【Vol.01 -夜- 前編】

【Vol.01 -夜- 前編】

  誰のものかも判らない体液で、高藤純一の全身はどろどろになっていた。
 意識があるのかどうかも怪しげな虚ろな瞳。
 一欠片も布と呼べるモノを纏っていない身体が、ふらりふらりと泳ぐ。
 股間を通って腰にきつく巻かれた鎖が剥き出しのペニスを無惨に押しつぶしていた。
 そんなあられも無い格好の純一が歩いているのは、高藤家の広大な庭だった。どこかの公園かと思わせるほどの広さを持つ庭は、それでも中庭でしかない。
 四つある屋敷から門までの間には、さらに大きな庭が広がっているのだ。
 そのせいで、この中庭ではたとえ大音量でカラオケをしたとしても、近所迷惑になることはない。
 そんな広々とした敷地に食い込むように作られているのが、半地下になっている駐車場だ。
 純一はその裏庭の一角にある駐車場まで車で運ばれ、放置された。
 そのまましばらく身じろぎ一つしなかった純一がのろのろと動き出したのは、それからさらに30分ほど経ってからだ。 冷たいコンクリの床は油臭く、純一の身体を癒しはしなかった。
 だが、肌に染みこむ冷たさが、意識をはっきりさせたのだ。
 広い敷地は、客用の通路と家人用の通路と二種類ある。その家人用の通路を、純一はのろのろと動いた。
 屋敷まで最短距離に至るその道は、要所要所にセキュリティチェックがあるが、純一の指紋も網膜も全て登録されているから、通り過ぎるのには問題ない。
 だが、広い中庭を通り過ぎるのは、今の純一にとっては酷でしかなかった。
 その純一が向かうのは、四つあるうちの東の屋敷。
 高藤家当主である啓一郎は今は妻を亡くし、南側の本宅で一人暮らしだ。少し前まで、三男の春樹も一緒に住んでいたが、今は大学近くのマンションで暮らしているため普段はいない。だが、部屋は残っている。 
 嫡男の隆正は妻と二人の子供ともに西側の屋敷。と言っても、子供は高校の寮に入っているから常に不在。妻もほとんど表に出ない。
 純一の上司である啓治は、東側。彼は未だに結婚していない。
 そして、少し小振りな北側の建物が、長女 優花の屋敷だった。本来なら、純一の部屋もそこになるのだけど。
 内輪だけで結婚式と披露宴が開かれたのは六ヶ月前。
 その夜から──純一は北側の屋敷には一歩も足を踏み入れることは許されていない。
 一歩進むたびに、腫れ上がったアナルに突き刺さった極太の張り型が前立腺を苛む。
 バスの中で、「おみやげ」だと、無理に挿入させられたのだ。
 朝入れていたストッパーよりももっと極悪な形のそれは、確実に前立腺を押し上げて、カリ高のえらと太い茎にびっしりと生えている柔毛で、絶えず純一の弱い部分に刺激を与え続けた。
 すでに麻痺するほどに刺激を受け続けてた前立腺ですら、悲鳴を上げるほどの異物感。
 もう出るものもなくなったペニスは、力無く萎え続けているというのに、乾いた快感はひっきりとなしに純一を責め苛んだ。
 そのせいで、足が動き辛い。
 それでもはあはあと荒く呼吸をしながらでも足を動かそうとするのは、啓治への恐怖からだ。
 だが。
「無断欠勤とは良い身分だな」
 まだ玄関から遠い場所。
 いきなりかけられた声にびくりと身体が震えた。
 虚ろだった瞳が、いつの間にか現れた男の姿を捕らえる。
「あ……」
 とたんに純一の全身ががくがと震え、かろうじて二本の足で立っていた身体がへなへなと崩れ落ちた。
「私の義弟ともあろうものが、そんなことでは会社の示しがつかぬ。躾のし直しだな」
 冷淡に言い捨てられた言葉に、純一は必死になって言葉を言いつのろうとしたけれど。
「しかも、無断欠勤の上になんとまあ、ずいぶんと愉しんできたことだ」
「ひ、ひぎゃぁぁぁぁっ」
「淫乱なお前がここまで萎えさせるとは、愉しんできた何よりの証拠だな」
 ぎりっと鈍く砂利と鎖が擦れる音がした。
 手が縋るように啓治の靴を捕まえる。
 だが、固い靴底の革靴はさらに力を入れて、純一のペニスを鎖ごと踏みしだいた。
「ぎゃぁぁぁっ! ああぁぁっ!」
 激しい痛みに、目の前が白く弾ける。
