ヒトもどき 異国編

ヒトもどき 異国編

人もどきと同一世界の未来という以外は別のお話です。
ペットとして手に入れた成体は言うことを聞かない駄犬だった。

ペット化、躾、ピアス



[二階 主人居室]

「おかえりなさいませ、旦那様」
 事前の予告はしていなかった。城からの退場時に先触れだけ送っていたのだが、整えられた館も出迎えもいつもとまったく変わらなかった。
 この王国では別宅を複数持つのがある種のステータスでもあり、彼も本宅以外に5つの別宅を郊外に持っていた。その中の一つであるこの館は、規模はもっとも小さく地上二階、地下一階で、客室は5室程度だ。だが、この館は彼にとって特別で、また主人専用として他の家族は立ち入ることを許していなかった。
 その館の私室に向かう後を、黙って付き従うのは建築当時から雇っているこの館専用の従僕だ。まだ若いが、専門の教育を受けた能力はたいそう高く、十二分に気に入っている。
 この館には他に召使いが3人と警備兼雑用係の男が2人いて、館の手入れとペット達の世話をさせていた。
 特に4匹のペット達は仔からでなく野生の成体を手に入れ、躾け、美しく磨き立てた主人の大切な宝であった。手ずから躾けたペットへの愛着は深く、召使い達はそれらの世話がメインであると言って良い。また、従僕はその専門家であり、主人が不在の間の躾と世話を一手に引き受けていた。
 そんな従僕と共に私室に入った主人は、暑苦しいとばかりに上着を脱ぎ捨て、一人がけのソファへと重い身体を落とすように腰を下ろした。
 荷物を置いた従僕が、バーカウンターから取り出した主人お気に入りの酒を注いだグラスをそっと差し出せば、それを取り上げた主人は水でも飲むかのように一気に飲み干した。
 続いた深い吐息は主人の苛立ちを示していて、それと察した従僕は僅かに片眉を上げ、主人の言葉を待った。
「アレはどうしている?」
 狙い違わず発せられた言葉に、彼はにこりと微笑み一点に視線をやりつつ応えた。
「今は寝ていることでしょう」
 その言葉に、疲労と苛立ちを見せていた瞳に、暗い焔が揺らぐ。
「駄犬が。主人が帰ってきたというのに、寝ているとな」
「連れて参りましょうか?」
「……いや……」
 主人が気にしているのは、一ヶ月ばかり前に手に入れた5匹目の成体だった。購入直後に基本的な躾と訓練は行ったが、まだ反抗的な態度を隠そうとしない。できればたたみかけるように一気に躾けたかったのだが、それを許さぬほどに仕事が立て込んで手が出せなくなっていたのだ。
「ここのところの調子はどうだ?」
 あまりに長く空いてしまうと、躾が元の木阿弥になることは往々にしてある。ようやく挨拶ができるようになったところであったが、今はどうなっていることか、と、下手なことはしていまいと従僕を信頼はしているがそれでも不安がその口調に滲んでいた。
 もっとも従僕もそのあたりは心得ていて、不満を口にすることなく、にこりと微笑んだ。
「今のところ一進一退で、旦那様が不在の間、悪化していることはありません」
 躾は主人の楽しみとよく知っている従僕は、主人が望んだとおりの状況を口にした。
 手を出しすぎす、けれど緩めすぎず。
 その難しい采配をこの従僕は間違えない。
「何しろ旦那様の手をさんざん煩わせております駄犬ゆえ、本日もおやつを貰う前の挨拶、貰った後の挨拶を繰り返しさせてようやく、と言ったところでしょうか」
「ほお……?」
「毎日、館にいる者全員に相手をさせておりますが、なかなか……」
 明らかな拒絶の意志がこめられた鳴き声を上げながら、それでも逆らえば与えられる罰を恐れておやつを食べては挨拶をし続けたせいか、今日は腹一杯になってしまったようだ、と説明される。
「甘やかしてはないだろうな。飴と鞭を忘れておらぬな?」
