キャルスからの贈り物

キャルスからの贈り物

 カベイロスに戻り帰還の挨拶に執務室に寄って、ボブに土産の品を差し出した。
「ありがとっ! 愛してるよぉっ」
「おいっ」
 皆がいる部屋でボブがぎゅうっと抱擁してくる。
「離れろ、暑苦しい」
「ええーっ、感謝の印なのにぃ」
 ふざけた態度に、拳を握りしめる。
 我が弟ながら、このふざけた態度はどうしてくれよう。
「それ以上するなら返して貰おう」
 ムッと怒りを露わにして手を差しのばせば、さすがにボブもずりずりと後ずさる。
「あはは、いや、ほんと助かった。ありがとな」
 礼を言われても、あまり感謝の意が感じられないのがボブらしい。それでも彼がずいぶんと嬉しそうなので、ビルの口元にも知らず笑みが浮かんだ。
 なんだか不思議だ。
 あんなに恋人を思って楽しそうなボブを見ても辛くない。
 さっそくボブから手渡されて、真っ赤になっているキイチを見ていると、良かったと心から思える。
 それもこれも、キャルスのお陰だ。
「ビル、今日はゆっくりと休むと良い。明日から早速任務なんだよ。頼むな」
「了解」
 手渡された指令書に目を通す。
 作業自体はそれほど複雑ではないが、人手とそれに伴う指揮者が必要な仕事だ。
 人の配置に手間がかかるその作業内容を指で追っていると、視線を感じた。顔を上げると、グリームベルと目が合う。
「何か?」
「少し痩せたようで心配したが、前より明るくなったな。いい出会いでもあったのか?」
「え?」
 思わず言葉を失ったビルに、グリームベルがさらにたたみかけて。
「まあ、隊員達の中にはまだ独り身の者も多いし、あまり刺激しないようにな」
 つんとつつかれた襟足を、はっと手で覆う。
 かあっと真っ赤になり視線が泳ぐ。
「隠さなくても良いだろう? ずいぶんと色っぽくなってきたし。明るくもなっているし」
「それって……ビルに誰かできたってことか?」
 グリームベルの指摘にビルが何かを言う間もなく反応したのはボブだった。
「そうだろ? じゃなきゃ、誰がこんなところに印をつけるんだい? ずいぶんと情熱的な相手なんだろうねえ。疲れているのはそのせいじゃないのかい?」
「うそ……お前に? 誰だよ、相手はっ」
 なぜが怒りを露わにするボブを、グリームベルがおもしろそうに見やる。
「ボブに相手がいるのだから、ビルにも相手がいて当然だろう?」
「そりゃ……。で、どこのどいつだよっ、ビルをこました奴はっ」
「止めろ……」
 よりによって、『こました』とは何だ……。
 こめかみを押さえて、ボブを制止する。
 途端に、ボブが叫んだ。
「嫌だっ」
「え……」
「嫌だっ」
「ボブ?」
 まるで幼子のような駄々の捏ね方に、皆一斉に押し黙る。
 胸元を掴まれ、顔を近づけて睨み付けるボブを、ビルは呆然と見つめた。
「パラス・アテナで出会ったって事は、お前まさか、あっちに行くんじゃないんだろうなっ」
「はあ?」
「俺とビルは対だ。だから、離れるなんて許さない」
「……ボブ?」
 何を言って……。
「お前と離れるのは嫌だ。だから、絶対に転属願いなんか出すなっ」
 触れた場所から、ボブの壮絶なまでの喪失感を感じる。 
 それはついぞ感じたことのないボブの負の感情だった。そして、それと同じ感情が、ついこの前までビルの胸の内にもあった。
 キャルスによって消すことのできた負の感情。
 それをボブが初めてぶつけてきた。
 まるで子供のように、寂しいと全身で訴えるボブに、ビルは呆然とし——そして、ほおっと息を吐いた。
「どこにも行かない。私は、リオのチームが気に入っているからな。どこにも行きやしない」
「そうなのか?」
「判るだろう? 私が本心かどうかくらい」
