【淫魔 憂 飢餓】後編

【淫魔 憂 飢餓】後編

 力無く投げ出された手の平に、リボンが飾られた小さな箱が置かれていた。
 置かれるまで気付かなかったそれを凝視して、その意味を謀りかねた視線がゆっくりと宙を仰ぐ。
「ゲストからのプレゼントだ。他にもあるぞ」
 はるか上に見える男の酷薄な笑みと言葉に、びくびくと全身が小刻みに震え出す。頭が理解するより先に、全身が恐怖を伝えていた。
 床に転がっていても眺めることのできる大きな窓の向こうは、すでに夜明けの明るさになっている。周りにさっきまで憂を犯してたゲスト達がいない。
 途中で何度も乾いた絶頂を迎え、それでも射精できない体は貪欲に男達を貪り続け、いつしか意識を飛ばしていたらしい。
「ずいぶんと愉しんだようだね。まあ、ゲストの方々はたいそう満足された、けどね」
 欲に狂った淫魔として暴れた体は憂の思考能力すら萎えさせていて、最近マネージャーとなった関根の言葉の意味が理解できなない。ただ、恐怖はさらに募り、その原因が判らないままに怯えることしかできない。
「まあ、それは置いといて、次の仕事が待っているよ。パーティが長引いて時間が押しているから、休憩無しで続けて行うからな」
 続けて仕事……。
 関根の言葉一つ一つに悪寒が走る。
「仕事……って……」
「クリスマスだからね、プレゼントがたくさん届いてるんだ。それを悦んで受け取った証拠写真を撮るから。モノによってはビデオの撮影もするから」
「せっかくの贈り物だ。お前が実際に使っているところを見れば、送り主も悦ぶだろう」
「ひ……」
 綱紀と関根の会話が頭上を飛び交い、憂の傍らに、別の贈り物の箱が複数積まれていく。
「あ……、い……っこほっ」
 うまく動かない口元が、ひくひくと震えながら動く。紡ごうとした言葉は、けれど、喉の奥に絡まった精液に遮られ、小さな咳の中に消えた。
 それらから逃げた方が良いのだと、今までの経験で本能が警告する。なのに、一晩中ずっと嬲られ続けた体は、淫猥な臭気を漂わせる汚濁にまみれたままに、薄汚れたリノリウムの床の上に投げ出されたままだ。
 それは、浴びせられている冷たい視線のせいだ。
 その綱紀の視線に捕らわれると、憂は動けない。
「その後だ、言いつけを破った罰は」
 それはたいそう冷たく、そして威圧的な声音で、憂を支配する絶対者の言葉だった。
「ひ……あ……」
 抗えない力の前で、怯え萎縮した憂が小さく頭を左右に振る。関根がマネージャーになっても、主要なイベントや撮影には、必ず綱紀が立ち会う。忙しい人だと関根は言うけれど、それだけは絶対に違えることはなかった。
 蒼白な体が、今や怯えにより小さな痙攣を繰り返す。
 その体に当てられた照明は明るく、その傍らの大ぶりのレンズが、蒼白な体全てを捕らえていた。
 今日のパーティの様子は、一部はWEB上で、編集後にDVDとして売り出される予定だったから、今日の憂のホストとしての立ち居振る舞いは全て記録されていた。
「開けないのですか? でしたら、私が開けますよ」
 開けなくても、今まで体を淫らに彩るアクセサリーか卑猥な淫具しか送られたことない。まだ包装されたそれらが、想像を外さないことは容易に知れた。
「関根、お前が開ければよい」
「かしこまりました」
「あ、あ……」
 ガタガタと震える憂を尻目に、一つ目の包装が破かれる。出てきたのは径の大きな歪な形のアナルストッパーで、固定用の鍵付きのベルトまでついていた。その次に現れたのは、犯す男のペニスに被せるのであろう絨毛で覆われたペニスサックだ。ごつい絨毛の山のせいで、ペニスが二回りは大きくなる代物だ。
