわれてな、本来なら出産後の授乳期間も引き続き飼われるはずだったのだが……」
 托卵させられてしまえば本能で胎内の卵を愛して柔順になったのだが、もうその時には遅かった。
 犯され続けられた一年後、出産後すぐに生まれた子は顔を見ぬまに乳母に引き渡され、すぐに王子の侍従達に渡され、第一王子の強い嗜虐心が言わせた『休むことなく卵を孕ませ、毎日数人に犯させ、淫具で嬲り続けるという最高記録を作ってみろ』という命令も下されたのだ。
 それ故、子宮が回復する二ヶ月後、次の卵が入れられた。
 もとより強い子を育てるための肛門性交の相手すら、侍従や下男達に任せてしまっていたから、ただ単に卵を孕まされる相手が変わっただけだ。
 王子から贈呈されたさまざまな陵辱の道具は、忠実なる侍従たちにより直ちに彼に与えられた。
 時には彼の存在を思い出した気まぐれでわがままな第一王子の捌け口にも使われた。そして、王子の命令のままに侍従たち自身もそう扱っていた。
 三回目の抱卵時に、与えられる卵が王子のものだと、犯す相手が王子だと、違うと言っても考えを変えなくなって。
 それは、彼の中に残っていた王族の誇りだったのかもしれないけれど。
 数年後、完全に狂った彼は、そこからさらに下層の位の者達へと王子の命令のままに譲られて、流産含めて多数の卵を孕んだ彼の身体は、とても20代とは思えぬほどにぼろぼろになっている。さらにその深紅のはずの瞳は、濁り、何も見ていない。見えていないのか、見ようとしていないのか。
 貴種が自慢する美しい白髪は短く乱雑に切られ、右の耳は半分欠けて、左耳は根元で折れて垂れたままだ。白毛に覆われているはずの背に残る毛は少なく、代わりのように鞭痕が縦横無尽に走っていた。消えぬままに色素が沈着してしまったそれは、どれだけ深い傷だったのだろう。
 這う彼の足首は奇妙な方向に捻れ、すでに立つことは叶わない。床を這うその手の指が数本見当たらなかった。
 今は力仕事専門で屈強な下働きの竜人族三人に囲まれて、口角から涎を垂らしながら這いつくばり、周りの陰茎が欲しいと淫らな腰振りを披露している。
 その淫臭漂うすぐ傍で、同じ耳長族のアイルが震えていることにも気付いた様子はなかった。
 抱えられた腰の背後から、ブチャッと濡れた音を立てて穿たれて、歓喜のあまり甲高い笑い声をして。
「王子様ぁ。偉大な王子様のお汁飲ませてえ」
 正気の時には、唾棄すべきほどに嫌悪していた相手を、彼は縋っている。なぜなら、第一王子だけが彼に許しを与え、彼が望むものを与える存在だと狂った頭に刷り込まれているからだ。
 それが簡単に死に至らないようにしながらも、リンチに近い扱いを強要させている相手だと、もう理解などできていない。
 そんな彼が、目の前の別の竜人に縋るように身を起こしたとき。
 悲鳴を飲み込むこともできず、アイルはその場に崩れ落ちていった。
 その体の胸にあった焼き印があまりにも酷くて、醜くて。乳首すら落ちてはいたけれど、それでも子を産んだ証として溢れる乳が絡み、奇妙な文様と科していたそれを見て、あまりの恐怖に腰が抜けてしまったのだ。
 その焼き印はろくな手当もされなかったように引き連れ、ケロイドとなっている。もうすっかり傷としては落ち着いたそれは、焼かれたのはずいぶん前のだと判るように、その上にも鞭痕が走っていた。
 それでも書かれている文字は十分読み取れて。
 『精液公衆便所』
 そう刻まれたそれに、彼の悲惨な生活が容易に想像できてアイルを打ちのめしたのだ。
「まあ、もうすぐ廃棄だろうな、あれは」
 頭上から聞こえる紫紺の言葉に、何も聞きたくないと耳穴を塞ぐように長い耳を顔の脇に押しつけて塞いだ。
 7年もの間、竜人族に嬲られた彼は、確かにもう壊れていた。
 そんなことを子細に紫紺が説明して、理解してしまったその瞬間、アイルに残っていた矜持など一気に消滅してしまっていた。
 だから、紫紺から「聞け」と命令されたら、アイルはもう聞くしかないのだと思うほどに。
 アイルは紫紺から、この館に連れてこられるまでに、用意された部屋は抱卵部屋と呼ばれていることや、そこで毎日性交を行う必要があること、それにより子宮内の卵が回転し、ほどよい刺激が中の幼体に伝わって強い成長を促すことなど竜人族の抱卵、子育ての仕組みを教えられていた。
 膣口性交では無駄に流産の可能性が上がるために、通常は肛門での性交が推奨されているという。
 そしてそれ以外の禁忌は無いことも、性交は誰がしても、何回しても良い、と。
 耳長族であれば受胎率が高い故に何回も必要としない性交は、竜人族は受胎率が低いことも相まって、たいそう性欲が強いとも教えられた。一度始まれば、互いが満足するまで終わらぬそれは、それこそ一日寝具の上で過ごす場合もあるという。それが普通だという紫紺によって、船上でたいそう暇だと日がな一日相手をさせられたことはまだ忘れるほどに遠い過去では無かった。
 それで卵が壊れる、腹の子が死んでしまうということになれば、それは子が弱かったせいだと見なされる。だからこそ、強い子をであることを確認するために、何回しても耐えなければならないと耐久レースのように何人も用意して性交を繰り返した方が良いという者さえいるらしい。特に第一王子はより強い子を望む故に、性交は下僕どもに任せ、休む間もなく行っていたのだ。 
 まして複数の相手に飼われると、この彼のように何人もの相手をいっぺんにすることになるのは自然のことで。
 そうなれは第一王子の命令などなくても一緒だ。こんな扱いを受けている他の耳長族も、狂ってしまう者が多いと言う。
 そんな非道なことを、当然のことのように告げられて、アイルは彼の悲惨な運命をより深く理解してしまったのだ。
 壊れるのもしょうがなく、こんな姿で飼われ続けるくらいなら、死を与えられた方が幸いだとすら思ってしまったけれど。
 けれど、それが自分の身に起きるかもと思うと同時に、激しい死への恐怖も湧き起こり、もう先が長くない彼を見続けることが怖くて堪らなくなった。
 それでもこれは、いつか自分の身にも起こり得るであろう未来だ。
 あの時、アイルは全てを諦めた。
 けれど、ただ諦めただけではない。さい先短い人生を、せめてすこしでも楽に生きたいと願うからの打算もあった。
 あの貴種の彼のように決して自ら相手の勘気を刺激しないように、アイルは紫紺の命令に従うことにしたのだ。
 痛みを与える戒めの楔も、アイルが逆らわなければ与えられることない。少なくとも紫紺は、意味も無く血を流させるようなことはしていないことが、その判断の助けになっていた。
 たとえその命令が、とうてい無理なものであったとしても、せめて少しでもできることはしよう、と。 
 卵を育てろというならば、育てよう。
 性欲解消だけの扱いであっても、受け入れよう。
 生きるために、生かされるべき存在であるように。
 少なくとも、紫紺はアイルの色と声を気に入っているから、それが少しでも長く続くように。
 いつか紫紺が売りに出したとても、それまでは。
 そんな考えがアイルの中に深く根付いたのは、貴種の彼が飼われている場所から戻る道すがらだった。