【神の器】

【神の器】

 窓一つ無い薄暗い牢獄の中で、一人の青年が全裸で繋がれていた。
 手首と足首に付けられているのは分厚く丈夫な革でできた枷で、ご丁寧に重い金属の南京錠でロックされていた。そこから伸びるのは全て鋼でできた鎖であり、家庭にある一般の工具では断ち切ることはできない。そんな丈夫な鎖が、枷と同じような南京錠で固定されていて、青年の力では外すことはできなかった。
 それを手ずから取り付けたのは、今ここにはいないこの国の支配者だ。
 「王」と呼ばれるとともに「独裁者」とも呼ばれる支配者の命令で、青年が別の国から攫われて連れてこられ、そのままこの部屋に繋がれたのは一ヶ月前の事。
 青年の名は、利水(りすい)。
 北方の小さな国の村に住む青年で、ここに連れてこられるまでこの国のことなど何一つ知らず、貧しくとも家族とともに仲良く日々を過ごしていたというのに。
 街に買い出しに出かけたまま帰らぬ息子が、まさかこのような遠い国にいるとは思いもしないだろう。
 利水が連れてこられたのは、半年ほど前に行われたこの国の王による託宣の儀式で『国の盛衰を左右する者』の存在が指摘され、探し続けられた結果だった。
 それを聞かされて、利水が、人違いだ、別人だ、と訴えたのは当然だろう。けれど、何度も訴え続けた利水の言葉を、王はまったくもって聞く耳を持たなかった。
 しかも、盛衰を左右する者が敵国の手に渡れば危険だ、と王城のもっとも奥──警備がもっとも厳重で、選ばれたごく僅かな人間しか入ることのない王の寝室の隣にしつらえた部屋に繋ぎ止めてしまったのだ。
 部屋──と言っても、石造りのそれは窓すら無い。扉にいたっては、王の寝室との扉以外に腰までの高さの小さな通用口しかなかった。しかも、その通用口の鍵は特別製で王しか保有せず、しかも内側しか開かないのだ。
 もとより、そこは隠し部屋として存在していたものを改造したものだ。
 豪華な寝台に柔らかな寝具はたいそう豪華だけれども、その周りある椅子や台、室内に何本もある柱や天上の剥き出しの梁は丈夫な鋼製で何本もの鎖や枷が取り付けられていた。それから冷たく、まるで拷問具のように禍々しいものばかり。
 利水の手首足首の枷は、その部屋に入れられた時からずっと外されていない。
 その最初の日に、泣き叫びながら王に犯された利水は、その時から毎日のように陵辱され続けていた。


 毎日の陵辱は途切れることなく続き、そして今日もまた、罰と言う名の陵辱の幕が切って落とされていた。
 きっかけは些細な事だった。
 もとより衣服を許されていない身体を小さくし、恐怖の対象しかない王から逃れようとしていた利水に、自慰をしろと太い張り型を突きつけた時のことだ。その時、その張り型を受け取るのが遅れただけ。
 けれど、王にとってはそれは十分罰に値することだ。
 無理矢理犯し、よがり狂わすことはよくあるが、自慰自体はそういえばあまりさせていなかったから、させてみようと思っただけだ。
 試しに取った歪で巨大な張り型は、さすがに利水にはまだ無理だろうとは思うほどに凶暴な形をしていて。
 だから、躊躇ったのは判る。
 けれど、その僅かな間は王の癇気に触れるには十分な時間だったのだ。
 両手は頭の上で一纏めにされて柱に括り付けられ、両足首は腰まで引き上げられて、左右に割り開くように別々の柱に固定されている。そのせいで、下腹部も全てを晒している状況だ。そんな、ひっくり返ったカエルのような姿のまま、利水は筋骨逞しい裸体を晒した男に激しく犯され続けていた。
「ひっ、いっ! ひ、あっ!!」
 パンパンと肌が打ち合う音にの合わせて襲う衝撃に、肺の空気が押し出され悲鳴となる。途切れ途切れに放たれるそれに、物言わぬ男の荒い吐息が重なった。
 王はすでにこの場にいない。
 男に命令した王は、そのまま隣の自分の寝室に移動してしまったのだ。もっとも、扉は開いているから、利水の悲鳴と懇願は聞こえているけれど、その姿が現れることはなかった。
