【淫魔 狂(きょう) 躾】  後編

【淫魔 狂(きょう) 躾】 後編

 黄勝が普段住まうのはマンションの一室で、高級──と銘打たれている通り、億単位の値が付いているような広々とした部屋だ。
 その隣の部屋で、狂は飼われている。
 黄勝の部屋と狂の部屋は間の壁に扉が取り付けられ、いつでも往来できるようになっていた。
 プライベートなど一つもなく全てを支配する黄勝に、夕方近くに連れられて来たこの家の所在は、狂には全く判らない。
 黄勝が住まう部屋の一番小さな部屋──普段は納戸となっている部屋で、背中を強く押されて踏み出した足が踏んだ場所が柔らかく沈み、不審に思った時には景色が変わっていて。
 一瞬でまったく違う場所に移動していたのだ。
 鬼の力はいったいどんなことになっているのか?
 はるかな昔に狂の祖のようなものを作ってしまったように、鬼は人とは違う技をたくさん持っている。その中の一つなのだろうとは思うけれど。
 狂が浮かべた驚愕の表情に、黄勝は愉しそうだ。
「飛ぶ場所は幾つも持てん。だが、ここは気に入りの場所ゆえ、決して外すことはしない」
 誰もがそういう場所を持つように、黄勝にとってはこの場所が大事なのだという。
 狂に見せたかった、と愉しそうに笑む黄勝は、まるで子供のようで。
 けれど。
「ここで試すのもまた一興」
 その笑みは、狂の体に悪寒を起こさせる。緊張に強張った頬から音をたてて血の気が退いた。
 黄勝の娯楽は、狂には相容れないものが多い。
 モノを創り、そのモノを試すことが大好きな黄勝は、自らの実験成果である狂の特性を、徹底的に知ろうとする。
 それは、狂にはひどく辛いものばかりで。
「この庭で、鬼の遺伝子を埋め込んだ犬を三頭ばかり飼っている」
 音を立てて障子を開け放った先。
 深い森の中から、漆黒の毛並みを持つ大型犬が息せき切って駆けてくる。
 土佐犬のようにどしりとした体格の犬は、その重い体重を感じさせないほどに大きな切り株を軽々と飛び越えてきた。後から駆けてきた二頭はシェパードのようで、遅れてきたにもかかわらず到着したのは先の土佐犬と変わらない。
 その俊敏さはすらりとした体格からも見て取れる。
「鬼……の犬……」
 それがどんな意味を持つのか、まだ判らない。
 けれど、それはどこかまがまがしさを持っていて、狂の唇を戦慄かせた。
 少なくとも、その鋭い牙は狂などあっという間に噛み殺す。それをためらいもしないだろう。
 それは犬だからというより先に、鬼に飼われているという時点で明白だ。
 あの実験場にいた男達のように、この犬たちも本能が赴くままに狩りをするだろう。
 どう猛な視線が、舐めるように狂に向けられているのに気がついて、ひくりと体が強張る。
「い、いや……」
 犬が怖い。
 じりっと後ずさったけれど、その背には黄勝の大きな手のひらがあって。
「どうした?」
 見下ろされ、嗤われて。訳が判らぬままに感じた恐怖は、正しかったのだと、確信に変わる。
「仲良くしろ、これからこいつらと実験を始めるんだからな」
 その言葉より先に、体が逃げていた。
「や、あ……っ」
 だが、黄勝の方が早い。もとより恐怖に竦んでた体がまともに動く訳もなく、難なく黄勝に組み伏せられる。
「どうした? 私に逆らうのか?」
 声に滲む嘲笑が、ますます狂を萎縮させる。
「だ、だって……ああっ」
 鬼の手が、狂の衣服を剥ぎ取っていく。
 びりびりと布が悲鳴を上げて裂けていき、すぐに肌が露出した。下着を許されぬうえに、簡単に脱げる服しか許されていない狂は、あっいう間に全てをさらけ出すしかないのだ。
「こいつらはただのメス犬を与えても、先に噛み殺してしまう。だが淫魔ならば……」
「ひ、ひあっ!」