「……ああ」
 ふれ合った心が静かに凪いでいく。
 嬉しかった。
 一方通行かと思っていたビルの想い。だが、ボブも同じように喪失感を感じてくれているのだ。
 それが堪らなく嬉しくて、ビルはくすくすと微笑んだ。
 その表情にからかわれたと勘違いしたのか、ボブがむうっと不機嫌そうに顔を歪める。
「まあ……誰と付き合おうと別にかまやしねえけど……」
 自分の醜態に今更ながら気が付いたようで、その頬が薄く染まっていた。
「ここにいるんならな」
 それでも肝心の一言はまっすぐに向けられた。そこが、ビルとボブが違うところだ。
 ボブは、自分に正直だ。
 そのことは、ビルだって見習いたい。
 それに、ボブに言われなくても、ビルの心は決まっていた。
「そう簡単に、リオの元を離れたいとは思わないさ、ここが一番楽しいよ」
 キャルスと触れ合うのは好きだ。
 けれど、仕事をするのもまた好きなのだ。
 だったら、リオの傍らが良い。
 ここならば、いくらでも波乱に満ちた楽しい出来事が待っているのだから。 



 騒動の末に、ようやく自室に帰ってきたビルは、キャルスから貰った包みを紐解いた。
「……やっぱり」
 その正体に気が付いてがっくりと肩を落とす。手からベッドへと、ごとりと落ちる生々しい塊をちらりと見やってため息を零す。。
 少し浅黒い肌の色。
 細めでしなびた風情の柔らかな触感。
 先端部に割れ目。くびれはちょうど良い高さ。
 それはまさしく。
「どう見ても……」
 言いかけて、赤くなりながら言葉を濁す。
 それは、どう見ても萎えた陰茎だった。しかも、どこかで見たような気がするのは気のせいではない。
「悪趣味……」
 それが本物だったら腰を抜かすほど驚くが、陰茎部分の根本は他とは違う材質を使ってある。
 無線形式なのか、操作スイッチが別に付いていた。
 それにしても、とあまりにもキャルスらしい贈り物だとまじまじ見ていると、もはや苦笑しか浮かばなくなる。
「これで私に遊べと……」
 つんつんとつついてみるが、ふと違和感に気づく。
「なぜ、萎えた状態なんだ?」
 バイブレーターという代物はさんざん試されたが、それらはだいたい勃起した形状をしていた。
 だが、これは勃起していない。
「入らないだろう……こんなに柔らかいと……」
 つい、手にとって手の中でくたりとうなだれるそれを観察する。
 それにしても何でできているのか、その触感は本物と見紛うばかりだ。
 ついでに重さまで、再現されてるようで、なぜか手にしっくりと来る。
「確かにキャルスの……」
 こうやってまだ萎えたそれを手にとらされて、「大きくしろ」と促されたことがあった。
 手の中のそれを見つめて、どうしようと硬直したビルは、キャルスが「舌を出せ」と言って。
 おずおずと出した舌で先端をちろっと舐めた。
「え……」
 知らず記憶と同じ行為をしてしまったらしい。
 舌先に感じた柔らかな触感。だが、驚いたのはそれだけではない。触れて濡れた先端がぴくりと震えたような気がしたのだ。
「何?」
 呆然と見つめる先で、やはりそれは動かない。
 けれど。
 ビルは、もう一度とばかり舌先にそれを当てた。
 記憶が先を促す。
 そこにキャルスがいるはずも無いのに、「もっと奥まで」と言われているような気がした。
「あっ」
 今度こそはっきりと動いた。
 びくびくと震える陰茎。
 紛い物なのに、それは先より確かに大きくなっていた。
「まさか?」
 舐めると大きくなるのか?
 本物のように、本物と同じく。
 ならば、これを口に含めばどうなる?
 捕らわれた疑問を解消したくて、ビルはそれを口に含んだ。
 機構は? どうやってこんな動きを?