「もちろんでございます。きちんと挨拶ができるまでおやつを与えてはおりませし、挨拶が終わるまで自由にはさせておりません」
 くすりと口元を歪ませて笑う従僕がそう言うのであれば、間違いがない。それに、主人の命令を守れぬ者は、この館にはいない。駄犬と呼ばれているその新参のペット以外にはだ。
「特に本日はザクリーン卿の御使者が畏れ多くも駄犬への贈り物を持参されましたので、その方へもご挨拶をさせております」
「ああ、ザクリーン卿の。その件はあの方より連絡があった。それで、贈り物はアレのところか?」
「さようで。美しい宝飾品をいただいたもようです」
「あの方はあの駄犬がたいそう気に入っておるゆえに」
 その言葉と共にこぼされた嘆息に、主人の苛立ちが滲んでいた。
「今でも顔を合わせれば様子を聞いてこられる」
 アレの競りの際、ザクリーン卿と最後まで競り合ったことを悔いてはいない。ザクリーン卿はこの国の重鎮の一人ではあるが、趣味にその職権を乱用することはないと判っているからだ。
 と言っても、ああも気にしている様子を見せられれば無視する訳にもいかない。
 躾に意見をされるのは業腹ものゆえに零れてしまう嘆息ではあったが、考えようによっては、恩を売るにはなかなかに良い相手でもあるのも確かなのだ。
 さて、どうしたものか、と帰宅の馬車の中で悩んでいたのだけれど。 
「お礼はせねばならぬが、何が良いかな?」
 ちらりと従僕を見やったその瞳が語る意味を、彼は間違えない。
「御使者の方よりザクリーン卿がもうすぐ5日ほど別宅でお休みを取られるとお聞きしました。その間、貸し出されてはいかがでしょうか?」
「貸し出す……と?」
 問うては見たものの、その答えに感じた不快感に主人の眉間にシワが刻まれた。躾に手を出されることへの反感が勝って、否──と言いかけたが。
「あの方の躾は鞭の部分ばかり、かなり厳しく保たないモノもいると聞いております。苛烈であることはまちがいないでしょうから貸し出しから帰ってくる頃には、旦那様の躾を悦んで受けるようになると思われます」
「……なるほどな。ザクリーン卿の苛烈さと比較すれば、私の躾は甘いからな。それで駄犬根性が抜けてくれると私もやりやすいと言う訳か」
 駄犬根性の消えぬアレの性根が無様に崩壊する様は、容易に想像ができた。
「真実、ザクリーン卿は本来育てるよりは遊ぶ方を好まれる方と聞いておりますので、今回の貸し出し中も遊ばれるだけと思われます。だからといって他人のペットを壊すような御方ではありませんので、貸し出す利点はあれど不利益になることは無いかと」
「ああ……だが、まだ躾が不十分な状態では、あの方に失礼なことになっては困るが」
「その点はご説明いたします。まだ躾のできておらぬ駄犬であることははっきりと。けれど、それがまた愉しいのでございましょうから、その方が悦んでいただけるかと思われます」
「あぁ……なるほど」
 躾けにくいものを躾ける醍醐味はあるが、飴と鞭のバランスは成体ごとにちがうためにさじ加減が難しい。それに、今期のように仕事が忙しくなるとそれに構っていられなくなり、躾が止まってしまう。ならば手早く駄犬根性を潰すことができるなら、確かにそれは利益となる。
 ふむ、と考え込んだのは僅かな間であった。
「それでは、貸し出しを打診してみよう。贈り物は装身具と聞いているが、今から付けて身体に馴染むか? あの方は、ペットを飾り立てるのをたいそう好まれる故の贈り物であろうから、付けておいた方が良かろう」
「特製の薬を使いますので十分かと」
「よかろう。今から飾り付ける」
「御意」
 軽く頷き、注がれた酒を呷った後、椅子がきしむほどに重い身体を主人は身軽に起こし、起ちあがる。
 手のかかる駄犬の躾のめどが付いたのだと考えるその表情から、帰宅した時のような疲労や苛立ちはかき消えていた。


[地下 加工室]