 王に命令された男は、その狂気に満ちた獣のようなぎらつく衝動を隠しもせずに、一言も漏らさず利水を犯す。
 ただ、その逞しい筋力で激しく己の陰茎を利水に突き立てる。
「やっ、もうっ、た、すけっ、てっ! ひぃ、あっ」
 利水が何度も何度も助けや慈悲を乞い、涙を流しながら悲壮な悲鳴を漏らしても、その筋肉質な肌に汗を浮かばせ動き続ける。
 もとより持久力はあるのだろう。その身体に似合った逞しい陰茎もまた、数度達っているにもかかわらず勃起し続けていた。さらに、男は単に犯すだけでなく、巧みにリズムを変え、突き上げる場所を変え、利水の感じる場所を徹底的に嬲り続けるのだ。
 一ヶ月の間、さまざまな調教をされてきた利水の身体は、今はもう男に犯され感じてしまうようになっていた。その上さらに、王は利水に多量に催淫剤を注ぎ、室内に淫欲を沸き立たせるお香を焚いていた。
 しかも王としてその男に、「休むことなく犯し続けろ」と命じたのだった。
 敏感になった身体は、僅かな刺激で激しい快感を味わい、乱暴な突き上げにすら悦び続ける。けれど過ぎる快感は辛い。辛くて苦しくて──怖すぎて泣き叫ぶ。
「いやぁ、もうっ、も──っ、ああっ」
 けれど、恐怖とは裏腹に、利水の身体は快感に忠実で、望まぬ絶頂にぞくぞくと痙攣して、吐精してしまう。
 とぷん、と滲み出た僅かな精液が、利水の亀頭を濡らす。突き上げに揺れる先端から振り落ちる量も無く、ただ滲みゆっくりと流れて広がった。
 けれど、それが広がりきるより先に、次なる絶頂に襲われる。
「もっ、あああ────っ」
 僅かな射精の間も何度も前立腺を穿たれて、二度三度、快感が重なり増幅して、さらなる高みへと引きずり上げられた。
 ぐんと仰け反った身体が跳ね、ガクガクと激しく痙攣する身体に、重いはずの鎖も波打ち音を立てた。
「はっ、あっ──あぁぁっ──っっっ!!」
 さすがに限界が来たのか、利水が大きく口を開け、口角から飲み込めない涎をだらだらと流した。その瞳は蜘雲がかかったように霞み、瞬き一つしないままに光りすら失う。
 その拍子にがくんっと身体が寝具に落ちて弾んだ。
 虚ろな瞳にはもう何も映っていない。
 けれど、王から命令を受けた男は、眉間に深いシワを刻み、多量の汗を流しながらも決して止まることはしなった。


 それからさらに数十分が経った後。
 現れた王の命により男はようやく動きを止め、通用口から外に出た。途端にその身体が床に崩れ落ち、意識を失ってしまう。
 もう男は限界だったのだろう。その陰茎は完全に萎え、動き続けた足は意識が無いにもかかわらず痙攣していた。
 まだ足が室内に残っていた身体は、外の使用人に引きずり出されて消えていく。
 すでに香は燃え尽き僅かな残り香のみが漂う室内で、利水は最初に縛られたままの大股を広げた状態で、全てを晒していた。
 毎回綺麗に清められている身体は、今はもういろいろな体液で淫らな模様に染め上げられていた。
 利水の腹の上には自身が出した精液が溜まり、端から乾き始めている。へその中をも満たすそれは、連日の陵辱で薄いものだった。
 その下、淡い茂みが不揃いな陰茎は萎えきって垂れ下がり、その奥で過酷な責め苦を受け続けている尻穴は、縁がめくれるほどに赤く腫れ上がり、塞がらないままに中から多量の白濁がコポコポと泡立ちながら溢れていた。
 その淫猥な姿に、王が楽しげに嗤う。
 華美な衣装の下で、下腹部が熱を持ち、使い込まれた陰茎が張り詰めるのを感じて、その穴に突っ込みたい欲求に駆られる。
 けれど、それより先に王はすることがあった。
「リスイよ」
 呼びかける王の声音には、喜色がたっぷりと混じっていた。
 王にとってそこに転がる利水は、単なる道具だ。王の利水の扱いは、奴隷以下と言って良いだろう。
 もとより、王にとって本当に大切なのは、利水の中の存在であり、利水はその器でしかない。
「この国の行く末を握る”神の子”よ」
