【してあげたい】3  ?啓輔?

【してあげたい】3  ?啓輔?

 たとえば、啓輔が口でするのと純哉が口でするのとどっちが巧いかと言うと……。
「う?ん……純哉も巧いしなあ……でも、俺だって前よりはずっと良くなっていると思うし」
 今更口で云々に新鮮みは無いと思うし。
 最初っから別になんと言うことはない。自然の流れで、躊躇いもなく口にできたものだった。
「そんな改まって考えた事なんて無かったけど……」

 まあ、確かに気持ちは良いよな。
 舌だけでなく、口内全ての粘膜が包み込む感触は、今思い出してもぞわりと肌が総毛立つほどの快感だ。まして、純哉は時に強く吸い、時に指全てを使って愛撫してくれる。もうそれだけで達ってしまいそうなほどに巧い。
 うんうんと頷きながら、主の帰っていない部屋で啓輔はソファに座り込んでいた。
 そういえば、最近したのはこのソファでだったっけ。
 テレビを見ながら、ぼおっとしながら──いつの間にかその気になってするには、最適の場所。いつも清潔なカバーが掛けられているのに、事が終わればドロドロになってしまう。
 そんな場所に一人で座っていると、純哉にして貰った時のことをまた思い出した。
 ぞくぞくと走る快感に顔を顰める。
 巧みな指使いで裏筋を撫で上げられ、尖らせた舌先で先端を突かれて。狂おしい快感が幾つも弾けて、解放を許されることもあれば、堰き止められてそのまま純哉に貫かれることもあって……。
「……巧いよなぁ……確かに……」
 キスでも主導権を握られやすいが、口でされてもあっという間に力が抜けてしまう。喘いでいる内に抗おうとした手はぱたりと落ち、気力も何もかも萎えて、もういい……と思ってしまうのだ。
「う?ん……ということは、俺が口でしてやって快感にメロメロにしたら……やれるのかな?」
 純哉ほどの性技はないにせよ、それでもさんざんやられた行為は頭の中にもインプットされている。どこをどうやれば、純哉が気持ちいいか。それは純哉のした行為が物語っている。
 若い性の妄想は留まるところを知らなくて、体の下で喘ぐ壮絶な色気垂れ流し状態を想像する啓輔の顔はすでにしまりなどどこにもなくなっていた。
 思わずぺちぺちと頬を叩くが、一度浮かんだ艶姿はそうそう消えるものではない。
「なんか、堪んねえ……」
 妄想は股間を直撃し、緩やかなスウェットの下だというのに、すでに布地が持ち上がっていた。
 それこそ、この妄想があれば、簡単に達くことができそうな気すらした。
 けれど、花の金曜日。明日は会社は休みで、啓輔もお泊まり決定。となれば、そんな妄想をオカズにする必要などどこにもなく、啓輔は伸びかけた手を慌てて押さえた。
 せっかくだから、純哉の中で達きたい。
 あの熱い肉体の中で、思いっきり達きたい。
 そう思うだけで、欲情した吐息が勝手に零れる。
 そういえばずいぶんとやらせて貰っていないなと、啓輔は不服げに鼻を鳴らしていた。
 めくるめく妄想に侵された脳は、すでにヤルことしか考えていない。そうなればターゲットが帰るのを待つだけ。
 期待に満ちて時計の盤面を見つめるが、こういう時に限って秒針の動きは限りなく遅かった。
「まだかなあ……」
 帰り際に聞いた純哉の予定が思い起こされる。
『まとめたいことがあるので、9時頃になるかも知れません』
 ディスプレイから目を離さずに答えた純哉に、集中しているのを邪魔しちゃ悪いと、先に帰ったのだけど。
 その予定時間まではまだもう少しある。
 期待に水をさされた思いで、大きなため息を吐いた。じんじんと疼くようだった息子も、さっきよりは落ち着いている。
 その様子をちらりと見やり、啓輔は再度ふうっと息を吐き出して、ソファに寝っ転がった。
 背筋が伸び手足も放り出すと、体が解放されたかのように筋肉が弛緩する。その解放感に安堵の吐息を零し、自身の疲れを認識した。一週間、そこそこに忙しかったことを思い出して、その疲労が溜まっているのだと気が付いた。
 いつも若い、と言われるけれど、疲れてしまえば若いも老いも関係ない。
 だらしなく伸びて、組んだ足を中空でぶらぶらと動かしてみるが、すぐにその気力も萎えてきた。純哉とやりたい気持ちまでもが消えるわけではないが、怠さを自覚すると精神力も萎えてくる。
 テレビを見る気にもなれず、ぼんやりと天井を見上げていると、次第に目蓋までもが重くなってくる始末だった。「はぁぁっ……」
 大きなあくびで開いた口を閉じると、ついでのように目蓋も完全に落ちた。テレビから聞こえる音楽が、心地よい子守歌にしか聞こえない。
 純哉が帰ってきたら……。
 まず風呂で汗を流して貰って。
 それからベッドに行って。
 ぐるぐると頭の中を駆けめぐる純哉を抱く手順。けれど肝心な部分に行き着く前に、思考はスタートラインに後戻り。
 帰ってきたら……お風呂で……。
 ……。
 そのうちに自分が何を考えているのかもあやふやになってきた。
「ん……じゅ…や……」
 舌っ足らずの呼びかけに応える人は今はいない。待ちくたびれた啓輔は、いつの間にか夢の中に落ちかけていた。
 長身の啓輔が寝るには狭いソファの上で、寝心地の良い場所を探るようにその手足が動く。
 一際大きく動いた拍子に、上がっていた足がずるりと落ちた。だがその姿勢がいちばんしっくり来たのか、僅かに綻んだ口元から規則正しい寝息が零れ始めたのはすぐのことだった。