 暴れる身体を押さえつけるのは大変で、従僕は真っ赤に紅潮した肌を汗だらけにしていた。
 暴れるのは判っていたので、警備係の一人を呼んではいたが、それでも台に固定するのに相応の時間がかかっていた。
 そんな従僕の前で、今は四肢を固定されて恐怖に歪んだ瞳を見開いて震えている駄犬は、何をされるのかとばかりに唯一自由になる頭で主人の動きを追っている。
 ずっと吠えてうるさいので口には枷をしたからせいぜいがうなり声程度しか漏れていない。だが、耳障りなそれへ主人が不快感を抱いているのを見て取って、申し訳なく思う。
 全ての準備をようやく終えた従僕は一歩下がり、荒い息を整えるように大きく息を吐いて額の汗を袖で拭いながら、主人が駄犬と呼ぶそれを見やった。
「ったく、いつまで経っても私の命令を聞かぬ。お前のような駄犬は始めてだ」
 冷たい物言いと共に向かう蔑視の先は駄犬ではあったが、その叱責はまるで己にも向けられてるように感じて畏まる。主人が帰宅するまでに、せめてもう少し扱いやすくしておきたかったが、この駄犬の馬鹿さ加減は予想以上だった。
 久しぶりに目にする主人の姿と、彼の怒りを感じているらしい駄犬の瞳が今更ながらに怯えて揺らいでいる。
 四肢を大の字に固定され、主人手ずから消毒薬を塗られているそれは、駄犬と呼ばれているが、正式には異界生命体、通称ヒトもどきと呼ばれている存在だった。
 一昔前は、異界人のペットと思われていたが、どうやらもともとそれしか存在しない異界があるようだと判明したのはつい最近だ。
 体型はこの世界のヒト族である従僕達と似て、直立歩行で一対ずつの手足を持っている。だが全体に華奢な作りをしていて成体であっても一回りは小さいし、尾も翼も角も無い。また発声器官や言語体系が違いすぎるせいか、言葉は理解しているようだが、喋ることは全くできなかった。
 以前は、たまたま異界の狭間から墜ちてきたモノを保護して飼っていたのだが、この国の山奥で偶然発見された異界の穴に罠を仕掛ければ捕獲できると判ってから、一気にペットとして広まったのだ。
 もっとも捕獲できる対象は選べない。実際、雄、雌、仔から成体、老生体まで様々で、しかもいつも捕獲できるとは限らず、というより非常に捕獲しづらいのも事実で、その希少性故に競りに出されれば高値が付くのが常であった。それ故競りが開かれれば、特権階級が集まり、すぐに売れてしまうほどに盛況だ。
 競りでの一番人気は雄、雌の幼年体から少年体、続いて雄の青年体。
 雌は愛玩用以外に娼館用にも飼われることが多く、壮年体以上になるとその先はさまさまだ。
 今回手に入れたこれは雄の青年体で、久しぶりに開かれた競りで主人が手に入れてきたもので、色味も相貌も高級品に分類されるに相応しいものだ。ほのかな黄色みを帯びた肌、肩まで届く柔らかで滑りの良い茶褐色は染めているもので本来の色は黒。虹彩は茶で瞳孔は漆黒、唇は朱に近い色で鮮やかにみえ、推定年齢の割に幼さを見せる体格は、主人の好みそのままだったが、いかんせん、もっとも元気が良い年代の成体であるが故か、反抗心も強く、なかなか躾は難しい。
 まして、この駄犬は手の付けられない暴れん坊であったから、余計に手間取っているのだ。
 本来ならここに来たときに付けられた呼び名があるのだが、躾が完了するまでは主人はその名で呼ぶことは無いので、皆も駄犬としか呼ばない。
 性格に関しては、競り落とした後になるまで判らないことが多く、外れを引く事もある。気に入らない場合はすぐに売り飛ばされたり、苛烈な躾に壊されてしまうことも多い。ザクリーン卿などはその傾向が強いが、ここの主人はそうでもない。それがどんなに幸いか、言葉の通じぬ獣に教える術は無い。
 だからこそ従僕がした貸し出しの提案は、この駄犬にどちらの主人が己にとって幸いかを、その身体に教え込ませるだろう。
