【四つの王国と魔王の話】第一章〝北の国〟ー2

【四つの王国と魔王の話】第一章〝北の国〟ー2

一-二 人選と王子

 〝北の国〟の城からさらに北の砦の一室では、外の冷気をものともしないほどの熱気が支配していた。
 それこそ王に起きた出来事など知らぬ世界で、二人の男が快楽にふけっている。
「ぐぅっ、ぉぉ――っ、うっ、んぐぅっ、ふ、ふかっ、いっぱ、あ――っ!」
 寝るためだけの狭い室内の中に野太い声が響く。
 欲情した身体が発する熱で室温が上がり、筋肉質な身体をまとう皮膚から汗が湯気のように立ち昇っていた。
 室内にいるのは〝北の国〟の軍に所属する二人。一人はこの砦を見回りに来た第一師団の副団長でもある。
 二人共が大柄で、骨太な身体を覆うのは実践的な筋肉だ。頭部と肌を覆う黒々とした体毛は多めで、角張った顔立ちも彫りが深く野性味が強い。それがこの〝北の国〟の標準的な男だ。
 そんな男たちを乗せた質素ではあるが丈夫に作られているはずの木組みの寝台が、のしかかる男が腰を振るたびにギシギシと今にも壊れそうな不快な音を立てている。だが肉感の強い腰を振りたくる男も、体内深く抉られる男もそれどころではなかった。それよりも互いが味わう強い快感に理性は蕩け、意識はすでに交尾に狂う獣と違いない。
「もっと締めろ」
「んな、ぁああっ、きつっ、無理ぃ、むりっす!」
 上の男の大きな手に肩を寝台に押しつけられた男が悲鳴にも似た嬌声を上げ、歪めた顔を晒しながら締めるなど無理だと自身の魔羅を強く掴む。我慢していないとあっと言う間に持っていかれそうだ。
「もっ、これ、いじょ、はっ」
 上の男が強く腰を押しつけるたびに、甲高い破裂音のような音が響く。パンパンと肌を打つ音はかなりの時間続いているが、上の男はその口元に笑みを浮かべて止まる気配はない。体力自慢の軍人であっても、上の男にはかなわなかった。
 濡れた音はどちらかの体液のせいか、寝台も互いの身体もびっしょりと濡れ、粘着質な音を高く立てる。
 上の男が越を引けば、太い魔羅が湯気を立てて中から引きずり出され、すぐに飲み込まれる。
 早い動きに下の男はただ揺すられるばかりだ。
 舌を出し、大きくあえぎながら、せめてとばかりに自身の魔羅をこすり続ける。
 その瞳はすでに焦点があっておらず、ただ自身を支配する男の名を呼び続ける。
「も、イキ……すっ、レ、嶺、嶺炎(れいえん)、れーえ、ぁっ、嶺炎っ様ぁっ!」
 尻の骨が軋み、痛みすら覚えるほどに中から押し広げられている身体。だが太い魔羅でごりごり快感の源を抉られ続ける男の身体は、乾いた絶頂ばかりに押し上げられて射精までに至らない。握りしめた先端からはだらだらと白濁した精液が出ているのに、勢いのよい射精の快感が得られないのだ。
 イキすぎているのに満足できない。それもこれも内部からの刺激ばかりが強すぎるせい。
 訴える強い快楽故の苦痛がわかっていて、懇願する男に嶺炎と呼ばれた男は嗤った。
 男臭い匂いが部屋全体に満ち、体表から上る湯気がロウソクの明かりにゆらゆらと揺れる。
 伸ばした指先で背筋をすっとなぞれば、下の男がおびえたように震えた。
「最近緩んでないか」
「ちがっ、……あひっ、はっ、おっ、ぐっ……きつっ、ぐっあっあーっ」
 ずるりと引きずり出された女の拳ほどもある自らの魔羅を眺め、すぼまる後孔とともに伏せた身体が弛緩する。
 人外だと怖れられるほどに長大な嶺炎の魔羅を受け入れられる者は少ない。
 最初は先端入れただけで痛みに暴れていた身体だったが、さすがに嶺炎の係となって半年弱、そのすべてを飲み込むだけの身体にはなっていた。だがそれでもきついものはきついらしい。
 嶺炎が突然動きを止めた。
 終わったのかと勘違いしたように、緩んだ身体。
 その瞬間を狙って、嶺炎はその身体を一気に貫いた。
「ひがっ!」
 短い悲鳴と同じ時間で嶺炎の魔羅すべてが熱い肉に包み込まれた。
「ふふっ……」
 押さえつけた手の下で痙攣する身体を見下ろし嗤う。
 押さえつけた男の横顔は白目を剥き、口はだらしなく緩んでいた。口角からは泡立った涎を垂らし、身体はひくりひくりと痙攣を繰り返す。その股間からは黄色みを帯びた液体が溢れ、床にまで滴っていった。
「漏らしたかよ、もう癖になってんじゃないのか」
 最近射精するより漏らすほうが多いなと苦笑を浮かべた嶺炎は、弛緩した身体を抱え上げた。肩に顎を乗せてまなじりにシワが刻まれた顔を覗き込む。
 そこに浮かんだ涙に気がついて舌で舐めとれば、その塩味がたいそううまい。
 ほんの一瞬ののどかな時間。
 だが嶺炎の魔羅は、いまだ男の体内で熱く脈動して続きを待っている。
「もう少しつきあってもらうぞ」
 屈強な軍人の体力など軽く凌駕する持久力を持つ嶺炎は、いつものように再度弛緩した身体を寝台に倒しのしかかった。
 協働作業は早々に終わったが、これで止まるものではない。これから始まる一方的な行為は、長いときには翌朝空が白み始めても終わらない。他国よりも丈夫な〝北の国〟の女たちでは到底無理で、だからこそ選ばれる嶺炎番だがその係の期間はいつも短かった。使用した後の身体はいつも数日は寝たきりになり、繰り返されれば身体を壊しやすくなる。この男のように若いはずの顔に浮かぶシワと目の下のクマはその先触れだ。
 今回の嶺炎番がその任を解かれるのは、やはり今回も早そうだった。

