悪魔が愛したお人形

悪魔が愛したお人形

 他人が持たない特殊な道具は必要ありませんか?
 私どもは、お客様のどんなご用命をも承り、ご希望の品をお届けすることができます。
 例えば、先日承ったご依頼は、延命長寿のお薬が欲しいとか。
 お薬と言えば苦いものと相場が決まっておりますが、それでは飲んでいて愉しいものではありません。
 そのため、私どもは、日頃のデザートにご利用できる材料にその効果をもたらすことにいたしました。
 お渡しした道具で製造された蜜、砂糖粒、生クリームは、それだけでも延命の効果がありますが、三つをまとめて食せば、その効果は倍増いたします。
 また、ただ製造するだけの機械でも、お客様が愉しんでご使用いただけるようにしておりますし、また少々無茶をしても簡単には壊れません。
 それに製造に当たっては、材料と水、燃料が必要なだけなのです。
 もちろん、特殊な道具故に少々お値段は張りますけれど。
 決してご損はさせないと自負しております。





 品の良い調度品が並んでいる部屋だった。
 裕福さを感じられる広い部屋ではあるけれど、磨き込まれた黒檀の家具に、華美すぎない飾りはよく似合っていた。
 けれど。
「あっ、やぁ、ふぁあ、そ、んなぁ、奥ぅまでぇっ」
 そんな部屋に、今は聞くモノに欲情を沸き立たせるような淫靡な喘ぎ声が、ずっと響いていた。
「う、くぅっ、ひぃぃっ、ぁ、そ、ひょ、なぁっ、ああぁぁっ」
 グジュッ、ブジュッ、ジュクッ、グジュッ、ブジュッ……。
 部屋に似合わぬ粘液が泡立つ音がひっきりなしに響く。
 その音に合わせて、大きな尻がヘコヘコへと前後に動いて、脂肪のたまった尻たぶがブルブルと震えていた。
 そこにいたのは、健康より美食を好んだ巨体を持つ壮年の男だった。
 たるんだ締まりの無い顔が、こみ上げる欲情に紅潮し、時折、感極まったような咆哮を上げる。
 そのたびに、巨体に隠れたところから、甘く蕩けた嬌声がわき上がり。
「あひぃっ、やあっ、まひゃぁ、いふゃぃぃっ、あぅっんんんっ」
 男の身体を挟むよう伸びた白い棒状のモノが、びくりと大きく震えて、ガクガクと痙攣していた。
 男の、脂肪に弛んだ肉が動きの度にぶよぶよと揺れる中、愉悦に浸った声音が腕の中のそれをイヤらしく包みこむ。
「あぁ、そんなに良いのかい……、そんなに締め付けないでおくれよぉ、ああ、まだ足りないんだねえ…。なんて貪欲なんだ……」
 ねっとりとした言葉が向けられたのは、男の幅の半分もない華奢な体つきをした青年型菓子材料製造機兼性処理人形だった。
 青年型と名付けられたとおり見た目は人の姿をしているけれど、台座に固定されていて動くことはない。
 人と同じように性的興奮に浸り、喘ぎ、感じまくるけれど、それ以外は欲しない。
 男が、ある特殊な伝手で手に入れたこれは、人の形はしているけれど人ではないのだ。
 すらりとした足は大きく割広げられ、高く掲げた状態で固定されてはいるけれど、それは大腿から膝までしか無い。歩く必要がないからで、元からそこには何もなかったかのように途切れ、その代わりにその先端部から伸びた鎖が両脇の柱に伸びて、それの位置を固定していた。
 正面に向けられた一見慎ましやかに見える股間の奥の穴は排泄口ではない。
 ねっとりとひくつき誘う穴は、この人形を動かすための栄養補給口で、燃料は人の精液だった。
 肩から先に伸びたのは腕ではなくて、一対の触手状の蔓で、先端に指はなく、先の鎖を固定している柱にそれぞれがきつく絡みついて、その身体を固定していた。
「やぁ、あんっ、んっ、おにゃか、ん、あ、あっ」
