「あのさ……」
アキヤが言いにくそうに海人にすり寄ってきた。
「何?」
ソファに座って組んでいた足にまとわりつくアキヤを胡散臭そうに見据える海人は、ひどく冷たい声音で返す。
この署内でも知らぬ者はいないほどに熱々のカップルである二人──なのだが、今は誰も近づきたくないほどに冷たい吹雪のさなかにあったが。
「いいだろ?」
すでにこの状態が3日となると、その吹雪も緩んでくる。海人よりはアキヤの方がやはり我慢の足りなさが出てきた。
猫なで声をむけられて、海人はその眉間に深いシワを寄せた。
彼が何を欲しているのかは知っている。
だが。
「嫌だ」
いくら甘ったるい声で言われても、3日前の出来事が頭の中に過ぎってきて、どうにも許せない気持ちになる。海人自身、自分がこんなに我が儘だとは思ってもいなかったのが、アキヤに対してはついつい我を通したくなるのだ。
ことの発端は、アキヤが海人に黙って買った品物にあった。
「え?、もう機嫌直せよ」
アキヤの手が伸びて、海人の首筋から耳へとその指が這う。少し強弱をつけて押すように動かされて、海人は堪らず首を竦めた。
そんな行為は、まだまだ序の口だと、海人の経験は体に伝えているというのに、心はなぜだかそれだけでも敏感に反応する。しかも反応した心につられて体までもが反応してしまうのだ。
「……アキヤ……」
責める口調が幾分甘ったるくなっているのに気付いて、海人は困ったように口を噤んだ。
その間も手の平が、指の腹が海人の頭皮を刺激していく。
「海人だって、このままでいい訳?」
ほくそ笑むような口調にムッとはしたものの、のしかかれて吐息を吹きかけられた肌がぞくりと粟立つ。
確かな意図を持った愛撫に、海人の体は早々に音を上げ始めていた。もともとそういうことには酷く敏感な体だ。まして相手がアキヤとなれば、いつまでも我慢することなど不可能にも近い。
だが、それを簡単に露わにするのも腹立たしいと、海人はぐいっとアキヤの肩を押してにこりと余裕の笑みを浮かべた。
「じゃ、一つだけ交換条件がある」
「何?」
押しのけられて不愉快そうにアキヤが唇を尖らした。それを意に介さず海人は笑う。
「この前買ってきたアレ、アキヤが最初に試すんなら、してもいい」
「げっ!」
途端に、アキヤが仰け反った。
離れていった温もりが名残惜しくて、触れていた手をアキヤに気付かれないようにそっと握りしめる。だが、顔は笑顔のままにアキヤを見つめていた。
「でないと、しないよ」
余裕があるのはそこまでで、海人だって本当はしたい。
アキヤと触れて、快楽の海に浸りたい。
それはアキヤだってそうだろう。
だから、海人は折れるためにアキヤに請う。
「オレも……アキヤが……欲しいから、さ」
日に焼けて褐色になった肌がうっすらと赤くなる。
ごくりとアキヤの喉がなって、その手が海人に伸びた。
「判ったよ……ぼくが先にするから……でも後で海人もしてよ?」
「……ああ」
きっと自分がどんなことになるのか判っているから、だから最初は拒否して怒ったのだが、それでもアキヤが望むというなら、それを許すことができる。
寝室に向かった海人の前でアキヤがリボンの付いた箱を取り出した。
「……う?ん」
すると言ったが、それでもためらいがあるアキヤに笑いかける。
「大丈夫。オレがしてあげるから」
「ん」
誘うようにキスを欲した海人にアキヤが頷きながら身を預けた途端少し重い音がして、その手にあった箱が床に落ちた。
「んっあっ!あっ!」
アキヤの体内に入った物が、うねるように進んでいく。そのたびにアキヤが全身を朱に染めて身悶えるのを海人は押さえつけていた。
「か、海人っ!」
「まだ先しか入っていない」
アキヤのモノよりは細い、だがくねくねと動くそれは蛇にも似ている。
尻から出ている部分が、中の動きと連動してさながら本物のしっぽのようだった。
「んああっ!」
馴れない刺激に、アキヤの眉間に深いシワが寄る。
額に浮かんだ汗が幾つも筋になって落ちていった。
「アキヤ、いいだろ?」
生身の肉体では決して与えることのできない刺激に、アキヤはただ艶やかな嬌声を上げ続けていた。
その様子を見ていると、ぞくりと下肢の付け根に血が集まってくる。それどころか、何の刺激も与えていない後孔までもが疼いてくるのだ。
触れもしないのにはっきりと成長するそれと欲して止まない体に、海人は苦笑を浮かべる。