 もちろん、ザクリーン卿は他人のモノを勝手に壊すようなことはしないと理解してのことだった。
 その貸し出し準備のために、今主人の手にあるのはザクリーン卿から贈られた一対の乳首用のピアスだった。
 どこまでもクリアで深い血の色を宿す玉を両端に持つバータイプのそれは、雄用にしては太い。そのピアスがどこに取り付けられるか、主人が消毒した場所から想像したのか、駄犬が大きく目を見開き、喉から引っ切りなしに悲鳴を零し始めた。
 イヤだ、というように首を振る様は主人が与える事を受け入れない駄犬の証明で、従僕は手を伸ばして駄犬の両耳をしつかりと掴み、その頭を固定した。その耳たぶに安物とは言えいくつものピアスがしてあったことを思えば、こんなピアスくらいたいしたことが無いはずだ。
 要は逆らいたいだけなのだと、手に容赦が無く力を込めた。
 動けなくなった頭の代わりに、枷に当たった歯がガチガチと音を立てるのが聞こえる。
 その間に主人の手が、消毒された駄犬の乳首へと向かう。
 たった一対しかないあまりにも控えめなサイズの乳首は、今はもう毎日の躾で充血気味に膨らんでいる。そこに、片側の玉を外されたピアスが触れ。
「ひぎぃぃぃ────っっっっ!!」
 枷の隙間から耳をつんざく悲鳴が噴き出す。
「うるせ……」
 傍らで様子を見ていた警備係がその大きな手で口を塞いでも、くぐもっただけで音は漏れる。
「窒息させるなよ」
 不快な音はマシになったが、さすがに一言注意だけして、主人の淀みない手つきを眺めた。
 駄犬の膨れ上がった肉の粒に突き刺さる棒の両端についた玉の位置を固定して、反対の乳首も同様に作業する間も、悲鳴が止まること無く響く。
 前より膨らんでいた乳首は、ピアスのバーを含んだことによってさらに一回り大きくなったようだ。しかも、傷による腫れのせいで、淫らに朱く染まっている。
「ふむ、似合う」
 滲んだ血を拭き取り、消毒兼傷薬、再生促進薬を塗っても、かかった時間は数分だ。台に固定するまでの方がよっぽど時間がかかったくらいで、これが他のペットたちならばあっという間に終わっていたことだろう。
 脳裏に浮かぶ躾の行き届いたペット達を思い、ついため息が零れそうになる。これがあいつらのようになるのだろうか、と、少しだけ自信が失せそうになった。
 警備係が塞いでいた口を解放すると、今度はひっくひっくと嗚咽が漏れていた。
 逆らうからよけいに痛いのだが、その辺りは身をもって知るしか無い。
 力が抜けた身体を台から解放し、手早く両手を後ろ手に縛って、穴が馴染むまで勝手に外さないようにさせる。
 躾終わったペットたちは外される方が恐怖だとばかりに嫌がるが、定着される前に外されるとまたやり直しだと知らないこれは、外す可能性の方が高いからだ。
「今日は休ませてやれ。明日からは躾を再開して……ザクリーン卿の貸し出しには、まあきちんと挨拶はできるようにさせよう」
「御意」
 その言葉に、深々と頭を下げる従僕の頭の中には、残り数日の躾け計画が組み立てられていた。


[地下 訓練室]

 主人の束の間の休みを無為に過ごさせることのないように、従僕はうまく計画を立ててくれていた。
 だが、主人に対する畏怖を植え付けてはいるが、従わせるところまではできていない状況で、躾は遅々として進まない。
 主人の言葉に反応するように仕掛けた拘束輪を取り付けられた駄犬は、性懲りも無く命令に躊躇って、戒めに七転八倒の苦しみを味わっている。
 この馬鹿さ加減は、今まで仕入れたペットたちの中でも際立っていると、呆れ果ててしまう。
「挨拶一つまともにできぬとは……」
 足先に口づける挨拶は基本中の基本であるというのに、どう見てもおざなりの対応しかできていない駄犬の頭を足裏で押さえつけて、嘆息を零す。
「申し訳ありません。少し飴が過ぎましたようで」