 いきなり左足首を掴まれて、高く掲げられる。俯せに押さえつけられているせいで、会陰部が全て犬に向かってさらけ出された。
 とたんに、はあっはあっと激しい呼吸音がすぐ近くで鳴り始めた。しかも湿った風を大腿の近くで感じる。
「ふむ、メス犬相手の時より発情しているようだな」
 先より深い笑みが落とされる。
 愉しそうな黄勝の笑みが、狂の間近に迫っていて。
「悦ばせてやれ」
 それは、絶対的な命令で、逆らうことなどできるはずもなかったけれど。
「い、いやっ……あ、やああぁっ──っ!」
 人としての本能が、犬に犯される自分を想像して激しく嫌悪した。
 それは、黄勝の恐ろしさを忘れ去るほどに激しい感情で、我を忘れて暴れ出す。
「イヤだぁっ! いやあっ、あぁっ! 離せっ、このっ!」
 押さえつける手を振り解き、力任せに足を蹴り上げて、広い縁の端から、部屋の中へと駆け込もうとして。
「ずいぶんと反抗的だな」
「あ、やっ!」
 低い声音と共に、黄勝の足下からシュルシュルと水銀のように輝く蔦が伸びて、狂の体に絡みついた。
 とたんに、狂の心が恐怖に凍り付いた。
 犬への恐怖とはまた別の、それは記憶が呼び起こした経験済みの恐怖だ。
 初めて黄勝に捕らわれたあの日、さんざん狂の体を嬲ったものと同じ蔦は、その時は幻覚だったけれど。
 今まとわりついたその触感は、本物でしかない。
「ひっ──ぃぃ!」
 がくがくと怯えて痙攣している体が、あっという間に雁字搦めに縛られて身動ぎ一つ取れなくなった。
「反抗にはお仕置きだな」
 結局1メートルも逃れられなかった狂に、黄勝が酷薄な笑みを向ける。
 それは、犬よりも、蔦よりも激しい恐怖を呼び起こす。
「あ……す、すみま……せ……、ゆるし、て……さい」
 動けぬ体で必死に紡ぐ懇願は、呆気なく無視された。
「少し頭を冷やすが良い」
 鬼の力は、狂の体など難なく持ち上げて、庭の片隅にあった大木に括り付けたのだった。



 辛さのあまり零した懇願を受け入れられたからと言って、助かったなどとは思わなかった。
 長時間縛られた四肢は思うように動かなくて、よたよたと這うようにしてなんとか体を支えて四つん這いになる。
 はっはっと激しい鼻息が複数、股間の方から聞こえる。
 くっと奥歯を噛み締めて、大腿が動くだけで浸みるような痛みをもたらすアナルを、高く掲げた。
 込み上げる犬への嫌悪感、それよりも黄勝への恐怖の方が強い。
 彼を怒らせれば、きっと犬に犯されるより酷い罰が待っている。それが判っていたというのに。
「早くしろ、待っているぞ」
 命令は絶対。
 ガクガクと傍目からみても震えている手が、己の尻タブを掴めば、それだけで、脳髄を貫くような痛みが走った。
 ささくれた木の枝が、アナルをボロボロに傷つけていたのだ。
 それに銜えて、視界の端に見えた犬のペニスは、狂のそれの数倍はあった。太く、長く、さっきの枝と遜色ない凶器。
 赤黒く脈動している凶器に犯されれば、この尻は壊れるだろう。
 それは、激しい痛みと……。
 だが、あれは……。
「あ……」
 不意に、体の芯を快感がひた走った。喉から甘い声が零れ、ざわざわと表皮が疼き、尻タブを持つ指に力が入った。
「あ、ん……ぅ」
 体が痺れる。
 ぞくぞくとした甘い疼きが全身を走る。
 痛みに萎えていたペニスが、むくむくと起き上がり、すぐさま発情した証の淫液を垂れ流し始める。
 ぺろりと、舌が乾いた唇を舐めた。
 欲しかった。無性に欲しかった。
「ひっ……んっ」
 冷たい木とは違う、生きているペニスなのだあれは。そう考えただけで、体が熱くなり、期待に胸が震える。
 あれは犬なのに──と、理性が悲鳴を上げて拒絶しようとしているのに、欲情した心は止まらない。
 愚かな淫魔の体は、今や飢えきっていた。犬のペニスすら渇望して、誘うように体が動く。
 ダメだ──っ!!
