【憂_ハロウィーン 妖精のいたずら】

【憂_ハロウィーン 妖精のいたずら】

『ハロウィーンの日、カボチャの妖精、ジャック・オ・ランタンが、誰かのお宅を訪れます』
 訪れた妖精に、対応する男の話。
 憂の仕事の一風景ですが、訪問段階なのでエロシーンはありません。

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 チャイムの音に、返事もそこそこに開けた玄関の扉の向こうに、巨大な、オレンジ頭のてるてる坊主がいた。
「……?」
 ちょっと予測していなかった姿に思考が変な方向に流れたけど、すぐにそれが例のカボチャの妖精の姿だと気がついた。
 正確には、オレンジのカボチャ模様のフードを被って、黒に近い濃緑色のビロードのマントで身体を覆い、足下も同系色のブーツを履いている人間だったのだけど、この時期、この季節、店のあちこちで飾られるこの色合い──ジャック・オ・ランタンの姿を知らない者なんていないだろう。
 その胸元に掻き抱くように、オレンジの布のリボンがかかった大きな蓋付きバスケットを持っていて、その隙間から覗く特大サイズの真っ赤なロリポップキャンディーがなんだか妙に似合っていた。
 俺からだと上から見下ろしているうえに俯いているから顔は見えなかっけれど、脳裏に浮かんだあの彼に間違いないだろう。
 だいたい指定の時刻通りに訪れたジャック・オ・ランタンの知り合いなんて他にいない。
 この時間をもうずっと待ち望んでいたせいで、感極まってすぐに言葉が出てこない俺を、ちらりと窺うように上目遣いに見やってきた。そんな瞳がフードの隙間から垣間見えて、その可愛らしい姿に思わず笑みが浮かんだけれど、そのとたん、彼の表情が明らかに固くなる。
「いらっしゃい」
 安心させるようににっこりと微笑んで見たけれど、視線を外した彼はますます深く下を向いてしまった。
 そんな姿に、朝からの期待感と脳裏に様々なイメージが過ぎって、神経が昂ぶり、身体の芯が熱くなっていく。
 久しぶりのイベント企画は、毎度のことにたいそうな倍率だったらしい。
 今まで何回応募してもダメだったから、今回も半分諦めの元に応募してみただけだったのだが、当選の連絡を貰ったときには、無神論者のくせに神様に感謝の意を述べてしまったほどだった。
 ほんとに、ダメ元でもやってはみるものだ……と、目の前にいる硬直しきったジャック・オ・ランタンを見つめて、笑いが止まらない。
 けれど、このまま貴重な時間を過ごしてしまうのはもったいないと、意を決して話しかけてみる。
「えーと、何か用?」
 映像で見るより背は高いように感じたけれど、実際のところ俺より頭一つ分小さいし、俯いているせいかすごく小柄に見えた。さらにマントを被っていても華奢な印象は変わらない。
「あ、あの……」
 初めて生で聞く声は、映像のそれよりはちょっと低めだ。
 まあ、最中の声の方がよっぽど印象が強いから、普段はこのくらいおかしくないとは思うけど。言い掛けたまま、続くはずの言葉はたち消えて、また沈黙が支配する。バスケットをぎゅっと握った指先が小さく震えていて、そのせいでキャンディーの袋ががさがさと音を立てる音ばかりが響いていた。
 そんな彼が、なぜためらっているか判っているけれど、だからと言ってこちらから手助けしようとは思わない。
「誰かな、君は?」
 知らぬ振りしての問いかけに、震えていた身体がひくりと硬張り、ちらりと上目遣いの視線が寄せられる。垣間見えた口元は、力無く開いていて、唇がひどく柔らかそうで。そんな事を考えた瞬間、ズキンと股間に甘い痛みが走ってしまった。
 ああ、まずい。
 こんな段階で早々に血流を集める訳にはいかないが、何しろ朱の濃い唇に斑に白が散る姿を想像してしまったのだから仕方が無い。
 自分を宥めるために息を深く吸い、早く先に進めてくれないからだ、と、八つ当たりのような気分で、きつく問いかける。
「家を間違えたのか?」
 ならば帰りなさい、とそっけなく顎をしゃくれば、彼がぎくりと顔を上げた。
 ああ、憂だ。
 フードに隠れていた顔は、映像の中ではすっかり見慣れていたもの同じで、でも。でもここにいるのは、生の憂なのだ。
 動いた拍子にバスケットのリボンがずれて、ロリポップキャンディーだけでなく、他にも色鮮やかな何かが入っているのが隙間から見えた。
 って、あれ?