 館の者達で甘やかしすぎたようだと、従僕もため息を吐きつつ謝罪してきたが、それが要因ではないと理解していた。
「いや、お前達はよくやってくれている。これがそれだけ馬鹿だということだろう」
 ぎりぎりと髪の毛が足の下で絡まるほどにきつく押さえつけ、なおかつ一度締まると許し無くては緩まぬ拘束輪の締め付けられていて、駄犬はヒイヒイと鳴くばかりだ。
「精悍な顔つきも、こうなると情けないの一言につきるな」
 涙と涎で濡れた顔を足先で上げさせて、今度は鞭を強く振るう。
「ひぎゃんっ」
 逃れす間も無くその背に落ちた鞭が朱い線をくっきりと残し、跳ね返って。手に伝わる明確な反動に逆らわず、また高く掲げて、振り下ろす。
「これでは挨拶以前だ。おやつはやれぬな」
「もちろんでございます」
 傍らの台車に置かれたコレのおやつは、ずっと出番がない。
「そろそろきちんと挨拶する気になったか?」
 鞭の音が消えて、五本の痕がくっきりと残る背が言葉に震える。
 頭から足を下ろせば、駄犬はガクガクと震えながら青ざめた肌を波打たせていたが、その身体がゆっくりと動き、黒い頭がのろのろと足先へと向かった。。
「あ、う……あ、んや……ぁま……」
 教え込ませた挨拶の言葉を真似た鳴き声が零れ、その唇はきちんと靴先に触れてくる。さらに高く掲げて尻をゆらゆらと左右に振りたくる様は、こうしておとなしく従えば、まこと高級品らしく愛らしいところがあった。
「そう、それで良いんだ。手間を取らせるんじゃ無いよ」
 ちらりと従僕へと視線を向ければ、応えて彼は台の上に置いていたおやつを手に取った。
「ほら、褒美だ」
 その言葉に誘われるように、駄犬がよろよろと顔だけをそれへと向ける。
 姿勢をそこで崩さないところは、いくら馬鹿な駄犬でも学習はしている証拠だ。
「食べなさい」
 目の前の床に容器から垂らしたそれに、駄犬の瞳がゆらりと泳ぐ。茶色の瞳に影が差し、漆黒の瞳孔と相まって闇夜が写っているように見えた。けれど、それも一瞬のことで、すぐに舌が伸びて、それをペチャペチャと音を立てて舐め取り、ごくりと喉を鳴らして飲み込むんだ。
 最初の頃は、おやつも嫌がったほどに暴れたこれも、躾の甲斐あって与えられたおやつはきちんと食べるようになった。
「美味いか。お前が尻に玩具を喰ろうて排出した精液でつくった特製のミルクだ。たっぷりと出していたから、まだまだあるぞ」
 その言葉に、強張った頬とともに舌が止まったけれど、すぐに緩んで舌が動き始める。
「お前がもっと良い子になるなら、そんな廉価品よりも、もう少しマシなものをやれるのだが」
 その明らかな揶揄に、駄犬のまなじりから涙が溢れ、多少は自分の惨めさを感じているのが伝わってきた。
 何しろ、ヒトもどきの精液など濃厚さが全く無く、味も薄い。それどころか不味くて臭い。生命力に満ちているはずなのに、命というものを感じられないほどに弱々しいから、当然栄養価も無いに等しい。
 この国では、様々な生物の精液は食材として一般商品化しており、菓子に加工されて提供されている。さすがにヒトのそれは商品としては取り扱われていないが、味も栄養価も、実はヒトの物が一番で最高級の品質なのだ。
 この館でも市販品は様々な種類を常備しており、他のペット達には主人のモノに相応しく、高級品を与えている。だが、鮮度の点からいえば市販品より採れたてが良いし、何より主人のペットならばもっとも高級品を、ということで皆で手分けして直接生をそのまま吸わせていることも多く、その待遇を知っているペット達も皆悦んで吸い取っていた。
 だが、この駄犬はそれを嫌がった。
 並の輩では手に入れられぬ高級品を嫌がるような駄犬に相応しいのは、駄犬が出す商品価値の無い物で十分だと言う主人の一言で、おやつはずっとこれだ。
「少しは良い子になったか?」