 上の材料補給口からたっぷりと送り込まれていた栄養剤入りの液体で腹は膨らんでいても、燃料は別物で消費が早いから補給は常に行わなければならない。
「ああ、もっと欲しいのかい? いいよ、あげるよ、もっとね」
「ああっ、あひぃ、いっ、や、あん、んっ!!!」
 ぐいっとさらに体重をかけられたら華奢な身体は、巨体に埋もれてしまっているけれど。 
 淫靡な嬌声は止まらない。
「うん、良い声だ。もっともっと、聞かせておくれ」
 男の長い舌がベロリとその声を上げた唇を舐め上げれば、それが愉悦に閉じられていた瞳があいたとたんに、それが小さく首を横に振った。
「い、やぁ、ぁ、あひぃ、き、い、」
 零れる声音は歓喜のそれなのに、その瞳が悲しげに揺れていることに男は気付かない。
 まるで夢から現実に醒めてしまったかのように、嫌々と押しつぶされた身体を縮混ませるけれど。
 性欲を煽るために作り上げられた身体は男を性欲の虜にして、それが拒絶の言葉を呟いても聞こえてはいないようだ。
 ただ、この妙なる身体を堪能せんと、欲望のままに腰を振りたくり、鼻も目も、滴るほどの涎をなすりつけるようにベロベロと舌を這わせていた。
「う、んっ、くっ」
 可愛らしい唇を貪るように吸えば、奪われた呼吸に眉根を寄せて厭がったけれど。
 これは精液がないと仕事ができない代物だから、ただひたすら犯せばよい、のだと。
 説明されたとおり、男の性器をうまそうにしゃぶる穴を堪能する。
 入り口はきつく絞り上げてくれるのに、中はざわざわと小刻みに蠕動を繰り返し、熱く柔らかに性器を包み込んで。
 けれど、決して緩くは無く、ギュッギュッと奥の奥まで絞り上げる。
 もう何度搾り取られただろう。
 零れないようにとたっぷりと奥深くに施しているけれど、激しい抽挿のたびに滲み出る泡だった白濁は、台座から垂れて床まで汚していた。
「あ、あぁ……気持ちいいし……それに、うん、美味しいねぇ、君の身体はどこもかしこも甘くて……最高だよ」
「あぁ、そん、なぁ、あひ、ま、ひゃあ、お、おくぅ、いっぱぁぁ、アヒィィ」
 ビクンっと、激しく痙攣し硬直したそれを抱きしめて、男はその耳朶へと舌を動かし、溢れ流れる汗を舐める。
 腕の中のそれが、堪えきれない嬌声をあげる度に、肌から甘い芳香を沸き立たせ、水蜜桃の蜜よりも甘い汗を噴き出した。
「ここも、ああ、なんて美味しそうに熟れて……食べて良いかい?」
「ひゃぁ、ああ、やめっ」
 視線を落とした先にある一対の熟した小さな実を指で摘まめば、ガクガクと激しく震えて。
「か、かじらないで……ください、お願い、しま、す」
 ボロボロと涙を流して懇願する。
 最初の時についつい強くかじってしまったせいか、触れるとひどくいやがるけれど。
 コリコリっと指先で摘まめば、程よい硬さについつい力が入って。
「や、あぁ、ん、ん!!」
 ぎゅっと摘まんだとたんに、それだけで絶頂を迎えて、眦から幾滴も雫を溢れさせた。
 その滴が男の腹にまで落ちたとたんに、白く固形化して。
「おいし、今度はほんのりレモン味だね」
 それを口にした男がにこりと満足げに微笑み、落ちる前の涙をペロペロと舐めとった。
 脇に落ちた雫は、台座から伸びた吸引機で吸われ、流れるほどに出る背中から汗もまた、汚れる前にどんどん回収されていく。
「ひ、あ、も、またぁ、あっ、イクぅっ」
 一際甲高い声に、男が嬉々として腰を打ちつける。
 ズッポリと根元まで入り込んだ男自慢の逸物が、彼の奥深くを抉り。
「ア、ヒイィィィィ!」
 弛んだ腹に押しつぶされた彼のモノから、白くねっとりとした塊がドロドロと溢れ出した。