 手に入れた最愛の人は、ずっと年上でクール。滅多に変えない表情の上に、徹底した理詰めで仕事をこなしていく人。
 鉄仮面なんてあだ名がほんとに似合う人だった。
 けれど。
 そんな彼が、どんなに艶めいた表情を見せるか啓輔しか知らない。掠れた声音の壮絶な色気は、たった一言でも股間のモノが猛々しく反応しそうになる。
 まだ10代の若い性は、あまりにも呆気なく反応し、理性を失い暴走する。そんな啓輔を受け入れる純哉は、いつだって辛そうで──けれどそれ以上に愛らしい姿を晒してくれる。
 衣擦れの音が響いて露わになった肌は象牙色で、決して見劣りするものではなかった。
「純哉……」
 うっとりと見惚れながら呼びかければ、恥ずかしそうに顔を背ける。その首筋も耳朶も羞恥に真っ赤に染まり、微かに開いた唇は、何かを言いかけては閉じられる。
 もっとも何を言いたいかは判っている。
「何?」
 それでも聞きたいと意地悪く問えば、純哉が視線だけを啓輔に向けた。細められた目の中で黒い瞳が動く。啓輔を見つめて、すぐに逸らされて。
「……あんまり……見ないで……ください」
 戦くような唇の動き。微かに漏れた言葉に、啓輔の背筋がびくりと反応する。
 堪らない……。
 普段はどことなくイヤミったらしく聞こえる丁寧な言葉遣いも、こんな時にはまるで主従関係にでもなったようだ。
 負け続けの相手を屈服させているようなそんな昂揚感があって、啓輔は鳥肌が立つほどに興奮していた。
「どうして? 綺麗だよ」
 うっすらと笑えば、ますます肌が色付いていく。
 珍しくおとなしい純哉を啓輔は押さえつけ、その裸体をじっくりと観察した。
 視線の先で、何もしていないのに、肌が蠢く。
 ごくりと動く喉。所在なげに動く腕から指先。喉元から滑らかな肌を堪能して、その先にある二つの立ち上がった突起にほくそ笑む。
 まだ何もしていないのに。
 視線に晒されて、純哉も興奮しているのだ。
 時折嘆息して、じっと視線で嬲られるのに堪えている。
 こんなふうにおとなしい純哉なんて滅多に見られるものではないから、それだけで誘われている気になる。いや、誘っているのだろう。
 啓輔が欲しいと、その瞳も体も全てが訴えている。
 何かあったのだろうか?
 基本的にタチの純哉が自らネコになろうとするのは、そこに何か思惑があるからだ。
 負い目があるのか、それとも情け?
 さすがにそれは嫌だな、と思ったけれど。
「……け……すけ?」
 囁かれて我に返る。
 考え込んで視線が逸れていたのだ。慌てて戻して──。
「うっ……」
 心臓が一際高く鳴り響く。
 視界に入った純哉の切なそうな表情が、心臓を鷲掴みにする。潤んだ瞳、色付いた目元。艶やかな色に染まった唇を赤い舌がぺろりと舐めている。
「啓輔……今日は……」
 手がゆっくりと動く。押さえていた手は簡単に解かれて、指先が這うように啓輔の肌を辿った。
 その動きを目線で追い、その先にあるものに気付く。
「し……たい……。いい…ですか?」
 上目遣いに懇願されて、どこの誰が嫌だと言えるだろうか?