 理性が絶叫するけれど。
「あ、ああ、ほし……きて」
 犬から視線を外さずに、手がぐっと尻タブを広げれば、真っ赤に腫れて血を滲ませたアナルがぱくりと開いた。
 肉に冷たい風を感じる。
 たらりと零れた淫液は、男を誘い狂わせる。
「そうだ、誘え、犯してもらえ」
 黄勝の言葉に、理性が悲鳴を上げる中、感情はうっとりと微笑む。
 最初に向かってきたのは、土佐犬の方だった。
 先ほどまでのつばぜり合いの中でも力関係ははっきりとしていたのも事実だ。
 この犬がもっとも強く、もっとも逞しい。
 その逞しい足が狂の体の横に来る。乗り上げなくても十分な大きさの犬は、狂を囲い込むようにして腰を突き出した。
「あ────っ!!」
 熱かった。
 目の前が幾度も弾け、意識が白く霞む。
 未だ鈴の紐に戒められたままのペニスがびくびくと震え、たらたらと白濁混じりの液を垂れ流した。
 それが薄いのは、ずっと出し続けてきたからだろう。痛みの中、思うように発情せずに体力だけを削られた体は、新しい精液を生産する余裕などなかったのだ。
「あっ、あっ」
 人より早い動きでがつがつと貪られ、あまりの快感に歓喜の声が響いた。
 熱くて、逞しい。太くて激しい。
 人よりも凄い。
 理性が耐えられないと闇に沈み込む中で、ただ欲望ばかりが大きくなる。
 腹の中が汚されて、満たされていく。
 甘さを通り越して濁流のごとく快感が弾け、狂の欲望をたかめていた。
 そうなるともう止まらなくて、自ら腰を押しつけて、犬に強請る。
「もっと、ほし……、もっと深くぅ」
 精気のない木に犯され続けた体は、たいそう飢えていたようで、飢えは心を苛み、狂を真の淫魔へと落とす。
「たっぷりと種づけして、いっそのことお前がこいつらの仔を孕めば良いのだが……。だが、さすがに淫魔でも孕むことはできぬか……」
 首を傾げる黄勝の瞳が、何かを思いついたように細められる。
「ふむ、だが淫魔の腹に出した種を、メス犬に与えれば良いか。狂、そいつらの精を一滴も零すなよ。採取して冷凍保存して、子を成すにふさわしいメス犬に受精させて……」
 そんな黄勝の言葉は聞こえていなかったけれど、狂の体は勝手にアナルに力を込めて、一滴も零さないとはばかりに締め付ける。
 それは、ペニスを離したくない一心からの行為で、深く深く、自ら腰を押しつけていた。
 だが、そんなことなど無用なのだと、すぐに思い知った。
「ひっ、あ──っ、い、いっぱい……」
 犬の動きが止まった。
 しっかりと奥まで差し込んだペニスから、どくどくと腹の奥の奥まで熱い液体が流れ込んでいる。
 いつまでいつまでも。
「三頭分たっぷり味わえよ」
 夜はまだ長く、待ちわびたように残り二頭の犬たちがうろうろと狂の周りを回っている。
 ボスである土佐犬が済めば、次位の犬が、そして残りの犬が満足する頃には、またボス犬が発情するだろう。
 実験場で人がそうであったように。
 犬とて変わらない。己の子孫を残すために、麗しきメスを犯すのは、精を持つ生き物すべての本能なのだ。
「お前は、まことに素晴らしい淫魔故に、これだけたっぷり犯して貰えるのだよ」
 心底愉しげに狂の頭をがしがしとなで回して、黄勝は採取のための容器を取りに立ち上がった。
 もっとも、ここに戻ってくるのは、もう一本酒を空けてからのつもりだった。

【了】