 可愛くセロファンで包まれてリボンまで掛かってるその飴……なんかちょっとデカイと思ったら……。
 おやおや、と、まじまじそれを見つめていたら、バスケットを憂がおずおずと差し出してきた。だけど、楽しいイベントの日だってのに、その表情は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
 そう、心底嫌な行為を無理やりやらされているのが、ありありと判ってしまうその表情に。
「何?」
 冷たく言い放つことができたのが奇跡なほどに、俺の中は激しい欲望が沸き起こり、渦を巻いて暴れ出していたのだ。それこそ、今すぐにでも憂を押し倒してしまいたいほどに。
 可哀想で哀れな憂……。
 こんな物を後生大事に抱えて、嫌な奴のとこに来なきゃ行けないなんて。
 なんて可哀想なんだろう……。
 可哀想すぎて、哀れすぎて。
 だけど、そんな憂だからこそ、俺は彼が気に入った。
 それこそ、ここで俺にとっての一大事件が起きたとしても、この機会を逃すまいと心底思うほどに。
 憂の全てを、自身で持って知り尽くし、愉しむまでは、決して手離さないつもりで待ち構えていたのだから。
 けれど、押し倒すのはまた後で。イベントごとは存分に愉しむ俺としては、今この瞬間も愉しむつもりであって。
 衝動のままにとっさに伸びかけた手で誤魔化すようにバスケットを受け取って、被さっただけの軽い蓋を開ようとした時。
「と、トリック……リート……」
 通常ならば、子供が陽気に唱える呪文が、途切れ途切れのうえに小さく掠れて届いてきた。
「ん、何だって」
 聞こえないとばかりに問い返せば、白い頬を強張らせて、噛みしめて色濃くなった唇を震わせて。
 唇のすき間から見えた舌が落ち着き無くうごめいていて、数度の深呼吸を繰り返して、意を決したように音を出す。
「トリック、オア……トリート……」
 先より大きな声で、けれど十分に色気を感じる掠れた声音に、背筋を快感が這い上がり、卒倒しそうなほどに感じてしまう。
 思わずたたらを踏み、誤魔化すようにバスケットを持ち直した拍子に、外れかけていた蓋が大きく開いて。
「おや」
 あらわになったそれらを見て取って、大きく目を見開くと同時に、にやりと口元を歪めた。
「お菓子をくれないといたずらするぞ……ってことね。でも残念ながら我が家にお菓子はないんだよなあ……」
「ト、リック・オア…………トリ……ト……」
 それしか許されていないのか、繰り返される言葉の震えは止まらず、声が小さく聞きとりにくい。
「でもね、妖精は君だけじゃないし、ね。ほら、こっちも……”Trick-or-Treat”、ようこそ麗しき男の子が大好きな吸血鬼の館へ」
 玄関先に置いておいた吸血鬼のお面を顔に当ててながら、おどけて言ってやる。
 その言葉に、憂が一瞬きょとんと目を瞬かせて。
 けれど、すぐにその意味に気付いたのか、呆然と言葉無く口を開いて硬直した。
「おや、どうしたんだい? トリック オア トリート、だよ。……ふふん、こんなにたくさんお菓子を持ってきてくれて、俺も腕によりをかけてTrick(いたずら)じゃなく、Treat(おもてなし)しないとねも」
 お菓子をくれなきゃ、いたずらするよ。おかしをくれたら、おもてなし。
 大人の俺のしたいおもてなしは、あまりにも明白だ。
「ふふ、こんなにたくさんお菓子を持ってきた可愛い妖精さんへのおもてなしは……もちろん、このたくさんのお菓子をご馳走しなくちゃ、だね」
 笑いながら、バスケットを片手に抱え、空いた手で憂の身体を掴んで引き寄せる。