※※※

 心地良い解放感を味わった後、仮眠とも言えぬ睡眠を取る間もなく嶺炎は父たる北の王に呼び出された。
 第三王子として生を受けたこの国で、王子とはいえ戦士であることを厭うことはない。それが〝北の国〟の民であるのだとわかっているからだ。
 だが呼び出されたと言っても王都の北の砦にいた嶺炎が城まで戻るのに半刻(一時間)はかかる。城の入り口で馬を乗り捨て足早に父王の部屋まで行った嶺炎は、迎えた王の姿を一目見た瞬間、呆然と立ち尽くした。
 昨日会った時には壮年とはいえ筋骨たくましい北の戦士らしく立居振舞の父王が、今は寝台から出られないほどにやつれていたのだ。
 それこそ精も根も尽き果てるという言葉がこれほど似合う状態はないだろうというほどに。
 それだけでも驚くに値するものであったが、さらにその父王が話す内容は驚くべきものだった。
「なんということだ……」
 愕然としつつも奥歯を噛み締め顔を歪ませた嶺炎は、差し出された巻物を広げて喉の奥で唸った。
「それよりも、この招待状だな」
 深い嘆息を落としながら嶺炎はそれを読み、困惑に眉根を寄せる。
 寝台では王が疲弊しきった顔で目をつむっていた。思考する気力もないのだろう、すべてを皇太子へと委任すると宣言した後は固く目を瞑り項垂れているばかりだ。
 周りでは狼狽するばかりの老害――重臣達がうるさいが、そんなものは無視して嶺炎は皇太子たる兄と、彼の補佐をする次兄へと視線を向けた。
 〝北の国〟第三王子嶺炎を含めてよく似た顔立ちと体躯を持つ三兄弟の仲はいい。積極的な改革案を出す皇太子と老害は反目し合っているが、嶺炎も兄弟として皇太子を支えている。
「これは私が行くべきだろう」
 父王曰く闇烏と名乗った魔王の使いが真であれば、この招待状に従うべきしかない。ならば招待者は記載者の中から一人だけで、指定された日時に指定地点で待てとあれば従うしかないだろう。
 視線を向けた嶺炎に対し、皇太子は眉をひそめて黙考している。
 招待状には五名の名があり、どういう人選だったのか、その内の一人が嶺炎だったのだ。他の四人の名前のうちすぐに仔細が判明したのは伯爵家の次男である一人だけ。その後行われた調査によれば残りは確かに存在し、商人が一人、平民が一人、下級兵が一人だった。年齢も身分もそこに共通点は窺えず、さらに平民の一人は男娼だったという報告。
 となれば、嶺炎は考える必要もないとばかりに手を挙げた。
 第三王子である嶺炎ならば国家的な判断が必要になっても対応できるし、〝南の国〟は建国祭のときに訪れたことがある。
 何よりまったくの権限もない、ましてや男娼などを〝北の国〟の代表として行かせるなど言語道断で、この中では何よりも嶺炎がふさわしいと誰であってもわかることだ。
 何より臣下に行かせるよりかは王族である嶺炎が訪れたほうが、〝南の国〟の心証も良いだろう。
 もっともそれは人の理(ことわり)でしかない。
 魔王が何を考えこの五名の名を連ねたか、人の身で考えつくものではなかった。
 嶺炎とて魔王に関して知っていることは少ない。怒りのあまり〝夕闇の海峡〟と〝黎明の海峡〟を一度に作った張本人であり、この世界に三人いる高位魔族すら敵わぬ相手だということ程度。
 高位魔族の非道な行いはこの世界にいる者ならば誰でも知っているが、魔王とはその高位魔族すらひれ伏す存在だということは確かだ。
 嶺炎ですら感じる魔王という対する本能的な恐怖を、ほかの者が堪えられるとは思えない。
 その場での決断は持ち越され、〝北の国〟の大臣達は即座に〝南の国〟へ密偵を放った。
 だが数日後、その全てが四肢を欠損し、苦悶の表情のままに氷漬けされた姿で国境門にうち捨てられていたとなれば、たとえ言葉で語られなくても少なくとも〝南の国〟で大変なことが起きているとは疑う余地もなかった。
 それこそ永久凍土のごとく、いつまでも融けない氷漬けから感じる異様な魔力は、確かに高位の魔族しか持ち得ないものだったからだ。
 それでも、皇太子にしてみれば弟でもある嶺炎を行かせることは受け入れがたいことだっただろう。
 だが結局〝北の国〟は嶺炎を送り出すことを決めた。
 それは嶺炎自らが強く望んだこともあったのだが、やはりほかの選抜者たちが魔王という存在に恐れて使い者にならなかったということが何よりも大きかった。