 利水は知らない。
 産まれる前にその身体に入り込み、奥底で眠っていた存在を。
 それは、利水の意識が無い時にしか出てこない。
「神の子よ」
 再度の呼びかけに、ふわり、と利水の額の前髪が揺れた。誰も触れないのに、汗で貼り付いていた前髪が別れて、形の良い額が露わになる。
 そこに、すうっと一筋の横線が入った。そして、開く。
 人手はあり得ぬ真紅の瞳を持つ、第三の眼。
 先まで何もなかった額に現れたそれは、神族の末裔が持つとされる瞳だ──ということになっている。
 その瞳が、王をじろりと見やる。それに合わせて、王もまた口を開いた。
「どうだ、今宵の男の味は?」
 問いかけに、瞳が数度瞬きをして。
『美味かった。良い精気をたっぷりと喰らうことができたぞ』
 返す利水の両目は閉じられたまま、口だけが動く。同時に第三の瞳が嬉しげに笑っている。
「お前のために生きの良い奴隷を選ばせたからな」
『もっとくれ。この国を栄えさせるためには、もっと贄がいる。そうそう、そなたでも良いぞ』
 王を見やる真紅の瞳が細められ、美味そうに舌なめずりをして、王に請うた。
「ごめんこうむる。お前に喰らわれと疲れすぎる」
『ならば、代わりの贄を寄越せ。ちゃんと今まで喰ろうた分は栄えさせてやっただろうに』
 その言葉に違いはない。
 利水を手に入れてからというもの、国の収益は上向きだ。民にあった反乱分子も捉えられ、その活動も減っていると聞く。
 託宣により、ようやく見つけたこの国の言い伝えにあるモノの力は本物だ。
「もちろん、たっぷりと提供いたす所存。ただ……」
 ちらりと利水の下半身を見やり、その淫猥さに己の股間が熱く滾りそうになりながらも、肩を竦める。
「その身体では、立て続けは無理なようだが」
 その貪欲さを受け止めるには、利水自身は脆弱な身体だ。というより、どんな人間でも第三の瞳が望む行為は、堪えきれぬ者ではないだろう。
 けれど、第三の瞳は、乾いた絶頂をしまくったあげくに失神した時でないと出てこない。
 単に眠っているだけの時は、全く現れないのだ。現れなくては力は発揮してもらえない。
『ふん、我が目覚めさえすればすぐに回復しているだろう。それに、我の器として生を受けた以上、傷の治りは早く、人の倍はこの姿で生き続けられる。遠慮はいらん、お前は我に男を与えてくれれば良い』
 その言葉に、王の口角が上がる。
 それには気付いていた。
 今までどんなに激しく犯しても、次の日には確かに利水は回復していた。
 それに、30歳近いと聞いていたが、今の利水は20代前半と言っても通じる若々しさがあった。
 捕らえたときには今までは苦労がその身に染みてシワを刻んでいたようだが、第三の瞳が開眼した時から、その肌は瑞々しく艶があり、滑らかさすらあった。
「それでは、必ずお前を目覚めさせるようにすれば良いな。お前にはたっぷりと男の精気を与えると同時に、利水様には絶頂の果てに失神してもらえば良いとなると……。ああ、そうだ。そろそろ少し趣向を変えた調教をして、この身体を作り替えてしまおうと思っている。そうすればもっと効率が良いだろうし……」
 末裔だと名乗る精神体にはぞんざいな口を利く王であったが、利水に話しかけるときには様と敬称を付けるのは、二人を区別するための癖のようなモノだ。聞くものがいれば、その嫌味な口調に気付くだろう。 
 王が見下ろす先で、利水の身体は未だヒクヒクと痙攣しており、尻穴が物欲しげに収縮していた。
 その淫猥な姿に、ごくりと喉が鳴る。
 彼の王は、もとより嗜虐性が強かった。
『ほほお……それはどのような?』
「快楽ばかり与えていてはその感覚に麻痺してしまう故に、痛みも与える方が良い。これだけ尻穴を酷使されてなお絶頂を極めているから、その素質はあろう。痛みは快感を倍増させ、皮膚を敏感にする」
 もともと利水の肌は肌理が細かく綺麗だった。
 それに鞭打ったらどんなふうに色づき、艶めかしく身を捩って啼くだろうか……。