 激痛がどくどくと脈打ちながら全身に広がり、何も考えられなくなった。靴底からはみ出た鈴口から、粘液が絞り出されていくのが、ひどく妙な感覚だった。
「なんだ、まだ出るのか」
「ひ、ひぎぃぃぃぃ!」
 呆れたように侮蔑の言葉を落として、再度靴底でペニスを踏みにじる。
「ふん、簡単にはつぶれないものだな。しかも、また固くなってやがる」
 その言葉通り、純一のペニスは明らかに先ほどより大きくなっていた。
 鎖と地面に挟まれた場所は、青黒く変色しているけれど、鈴口の辺りはまだ綺麗な朱色だった。
「あ、あひぃぃっ……ひいぃぃ」
 手が、庇うようにペニスを包み込む。
 触れただけでもじんじんと痛んだ。幸いにもつぶれてはいないようだけれど。
 初っぱなからこれでは、啓治の怒りはいったいどれほどのものだろう。
 痛みだけでなく顔面を蒼白にさせながら、純一は跪いて頭を垂れた。
「あ、あ……ゆ、お許し……くださ……ひぐぅっ、あ、お、遅れ──行けなくて、ひっ、も、申し訳……りませんっ」
 手をついて腰を高く掲げ、四つん這いになる。
 先ほど己のペニスを踏みしだいた靴の先に、舌先を付けてぺろぺろと舐めた。
「もうし……申し訳……りません……」
 口の中が砂でじゃりじゃりしていた。
 喉の奥に貼り付いた砂が、吐き気を催す。しかも、この臭いは……。
 頭に中に浮かんだ情景に、ひくりと身体が震えた。
 この臭いは、犬舎近くの地面の臭いだ。
 もしかすると飼い犬を散歩に連れて行って……そして。
 前にも一度舐めさせられた。
 数頭いる飼い犬の散歩に行った後、糞で汚れた靴を舐めさせられたのだ。啓一郎の方針で、ペットとはいえ家族と一緒だと、衛生管理と病害虫駆除をしっかりしているとは言え、堪えられるものではなかった。
 激しい吐き気を催してえづく純一に、啓治は冷たい視線で靴をさらに押しつけた。
 何も言われずに始めた以上、止めろと言われない限り続けなければならなかった。勝手に止めてしまえば、啓治の怒りを買うのは、この身にイヤと言うほど染みこんでいる。
「反省しているのか?」
「は、はい」
「とてもそうとは思えぬな」
「は、反省していますっ。こんなことは二度と、二度とないようにしますっ」
 大元の原因は啓治にあったとしても、そんなことはおくびにも出さない。出してはならなかった。
 啓治が望むのでれば、純一は何としてでも昼までに会社に行かなければならなかったのだ。
「ふんっ、口では何とでも言えるからな、もう良い、止めろ」
 許されて、苦みの強い口の中を唾液で何度も洗うようにして飲み込んだ。
 それでも激しい嘔吐感と嫌悪にひくひくと身体が震えて、鼻水と涙が溢れる。
 それを慌てて肩で拭い取って、純一は身体を起こした。
 何も言われない時は、「待て」の姿勢だ。
 尻は僅かに地面から上げて、太ももを大きく割開き、その間に下ろした両手を地面に置く。だが、両手でペニスが隠れてはならない。
「先ほども言ったが、お前には私の秘書、ひいては義弟であるという認識があるのか」
 冷ややかな言葉に、何度も何度も頷いた。
「は、いっ、私は、高藤家の──お義兄様の義弟と深く認識しています」
 最初の頃は、この扱いで何でそんなことを認識しなければならないのか、と思ったけれど。
 今では、たとえどんな扱いであろうと、認識するしかないのだと理解していた。理解せざるを得なかった。
 ペット以下の絶対服従する所有物でしかないからこそ高藤家に絶対に害を為さないモノ。
 そして彼らのストレス解消のための存在。
 それが、彼らの言う義弟という存在に求められているモノなのだ。
「こ、このようなこと……は二度と……」
 この家に入ってから六ヶ月。最初の一ヶ月で徹底的に躾けられたのは、逆らわないことだった。
 何があっても、己が悪い。
 どんな理不尽な言葉であっても、絶対に従うこと。
 そうでなければ……。
「お、お許しを……、し、躾は……謹んで、お受けします……」
 深々と頭を下げ、額を地面に擦りつける。
 反対に高々と上がった腰。
 それこそがこの高藤家では絶対服従の印だ。
「ほお、殊勝なことだ。何でも受けるか?」
 冷ややかさの中に嘲笑を含む声音。