 満足げに頷く主人が拘束輪を緩める指示を出すと、その意思を感じ取ったそれは自動的に弛む。とたんに回復した血流の刺激にだろう、駄犬がぴくりと跳ねる。
「ひっ、あっ……びぅっ、あぎっ……ぁっ」
 ガクガクと掲げた尻が上下に揺れる。
 日に焼けていないどこよりも白い尻タブの筋肉がひくひくと震え、狭間が開き、赤く爛れた肉色の窄まりが何かを飲み込もうとでもするかのように開閉を繰り返した。
 そこに、従僕が指を這わせる。
「あ、ざぁぁっ、あっ」
 触れた指先が吸い込まれる。
 最初の頃は固く拒絶していたこの穴も、今や指など自ら飲み込むほどに貪欲だ。
 繰り返された訓練に、すっかりと色づき柔らかくなったその穴に、従僕が指先に力を入れれば、ずるずるとあっという間に入り込む。
 駄犬の親指より二回りは太く、中指よりも長い指が二本揃って入り込み、ぐるりと中を掻き回せば、毎日の刺激に腫れた腸壁が蠕動して、自ら誘うようにその場所に指先を導いた。
「ひ、や、あぁっ、あぁっ、はっ、ひっ」
 情けない顔で与えられる刺激に身悶え、震えている。尻を掲げた膝の力が抜けるのか、指に体重が乗るけれど、慣れた従僕の腕はその程度ではびくりともしない。駄犬の上半身は力が抜けたかのように床にへばりつき尻穴の二本の指で支えられた腰だけが高く揺れている。
 緩く開いた筋肉のついた足の間に、ぶらぶらと情けなく揺れる陰茎は、陰嚢ごと拘束していた輪のせいで、根元に赤黒い痣が残っていた。
 その陰嚢は、ここのところずっと拘束したままにしていたせいか、ひどく重そうだ。
「またたっぷりお前のおやつが収穫できそうだな」
 それに気がついて呟いた言葉に、従僕が空いていた手でそれをきつく握り締めれば、引き絞るような悲鳴が喉から低く高く零れていく。
「どうやって絞ろうか?」
 愉しげに呟いた言葉は、誰かに聞かせるつもりのない独り言だ。
 だが、駄犬にはきちんと聞こえたのか、快感に潤んだ瞳を主人に向けて、縋るようにくーんと甘えている。
「おやおや、駄犬が何か言っている」
 わざとらしい言葉に含まれる嘲笑に、駄犬の背が強張り、口元が震え、鳴き声が止まる。だが、従僕の手が駄犬の尻穴にある前立腺を腸壁越しに二本の指で挟めば、唾液を振りまいて鳴き喚き始めた。
 陰嚢の前で萎えていた陰茎は、今や重力に逆らい腹に付くほどに反り返り、鈴口をパクパクと喘がせている。
 毎日朝昼晩と全ての性感帯を皆で刺激するように言いつけておいたおかげか、この駄犬は感度だけは非常に良い。
 ましてや、前立腺への訓練は徹底的に行っている。
 今や、すぐにでもイキたいほどに快感が暴れまくっているのだろうが、それでも従僕の前立腺を弄る手は止まらない。何事も、始まってしまえば止めるのは主人の役目だ。さらに許可をするのも主人だけ。
 駄犬の精液をたっぷりと回収する必要があるが、まだ許可するつもりなど無い。
 もっと自由にならぬことを覚えさせる必要があった。 
「あひっ、ビぁっ、ぐおぉ、っ、あっ、ビぁっ、ビアえう──れぬっ、あっ、ひっ、……ああっ、んあ」
 ガクガクと腰の揺れが激しくなった。
 指を固く締め付けているようで、動かすのが難しいようだ。
 膝の力などなくなって、太股の筋肉が痙攣するかのように震えている。滑らかな背中には流れるほどの汗が浮かび、皿の中に顔を突っ込んで、精液ミルクと涙と涎で、その顔はグチャグチャだ。
「お、おにゅあらぁっ! あ、ゐっ、あっ、ビギュあぇっ、……あっ、にゅかせっ、くっぅ」
 限界が近づくにつれ、カリカリと床を引っ掻き、縋るように目の前の主人の靴に唇を寄せ、舌を出して舐める。
「ああぅっ、……、あうえっ……ぁぁ、ああぁっ!!」
 跳ねるように尻が暴れ、背がうねる。
 ピチャピチャと水音が駄犬の股間の下から聞こえ、従僕の指に尻の重みがずしりとのしかかったのが見て取れた。