つくづく己の体は淫猥なのだと知らされる瞬間。
嫌だと言って喧嘩するほどに拒絶して、なのに体はそれを挿れたくて挿れたくて堪らないと疼く。
「アキヤ……」
身をかがめてアキヤの股間に口づけたのはほとんど無意識で、だが気が付いてもそれを止めようとは思わなかった。大きめの形の良い先端をはむと、アキヤの体が大きく仰け反った。
震える太股に手を這わせ、ねっとりといきり立ったモノに舌を這わせる。
敏感な括れを突き、ぱくりと銜えて激しく上下に凄いた。
「あっあ、もっ……海人っ──っ、だ、駄目っ!」
制止する声が限界を伝えているのは知っている。
だが、それでも海人は止めようとはしなかった。
「あっ……あぁ……んくっ……」
微かな駆動音に負けないほどの淫猥な湿った音が漏れ聞こえ、アキヤの肌が細かく震える。時折焦点の合わない瞳が海人の視線と絡み、その淫靡な表情が海人を煽って、さらに激しく手を動かした。
矢継ぎ早の攻撃に、アキヤが呆気なく放出する。
痙攣する体から、海人はためらいもなくバイブレーターを引き抜いた。
アキヤの体液と潤滑剤にぬめっているそれは、まだくねくねと淫猥な動きを見せていて、海人はそれをじっと見つめていた。手にまで伝わる振動は、思い出したくもない過去を海人に思い出させる。だが、海人はそれを見ながら口内に溢れだした唾液を飲み込んでいた。
「か、海人……」
情けなさも手伝って、頬を染めたアキヤが力無くその手を掴む。
そんなアキヤに海人は視線を下ろす。
揺らぐ瞳の奥にある熱に、アキヤがほんの少し驚いたように目を丸くした。
だが、それも一瞬でアキヤの手が海人の手からそれを受け取る。
「今度は海人の番」
くすりと笑うその子供のような表情の陰に、欲望の炎が見え隠れしていて、それに気付いた海人の体に甘い疼きが走った。
「もっとぉ……」
まだ平気だと揺する声音は、とろけるように甘い。
奥まで突き刺されたバイブレーターは先ほどから絶え間ない刺激と複雑なうねりを海人に与えていた。あっという間に高まった体は朱に染まり、走る快感に肌が脈打っている。
「んああぁぁ……ああ……」
閉じることもできないほどに喉の奥から漏れる嬌声は、先ほどのアキヤの時よりはるかに室内に響いていた。耐えられないと振り回された頭から、汗が滴となって降り注ぐ。
それでも、体の熱は収まらない。それどころか、アキヤが手に持って動かすとより以上に快感が襲ってくる。時折いい場所を離れるのが、ひどくもどかしい。
だから欲する。
「あ、アキヤぁ……そこっ……イイっ……もっと……もっとっ!」
「海人、凄いっ……」
アキヤが舌を巻くほどの淫猥さを晒しているのに、海人はそれに気付かない。気付く余裕もなかった。久しぶりに奥まで犯される快感が海人を狂わせる。
その淫猥さはずっと培われてきたものだろうが、特にアキヤにとっては海人の痴態はひどく煽られる。それを知ってか知らずか、海人はただ快感に集中していた
だから気付かない。
いったばかりだというのに、アキヤのモノはもう十分な高さと大きさにいきりたっていることに。
アキヤの手が止まると、ひどく物足りなさを感じてもっととばかりに腰が動く。それに誘われてアキヤが手を動かせば、今度は内壁が収縮してさらに奥深くにくわえ込もうとする。
「海人?」
実は泣きが入っているアキヤの声に、快感に集中している海人の耳には届かない。
仕方なく、アキヤがひたすらバイブレーターを動かし続けていることにも気付かない。
だが、それも限界は来る。
ぐいっと強く内壁を押された途端。
「あ、あああぁっ!」
ひときわ大きい艶やかな嬌声が響いた途端、海人の仰け反った体が大きく震えた。
ぼたぼたと溢れる白濁した液がシーツを汚す。
幾度か痙攣した体が支える力を失って、シーツに沈み込んだ。
「海人?」
呼びかけられて海人はうっすらと目を開けた。
どこかぼやけた視界の向こうに、アキヤが心配そうに覗き込んでいる。
「ん……」
激しい刺激は、終わったと同時に激しい倦怠感をもたらしていた。だから海人は動くのが億劫になっていた。
「なあ……ぼくの元気なんだけどさ?」
「ん……」
言われて、ごろりと俯せになった体を上に向ける。
「する?」
気怠げに問いかけると、何も言わずにアキヤが苦笑を返してきた。
「アキヤ?」
怠いのに……とぼんやりとした手を動かす。