 それにがくがくと身体が震え出す。
 どんなに割り切っていても、恐怖は身体が覚えている。
「さて、前回の躾は、何をしたかな?」
 考えているようで、けれど明らかな問いかけに、純一の忘れたい記憶が甦ってくる。
「あっ、ま、前は……」
 色を失った唇が、ぶるぶると震えながら、かろうじて言葉を紡いだ。
「グレイトサンダー様の、ち、ちんぽ……を……私の…おまんこ、に頂きました……」
 思い出すだけで、あのときの激しい痛みと苦しみが甦ってくる。
「おお、そうだった。グレイトサンダーがずいぶんと張り切って、お前の穴を堪能していたな」
 くすくすと愉しげに嗤う今と同じ表情で、啓治はあのときも純一が苦しむ様を見ていた。
「お前も美味しそうに銜えて、口とその卑しい肉棒の先かららだらだらと涎を垂らして愉しんでいた」
「は、はい」
 愉しんだ、などと、自分の口からは口が裂けても言えない。
 ただ頷くことしかできない純一は、あの日以来グレートサンダー号が視界に入るだけで、全身が恐怖に震え上がるようになった。
 グレイトサンダー号は、高藤家の家族と同等の扱いを受けている犬だ。
 純一の腰までの高さがある大型犬で、細身の純一など呆気なく押し倒すほどの力を持っている。
 その犬に、純一は犯された。
 動くことを禁止され、四つん這いになって何もかも犬にさらけ出した状態の尻穴に、雌犬のフェロモンだという液体を塗られた。ちょうど発情期を迎えていたグレートサンダー号はそれに呆気なく興奮して、純一にのしかかってきたのだ。
 重くて獣臭い、毛むくじゃらの身体と鋭い爪と牙。
 凶器としか思えない太いペニスが、純一の胎内に激しく押し広げながら押し入って、人間では不可能なほどの動きと持久力で、抽挿を激しく繰り返す。
 あらかじめきつく戒められて達けないペニスに苦しんだのは、僅かの間だった。
 すぐに、犬のペニスの根元が膨れあがって尻穴を完全に塞ぎ固定され、そのまま30分近く、ずっと体液を放出され続けたのだ。
 妊娠したように膨れあがった腹が、排泄を求めて激しく痛んだ。
 掻き混ぜられ、ごろごろと鳴る腹は、いますぐにでも割けてしまいそうに程にまでなって。
 けれど、泣いて叫んで許しを請うても、グレートサンダー号は主人以外の命令など聞きやしない。
 そしてその主人は、ただ嗤ってゆっくりと酒を愉しんでいた。


「どんな躾が良いか……」
 啓治が愉しげにゆっくりと首を巡らせる。
 その視線が本館の方に向かったと同時に。
「ああ。そういえば、父に呼ばれていたのだったな、急がないと」
 ふと、思い出したように呟く。
 その言葉に、純一の全身が総毛だった。
 啓治よりさらに上の存在である高藤家当主の啓一郎は、今の純一の立場を作った張本人だ。
 そして、高藤家の中でももっとも恐ろしい存在でもある。
 彼が気に入らないといえば、この家では誰も気に入らない。彼が否定すれば、全てが否定される。
 会社経営では他の意見を良く聞き、かといって他者に媚びへつらうようなことはなく、信念を持った素晴らしい経営をするともっぱらの評判であるが、私生活においては彼は唯我独尊を地でいく。
 特に、純一のような立場の人間の扱いに、容赦はなかった。
「お前も来い」
「はいっ」
 頷いて、慌てて立ち上がろうとして、じろりと睨み付けられた。
「そのまま四つん這いで、尻を掲げて来い」
「は、はい」
 啓治の絶対的な命令に、純一は逆らえない。いや、何があっても逆らえない。
「そうだ、尻を振りながら歩け」
「はいっ……うっ」
 尻には、太い張り型が入ったままだった。
 固定していた鎖が、きりりと股間を締め付ける。尻を振れば、胎内で張り型が暴れ、前立腺を刺激した。
「あ、はっ……んあっ」
 それでなくても1日嬲られ続けた身体は、言うことを聞かない。
 数歩進んでは腰が砕けそうになり、足がもつれる。
 そのたびに、罵声を浴びさせられること十分強。たかだか数分の距離を倍以上の時間をかけてようやく辿り着いた時には、全身で息をするほどに疲れ切っていた。


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