人もどき

人もどき

「おいで、そこは寒いだろう」
 呼びかけた声音は優しく穏やかなものだ。
 高位の官位服を着込んだ身なりは良く、その手首の細かな細工が施された銀の腕輪は、彼の裕福さを伝えた。
 このカヨウ国で若くして筆頭宰相の任を負う彼は、いつでも穏やかで、どんな苦行があっても荒ぶることは無いと言われている。苛烈なカヨウ国の王も、戒め役としての任を果たす宰相の言葉には耳を傾けるし、その天賦の才とも言うべき政治手腕は隣国にも響いている。
 そんな彼の指先が向けられているのは茂った雑木の影で、芽吹き始めたばかりの若葉の隙間にのぞく色が、びくりと震え梢を揺らし、冬の間に落ちなかった小さな枯れ葉のくずを散らせた。
「おいで、出ておいで」
 腰をかがめのぞき込んで優しく誘うその様子は、警戒した子猫にかまっているように周りには見えるだろう。
 実際、彼が呼び出そうとしているのは、猫ではないが、最近飼い始めたお気に入りの愛玩動物だった。
 彼は微笑んでいた。
 ようやく見つけた、と安堵の表情を浮かべていた。
 優秀な部下に頼めばその居所はすぐに知れたのだが。
 それ以上逃げないように見はらせて、抜けることなど許されない仕事を終わらせてからやって来てみれば、それはひどく怯えて出てきていない。
 背後に控える部下の話では、部下の姿を見たとたん、鳴きながら潜り込んでしまい、無理に引きずり出せば傷つけてしまいそうでためらったのだという。
 さもありなん、との苦笑は、仏頂面をしている強面にむけられた。
 優秀な部下の主たる役目は宰相の警護で、その立派な体格の威圧感は並の人でも強く感じる。
 まして、小さな動物にしてみればかなりの威圧感だろう。
 引きずり出して傷つけてはたまらないと思った、と伝えられては、頷かざるを得ない。
「それにしても、もう日が沈むのにね。寒いと思うんだけど」
 ガクガクと震える姿が見えないわけではない。
 けれど、宰相自身が来れば出てくると思った、という部下の言葉に反して、それでも出てこない。何かわけがあるのだろうか? と首をかしげる宰相に、部下は小さく咳払いをする。
「それは、宰相閣下に叱られると思っているからでは?」
「ん?」
 その言葉に曲げていた腰を伸ばした彼の目の前に差し出されたのは、薄汚れた空色の衣だ。
 それは見間違いようもなく、彼の気に入りの衣であった。
「破れているね」
「はい、私から逃げるときに梢にひっかかって」
「そう」
 広げてみれば、引き裂かれて、泥のようなものが付着している。繊細な織物であるこれが、こんなに汚れてしまえばもうとれない。
「困ったことだねぇ」
 ちらりと潜り込んで怯えるそれに視線をやれば、びくりとさらに大きく震えて、ガクガクと痙攣したかのように震えだした。
 賢いから、自分が何をしたか判っているのだ。
「ああ、大丈夫だよ、ねっ。だから出ておいで。いつまでもそんなところにいたら、凍えてしまう」
 この季節、夜はまだ冷える。
 氷点下まではいかないだろうが、それでも肌を晒していれば動けなくなり、死んでしまう。
 この動物は、ヒトと同じく保温効果のある毛皮というものをもっていないのだ。
 いつもは薄桃色の剥き出しの肌は、今は産毛を総毛立たせ、薄暗い中に青白くさえ見えた。
「しょうがないね。おとなしく出てくるのを待っていたら、ほんとうに凍え死んでしまうだろうから」
 穏やかな物言いだが、ぎくりと強ばったそれから掠れた悲鳴のような吐息が重なる。
「引っ張りだそうよ」
 向けた先は部下。とたんに、ざわ、ガサッと雑木が大きく揺れた。けれど、肌色の塊が動くより先に、部下の手が動く。
 逞しい腕が、尖った小枝をものともせずに入り込み、握られたそれが引き出されて。
「いぃぃぃっ!」
 震える鳴き声が響き、暴れる四肢が枝葉を揺らし、芽吹いたばかりの緑の葉が千切れ舞い上がった。
「いぃっ、ぃぃっ、ひぃぅっ」
 引きつけを起こしたようにガチガチと歯を鳴らし、細い指が強ばったままに部下の腕に絡みつく。
「大丈夫、そんなに怖がらなくても……。ああ、首輪が」
 それの身体を飾る縄が雑木の枝にひっかかり、絡まっていた。無理に引っ張ったせいで縄が絞まり、つながる首輪がひっぱられて、呼吸が苦しくなったようだ。
 縄を緩め、ぜいぜいと喘ぐそれをのぞき込み、その青白くなった肌に触れる。
「ああ、冷たい」
 いつも手のひらにしっとりと馴染む肌は、今は冷え切って冷たい。数時間外にいたせいで、肌も荒れてしまっていた。
 宰相は小さく首をかしげ、部下に「帰ろう」と指示を出す。
「かしこまりました」
「ひっ、い、いあ……あっ、あえうっ、ああ」
 腕に抱え上げられ、高い位置に怯えて。いつもは可愛く聞き心地の良い鳴き声も、怯え震えていて悲しくなる。
「良い仔にしてなさい。落ちてしまうから」
 乱れた髪の毛をなでつけるながら、その凍えて赤くなった耳朶にゆっくりと吹き込むと、ぽろりと一粒の滴を流した瞳が激しく揺れる。
「怖かったね、泣かないでね」
 逃げたことを怒るよりも、そのかわいらしさに絆される。
 泣く仔には勝てぬ、と彼は帰り道の間ずっと優しくあやし続けた。

