【淫魔 憂 飢餓】前編

【淫魔 憂 飢餓】前編

 クリスマスの会場というには、山奥の、しかも古いコテージで、外見だけではそんな感じではなかった。
 けれど、一歩中に入れば暖かく、贅を凝らした食事と酒がふんだんに提供されており、舌の肥えたセレブの口を満足させる物だった。
 しかも今日のホストは、決してゲストを飽きさせない、素晴らしい対応ぶりなのだ。
 おかげで、10人のゲストはたいそう満足しており、いつまでもこの時間が続けば良いのにと目を輝かせている。
「いやはや、体温で温まったワインというのはいかがな物かと思いましたが、これはこれで乙なものですね」
 純白のふんわりとしたガウンに身を包んだ50代の男が、透明感のある真紅の液体が入ったグラスを掲げて、そっと唇へあてがう。そのふくいくたる香りを嗜み、舌先で転がしてじっくりと味わう様は、彼にとってその行為が日常的なものだと判るほどに慣れていた。
 そんな彼も、今日のようなパーティは始めてだ。
 今宵のパーティは、特殊な趣向故に皆ガウン姿で、しかも絨毯の敷かれた床に直接座り込んで愉しんでいるのだ。しかも、そんな彼らを接待するのは、ホスト役ただ一人。
「こちらにも頂こおうか」
 隣にいた金髪の若い青年が、グラスを差し出す。
 呼び寄せられたホストである憂は、のろのろと手足を動かして青年の元へと四つん這いで躙り寄った。料理はあらかた食べ尽くされ、それでも引っ張る台車は重い。引き千切れそうな重さに堪えながら、じりじりと近づいた男達から、欲に満ちた匂いがしていた。それに引きずられそうになるのを、精液混じりの唾液を飲み込みながら堪えて、ワイングラスを掲げた青年に尻を向ける。
「……ど、うぞ……」
 憂は全裸だった。
 その体全てを使って、ゲストをもてなすように命令されている。料理も四つん這いで台についてる鎖を引いて運んでいて、その鎖は憂の股間から伸びていた。
 その憂の上体が上がり、代わりのように背を丸めて上を向いていた瓶の口先を下げた。その瓶の本体はどこにも見えない。ただ、ワイン瓶の口とおぼしきそれが、憂のアナルからにょっきりと飛び出しているだけだった。
 その尻の狭間にワイングラスを差し出した青年は、赤黒いミミズ腫れの走った尻タブと太股が痙攣する様を堪能しつつ、体を曲げて下がった口からワインが注がれる様を愉しんだ。
 尻の傷は、あまりに重い台車を引っ張れなかった憂を動かすために叩いた鞭の痕だ。一発ごとに一歩しか歩けなかったために、そのミミズ腫れは縦横無尽に走っている。
「よしよし、上手だね、憂は」
「あ、りがと……ございます」
 よく躾けられたホスト役として、憂は深々と頭を下げ、礼だと青年の股間へと口を近づけた。ゲスト達は皆ガウンを着込んでいたけれど、その下には何も身につけていない。鼻先で袷を押せばすぐにそれは開いて、中から使い込まれたペニスが覗いた。それに、憂は恭しく口づけた。
「良い子だね」
 欲望の滲んだ声音に追われるように、憂の舌が赤く染まった唇から覗き、先端に滲む先走りの液を丁寧に舐め取る。
 滲み出る粘液は常ならが味わいたくない代物なのに、今はひどく甘い。尻タブの狭間に見える瓶の口がひくひくと踊り、ワインが零れないように伸ばした膝がガクガクと震えたのは、身の内から這い上がる仄い欲望のせいだ。
 こんなものにも欲情してしまう体は、今やたいそう餓えていた。口から腹一杯精液を喰らうだけでは、足りないのだ。
 もう何回こうやって注いだか、そしてそれよりもっとたくさんの礼を施したか判らない。
 ハーフボトルとは言え固い瓶が直腸を押し開き、零さないように尻を高く掲げる姿勢はたいそう疲れる。
 しかも、誉められたら礼にペニスを愛撫しなければならないから、もう顎も舌も限界だった。顔や口内はもう誰のともつかないほどにたくさんの精液で汚されていて、胃の中にあるのも全てが精液なのだ。
 それなのに、足りていない。時間が立つにつれ、飢えはますますひどくなっている。
 それでもどんなに疲れても、ホストとしての大役を全うしないと、別室でこの風景を観察している綱紀達に罰を受けてしまうのは確かだった。それが一番怖ろしくて、憂は餓えた体を宥め、疲労が押し寄せるのを気力を振り絞って堪えて、給仕を続けていた。
「こちらに料理を持ってきてくれ」
「か、しこま……ました」
 乞われて台車を引っ張る。ずいぶんと軽くなった台車はスムーズに動くから、もう鞭で叩かれることはない。
 だが、鞭はなくてもミミズ腫れを起こした尻はじんじんと疼く。最初は痛かっただけのそれが今は熱かった。熱くて、むず痒さで持って憂の快感を煽り、高みへと追いやろうとする。
 それは、憂にとって敏感な性感帯を愛撫されているのと同じ刺激でしかなくて、それがさっきから下腹部に深くわだかまる欲望に火を付けまくっていた。
 けれど、どんなにペニスが解放を求めても、憂のペニスは枷によってきつく戒められていた。そこに台を引っ張る鎖がついるのだ。しっかりとした鍵がついたその枷は、憂のペニスを幾重にも戒め、陰嚢の根元にも渡っている。