「ゴムでできているので伸びますね。これは、私でも入りそうだ」
 凶悪なペニスを持つ関根が嬉しそうに言う。
「好きなようにすれば良いが、済んだら連絡しろ。私は、躾直しの準備をしてくる」
「ほう、僭越ながら、どのような躾をされるおつもりで?」
 くにくにと手の中でペニスサックを弄んでいた関根が、意味ありげな視線を綱紀に向けた。
 その聞きたくない答えに耳を塞ぎたかったけれど、綱紀の言葉はまるで脳に直接響くようにどんなに塞いでも聞こえてしまう。
「そうだな。神域にある例の木に縛り付けて反省させようか」
「それはそれは」
「ひ……や……、ゆる……て、やだ、それは……あぁ」
 綱紀がいう木は、地中から空に向かって太い根を伸ばしている異形の木だ。鬼が子を育てる場所に最適なその地区が、日本のどこにあるのか憂には判らない。いつも気が付いたら連れてこられていて、お仕置きだとその根にアナルを貫かれたまま、放置される。
 神域で、異形な形を持つとはいえ、木は木でしかない。動かず精気も僅かしかない木に貫かれても、憂にはなんの糧にもならなかった。けれど、時が経てば飢餓は激しくなり、その僅かな刺激を欲して体が勝手に蠢いて喰らおうとする。無駄な努力でしかない動きを、憂は止められない。
 前に繋がれたときは、疲れ切って視線一つ動かせない状態まで追い込まれたあげくに、囚われの侵入者の前に放り出された。若さに充ち満ちた、健康的な雄の匂いをプンプンさせた男は、たまらなく美味しそうで、欲しくて堪らなくて。理性を失ったままに若いジャーナリストである彼をむさぼり食い、犯り殺す姿は、従来の顧客とはまた別の嗜好を持った客達に販売された。
 その、人とは思えないほどに淫猥で、享楽的で、貪欲な獣の姿は、正気の憂を打ちのめすのに十分で。
 それ以来、憂は綱紀に逆らわない。
 二度とあんな姿になりたくなくて、人としての矜持を失いたくなくて。
 けれど、今綱紀が示す事柄は、それを示唆していると理解するのに十分なものだ。
 ガクガクと激しく怯える憂の顎を、綱紀の太い指が捉えた。上げさせた顔を覗き込み、ニヤリと嗤う。その口の端から覗く鋭い犬歯より、その冷めた朱が滲む瞳が怖い。
「一週間ほど縛り付けた後に、食事を与えてやろう。愉しみにしていろ」
「あ、や……」
 それがどういう意味なのか、判るのは全てが終わった後だけど、決して良い事ではないだろう。
「もっとも、その前にこの俺がたっぷりと精を与えてやるよ。そうすりゃ、一週間なんてあっという間だ」
「あまり甘やかすな」
 罰に水を差すような関根の言葉だが、綱紀の返事は静かだ。それに対する関根も肩を竦めるだけ。
 だが、その関根の言葉は憂には天からの救いにも等しい言葉だった。
「せ、きね様……お願い、します……、いっぱい、ください……」
 たとえそれが、陵辱としか言いようのない行為であったとしても、それでも、今の内に欲しくて蓄えたくて。
「玩具より……関根さまの……欲しい、です」
 凶器でしかない逸物で貫かれれば、気が狂うほどの快感に翻弄されるしか無いと判っていても。
「いっぱい……ください」
 玩具で餓えてしまうよりは、マシだ。
「可愛いね憂は。欲しがられると萌えるよ」
 すでに膨らみきった股間を隠しもせずに、関根が憂を押し倒す。薄汚れた床の汚れを肌に移し、腫れてめくれ上がったアナルに、その凶器がずぶずぶとめり込んでいく。