 屋敷に戻り、暖かな部屋に移動する。
 お風呂に浸けて温まった身体は、たいそう気持ち良さそうだ。
「んー、やっぱりそろそろ名前が無いと不便だな」
 ぴったりの名前が思いつかないと——手に入れてからずっと考えていてもまだ決まらないそれに、苦笑する。
 敏腕宰相ともあろうお方が——と部下には笑われているが、やはり、決まらないものは決まらない。
 自分の子に名前をつけるのは難しい、と知り合いが零していたが、それは身をもって経験してみるまでは判らなかったことだ。
 これは、二週間ほど前に近くの草原に遠乗りに行った時に見つけたのだが、一目でその愛らしさに囚われた。
 身体の一部にしか毛はない、二足歩行をする彼ら人と見まがうほどの生き物。
 だが言葉を喋らず、何より、その体格は160から170程度。200でも低いと言われるヒトにしてみれば、子供ほどしかない。さらにヒト族の特徴である二股に分かれた長い尾がないし、翼も持っていない。
『文献にあります、人もどき、と思われます』
と、考古学者の一人が言っていた。
 学者曰く、これは他の世界の生き物で、次元の狭間から墜ちてこちらの世界に来ることがたまに文献に記録されているとのことだ。向こうでは愛玩動物らしく、このサイズで十分大人だという。
『推定ですが、体格とバランスからして20才前後と思われます』
 粗末な衣をまとい道具を使う習性はあるが、それだけだ。
 翼がないから浮き上がることはできないし、しっぽがないから1対の手だけでしか道具を使うことができない。
 ヒトとしては不完全なものであったが、動物としてみれば、その金の髪に縁取られたかわいらしい顔立ちと、きめ細かな肌に鳴き声があれば十分だ。
 学者は、ぜひ研究素材にしたいと言っていたが、切り刻んで解剖されるのがかわいそうで、宰相は己の特権でそれを取り込んだ。
 そして、学者にそれに関する資料を出させて、どうやったらうまく飼えるかまで勉強したのだった。