 このときまでは、未知なるものへの探求心だったはずなのに。
 口に含めば軽く入る大きさだったというのに、たっぷりと唾液を絡ませて舌でくすぐると、それははっきりと大きく硬くなっていく。
「ん……あっ……」
 もう完全に口に含むのは無理になって、ビルは慌ててそれを吐きだした。
 立派な勃起した陰茎。
 それはキャルスのを完全に象っていた。
「これで……遊べと……」
 格納庫でのキャルスの言葉を思い出す。
 昨日あれだけやって、もう十分と思ったのに。
 体の奥がなぜか疼いてきてしょうがない。
 ここにキャルスがいれば、確実に彼に求めていただろう。
 けれど、今彼はここにはいない。
 ビルはおそるおそるそれを手にした。
「んっ、あっ……あぁ」
 深く埋められたバイブは小刻みな振動をビルに与えていた。
 キャルス自身による激しい抽挿とは比べものにならないほど微弱な振動なのに、体が飢えていたかのように求めて熱くなる。
 喘いで、身悶えるビルの意識はもう完全に飛んでいた。
 両手で包み込んだ自分の陰茎は、先走りで粘着質な音を立てていた。
「ん、キャルス……キャルスぅ……」
 舐めるだけで十分大きくなったと思ったバイブは、ビルの体内に入ることでさらに大きくなったようだ。今や完全にビルの狭い道を埋め尽くし、振動によって前立腺を叩いてくれる。
 弱いのに、快感の波を的確に煽る刺激。
 けれど、時に柔らかく物足りない刺激へと変化してビルを焦らす。
「あふっ、くぅ……」
 それでも慣らされた体はあっという間に限界へと向かっていった、その時。
「あぁぁっ」
 びくりとビルの全身が震えた。
 驚愕に見開かれた瞳の焦点が合っていない。
「あっ……あっっ」
 どくどくと震える体。
 その体内奥深く。
 敏感な壁を狙ったように熱い何かが叩いていた。
 どくどくと不規則に震え、何度も脈動する。その度に、何かが肉壁に広がっていく。
「これ……は……」
 過去、幾度も経験した熱い迸りに似たそれ。
 いや、そのものだ。
 その衝撃に、腹を白濁で汚したビルの瞳は、快感と驚きに呆然と宙を彷徨っていた。



 萎えたバイブがずるりと体内から抜け落ちる。喪失感にぶるりと体を震わせた拍子に、たらりと液体が流れ落ちる感触があった。
 上気して朱に染まった内股を伝う液は泡立っているせいか白濁していて、それが容易に連想させる。
 イヤラシく肌を伝い落ちていく精液にしか見えないそれから、ビルは目が離せなかった。
『こんなにも飲み込んでいたんだな』
 いないはずの人間の声が耳元で響く。
『もっと、汚してあげるよ。君の肌全てが白く染まるほどに、私のモノで覆ってあげよう』
「あ……」
 視界の端に先ほどより小さくなったバイブがあった。
 先端の割れ目から、白く濁った液がつうっと流れ落ちている。
 どうみても模造品でしかないそれ。けれど、この流れる液は、確かにそれから迸ったのだ。
 射精まで模しているのか……。
 あまりのことに、同時に弾けたビルの体は、未だに力が入らなかった。
 ふわふわとして自分の体がうまくコントロールできない。
 それでも、技術者としてのビルの頭脳は、バイブレーターの解析を行っていた。
 柔らかな素材。
 きっと吸水性のあるそれが、飽和した途端に弾けるのだろう。
「水……唾液……あるいは体液? ……どちらにせよ……悪趣味な……」
 一人ごちてベッドに突っ伏す。
 流れた液で汚れたシーツが、ビルの体にまとわりつく。
 汗と精液の匂いが鼻にまとわりついて、ごしごしと顔を拭った。
「帰ったその日に使うなんて……とても言えない……けど……」
 ついつい使ってしまった己を恥じ、しかもこのまま嵌ってしまいそうな予感に、心底恐れおののく。
 このままどこかに隠して使えないように……。
 とは思うのだけど。
 隠す場所など思いつくはずもなかった。
 体液を吸収・膨張して、それが限界に達すると、先端から吐き出す。
 後から箱を探ってみれば、手書きの簡単な説明書が出てきた。