「悪い子だ」
 嘆息とともに零した言葉に、駄犬が小さく「ひぃ…ん…」と鳴き返した。


[中庭 花壇]

「おいで、駄犬」
 主人が呼ぶ声に、急いで彼の元に駆け寄った。
 この館に戻ってきてから二週間、まだ背や尻の傷は時折引きつり、痛む。だが、それは我慢ができる程度だった。
「お座り」
 爪先に口づけようと頭を下ろしたとたんの命令に、慌てて尻を地面に付けて両手を開いた両方の太股の間に置いた。
「良い子だ」
 主人がにこりと微笑んで、柔らかな声音で褒めてくれたことにほっと安堵する。知らず頬が緩み、笑顔になった駄犬の前に、白い液が満たされた皿が差し出される。
 それに、精神が強張るけれど、決して面に出さない程度にはなった。
 もし主人達を不快にして、またあそこにやられたら……そう思えば、どんなことでも堪えられる。
 二週間前、苛烈な調教を受け続けてから戻された身体は、二日寝込み、三日リハビリを要し。
「いいよ、お食べ」
 独特の青臭い己の精液で作成されたミルクをピチャピチャと舌先で掬い、口の中で味わい、飲み込む。
 ようやく動けるようになった身体は、意識しなくても主人の言葉に完全服従するようになっていた。
 こんな不味いモノが食べ物なんて……と思い、逆らい続けたこと今は後悔している。
 不味くてもこれはご主人様からいただいた物だから全部食べないといけない。
 与えられる痛みは、ご主人様を不快にしたせいだから、自分が悪い。
 今では完全にそう思っている。
 いただいた喜びを表すように尻を振り、一滴も残らぬように舐め付くし、主人に感謝の意を伝える。言葉は通じないから、全身でそれを伝えるのは当たり前なのだ。
「ずいぶん言うことを聞くようになった」
 その言葉にほっとする。
 だからもう、あそこにはやらないで。
 口にできない意思を込めて、主人と彼の傍らにいる従僕を見やる。そして、庭のもう一方の片隅で、綺麗な薄衣を纏った他のペット達が戯れているのを羨望のまなざしで見つめた。
 ちゃんと固有の名前で呼ばれる彼らは、ああやって薄絹が貰え、部屋も貰えているという。互いに戯れるのも自由なのだ。それに、彼らが口にしているのは、もっとおいしいおやつだと、最近知った。今、ここにあるものでなく、ちゃんとおいしい高級品のものだと。
 ちなみに、ここではあれはおやつでしか無くて、肉や野菜を加工した食事はきちんと朝晩他に出る。
 だがあの館では、駄犬の食事などこれで十分だ、と、これだけが食事だったのだ。しかもあの男は、駄犬自身のものではない精液を出してきた。
 足りないだろう、と。腹一杯になるまで飲め、と。
 無理矢理絞られる悲鳴が聞こえる傍らで、「あれの食事用だ」と駄犬を指さして、他のペットを苛めながら射精させていた。
 太い淫具で尻穴を穿たれ、激しく扱かれたペニスは赤く腫れ上がり、薄くなるまで搾り取られる痛みに狂ったように喚き、恨みのこもったまなざしを見せる彼らの視線は、それだけで駄犬の神経を焼いた。
 あそこでは、ここにいるペット達のように愉しげに笑っているモノ達はいなかった。
 睡眠時間も休憩時間も、それらは決して心身ともに休まる時間ではなかった。あの男は駄犬を食事採取に使ったペット達と一緒に置いたのだ。その結果、彼らの主人がいなくなれば、恨みは全て自身に集まった。
 一晩中、主人の目が無い時間中、ペニスを踏まれ、乳首を噛み千切らんばかりに引っ張られ、尻穴には太い棒が突っ込まれ、そのまま尻もペニスも板で叩かれ、快楽などほとんどない虐待が繰り返された。
 あそこでは、ペットとは消耗品だったから、彼らの精神状態はすでに狂っているといっても過言では無かった。
「これならは、そろそろペット舎に移せるか?」
「そうですね。でも、もう少し身体を治してからの方が良いでしょう。まだ傷が痛むようですし」