 憂が移動すれば、絨毯の上を走る台車がガタガタと振動し、鎖の先の枷をも震わせた。その振動がバイブレーターのように、憂に甘い刺激を与え、引っ張られる痛みと相まって脳髄まで快感を走らせる。油断すれば腰砕けになるのを必死で堪えるのは、ワインを零せば、それはそれでお仕置きの対象になるからだ。
 しかも、中からの刺激を与えられ続けたペニスは、萎えるどころか、血管を浮き立たせるほどに張り詰めていた。 
「おや、もうこれは空のようだ」
「ひっ、ふぁぁぁっ、あぁっ」
 いきなり瓶の口を掴まれて揺らされて、嬌声を上げる。
 固いボトルに前立腺を叩かれて、甘酸っぱい疼きが脳髄を冒し、弾けそうな快感を覚える。だが最後の解放は、憂には許されていない。
 だらだらと粘着質な液を垂れ流す鈴口は、解放を求めて喘ぎ、欲情に全身を朱に染めている。だが、決してそれが許されないことは判っていた。何より、ゲスト達は何でも憂に要望することはできるけれど、それだけは許されていないからだ。
「ひっ……あ、あ……い、入れ替え……おて、つだいを……」
 乱暴な手つきで瓶を動かされながらも、憂は背後の男に懇願した。
 さっきからこの交換を嬉々として手伝ってくれる男だ。
 その嗜虐の籠もった瞳はマネージャーである関根を彷彿とさせ、できれば他の誰かと変わって欲しかった。なのに、暗黙の了承がすでにできているようで、変えるのはいつもこの男だ。
「よしよし、では抜こうか」
 男の手がぐりっと捻られる。
「ひぐぅっ」
 ピンと膝が突っ張り、尻が高く上がる。乾きだした瓶の壁に貼り付いたアナルの肉壁まで引っ張られ、その鋭い痛み以上に、目の前が白く弾けるほどの快感を覚えた。
 もう、何をされても、どんなことをしても、感じる体となった淫魔。最近では、痛みを感じて快感に身悶える自分に暗い悦びすら感じるようになっていて、けれど、そのことが憂を追い詰める。
 淫魔なのだと蔑まれ、人でない物に成り果てた自分の行く末に絶望して。
 それでも、死ぬことすら許されない道具として、鬼達に良いように扱われるしかないのだ。
 ジュボ、ジュプ
「ひっ、はっ、あっ」
 リズム良く抜き差しされるままに、嬌声が溢れる。ほくそ笑む男達の卑猥な視線を浴びながら、揺さぶられるままに腰を踊らせて。
 快楽の泉を乱暴に乱されて、解放を強請ることもできずに、ただ遊ばれる。
 それは、いつもその男が飽きるまで続けられていて、絨毯に胸から顔を擦り付けて、指先で絨毯の短い起毛をひっかきながらひんひんと喘いで終わるのを待つしかなかった。
 それでも、飽きたら終わるはずだったそれが、不意に変わった男の声音に、全てが変わる。
「ふむ、よく見たら、もうワインの瓶が無いね」
「え……ひゃあ────っ!!」
 言葉の直後に勢いよく瓶を引き抜かれ、その衝撃に目の前が真っ白に弾けた。腸液で濡れそぼった瓶がごとんと絨毯の上に転がり、ひんやりとした空気が体内の空間を満たし、その温度にぶるりと震える。
 急激な絶頂感は意識の全てを奪うかのように激しく、体中から力が抜けてぐたりと崩れ落ち、ぜいぜいと喘いだ。投げ出した四肢がひくひくと震え、弛緩した体の中で、唯一硬直したペニスが粘液をたらりと零れる。
 惚けた表情のままにその頬に涙が流れ落ち、汚濁まみれの顔を僅かに清める。ぎゅっと瞑ったまぶたが小刻みに震えていた。
 もう終わりたい。
 願う心は、決して周りには届かない。
 淫魔であるが故に、玩具で遊ばれ続ければ待っているのは体力の低下による苦痛なのだ。そして、激しい餓えが襲ってきて、人としての理性を失うことになる。
 それを知らないゲスト達に伝える術は何も許されていなくて、ただ、早く欲しい──と蕩ける頭で願う。
 生身の体が欲しい。 
 喰らいたい。
 舌で味わうだけでなく、体で貪りたい。
 一度枷が外れれば、その願いが全てになる。憂の体を支配する淫魔の性が人としての性を覆い尽くして、ただ男の精を喰らう生き物として成り果てるのは、餓えていればすぐだ。
「どうする? もうワインないぜ?」
 嘲笑混じりの問いかけに、憂は知らず広がったままのアナルに触れた。一気に三本もの指が入り、中から溢れる粘液を掻き混ぜる。
 言葉にできない、態度にも表せない。
 『最高のホスト役は、ゲストが満足するように立ち居振る舞い、自分の願いなど伝えてはならない』
 綱紀と関根から言い含められた言葉が、頭の片隅を過ぎる。けれど、それは一瞬のことで、触れたことで飢えが増した憂は、さらに奥深くを掻き混ぜるように小指までも含めて尻を高く掲げたまま深く抉り回した。
 その淫靡な姿を見てしまったゲスト達がごくりと唾液を飲み込む音が幾つもした。嗤う男もいた。
「空っぽは嫌か?」
 問われるままに頷く。
「だったら、塞いでやるぞ」
 ガウンをはだけられ剥き出しになった逞しい肉棒に、憂の視線が釘付けになる。
「欲しいなら、来いよ」
 視線がペニスから外れない。ゴトン、と料理の台が引っ張られて動く。
『許可無くゲストを喰らわないように。ホストとは、自分の欲望は我慢するものだ。我慢できないのであれば、罰が待っていると思え』
 冷酷な言いつけは、すでに頭の中になかった。