 逆らいながらもそれでも腕の中に入ってきた憂は、怯えたように小刻みに震えていたけれど。
「ああ、いい匂い」
「ひっ」
 首筋に顔を埋めてぺろりと舌先で舐めれば、まるで少女のようにか細く震えるだけでそれ以上は逆らわない。
 包み込んだ体は細いけれど、骨と皮ばかりというわけでなくて確かな筋肉も感じる。それにクンクンと嗅いでみれば、甘い体臭が鼻孔をくすぐった。
「素晴らしいっ」
 映像では決して味わえない感覚に、身の内から激しい衝動が沸き起こってくる。
「でもね、実はね、今夜カボチャの妖精さんがやってくると聞いていたから、張り切っていろんなモノを用意しておいたんだ。妖精さんが悦ぶような、とても素敵なモノばかりをね。だって、お菓子よりは絶対に気に入ってもらえるって思ったからね、そっちの方が」
 耳元で囁けば、間近な肌がふぅわりと総毛立ち、白い肌が明らかに桃色に染まって、すっごく色っぽい。そのくせ、ちらりと向けた視線は落ち着かず、その唇は戦慄いている。
 そんな憂の目の前に、バスケットを差し出して。
 その中身をごそごそと掻き回し、入っていたいろいろな物を見せつけた。
 そのバスケットには、ロリポップキャンディー型の電動バイブ、極太径のスティッキ型キャンディーバイブ、ドーナツ型のリングなど、たくさんのお菓子型の玩具がいっぱいだったのだ。それにパッケージに「いたずら妖精の甘い夜のためのハニーシロップ」なんて描かれたたっぷりサイズのローション、「多淫黒猫のセクシーでながーい尻尾」付きコスチューム、とっても太い挿入固定タイプの「妖精特製狂乱宴会用橙蝋燭」、さらに「魔女御用達淫楽促成鞭」と書かれた取っ手にコウモリ印がついた黒い鞭まで入っていて。
「今日は俺一人だけど、物足りないなんて言わせないからね」
 いつもはたくさんの男たちと遊んでいる憂だけど、だからと言って退屈などさせない。
 ずっとずっとしたかったこと、やりたいと考えていたこと、それに加えてこんなに素敵な玩具達。今日のために俺が揃えた数多の玩具も、それはもう憂が気に入ってくれるモノばかりだと思っていたけど、これはこれで、別の楽しみ方ができそうで。
 上がりかまちのところで硬直したように動かない憂を、引っ張って、この日のためにしつらえた部屋に連れて行ってあげる。
 靴のまんまだったけれど、そんな事は後のことを考えれば些細な事だった。
「Trich-or-Treat、カボチャの妖精さん」
「うっ……あ……」
 部屋の入り口で、完全に立ちすくんだ憂の耳元で囁けば。
「……そ、そんな……ト、トリック……あ、ひ、ゆ、ゆるし……て……」
 ぶっとい電動バイブ付きの椅子の前に三脚にセットしたビデオカメラ。
 床の箱にたくさん入った、そのものでしかないたくさんの淫具。
 憂のサイトの通販で買った特製ローションは、今回はバスケットの方を先に使うけれど、こっちの特性媚薬入りもたっぷりと使いたい。
 どれもこれも、サイトの通販部門で憂が実演している映像付きで販売していて、大好きだと言った淫具ばかりだ。
「妖精さんり大好きなモノをきちんと用意しておいたのだからね」
 それに、お菓子をくれないんだから、俺の好きな悪戯を受けてもらわないとね。
「心配ないよ。俺は優しいから。妖精さんにもっともっと素敵な時を過ごさせてあげよ」
 可愛い声で啼いて、素敵な色に染まって、美味しいものをたくさん頬張って、お腹いっぱいにさせてあげるから。
「……ちが……や……」
 こんなに優しくしているのに、憂は嫌々と首を振っている。
 でも、憂がそんなふうに拒絶するのも容易に想像はできていた。