自らのそれぞれの膝裏に手を差し込んだ海人は、ぐいっとそれらを持ち上げた。
「海人っ!」
その行為に狼狽えたのはアキヤの方で、海人は何を驚いているのかときょとんとしている。
「何?したいんだろ?早く挿れたら」
したいっていうから、しやすいようにしたのに……。
海人にしてみれば続きをするのに一番しやすい姿勢をしただけだ。だが、アキヤは真っ赤になって硬直したまま動かない。
「アキヤ?」
そうこうしているうちに、海人もだんだんとぼんやりとしていた頭がはっきりしてきた。
当然自らの姿勢も自覚する。
誘うように全てをアキヤにさらけ出して、待つ姿。
「!」
ぱたりと音を立てて海人の足が落ちたのはそれから30秒ほど後。
「あ、あの……っ」
ためらいなくしてしまった行為は過去からの慣れで、それがアキヤには刺激が強すぎる姿勢だと気付く。途端に、かあっと沸騰しそうなほどの熱に全身が襲われた。
何も思わない相手に対してはできていた行為であったが、それがアキヤとなると別物だ。
パニックを起こしかけた頭に、アキヤの苦笑混じりの言葉が届く。
それは、さらに海人を激しい羞恥の渦に巻き込む。
「そういう海人も……嬉しいけど……でも海人にはバイブはあんまり使わない方がいいかな……。でも……素敵だったよ」
アキヤの手が、肌が、海人に触れる。
やわやわと触れる肌から、疼きが電気が走るように脊髄へと集まってくる。それは、上に上がって脳を冒し、下に下がって性器を包む。
あっという間に羞恥の熱が劣情の熱に変化して、海人は堪らずにアキヤの背にしがみついた。
「アキヤ……してっ」
欲した体が熱を持って、アキヤの方が冷たいと感じる。しっとりと全身を覆う汗すら、互いの肌を密着させて気持ちいい。
快感の中に辛さを持っていた過去。
だが、アキヤとの行為は快感と幸せがある。だから欲して止まない相手は、もうアキヤだけだと過去の全ての記憶を消してしまいたい。
「アキヤ……お願い……きて…んっ……」
欲する言葉を最後まで言わないうちに、アキヤの熱い塊が海人の中に入ってきた。
指先を頬に当てても気付かないほどによく寝入っている海人に、アキヤははふっと深いため息をついた。
目線が、海人から左手に持っているバイブレーターへと移動する。
「……やっぱ、必要なのかなあ……」
どこか滑りが残るその柔らかな表面が、スイッチを入れるとぶるぶると振動する。
あまつさえ、くねくねとうねり出せば、アキヤはそれが自らの体内で蠢いた時を思い出して、そのせいで込み上げる熱が暴走しそうになった。
慌ててスイッチを切って、床下に放り出す。
固い音を立てて転がったそれから、やはり視線は外れずに、アキヤは何度目かのため息をついていた。
面白そうだと手に入れたそれは、当初ひどく海人は怒っていた。
それでもどうにか折れてくれて、使用してみたら……これがまた海人の今まで以上の痴態が見られたわけだ。
考えてみれば、海人はそれを生業にしていたのだから、普通のセックスは実は物足りないのかも知れない。狂うほどに感じて、無意識のうちにでもアキヤを受け入れようとしたあのあられもない姿は、いくら頭を降っても消せるものではなかった。
それがまた、アキヤの股間を簡単に刺激して。
気が付いたら、海人は意識を失っていた。
そんなにもしていたなどと気付かないほどにアキヤは萌えていたのだが、その発端があのバイブレーターなのだ。
今まで海人がこんなにも萌えたことはなかったし、アキヤ自身もここまで頑張ったことはなかった。
終わって動くのも億劫なほどに腰が過労に喘いでいることに気付いて、それはそれで幸せなことなのだが。
もしかして今まで物足りなかったのでは無いだろうか?
落ち着いたらそんな事を考えてしまって、アキヤからすっかり眠気は消えてしまっていた。
どうしよう……。
頭の中でぐるぐると極彩色の映像が飛び回る。
それは、今回使ったバイブレーターの写真だったり、見比べるのに使った他の写真だったり、「快感を増幅させます」といったようなキャッチフレーズだったり……。
「やっぱ、いるのかなあ……だったら今度は、あの無線駆動の奴なんかが良かったりして……いや、それよりテクを磨いた方がいいんだろうか?……」
喧嘩の原因を忘れて、ぶつぶつといつまでも呟いているアキヤの傍らで、海人は無邪気な笑みを浮かべながらいつまでも眠り続けていた。
【了】