「ふむ」
 頷いた主人の手に招かれてそろそろと近づけば、ひょいっと亀頭の根元を穿つ大きなリングを掴まれて。
「ひゃあっ」
 思わず零した変な悲鳴に、主人が笑う。
「まだ痛いか」
「少し大きすぎますからね、ザクリーン卿も無茶をなさる」
「そうだな。もう少し様子を見るか」
 そのリングは直径が5cm以上あって、亀頭部より大きく重い。しかもリングの線径が3mmもあるものなのだ。これを付けられたとき、駄犬は尻を歪な淫具で穿たれ、勃起させられていた。そのせいで、出血も痛みも酷く、そのまま失神してしまったほどだ。
 この世界の薬のおかげで早々に定着はしているが、その時は死の恐怖を味わった。
「まあ、純金でできたこれは遊び賃も兼ねていますから、その辺りはザクリーン卿も心得ておられますね。よっぽど気に入ったらしい」
 ため息交じりの苦笑に主人も頷いているけれど、気に入られた本人からしてみれば、歯の根も合わぬほどの恐怖しか感じない。
 カチカチと小刻みな音に気がついたか、主人が「心配ない」と頭を撫でる。
「お前が良い子でいるならば、貸し出しすることはないよ」
「そうですよ。きちんと躾を受けて旦那様に相応しいペットになれば、ずっとここで暮らせます。あの方の館のように、毎日傷が残るほどに鞭打たれることも、あらゆる装飾品で体中を飾れられることもありません。それに、ここのペット達は皆良い子ですからね、発情しても無理矢理犯すことも、腫れ上がるまで苛めるなんてことはしませんよ」
 その言葉は、あの館での恐怖を脳裏に呼び起こし、それから逃れる術を教えてくれていた。
 震える耳に、明らかな嬌声が届く。
 ちらり見やれば、ペット達が愉しげに睦み合っていた。嬉し鳴いて、尻をふりたくり、もっとと喚いている。
 言語の違う国の人達のようで言っている言葉は分からないけれど、それでも彼らがとても悦んで、愉しんでいるのは判る。庭に出されるようになって初めて出逢った彼らは、たいそう享楽的だ。今を愉しみ、その喜びをくれる主人に疑問も持たず絶対服従していた。
 それがたいそう羨ましくて、視線が知らず彼らを追う。
 その時、不意に主人が駄犬の顎を掴んで視線を合わせてきた。
「良い子になるかい?」
 そんな主人の言葉に、どうして否などと答えられるだろう。
 逆らう気など全くないままに、彼の顔を見上げてこくり頷いて、全てを投げ出して忠誠を誓うように、地面に仰向けに寝っ転がって腹を見せた。
 折り曲げ拡げた四肢の間で、増えたピアスがついた乳首も、リングがついたペニスも、まだ腫れている尻穴も、全て丸見えだ。それらを見せて、縋るように主人を見やる。
 別にそうしろと言われていた訳では無い。けれど、本能のようにその体勢を取っていた。
「そう……良い子だね」
 けれど、間違ってはいなかったようで、主人も従僕もたいそう満足げだ。
 それに。
「良い子には、名前をつけてあげるよ。シュン、これからはそう呼ぼう」
「シュン、ですね」
 従僕が確認のように繰り返すの言葉が鼓膜を震わせた。
「おや、どうした?」
 主人の手が、シュンの頬に触れて、その指に移る滴に、自分が泣いていることに初めて気付く。
「ひゃぇ……」
 だって……。
 震える声で呟いた言葉の続きは、嗚咽で言葉にすることはできなかった。
 だって、名前をつけてもらえるなんて……。
 ここに来てから初めて呼ばれた名は、本当の名前とも似ていて、すとんと心の中に馴染んだ。
「良かった、気に入ってくれたようだね」
「く──んぅ」
 身体を起こし、主人の股間に頭を突っ込んで、甘えるように縋り付いた。
 言葉の通じぬ彼に遅れる感謝の印でしかない行為もまた、気に入ってもらえたようで優しげに髪の毛を掻き回される。
 それがとっても、嬉しくて、新たな涙は留まること無く溢れていた。


【了】