 サイトでは、憂が悦んであの生本番の陵辱行為を受け入れて、映像化するのも本人の意思だと言っているけれど、でも見ている大半の人間は、その煽り文句こそが嘘だって判っている。
 今だって、憂の意思でここに来たのでないことくらい判っている。
 憂はいつだって本気で嫌がり、いつだって逃げたがり、決して受け入れていない。
 だけどまた同時に、どんなに嫌がったとしても憂は決して逃げようとはしなくて、どんなときでも、どんな状況でも、映像の中で憂は自分の足で歩いてその場にやって、最後には色に狂い、本気で男を欲しがっていることも事実だって知っている。
 そんな憂だからこそ、あんなに人気が出ているんだし、俺自身、サイコーに気に入ってるんだけどね。
 特に、犯されまくって、汚されまくって。
 自失してるのに、身体だけはまだ貪欲に求めて蠢いている姿ってのは、何度見ても一発で抜けるほどの名シーンだと思うし。
 ほんと、正気を失えば失うほどに妖艶になる憂は、いつだって男優役の精気をむさぼり尽くしても足りないんだからねぇ。
 俺は、そんな憂が大好きで、だからこそ、もっともっと可愛がって上げたいと同時に、たっくさん苛めて泣き叫ばせたくて、それでも欲しがってのたうち回る姿が見たいんだ。
「さあ、部屋の中央まで行き、マントを取って」
 魔女の鞭のパッケージをといて、床を叩けば良い音がした。
 憂がぎょとしたように震え、慌てて前へ進んで。
 躊躇う指が数度紐を解くのに失敗するのをじっと見つめていれば、最後には引き剥がすようにマントを下へずり落とした。
「へぇ」
 知らず頬が緩んで、ズボンの下で俺の息子が確かに固く反り返る。
 フード付きのマントを取ってしまえば、憂が身につけていたのは後はブーツだけだったのだから。
「すごい妖精さんだ。そんな格好で外をうろうろしていたなんて」
 昨夜も楽しんだのだろうたくさんの鬱血が残る白い肌、大きめの乳首はぷつんと勃っていて、淡い茂みの中で形の良いペニスはすでに反り返っていた。
 厭だ──といいながら、すでに感じまくっている証拠に、太股に粘液が流れている。
「淫乱な妖精さんだなぁ」
「……しわけ、ありません……」
 深々と頭を下げる憂に見せつけるようにバスケットから取り出した極彩色のジェリービーンズが連なった拘束衣を、彼に差し出す。もちろん、拘束衣の肝心なところには、振動機能付きクッキー型の玩具とドーナツ型の射精防止リング付きだ。
「お漏らししないように、これを先に付けた方がいいね」
 ハロウィーンの一日はまだ始まったばかりだというのに、俺が立てていた計画は新たに加わった玩具のために時間が足りないほどになっていた。
「急いで。妖精さんがたくさん気持ち良くなれるように、いっぱい予定があるんだ。でね、休む暇なんてないほどなんだ。ああ、妖精さんからの悪戯は、俺のおもてなしが全部済んでからだからね」
「……は、い……」
 諦めたように頷いて、一つ一つ言われるがままに玩具を身につける憂はやっぱり華奢で、今にも壊れそうな感じがしたけれど、それでも。
 否──それだからこそ、俺の勃起はすでに先端が濡れ始め、口内にたっぷりと唾液が溢れると同時に興奮に乾いた唇を何度も舐めるはめになってしまっていた。



『ハロウィーンの日、カボチャの妖精、ジャック・オ・ランタンが、誰かのお宅を訪れます。
 一軒だけの訪問先は、どなたのお宅になるでしょうか?
 訪れたジャック・オ・ランタンからの問いかけに、どう答えるかはあなた次第。
  Trich-or-Treat!
 どうか、素敵なハロウィーンの一日をお楽しみください』

【了】