 普通の大学生だったシュリが、こちらの世界に来た原因は本人にもまったく判らなかった
 それこそ、道ばたを歩いていたらいきなり閃光に包まれて、気がついたら草むらの中で倒れていたのだから。
 夏も暑い盛りで着古されたタンクトップにサーフパンツだったのだが、ひやりと冷え込む空気に身震いして。
 うなりながら訳も分からずに起き上がって最初に目に入ったのは、やたらに長身で、その背にある漆黒の骨組にビロードのような黒い皮膜を張った羽根だった。さらに一回り以上大きな体格の背後から伸びる黒い二本の尾。
「ア、クマ……」
 口元から牙を覗かせ、深紅の瞳で見下ろす男達はその姿だけで激しい恐怖に襲われた。
 それが、この世界に来たときの記憶だ。
 それ以外何も判らない。
 逃げようとしても強ばった身体はまともに動けぬうちに捕まって、音がものすごい早さで鼓膜を震わせた。
 甲高い音が言葉なのだとは判る。
 その意味もなんとなくだが判る。だから、害を与えようとしていないのは判ったけれど。
 だが、シュリが話しかけても無視される。正確には、シュリ自身、きちんと言葉が出ないのだ。
 名前は? と聞かれて。
「イゥイ(シュリ)」
 と答えてしまい、呆然と自分の口に手をやった。
 慌てて言葉を紡ぐけれど。
「いあ゛う(違う)」
 濁った音はでるのに。
 言いたい言葉が頭にない訳ではないのに。
「いあっ、あうええ(いやっ、助けて)」
 おかしな言葉しか出ない口に、頭の中が真っ白になる。
 結局、ただ条件反射のように鳴いているだけだ、とか言われて、言葉が話せないことになってしまった。
 話しかけられた言葉は理解できるから。
 二足歩行ができて、手を使うから。
 見た目から学者然とした男達の前に連れて行かれ、人もどきだと言われて。
 もどきでなくて、人そのものだ、と伝えたくても言葉にならない。
 何より、どんなに話そうとしても、言葉にならないのが問題だった。
 結局、愛玩動物にと、最初に出会ったこの男に飼われることになってしまったときの屈辱は、忘れられない。
 けれど。
 それが、些細なことだったのだと知ったのは、その日の夜のことだった。
 それ以来ずっと逃げる機会を窺って、ようやく今日、鎖を外してこの広大な屋敷を抜け出せたのに。
 追いかけられて、かろうじて羽織っていた服まで剥がされても逃げ込んだ場所で、身動きがとれなくなったのだ。
 寒くて震えて、恐怖に怯えて。
 飼い主の男は優しい物言いをするけれど。
 けれど、勘違いされている今、あの男ほど恐ろしいものはいない。
 部下だという男はもっと恐ろしい。彼らは見た目と違って決して乱暴ではないが、その存在そのものが恐怖の対象である今、シュリは縮こまり、今日もやってくる恐怖の時間にはかなく怯えるしかなかった。