 考えれば考えるほど、その愉しさに王の眼が爛々と輝き始める。
 王は、男でも女でも、性的に興奮すると痛めつけずにはいられないのだ。悲鳴が嬌声に代わり、蒼白な身体が朱に染まり、拒絶の言葉が懇願に変わっていく過程を見るのが大好きで。
 王の後宮にいる妾達は王妃も含めて、その激しい調教の果てに淫乱な被虐趣味の強い色狂いにされていた。
 そんな王にたてついたあげく捕まって、多量の催淫剤を使われて調教され、鞭の音を聞いただけで濡れる淫乱奴隷として、場末の性奴隷として売られてしまった政敵は多い。
 その調教を利水にもしようとしているのだ。
『痛み、確かにそれも一理ある。良い、試せ』
「狂いかもしれぬが……」
『身体と同じく精神も強くなる故に、簡単には狂わぬわ。泣き叫び、厭う輩に犯される悲鳴は、男達の精気へのより良い調味料になるのでな。正気は保ち続けるだろう──そなたもその方が楽しめるだろう?』
 意味ありげな視線に、王は苦笑で返した。
 利水自身は、自分が第三の瞳を持つなどとは全く知らないのだ。知らないから、恥辱と望まぬ快楽と絶望に苛なまれ、受け容れられなくて、泣き喚いて嫌がる。
 神の子が望むのは、美味い精気。
 特に、嫌がる者を犯す輩の狂気の果てに放つ精気が大好物なのだ。
 そんなモノを悦んで呼び出そうとしたのは、実はこの王だけだ。本当の言い伝えでは、それは、”悪魔”と書かれていた。王は、一般には知られていない言い伝えをねじ曲げて、神の子と偽って神官達に探させたのだ。
「ならば遠慮などいらぬな」
 もとより、遠慮などしていなかったけれど、それでもまだ様子見段階だった。
『もっと美味くなるのであれば、何をしても構わん。まあ、あんまり壊しすぎると治す方に力を使う羽目になるから、ほどほどにな』
 第三の瞳が満足げに頷くのに返しながら、王もまたその暗い欲望に意識を浸す。
「それではこの乳首と陰茎に穴を開けて飾りを付けよう。傷の治りが早いなら定着するのも早かろう。いつもより早い速度で大きなモノに付け替えができようよ」
 場末の娼館の中でも格下の商品は、そういう物で淫らに飾り立てられていると聞く。奴隷達の中にも、それでたいそう敏感な身体になって楽しめたモノもいた。
 そんな姿に利水をさせてみたら……。
「おお、そういえば次の男の相手をさせる時間だ。私の命令を聞かぬ罰は、まだ終わっておらぬ故に」
 想像していた以上の高揚感を得られて、王の機嫌はすこぶる良い。
 国は前より栄え、しかも最近では利水以外で遊ぶことがなくなって、王としての評判も良くなってきている。
 まさしく、国の盛衰を決める存在だとほくそ笑む。
 それに、王には神のためにも利水を満足させる必要があるという大義名分があって、いずれ神の好みの男を得るために周りにばれたとしても、国の繁栄のために必要なことと認識させることもできるだろう。
 王の嗜好さえも満足させるものとして。
 だからこそ。
「利水様がお望みのモノをこれへ」
 外で控えている利水専用の使用人に次の男を呼ぶように命じながら、新しい淫具がたっぷりと詰まった棚の扉を開ける。
「明日には刺青の準備が整う。これが我が王家のモノであるという刻印をその身に刻む時も、犯しながらしてやろうよ」
 奴隷に刻むように、利水にもはっきりとこの国の持ち物であるという印を刻むのだ。特に利水には全身いたる所に刺すつもりで、敏感な場所への刺青に苦しむ利水の締め付けは、たいそう心地よいだろう。
 その楽しみに比べれば、苦労など厭わない。
『その時は、お前のその立派な陰茎に犯されたいぞ。何、お前は我が力を得るのに大事な存在。完全には喰らいやせぬ』
 その言葉に苦笑して。
「考えておいてやる」
 そう言いつつも、すでに王の心中では明日の行為を楽しく想像していたのだった。

【了】





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