「ア、ア、ア、アぁ、」
 その鈴口には口が丸く開くほどに太い透明なチューブが刺さっていて、その中を精液に似た、けれど、非なるものが吸い取られていく。
 それは、随分と長く流れていて。
「ヒャヒッ、ひぃぃ、いぃ、っ……」
 その間、彼はイキッ放しで焦点の合わない瞳で、淫靡に悶え続けていた。


 しばらくしてようやく放出が止まり、瓶に回収できた多量のクリームを容器ごと取り上げて。
 中に溜まったクリームを指で掬い、ペロリと舐める。
「うん、上出来。コクがあって、けれど上品な甘みもあって……ああ、もったいない」
 賛辞など耳に入っていなさそうなそれに気づき、同時にチューブが刺さっている隙間からクリームが滲み落ちていること気がついて。
 男はそのまま跪き、未だに滲み出る場所をパクリと咥えた。
「や、あぁぁん!」
 ちゅうっと吸い出せば、放心状態でも甘い嬌声をあげるそれを、宥めるように手を這わせる。
「美味しいね。取れたては美味だというが、本当だ。さっそく今絞ったのを飲んでこようかねぇ、その間私は休憩だよ。けれど、これだけではまだ足りないから……」
 男のその言葉が合図だったかのように、たくましい体格の全裸の男が部屋に入ってきた。
 その気配に、意識が戻ってきたのか彼の瞳の焦点が合い。
「ひっ!」
 その股間のいきり立った立派な陰茎を見て取って悲鳴をあげる。
「お前の腹を満足させる量は私にはないからね。そのために雇った男だ。特に太くて、長くて。ああ、持久力があるのを選んだから、とっても喜んでもらえるとおもってね」
「い、いやぁ、そ、そんなの、入らな、い」
 迫る凶器に、彼は厭々と唯一自由になる首を振ったけれど。
「あ、は、あっ、を、そこぉっ、……っ、ひぃぃ、お、きっ、あぁん、ン、ン、ン、あああああっっっっっっ!!!」
 遠慮呵責無く押し入ったそれに、ビクビク痙攣しながら上げた声は、明らかに感じまくっているものだ。
「じゃあしっかり搾っておくれ」
 男は先ほど自ら搾り取ったクリームを大事に抱えて、嬉々として部屋から出て行く。
 背後で響く悲鳴よりも、今はこれをゆっくり味わいたい。
 長寿延命に効果があるこれを新鮮なうちに味わいたいのだ。
 男はようやく手に入れた製造機がもたらす極上の味に、すっかり虜になっていた。




 下町のその日暮らしの青年がある日忽然と姿を消して。
 悪魔の城の一室で、その魂を受け入れた彼と瓜二つの人形が、絶え間ない快感に襲われ身悶え続けているなどと、人の世の誰も知らないだろう。
 土塊から創られた身体は、熱を持たず、飲食も必要ないから排泄もしない。
 ただ艶めかしく身悶え、堪えきれない情欲に顔を歪め、腰を振りたくり、ヒィヒィと鳴き喚くだけのモノ。
 土塊の身体からは、涙も汗も、体液一つ流さない。
「あ、あああ、っ、イクゥっ、ぅ、やぁ、あん、セーエキィ、あひぃ!!」
 もうずっと、出せない精液のために、己の陰茎を擦りたてて、カクカクと腰を打ちつけ続けているけれど。
 出せないままに、乾いた絶頂に襲いまくられる。
 土塊人形といえど、感覚はある。
 特に触感は人より鋭く、陰茎に触れただけでも快感に襲われるほどに敏感だ。
 それに加えて、この魂は元の身体が味わっている刺激もまた、今のこの身体で味わっているものとして認識していた。
 改造されて菓子材料製造機となった己の身体に与えられる快感にヒイヒイと喘ぎ、出せないと判っていても、手淫に耽ってしまう。
 けれど、ただ一つ。
 馴染みのある射精の快感だけは、完全に遮断されて伝わってこなかった。
『この身体で、射精できたら解放してやろう』