 一体学者はどんな研究をしたのか。その知識は、シュリ当人からしてみれば、間違いだらけだった。
「さあ、身体を飾ってあげるからね」
「いああ゛(イヤだ)」
 慌てて首を振るけれど。
 そんなジェスチャーが理解してもらえない。
 見つけられた時に着ていた服は汚れて破れているからと捨てられていて。代わりに与えられたのは、身体を隠すことのないたくさんの飾りだった。
 勘違いも甚だしいそれに、逃げようと暴れる身体は、難なく押さえつけられる。
「あぃっ、ぃぁぁぁっ」
 身体を這う深紅に染められた荒縄が、素肌に食い込んだ。
「いい゛っ(ひぎっ)」
 表面は処理されてはいるが、それでも飛び出た固い繊維がチクチクと肌を苛み、擦れた部分が赤くなる。
 乳首に食い込むリングを通り、押しつぶされて出した悲鳴を、歓喜の声だと勘違いされて。
「良い仔だ」
 と頭を撫でられても、ひりひりとした痛みと芯に生まれるかすかな熱にいやだと首を振る。
 くっくっと小刻みにゆすられ、何度も締め付けられ、胴体に食い込む編み目に息を吐き出し、剥き出しの股間への刺激に奥歯をかみしめた。
 二人が施すのは、荒縄を使った亀甲縛りで、彼らはそれが専用の飾りなのだと信じているのだ。
 乳首には、最初にピアスが取り付けられていた。そこにぶら下がるドッグタグに、所有者の名が刻まれている。これも識別のために必要なのだと信じられていて。
 ペニスはいつでも縛られていて、勃起すれば歪なハムのようになる。
「よし、うまくできたな」
 満足げに頷く二人に、浮かぶのは絶望の涙ばかりだ。
 けれど、これで終わりではない。
 毎日毎日、もう逃げる気力も判らないほどに施された行為でも、それでも思わず後ずさる。
「ああっ、ああ゛……あええ(やあっ、やだ……やめて)」
 けれど、それが善意だと、シュリが喜んでいると思い込んでいる彼らの手つきは容赦が無い。
 力強い部下の男が、シュリを抱え上げ、その身体をベッドに俯せに縫い付ける。
 腰を上げさせられ、たらりと剥き出しの尻タブに流れるのは、粘性の高い液体で。
「可愛いね、もうおなかがすいて堪らないんだろう? 今日はお昼も食べていないんだろう? ずっと外で遊んでいたからね」
「いあっ——っ、ああっ」
 ずぷりと入り込む熱塊が何かなど——、弾ける頭でも認識する。
 体格に見合ったそれは、シュリの小さなアナルの壁を薄く強く引き延ばして。
 引き裂けそうな痛みに、声にならない悲鳴が上がる。
 息を吐き出し、大きく開いた口にも、ずぷりと入り込むそれは、限界まで開いてもまだ苦しい。
「んえ゛っ、あ゛っ」
 長くて太い。
 人のものとは思えぬほど長大でグロテスクなペニスが口内を征服し、屈服させるのだ。
 前と後ろで貫かれる行為は、あれから毎夜行われていて。
「さあ、あげるからね」
 優しい物言いこそが恐ろしいのだと——認識する間もなくて。
「——っ!!」
 悲鳴も出せず、激しく揺さぶられる身体は為す術もない。
 ぶらぶらと股間で揺れるペニスは、前立腺を圧迫されてたらたらと快楽の粘液を流しているけれど、痛みと苦しさに混じった快楽に頭は沸騰し、訳が分からない。
 ジュプッ、ジュポッと交互に聞こえる音が虚ろな頭に響く。
 腹を突き破るほど強くうがたれ、喉の奥をつぶさんばかりに突かれ。永遠の地獄のように、苦痛と快楽の狭間を行き来させられる。
「さあ、出るよ。大好物の美味しい精液をたっぷり上げるからね」
 その間違った認識を是正する気力はもう潰えた。
「う゛っ、っ——えあっ」
 喉の奥を焼くほどの熱い精液の濁流と腹の奥に広がる粘液の奔流に、眼をいっぱいに開いて悲鳴を上げる。
 彼らが人で はないのだと——そう認識するのは、何よりもこの瞬間だ。
 人ではあり得ぬほどに熱く多量の精液は、シュリの腹を満たす。
 喉の奥を刺激するそれを条件反射でゴクゴクと飲み込めば、ひくひくと痙攣する足の間を、溢れたそれが流れ落ちる。
 しかも。
「美味しいかい? まだあるからね」
 にっこりと微笑む二人のペニスは、いまだ萎えていなくて。
 彼らは、これを最低3−4回は繰り返すのが普通なのだ。
 シュリの腹が膨れてしまうほどに与えても、さらに。
 この世界の住人は、性行為は食事ほどに普通に行われていて。だからといって、その白濁が彼らの食べ物であるはずもない。実際、昼に与えられるのは普通の食事なのだ。なのに、彼らはその精液をシュリに施すのにためらわない。
 性別の違いも種族の違いも禁忌などなくて、それが普通だった。
「ああ……」
 絶望の声音と、蒼白な顔色のシュリに。
「美味しくて陶然としてるようだね。泣いて喜ばれると張り合いがあるね、ますますがんばってしまうよ、本当に……。 この中はとてもイイから……がんばってしまう」
 どうしてそんな解釈になるのかという疑問すらもう浮かばない。
 それよりも。
「ああ、なんてイイ身体だ……。堪らないっ、うっ」
 陶然とした彼らの目的が、変わっていく。
 逃げる術もないシュリは、快感をむさぼり始めた男達に思う様に内部を抉られ始めた。
 本能に逆らわない彼らの性欲は貪欲で、激流のごとく激しく、その奔流は彼らが満足するまで止められない。
「ぶうぅゆ、ガアっ! んんんっ」
 ただ与えられるままに揺さぶられ、注がれるままに受け入れるしか無かった。



 シュリの部屋から少し離れたところにある宰相の部屋で、書籍が一冊開き放しになっていた。
 頁は何カ所も破れ傷み具合は激しいが、それでも十分読めるものだったし、図はまだまだはっきりとしていた。また頁の合間には学者達が解読した内容を記した紙が挟んであった。
 その資料は、昔この世界に落ちてきた本で、ある考古学者が途中まで解読したものだったのだ。それは、今現在、人もどきの扱い方に関する唯一のものとされている。
 その書籍には帯のように別の紙が巻いてあって、大きな模様の横に読めない小さな文字が並んでいて。


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 数百ページにわたるその本は、イラストの解説と、小説の後半部のみが訳されていた。


【了】