 少なくとも啓輔の中にはそんな自制心など欠片もなかった。
 早く、と訴える純哉の顔に視線を固定したまま、啓輔は慌ただしく衣服を取り去った。
 張り詰めてしっとりと濡れた逸物が服にひっかかってパンと跳ねる。その動きすらもどかしく、根本を手で押さえながら、純哉の上に覆い被さった。
「ああ……」
 ため息のような吐息が、敏感な先端を擽る。
 ちろっと熱い粘膜が触れた途端に、背がびくりと跳ねた。
 尖らせた舌先が、ゆっくりと陰茎を辿っていく。壊れ物でも扱うような指先の感触がもどかしい。
「んっ……くっ……」
 それこそ限界などあっという間に来そうな程に、純哉の舌は堪らなかった。けれど、さっさと達ってしまうにはあまりにも惜しい。
 四つんばいになった体を必死で四肢で支え、ぐいぐいと腰を押しつける。
 と、目の前の純哉の足が、もじもじと組み変わった。ふと気が付けば、その間にあるモノが物欲しそうに震えていた。
「……欲しい?」
 赤く上気した顔で振り返って、先を窺う。
 途端にびくんと跳ねたと思ったのは気のせいではないだろう。さっきより激しくなった先走りが、とろりと陰茎を伝っていた。
「……んんんっ……」
 何かを言いかけたが、口いっぱい頬張っているせいで言葉にならない。
 だが、啓輔は構わずぱくりと銜え込んだ。
「あっ……」
「んっ」
 股間に伝わる振動と口の中に広がる純哉の味に愛おしさが増す。
 電流のような刺激が、何度も股間から脳髄にまで走った。そのたびに喘げば、今度は純哉が喘ぐ。その刺激がさらに二人を喘がせて──。
 ぴちゃぴちゃと濡れた音と、喘ぐ音がだんだんと激しくなっていった。
「あっ……んくっ……」
「んあっ…………うあ……」
 純哉が陰茎を嬲れば、啓輔も陰茎に舌を這わせた。喉の奥まで吸い込まれれば、その口内の粘膜の快感に震えながらも啓輔も必死になって吸い付いた。思わず噛みしめたいほどの衝撃は幾度ともなく訪れる。けれど、大事な恋人のそれに歯を立てる訳にはいかず、必死になって堪えた。それすらも、また快感なのだ。
 征服し、けれど服従する相手。
 ねっとりと絡み、時に音を立てて吸い付いてくる。
 先端の割れ目を舌でこじられ、啓輔は悲鳴に近い声を漏らした。
「あっ……あっあっ……」
 技術は悔しいかな、純哉の方が上で、程なく啓輔は限界を超えた。
 白く弾ける世界。
 がくがくと腰が勝手に動く。
 喉の奥まで突っ込んで、我慢することなく自身を解放する。
「あ、ああぁぁぁ」
 全てを吐き出すかのように熱い息を吐き出して。
 いつまでも震える逸物をぐいぐいと押し込んだ。その最後の一滴までも純哉に与えたい。自分の全ては純哉のものなのだ。
「じゅん……や……舐めて……」
 ずるりと抜き出したそれをまた唇に押しつける。
 まだ……まだ……。
 こんなものでは足りない。
 もっと……欲しい。
 ごくりと動く喉を見つめて。それから、視線を戻してまだ達っていない純哉の陰茎を見つめて。
「なあ、もっとしよっか」
 ぺろりと舌先で舐め上げれば、「……はい」と小さな声が返ってきた。