 悲鳴のような嬌声のような、甘さを含む声に重なって、濡れた音が激しく響く。
「っひぃぃ──あぁぁっ!」
「さあ、このストッパーを舐めな。後で汚ねぇ穴を隅々まで綺麗にするときに突っ込んでやるよ」
 贈り物のアナルストッパーを口の中に無理矢理押し込まれて、それでも、ヒンヒンと涙を零しながら、吸い込むようにして銜える。
 次に伸びた手が胸に回り、鋭いニードルが真っ赤な粒を貫いて。
「あぁぁぁぁぁっ!」
 ぼとりと落ちたストッパーにも唾液と涙の滴が落ちる。
「プラチナとゴールドのピアスか……。良く映えるぜ」
 すぐに痛みが痺れるような甘い疼きに代わり、体内を暴れる肉棒を締め付けながら身悶える憂の耳に、乳首を執拗に苛めていたゲストからの贈り物だと、囁かれた。
「まだまだある。ははっ、綺麗だよ、憂。チンポのもあるぜ」
「あっ、んくっ……ほし……、たくさん……」
 苛められればそれだけ力を使う。その糧である精はもっとたくさんいるのだけど、逞しい腰使いで犯す関根は、それをいつもたっぷりくれる。
 その姿を横目で見た綱紀がほくそ笑んだことも知らず、憂が関根に縋り付く。
「くだ、さい、いっぱい……、たくさん」
「お強請り上手だ憂は」
 さらに勢いをつけて憂を犯す関根を、綱紀は止めない。
 綱紀が関根を重用し、憂のマネージャーとしているのは、飴と鞭の使い分けがたいそう巧いからだ。
 綱紀には、ここまで巧く飴を与えるタイミングが掴めない。もともと、鬼としての嗜虐性の方が強いせいか、甘やかすことなどできないのだ。
 だが、関根は違う。
 甘やかして、甘やかして──その頂点で一気に陥れるのが得意だ。しかも、綱紀の意図を正確に理解し行動を邪魔することなく、より高い効果を得るように動くのだ。
「ひっ、ああっ──っ、深いっ、きつっ……ああっ」
 腫れ上がった憂のアナルは、得られる糧に悦び、さらに締め付けて自らを痛めつける。
「1時間後に戻る。趣向を変えることにした」
 全身を飾るアクセサリーも、山のような淫具も、憂の心には苦痛でしかないが、体はそれら全てを愉しんでいる。
 腫れ上がったアナル、充血したところを貫かれた二つの乳首、射精できぬままにきつく戒められたペニス、鞭打ちによりミミズ腫れの尻タブ、そして全身汚濁まみれの憂を見たとき、兄の敵を取りに来たというあの男はどうするだろうか?
 この淫猥な媚薬が含まれた空気を吸い込んで、それでも正気を保っていられるのは鬼の血を引くものくらいだ。まともな人であれば、すぐに欲に捕らわれて、我を失う。それこそ、今日のゲスト達のように。
 満足しきった憂の理性は確実に人のそれで、その状態で人殺しと罵られながら犯される時の絶望は、綱紀にとって堪らない馳走だ。
 最近は、このような馳走にありつけることが少なく、綱紀はそれに餓えていた。
 国全てが勢いが無くなって、生気の少ない若者が増えたせいか、何をしても反応が薄くて愉しくないのだ。すぐに諦められては、面白みなど一つもない。
 そんな餓えを抱えていた綱紀にとって、憂はまことに得難い玩具だった。しかも金のなる木でもある。
 全てが綱紀のためにあるような憂は、淫魔であるが故にもっと長く愉しく遊べるのは確かで。しかも今回は珍しく活きの良い人間が手に入っている。
 それと淫魔で当分は愉しめるだろう。
 この後を想像するだけで、堪えきれない愉悦に瞳の縁が赤くなり、溢れ出す異形の鬼の気配が止まらなくなる。人であれば、怯えて腰を抜かす狂気のそれは、綱紀がいかにこの趣向を愉しんでいるかの証でもあった。


【了】