 彼を捕らえて支配下においた悪魔の言葉は絶対だ。
 土塊には有り得ない機能を解放条件にされて絶望の色を浮かべる青年を愛おしげに見つめた悪魔は、青年に一縷の望みとなる言葉を紡いだ。
『元の身体が一万回射精をしたら、この身体は涙を流す。さらに一万回したら汗を流す。次の一万回で雌穴のように濡れて、次の一万回で、射精できるようになる』
 永遠に近い時を生きる悪魔の言葉は途方もない。
 元の身体を犯され続けて、喘ぎ、ヒクヒクと震える身体を抱きしめて、その髪を手で梳きながら口づける悪魔の声音は優しいけれど。
『たくさん射精できるように、あの身体も感じやすく作り替えてやったよ。そして、ずっと射精をし続けて……いつかこの身体が射精できるようになったときに、その間おまえが味わえなかった射精の快感もすべて返してあげよう』
「い、あぁぁ、まひゃぁ、あ、あ、イクウっ、ぅ、ゥッ、クッ!」
『4万回分の射精の快感に、人の魂は保たないというけれど……』
 ガクガクと小刻みにふるえる腰を抱え上げながら、その肌に唇で触れて。
『私の力を分け与えて保つようにしてあげるよ。もっとも……早くしないと私の力に染まって悪魔としてしか生きられなくなるけどね』
「ひ、やっ、あっ、触らない、でぇぇ、あぁっ」
 ぷくりと膨れ上がった乳首を爪先で転がすと、可愛く啼く姿に。
『そうなったら、もっと愛してあげよう、今よりもっと……私がいないと生きられなくなって、私を浅ましく求めるおまえは……きっと、もっと愛らしい』
と、悪魔は己の性器でその身体を貫いた。
「ヒギャアアアっ!!!!」
 人の腕もあるようなそれに、青年は目を見開き、与えられた張り裂けんばかりの激痛に硬直する。
 その身体を抱きしめ、首筋に顔を埋めて、伝わる魂の叫びを深く味わう。
『ああ、なんて良い身体だ』
 元の身体で快感を。
 今の身体で痛みを。
 同時に味わう魂は、その相反する感覚に引き裂かれ、ぐちゃぐちゃにとろけて混じり合いながら、複雑な音色を奏でていた。
『この私が一目で気に入っただけのことはある。本当に、なんて素晴らしい魂の囀りなんだ……』
 人の沸き立つ感情に魂が震えて放つ波動こそが、悪魔の美酒にも悪酒にもなるのだけど、この新たな人形は極上の美酒を。しかも、その時々で微妙に違う味と芳香を与えてくれるのだ。
 しかも、外観もたいそう好みで。
 その声もまた、極上の美酒よりも深く心地よい酩酊をもたらすものだから。
 悪魔はいつも彼を連れまわり、彼の魂の叫びを逃さずに味わい、いつでもどこでも彼を抱いた。
 悪魔に囚われた魂が解放されるのは、悪魔が出した条件以外にもう一つ、別の魂が代わりになったときだけだ。けれど、その変わりの魂となりうるのは、この魂が捕らえられた原因となったものの魂だけ、すなわち、あの道具の依頼主の直系の血筋のモノだけで。
 少なくとも、あの依頼主の血筋には、不健康で醜い魂ばかりだから、悪魔の好みにはまったく外れていて触手など動こうはずも無い。
 いつかいずれ見目良いモノが生まれたとしても、その時には血は薄まってしまい、代用品にはならなく可能性が高い。
「ひっ、いっ、やあ、さあふぇるぅぅっ、おっきっ……ああんっ、おひゅぅぅ、いっゎぱあぁぁ……いっちゃうぅぅぅっ、こわれりゅぅぅぅっ」
『悪魔の身体になって、射精できるようになったら、この身体をメスにしてあげるからね。そうしたら私の子を産んでおくれ』
 平たい腹を撫でながら、深い口づけとともに言葉を落とし。
 震え、快楽に溺れた身体がつたなく舌を絡めてくるのを味わいながら、その時を待つのも愉しいと、悪魔は嬉しげに笑っていた。


【了】