 ──はずだった。

「あれ……?」
 パチパチと数度目を瞬かせる。
 見慣れた天井があるけれど、さっきまで自分が目にしていたのは純哉の姿。けれど辺りを見渡しても、その姿はどこにもいない。
「あれ?」
 もう一度首を傾げて見渡して。
「まさか……夢?」
 愕然と呟きながら、さっきから違和感のある股間を見据える。
 黒いスウェットの二本の足が始まる場所。
 盛り上がったそこが、そこはかとなく濡れていると思うのは──きっと気のせいではない。
「……嘘だろ?」
 あれが夢だったとは、未だに現実を目にしても信じられない。
 純哉の肌の感触も熱も、口内に包まれた時の感触も何もかも、現実と何も変わらなかった。
 ここに純哉がいれば、実際にしたのだと思うくらいにだ。
 だが。
「……情けね……」
 現実は悲惨なもの。
 せっかく純哉にして貰おうと思っていたのに、溢れた精は股間を冷たく濡らしている。
 啓輔はため息を吐いて、ソファから立ち上がった。これはもう、シャワーでも浴びないとダメだろう。
 こんなことがバレたら、純哉に何を言われるか。
 吐いても吐いても零れるため息を我慢することなく、浴室に向かった──が。
「……純哉」
 ほぼ同時に開いた玄関のドアの向こう。
 今一番会いたくない相手が顔を覗かせていた。
「ただいま」
 疲れたふうの純哉がふらふらと、廊下を歩いてくる。
 遅れてかちゃりと閉まったドアに慌てて鍵をかけた。
「純哉?」
 股間の濡れたのも気になったが、あまりに朦朧とした様子の純哉も気になって、慌てて後を追った。
 部屋にはいると同時に、バックが手から滑り落ちている。
 シャツの上二つ分のボタンを緩めながら、どことなく力のない歩みで純哉が向かうのは、寝室だ。
「じゅ、んや?」
「すみません……ちょっと頭痛が……」
 手のひらを額に当てて微かなうめき声すら出す純哉は、相当辛そうだ。
 思わず顔を顰めて立ち止まった啓輔を尻目に、その後ろ姿がベッドへと沈み込む。
「あ、あのさ……薬は?」
「会社で……飲みました……けど……」
 掠れた弱々しい声。
 切なそうに吐かれる息。
 少し潤んだ瞳が、うっすらと開いて啓輔を見つめる。
 それは、ようやく落ち着いていた鼓動が、一気に駆け足になるくらいな壮絶な色気で。ずきんと音を立てそうな程に、股間に響く。
「あ……その……」
 思わず伸ばしかけた手だったが、それより先に純哉が口を開いた。
「すみません……せっかく来ているのに……」
 申し訳ないと、素直に言われて慌てて首を横に振った。
「あ、いや、良いんだ。純哉最近忙しかったから疲れてんだよ。だから、もう寝て、な。薬もその内効いてくると思うし」
「え、ええ……」
「ほら、寝ろよ。目を閉じて。ずっとパソコン使ってたから目が疲れてんだよ。な」
「はい……ありがとう」
 促されるがままに目を閉じて浅い呼吸を繰り返す純哉を、啓輔は泣きそうな表情を浮かべていた。
 夢の中とはいえ一度達っているのに啓輔のものはそこにテントを張っていた。
 けれど、こんな状態の純哉に何かしろなどとはとても言えない。
『疲れている時には何をしてあげれば良いかな?』
 そんなに遠くない過去、そんな会話をしたことを唐突に思い出した。
 その問いかけに自分は何と答えた?
『何もしない方がいいみたいなんだよな。疲れている時は、ぼおっとしている方がいいみたいで。だから、さっさと風呂入って、寝てしまうってのも手かも』
 ……。
 薬が効いてきたのか、それともよっぽど疲れていたのか、純哉の吐息が規則正しいものになってきた。
 となれば……。
「……風呂入って……寝てしまうっかないよなあ……」
 それが純哉の今一番悦ぶものだろうから。
 啓輔は切なくため息を零すと、ふらふらと浴室に向かっていた。
 もっとも、さっき軽く寝てしまった身は、眠気など欠片もない。しかも、後一発は抜いとかないと、また夢で出してしまいそうなほどだ。
「あ?あ……」
 恋しい相手が同じ屋根の下にいるというのに、啓輔は一人寂しく風呂場で自分を慰めたのだった。
 
【啓輔編 了】