 回路図と機能、取り扱い方法を上から下まで眺めて、ビルは深いため息を零した。
 オーダーメードの一品物。
 一体どんな顔をして、自分のサイズを測ったのだろう。
 萎えた状態から勃起まで、モデルの変化をそのまま再現していると書いてある。
 しかも、説明書の端には「譲渡厳禁」とあった。
 もっとも、そんなことを書いていなくても、誰がこれを他人に渡せようか。
 二度目のため息を吐いて、ビルは説明書を放り出した。



「ねえ、あれ。ビルに上げたの?」
 立派な体格をぴちぴちの服の中に押し込めたテリィが意味ありげな笑みを浮かべて、目の前のキャルスを見つめた。
「当然だろう? 誰に使うと思っていたんだ?」
「まあ、そうね。あなたにとってビルは特別かわいい子ですものね。何しろあなたが企画から手がけたシリーズの一番目の作品を手ずから与えた子ですもの。当然次も、あの子だと思っていたわよ」
「あれか。あれは、なかなか売り上げは良さそうだな」
「ええ、レジェンドシリーズ『恋人達のアクセサリー編』はもちろんのこと『恋人達の熱い夜編』は特に売れ行きが良くって、笑いが止まらないのよぉ」
 テリィが嬉しそうに売り上げリストに頬ずりする。
 一にマッチョな男。二にお金。
 彼は、お金が儲かることが大好きなのだ。
「ま、そっちがメインだったからな。こいつは、ついでってことで」
 衣擦れの音共に、胸元から取り出されたドラゴンが、自然光の光を浴びて輝く。
 それは、キャルスが設計開発したレジェンドシリーズの中でも、一対しか存在しないアクセサリーだ。
 そのドラゴンのデッサン画が、ビルの手元にあるバイブにも薄く浮き彫りされている。それは気をつけて見ないと判らないほどに薄い。
 さんざんあの触感と形と熱と重さをその体で覚え込ませてやったのだ。キャルスのそれと寸分違わない形状は、それを見ただけでビルは欲情する。胸を飾るドラゴンと、体内深く穿つドラゴン。二つが実は共鳴するのだとしても、きっと気づく余裕はないだろう。胸の上のドラゴンがビルの脳波と神経伝達の信号を解析し、バイブへ最高の快楽を導き出す動きを指示する。
 少しでもそのつもりで触れてしまえば、あっという間に狂おしい熱が体内に充満し、キャルスの形を欲して自ら深く喰らうようになるだろう。
 あの、済ました顔が快楽にだらしなく歪み、キャルスの名を掠れた声で呼ぶ。
 その姿を、キャルスは何よりも好んだ。
 だからこそ、あの表情を見るためなら、どんな苦労も惜しむつもりはなかった。
 かわいい子。
 キャルスにとって数少ない休暇をあのバイブの調整も含めてビルに捧げ尽くした状態だったが、後悔などしていない。
「ほんとうに……良い子だよ、ビルは」
 うっとりとつぶやき、胸のドラゴンを弄る。
 もっともっとかわいく淫乱な子にするために、あのバイブにはいろいろな機能を追加した。
「そういえばあれの説明書、上げたの?」
「簡易版はつけておいたが?」
 キャルスの口角がニヤリと上がる。
 その言葉に、テリィの笑みがさらに深くなった。
「簡易版の方ね。じゃ、詳細版はあなたの手元?」
「もちろん」
「じゃあ、ビルは知らないわけね。いつどこで何度使ったか、何回バイブを達かせたか、どんな声を上げて使ったかが記録されるって事。しかも使い出すと近くの電話回線を使って勝手にあなたの端末のシークレットラインに繋がるシステムが動き出すって事を」
「知っていたら、使わないからな。昨夜もさっそくかわいい姿が送信されてきて堪能させて貰ったよ」
 乗組員の居住区では、機能優先でコンパクトな故に必然的にベッドの近くにある電話回線システム。
 映像送信可能なそのシステムのカメラは、ビルの痴態をたっぷりと写して送信してくれた。
「で、その取り出したデータはどうするのよ? またイヤラシいことに使うんでしょ?」
「私の秘蔵のコレクションだからね。大切にするよ……」
 うっとりと返したキャルスの指先で、ドラゴンの片割れが対を探すようにくるくると回っていた。

【了】